「ち、近づくな!こいつをお見舞いするぞ!」
右手に乗っている豚骨臭漂うラーメンを投げるような素振りを見せながら兵隊たちを牽制する。
兵隊たちは剣を片手に逡巡していたが、それでもじりじりと足元からにじり寄っているのが分かった。
どっちにしろジリ貧だ……。どうする?どうする?考えろ俺。
打開策を脳内でひり出そうとしていた時、突如兵士の間から小さな影が飛び出てきた。
「うあ……!」
何かの攻撃かと思って咄嗟に左手の水を投げたが、それが当たる前にその影は右手に乗ったどんぶりめがけて飛びついてきた。
「ラーメン!!」
そんな奇声と同時に右手にあったはずのラーメンが何者かに奪われる。反射的にその方に目を向けると、そこにはどんぶりを両手に持ってラーメンの汁をすすろうとする少女の姿があった。
「やめなさい!」
制止する声も空しく、その少女は一口、湯気をたたえるその琥珀色のスープを口に含んだ。
「……熱っ!しょっぱあ!!」
なんとも美味そうに満面の笑顔で体のそこから漏れ出るそのセリフ。その一言だけでもここ数日ろくなものを食べていないことを如実に語っていた。
「吐き出しなさいソフィア!……じゅるっ……」
王妃と呼ばれた女性が少女をたしなめるが、上品そうな姿に似つかわしくなく口元から涎が垂れているのが分かった。
ソフィアと呼ばれた少女は俺の傍でどんぶりを抱えながらこぼさないようにその場にあぐらをかいて座ると、こっちに向かって手を差し出してきた。
「……ん」
「は……?」
「箸よ!箸ちょうだい!」
「はあ?」
こんな時に『箸』なんて、こいつ何考えて……。
次の瞬間、左手からぽとりと何かが落ちた。何かと確かめる暇も無く、すぐそばにいた少女は落ちた物をすばやく掴んでいた。少女は埃を払うように手でその落ちた棒切れのようなものを拭うと、最後にふうと息をふきかけてからその棒切れを縦に二つに割った。
パキンという小気味いい音が響くのとほとんど同時に今度はちゅるちゅると食欲をそそる音が耳に届いてきた。
「……げほっ!げえほ!!……体が受け付けないか。もっと麺を伸ばして流動食っぽくした方が……」
「何してる!近衛兵!早く縛り上げろ!それと、その、よく分からん物も取り上げろ!毒かもしれん!」
身分の高そうな男が指示を出すとさっきまで逡巡していた兵隊がにわかに動き出す。何も持っていない俺めがけて迫って来た。が、
「近づくなあ!」
すぐに右手に白い湯気をたたえるどんぶりが出現する。それを構えて投げる素振りをするとまた先ほどの膠着状態になった。
「何をしている!」
そこで兵隊の一人が前に進み出て来た。他の奴らとは違い、鎧兜に一片の赤い羽を差しているという申し訳程度の装飾を施していた。
「た、隊長……。しかし、相手の持っている物が分からず……」
背筋を真っすぐ伸ばしてしっかりした足取りで前に出てきた男は、身長は190cmはあるだろうか、鎧の上からでも分かるぐらい体格もがっしりとしており、他の兵隊とは格が違うことが容易に理解できた。
「精鋭の近衛兵ともあろう者が、こんな賊一人に何をてこずっている!相手の手が分からぬ?腹が減って力が出ぬ?笑止千万!なんの言い訳にもならん!」
ずいっと俺の目の前まで進み出ると、その男は腰に差していた剣を抜いて俺に向かって構えた。研磨された刃が反射して俺の顔を映す。良く見るとその剣の柄にも装飾が施されており、周りの兵との違いを強調していた。
「ま、待て!ここでそんな得物振り回したらこいつに当たるかもしれないぞ!」
そう言ってあぐらをかいてラーメンと格闘している少女を顎で指す。あの高貴そうな二人とのやりとりからいったらきっとこいつも貴族とかの一員だろう。ということはこいつの上司にあたるわけだ。迂闊に手出しできないはずだ。
「ふん。奴隷の女か」
え?奴隷?なんか貴族とかじゃなく?あやよくばあの王様と王妃っぽい人の娘とかだと思ったのにどういうことだってばよ……。
「小賢しい。確かに奴隷とはいえ王の財産であることは確か。おい女。警告だ。そこから離れるなら今の内だぞ」
「うっさいわね。好きにすればいいわ。私はラーメン食べるのに忙しいの」
「……警告はした。いくら王の奴隷でもここから先はどうなっても自己責任だ。恨むなよ」
「お、おい!本当にいいのか!?死体が出るぞ(俺の)」
「御託はあの世で並べろ。いざ!」
言うがはやいか、大男はその剣を大きく振りかぶった。