少年とオミが話をしている頃。
大森林より遠く離れた地、石造りの部屋の中で交わされた会話。
「南方の森へ行かせた長耳の部隊と接続が切れました。おそらく全滅したものかと」
痩せた男が告げると、体格の良い大男が顔を顰める。
「原因は何だ」
「不明です。ただ全員同時に、です」
「兵士や獣にしては手際が良すぎるな」
「その通りです。感覚共有が途絶える直前、何かが爆ぜたと術師が言ってまして」
「何かとは?」
「詳細は不明です。そう申しました」
「面倒な。以前の部隊を壊滅させた手の者とは違うのか、或いは同じか」
「次はいかが致しましょう?」
「そのことだが、跳ねっ返りの姫がいるだろう?」
痩せた男の肩が僅かに動く。
「はい」
「あれを遣わすと打診が来た」
「お受けに?」
「逆らえると思うか?」
「……」
「南の遺跡に価値はないと判断されるまで我らの仕事は終わらんよ」
「……」
痩せた男は沈黙を持って賛意を示す。
ミサのことはもちろん好きだ。
物心ついた時からいつもそばにいて、何をするにも一緒だったから家族も同然だ。
歳の近い妹って感じだった。
俺が薬師見習いになったのでミサもそれに倣って修行を始めた頃。
俺の中にある男の記憶に気がついた。
その時からだ。
ミサが妹から娘となったのは。
俺はミサの隠そうともしない好意に気づいてる。もちろん愛おしい。
しかしそれは家族に向ける愛情であって恋愛ではない。
オミは女子高生〜女子大生ぐらいの年齢だろうか。
ここでの年齢の扱いはひどくぞんざいである。元は孤児だったオミも外見で推測するしかない。
そんなオミから溢れ出る女の色香に俺は無意識に目が奪われる。見惚れることもある。
そんな時オミは俺を抱きしめ耳元で『わかるけどぉ、ダメよ』と優しく諭す。
大巫女さまが決めた相手以外との子作りは禁忌だからだ。
その度にミサは口をへの字に曲げて俺を睨みつけているし、背中を叩いてくることもある。最近は加減なしだから結構痛い。
長耳族の一件から一月後、海を支配する部族『み』を平定した報せが届いた。
俺は海産物の干物が入ってくることに期待を寄せる。
味覚は日本人なんでね。海の魚が恋しいのよ。
それと同時に大巫女さまより俺に呼び出しがかかる。オザマ、オミとともに大巫女さまの天幕へ出頭する。
中は香が焚かれ色々な模様が描かれた布が天井から垂れ下がり、独特の雰囲気だ。
大巫女さまは俺達に座るよう促すとすぐに話し始めた。
「昨日の占いによると北の良くない気配が濃くなっておる。災禍の兆候だね」
「戦ですか」
「それもあろう」
「そうですか」
質問したオザマは目を閉じたままため息を吐くようにこたえる。
大巫女さまの言うことは外れたことはない。
傭兵部族『き』に限らず、全てを占いで見通す大巫女という存在による統治がここらあたりのシステムだ。
俺はこのような席になぜ自分が呼ばれたのかと疑問が湧き上がる。
内容からして戦士長とか他の長に伝えるべきことだし、俺がいることはひどく場違いだ。
ふと気がつくと、大巫女さまとオザマが二人して俺をじっと見つめていることに気がついた。
何だろう。
「えっと、俺に何か?」
「安心おし。何を言ってもオザマとオミはお前の味方だよ」
大巫女さまの慈愛溢れる笑顔。オザマも黙って頷く。
オミだけ『え? 何事?』みたいな顔をして俺と大巫女さまを交互に見てる。
───大巫女さまは俺に“別人の記憶があること”を知ってるのではなかろうか。
それならばと俺は決意する。
隠し事をいつまでも抱える生活とおさらばしたいし、いっそ正直に伝えた方が色々と動きやすいとの打算もあった。
「大巫女様! お話があります」
「わかっておる。魂はひとつになったな?」
「え?」
「元々お前の魂は二つに分かれておったのが見えていた」
「知っていたのですか?」
「そうでなければ巫女なぞつとまらん」
「俺には記憶があるんです。こことは違う場所で生きた男の記憶が」
「ほぅ?」
そこから俺は説明を始めた。恐らくこことは違う
ところどころは曖昧であるが、ここで役に立ちそうなことを少しばかり知っていること。
だからそれを元に『き』に貢献したい。
自分を引き取り、今日まで育ててくれたオザマやオミ、そしてミサ、部族を守りたいと。
「お前がどういう記憶を持っていようが、それは構わん。元から見えていたしな」
大巫女さまは微笑みながらそう言った。
「そういうことか。森の悪霊ではないと姉さまから聞いてたから変なもんじゃないのはわかっていたが」
オザマは得心がいったような顔でこたえた。
俺は大巫女さまの後ろ盾を得て、軍議への参加と発言権を貰えた。これは前例がないことだ。
そして俺のことを長が一堂に会する場所で説明をするように言われた。
長耳族の不審な侵入。これがどうにも気になって大巫女さまへそれを伝えたところ、このような許可が貰えたのだ。
というわけで戦士長の天幕で行われる軍議に参加することになった。
戦士長の配下に当たる各部隊の長も集まってる。
なんだこいつ? みたいな視線が痛いが、企業研修で講師をやってた経験もあるからこんなのは慣れっこだ。
簡単な自己紹介。
「俺にはこことは違う世界で生きていた記憶があります。ここの生活様式、社会制度、俺が生きていた時代より二千年以上昔のものに似ています。国と国が争い合って大きくなろうとする、それはどこでも同じでしょう」
この国、特に『き』は国の剣としての力を振るっているものの、略奪や陵辱や虐殺をせず、攻め滅ぼした相手に禍根を残さないようにしている。
戦った相手を飲み込み、国力を増やしたい。そこに恨みを残すと後々面倒な火種になるからだ。恨みってのは想像以上に長く深く受け継がれていくからな。
それを考慮してなのかは不明だが、少なくとも『き』に暮らす人々を見て、そういう性質の人達、つまり野蛮じゃないと思う。
無血とはいかないまでも、犠牲を少なくおさめる『き』の方針。文明の発達はまだまだだが、ここの人々を蛮族とは思わない。
「そうではない者達もいるんだな?」
ここまで話すと戦士長が俺を真っ直ぐに見て問う。
「はい。将来に起きるかもしれない反乱を恐れて、特に支配者層を根絶やしにするのは基本で民族ごと滅ぼそうとした例もあります」
地球の歴史を振り返れば枚挙に暇はない。
「戦士長、『き』の戦士は何人いますか?」
「戦をするのは……ざっと四千だな」
この国はシンプルだ。
十人単位の部隊の集合体。
「影は?」
影とは諜報活動をする部隊。直接の戦闘はほぼ行わず、情報収集が主な役目だ。
「四百だ」
影の長が答える。
「戦士がその十倍の四万、さらに十倍の四十万という敵が攻めてきたら?」
「あるのか?」
「今はまだわかりません。でもここより遠く離れた地や海を隔てた大陸にそういう国があってもおかしくないのです。あの遺跡、俺もはっきりとは言えませんが少なくとも数百年は昔のものでしょう。もしもその長い時を経て滅びずに続いた国がどこかにあったら? と考えみてください」
戦士長を始めその場にいる長達が少し動揺したのがわかる。
「俺もそんなに詳しくはないけど、千年以上続いた大国もありました。それとは別にたった数十年で俺たちがいるこの国よりもずっと広い土地を支配した国もありました。次から次へと国を攻め滅ぼし、拡大していったんです」
戦のノウハウがどんどん蓄積していったら、そりゃもう手強い国になるだろうし。
「そんな国があっても不思議でもなんでもないんです。大巫女さまは北の方にその気配があることをおっしゃいました。俺はそういう『領土的野心に溢れた国』が攻めてくることが、怖いんです」
伝わったかな? と見回す。
ローマ帝国とかモンゴル帝国と同じようなものが存在しても全くおかしくない状況。
外の世界に強大な敵がいるって認識するだけでも全然違う。
「お願いがあります。俺とオミ達で長耳族の国へ偵察に行かせてください!」