花人間が麦わらの一味に加入したようです   作:絹毛鼠

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ボーイ・ミーツ・リリィ(W7編3)

「んぅ……んあ?」

 

 寝ぼけた頭にトントントン、とキッチンで包丁の音が響く。続いて耳に届いたフライパンで何かを焼く音で、ウソップの意識は完全に覚醒した。

 

「起きましたか、ウソップ」

 

 扉を開けて顔だけ出したマリーが声をかける。マリーはエプロンをしてキッチンに戻っていった。

 どうやらマリーが朝食を作っていたらしく、鼻孔に美味しそうなにおいが届いた。

 甲板で寝転んでいたらしい体を起こし、ウソップは周りを見渡す。

 どうやら長く眠っていたらしく、日はとっくに上っていたようだ。

 

「ここは……メリー号か。マリーは何でここにいるんだ?」

「わたくしも麦わらの一味は抜けました。迎えが来るまでは、あなたを手伝おうと自主的に残っただけです」

「そうか……ありがとな、マリー。メシまで作ってくれて……」

 

 ウソップは起き上がり食堂の中へと入る。すでに食事は用意されていて、テーブルの上には程よい焦げ目のついたフレンチトーストとハッシュドポテト、そしてまだ湯気の立ちのぼる生姜のスープが並んでいた。

 途端に空腹感が湧き出てくる。唾液がじゅわりと滲むのを感じながら席に着くと、マリーはウソップの向かい側に座った。

 マリーの席にはいつも通り水と水差しだけが置かれていて、これまで毎日メリー号で迎えていた朝を思い起こさせた。

 

「いただきます……モグモグ……なあ、さっきからなんでマリーは目を閉じているんだ?」

 

 皿からサンドウィッチを手に取ってかぶりつく。ひとつ食べきった後、先ほどから気になっていたことを尋ねた。

 

「これですか?料理を作るのに、手の感覚を取り戻す必要がありましたので、他の感覚器官を閉じたのです。もともと味覚、嗅覚、触覚を閉じていたのですが、今は触覚の代わりに視覚を閉じています」

「視覚って……じゃあ今、目が見えてねェってことか!?」

「ご安心を。音や電磁波の反射で周囲の状況は把握できますので、触覚を閉じていた時よりも行動に制限は尽きません。まあ、色が分からないという欠点は確かにありますが、気にするほどでもないでしょう。」

 

 こともなげに返すマリー。料理が問題なくできている以上そこまで問題は無いのだろうが、目が見えないと聞かされてはいたたまれなくなってしまう。ウソップは話の話題を変えようと、食べていた料理について聞いてみた。

 

「大丈夫ならいいけどよ……それにしても、うめェなこれ!マリーは料理上手だったんだな!」

「ありがとうございます。故郷にいた頃は夫に料理を習いながら作っていましたので、家庭料理なら出来ますよ」

 

 贔屓とか空腹という調味料抜きに、マリーの作ってくれた朝食はおいしい。

 フレンチトーストは表面のカリッとした香ばしさと中のとろけるような柔らかさのバランスが心地よい。しっかりと卵液が沁みたパンは決して重くなく、甘すぎることもなく、鼻から息をするたびにふわっとバターの香りが広がる。

 ハッシュドポテトは細切りにされたジャガイモの触感が楽しく、揚げ焼きになってカリッとした表面とほくほくした内側の対比が心地よい。程よい塩気がフレンチトーストと相性が良く、いくらでも食べられそうだった。

 少々脂の強い二品にくどくなったころ、生姜のスープを流し込む。わずかな辛みが、脂っぽくなった口をさっぱりさせてくれた。まだ湯気の立ちのぼるスープを流し込むと、胃の中からじんわりと熱が広がっていく。戦いで血が少なくなった体が内側から温められて、甲板で寝ていて冷え切った体を癒してくれた。

 

 サンジとはまた違った、思いやりにあふれた食事だった。この料理を教えたという夫は、さぞ料理上手だったのだろう。

 

「旦那か……そりゃあ帰りたいよな……」

「……そうですね。また会いたいです」

「なあ、マリーの故郷ってどんなところだったんだ?その旦那さんとか、家族とか、友達とかさ」

 

 ウソップは故郷でメリー号をくれた幼馴染の事を思い出し、マリーにもそういう存在がいたのかと尋ねてみる。

 マリーはきょとんと眼を開けていればまん丸にしていただろう表情をして、クスリと笑った。

 

「ふふ、わたくしの故郷ですか……せっかく時間があるんです、長話になりますが構いませんか?」

「おう! 昼前にはメリー号の修理のために買い出しへ行きたいから、それまで教えてくれ!」

 

 では、と一呼吸おいて、マリーは故郷でのことを話し始めた。

 

「まず、わたくし達に家族という概念は希薄です。生物学上の父母はいますが、保護者という者はいません」

「え、な、なんでだよ!? じゃあ、ガキはどうやって育つんだ?」

「メリアは体から生えた花が虫などによって受粉することで種が出来、その種が地面で発芽して栄養を吸収して成長します。人間の姿になる前はテレパシーの能力が強く、周囲の生物から思考を読み取りその段階で必要な知識を身に着けます。人間の姿になった後は光合成によって成長します。

 ほら、親という存在による教育、育成が必要ない。性行為をする恋人という概念がない。気付かない間に子供出来て成長してる。だから家族という概念がわたくしたちには基本的に必要ないのです。実際、わたくしも父から世話を焼かれたということはありません」

「そっか……本当に植物って感じなんだな。じゃあ、友達とかは?お前の旦那って、どういう関係なんだ?」

「周囲の人との交流はありましたが、友達と呼ぶほど比較して仲のいい相手はいませんでしたね。旦那は……これまた複雑な関係なのですが」

 

 おほん、とマリーは一区切りおいて話し始める。

 

「わたくしが王女という話はしましたよね。王である父が、『人間の国と交流する。そのために、相手の国の王族を伴侶として迎え入れろ』と言い出しまして。そんな成り行きで、人間が望む方式で結婚したんですよ」

「政略結婚ってやつか?」

 

 まあそんなもんです、とマリーは返す。表情には呆れと……喜びが浮かんでおり、少なくとも険悪な関係ではなかったらしい。

 

「旦那はわたくしが直接会って複数いた候補の中から選びましたが、好意からではありません。メリアの国で暮らしていくにあたって、適した能力を持った人間を選んだまでです。同じ住居で暮らしていましたが、夫婦らしかったかと言われれば微妙ですね。メリアには人間と同じような生殖器はありませんので、恋人らしいふれあいというのもありませんでしたし」

「ごふっ」

 

 ウソップは飲んでいたスープが変なところに入りかけて思わず噎せる。生殖器とかふれあいとか、健全な青少年の前で美女が言う言葉じゃない。

 

「ですがわたくしなりに夫婦らしいことはしたいと、なるべく多くの時間を共にしました。ただ、その一環で仕事の出先にまで連れて行ったのは失敗でしたね。それが原因でわたくしたち夫婦は天竜人に攫われたので」

「おおう……仕事って何してたんだ?」

「吸血した同胞を殺してました」

 

 あっけらかん、とマリーは口にした。

 放たれた言葉にウソップは困惑するしかない。一瞬言葉に詰まった後、マリーに問い直した。

 

「な…なんだって?」

「吸血した同胞は、あの漂白された島で分かる通り危険生物でしかありません。彼らは血が飲めない環境に置かれると周囲の人間、文明を無差別に捕食する。親愛を抱いていようとその感情は殺意に置き換えられ、“愛する者をこそ殺す怪物“になる。それを危険視した政府の要望に応える形で、父はわたくしに同族殺しを命じました」

 

 カランとコップの中の氷が揺れる。それは顔には出さない、マリーの心を表しているようだった。

 

「お父様は同胞の遺体が人間に奪われることが嫌だった。政府はメリアの不始末はメリアにつけてほしかった。双方の意見が一致した結果です。わたくしは同胞に対する強力なテレパシーの能力……脳に直接作用する命令権を持たされて生み出された、メリア限定の処刑人として生きていました」

「脳に直接……? それってどういうことだ?」

「チョッパーがいれば説明がしやすかったんですが……簡単に言えば、人間の体は脳が体に命令を出して動いています。手を動かすといった意識的な行動から、心臓を動かすといった無意識的な行動まで。わたくしはそこに命令を出せるのです。同胞の脳に対して『心臓を止めろ』と命令すれば、問答無用で死に至らしめることが出来る。そういう能力です」

「怖っ!」

 

 ウソップが思わず身震いする。

 言葉一つで心臓を止める。その脅威が分からないウソップではない。

 ゾロのような筋力も、サンジのようなスピードも、ナミのような知識も、何一つ役に立たない。

 『ただその命令が届いたら終わり』。しかもテレパシーであれば口を塞ぐという対抗策も取れない。

 目の前に現れた時点で死が確定する死神と同義だった。

 

「ですが、それに対して不満はありません。故郷の仲間は他と変わらずに接してくださいました。父は父の、わたくしはわたくしの出来ることをやっただけ。特に気にすることではありません。

 ただ、道中の身の安全の確保を任せていた政府が裏切ってわたくし達を売ったことだけは根に持ちますけど」

 

 水を一口飲んで、マリーは会話を区切った。

 部屋の中に言いようのない空気が流れる。ウソップは命令してばかりな父からのマリーの扱いに一言言いたい気分ではあったが、当のマリー本人が穏やかに受け入れているのを見て、言葉をポテトと一緒に飲み込んだ。

 その代わりと言っては何だが、ウソップはメリアに対して抱いた素直な賞賛を口にした。

 

「そっか……メリアってのは優しいっていうか、強いんだな。おれだったら、自分たちを簡単に殺せる相手に普通に接するってのは難しいと思うぜ」

「……そうですか? ウソップだってゾロやルフィを恐れているわけではないでしょう?」

「そりゃあ仲間だし……だった、し。それにこうやって一味を抜けたいって思った以上、“自分とは違う”って思ってたんだろうぜ」

「…………」

「そこを考えたら、お前の故郷のメリアたちは優しかったんだと思うぜ。友達と言えるか分からない、気分一つで殺されてもおかしくない相手に普通に接するって、結構難しいと思う。おれは特に臆病だし、もしそんな奴が身近にいたら気が休まらないと思うしさ」

「……そうですか」

「あ、いや、マリーが悪いってわけじゃねぇぞ!? どっちかっていうと勝手に怖がってるおれのほうの問題だしな!」

 

 慌てて手を振って、ウソップはマリーに誤解を与えまいと弁明する。

 その気持ちが伝わったのか、マリーはコップに残った最後の水を飲み干して微笑んだ。

 

「いいえ、怖がるのが人間の長所でしょう。脅威に対して回避行動をとるのは、動物として正しい」

「いや、まあ……そう言ってくれると、気が楽だ」

「わたくし達は単に、特別なものを作らないのです。強いからと贔屓しない。弱いからと軽んじない。それはきっと、あなた達から見れば寂しいことなのでしょう」

 

 独り言のように呟くと、マリーはコップとウソップが食べ終えた食器を重ねてキッチンに向かった。

 

「資金は十分にあります。そろそろいい時間です、メリー号の修復を始めましょうか」

 

 

「うおーー!! 泣けるぜお前―――!!」

 

 薄暗い屋内で、野太い鳴き声が響く。

 

「……で、なんでこうなってるんですかね」

「さあ……おれに言われても……」

 

 今ウソップとマリーは、橋の下にあるフランキーの隠し倉庫にいた。『お前らを誘拐して麦わらのルフィをおびき出す』と言ってフランキーに船ごと連れ去られたのだ。

 問答無用に連れ去られた後は特に拘束されることも無かったため、ウソップは船の修理を続行しながら、自分たちはもう麦わらの一味じゃないと話した。詳しい状況をウソップから話してやれば、感動したらしいフランキーは現在咽び泣いている、といった状況だった。

 

「じゃあおめェー、2億を奪ったおれ達を恨んでんだろうなァ……。そんな大喧嘩に発展しちまったんだ」

「――――なる様になっただけだ…誰を恨んでもしょうがねェよ」

「潔いな。そうか、あの2億は…」

「??」

「使っちゃったけどな!!!」

「ハリ倒すぞ」

 

 謝ったかと思えば変なポーズをするフランキーに、ウソップが静かな怒りを滲ませた。それを見ていたマリーは「愉快な方ですね」と穏やかにほほ笑んでいた。

 ウソップを気に入ったらしいフランキーは自分の一家に入らないかと勧誘するが、ウソップはそれを断る。一味をやめても海賊であると誇るウソップに心得たれたフランキーは、即興でギターを弾き始めてウソップにツッコまれていた。

 

「それで、そっちの小娘は何で一味をやめたんだ? このお兄ちゃんと一緒かい?」

「いや、コイツまた別件だ」

「見返りを用意する代わりに故郷へ送っていただく予定だったのですが、その見返りがこの先用意できなさそうでしたので別れました。お世話になった方々のお荷物にはなりたくなかったので」

「故郷ねェ……自分から出たんじゃねぇのか?」

「世界貴族に誘拐されまして。そこから逃げ出したはいいものの故郷まではかなり距離があったため、たまたま出会った彼らに送っていただこうと交渉したんです。『メリアだから金稼ぎには困らないし、戦闘もある程度こなせる。足手まといにはならない』と。しかし、先日の戦闘で大幅に生命力を使い果たしましたので、金策も戦闘も出来なくなったのです。そのため契約履行不可能と判断して、わたくしのほうから船を降りました」

「なるほどなァ……お前さんはこの後、どうする予定なんだ?」

「この島にいた政府の人間と取引して、故郷に送っていただけることになりました。運が良かったです」

「政府だと……!? 小娘、本気か? あいつらは信用ならねぇぞ。おれも昔えらい目に遭ったもんだ」

「正直同感です。ですが、ほかに手があるわけでも無し。騙されたとわかったら、最後に残った生命力を使って突き上げる海流(ノックアップストリーム)を引き起こし、わたくしごと船を打ち上げてやります」

「自爆覚悟かよ!? 聞いてねぇぞマリー!」

「言ったら船長さん達は気にするでしょう? 彼らが約束を守るならよし、守らないなら後悔させるまでです。2度目はありません」

 

 ウソップは言葉を失う。マリーの目には、確かな怒りが浮かんでいた。ただそれは、約束を破られたことに対するモノだけではないとウソップは直感する。

 マリーは自分に対する攻撃に対しては寛容だ。雷で腕を打ち抜いたエネルに対しても、最後まで怒りを露わにすることは無かった。それどころか、それを見て驚愕するウソップ達の不安を解消するよう言葉を尽くしていた。であれば、この怒りは自分との約定破りではなく、もっと別の事に対しての―――――――

 

 そこまで考えたところで、ザッパアアァァン!! と外の扉を叩いた波の音に思考が中断される。「おお、今のは大きかったな」とフランキーが海水に濡れた窓を見た。そういえばと思い出し、ウソップはここに来る途中フランキーから聞いた高潮について聞き始めた。

 年に一度ウォーターセブンにやってくる高潮、通称“アクア・ラグナ”。島の土地の多くに被さって起きるそれは、すでにこの島の住民にとっては慣れたもののようだが、困りごとはそれではないらしい。何でも年々海の水位が上がっているらしく、この島は徐々に沈んでいる。正確には地盤が沈下しているようだが、島が沈んでいることには変わりない。あと数十年もすれば、今ある街も徐々に住めなくなるらしい。そのせいで治安も悪化していたこの街を救ったのが“海列車”であり、それを作ったトムという船大工のおかげらしい。

 

そこまで話したところで、フランキーは話を切り替えた。

 フランキーはウソップに対して問いかける。メリー号を直してどうするつもりなのかと。

 

「そりゃ当然、コイツと一緒にまた冒険して、いつの日か故郷のイーストブルーへと帰るのさ!!」

 

 そう胸を張るウソップに、フランキーは冷徹に告げる。その船ではもう、帰れないと。

 

「さっきここへ船を引き上げるとき、そいつ(・・・)をよく見てた。その船はもうだめだ。ガレーラの査定は正しい。解体屋として……解体を勧める」

「!!? 何を下らねぇこと…!!」

「手伝ってやるよ……船の解体作業!」

 

 フランキーがウソップの制止をものともせず、船の手すり部分をへし折る。やめろと大声を上げてウソップが力づくで止めようと、得意の“火薬星”でフランキーを火だるまにした。しかしフランキーはその程度の火は全く効果がないようで、かぶりを振って日を振り払った後、「分からねぇなら……てめェの目で……しっかり見てみろ!!」とウソップをメリー号が浮かぶ水の中へと叩きこんだ。

 水から上がったウソップは、変わらずメリー号を直そうとする。それを見ていられず、マリーは思わず声をかけた。

 

「ウソップ、さすがにもうやめましょう。これ以上は無駄です」

「無駄……? マリーまでそんなこと言うのか……! メリー号にこれまで乗ってたくせに、良くもそんなこと……!」

「その小娘の言うとおりだ。船底を見たろ! 圧し折れた竜骨を中心に外板はズレて肋骨もボロボロ! テメェみてェなド素人でなくても直せるわけが「うるせェってんだよ!!!」……」

「お前なんかに何も言われたくねェんだ!! ホントは、全部知ってんだ……。

もうメリーが!! 駄目だってのも知ってんだ!!」

 

 膝からウソップが崩れ落ちる。ポロポロと涙を溢しながら、手に持っていた工具を取り落とした。

 そしてウソップはメリー号で見た不思議な体験について話した。誰もいないはずの船内に響くトンカチの音と声、いつの間にか元の姿に直されていたメリー号。

 話を聞いてマリーは「あの時の…」と思い返す。そういえば、勝手に船が直っていたなと不思議に思いながらもあの時はそれどころではなかったため深く考えなかったのだ。

 その話を聞いたフランキーは、“クラバウターマン”という伝承について教えてくれた。木槌をもって船乗りのレインコートを着ている姿で現れるというそれは、本当に大切に乗られた船のみ宿る船の妖精、もしくは化身だという。

 本当にメリー号の化身だったということが分かったウソップは、船首のほうを眺めて収まったはずの涙を滲ませ感極まった様子だった。

 

 その瞬間、チリンチリンと海側の扉から音が鳴る。フランキー一家の人間が麦わらを連れてきたとフランキーたちは判断し、四角い髪型の姉妹(スクエアシスターズ)が迎えに行った。

 

「お兄ちゃんよォ……おめェ、仲間のとこ帰れ」

 

 その後ろでフランキーがウソップに、仲間の所に帰るよう告げる。それに対してウソップは、決闘したうえに船の事も解決できないままに帰れないと決意を込めて返す。

 それに答えにフランキーは納得がいかず、「船はもう走れねェと知ってるんなら話は早ェじゃねェの!」と呆れを滲ませながら返した。

 

 二人とも、メリー号という船の事を思って言っているのは分かっている。マリーだけでなく、言い合っているフランキーとウソップ自身もだ。

フランキーは船のために解体すべきだと言い、ウソップは最後まで一緒にいるべきだと抗議する。

 

しかし、平行線をたどっていた議論は突如として中断された。ドサッ……という音と共に、玄関にいたはずのスクエアシスターズの片割れ、モズの体が床に倒れこんだのだった。何事かと玄関に視線を向けてみれば、バキッ……!という音が響きキウイが何者かに蹴り飛ばされた。

 

「誰だァ~~~!!」

 

 何者だとフランキーが叫ぶ。襲撃者4人は顔を隠すこともなくフランキーに話しかけた。

 

「お取込み中失礼……お嬢さん二人が中へ入れてくれなかったもので……」

 

 キウイを蹴り倒した、かつてウォーターセブン市長アイスバーグの秘書をしていたカリファという女は、蹴りでずれた眼鏡を直しながらフランキーにそう答えた。その傍にはカクもいたため、マリーは彼らを政府の人間だと認識した。

 

「おや、王女もこちらにいらっしゃったのですね。船ごといなくなっていたので探しましたよ」

「ああ、それは失礼。しかしこのフランキーという男に問答無用で連れ去られたので、わたくしの反抗および過失ではありません。政府の人間ならばその程度自分でカバーしてもらわねば困ります」

「政府の人間……!! お前らが!?」

 

 これまでの彼らを良く知るフランキーが驚愕の声を上げる。その様子を尻目に、フランキーにハト野郎と呼ばれた男性、ロブ・ルッチは言葉を続ける。

 

「フランキー、我々はもう全て知っている。お前の本当の名は“カティ・フラム”。8年前に死んだと思われていたトムのもう一人の弟子だ!」

「……どうやって調べたが知らねぇが、見事なもんだな。同時に妙な胸騒ぎがしてきた……」

 

 フランキーは一度目を伏せ、何かを思い出すような所作をした後口を開いた。

 

「あのバカは……アイスバーグは、元気か?」

 

 震えを必死に抑えたような声でフランキーは問いかける。それに対してルッチは冷徹に「殺した」と答えた。

 

「トムからアイスバーグへ、アイスバーグからお前へ、それは受け継がれた。長かった我々の任務もいよいよチェックメイト。

 さァ、世界最悪の戦艦……“古代兵器” プルトンの設計図をこっちによこせフランキー!」

 

 ルッチの要求に、フランキーは「てめェらに渡すもんはねェよ!」とロケットパンチを繰り出した。

ボウン!!という爆音とともに、鎖につながれた拳がルッチに迫る。ルッチはそれをふわりと躱し、フランキーの懐へともぐりこんで顎をその掌底で打ち上げ壁に叩きつけた。

 突如として発生した戦闘に、ウソップはついて行けず困惑するばかりだった。

 マリーは一瞬戦闘を止めるべきかと思ったが、今政府の人間に楯突くのはまずいと椅子から浮かしかけた腰を下ろした。

 

 フランキーの巨体を叩きつけられた壁は壊れ、その向こう側が露わになった。そこはかつての造船会社“トムワーカーズ”の本社だった場所、製図室だ。かつてその造船会社にいたフランキーにとっての思い出の場所を踏みにじるルッチたちに「さっさとここから出ろ!!」とフランキーが怒鳴りつけるが、ルッチは「貰うべきものを貰ってからだ」と取り合わない。

 設計図を探しているルッチは、製図室に会った机を蹴り壊していく。それを力づくで止めようとフランキーが飛び掛かるが、カリファが茨のついた鞭で捕らえてしまう。

 その様子を見てやれやれとルッチは肩をすくめた。

 

「別に、今すぐ答える必要もないさ。これから8年前の罪を問いに、エニエスロビーへと連れていく。そこでじっくりと聞かせてもらうさ。そこのメリアと一緒にな」

「な、なにィ…!? おい、マリーをどこに連れて行くってェ!?」

 

 ルッチがマリーに視線を向ける。マリーはルッチのもとに行こうとしたが、間にウソップが割込んでパチンコを構えた。

 

「お前確か、“麦わら”の仲間じゃな……」

「マリーを故郷に返すって約束なんだろお前ら! それを…どこに連れてくつもりなんだお前ら!」

 

 ウソップの精一杯の威嚇に、ルッチたちは怯む様子もない。悠々と、しかし油断なく。ルッチたちはウソップの前へと立った。

その後ろで、ブルーノとフランキーは何やら電伝虫ごしにスパンダムと名乗る誰かと会話していた。

 

「麦わらの一味ならば手は出さん。だが、抵抗されるなら話は別だ」

「ううっ……! こいつには世話になったんだ。こいつを故郷に連れていくことが出来なかったおれじゃあ、文句を言う権利は無ェかもしねれェが……! 約束を破るつもりなら容赦しねぇぞ!」

「ウソップ、しなくていい……! わたくしは自分で何とかしますから……!」

「何が自分で出来るだ! 体力もなくなって、目も見えなくって……! それでどうやって戦うつもりだ!」

 

 マリーはウソップとルッチたちの間に入り、ルッチたちに背を向けた。マリーはウソップをルッチたちから守っているつもりだが、ウソップは自分からウッチ達を守っているかのようなマリーの行動に、思わずパチンコを下ろす。

 その瞬間、ビュン! と空気を割る音が響いた。

 カリファがその手に持っていた鞭で、マリーを捕らえたのだ。マリーは鞭によって地面を引き摺られ、カリファの足元へと倒れこむ。

 

「痛っつ!」

「マリー!」

「カリファ、マスクを」

「ええ」

 

 カクの指示で、カリファが黒い口元だけを覆うマスクを出した。それをマリーに被せる。

 その時マリーはこのマスクが布製ではなく鉄製であることに気が付いた。鼻は出ているため呼吸に支障はないが、最後の奥の手が封じられたことを実感する。

 

「……なるほど、吸血防止か」

「ここまで抑え込めば偽る必要もない。お前はエニエス・ロビーから海軍本部を経由し、政府の研究所へと送られる。故郷に寄ることは無い」

「まあ予想はしてた。お父様が王族の遺体を政府に渡すなんて約束をするはずがなし、政府が約束を守らない嘘吐きなのは身に染みている」

「ほう……ならばなぜ、自分から対抗手段を手放した? 」

「わたくしはわたくしの目的で動いている。約束を違えた貴方に説明する必要はないな」

 

 マスクでくぐもった声で、マリーは冷徹にルッチと対峙する。

 空想具現化も強い筋力も、最後の手段であった吸血でさえも封じられてなお、マリーは王族としての威厳を手放すことは無かった。

 そんなマリーを一瞥した後、カクはプールに浮かぶメリー号に目を向けた。

 

「しかしこの船、処分しておらなんだか…」

 

 カクは哀れなものを見るような目でウソップを一瞬見た後、船を固定していたフックを取り外す。ウソップは「そいつに触るな!」と駆け出そうとするが、ルッチがマリーの首を持ち上げて見せつける。

 

「動くな。無機物である船よりも仲間の命のほうが大切だろう?それ以上そこから動けば、この女の首をへし折る」

「………っっつ!!」

 

 走り出そうとしたウソップの足が地面に縫い付けられる。メリー号にも命があるのに…! と叫びたいが、自分に付き添ってくれたマリーが人質となっているために動けない。

 ウソップがパチンコを構えることもできないまま、プールから水が流れ始め、船が海面に向かって進みだす。

 

「やめろ~~~~~!!!」

 

 ウソップの叫びも虚しく、メリー号は荒れ狂う海面へと投げ出された。ビュオオオォォォ! と鳴り響く浜風の中をメリー号が落下していく。

 下では荒れ狂う海が黒い口を開けて待ち構えている。 波は牙のように尖りながら寄せては返していた。落下する船の影がその海面に一瞬だけ映り、すぐに砕け散る。

 壊れかけた船には致命的なダメージ。その末路を目にすることなく、メリー号は波間へと消えていった。

 

「メリ~~~~~!!」

 

 いつの間にか姿を消していた政府の人間たちに意識を向けることもできないまま、ウソップはメリー号へと叫び続けていた………

 

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