クザンはトンジット達を仲間のもとに送り届ける方法持っているようだ。
ロビンやマリー曰く「確かにその男ならそれが可能」とのことなので、ルフィ達はトンジット達の旅支度を手伝っていた。
ルフィ達も手伝ってトンジットの荷物を片付けテントの解体を進める中、マリーは1人距離を置いていた。
具体的には、ルフィ達とクザンの間。クザンをルフィ達に近づけまいと、あからさまに警戒心をぶつけていた。
いかにも不満です、といった態度を隠しもせず眉をひそめているマリー。それに対して、クザンは「まいったなぁ」と頬を掻いていた。
「王女様~?警戒するのは当然だろうけど、手を出す気はないって言ったよな?」
「…豚よりも頭が悪いのか?鳥頭か?警戒心の原因を聞いているのなら、己の胸に聞いてみるがいい」
「やれやれ……王女様がこーんなに小さいころから知っているのにつれないもんだ。今幾つだっけ?」
「…13年前から年を取ってないから、7歳か?」
「はっ? ……13年前って、あ~、なるほど?」
マリーの発言に、思わず固まるクザン。しかしそれ以上に驚愕した麦わらの一味は絶叫した。あまりの衝撃に、ナミとチョッパーが思わず声を上げる。
「「ハァァァァァ!?」」
「な、7歳!?その外見で!?」
「マリー、ほんとうは子供だったのか!?」
「あ? 知らねェのか? メリアは500年近く生きる長命種、20年しか寿命がない短命種、寿命の概念が無ェマイヤ種がいる。この王女様は短命種。生まれてから1年で成人になる種類なんだが…」
「生まれてからの時間であれば、私は20歳ですよ。7歳のころから乾眠……まあ、寿命を消費せず眠っていたので、実質7歳です」
「7歳って……まだ子供じゃない!何で言わなかったの!?」
「言う必要を感じませんでしたので。それに短命種なら、1歳から大人として扱われます。わたくしは自分を子供であると認識しておりません」
淡々とマリーは答える。その目には怒りも悲しみもなく、ただ事実を告げているだけの無感情さがあった。
その答えに、ナミは二の句が告げられない。あくまで種族としての違いであると言われてしまえば、これ以上言うのは侮辱になるのではと閉口した。
「まあ、初めて見ると驚くよな。おれも初めて会った時は、日を追うごとにでっかくなる王女様に目を剥いたもんだ。とくに胸」
「最低だー!!!」
「だまれこのスケベやろう!!!」
「いやぁ実際、そこのタヌキぐらいの子供が1年でそこまで大きくなってくのはびっくりしたぜ?しかもメリアの国からの使者であり王女ってんだから、扱いも困ったもんだ」
「タ、ヌ、キ、じゃねー!おれはトナカイだ!」
「あっそうなの?ゴメン」
「…………困ったのは、やたらと海軍の制服を着せようとしたからだろう。特にあの猿中将。伸びる身長に合わせた衣装を用意するのは、こっちに任せておけばいいのに、わざわざ海軍の所属にしようとするものだから困る。自業自得だ」
当時の事を思い出しているのか、眉間を揉んで顔を顰めるマリー。クザンも同じだったのか、あははと乾いた笑いを零していた。
「今思えば、ちゃんと海軍にはいっていた方がよかったんじゃない?それなら貴族に目を付けられることもなかっただろうに」
「冗談。一海兵に拒否権があるとでも?特別任務を海軍の代わりに代行していたあの時でさえ、彼らは気にもしなかったのに」
うーん、と唸るような声を零してクザンは頭を掻いた。
マリーはそれみたことか、と言いたげな顔で腕を組む。
そんな二人の様子を、警戒した視線でロビンは眺めていた。
―――そんな話をしていると、あっという間に時間が進む。トンジット達の支度が終わり、海岸へと移動した。
「で? どうすんだ? このままおめェが馬も家も引っ張って泳ぐのか?」
「んなわけあるか……。少し離れてろ……」
クザンはおもむろに手の先を海につける。
その時、巨大な海王類が牙をむいてクザンに噛みつこうと、ギュアアァァァと叫びながら迫った。
逃げるよう叫ぶトンジットやウソップ達を意に介さず、クザンは静かに呟く。
「"
呟きが聞こえた刹那、ガキーー……ン!! と襲いに来た海王類ごと海が凍てついた。
世界そのものが、息を呑んだような光景だった。
波の形すらそのままに、白い氷へと世界が止まる。
それが目の前にいる一人の男が起こしたという事実に、一瞬遅れて全員が驚愕に体を硬直させた。
これこそが“
「一週間は持つだろ………のんびり歩いて、村に合流するといい……。少々冷え込んでるんで、温かくして行きなさいや……」
「夢かこれは……。海が…氷の大地になった! なぁシェリー、海を渡れる!村のみんなに逢えるぞ! 10年ぶりだ……!」
「ヒヒーン!」
「あんた! ありがとうなァ! ありがとう! ありがとう! 何ちゅう奇跡だ!!」
信じられないという驚愕によってかすれた声を出していたトンジットだが、徐々に現実が追い付いてきたのか、目に涙を浮かべて喜びの歓声を上げた。
クザンはありがとうと繰り返すトンジットから背を向け、ヒラヒラと草原に戻っていく。その様子にルフィとウソップはクザンを気に入ったようで笑みを向けていた。
その後トンジットは何度もお礼を叫びながら氷の大地を歩んでいき、麦わらの一味はそんな彼らの姿が見えなくなるまで手を振っていたのだった。
「……はーーっ、よかったよかった!」
「うほ!! 寒ィ寒ィ!」
「すっかり冬だコリャ」
「あはは」
「…………」
「ん?」
寒い寒いと言いながら岸に戻ると、胡坐をかいたクザンが肘をつきながら何かしら考え事をしていた。
「…なんだ」
「何というか……じいさんそっくりだな、モンキー・D・ルフィ」
「!?」
「奔放というか……つかみ所がねェというか…………!!」
「……! ………じ、じいちゃん!!?」
「ん? モンキー・D? 船長ってもしかして…?」
じいさんという名前を聞いただけで、ルフィがビクッ!と体を震わせる。見てわかるほど冷や汗を流し、顔を青くしていた。
その名前に聞き覚えがあったらしいマリーは困惑しながらルフィに視線を向け、目を瞬かせた。
「お前のじいさんにゃあ、おれも昔世話になってね。おれがここへ来たのは…ニコ・ロビンと…お前を一目見るためだ……。――やっぱお前ら、今死んどくか」
「「「!!!?」」」
「政府はまだまだお前たちを軽視しているが、細かく素性をたどれば骨のある一味だ。―――少数とはいえこれだけ曲者が顔を揃えてくると、後々面倒なことになるだろう。初頭の手配に至る経緯、これまでにお前たちのやってきた所業の数々。―――
その成長速度…長く無法者どもを相手してきたが、末恐ろしく思う……!」
クザンが並べる言葉に冷や汗をかく一味。
「そ、そんな事急に……! 見物しに来ただけだっておめェさっき……!!」
「特に危険視される原因は……お前たちだよ。ニコ・ロビン、王女様」
「……!」
「………っ!」
「お前やっぱりマリーとロビンを狙ってんじゃねェか! ぶっ飛ばすぞ!!」
クザンの言葉に、ルフィが怒気を含んで言い返す。それを意にも介さずクザンは続けた。
「懸賞金の額は何もそいつの強さだけを表すものじゃない。政府に及ぼす危険度を示す数値でもある。そしてメリアに懸けられた懸賞金は政府に対するものじゃない、“人類”に対する危険度だ」
「人類……?」
「だからこそ王女様は海軍に味方しなければ生まれてすぐに殺されてもおかしくなかったし、お前は八歳という幼さで賞金首になった」
「………」
「子供ながらにうまく生きてきたもんだ。裏切っては逃げ延びて…………取り入っては利用して……そのシリの軽さで裏社会を生き延びてきたお前が次に選んだ
「「「!!!」」」
ロビンへのひどい侮辱の言葉に、ゾロやナミが表情を曇らせる。サンジは今にも飛び出し歩を進めようとしたが、その前にウソップがサンジの肩を掴んで止めた。
「おいてめェ、聞いてりゃカンに触る言い方すんじゃねェか!! ロビンちゃんに何の恨みがあるってんだ!!!」
「やめろサンジ!!」
「別に恨みはねェよ……因縁があるとすりゃあ……一度捕り逃がしちまったことくらいか……昔の話だ」
昔を思い出しているのか、クザンの視線はどこにも向けられていない。
「……まァお前たちにもそのうち分かる。厄介な女たちを抱え込んだと後悔する日もそう遠くはねェさ。王女様も分かってんだろ?メリアが所属した海賊団の末路ってヤツをよ」
「…同じようには、ならない。余計なお世話にもほどがある」
「メリアが所属した海賊団の末路は、ほとんどが外道に堕ちるか自滅するかだ。自滅するなら問題無ェが、外道に堕ちればどれほど被害が出るか分からねェ。メリア、それも王族が所属している船なんて、周りに火種がある爆弾と変わらない」
「……!ならないと言っている!」
「どうだか。王女様がそいつらを大事にすればするほど、可能性が高まるのは分かってるだろ?それに……今日までニコ・ロビンが関わった組織は全て壊滅している。その女ひとりを除いて、だ……。何故かねェ、ニコ・ロビン」
「昔は関係ねェ!」とルフィが叫ぶ。それに対して「うまく一味に馴染んでるな」と、訳知り顔でクザンは呟いた。その言葉に耐え切れなくなったロビンの能力がクザンを襲った。
「何が言いたいの!? 私を捕まえたいのならそうすればいい!! "
無数の腕がクザンの背や足元から現れ、クザンの体を締め上げる。そのまま「"クラッチ"!!」と叫んでクザンの体を真っ二つに圧し折ってしまった。
「うわーー!! 死んだーーーー!!」
「いいえ……!彼は
「おいみんな逃げるぞ!! 逃げよう!!」
クザンの体が氷となって崩れ落ちる姿に、チョッパーとウソップが悲鳴を上げる。その中でクザンの能力である
「んあァ~…ひどいことするじゃないの……」
粉々に砕かれた氷の中からクザンが現れる様に、ウソップが「ギャーギャー!!」と悲鳴を上げる。
敵に対して有効打がないことに不安を隠せず、冷や汗をかくロビン。
クザンは草原の草をブチブチと引き抜き、それを軸に冷気をまとわせて剣の形に変えた
「“アイスサーベル”……命は取る気はなかったが……」
ロビンに向かって振るわれた氷の剣を、ゾロが寸での所で受け止める。そこに生まれた隙に、サンジがすかさず蹴りを入れて氷の剣を弾き飛ばした。それに対してクザンは動じることなく、二人の腕と足を掴む。
二人がかりで作ったクザンの無防備な姿に、ルフィがこぶしを叩き込んだ。
しかし、クザンに触れていたルフィの拳、サンジの足、ゾロの腕が、クザンの能力によって凍り付く。三人は凍ったことによる激痛により「ぐわあああ~っ!!!」と叫び声をあげて地面に転がった。
「あの3人が、いっぺんに……!」
「た、大変だ! すぐ手当てしないと…! 凍傷になったら、手足が腐っちゃうぞ!!」
「……いい仲間に出逢ったな。しかしお前は…お前だ、ニコ・ロビン」
「違う……私はもう……!!」
ロビンがそう叫んだ瞬間、まるで倒れかかるようにクザンがロビンを抱擁した。クザンがロビンを侵食するように、ロビンの体が冷気に覆われ全身が凍り付く。
わずか数舜の出来事に、「うわあああ! ロビ~ン!!」とチョッパーとウソップが叫び声をあげ、ルフィが「お前ェ~っ!!!」を怒声を上げた。
「わめくな…ちゃんと解凍すりゃまだ生きてる。ただし……身体は割れ易くなってるんで気をつけろ。割れりゃ死ぬ。例えばこういう風に砕いちまうと………っ!?」
拳を振り上げロビンを砕こうと構えた瞬間、ルフィがロビンを守ろうと駆け出した。それに構わずクザンがそのまま拳を振りぬこうとした瞬間、クザンの足元から業火が吹き上がる。
咄嗟にバックステップで後退し、業火から逃れるクザン。
ルフィはロビンにギリギリ間に合って、クザンが手をかける前にロビンを抱え込んだ。
「炎……? 一体何が?」
「これは……
「……っ! ここで、友人を失うくらいなら、自分を削った方がいい!」
業火を起こしたのはマリーだった。突然のマリーの能力に驚くナミとは対照的に、クザンは冷静にマリーにやめておけ、と忠告した。
マリーはクザンの言葉に耳を貸さず、次々と火柱をクザンの足元から上げていく。
「普通の攻撃を無効化できる
「……船長、ここはわたくしが食い止めます。この男に効く攻撃が出来るのはわたくしだけですので」
「マリー……!いや、おれがやる!」
「船長では殴っても凍らされるだけでしょう。単に確率の問題です。傷付けられる可能性が0%より、1%のほうがいいに決まってます」
クルーを守ろうとするルフィを抑え、足止めを買って出ようとするマリー。
ルフィには、マリーが脂汗をかくほどの焦りと緊張があることが見えている。さっきの言葉から察するに、この火柱を起こす能力を使うたびに、マリーの中の何かを消費しているのかもしれない。マリーの能力は確かにあの男への有効打になるのかもしれないが、マリーに任せることも安心できない。
それでも、事は一刻を争う。ロビンはすでに全身を凍らされ、すぐにも治療が必要だ。
ルフィはわなわなと肩を震わせながら、それでも船員を守るのは船長の役目であると、足を踏み出した瞬間。
バシャン!
「うわっ!?」
「なに、水!?」
「やべェ……力が……」
「ご安心を、わたくしの能力です」
「マリー!?」
突如としてルフィの真上に水球が発生し、重力に従って落下した。水がかかったことによって、能力者ゆえにルフィの体から力が抜ける。ナミがルフィの体を支える最中ルフィはなんとか動こうとするが、水はスライムのように粘ついておりルフィの体から離れようとしなかった。
マリーは、能力を使ってまでルフィを止めたのだ。
「船長。どうか、ここはわたくしにお任せを。わたくしなら、たとえ負けても殺されはしません」
「……………!!」
頼むから無茶はするな、とマリーの目が告げる。その目を見て、ルフィは決断した。
「ウソップ! チョッパー! そのまま船に走れ! 手当てしてロビンを助けろ!!」
「わ! 分かった!!」
「ゾロ! サンジ! 一旦引くぞ! 氷溶かしたらすぐに戻ってマリーを助ける!」
「……!」
「クソッ!」
「やめとけ。ニコ・ロビンも王女様も助けねェほうが世のためだ」
クザンはロビンを抱えて逃げようとするウソップ達に視線を向ける。
歩を進め始めるクザンを見て、ナミが武器を振るった。クザンは片手で簡単に受け止める。ナミは冷や汗を流しながら「お言葉ですけどそういう集まりよ、海賊なんて」と海軍大将に向かって啖呵を切った。
「よく分かってんじゃねェの……!! どいてくれるかおねーちゃん」
「あっ!!!」
「ナミさん!!」
「………………!!」
クザンが受け止めた武器ごとナミを放り投げる。地面に倒れこんで無防備となったナミを助けようと、サンジとゾロが構えた。
それを割り込んで、マリーが声を張り上げる。
「……クザン!お前の相手はわたくしだ!恨みを晴らすこの機会、他の誰にも邪魔させるものか!」
「ほう?王女様とおれで、一騎打ちでもしようってのか?」
「そう言った。他の人間に任せるのも業腹だ。わたくしが直接灰に変えてやろう」
クザンの周囲が陽炎に揺らめく。明らかに気温が上がっている中で、クザンは涼しげに佇んでいた。
その時、ナミを助け起こしたサンジとルフィに、マリーはちらりと視線を合わせた。『今のうちに逃げろ』という覚悟を乗せて。
「………!今のうちに引くぞ、ゾロ、サンジ!」
「ちくしょう!」
「くそっ……!」
「マリー!必ず戻ってきなさいよ!」
ナミの言葉を最後に、4人は船へと走り去っていく。
クザンとマリーは各々の感情を乗せた視線で、それを見送った。
「あ~あ、行っちゃった。せっかく美人のねーちゃんだったのに」
「…………」
「にしても、王女様があそこまで他人に入れ込むなんてな。よっぽど気に入ったのかい?」
「覚悟に、応えると決めただけだ。あの人たちが
「あくまで義理に応えるってわけか。『命に対して差別をしない』を信条としているメリアらしい冷淡さだ」
「……ふん、わたくしにそれが当てはまらないのは良く知っているはずだ、豚」
「まあそりゃそうか。じゃなきゃ、ここでおれに対して攻撃する理由がない。王女様が怒ってんのは、
「ああそうだ。わたくしが特別なものとして感情を動かすのは伴侶だけ。……13年前に逃げ出せたのなら、国に帰っているはず。帰り着いていなくても、国に帰れば生死も居場所も確認できる。だから……もう一度会うために、わたくしは故郷に帰る。お前なんぞに邪魔されるつもりはない」
「………やれやれ、それを聞いちゃあ仕事がしづらい。だが、本当にここで俺を殺す気かい?いや、殺せると思っているのか?今までの仕事じゃあ、王族の特権に頼り切っていたお前が?」
「仲間に無謀な突撃をさせるくらいなら許容範囲だ。ここで囚われたところで、また眠りにつけばいいだけ。人間の寿命は、私より長い」
「そうかよ……。連れていく船がねぇんでな。メリアの回復力を信頼して、手足と胸から下を砕いて軽くしてから持って帰るとするか…!」
そうして、自然を操る者同士の戦いの火ぶたが切って落とされた。
・
・
・
数合を号を経た後、かつての草原には激闘の跡が刻まれていた。
炭化した草、ところどころ黒くガラス化した地面。異常な高温に曝されたとわかる大地に二人は立っていた。
呼んで字の如く、空想を具現化する能力。この惑星上で自然発生しうる存在、現象なら何であれ再現できる。規模に個体差こそあれど、メリアの奥の手である能力だった。
この能力によって発生させられた小型の火災旋風によって、ここ一体の草原は無残にも死の荒野と化していた。
「ハァッ………ハァッ……!!」
「………。」
しかし、追い詰められているのはクザンではなくマリーのほうだった。
マリーの年齢、エネルギー量で到底扱えるものではない。
それを、彼女は扱っていた。生命力という、かけがえないものを対価にしながら。
「―――っ!」
埒が明かないと、操作する現象を変更する。
炎ではなく、熱風に。
熱ではなく、岩石に。
空中に出現させたマグマという弾丸を、熱風という衝撃で打ち出す。
音速を超えた超高温の弾丸が、冷気の体を貫こうと迫る。
「シッ――――!」
それを、クザンは氷の剣で弾いて見せた。
マグマは冷気によって固められ、ただの岩石となったそれを、覇気をまとった氷の剣が撃ち落とす。
その光景に、マリーの視界は一瞬揺らいだ。
「…………」
勝ち目がない。マリーはそう判断する。
彼女自身最初から分かっていたことではあるが、マリーではクザンには勝てない。
自然と近しくなり、自由に星に繋がれる身であったならまだしも。
吸血してエネルギーが有り余っているならいざ知らず。
王族の特権だけに頼り切って、同格以上の敵とまともに戦ったことのない身では、あまりに戦闘の経験値が違いすぎた。
「……はぁ」
最後の一撃を装填する。
この一撃で殺せなければ、もう後は無い。
ギリギリまで生命力を込める。
その反動で、凄まじい喉の渇きに襲われる。
メリアに根付く呪い―――吸血衝動を抑えるための生命力だけを残し、後は全てこの一撃に乗せる。
「行きなさいっ……“パイロ・ウェイブ”!!」
繰り出したのは、火砕サージ。または単にサージとも呼ばれる現象。
火山の噴火の際に発生する現象のひとつで、火砕流とよく似ている。火山灰と火山ガスの混じった空気が高熱の爆風となって、薙ぎ払うように山の斜面を下る現象だ。その600℃近くまでのぼる熱風は、人間の体など一瞬で焼死させる。一瞬で脳が沸騰し頭蓋が爆発する熱波が、100kmを超えるスピードで山の麓へなだれ込むのである。
現実の被害では、古代ローマのポンペイを襲ったヴェスヴィオ山の噴火が有名だろう。山の麓にあった街にいた約2000人の人々を一瞬で死に追いやった現象。炎と風と岩石の津波が火砕サージ、そして火砕流の脅威なのだ。
その自然の猛威を、彼女はたった一人のために繰り出した。それも、本来の火砕サージより遥かに高い、千度近い温度となった熱波がたった一人の男に向けて薙ぎ払われる。
轟音と熱波が草原を駆け抜ける。草は燃え尽き、地面は熱で溶けかける。
人間の体では触れた傍から蒸発し、地面に腐ることもない遺体しか残らない灼熱の津波。それを―――――
「ハアァァァァ!!」
立ちふさがる男は、数歩後退しながらも防ぎ切った。
男の前には、城壁のような氷の壁。
熱で溶けて蒸発し、瞬間的に気化することによって起きた爆発すら、氷の壁を貫けなかった。
「――――」
言葉もない。炎そのものと言ってもいい熱波に耐え切るとか、この男、人類名乗っていい生き物ではないでしょう!?
「いやぁ、今のはなかなかヤバかった。もし連続で喰らったら、流石に持たなかったかもね」
「…耐えきっておいて言う事か?それとも皮肉?」
「いやいや、純粋な賞賛だよ?さすが、世界政府が恐れた『残響の獣』の末裔だ。戦闘の経験は素人同然のお前が、海軍の最高戦力相手に戦えてる。しかも、まだまだ伸びしろがあるってんだから、末恐ろしい」
「そう。ならば今ここで、過去の約定破りを踏み倒して捕らえるか?恥知らず」
「…いいや、ここでは殺さねェ。これ以上手を出す気は無ぇよ。王女様への負い目もそうだが、あの小僧にはおれも貸しがあってな。殺す気までは無かったよ」
どうだか、とマリーは眉を顰める。確かに、マリーはクザンから【殺意】というものを感じ取ってはいなかった。しかしそれは圧倒的な実力差からくるものだと認識していた。トンボの翅を千切る子供から、殺意を感じ取れない様に。
言い終わると、クザンは踵を返して傍に置いてあった自転車へと歩んでいく。しかし肝心の自転車は先の熱波に当てられており、ぐにゃぐにゃの鉄塊と化していた。クザンは分かりやすく、顔を手で覆ってへこんでいた。
「トカゲの駄犬も、恥を知っているのだな。喜べ?お前の評価が少し向上した」
「そりゃどうも。王女さまに目をかけてもらえるなんて光栄だ」
「駄犬から
「それ、良くなってるの?……前の事は、本当に悪かったと思っている。それに麦わらの一味にも、後輩が世話になった。その縁で今回だけは見逃してやる。その飢えをどうするのかは知らんが、滅多なことはするなよ」
「お前に言われるまでもない、
「……あいよ。覚悟はしときますわ」
真剣な、嘘の無い返答。
その言葉を聞き終わると同時に、マリーの体は地面に倒れこんだ。
「ああ、それと言い忘れた。お前たちはこの先ニコ・ロビンを、あの女を必ず持て余す。ニコ・ロビンという女の生まれついた星の凶暴性をお前たちは背負いきれなくなる。それは王女様も同じことだ。自分の運命ってやつを自覚しているならなおさら、大切に思えているうちに手を切っとけ」
眠りに落ちる刹那にクザンの声が耳に届くが、脳にまで届く前に搔き消えた。
…いい加減、体力と気力の限界だった。喉の渇きも限界に近い。
マリーは襲い来る渇きから逃れるために、自ら意識を深い眠りへと叩き落とした。
「マァ~~リィ~~~!!!」
「いたぞ!」
「マリーちゃん!!」
「凍らされちゃいねェ……!!」
「よかった……!! よかった!!」
「意識がねェ、早く船に運ぶぞ!」
「おうよ!」
「マ゛リ゛ィ゛~~!起゛ぎろ゛~~!」
「「うるせぇ!大泣きすんな!!」」
船から大急ぎで凍った部分を最低限溶かしたルフィ達が戻ってきた。焼け焦げた周囲に瞠目しつつも、マリーの無事を確認して背中に抱え上げ速やかに船に戻っていったのだった。
・
・
・
クザンはコートを着込み、海図を取り出す。
次の麦わらの一味の行く先を確認し呟いた。
「『ウォーターセブン』、“水の都”か。あらら……こりゃなんとも……」
クザンは苦虫を嚙んだような表情をした。脳裏に浮かぶのは、マリーが海軍にいた時代に彼女を捕らえようとしつこく進言してきた政府の男の顔。
(あの男が見れば、今度こそ捕まえようとするだろう。王女様に流れる血は、それだけ価値のある兵器だ。無理に能力を使って動けなくなっているなら、絶好のチャンスだと嬉々として研究材料にする)
メリアという生き物の真の脅威を知っている数少ない人物であるその男は、今の彼女の状況に気が付くのだろうか。気が付いたのなら、あの小僧は彼女を守れるのか。そんな考えが脳裏に浮かぶが。
「なんにせよ、王女様の覚悟次第だな。苦痛を抱えながら耐え忍ぶか、足手まといにになることを耐えるか。どっちに転ぶかねぇ」
スクラップとなった自転車を抱えて、クザンは海上へと歩き出した。