[ボツ]神様っぽい何かに転生したのでリアルcivilizationやってみる 作:桜霧島
マケドニアの若き王・アレキサンドロスは悩んでいた。
首都ペラの特産物でもある大理石。その大理石で出来た華やかな宮殿の、その奥の奥にある王族専用の書庫。アレキサンドロスは悩みがあるといつも黴臭い石造りのこの部屋で葡萄酒を飲みながら閉じこもるのだ。
ぎいと音を立てながら書庫の扉が静かに開く。若い男が顔をのぞかせると、アレキサンドロスに向かって話しかけた。
「あぁ、友よ。またこんなところで一人酒をしていたのか。僕も同席しても?」
「俺は君に向けて閉ざすドアを持っていないよ、プトレマイオス。それより葡萄酒は持ってきているのか。俺のはもう無くなりそうだ」
プトレマイオスと呼ばれた若い男は通行許可証を門番に見せるように左手に引っ提げた葡萄酒のボトルを顔の前に掲げると、アレキサンドロスへ突き出した。
「そう思ってね、はい」
「ありがとう、プトレマイオス、我が友よ。酒は人生の友だ。君に次ぐ親友だな」
アレキサンドロスはコップに残っていた葡萄酒をぐいと飲み干すとコップを突き出し、プトレマイオスに注いでもらう。
プトレマイオスもまた自身が持ってきたコップに葡萄酒を注ぎアレキサンドロスの向かいに腰かけると、二人は陶器で出来た盃をぶつけあって乾杯の合図をした。
「―――アレク、改めて言おう。南の蛮族の討伐、おめでとう。そして、ありがとう。君や僕の父上、いやもっと前のご先祖様からの悲願、ようやく叶えることが出来た。さすがアレクだ」
「何を言う、プトレマイオス将軍。頭である俺がいるだけじゃダメだ。君がいなければ軍は動いてくれない。君は俺の右腕、いや、身体そのものだ」
「正直、もうダメだと思った時は何回かあったけど、そのたびに君の勇気と戦術が救ってくれた。君は歴史に残る英雄になるだろう」
「英雄、英雄か……」
アレキサンドロスはプトレマイオスの「英雄」という言葉に反応すると、遠くを眺めるような目で部屋の天井を見上げた。
彼の父も、そのまた父も、マケドニア王国の発展に大きく貢献してきた。愚かという言葉から数万キュビトはかけはなれた距離にいる父らを彼は尊敬し、父らもまたアレクサンドロスに対して少なくない期待を寄せていた。
遠く異国から彼のためにわざわざ教師を呼び寄せ、自身の息子や幹部の子息を育成する学び舎を作り上げたのである。アレキサンドロスとプトレマイオスはその学び舎で出会い、親友となり、そして戦友となった。
「俺もな、憧れていた時期はあった。君と出会った頃は一番なりたがっていただろう。良き両親に恵まれ、良き師と出会い、良き友を迎えることが出来た。何でもできるという万能感が俺を支配していたし、実際にだいたいのことは出来た」
「その通りだ―――しかしそんな英雄の卵たる君が何をそんなに悩むんだ。もう君のおかげで蛮族には悩まなくて済むんだ。君の父上も、そのまた父上も、さらにそのご先祖様だって戦ってきた南の蛮族を、君が一掃してくれた」
「プトレマイオス、違うんだ。俺が悩んでいるのは蛮族のせいじゃないんだ」
「じゃあ何だ。北のヒスイ鉱山は開発され、蛮族のせいで進出できなかった南の銅山にだってもうすぐ手を付けられる。北のアイガイや東のディオンも人口が増えてきていて、交易路だって作られるようになった。さらに言えば西の海岸への入植計画だって進んでいる。我が王国はアレキサンドロス大王の治世下で、最大の版図を築こうとしているじゃないか」
プトレマイオスの説得するような口調にまるで無感動のようにアレキサンドロスはぼそりと「そうだな」とつぶやいた。
「でもそれは英雄の仕事じゃないな。少なくとも俺の仕事じゃない。それなりに良い王ならそれくらいはするだろう」
「だとすれば何だね。東のポーランドを征服するか、あるいはバビロニアか。北と南の都市国家もあるな。次に征服する国は選り取り見取りだぞ、アレキサンドロス!」
「あぁ、あぁ、プトレマイオス、我が友よ。まさにそれが俺の悩みなのだ」
アレキサンドロスは「はぁ」と溜息を1つ吐き、唇を湿らせるように葡萄酒を一口飲んだ。
「英雄になることが出来るという立場になって初めて気が付いた。正直に言おう、俺たちはバビロニアに勝てない」
「何だと……!?」
プトレマイオスは冷や水を浴びせられかけたかのように愕然とし、言葉を失った。
戦えば負けなし。常勝の天才、アレキサンドロスがここまで弱気な発言をすることは出会ってから一度たりとも無かったことである。
「これは俺たちが強いとか弱いとか、それ以前の問題なんだ」
「……詳しく聞かせてくれ」
「プトレマイオスよ、今回の蛮族討伐。一番の問題は何だったか」
「それはもちろんペラを取り囲むジャングルだ。アレは我が国を守る防壁でもあるが、蛮族はアレを上手く利用し、我が王国の軍隊を分断。各個撃破を以て我々を苦戦せしめた」
「その通りだ」
「だがその苦難も長くは続かないだろう。最近見つかった西の鉄鉱山、アレはデカい。規模もデカいが、あそこから採れる鉄を使えば、無敵の剣士軍団、槍兵軍団を作ることが出来る。大量の斧も作れるだろうし、密林を切り開くのも時間さえ―――」
「気づいたようだな」
アレキサンドロスは椅子にもたれ掛かるように座り直し、酒精のたっぷり入った息を肺から吐き出した。
「俺たちの軍の最大の長所は機動力だ。今回の蛮族の討伐だって、戦士で正面の蛮族を受け止めつつ、側面に回り込んだ弓兵部隊で敵軍を混乱に引き摺り込んだ。そして改めて正面から戦士たちを押し出す。多少は犠牲を払うことになったが、全ては時間を制したから勝てたことなのだ」
「バビロニアを征服しようとすると、まず密林地帯を抜け、狭隘な山岳地帯を抜け、湖を抜け、ようやく……というところか」
「そうだ。そしてそこまで大軍を維持することは不可能だ。時間と距離の問題に比例するように兵站の問題が出る。我が王国には鉱物資源以外にこれといった特産物が無い。せめて馬でもいれば、穀倉地帯でもあれば話は違うのだろうが……」
アレキサンドロスは嘆息しながらかぶりを振った。
「問題はもう一つある。ポーランドと、北の蛮族だ。俺たちがバビロニアを食おうとしたとき、必ず彼らは俺たちの後方を厄するだろう。逆にポーランドを食おうとしたとき、バビロニアは速やかに俺たちの横腹に食いつくだろう。俺がバビロニアの王なら必ずそうする。あの国の王はバカじゃない。ただのバカならあんなにデカくならなかった」
「確かにアレクの言う通りバビロニアの王は危険だ、決して軽視して良い人物じゃない。商人から得た噂では、空中庭園という大きな建造物まで作ったそうだ。後は
「俺もそれは聞いた。聞いたときに思った。『羨ましい』と」
「羨ましい?」
「……決して俺はこの国が嫌いなんかじゃない、むしろ大好きだ、命さえ捧げられるほどに。だけど現実問題として、俺たちはよその国と戦う前に、まず周囲のジャングルと戦わなくちゃいけないんだ。どこから湧いてくるかわからない未開の蛮族、危険な動物、少ない食料、罠のように張り巡らされた河川。それらを乗り越えた先には峻厳たる山々―――とてもじゃないが、そんなものを作ろうだなんて思う余裕なんてない。そんなもの作るくらいなら農地の一つでも切り開くってものだ。それに……」
「それに?」
「作っている間に、俺が死ぬ」
プトレマイオスから見ると、この友人であり主君でもある彼は紛れもなく天才であった。内政面でも鉱山開発や交易路開発に成果を出したものの、軍事面における戦略・戦術はそれらの成果を遥かに上回るほど比類なきものであり、不世出の天才と確信していた。
一般には戦争をしていると勝っていても厭戦気分が国中に蔓延してしまうものだが、彼はその鬱屈とした雰囲気を勝つたびに吹き飛ばし、兵たちは敵を倒せば倒した分だけ士気が天井知らずに上がっていた。
プトレマイオスもまた天才の一人である。だがそのようなカリスマは持ち合わせていなかった。
不世出の天才が、或いは無二の親友が、自らの才能に見切りをつけるかどうかの瀬戸際に立っている。
仮にこの国が大平原にあれば、この友人はおそらくこの大陸を制する英雄になれただろう。しかしその才能を殺すのが、彼がこよなく愛するこの王国であるとするならば、何と世の中は皮肉なもので出来ているのか。
もしアレキサンドロスがバビロニアに生を受けていたら、今頃この大陸の西の端から東の端まで全てバビロニアになっていただろう。彼の築く大帝国は東西の文化を融合させて華々しく発展し、その功績は人類が続く限り忘れ去られえぬものになっただろう。
なんと恐ろしい。なんという英雄か。
そう思うとプトレマイオスは左手に持った盃をいつの間にか強く握りしめていることに気づき、自らに言い聞かせるように眼前の英雄の卵に向かってほほ笑んだ。
「人間、長く生きていても30年か40年。アリストテレス先生のように長生きする人もいるけど、あの人は特殊だ。あの人も君とは違った英雄だからね。先生の半分にも満たない歳でこの国の行く末を安定させたと思えば、僕は十分に君のことを英雄だと思えるけど」
「―――ありがとう、我が友よ。だが俺はあきらめちゃいないぞ。勝つのは今じゃなくったって良いんだ」
「と言うと?」
「何年か、何十年か、あるいは何百年先だっていい。俺たちの子孫がこの大陸を制していれば、それで良いんだ。そして西の海のその先を、東の海のその先までマケドニアの名を打ち鳴らすんだ」
「―――壮大だな、君は」
プトレマイオスは慰めようとした友人から痛烈な逆激を喰らった。自分はこの大陸のことしか考えていなかった。この海に先があることなんて思いもしなかった。
だがこの若き大王は数百年先のことまで頭の中に思い描いていたのだ。
「今後、我が王国は独自の文化を発展させ、あらゆる技術を研究し、ジャングルを開拓し、発展させる。そしてポーランドや周辺の都市国家を利用しながらバビロニアを封じ込め、あらゆる形での勝利を模索する」
「君にとって勝利とは?」
「愚問だな。我々のマケドニアがこの世のすべての国々をして、城下の命を誓わせしむることだ」