マリーとロビンにより、空島への手がかりを得るために次の行き先を“ジャヤ”へと決定した一行。食事も終わり一息ついたころ、マリーとロビンは女子部屋でナミの服を眺めていた。
「あの、わたくしにはこの服がありますし、無理にあなた達から服を借りる必要はないのでは?」
「私たちが着せたいのよっ!大体、いくらタオルを羽織っているからと言って、いつまでも濡れたドレスのままじゃいられないじゃない」
「私も新しい服が欲しかったから、少し借りようかと思ったのだけれど…この分だと難しそうね」
マリーの潜水の際に濡れた服を変えようと、自分の服を貸そうとするナミ。しかし、ロビンもマリーも身長が高いため、ナミの服では入りそうにない。ナミが169cmのところ、ロビンは188cmであり、マリーに至っては195cmである。ロビンはまだ丈の長いものを着ればファッションの範疇だが、マリーが試しにカーディガンを羽織ってみたところ、ミチッ…と嫌な音を立てたため、慌てて脱いだのだった。
「私はギリギリ航海士さんの服が入りそうだけど、クロユリさんはダメみたいね」
「私この程度の温度変化で体調を崩したりしませんし、このままでいいですよ」
「よくないわよ!風邪ひかなくっても、目のやり場に困るわ!」
「タオルを羽織っているのにも限度があるしね」
「アンタから貰った蜜を売って、新しい服を買いましょうか」
マリーが海から上がってきた時の様子を思い出したのか、ロビンが苦笑する。透けることこそなかったものの、体のラインが艶めかしく出てしまっていた様子にウソップとサンジは赤面し、ゾロは顔を背けていた。なお、ルフィはまったく気にしていなかった。
ナミは“メリアの蜜”が売れた想像でもしたのか、目をベリーにして輝かせている。ロビンは内心「売れるような治安のいい場所だといいけど」と思っていたが、口には出さなかった。最悪、能力を使えば金銭や服を盗むことはわけないのだし。
「いっそその服や装飾品も売っちゃわない?高く売れそうよ」
「そうですね。特に思い入れもありませんし、資金になりそうなら売ってしまっても構いません」
「なら、島に着いたらクロユリさんは私とお買い物兼情報収集ね」
「分かりました。嘘を見抜くのは任せてくさい!」
フンス!と気合を入れるマリーの様子に「頼もしいわ」とだけ返して、島が見えるのを待つ。すると甲板から、「いい感じの町がみえるぞー‼」という声が響いた。
ウソップがリゾートっぽいというと、それに続いて甲板に出たナミが「ちょっとゆっくりしていきたい気分~~♡」と黄色い声を上げる。
しかし、その希望も「殺しだァ‼」という叫びで打ち砕かれる。
――ジャヤという島の西にある町
そこは夢を見ない無法者たちが集まる、政府介せぬ無法地帯
人が傷つけあい歌い笑う町
そこは嘲りの町「モックタウン」
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空島の情報収集にはルフィとゾロが赴くことになり、お目付け役としてナミが走って追いかけていった。無法地帯のこの町にウソップとチョッパーは上陸拒否し、護衛としてサンジを引き留めていた。そしてゾロたちとは別に、マリーとロビンも上陸し情報収集と服の調達へと向かった。
「クロユリさん、まずはどこへ向かいましょうか?」
「う~ん…とりあえず、酒場でも向かいますか?わたくしカジノは強いので、そこで服の資金調達などしようかと」
「あら、ポーカーとかかしら?」
ロビンは意外そうにマリーを見る。何せどこからどう見てもお姫様か深窓のご令嬢のようなイメージしか無かったマリーに意外な特技。どこか不機嫌そうにしながらマリーは答えた。
「カードゲームなら負けなしですよ。あんなの、出たカード暗記しておけばそうそう負けません。イカサマされても、よっぽどでなければ計算しやすいから逆に勝ちやすいですし」
「普通はそれ、暗記できないわよ」
「友人がなかなかにイカサマが得意なうえに、見抜くのも得意で。負けが続いたので覚えた必勝法です。バレてもいいイカサマとして」
顔を顰めて、ぶっきらぼうにそう返すマリー。しかし懐かしいことを思い出して気分がいいのか、口元は笑っていた。
「…クロユリさん。さっきから顔を顰めているけれど、体調でも悪いの?」
「え?ああ、いえ。体調は悪くないです。ただ、この町の人々の感情が気持ち悪くて…。人間的に言うと、“やかましい”“うっとおしい”という苛立ちでしょうか」
「治安がよくないもの。感情を察知できるということは、そういうデメリットもあるのね」
「さっきから特に男の視線もうるさいですし、そこの酒場に入っちゃいません?」
「いいわよ。クロユリさんのお手並み、拝見させてもらおうかしら」
海賊の溢れる酒場に、高身長のスタイル抜群な美女2人が入れば、当然視線は集中する。しかも片方は水に濡れていて、体のラインが際立つ淫靡な姿となっている。
その様子に男たちは色めき立ち、席を立って次々と二人に近づいていく。マリーはそんな男たちを見ながら、やがて標的を定め、ジャラジャラとアクセサリーを付けた男に話しかけた。
「もしもし、そちらのネックレスが輝く殿方様」
「おおっ!なんだい嬢ちゃん、俺にかわいがられてぇか!?」
「ええ。私とゲームをしていただきたくって」
美女に話しかけられ下卑た表情を浮かべる男に構わず、マリーは言葉を続け席へと座る。男が持っていたトランプを並べて、ゲームのルール説明を始める。ブラックジャックの4デッキ使い切りのゲーム。スプリットやサレンダーなどの特別ルールなし、ナチュラルブラックジャックありで、ディーラーは男側。カードは使い切りで、引けなくなったら終了。イカサマはバレた時点で負け。
「おいおい、ディーラーがこっちでいいのかよ?」
「ええ、構いませんわ。その代わり…」
「勝ったらったら有り金と情報、全部くださいな。ああ、装飾品はそのままで結構」と、父親にプレゼントをねだる少女のように頼み込んだ。
はあ!?と驚き、いきり立つ男と、強気な女の様子に口笛を吹くギャラリー。それをまあまあと宥め、代わりの条件を差し出した。
「もちろん、あなたが勝った場合は、相応の対価をお支払いしますよ。そうですねぇ…わたくしと『ご休憩 3時間』でいかがでしょう?」
と言って、濡れたドレスの下で足を組みなおすマリー。その様子に唾を飲み込む男達。何人かの男はすでに男が勝つことを予想していて、勝負を持ち掛けられた男を羨んですらいた。
「おいおい嬢ちゃん、分の悪い賭けだぜ!大方身なりのいい奴を選んだつもりだろうが、そいつはここで賭けに勝ち続けたからこその成金だぜ?」
当の対戦相手の男は、この段階で女を疑ってかかっていた。いくら何でも、有利であるディーラー役を譲られたうえでこの条件では、イカサマを疑う。そこで条件の変更を持ち掛けた。
「金はいいぜ、受けてやる。それくらいのリスクがなきゃあ臆病者だもんなぁ。ただし、嬢ちゃんにはもうちょっとかけてもらうぜ」
「あら、ご延長ですか?」
「ああ。『ご休憩 5時間』で、場所はこの酒場だ。もちろん、その間嬢ちゃんを俺たちの好きにしていいんだもんな?」
一瞬の静寂。
続いて、割るような歓声。自分たちも恩恵を受けられると知った男たちが、対戦相手の男に喝采を送る。「さすがだぜ旦那ァ!」「太っ腹ァ!」と下卑た視線を隠しもしない男たちを、マリーは変わらない表情で受け流した。
「ええ、もちろん構いませんよ。この体、死なない程度であればいかようにもしていただいて構いません。」
「へへっ、『ご休憩』って言って、ただ茶飲み話で終わらせられちゃあ堪ったもんじゃねえからな。ちゃあんと確認させてもらうぜ」
「では、こちらからも確認を。彼らも賭けの褒章を受け取るということは、有り金と情報の話は彼らも対象になるということでよろしいですか?」
自分たちの金まで掛け金にされた男たちは、何人かは反発したものの「じゃあお前は『ご休憩』無しな!」の言葉で沈黙する。
『ご休憩』という言葉で実際の対応を誤魔化しているのかと思っていたロビンは「クロユリさん、大丈夫なの?」と確認をとる。その言葉に「勝てば問題ありませんし、負けても不利益はありません。」と強気に返す様子を見て、強がっていると思った男たちは期待のあまり手汗に濡れ始めた手を拭う。
対戦相手の男は、いつものようにイカサマの準備を整える。観衆がいる中、打てる手はそう多くないが、仕込めるイカサマはあると。
観衆が全方向から見守る中、ゲームは始まった。
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30分後、マリーの前には山のようなコインが積まれていた。照明がテーブルを淡く照らし、カードが静かにめくられる。
マリーの手札——「エース」と「ジャック」。ナチュラルブラックジャック。
男達の顔色が変わった。
「なにぃ…!?」
「う、嘘だろ……………!?」
「旦那が完敗だって…!?」
粗野なTシャツに身を包んだ男は、唇を噛みしめながら自分のカードを見つめる。「19」——悪くはない、だが、勝てない。
マリーが冷静に宣言する。
「ナチュラルブラックジャックの倍率は2.5倍…勝者はわたくしです」
その瞬間、テーブルの周囲からざわめきが湧き上がる。大量のチップがマリーの前に積み上げられ、店の光が視線を集める。
「こんなバカな……!」
男は苛立ったように椅子を押し、信じられないといった視線を投げかける。
しかし、マリーは余裕の笑みを浮かべ、指先でチップをひとつ弾く——音が響き、勝者の余裕を見せつける。
「あなたが行ったイカサマ…フォールスシャッフルといいましたか。確かに証明は難しかったのでそのまま続けましたが、詰めが甘かったですね。」
「あら、イカサマされていたの?」
「かわいいものでしたので、ついそのままにしてしまいました。でも勝ちましたし、問題ないでしょう?」
軽く言い放ち、マリーは立ち上がる。
敗者たちの悔しそうな視線が背中に突き刺さるが、それすらも勝者の特権だ。
「では、報酬をいただきましょうか?全員、財布を出してくださいな」
優雅さすらうかがえる所作で、男たちを見回す。彼らは手を迷わせながら、仲間とマリーとで視線を行ったり来たりしている。
素直に払いたくない様子の男たちを眺めながらチップを片付けていると、ゲームに負けた男が、ダンッ!!と音を立てて立ち上がった。
「ふざけんな!何かイカサマを使ったに決まっている!」
「あら、イカサマを使ったのはそちらでしょう?証拠の無いことを言われても、対応しかねますわ」
「最初から怪しかったんだ!初めから自信満々で、勝てることがわかってたんだろ!」
「ええもちろん。わたくし、運には自信がありますので」
「ふざけやがって……!」
怒り心頭になった男は、顔を赤くさせて武器を構える。そのまま振り上げようとした瞬間、男の背から2本の腕が生え、武器を叩き落とした。
そのまま生えた腕は男の腕の関節を極め、さらに床から生えた腕が男を転ばせ床に押し付けてしまった。
「 "
「な、なんだこれっ!?」
「あなたは負けた。早く財布と情報を差し出してくれないかしら」
「ロビン、ありがとうございます。殿方様、空島について何かご存じありませんか?」
ロビンが襲い掛かってきた男をいなし、そのままマリーが質問を投げかける。すると、一瞬の静寂ののち、酒場には嗤い声が溢れた。
「空島ァ?あんな架空の存在を探してんのかお嬢ちゃん!」
「ハハッ、こいつァ傑作だ!」
マリーたちの会話を聞いた海賊たちは、引き倒された男だけでなく周囲の男たちもゲラゲラと嘲笑した。
「あら、空島はありますよ。グランドライン後半ではよくある話です。行けるかどうかは別の話ですが」
「はっ!後半の海とやらにはイカれた野郎しかいねぇらしい。そんなモン昔の迷信と、伝説を信じて一攫千金を狙うバカだけだろうよ!この島にいるのはクリケットのジジィくらいなもんだろうな。馬鹿さ加減だけなら、あのオヤジも大海賊ってわけだ!」
大笑いする男の口から出た名前に「クリケット?その方なら、空島について知っていそうなんですか?」とマリーが尋ねようとしたところ、男の腕を極めている手にさらに力が入る。
「ぐぁっ…!!」
「 ”
男が呻き声をあげた瞬間、酒場にいた全員が床に倒れ伏す。
「そのクリケットという男について教えなさい」
「いだだだっ、話すっ、話すからやめてくれ!も、モンブラン・クリケット!黄金郷を探すなんて夢みたいなことばっか言うから、この町を追い出された男だ!」
「黄金郷?」
「伝説だよっ!莫大な黄金が眠っているっつー噂だっ!」
「そのモンブラン・クリケットはどこにいるの?」
「こっ、この島の反対側に、家がある!」
「地図もちょうだい」
「これっ、これをどうぞ…!」
地図を差し出され、ロビンは「ありがとう」と言って立ち上がる。能力を解除し、立ち上がり始めた男達を見回し、さらに一言。
「賭けの賞金はまだかしら」
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「流れるような恐喝、御見それしました。わたくしも、これから見習わなくては」
「あら。クロユリさんが大勝ちしたおかげで、いい服も買えたわ。こちらこそありがとう」
酒屋を出た二人は、適当な服屋で服を新調しなおした。ロビンは黒いレザー生地のでまとめたジャケットとズボン。マリーは同じようなドレスはさすがに無かったため、形の近い緑の長袖のワンピースとハイヒールを購入した。
「ロビンの服はかっこいいですね。そういう服が似合う女性は尊敬します」
「クロユリさんの服もかわいらしくて素敵よ。前と同じような服でよかったのかしら?」
「こういった形の服が、一番着慣れているので!故郷でもこういった服を着ることが多かったですし、動きやすい服装を選んだつもりです」
そう言って、ふわりと裾を揺らすマリー。その手には、今後のために購入した同じような服の入った紙袋を抱えている。
二人は互いの服を見つめ合い、一瞬の沈黙の後、ふっと微笑みあった。言葉にしなくてもわかる。今日の装いが、それぞれの個性を引き立て、共鳴し合っていることを。
ロビンは帽子を指先でそっとなぞりながら微笑んだ。
「今度はナミも一緒に誘いましょう。きっと喜ぶわ」
「そうですね。せっかく軍資金も集まったことですし、たくさん買い物しましょう」
「そういえば、途中でおもちゃ屋さんに寄っていたみたいだけれど、何を買ったのかしら?」
「パズルです。わたくし、実はパズルや知恵の輪といったゲームが大好きで。自分で作ったり、こうしてたまに買いに行ったりしているんです」
「ふふ、さっきの様子を見る限り、クロユリさんはお買い物の仕方も勉強しなきゃね。さっきの店員、クロユリさんだけ金額を上げていたもの」
服の入った袋を指しながらロビンが笑う。
さっきの店では酒屋での喧騒に気づいていたのか、暴力沙汰の苦手そうなマリーだけぼったくられそうになったのだ。気付いたロビンが店員に詰め寄り事なきを得たものの、バレればナミに大目玉を食らうところであった。
「ああ、確かに。最初に提示された額は品質に比べて高かったですね。ただ、相手が欲しい金額ではあったようなので、別に構わないかと思っていました」
「全部言い値で買ってたらキリがないわよ。もしかして、値切ったことは無い?」
「…ないですね。ナミには内緒ですが、今までお金に困ったことが無いので」
あちゃー、といった様子で額に手を当てるマリー。それまで何気なく選んでいたものが、一般庶民――海賊をそういってもいいのか不明であるがーーにとって負担になるものだとは思いもしなかった。ふと、これまでの買い物を振り返る。書籍、服、贈り物——何も考えずに支払い、時には余分に渡していたこともある。
ここに来て初めて、マリーは『節約』という概念を認識した。主に、ナミの激昂を恐れて。
「まあ、生きているだけで金の生る花ですものね。そうなるのも無理はないわ」
「故郷では通貨自体が珍しかったんです。水と光があれば生存できますし、娯楽は音楽とスポーツ、人によっては図書館で十分でしたし…」
「図書館?国が運営していたのかしら?」
「いいえ。一人のメリアが趣味で作った図書館です。400年くらい世界を回って見かけた本を片っ端から複写して作った物好きがいまして。最近50年ほどは、お弟子さんが本を収集して、本人は複写するだけらしいですが」
「あら素敵。いつか行ってみたいわ」
コロコロと笑いながら「きっと話が合いますよ。ただ結構おしゃべりな人なので、時間を忘れないように気を付けてください」というマリー。ロビンはその言葉に微笑みだけを返した。
「あ、そういえば蜜や装飾品、売り忘れてましたね」
「この島だと治安が悪いから、また次の島にしましょうか」
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船に戻るとなにやらナミの機嫌が大荒れになっており、マリーは首を傾げた。ロビンが空島の情報を得てきたというと、「あんたが“空島”がどうとか言い出すからこんなことになったのよ‼もし在りもしなかったら海のモクズにしてやるわ‼」とキレる有様。なんでも、ナミたちも“空島”のことについて尋ねたところ大笑いで馬鹿にされ、そのうえ暴行を加えられたことが原因だったようだ。
「まあまあナミ。何故そこまで怒りを感じているかは分かりませんが、落ち着いてください。先ほどロビンと酒場に行って、賭けで大儲けしまして。良かったら貯金に回してください」
「くぅ、お金はうれしいから貰うけど…。だって大爆笑で馬鹿にされた上にボコボコにされたのよ!?くやしいじゃない‼マリー達だって馬鹿にされたんじゃないの!?」
「まあ、確かに笑われましたが…。それが彼らの価値観だっただけの事です。人間、分かり合えないことのほうが多いんですから、いちいち気にしても疲れるだけでは?」
「…馬鹿にされて、笑われたとしても?」
「彼らが楽しかったのであれば、きっとそれは良いことです。
わたくし達にとって彼らの価値観を共有できないように、彼らも私たちの価値観を共有できなかった。その結果、彼らは笑った。それだけの話です。
彼らの評価をもとに自身の考えを変えるつもりがないのなら、強く怒るだけ疲れるだけでは?」
何せ、マリーは植物であり、人間ではない。人間が良いと思うことを理解できないことも多い。
食事は基本食べられないし、水中でおぼれることもない。だからルフィが肉を美味しいと言う事にも、能力者が海を恐れる心境も共感できない。
しかし、それを嘆くことはない。人間になれないことに傷つくことはない。どのようなの価値観にも優劣はなく、そも人間同士であっても分かり合えないもの。それを前提として認識しているため、馬鹿にされたとしても「それが相手の価値観である」として受け入れて流してしまうのだった。
そのように穏やかな瞳で話すマリーの様子に、熱くなりすぎたと反省して、ナミは深呼吸をした。
「ありがとう、頭が冷えたわ。八つ当たりしてごめんなさい」
「いいえ、気にしていません。違う酒場でしょうけど、わたくし達はお客さん全員を素寒貧にしてきたので、留飲を下げていただければと思います」
「あらほんと!?やったわ、これで当分お金に困らなくなる!」
「これでも賭け事には強いので、いつでも頼りにしてください!」
「私も見ていたけど、見事なゲームだったわ。おかげで、お金も情報も手に入れられたしね」
ロビンはルフィに奪ってきたこの島の地図を渡して、そこにはみ出し者のモンブラン・クリケットという男が住んでいると言う。「夢を語りこの町を追われた男。話が合うんじゃない?」と誘った。
「おし!そのモンブランに会いに行くぞ!」
「まあそれしか手掛かりがないしね」
「しゅっぱつしんこ~う!!」
メリー号はモックタウンを出航し、はみ出し者だというモンブラン・クリケットという男がいるという、ジャヤ島の反対側を目指していた。
太陽が高く昇り、海面は鏡のように輝いていた。波は穏やかで、船の甲板には柔らかな風が吹き抜ける中、進路方向にどこか見覚えのある帆船が現れた。
ウソップ達がサルベージ船のマシラがモックタウンでの船番中に帰ってくるのを見たため最初は彼らの船かと思われたが、船の細部も、乗っているメンツも違うようだった。
「さっそく変なのに出くわしちまったな」
「でもマシラではないみたいですよ、ウソップ」
「ああ、まァそれがよかったか悪かったかは別だがな」
「とにかく見たんだよおれ達は‼ナァ‼」
「うん‼あのサルベージの奴、やっぱりこの島の奴なんだよ。帰ってくるとこ見たんだ」
「ふーーん。別にまた会ってもいいけどな、おれは」
「オウオーウ!ニーチャンニーチャン!そっちでゴチャゴチャ言ってんじゃねーぞォ!」
ウォーホー‼と船員たちの謎の雄たけびが響き渡る。
「フン……!まったくどこの誰かと思ってハラハラしたぜ」
「思い切った顔してんなー、何類だ?」
「人類だバカヤロー」
「今度はオランウータンですか、バリエーション豊かですね」
「類人猿扱いすんじゃねーぞ、バカヤロー」
「ウォーホー! おめェら、ウチの大園長を怒らすんじゃねェぞ!」
「まー、いーからいーから。おめーら海賊の様だな。知っとるか?七武海の一角あのクロコダイルが落ちたんだ。実力的に言ってそのイスはまさかしておれに回ってくんじゃねェかって、もーハラハラしてるおれだ」
「へー……、お前七武海に入りてェのか」
「あ!?とにかくおれのすげェところはどういうとこかって言うと、生まれてこのかた二十五年髪の毛を切った事がねェってとこだ。なあお前びっくりしたか?」
「ばかみてェ」
失礼な感想に「うわっ、びっくりした!!」とショウジョウは声を上げるが、メリー号側にも驚愕する者がひとり。
「あら、クロちゃん七武海やめちゃったんですか!?」
「クロちゃん!?七武海をそんな呼び方できるなんて…さてはクロコダイルの側近だったか?」
「側近ではないですが…まあ、海軍関係者として顔見知りではありましたよ。そっかー…さては国家乗っ取り事業が失敗しましたね、あの方」
「マリー、あんたアラバスタの事知ってたの!?」
「うわっ、びっくりした!!」
その言葉にナミやロビンも反応する。ロビンは目を見開き、ナミは思わず声を上げた。
さらっと大それたことを言うマリーに、ショウジョウはさらに仰天した。
「てめぇら、大園長に失礼な真似を」
「いーからいーから。まったくお前らの解答にはハラハラさせられるぜ」
ハラハラしているショウジョウは、しかし顔を剣呑なものに変えて宣告する。
「いーか。おれの怒りという名のトンネルを抜けるとそこは血の海でした」
「どうでもいいけどおれ達行きてェ場所があんだよ、どいてくれ!」
「あほたれェ!ここらの海はこのおれのナワバリだ!! 通りたけりゃ通行料を置いてゆけ!」
聞き覚えのある会話の流れに「何だナワバリって。マシラみてぇなこと言ってやがる」とウソップが言う。その名前を聞きつけたショウジョウが反応する。
「何ィ!?マシラァ!?マシラがどうした!」
「ん? あいつならおれ達が蹴り飛ばしてやったんだけど」
「け……蹴り飛ば……!!トバ!兄弟をよくもォ!!」
「おいちょっと待てって!蹴ったけどあいつまだちゃんと生きて「マシラの敵だァ!音波!! ”破壊の雄たけび” !!」
ウオーーーーホーーーーー、とショウジョウがマイクを握り雄たけびを上げると、音波が発生して途端に船がバキバキと壊れ始めてしまった。といっても、壊れていくのはショウジョウの船であった。船員たちの「ぎゃあああ」「大園長‼その技を船の上で使っては…!」「だめだ、怒りで我を忘れてる…‼」という叫びを聞きながら、麦わらの一味は目の前の光景を眺めていた。
「で、何やってんだあいつら」
「さー。でもすげェな、声で船が壊れてくぞ!」
「みんな、ボーッと見てないで今のうちに先へ進むのよ!!」
ナミがそう叫んだ瞬間、メリー号の木の板がバリッ!と剥がれだす。
「修理箇所からみるみる崩れてく!ただでさえ船体はボロボロだってのに、ここにいちゃ解体されちまうぞ!」
「全速前進!この声の届かない場所へ!!」
男たちは大急ぎで船のオールを全速力でこぎ続け、マストをショウジョウの船から反転させて逃げる。
その後、一行はショウジョウの技によって破壊されたメリー号を修復しながら、モックタウンの反対側の岸へと向かっていた。
「まったく、あのオランウータンめっ!船をさらに破壊してくれやがってよォ‼‼」
「気が付きゃいつの間にかボロボロだなこの船も…替え時か?」
「勝手なこと言ってんじゃねェぞてめェまで‼」
コンコン、ゴンゴン、ガンガンとトンカチを打ち付ける音が響く中、男たちはメリー号について雑談していた。ルフィが「メリー号も大事な仲間だ!」と言って修理を手伝っていたことで怒ったウソップが涙ぐんでいたが、ルフィがうっかりトンカチを強く叩きすぎて壁を壊してしまいさらに怒っていた。
そうして進んでいると、目の前に大きな城のようなものが見えてきた。
「城…いえ、あれは張りぼてですね」
「なにーーーーっ!?」
本当の家は半分だけであると、ゾロが呆れて眉を顰める。その後ろで、「ずいぶんとケチな男らしいな…」とサンジが帆を畳んでいた。
黄金郷の夢を語るというモンブラン・クリケットの家と思わしき場所に、大きな声であいさつしながら侵入していく中、マリーが周りを見回すと古い絵本を見つけた。
「わたくし達メリアにとっては馴染みのある本ですね。『うそつきノーランド』」
「ほー、イカすタイトルだな。題材がいいぜ」
「わたくし、彼がうそつき扱いなのいまだに納得いってないんですけど…」
そう言いながらも、マリーは本が置かれていた切り株に腰をかけ、絵本をパラパラとめくる。
ナミとサンジとウソップが彼女の両脇に立ち、後ろから覗き込んだ。
「マリーちゃんが来た時に話した童話だな。ガキの頃よく読んだよ」
「そういえば話してたわね。でもこれ、北の海発行って書いてあるわよ」
「ああ。おれ生まれは北の海だからな。みんなにゃ言ったことなかったか?」
「初耳だな。お前も東だと思ってたよ」
「育ちはな。まあ生まれはどうでもいいさ。こいつは北で有名な話なんだ」
「この人の故郷がルブニール王国という北の海にある場所なんです。歴史上、初めてメリアを島の外に連れ出した人なんですよ」
サンジとマリー曰く、この本は400年前の実話をもとに書かれた本らしい。
内容が気になったマリーは。ページを最初に戻して文字を読み始めた。
――むかしむかしの物語。それは今から四百年も昔のお話……
北の海のある国にモンブラン・ノーランドという男がいました。
探検家のノーランドの話はいつもウソのような大冒険の話。
だけど村の人たちにはそれがホントかウソか分かりませんでした。
ある時ノーランドは旅から帰ってきて、王様に報告をしました。
「私は偉大なる海の ある島で山のような 黄金を見ました」
ゆうきある王様はそれを確かめるため2,000人の兵士を連れて偉大なる海へと船を出しました。
大きな嵐やかいじゅう達との戦いを乗り越えて。
その島にやっとたどり着いたのは王様とノーランド、そしてたった100人の兵士達。
しかしそこで王様たちが見たのは何もないジャングル。
ノーランドはウソつきの罪で死刑になりました。
ノーランドの最期の言葉はこうです。
「そうだ!山のような黄金は海に沈んだんだ!」
王様たちは呆れてしまいました。もう誰もノーランドを信じたりしません。
ノーランドは死ぬときまで、ウソをつくことをやめなかったのです――
パタンと本を閉じると、マリーはつまらなそうにため息をついた。
「はあぁ。なんで黄金がなくなっちゃったのかしら。メリアの事も書かれていない簡易版でしたし、期待外れです」
「ものによっては、探検の内容が書かれているバージョンもあるが、これはほんとに簡易的な奴だな。おれが読んだ奴は、冒険の内容がいくつか書かれてるやつだ」
「この本は難しい言葉を使わないようにしているので、本当に子供用の簡易版なのでしょう。」
もともと童話を知っていた二人が少し残念そうにしながら感想を言い合う。
その時、突然ルフィの「ぎゃあああ~~~‼」という悲鳴と海の飛沫の音が聞こえた。
クリケットがいなかったために、いつの間にか家から出てきて不貞腐れていたルフィは海を眺めていたらしい。
「てめェら誰だ!!人の家で勝手におくつろぎとはいい度胸。ここらの海はおれのナワバリだ。狙いは金だな、死ぬがいい!」
男とサンジの戦いが始まり、その隙にウソップはルフィを海から拾い上げに行った。
二人の攻防戦は、肉弾戦だったときはサンジと互角であったが、男はそれを悟ると迷わず拳銃を撃ってきた。
既のところで仰け反って躱すものの、体勢を立て直す前に続く銃撃に翻弄されるサンジ。
サンジの戦いぶりに呆れたゾロが走り出したその時。男がボトッ…と銃を落とし、「ハ・・・ハァ…ッ‼」と倒れ込んだ。ガクガクと痙攣するその様子を見て、サンジとゾロは戦いを中断し、チョッパーが駆け寄る。それと同時に、ウソップと助けられたルフィが海から上がってきた。
チョッパーが男を診断し、無茶な潜水を続けたことによる潜水病と判断したことで、一行はとりあえず、彼の家を借りて、彼の看病をすることになった。