さよならビリーバー 作:ふるびた本
「いやー、びっくりだよね。あたしも、きれーに自殺したつもりだったんだけどさ」
街にある小さな個人経営の居酒屋でビールを片手に、鏑木コヨミは語った。
一瞬、その声が他の誰かに聞かれていないかと周囲を見るが、小さいとは言っても、繁盛しているからか誰もこちらを気にした様子はなかった。
「いや、まあ、なんでもいいんだけど。なんで居酒屋」
「おー、旧友と再会したらまずは一杯じゃん? そんでさー」
けらけらと楽しそうに笑いながら、鏑木は話を続ける。
何がどうしてこうなった、と思う。
彼女の言うことも一理はあるが、さりとてあんな再会の仕方をして、たかだか三十分ですっかり出来上がった元死人を目撃する状況は、異常だと言えた。
「ねー、聞いてるー?」
「……悪い、聞いてなかった。何?」
「だからさー、あたし、昨日まで異世界行ってて~」
「あー、うん」
「もっと驚けよー」
もうとっくに驚いている。
「や、死人に再会したんだぞ? その死人がちゃんと周りにも認識されてるんだから、もうそれ以上の驚きなんてあるかよ」
「あ、やっぱあたしはちゃんと死んだことになってんだ。死体見た?」
「見た」
執り行われた葬儀では、死化粧をされていて見れない状態ではなかったが、高所からの落下による即死だと聞いている。
実際、あの化粧を剥がした先はどうなっていたのだろうかなんて考えたくはないが、それを差し置いても間違いなく、俺は彼女の死んだ後を見ていた。
だからこそ、あり得ないとこの状況に対して思わずにはいられない。
しかしながら、そのあり得ないことは起こってしまっている。
「どうして、そのままの姿なんだ」
「んー、あんね、あたしは勇者召喚って形で、あっちに行ってたんだけど、どーも向こうだと勇者、って形で召喚されたこっちの人は超再生による不老になるっぽくて、それで?」
「なるほど」
いやなるほどではないんだが。
言葉の意味は分かるが、非現実的な話に脳が拒否反応を起こしている。
意味が分からない。
「あ、それと向こう呼ばれた時、あたし魂だけの存在でさー。魂から肉体復元したっぽい」
「ああ、うん」
「んで、まあ四年ぐらい魔法とか剣とか色々練習して、そんで五年かけて魔王倒したから帰って来た」
「へー」
いや、へーではないが。
あと、鏑木はこともなげに話しているが、普通に壮大な話だろそれ。
驚き通り越して、呆れてため息を吐きながら、ビールを持ち、すっかり乾ききった口を潤す。
アルコールを入れずに聞いていると、頭がおかしくなりそうだった。
そして、鏑木はそんな俺を見て、ジトッと睨んで来る。
「……んだよ」
「別に? なんで、帰って来たのか、とか聞かないのかなって」
「帰って来たかったんだな、って思ったけど」
「そうじゃなくてさ」
そう言って、彼女は空になったグラスを置いた。
「どうして帰って来た、とかそう思わないの?」
その問いに、閉口した。
「あたしってさ、一応いじめっ子だったわけだし。椚もあの時、すごい怒ってたし、会ったら罵声聞くぐらいは覚悟してたんだけど」
「……」
罵声。罵声か。
それは、どっちが浴びるべきものなのだろうか。
いじめをしたことは罪だろう。だが、同時にいじめに至った経緯も知らず、目撃したことをそのままに糾弾し、相手を追い込むこともまた同じなのではないか。
「お前は、どう思っているんだ」
「いじめのこと? それなら、謝るつもりはあるけど、謝られたところで相手も迷惑だろうし、あたしって、一応死んでるんでしょ? なら、むしろそのままにしておく方が、すっきりしたまんま終われるんじゃないかなって」
死んだからチャラなんて思ってないよ、と彼女は口にする。
「でもさ、死んだはずの恨んでた相手が急に現れて、あの時はごめんなさいって謝ったとして、解消したはずの恨みとか復讐心とか、そういうのを掘り起こすぐらいなら、あの子の中で私は死んだ、ってことにしておいた方がいいのかなって」
こともなげにそう告げてから、彼女は思い出したようにそうだ、と言った。
「あたしを滅多刺しにして気が済むならそれでもいいかな。生憎と、死ねないんだけど、苦痛を与えるだけなら十分満足できると思う。痛いものは痛いから。まあでも……」
言葉を失う俺に、彼女はふっと笑う。
「それならそれで、あたしもあたしなりの復讐をしようとは思うけどね」
唐突に聞こえて来た物騒な言葉の響きに、顔をしかめる。
「復讐……?」
「そ、復讐。あ、安心して、椚じゃないから」
追加注文したビールを煽りながら、彼女は言う。
「俺じゃないなら誰なんだ」
「それ以外の全部。物事って、一面でだけじゃみられないんだよ、正義くん」
俺の鼻を人差し指で、ツンと突いて彼女は笑う。
そんなことはとうに知っている。
知っているからこそ、あの時の俺とは違い、今の彼女とこうして普通に話をすることが出来ているのだから。
「……お前は、彼女に何をされたんだ」
「言わないし、言いたくない」
その返答に眉を顰めると、彼女は呆れたように笑う。
「だから、向こうが何もするつもりないならあたしも何もするつもりないんだって。椚が知らない方がいいことだよ」
「……そうか」
鏑木の断固とした姿勢を見て、口を噤む。
どうにしろ、俺は彼女には強く出ることが出来ない。
例え、俺の行動が一因ではなかったとして、彼女に極端な選択をさせてしまうきっかけになったことに代わりはないのだから。
ともかく、異世界という場所で何があったのかはわからないが、あの時の鏑木とは全く違うことは理解した。
ふらりと消えてしまいそうな雰囲気は、ない。その代わりに確かな存在感を以て、彼女はそこにいる。
今は、それでいい。どのような形であれ、彼女が例え死んでいた方がマシだったと思っていようと、生きていてくれたのならそれで。
ふと、そこで思い至る。
「そういえば、お前、住む場所はどうするんだ」
「あ、それ。椚って今どこに暮らしてんの? この辺?」
「いや、東京。進学してからはずっとそうだ」
「ほへぇ~、立派になったんだねぇ」
別に東京で暮らしていることが、すなわち立派だとは思わないが。
何かきっかけさえあって住むようになれば、だらだらと惰性で暮らしていける街だ。
まあ、家賃は高いが、それも最低賃金の高さでゴリ押せる。
「その辺の会社の平社員だけどな」
「へぇ……あれ、今日って平日じゃない?」
「色々あって一週間ぐらい有休使ってんだよ。明日には帰るけどな」
「ふ~ん」
にやにやと笑いながら、彼女はそう相槌を打った。
「なんだよ」
「いや、いいこと思いついたから」
「よしわかった。その先は聞きたくない」
「いやいや、聞いてくれたまえよ」
「い、いやだ……ッ」
耳を塞ごうとする俺の腕を鏑木はテーブルから乗り出して捕まえた。
「ち、力強すぎないっすか」
「そりゃ、異世界勇者様だもんね」
そうか、見た目は女子高校生のままだから意識していなかったが、異世界勇者なら力はそりゃ見た目以上だよな。一般成人男性が勝てる要素なんてないよな。
うん。
なんて、どこか他人事のように考えていると、彼女がニヤッと笑う。
どうやら、こちらが聞く耳を持ったと勘違いしたらしい。
「異世界勇者という名のペットを飼う気はないかな、椚くん」
絶対嫌だ。