いぬがみっ!   作:ポチ&タマ

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 バレンタインは一昨日だけど。



第八十三話「蘇る変態(上)」

 

 

 ――憎い……。

 

 ――憎い……。

 

 ――生を謳歌しているアイツらが……。

 

 ――幸せを教授しているコイツらが……。

 

 ――闇の住人には目もくれず、光の世界に生きるすべての人間が……。

 

 ――すべて……すべて、憎い……!

 

 ――この憎悪……生半可なことでは治まらぬ……ッ!

 

 

 

 1

 

 

 

 今日は二月十四日。男の子は一日中ソワソワするバレンタインデーだ。

 毎年この日になると、学校では男子は机の中や下駄箱に意識を配り、異性から声を掛けられるのを今か今かと待っている。傍目からして意識しているのが丸分かりであるが、微笑ましいと捉えるか見苦しいと思うかは人それぞれだろう。

 チョコを一つでも手に入れればそいつは勝ち組。一つも貰えなかった人はもれなく"モテない組"に仲間入りだ。

 そして俺は運が良いことに、毎年勝ち組である。小柄で童顔なためか、はたまたマスコットポジションを確立しているためか、理由は分からないが女子からの受けは良い。

 これまでも何度か告白を受けているし、今日もこの日のためにチョコと一緒に熱い言葉を貰った。もちろん俺にはなでしことようこと言う最愛の恋人が二人もいるので、丁重にお断りしたが。二人いる時点で最愛とは言わないか。

 なんにせよ、今日がバレンタインというイベントデーであり、女子にとっては勝負の日ということだ。

 そして、前もってこの日のためにちょっと高級でお洒落なレストランを予約していたりする。例年では自宅で犬神たちからチョコを貰い甘酸っぱい時間を過ごすのだが、今年は恋人同士になった記念すべき年。

 なので、世間のカップルを見習い、俺たちも恋人らしい時間を過ごそうとデートに出かけることにしたのだ。

 ちなみにレストランの件はサプライズにしていたのだが、長年一緒にいるためかなでしこたちには勘づかれていた。なでしこはともかく、ようこにまでバレていたとは……ちょっと悔しい。

 ということで、現在俺たちは駅前の繁華街にやって来ていた。

 

「やっぱりカップルが多いねー」

 

 カップルで賑わう繁華街を見回し、驚嘆のため息をつくようこ。

 やはり考えることは皆同じか、幸せそうな笑顔を浮かべる男女で溢れかえっていた。

 晴れ切った夜空に、ひどく冷たい風が水のように流れる。暦上では春であるが、まだまだ冬の名残を強く感じる。

 

「今日はありがとうございます啓太様。啓太様からお誘い頂いて、すごく嬉しいです」

 

「うん、わたしも! それにケイタが用意してくれたお店、すっごく楽しみ!」

 

「そうですね。私も楽しみにしていますよ啓太様」

 

 そう言い、いたずらっ子のような目つきで笑うなでしこ。

 

「……ハードル上げないで」

 

 気に入ってくれる自信はあるけど、もしものことを考えちゃうじゃないか!

 

「ふふっ、ごめんなさい。でも、本当に楽しみにしていたんですよ。啓太様がひっそりと何かをしていたのは把握していましたが、詳しい内容まではさすがに知りませんから」

 

「それでそれで、どこに案内してくれるの?」

 

 ワクワク感を抑えきれない様子のようこに苦笑を返す。精神的に大きく成長した彼女だが、こういう子供っぽいところは変わらない。

 本当は店に着くまで内緒にしておきたかったが、仕方ない。

 

「今日は"SOL ET LUNA"。有名なフランス料理店」

 

「ふらんす! なんか凄そう!」

 

「フランス料理ですか! 高級料理だと聞いてますけど……」

 

 これまでの外食でフランス料理店に行ったことはないため、初めて耳にする単語に興奮気味のようこ。

 なでしこは俺のお財布が心配のようだ。家のお金を管理しているのはなでしこであり、我が家のお財布事情をよく知っているのは彼女だ。

 俺が運営しているオカルト専門相談室サイト【月と太陽】での利用者もかなり増え、今では会員数が二千を超えた。結構、オカルト関係で悩んでいる人は多いようで、一日に平均十件は依頼が来る。この辺のスケジュール管理はなでしこに一任しているが、ほぼ毎日なんらかの依頼で埋まっているのが現状だ。

 そのため、具体的にどのくらい稼いでいるのか把握していないが、年収一千万は確実に超えているだろう。それに以前受けた死神事件の報酬である一億もあるし、正直金には困っていない。

 まあ、なでしこが言いたいのは俺のお財布事情だろうけど。金持ちの仲間入りになったからといって生活に大きな変化はなく、未だ小遣い制だし。

 なので、俺が自由に使えるお金は限りがあるのだが、今日という日くらい贅沢してもいいでしょう。

 

「大丈夫。楽しんでくれればそれでいい」

 

 今回予約を入れたフランス料理店"SOL ET LUNA"は、以前ミシュランで二つ星を獲得したことがある名店だ。

 高級レストランというとドレスコードが必要だったり、フランス料理だとテーブルマナーをしっかりしないといけなかったりと、かなり堅苦しいイメージがある。事実、何度か高級料理店に足を運んだことはあるが、かなり堅苦しかった。

 そういう意味では、この"SOL ET LUNA"という料理店はかなりフランクというか、いい意味で肩の力を抜けるお店だ。ドレスコードは必要ないし、テーブルマナーも気にしないでいいらしい。そして完全個室性。

 ようこは堅苦しいテーブルマナーとか苦手だろうから、"SOL ET LUNA"が色々な意味でベストだったのだ。

 

「もう着く」

 

 目的のお店の看板が見えた。ラテン語で【月と太陽】を意味する店名の看板がライトアップされている。

 月と太陽とは、ここのオーナーはいいセンスの持ち主だなと感心しながら、お店に向かうその時――。

 

「きゃあああああ!」

 

 突如、耳をつんざくような悲鳴が。夜とはいえこんな街中での悲鳴に、通行人やカップルたちが足を止めて注視する。

 俺たちも思わず振り返り、悲鳴が聞こえた方に目を向けた。

 

「うわ、変態だ!」

 

「――っ」

 

 ようこが顔をしかめて適切な言葉を、顔を赤らめたなでしこが俺の影に隠れた。

 視線の先には一組のカップルがいるのだが……彼氏が素っ裸なのだ。

 百歩譲って、盛り上がってそういうプレイをしてしまったとしても、まだ人が大勢いる中でなくても……しかもこの寒い日に……。

 色々とやべぇカップルかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。というのも、裸体を晒す彼氏は慌てて股間を押さえているし、彼女も両手で顔を覆い、明後日の方角に向けて走り去ってしまったのだ。

 明らかに同意の上での行動ではなさそうだ。とはいえ、彼氏には可哀そうだが、あまり関わり合いにならない方がいいと思い、なでしこたちと一緒にそそくさとお店の方に向かうとする。

 

「……憎い……憎いぞ……この世のすべてが憎い……」

 

 その時、怨嗟に孕んだ声がどこからともなく聞こえてきた。

 何度も聞いたことがある、怨念に満ちた憎悪の声。これは看過できないと足を止め、周囲を注意深く見回す。

 

「啓太様?」

 

「どうしたのケイタ?」

 

 なでしこたちは今の声が聞こえなかったのか、警戒する俺を不思議そうに眺めている。

 シッと口元に指を当てて周囲の気配、特に霊気や妖気を探る。

 そして、上空に妖気が集まるのを感じた!

 

「憎い……! 世のカップルどもが、憎いぃぃぃ……!」

 

 膨れ上がった妖気に伴い空間がぐにゃっと歪む。

 その先に、紺色のローブに身を包んだ人物が、上空に佇んでいた。

 妖気を感知したのだろう。なでしこたちもハッと振り返り、その人物を視界に収める。

 そいつの顔はフードに隠れて見えないが、ブツブツと怨念に満ちた声だけは聞き取れる。

 

「リア充どもなんて……みんな消えてしまええええええええ――――!!」

 

「きゃっ」

 

「えっ、あいつも!?」

 

 バサッとローブを脱ぎ捨てたソイツは、なんと全裸の姿だった。

 洋書のような分厚い本を片手に堂々と仁王立ちするその男。再び股間を見てしまったなでしこが小さな悲鳴を上げて顔を背け、全裸の変態が現れたことに顔を赤らめながらも驚愕の表情を浮かべるようこ。

 そして――。

 

「貴様ら光の住人も、闇堕ちするがいい! みんな露出卿になーれビィィィィィィッッム!!」

 

 男の股間が淡い光に包まれると、そこから一筋の光線が発射された。

 光線に貫かれたのはとあるカップルの男性。それまでホストのようなイケてる服装だったのが、光線に貫かれた途端に服が光とともに弾け飛んだ。

 一瞬で全裸になったその男性は何が何だか分からないといった表情をしていたが、恋人の悲鳴を聞いて慌てて股間を押さえた。

 

「フハハハハ! 我と同様、露出卿になってしまえリア充どもよ!」

 

 次々と股間から全裸ビームを放ち、平和なカップルの夜を阿鼻叫喚の地獄絵図に変えていく。

 な、なんて恐ろしい攻撃を仕掛けてくるんだ……! 人間、羞恥心なんてそうそう捨てられるものじゃないぞ!

 と言うかコイツ、どこかで見たような覚えがあるような無いような……。

 

「あっ、思い出しました! 栄沢汚水です!」

 

「なでしこ?」

 

「去年のクリスマスで仮名さんと一緒に退治した変態ですよ!」

 

「……あー」

 

 そういえばいたな。そんな変態。

 去年のクリスマス、仮名さんからの要請があり、とある悪霊を退治したことがあった。

 そいつはリア充を憎む露出狂の変態で、生前偶然手に入れた魔導書の力で魔王に等しい力を手に入れたのだ。その力を変態活動に使うという生粋の変態だけど。

 だが、英沢は俺がきっちりと引導を渡したはずなんだが。まさか、仕損じたか?

 ともかく、早急に奴を撃滅しないと。ていうか、アイツが持ってる本って前回奴が持っていた魔導書じゃね? あれって仮名さんが管理してるはずなんだが、なぜ奴の手に渡ってるんだ?

 とりあえず仮名さんに連絡しようと携帯を取り出す。

 

「……おお、すごい着信の数」

 

 電源を入れると、仮名さんからの着信が十数件と入っていた。電源を切っていたから気が付かなかったぜ……。

 十中八九、英沢の件だろうな、と思いながら仮名さんへ電話を繋げると、ワンコールで出たし!

 皆にも聞こえるようにスピーカーモードに切り替える。

 

『川平か!』

 

「仮名さん。英沢の件?」

 

『ああ。英沢の名が出てくるということは、奴はすでに?』

 

「ん。絶賛変態活動中」

 

『くっ、やはりか……!』

 

 それはそうと、なんでアイツ復活したん? なんで魔導書持ってるん??

 

『完全に消滅したと、私も思っていた。だが、奴の怨念は残滓となって残っていたらしい。その残滓が運悪く魔導書"月と三人の娘"に取り付き、魔導書の魔力を利用して復活を果たしたんだ』

 

 なに、その展開。残滓から復活するとかあり得ないでしょ……。

 

『気持ちは分かる。だが事実だ。復活した英沢は魔導書の力を使い、再びカップルたちに惨い仕打ちをするつもりだ! 私も今そちらに向かっている! それまで川平、奴の相手を頼む!』

 

 そう言うと、電話を切る仮名さん。

 なでしこたちの「どうしますか?」と言いたげな視線が突き刺さる。

 

「…………」

 

 (`0言0‵*)<ヴェアアアアアアアア!

 

 





 次回の更新は少し遅れます。多分一週間ちょっと。

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