バンッ!!という音とともに、船室の扉が開く。そこから、必死に涙をこらえようとするも、耐え切れずに零すチョッパーが現れた。
「ロビンの…心臓が、動いた!」
その言葉を全員が認識するまでに一瞬、飲み込んで意味を理解するのに一瞬。
その後は一気に歓声が沸き上がり、ウソップが「うおおお~~~い!!!」と雄たけびを上げた。続いてサンジが「ロ~~ビンちゃ~~~~~ん♡」と部屋へ駈け込もうとするのを、チョッパーが「駄目だ!」と制止した。
「まだ駄目!! 入ったら騒ぐだろ!!」
「おい! Dr.チョッパー、おれなにか作るぜ!?」
「ド!! ドド、ドクターなんて言われても嬉しくねーぞコノヤロー!! 目を覚ましたら…体があったまる飲み物がいいよ。あとでロビンを
「ナミ、船は?出すのか?」
「出さないわよ。ロビンがアレだし…ログはもう取れてるけど、今日はここで停めましょ」
朗報に安心した一味は、いつものペースに戻っていった。ナミはウソップが取り落とした洗濯物を拾い上げる。ルフィも安心したようで、帽子を押さえながら長い息を吐いていた。
そんな中、チョッパーの後ろからロビンの隣で寝ていたはずのマリーがふらふらとしながら出てきた。
「お、おいマリー! お前まだ寝てなくて大丈夫なのか!?」
「…………。」
「おい、マリー!?」
動揺するウソップとルフィを無視し、マリーはそのまま甲板に寝転んだ。それを見て慌ててチョッパーが声を上げる。
「あ! さっきマリーが言ってたんだ! エネルギーをたくさん使ったから、なるべく日のあたる場所で寝て体力を回復するって! 怪我はないみたいだから心配いらないよ」
「……はい。そういうわけなので、わたくしはしばらく寝ます……おやすみなさい……」
「なァんだ、びっくりさせんなよマリー」
咄嗟に浮きかけた腰を、階段を椅子代わりに降ろしてため息をつくルフィ。それを確認するや否や、マリーはすうすうと寝息を立て始めた。
「「「はやっ」」」
「いやゾロ、おめェも結構早いぞ」
「ここまでじゃねぇだろ」
「いや~? 結構いい勝負……」
「あ! それとルフィ、ゾロ、サンジ! お前らはマリーにあまり近づかないでくれ!」
即座に寝息を立て始めたマリーを、物珍しいものを見るように取り囲み始めるルフィ達。それをチョッパーの一声が堰き止めた。
「ああ? なんでだよ」
「マリーに聞いたんだけど、さっきの火を起こす能力を使ったメリアはすごくお腹が減るらしいんだ。お前たち、デービーバックファイトの怪我が治ってないだろ! その血の匂いに反応して襲い掛かりかねないから、なるべく離れたほうがいいって」
「怖っ!」
チョッパーの説明に、思わず声を上げたウソップ。ふーん、と動じていないルフィとゾロ。その時は抑え込めばいいや、と考えているのがまるわかりだったためサンジに怒鳴られていた。
「さっきの能力、そんなデメリットがあったのね。使っているところを見たことが無かったけど、それなら納得だわ」
「本当はあんまり使っちゃいけなかったみたいだから、マリーは寝かしとかなきゃだめだ! ルフィ達も今日はいっぱい怪我したんだから、早めに寝なきゃだめだからな!」
「「「は~い」」」
ルフィ達の気の抜けた返事で会話は締めくくられた。その後は穏やかに時間が過ぎていき、その日はマリー以外は船室で雑魚寝して眠ったのだった。
・
・
・
ロビンとマリーの体の安静のため4日間停泊したのち、ゴーイングメリー号は出航した。マリーもロビンもまだ本調子ではないが、歩き回れる程度には回復したようだ。
今日はその二日目。昼ご飯の時間が近づく中、記録指針が指す島とは別の島が見えたため、一時的に停泊しようと舵を切った。
到着した島は、白い、どこまでも白い島だった。
何もない、という言葉がここまで正しい光景もそうないだろう。
地平線まで続く、突き抜けるような白。
空に広がる青空との対比が、余計に現実感を喪失させる。
白い地面が太陽光を照り返し、島そのものが輝いているようだ。
丘も草木もなく、動物も虫の一匹とて見当たらない。
その死骸すら見当たらないのは、異様の一言で済ませていいものか。
僅かに吹く風からは、何の温度も感じられない。
この白い光景が雪であれ砂であれ、熱い冷たいと感じてもおかしくないはずなのに、涼しい温かいと感じることすらできはしない。
普通の島ならあってしかるべき木々や土の匂いも、人々や動物の喧騒も、何一つとしてありはしなかった。
その光景は、幻想的というよりも、死の世界を思わせる静寂で満ちていた。
静謐な、光溢れる冥府。
そう呼ぶのがふさわしい光景だった。
「な……なんだ、これ……?」
「何もねぇぞ…!?」
チョッパーとウソップがあたりを見回す。
甲板からその光景を一緒に眺めていたナミとロビンは、絶句して息を呑んだ。
サンジとルフィは口を大きく開けて唖然としており、ゾロは顔を引き攣らせている。
「……………」
マリーは、驚愕よりも恐怖が大きくその島の惨状から目を逸らした。
「……全部砂なの? 動物も、植物も何もないじゃない」
「幻想的……というには、些か不気味ね」
「この白いのは砂か……? 雪ではねェみたいだ」
船から錨を下ろし、サンジが船から島へと降り立った。キュッキュッ、と足元から音が鳴る。
地面に触ってみると、雪のようにふわふわとはしていなかった。むしろその感触は砂のようで、確かな硬さがあった。
「どうやら石英で出来た砂浜のようね。どこだったか、同じような砂浜があったはずよ」
「でもそれって確か、海岸に細かくなって流れ着いた石英で出来たってやつでしょ? 島一つが砂浜って、聞いたことないわ!」
「現に目の前にあるじゃねェか! ウソップ! 冒険に行くぞ!」
「うっ……!持病の『島に入ってはいけない病』が……って、うん?」
次々と島に降り立つ。
さらりと手に持った灰白の砂を見つめるナミとロビン。
ルフィは新たな島の冒険に興奮し、ウソップを連れて島を駆けようと歓声を上げて駆け出す足で砂を蹴り上げた。
甲板でお腹を押さえ、仮病を使って船に残ろうとしたウソップだが、島を眺めていると砂浜以外のものに気づく。
「お~い、何か向こうにでっけェ光る物があるぞ~!」
「光る物?」
「何それ!? ちょっと望遠鏡貸して!」
地平線の境に、キラキラと黄金に輝く光。この白い世界に違う色を見つけ、ウソップは安堵から声を張り上げた。目の良いウソップが見える距離をナミがそのまま見るには厳しかったようで、金目のものかもしれないと思ったナミはすぐに双眼鏡を構えた。
「あれって……巨大な花?」
双眼鏡から見つめる景色には、巨大な金色に光る花が映り込んでいた。黄金で出来ているというより、透明感のある緑色の花から黄金の光が溢れているというのが正しい。
ナミはその花に見覚えがあった。ジャヤでクリケットに見せてもらった、メリアたちの作る植物であり本。
白い砂浜が反射する太陽の光で目を焼かれながらも、その光景が目に焼き付いた。
「ねぇマリー、アレってもしかして……って、どうしたの? 変な顔して」
「いえ、何でもありません。あの花は灯花で間違いないでしょう。あの大きさは初めて見ますが」
「そう……。って、くぉおらルフィ!勝手に走り出すなァ!」
背けていた顔を、島の中央に向きなおすマリー。そんなマリーの様子を疑問に思いながらも、ナミは冒険に走っていったルフィに拳骨を落としに向かっていった。
ナミと話し終わったマリーは、力が抜けたように船に寄りかかった。もとからクザン戦で失った体力が戻っていないようだが、それでもサンジ達が見る限り昨日よりも悪化しているように思えてしまった。
「マリーちゃん、大丈夫? ここで待つかい?」
「……いいえ、わたくしもあの花に記録されているものに興味があるので行ってみます。サンジやロビンはどうしますか?」
「おれはゾロと待機だ。あのマリモがこんなところで散歩でもし始めたら一生帰って来られねぇからな」
「勝手に決めんなクソコック!」
「事実だろうがくそマリモ!」
「わたしは行ってみたいわ。何か残ってるかもしれないし」
最終的に島を探索してみるのは、冒険が楽しみなルフィとチョッパー、灯花の記録が気になるロビンとマリー、そしてルフィの暴走を止めるためにナミが加わった。
「じゃあ行ってくるわね。サンジ君、昼ご飯兼目印のバーベキューよろしく♡」
「はぁ~~い♡ んナ~ミすわ~ん♡」
相変わらずメロリンと体をくねらせるサンジを尻目に、ルフィ達は駆け出した。あまりにも何もないゆえに帰りの道しるべが必要と考え、サンジ達は船で狼煙代わりのバーベキューを作ってもらうことにして、一行は出発した。
とはいうものの、1時間ほど歩き続けたが一向に景色が変わることは無かった。
あたり一面、白い砂、白い石、白い岩。
時折大きめの石もしくは岩があるがその程度。山どころか丘と呼べるものすらない。
静寂の中で唯一響くキュッキュッと鳴る砂が、まるで自分たちを笑っているかのように聞こえてくる。
「………っ」
生き物の痕跡一つない光景。それはある種の、死の風景ともいえる。
その光景の只中に立っているかと思うと、身の毛がよだつような感覚にナミは襲われた。
「ねえ、ちょっと気になったことを言ってもいいかしら」
ロビンが足を止め、足元の砂をつまみ上げた。
「こんなふうに音が鳴るってことは、砂の形が一定になっていてかつ砂が汚れていなくて乾燥してるという事よね」
「鳴き砂ってことは、そうよね」
「ということは、この砂はどこかの川などで小粒になった砂が、風に乗せられて運ばれてきたはず。島の一部が鳴き砂になっているならともかく島全体がこうなっているということは、この砂は他の島から飛ばされてきたものか、潮の流れによって運ばれてきたということになるわ」
「うんうん」
「でもこの島は、風は弱いし、周りの潮の流れによって積もってにしては円形に近い形をしている。とても不自然だわ」
「ん~~……フシギ島ってことか?」
「まあ、あんたはそれでいいわよ」
ルフィは腕を組み、わざとらしく唸った。あまりにも簡潔なまとめに、ナミが呆れて肩をおとす。
「……この島は“漂白”されたんでしょう。環境ではなく、人為的にこうなった場所です」
「人為的……? クロユリさん、何か知っているの?」
「わたくしも実際に見るのは初めてです。でも、この現象は知っています。まずは中央の花に近づきましょう」
「「「「…………?」」」」
神妙な顔をしながら、マリーはぽつりとつぶやいた。ロビンの問いかけに答えず、マリーはスタスタと歩を進める。マリーの思いつめた顔を見て、ロビンたちは顔を見合わせた。
10メートルはありそうな巨大な灯花の根元にたどり着く。そこは他の砂浜とは風景が一変していた
開花した灯花の根元には、たくさんの建物のようなものが半ば砂に埋もれていた。
複数の建物をつぎはぎにくっつけたような外見のそれは、壁も屋根もすべてが白。その色は美しいと例えられる純白ではなく、まるで色という概念そのものを抜き取られたような不気味な抜け殻を思わせた。
「これって、家……!? この島に、誰か住んでたってこと? でもこんな家見たことない……というか、住めるの?」
「住んでいたというより、
「中にソファみたいなのがあるけど、岩みたいに堅いぞ!」
人が住むことを想定していない。もっと言えば、住んでいた家をおもちゃのように積み上げたような家を前に、ナミは言葉を失った。
ロビンは人が住むには不便にもほどがある光景に、自身の考えを述べる。巨人の積み木遊びという言葉にナミは「ああ…なるほど」、と共感した。
試しに中にあったソファらしきものにチョッパーが寝っ転がってみるが、柔らかさのかけらも感じられなかった。柔らかく体を受け止める機能を失ったソファは、もとから生きていないはずのそれに『死んでいる』という表現を頭に浮かばせ、チョッパーは気味悪がってそそくさとソファから離れていった。
「……確かに、“漂白”という言葉が適切ね。木造に見えるけれど、こんな白い木は見たことないわ」
ロビンが建物の一つ、丸太を重ねたように見える壁に触れてみる。
次の瞬間、じゃり、という小さな擦過音が一同の耳に届いた。
ロビンは触れた自分の手を眺める。そこには、足元にあるものと同じ白い砂がこびりついていた。
「木材というより、“砂の塊”?」
「おりゃ!」
「ちょっと!ルフィったら何してんのよ!」
ルフィが試しに白い建物の中にあったソファを殴りつけた。すると殴ったところからひびが入り、ザラッという音をたてて簡単にパカンと割れてしまった。
「これは……」
ロビンが割れた断面を覗き込む。ソファだった物の内部は、外側と同じく真っ白だった。 だが、綿が詰まっている様子もなく、層になっているわけでもない。 均一な白が、ただ固まっているだけ。
「やっぱり、地面にあるものと同じでただの砂の塊としか言えないわ。綿も布も木材も、全部同じ素材にされているようね」
「うわ! おれの毛にもいっぱい付いてる!」
チョッパーが自身の毛についていた砂に気づき、ブルルッ!と振り払った。
「マリー、“漂白”ってことは……もともと普通の町だったのが、この白い砂に変えられたってこと?」
「……はい。本来、起こってはならない事ですが」
島に起こっていることを考察するロビンたちを置いて、マリーは灯花の根元に向かう。ロビンたちも後を追い、ほどなくして花の根元にたどり着いた。
巨大な灯花の根元では、さらに輝きを増していた。この灯花を直視し続けていると、目が痛くなりそうだ。
ナミたちが以前見た灯花は蕾の形をしていたが、こちらは完全に開花しており蓮の花のような形へと変貌していた。
翡翠のような緑の宝石の内部で、脈打つように黄金の光が駆け巡る。宝石であることと植物であることを両立させた翡翠の花は、触れれば手折れるのではという柔らかさと崖を前にしたかのような重厚感を持っていた。
黄金の光は、まさしく命そのものだった。花が脈打つ鼓動であり、葉脈の流れでもある。光の動きを眺めていると、血が流れる音が聞こえてきそうな錯覚を覚えそうだった。
「………」
「マリー?」
マリーが灯花に手を添えると、花の中の光は形を変える。まるで窓かシャボンのように薄く丸い形になった後、光は様々な色へと変わった。それは明確に形を結び、様々なものを映し出した。
ルフィ達が窓のようなそれを覗き込むと、光の中にはいくつもの光景が浮かんでは消えていった。
最初に映ったのは、朝焼けの街角だった。
井戸から水を汲む子供。
小舟が止まる桟橋。
太陽を向く向日葵。
次々と映し出される、どこかの町の光景。
気付けば昼の仕事風景から夜の祭りの風景へと場面が移る。
客を呼び込む屋台。
祭囃子を奏でる老若男女。
変わった服を着て捧げられる神楽。
そして、そのすべてが炎に包まれた。
唐突すぎる世界の終わりに、町の人々は逃げ惑う事しかできない。
建物は焼け落ち、空が赤黒く染まる、あまりにも簡潔な地獄絵図。
その中を、ただひとり悠然と歩く青年。
彼が閲覧者である
マリーが灯花から手を離すと、映し出された光景は泡のように消え去った。
その光景に、一同は言葉を無くした。
「いまのって……この島の風景?」
「ええ……この花には、この島の最後の一日の情報がそのまま記録されています。いえ、没収されたというべきですね」
「没収って…! 誰に取られたっていうのよ!」
「最後に映ってたヤツか? アイツだけこっち向いたよな!? コエーッ!!」
「チョッパー、そんなに怖がらなくてもいいですよ。もうすべては終わった後ですので」
「うふふ……あら?」
怯えるチョッパーを落ち着かせよう頭を撫でるマリー。それを可愛らしいと眺めていたロビンだが、すぐ横で微かな光の揺らぎを感じた。
はじめは気のせいかとも思ったが、光の源である灯花を注意深く見つめてみるとマリーが触れていたところに小さく光が集まっていた。手のひらサイズのその光は他の光のように連なっておらず、たった一人で佇んでいるように見える。
ロビンがマリーに尋ねてみると、マリーはきょとんと眼を瞬かせた。マリーにもわからないらしい。
意味が分からずその光景を眺めていると、ポンッ!と跳ねるように光が花から飛び出す。「きゃ!」「ワァ!?」とナミとチョッパーが声を上げた。
「クロユリさん、これは?」
≪いらっしゃい、歓迎しよう。といっても、何もないけれどね≫
「「「「!!??」」」」
「なんだおめェ?」
花から蛍のように光が飛び出したかと思えば、どういう原理なのか光から声が響いてきた。
若い男の声、のように感じられた。
蛍のような光はチカチカとマリーの周りを飛び回り、次いでルフィ達の周りを飛び始める。
ルフィが光を捕まえてみようと試みるが、光はルフィの手をすり抜けてしまう。触れてみたその光はほんのりと温かかった。
「なんだこれ? 虫か?」
≪まあ似たようなものだね。ようこそ、かつてサドイフ島と呼ばれた場所へ≫
「サドイフ島? この島の名前かしら?」
≪そうだとも。ワタシがかつて守っていた、そして滅ぼした島だ≫
声からは老齢の人間のような落ち着きと諦観が感じられた。ゆっくりとした言葉と丁寧な言葉遣いに一瞬絆されそうになるが、この島を滅ぼしたという言葉にチョッパーが怯えて「お、お前悪い奴なのか!?」と声を上げる。
≪悪いヤツ、と言われれば否定できないねぇ。この島がこうなったのは、ワタシの責任だ。だけどワタシだってそれを避けようと、出来る限りのことはしたんだよ?≫
要領を得ない男の言葉に、ロビンが「まず、貴方は何者なの?」とまっすぐに問いかける。それに対して男は「おお、まずは自己紹介からだね。失礼した」と気を悪くした様子もなく朗らかに笑った。といっても、顔が見えないのであくまで声色からの判断だが。
≪ワタシはアルブレヒト。シクラメン・アルブレヒトだ。長命種のメリアであり、この島に娘たちと一緒に700年ほど住んでいたんだ。最初は仲良く暮らしていたんだが、時代が変わるにつれて人間たちと仲たがいしてしまってね。ついうっかりタガが外れて、この島の地表をまるっと閉じ込めてしまったんだ≫
アルブレヒトと名乗った男は、軽い口調でそう言った。しかし、聞いた側は軽く流せる話ではない。
700年という年月にまずロビンとマリーが反応し、地表を閉じ込めたという話にチョッパーとナミが震え上がった。
「700年!? おめェすっげェ爺さんなんだな!」
「長命種のメリアの寿命は500年ほどじゃなかったかしら?」
「地表をまるっと閉じ込めたってどういうことよ!?」
≪うん? そちらのお嬢さんもメリアだろう? ワタシから説明するのは構わないけれど、仲間から聞いた方が信憑性もあるんじゃないかい?≫
ロビンとナミが、マリーのほうへと視線を向ける。マリーは気まずさからつい顔を逸らした。
「知ってます、知ってますけど……できれば言いたくなかったです」
≪まあ、ワタシたちの負の側面みたいなものだしね。話したくない気持ちは大いにわかる。ただ、後悔したくないなら言ったほうがいいと思うよ。ワタシも一人抱え込んで、自分で何とかなると思い込んでこのざまだしね≫
「うっ……」
図星をつかれ、失敗例を目の前に唸るマリー。躊躇するように視線をさ迷わせた後、観念したように口を開いた。
「……血を飲んだメリアは、飲んだだけ自分の寿命を延ばすことが出来ます。そして一度でも血を吸ったメリアは、自分の吸血衝動を抑えきれなくなる。その果てがこの光景。人ではなく、文明そのものに対する食事。すなわち“漂白”です」
≪……まあ、そのとおりだ。吸血したメリアは人間社会の中で死に瀕すると飢えが抑えきれなくなり、周囲一帯を光に変えて自身の体であるこの花の中に仕舞ってしまうんだ。それはどうしようもない本能でね。ワタシはこうなる前にどこぞの海底にでも隠居しようと思ったのだが、見事に失敗しちゃったんだよ≫
苦渋の決断、というふうに顔を顰めて話すマリー。一方で、自分の身に起こったことだというのにどこか他人事のように軽く話すアルブレヒト。
チョッパーはそんなアルブレヒトの様子に、理解の及ばない怖気が走った。
「なんで……なんでオマエはそんなふうに軽く話せるんだ!? 自分がやったことだろ!? 大勢の人が死んだんだろ!?」
≪うん? 確かに、痛い目に合わせてしまった事は申し訳ないと思っているよ。でも、死者は1人だっていないんだ。だって皆、この花の中で生きてるからね≫
「…………は?」
チョッパーが言葉を失う。ナミやロビンも、ずっと黙って話を聞いていたルフィでさえも、今の言葉に硬直するしかなかった。
一瞬の間。全員が硬直する中、マリーが「あー…」と唸りながら頭を振る。ため息をついて、マリーは言葉を繋げた。
「漂白された土地にあった人や物は、すべて情報という形でこの花に収納されています。だから器があれば蘇生できますし、今はこの花の中で眠ってる状態でしょう」
≪そう! ワタシでは彼らを外に出すことは出来ないけれど、始祖様が来れば皆を外に出してくれるからね。その前にこの花を壊されてしまっては困るけれども、ワタシにはどうにもできないし、心配してもしょうがないだろう?≫
「その、シソ様ってやつが来れば、この島は元に戻るのか!?」
「ええ、すべて。土地も人も生き物も、すべて元に戻るでしょう」
「それなら安心だな! にしても、シソってやつはすごいな! 光に変えられちゃった人間を治せるなんて!」
無邪気に喜ぶチョッパー。その頭上で、顔を顰めるロビンとマリー。ふと、二人の目が合う。問い詰めるようなその視線に、マリーは耐え切れず目を逸らした。
≪いやぁ、久しぶりに人と話せて楽しかったよ。お土産に渡せるものもないけど、君たちが楽しめたのならよかった≫
「ん! 色々教えてくれてありがとう! お前も、早くシソってやつがくるといいな!」
≪ああ。ワタシも彼らと仲直りしたいからね。こんな老骨と話してくれた君たちにも、幸運があることを祈っているよ≫
最後にそんな会話を交わして、ルフィ達は船へと引き返していった。
帰りの道はあっけなく過ぎ去った。白い砂浜は相変わらずキュッキュッと足音を響かせ、空は温度を感じさせない風を吹かせる。その中を言葉少なに5人は歩んでいった。
…いや、ロビンはマリーに話しかけようとしていたが、マリーは首を振って拒否していた。苦虫を噛んだような顔をして「……勘弁してください」と言われれば、ロビンも言葉に詰まったようだった。
船に到着し、サンジ達と合流する。マリーは早々に甲板で休みはじめ、ナミたちはゾロたちとこの島についての情報共有をしつつ午餐にする。
その中で話題に上ったのは、やはりこの島の成り立ちについてだ。
メリアが起こした大災害。島一つを砂に変える“漂白”という現象に、話を聞いたウソップはすくみ上った。
「こえぇ~~! 世界政府が危険生物っていうのも納得というか…」
「オイこらウソップ! マリーちゃんになんてこと言うんだ!」
「いやだってよぉ…。血を吸わなきゃ問題ないとはいえ、たった一人で島をこんな風に変えるんだぜ? ビビるなって方が無理だろ…」
「ある日いきなり牙向くならともかく、血を吸ったうえで、死にそうになった時なんだろ? それなら、そうならないよう強くなりゃあいい話だ。どっちにしろ死んだらそれまでだし、蘇生の手段もあるならまだマシだろ」
「おう! もっと強くなってマリーを守ればいい話だ!」
怯えるウソップを一喝するサンジと、その時はその時とばっさり切り捨てるゾロ。ルフィも自分が守る気満々らしく、あまり気にしていないようだった。
そんなふうに談笑していると、突然近くに蛍のような光が灯る。その光から、ルフィ達は先ほども聞いた声が響いてきた。
≪ああそうだ、言い忘れた≫
「おお?」
「あ! お前さっきのアルなんとか!」
「驚いた。これだけ距離があっても話しかけられるのね」
≪そちらの娘なのだが、ずいぶん消耗しているようだな。ワタシが言うまでもないかもしれんが、空想具現化を使わせるなら血を吸わせた方がいいぞ≫
突然響いたアルブレヒトの声に驚く一同。続いて放たれた言葉に、空気がひりついた。
「ああ? いきなり表れて何言いだすんだテメェ。マリーちゃんが嫌がることをさせるわけねェだろ。大体、その空想具現化ってのはなんだ」
≪メリアの能力の一つだ。自然に存在する物や現象を自由に発生させられる能力の事でな、ワタシたちの奥の手と言っていい≫
「自然現象……あの時、青雉を追い払った火か?」
≪若いメリアがそれを使えば体が弱り、最悪の場合はエネルギー切れで死亡する。そうでなくても、吸血衝動に襲われ動けなくなる。あの娘にこれからも空想具現化を使わせたいのなら、血を吸わせて延命したほうがお前たちのためだと思うが?≫
「―――――――。」
一同は言葉を失った。意識を失ったり寝ることが多くなったりと、青雉との戦闘が負担の大きなものであったのは分かっていたが、そこまでのものだったとは。チョッパーはマリーの体を気遣えなかった自身を責めた。
「関係ねぇ。それを決めるのは本人だろ、おれ達じゃねぇ」
チキ、と刀を鳴らしながらゾロは答えた。
「本人が、自分は大人だって言ってんだ。ならテメェのやることぐらい自分で責任取るだろ」
「ゾロ! だけど、マリーはおれたちやロビンを逃がすために頑張ったんだぞ!」
「能力を使って死ぬことを選ぶなら本人の選択だ。だが、あいつがオレたちに助けを求めて血を飲みたいと言った時に応えてやるのが仲間としての筋だろ。助けられてばかりになるつもりはねぇ」
声を上げるチョッパーにそう言って、ゾロは酒瓶をグイっと呷った。いざというときは、自分の血を飲ませてもいいと言うゾロ。分かりづらいゾロのやさしさに、サンジが煙草を大きく吸い込む。一瞬間をあけて理解したチョッパーは、じわじわと笑顔になっていった。
「おう! 俺は船長だからな! クルーを守るのは船長の役目ってやつだ!」
≪……彼女が自分の意思で使ったのなら、ワタシの忠告は無駄だったみたいだね。だが、心に留めておいてくれ。寿命で死ぬことを恐れないワタシたちにとって、血を吸うことは『自分の生きる理由を決める』ということに他ならない。彼女に血を吸う選択をさせたのなら、全力でそれに応えてあげてほしいかな。≫
その言葉を最後に、黄金の光は消え去り二度と灯ることは無かった。