翌日、決戦の日。
昨夜は熟睡できたため頭は冴え渡っている。昨日の戦闘での疲労や痛みもまったくないし、コンディションもオーケー。
気持ちがはやる様子もなく、心も落ち着いている。これも仙界での修行で培った精神修行の賜物か。師匠にも「休息が必要な時に焦ってもどうしようもない。そういう時は何も考えず開き直ったように休むのじゃ」って頻繁に言われたなぁ。
現在、俺たちは新堂宅の半壊した屋上で早めの夕食を取っていた。
俺はスーツではなく普段着であるガラのTシャツにスラックス。そして黒のジャケット。ようこはお気に入りの洋服でなでしこはいつものメイド服に着替えていた。
今晩のメニューは庶民はみんな大好きハンバーガー。もちろん大手企業マク○ナル○のやつだ。
俺はビック○ックとてりやき、エビフィレオ。ようこはダブルチーズバーガーのセット。なでしこはフィレオフィッシュとサラダ、ポテトといったメニューだ。
毎日なでしこの美味しい手料理を食べているからここ数年はこういうファーストフードを食べる機会がなかったけど、やっぱこういうジャンクフードもいいな。たまに無性に食べたくなる時があるし。
「このような粗末なものしか出せなくて申し訳ない」
タキシードに身を包んだセバスチャンが申し訳なさそうな顔で言ってきた。
思いっきりジャンクフードを堪能していた俺は思いっきり首を振る。
「……そんなことない。すごく満足」
「そう言っていただけると助かります」
微笑むセバスチャン。
すでにシェフやメイドは避難させており、現在館にいるのは俺たち啓太一家とはけ、お嬢様、セバスチャンの六人のみ。
例年通りであれば死神は大体二十一時にやって来るという。現在の時刻は十七時を回ったところで死神がやって来るまで四時間はある。それまでに準備を済ませておかないと。
「ところで川平くん。その中に何が入っているの?」
少しだけ元気を取り戻したお嬢様が腰につけたウエストポーチを見てそう聞いてきた。
このポーチははけに頼んで家から持ってきてもらったものだ。この中には死神対策となる代物が眠っている。
セバスチャンやようこたちも興味深そうに見ていた。
「俺のとっておき」
「ふぅん。よく分からないけど、期待していいんだよね?」
まだ不安色が残る表情のお嬢様に大きく頷いてみせた。
しかし、まさか
「……はけ、あいつには?」
「ええ、すでに連絡済みです。彼から一言『任された』と」
「……了解」
快く引き受けてくれたあいつには頭が上がらない思いだ。貸しが出来ちゃったな。
食べ終わった俺は腰のポーチから紙切れを二枚取り出し、お嬢様とセバスチャンにそれぞれ渡した。
お札サイズの紙には梵字に似た神言文字がとても綺麗に書かれている。神言文字は仙界で習ったから俺も一応書けるけど、ここまで綺麗な文字は書けない。
「……それ、誰でも使える護符。結界を張るから、しばらくは安全」
超お手軽な護符です。しかも大妖クラスの攻撃もシャットアウトする優れもの。
合言葉は急々如律令だよ!
「……死神が来たら、特殊な結界で隔離する。逃がすつもりはないけど、万一も考えられる」
「なるほど、いざとなったらこれで身を守ればよろしいのですな」
「ん」
あの結界は特殊なものだから、いくら絶大な力を持つ死神でも逃げられないとは思うけれど。
「……だから、死神が来たら二人を転移させる。転移した先に仲間がいるから、安心する」
「なにからなにまで、ありがとう存じます」
低頭するセバスチャン。
「……いい。万全を尽くすのは当然」
お嬢様は渡された札を胸元にギュッと胸に抱きしめ、かすれた声で呟いた。
「あ、ありがとう……」
セバスチャンも、なでしこも、はけも。皆が微笑みを浮かべた。まるで子供を見守る大人のような優しい目だ。
満面の笑みを浮かべたようこがお嬢様に抱き着く。
ほっこりした空気が流れる。
しかし、そんな空気を無粋な乱入者が乱した。
「……来た」
突如、渦を巻いた漆黒の闇が床に現れた。
まるで渦潮のように出現した闇の渦。その中央からズズズ、と招かれざる者が姿を見せる。
烏の濡れ羽色のような髪に銀色の瞳。整った顔には涼し気な笑みが浮かび、漆黒のローブのようなものを纏っている。
今回の依頼の討伐対象。長年、お嬢様たちを苦しめ続けた張本人。
絶望と恐怖を支配する者。その名を【絶望の君】。
死神と呼ばれる死を誘う神だ。
「契約を果たしに来たぞ、新堂ケイよ」
死神はなぜか、玉座のような椅子に座ってやってきた。
高い背もたれ。肘掛の先端にはそれぞれ宝玉のようなものが埋め込まれている。特殊な椅子なのか、それとも自身の力なのか、床から数センチ浮いていた。
気丈にも睨み返すお嬢様の姿に一瞬眉を跳ね上げた死神は、その前に立ちふさがった俺たちに視線を向ける。
「ん? キミたちは昨日の少年少女たちではないか。今宵この場にいるということは、新堂ケイを守護するものと認識してよいのだな?」
「……当然」
「……絶対的力を見せつけられてなお、私の眼前に立ち塞がる、か。絶望どころか恐怖もしていない。……わからん。私にはまったくもって理解できないな」
不可解な生物を見るような目を向けてくる死神。こいつに俺の心を理解できるとも思えないし、されたいとも思えない。
死神はまあいい、と言葉を続けるとあの冷徹な微笑みを浮かべた。
「死に急ぐのであれば望み通り死を与えようではないか。恐怖に震え、絶望を抱き死んで逝くがいい」
絶対的支配者ならではの態度。己の勝ちは揺るがないと確信しているが故の、傲慢な笑み。
俺は無言でポーチに手を突っ込んだ。ようこにお嬢様たちをしゅくちでとある場所に飛ばすように指示を出す。
その時、背後からお嬢様の張り上げた声が聞こえた。
「川平くん……! お願いっ、あいつを倒して! そして、絶対に生きて帰ってきてっ! 絶対よっ!」
「頼みましたぞ、川平さん!」
その言葉に背を向けたまま親指を立てて見せた。
「ようこ」
「しゅくちっ」
ようこがお嬢様たちをとある場所に転移させる。
それを確認した俺は椅子に座ったままでいる死神を見据えた。
「追いかけない?」
「妨害者であるキミたちを排除してからでも遅くはあるまい。逃げたウサギを追う程度、大した労力ではないからな」
なるほど。それはかえって好都合。
それじゃあ、邪魔者はいなくなったし、決戦に相応しい舞台に行くとするか!
改めてポーチに手を突っ込み、目当ての物を取り出した。
1
ケイとセバスチャンが転移した先には森の中の開けた空間だった。闇に包まれた空間を松明の灯りが照らしている。
そこにはすでに啓太の協力者と思わしき人たちがいた。九人の女性と一人の男性だ。
男性は柔和な微笑を浮かべながらやわらかい物腰で頭を下げた。
「お待ち申し上げておりました。新堂ケイさんとお連れの方ですね」
「あ、あなたは?」
恐る恐る問いかけるケイに男性はにこっと微笑む。
「僕は川平薫。ここからは啓太さんに代わり僕らがお二人をお守りします」
両手の指に嵌めた九つの指輪が、松明の炎で鈍い光を放った。
ケイと薫が合流した頃、死神は啓太の取り出したものを見て眉を顰めた。
啓太が取り出した物、それは手のひらに収まるサイズの水晶玉だった。
透明なガラスの中には赤、黄、青、緑などの粒子が渦巻いており、見るものを魅了するような幻想的な光景だ。
明らかに一般で販売されてる代物ではない。どこか神々しさすら感じさせる、その水晶を手にした啓太は。
それを思いっきり、地面に叩きつけた。
水晶が硬質な音を立てて砕け、中に閉じ込めてあった光の粒子が放散していく。光の粒子が虚空に溶けて消えると、周囲に異変が生じ始めた。
なんと、空間にひびが生じ始め、剥がれ落ちていくのだ。
剥がれ落ちた空間の先には、元の空間と同じ光景が広がっている。ひびは空、地面、空間全域に広がり、やがて世界が剥がれ落ちた。
ようことなでしこが唖然とした顔で周囲を見回している。予め啓太から話を聞いていた二人ですらこの反応なのだから、なんの予備知識もない人がこの場に居合わせていたら世界が崩落したと勘違いしてもおかしくない。
玉座に座った死神が感心した顔で呟いた。
「ほぅ、裏世界か。なかなか珍しい物を持っているな」
崩落した世界の先には現世と瓜二つの世界が広がっていた。半壊した大邸宅、一部が崩れ抉れた山脈、美しい湖、空を流れる雲に星の数々。まるで世界そのものを模倣したかのような場所だ。
しかし、そこには絶対的な違いが存在していた。
それが、色。この模倣された世界は白と黒の二色のみで構成されており、さながらモノクロの世界だ。
ここは通称、裏世界と呼ばれる場所。世界の裏側に存在する、もう一つの世界だ。
「……異空間のここなら、そう簡単に脱出できない」
「ふむ……確かに空間を超えるには私でも少々時間がかかるな。私を閉じ込めるという意味では最適解といえる」
死神は辺りを見回しながら冷静に状況を分析する。死神にとっては不測の事態であるにも拘らず、その表情に変化はない。
啓太は屈伸運動をして体を解し始めた。はけが懐から扇子を取り出す。
「……それに、ここなら被害の心配皆無。全力で戦える」
全力を出せるという啓太の発言を聞き、死神の眉が一瞬跳ね上がった。
「全力か。昨日も全力だったと思うが?」
「違う。あれは本気。本当の意味で、全力じゃない」
「ほう。あれ以上のステージがあると? それは楽しみだ。精々、私を飽きさせないでくれたまえ」
死神は椅子に座ったまま薄ら笑いを浮かべた。体を解し終わった啓太は振り返り、唯一戦えないなでしこに下がっているように告げる。
黙って頷いたなでしこが端へと寄った。
啓太は大きく深呼吸を繰り返す。
そして、瞼を開くと、獰猛なケモノのような目で眼前の敵を睥睨した。
「……ようこっ、はけっ! まずは、あの椅子から叩き落す!」
「うんっ!」
「はい!」
啓太の合図にまずようこが飛び出した。鋭く伸ばした爪が死神を狙う。
「鬼ごっこかね? よかろう」
玉座のような椅子の肘掛、その先端部に埋め込まれた宝玉が光り出すと、椅子そのものが滑らかに動き出した。
まるでカートのような駆動。床から数センチの高さを維持しながら椅子が高速で移動し、ようこの爪を避けていく。
本人ではなく椅子を動かして攻撃を避ける死神。そのふざけたような態度にようこの頭に血が上るが――。
「……ようこ、冷静に!」
啓太の鋭い声にハッと正気に戻った。そして、鋭い目で死神を睨みつけながら、再び爪を振るう。
そのようこをサポートするため、後方でははけが扇子を片手に舞っていた。
見るものを魅了するような、優雅な舞踊。しかし、所作の一つ一つに意味があり、扇子を振るうたびに霊力が増していく。
そして、舞が終わると閉じていた目を開き、バリトンがきいた声で呟いた。
「破邪結界二式・紫刻柱」
高速移動していた椅子の進路上に紫色の結晶が現れた。分厚く大きい結晶は半円状に展開されており、軌道を修正してはようこの爪に捕まってしまう。
椅子の肘掛に埋められた宝玉が一瞬輝き、一筋の光線を放った。しかし、それは結晶の表面を十数センチ削っただけに留まる。
予想以上の強度だ。絶望の君が愛用する【冥府の玉座】に備わったレーザーは厚さ数十センチの鉄鋼を容易に貫通できる。そのレーザーでさえ結晶を貫くことが出来ない。
ならばと、死神は右手から神力の塊を放った。砲弾のように放たれたエネルギーの塊は結晶に直撃すると、今度は粉々に撃ち砕く。
「……あれを砕きますか」
かなりの防御力を誇る結界術を力尽くで打ち破られたはけは顔を顰めた。
そんなはけに何でもないような顔で啓太が告げる。
「……想定内。準備にちょっと時間掛かる。一分、持たせて」
「はい、わかりました」
了解の言葉を聞いた啓太は目を瞑り、その場で蹲った。
身体操法で、体の隅々を随意的に動かせるように、意識の糸を伸ばしていく。
そんな啓太の様子を尻目に、はけは再び舞い始める。
舞いながら、じゃえんを組み合わせて神を追いかけるようこへ声を掛けた。
「ようこっ、合わせなさい!」
「……っ! おっけぇ~!」
はけの意図を察したようこは準備が整うまで猛攻を仕掛ける。炎を纏わせた爪を振るい、炎の爪撃を放った。
「新技、じゃえんそうっ!」
半円を描くように高速移動する椅子に座りながら、笑みを濃くする。
「ほう、少なからず成長しているようだな。だが無意味だ」
宝玉から放たれる数条の光。
光の筋は炎の爪を散らし、進路上にある建物の壁を穿った。
ポッカリ穴が開いた壁には見向きもせず、再び爪に炎を纏わせて身構えるようこ。
その時、後方からはけの声が聞こえてきた。
「いきますよ、ようこ! 破邪結界二式・紫刻柱」
「うんっ! くらえ、大じゃえん!」
死神を取り囲むように結晶の壁が出現。
そして、完全に逃げ場がなくなった死神を炎の渦が包み込んだ。四方を結晶の壁が取り囲んでいるため、必然的に炎の逃げ道は上空となる。
空に伸びた結晶の壁の中から炎の柱が噴き出た。
「やった! これで椅子は黒コゲでしょ!」
会心の笑みを浮かべるようこ。しかし、はけの表情は厳しいままだった。
炎の勢いが弱まり、囲っていた結晶が役目を終えて砕け散る。
もうもうと立ち込める煙が晴れると、そこには変わらず椅子に座った死神がいた。
球状に展開された半透明の結界が椅子ごと死神を守ったのだ。
「この【冥府の玉座】は私のお気に入りでね。座り心地はもちろんのこと、このように自動で障壁を張ってくれるのだよ。私には無縁の機能だが、なかなか便利であろう?」
椅子を囲っていたバリアが消える。椅子には焦げどころか、煤一つ見当たらなかった。
悔しそうに歯軋りするようこ。はけも目を細め、どう動くべきか考え始める。
「もう終わりかね? では、今度はこちらが鬼となろう。さあ、逃げ惑え」
肘掛に埋められた宝玉が一際強く輝き出す。
そして、椅子が再び加速する、まさに初動の時。
一陣の風が吹き抜けた――。
「……な、に?」
大じゃえんを放つため妖力を溜めていたようこも、破邪結界の奥義を視野に入れたはけも、離れたところで手を組んで戦いの趨勢を見守っていたなでしこも。
そして、圧倒的な力を持つ死神本人ですらも、その風を認識することはできなかった。
風が吹き抜けると同時に椅子ごと、死神の体に無数の線が入る。
一瞬の間を挟み、死神と椅子はバラバラに分割された。
「ケイタ……?」
死神がいた場所の遥か後方。
一振りの刀を手にした啓太が佇んでいる。しかし、その姿は普段と少しだけかけ離れていた。
まず肌の色が全体的に赤銅色に変わっている。実践的に鍛えられたしなやかな筋肉も普段より浮き彫りになっていた。
変貌したと言っても差し支えのない代わり映え。戸惑いを隠せないようこの声に啓太が振り返る。
その目は、真っ赤に染まっていた。
2
赤銅色に染まった肌。彫刻のように浮き彫りになった筋肉。そして、充血により染まった真っ赤な目。
変身、または変貌を遂げた啓太にようこたちは戸惑いを隠せないでいた。
自身に起こった変化を説明しようとする啓太を遮る形で、絶望の君が納得したように喋った。
「――なるほど、それがキミの言う全力というやつかね? この私も視認できない速度で近づき、一瞬で細切れにするとは。いささか驚いたぞ、川平啓太よ」
十八のパーツに分割して首も両断されているのにどうやって喋っているのか、啓太たちは見当もつかない。
血の一滴も流れない体が独りでに動き出し、元の形に復元していった。
ダメージが通らないのは予想済みであったのか、啓太は特に反応を示さない。とりあえず、自分の変化を説明することにした。
「……身体操法による、脳内リミッターの解除。膂力の大幅な上昇、治癒力の促進、脳内物質の分泌で、恐怖心の除去、その他もろもろの効果」
まあ肉体に掛かる負荷が半端ないけど、と言葉を締めくくる。
身体操法とは武の仙人である東方神鬼が生み出した技法である。その名の通り、体――すなわち、神経、筋肉、内臓など体そのものを意のままに操ることに終始しており、極めれば超常現象さえも発生させることが出来る。
仙界で東方神鬼に師事をした啓太はこの技法の基礎的な知識と技術を教わり、過酷な修行を経てある一定の領域にまで足を踏み入れることに成功した。
しかし、そのリスクはあまりにも大きく、師である東方神鬼から「引けぬ戦い以外使用を禁ずる」と言明された。
そのリスクを有する領域というのが、脳内リミッターの解除による身体能力の強化。
リミッターは全部で五つあり、一つでも解除すれば一時的にではあるが超人的な肉体を得ることができるのだ。リミッターを多く解除すれば、それに比例して身体能力も強化されていく。
しかし、これは諸刃の剣であり、強化の度合いに応じて肉体的負担も半端ない。なにせ、筋力が強すぎるが故に骨が耐えられないのだから。
膂力を強化すると同時に自然治癒も極限まで向上しているため、動くたびに骨が折れ、修復されていく。
今の啓太は生物の限界に挑んでいる、いわば極限の状態。
脳内リミッターを解除した今の姿を『極限体』という。
「……見せてやる。俺の全力を」
脳内リミッターの二番まで解放した啓太は創造した刀を下段に構えた。
この刀も霊力の半分以上を消費して創った特別製。リミッターを外した爆発的な膂力でも耐えられる強度を誇る。
「ふっ、威勢がいいな。大言を吐くのもいいが、精々飽きさせないでくれたまえ」
玉座が解体された死神が降り立つ。いつぞやのように屋上で対面する啓太と絶望の君。
最初に動いたのは啓太だった。
一歩踏み込んだ。ただそれだけの動作。
爆音を轟かせて、啓太が立っていた場所から後方の床が反動により吹き飛んだ。
音を置き去りにして死神の真横に移動した啓太はさらに一歩踏み込み、美しい波紋が刻まれた刀を横薙ぎに振るう。
ピッ、と空気を切る音とともに、銀の残光が軌跡として残った。死神の腰に一筋の線が生まれる。
返す刀で数ミリ下の位置を同じく斬る。
再び数ミリ下げて刀を一閃。
もう一度返す刀で数ミリ下を輪切りに。
何度も何度も。
そして、傍目からすると、啓太が最初の一刀を振るい終わると同時に。
死神の腰から下が薄くスライスされていった。往復した回数、およそ五十七回。それを一息で行ったのだ。
あまりの早業に斬られた本人である死神も反応できなかった。気がつけば腰から下が輪切りにされていたという認識が正しいだろう。
おや、と自分の体に違和感を感じ目線を下げる死神。その一瞬の隙をつき。
「……ふんっ!」
啓太の回し蹴りが放たれた。ぶちぶちっと大腿四頭筋の筋繊維が断裂するが、お構いなしに振り抜く。
残像を生む右足が絶望の君の胸部にクリーンヒットすると、轟音を響かせて死神の上半身が一瞬で消し飛んだ。
輪切りにされた下半身をその場に残したままで。
建物から数百メートル離れたところで重い衝突音が鳴り、土煙が発生した。啓太の回し蹴りを食らい、死神の上半身がそこまで吹き飛んだのだ。
あまりの威力に呆気にとられるようことなでしこ。はけも驚いた表情で啓太を見ていた。
「……はけ、ようこ。大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。少々驚いただけで」
「う、うん」
「……驚くのも無理はない。でも今は戦いに集中する」
啓太の言葉に神妙な顔で頷いた。
残された死神の下半身が液状に溶け、消えていく。その様子を見ていた啓太たちは身構えた。
数百メートル先、死神の上半身があるであろう場所が一瞬光った、刹那。
極大の光線が迫ってきた。ダークブルー色の光の本流は建物を呑み込むほどの大きさを持つ。
「ケイタっ!」
「こっちは大丈夫っ」
ようこの言葉に頷いた啓太はその場で横っ飛びをする。極限体での横っ飛びは一瞬で啓太の体を屋外へと放り出した。
ようことはけ、そしてなでしこも空を飛び、光線の射線上から逃れる。
全員が射線の上から回避すると、極大の光線が大邸宅を呑み込んだ。
ダークブルー色の光の本流はまさに魔砲。モノクロの邸宅は跡形もなく消し飛んでしまった。
啓太は空中で体を捻り体勢を整えると、着地の姿勢を取る。五階建ての建物と同等の高さから飛び降りたにもかかわらず、着地に成功した。
ズドンッ、と重々しい音が鳴り、地面が陥没する。同時に大腿骨が折れるが直ぐに修復された。
はけとようこも遅れて啓太の隣に降り立った。なでしこのみ、離れた場所に着地する。
「うわぁ……。ケイのお家、跡形もなくなっちゃった」
振り返り、ケイの家があった邸宅を見て呆然とつぶやくようこ。
邸宅が建っていた場所には建物の基礎である下部構造の跡が見てとれた。
そして、破壊の痕は楕円状に削れた地面が直線となって地平線の彼方へと続いていた。森や林、山なども光線が通ったところだけ綺麗に無くなっているのだ。
明後日の方角から上半身だけの死神が宙を浮いてやってくる。
ふよふよ宙を漂う死神は漆黒のローブをはためかしながら、上空から啓太たちを見下ろした。
「なかなかの身体能力だ、川平啓太よ。では、今度はこちらも攻撃するとしよう」
切断面から下。下半身に相当する部位に闇が渦巻き、体を形成していく。
ものの数秒で元の姿に戻った死神が大きく両手を広げると、自身を取り巻くようにダークブルー色の球体が複数出現した。
拳大ほどの球体は死神から離れて独りでに空中を飛び交い始める。
「踊り狂うがいい。
そして、球体から直径一センチほどのレーザーを射出し始めた。
無秩序に飛び交う球体に合わせ、レーザーも無茶苦茶な軌道を描く。そのため、予測は困難だ。
啓太たちは散開して地面に線状の焦げ跡を残すレーザー群から逃れる。
ようこは走り、しゃがみ、ジャンプしてケモノのように俊敏な動きでレーザーを回避。
はけは自分に当たるレーザーだけを最小の動きで紙一重で避け続け。
啓太はというと。
「……しゃらくさいっ!」
眼球の動きを司る動眼、滑車、外転神経や反射神経も強化しているからか。それとも外眼筋の強化によるものか。はたまたこの二つが合わさった結果なのか。
見切れるはずのないレーザーを目で追い、手にした刀で切り払っていく。
そして、跳躍し無秩序に動き回る球体を切り裂いた。
瞬く間に二つ、三つとレーザーを射出し続ける球体を斬り落としていった。
3
はけは胸の奥から沸き起こる感情に、ぶるっと体を震わせた。
彼の主であり啓太の祖母でもある川平
自分が望み啓太の指揮下に入ったとはいえ、初めての、しかも土壇場での戦い。息が合うのか、コンビネーションはどうするのか、配置など不安要素はあった。
しかし、いざ啓太の指揮の下、戦ってみればどうだ。
それまでの不安要素はすべて消し飛び、ただ一つの感情に捕らわれてしまった。
楽しい。啓太とともに戦うのが、ただただ楽しい!
我を見失うのではないかと危惧してしまうほどの高揚感に包まれる。
自分がここまで気分を高揚させるなど一体何年ぶりだろうか。まだ彼の主が年端もいかない少女だった頃にまで遡らないと思い出せない、それほど久しいことだった。
「破邪接破二式・紫弾時雨」
開いた扇子を使い舞うと、はけの周囲に結晶の塊が形成されていく。
その数、二十。直径五十センチほどの結晶は弾丸の如く放たれ、宙に浮かぶ死神を狙う。
死神は空を自由自在に飛び回り、結晶を次々と回避していくが、そこにようこも加勢してきた。
「じゃえん、連射ば~じょん!」
小さな炎の塊を次から次へと射ち出していく。
はけの結晶とようこの炎が合わさり、空間を瞬く間に埋めて弾幕を作り出した。
「避けれぬなら打ち破るまで。
両の手の平の上に一メートルほどの球体を生み出した。
ダークブルーの球体をそれぞれ打ち出すと、二つは互いに絡み合い、螺旋の軌道を描きながら紫と赤の弾幕へ飛んでいく。
雨あられのような妖術に飲み込まれた二つの球体はやがて大爆発を起こし、周囲の弾幕を飲み込み消し飛ばしてしまう。
爆風が辺りの木々や土砂、アスファルトの破片を吹き飛ばした。
「くっ、予想はしていましたが、これは厳しい戦いですね……」
厳しい表情のはけ。
これまでの激しい攻防で、美しく整備された土地がまるで更地のような変貌を遂げてしまっている。
「しかし、才はあると思っていましたが、まさかこれほどの資質だとは……。血、ですかね」
そう独白する。
初めて啓太の指揮下に入ったはけは彼の非凡な才能を肌で感じていた。
犬神使いには二つの能力を求められる。一つは指揮する者としての力。客観的に分析し、状況に応じて臨機応変に戦うことができる司令塔の能力。
犬神使いを目指す多くの者がなぜ、強靭な肉体を作るのか。なぜ死ぬ思いをしてまで自らの肉体を、そして技を磨くのか。啓太と戦えばその答えを嫌というほど体感できるだろう。
犬神使いと聞いて多くの者が後衛だと、犬神が前衛だと勘違いする。犬神を潰せば指揮官である犬神使いは無力化される、そう勘違いするのだ。故に、犬神使いは前衛を倒したことで油断するその隙を狙い、体術で不意を突く。そして犬神使いのペースに巻き込むという戦法を取る場合が多い。それも間違いではない、犬神使いとしての一つのあり方だろう。
だが、啓太は違う。彼は後衛であると同時に前衛なのだ。
司令塔である自分からあえて突撃する。そのため多くの者が後方支援に徹するとばかり踏んでいたがために虚を突かれ、接近を許してしまう。
霊力で強化した身体能力、そして身体操法による最適な体の動かし方の学習。だめ押しとばかりに先天的な異能である【霊力を物質化する力】での武器の創造。その三つが合わってようやく、啓太の前衛としての力が発揮されるのだ。
自分から接近戦を持ちかけて縦横無尽に駆け回り、攻撃を仕掛け、隙を作る。その決定的な隙を逃さず、犬神に指示を出す。それが、啓太の犬神使いとしての戦い方であり、司令塔としての才能だった。
そして、もう一つ犬神使いに要求される能力というのが犬神の力――ポテンシャルを引き出すという点。
はけが犬神たちの中で最強に近いとされている理由の一つが結界術による絶対的な防御力だ。しかし、はけの能力を最大限引き出すことができるのは、彼の本来の主である榧ただ一人。
川平最強と謳われる宗主の圧倒的な攻撃力。矛があって初めて盾も輝く。故に絶対的な防御力を誇る盾も、矛の役を担う宗主がいないと力が半減してしまうのだ。
だが、今はどうだ。半減するどころか上がっているではないか。
先ほど放った紫弾時雨も本来なら一センチほどの結晶のはず。それが本来の五十倍の大きさで作り出せたのだ。
まるで自分の力が際限なく引き出されていくような、そんな信じられないような感覚。歳が若返って行くかのような、そんな荒々しい、猛るような感情が自分を支配している。
この感覚はそう、初代の下で大妖狐と戦ったあの日以来だ。
まるで二人が一つになったかのような錯覚。心が触れ合っているようなそんな感覚。言葉にするなら一心同体、以心伝心といったところか。
啓太は決して細かな指示を出さない。ただようこ、はけと名前を呼ぶだけ。しかし、それだけで彼が何を考え何を望んでいるのかが手にとるように分かる。指先で、体のゆらぎで、目の動きで、声のトーンで、攻撃や防御のタイミングを逐次犬神たちへ伝えているのだ。
死神はそれに全く気付かない、いや気づくことなどできないほどの小さな動き。だがそのすべてをようことはけは感じ取り、その意を酌み取る。
それが啓太の犬神使いとしての力。天賦の才だった。
「ふっ、ようこが羨ましいですね」
過激にして苛烈な啓太の指揮。それを毎回味わっていると考えると少しだけ、ようこが羨ましかった。
「あなたも、早く啓太様の下で戦える日が来るといいですね。そんな日が来るのを願っていますよ」
はけが向けた視線の先には、離れたところから祈るように啓太たちを見つめているもう一人の犬神の姿がいる。
「人間にしてはなかなか粘るではないか。ならば――」
宙に浮かんでいる絶望の君は更なる試練を与える神のように次の攻撃を繰り出そうとする。
「させない! ようこっ」
「まかせて! しゅくち!」
ぴっと指を立てたようこが啓太を死神の背後へ転移させた。
一瞬で背後を取った啓太は引き絞った右足で思いっきり、無防備な背中を蹴りつけた。
『極限体』での爆発的な蹴り。
「ぬぅっ」
弾丸のように地面へ加速していく死神を強烈な空気抵抗が襲う。
轟音を響かせて、地面に激突。
まるで隕石が落下した跡のように大地が窪み、うつ伏せの状態で死神が埋まっている。
しかし、啓太の攻撃はまだ終わらない。
「はけっ」
「はい!」
はけが扇子を一閃すると、啓太の背後に小さな結晶が出現した。
それを足場として利用し、真下に向けて加速する。
一筋の流星と化した啓太は拳を強く握り締め、うつ伏せの状態でいる死神の背中に突き刺した。
衝突に耐え切れなかった拳の骨が砕け、前腕の骨が折れる。だが、すでに痛覚を遮断しているため痛みは感じない。極限まで促進させた治癒力がすぐに骨を修復していく。
衝撃が死神を基点に波紋のように広がり、地面がところどころ大きく隆起した。
圧倒的な破壊力だ。人間が出せる力とは到底思えない。
これまでの攻防ですでに建物は消滅し、地面は抉れ、焼け焦げ、隆起していた。自然破壊と呼んでも差し支えのない光景が広がっているが、ここは裏世界。
いくら被害を出そうが、自然を破壊しようが、現実世界にはなんの影響も及ばないモノクロの世界だ。
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