怪異の王と死なずの君   作:十二夜

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「戦え。皆戦え。皆、神のために戦え。戦いとは祈りそのものだ。あきれかえる程の祈りの果てに神は降りてくる。百人のために一人が死ね。千人のために十人死ね。万人のために百人死ね。ならば億土の神の世界のためにこの私の小さな世界が燃えて墜ちても、その果てに神は降りてくる。それは私の祈りの果ての神の王国だ」



第零話 きすしょっとドラキュラ

1687年。

 

ヨーロッパ、トランシルヴァニアに連ねるカルパティア山脈の麓に、ポツンと浮かぶようにたった一つの異質な居城があった。

 

居城の主はドラキュラ伯爵。

由緒正しき貴族であり、その博識な人柄は国外にも広く知れ渡っていた。

 

その日は満月の美しい夜だった。

 

両側を森に囲まれた居城へと続くその長い道に、土を踏みしめる一つの足音が響いた。

 

年齢はおよそ27歳だろうか。

輝くほどの金髪、金眼、目を奪われるその美貌に、透き通るようなきめ細かな白い肌を持った女性である。

零れんばかりの胸に、くびれた腰の位置は高く、スラっとした長い脚に続く。

 

こんな時間に似つかわしくないシックな紅いドレスを身にまとい、ハイヒールでありながらもでこぼこした悪路を平然と歩いてくる。

 

キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。

鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。

化物共の頂点、怪異の王である。

 

その吸血鬼は、数十年前に恋を知った。

それは愛とも呼べるものだったのかもしれない。

どっちにしろ、キスショットは一人の人間の男と出会った。

よりにもよって人間と。

然らば、それが悲恋に終わるのも当然の末路だった。

 

キスショットは死に場所を探していた。

自らを殺しに来るヴァンパイアハンター共はみな、指先の一振りで終わった。

自らに挑みに来た化物、怪異共にも骨のあるやつは一匹もいなかった。

 

キスショットは死に場所を探していた。

怪異の王に相応しい、納得できる死を。

 

だから、遠く離れたこの場所にいる化物の強大な気配を敏感に感じ取った。

だから、キスショットは死に場所を求めてこの地へ出向いた。

 

伯爵の城へ招待されるにふさわしい恰好で自らを着飾り、パーティーに赴くような気軽さの足取りで城に向かう。

 

もちろん、ドラキュラ伯爵がキスショットの気配を逃すはずは無かった。

 

あと少しで城の門に辿り着く距離。

それでいて城からは十分に離れている距離。

そこで三体の女吸血鬼がキスショットを待ち構えていた。

 

ドラキュラ伯爵の眷属、強大な力を持ったそれらが一斉にキスショットへ襲い掛かる。

 

地面にちょっとしたクレーターが出来るほどの踏み込みで高速接近した一匹目を、眼球を動かすだけで捉えたキスショットは裏拳ではじく。

衝撃は森をめくり上げ、遠くの広大な山肌を削り取った。

もちろん、もろに食らった女吸血鬼は肉の一片すら残らなかった。

 

音もなく目にもとまらぬ速さで背後から現れた二匹目が手刀の構えを取る。

しかし、その手刀をキスショットの心臓に突き刺すより早く、裏拳の勢いで身体ごと回転したキスショットの右足が、勢いそのまま振り下ろされた。

大地が震え、砕ける。

踏み抜いた右足は地面に深く突き刺さり、巨大なクレーターを残した。

もちろん、女吸血鬼は肉の一片すら残らなかった。

 

この時点で三匹目は撤退を始めていた。

一刻も早く己の主人に危険を知らせるために、全身を無数のコウモリに分裂させ、一目散に城に向かって飛んでいる。

キスショットはただ、それらを睨みつけた。

それだけで数百ほどもあったコウモリが一匹残らず弾け飛んだ。

 

この間、キスショットの歩みが止まることは無かった。

 

「カカッ、眷属如きでこの儂に挑もうなど千年早いわ、たわけが」

 

キスショットが城門前で止まる。

 

門を丁寧に押し開け、律儀に城の扉を三回叩いたキスショットは、待たされることに文句を言うことも無く、しばらくの間ジッと待った。

 

やがて、キスショットを迎え入れるように扉がひとりでに開いた。

 

中は不自然なほどの暗闇だった。

開いた扉から差し込む月光でさえ、闇の奥を見通せない。

 

だが、吸血鬼にとってはむしろ暗闇の方がよく見える。

 

背後で扉が閉まり、一筋の光も無い完全な暗闇の中、キスショットは少し離れたところで優雅に椅子に腰かける男の姿を見た。

 

男は長い黒髪に、赤く鍔が広い帽子を被り、赤いコートを身に包んでいた。

 

「ようこそ、私の根城へ。少し待ちくたびれたところだ、吸血鬼」

 

ドラキュラ伯爵。

死なずの君(ノー・ライフ・キング)

吸血鬼として自然発生したキスショットの師スーサイドマスターとは異なる、いわばもう一つの真祖。

 

貴族としては少し風変わりな出で立ちの男に、キスショットは言葉を返す。

 

「うぬは妙な恰好をしておるのう。由緒ある貴族と聞いて来たが、それではまるで雑技団の道化じゃな」

「なぁに、この服装は私が吸血鬼として振舞う時に着る本来の姿だ。貴族も大変でね。貴様のようなただの化物には分からんだろうが」

 

二人とも言葉を切って目の前の吸血鬼を観察する。

 

どこかで聞いたことのある声。

 

記憶の奥底で何かが引っ掛かっている。

 

キスショットが一歩一歩、男に近づく。

男も立ち上がり、ゆっくりとキスショットに歩み寄る。

 

お互いの身体が触れ合うほど近づき、お互いが相手の顔を鮮明に認め、記憶に引っ掛かっていた物の正体を探り当てる。

 

姿も気配も、かつてのものとは似ても似つかないが、お互いにその相手を見間違えることは無かった。

 

「……これはこれは、驚いた。いつぞやの私の領地に踏み入った小娘じゃないか」

「カカ、よもやこんな所で再会するとは思いもよらなんだぞ、ヴラド公」

 

ドラキュラ伯爵が眼前の吸血鬼を冷たく見下す。

キスショットが眼前の吸血鬼を不遜に見上げる。

 

「人間であるを諦め、吸血鬼に成り下がったか、汚らわしい犬め。かつての貴様の美貌も、今となってはまるで畜生みたいじゃないか?ええ?」

「うぬこそ随分と惨めじゃのう。神の国(イエルサレム)とやらにご執心じゃったか、ドラキュラ伯爵?何をこんな所で虫けらみたいにコソコソしておる。戦い(祈り)の果てに神は降りて来なかったのか?ん?」

 

二人の間に濃厚な殺気が漂い始める。

それは空気を伴って震動し、この城全体が小刻みに震え出すような気配すら感じさせた。

 

片や自らの人間時代を知り、それをドラキュラに思い起こさせる女。

片や自らの人間時代に顔を見ておきながらも自死せず、キスショットの懇願をにべもなく切り捨てた男。

 

キスショットの唇が否応なく弧を描く。

 

「言え。貴様は何をしに来た」

「キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと呼べ。略すことは許さぬぞ」

「黙れ。生憎と吸血鬼の名を覚える能力は持ち合わせていなくてな、小娘。夜は私の世界。私が絶対だ」

 

これ以上言葉は要らなかった。

 

二匹の吸血鬼が互いに殺気をぶつけ合ったのだ、既に闘争は始まっている。

 

一切の予備動作を排除して、ドラキュラがキスショットを蹴り飛ばす。

弾丸のように一直線に吹き飛んだキスショットは、遥か遠くに着弾し、地面で十数回撥ねてからようやく動きが止まる。

 

遠く離れているにもかかわらず、まるで瞬間移動のようにキスショットに追いついたドラキュラは地面に大の字になって横たわるキスショットを見下し、嘲笑する。

 

「おおかた力を持て余し、私を殺しに来たのだろうが残念だったな。人間ですらない貴様のような犬如きが、私に勝てると本気で思ったのか?」

 

しかし、嗤いながらドラキュラは強い違和感を覚える。

 

(待て、なんだこれは。コイツ、()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 

「殺す、雑魚が」

 

 

 

 

キスショットの身体がブレる。

 

消えたと認識した時にはもう、ドラキュラの脇腹にキスショットの腰の入った拳が突き刺さっていた。

 

一瞬遅れて、天変地異のような衝撃が辺りを襲う。

ドラキュラの身体が背後の山と共に消し飛んだ。

 

「まったく!レディに対して失礼じゃろうが。いきなり蹴り飛ばすなんてあり得んぞ」

 

元よりドラキュラに殺されるつもりで来ていたキスショットだが、その伯爵がまさかの元ヴラド公だったことで考えが変わった。

 

かつて自らを見捨てたこの男に殺されて納得するはずがない。

それに、あまりにも弱い。

何より、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとしてのプライドがそれを許さない。

 

期待外れだったことに落胆して、キスショットは帰るために踵を返す。

 

しかしここでキスショットは心底驚き、足を止めることになる。

 

完全に消し飛んだはずのドラキュラの声が、背後から響いてきたのだから。

 

「ほぅ、ただの犬ではないようだ。これは私の認識が甘かったと認めざるを得ない。場所を変えよう、小娘。私の城を傷つけたくは無いのでね」

 

キスショットの額に青筋が浮かぶ。

 

「そんなに死に急ぐか、伯爵。ならば、うぬに相応しい墓場へ連れて行ってやろうぞ」

 

キスショットは刹那の間にドラキュラに接近、身体を掴むと、抵抗する間もなく斜め上に向かって大ジャンプをする。

 

音速を遥かに超えて射出されたキスショットは、上空でくるりと一回転して体勢を整えると、ドラキュラを掴んだまま墜落した。

 

衝撃が吹き荒れる。

 

流星のような尾を引きながら大地に衝突したキスショットは隕石の如き勢いで下半身が粉々に砕けるも、瞬きする間もなく元通りに再生する。

 

一方で同じく落下の衝撃によって身体を破壊されたドラキュラは、元通りに再生するのに数秒の時間を要した。

 

しかし、キスショットはそれに気づかず、目もくれずにドラキュラを放り投げ、氷点下の空気を大きく吸い込んだ。

 

「ここが、儂の住んでいる大陸じゃ。広くて良い所じゃろう?前回の儂は、逃げるために此処へ飛んで来た。じゃが、今回は――」

 

ここは南極大陸。

 

氷に覆われた人類未踏の地。

 

「クハッ、確かにここならば憂いなく貴様を嬲り殺せる」

「――ほざけ雑魚が。儂がうぬを狩るのじゃ」

 

先に仕掛けたのはキスショット。

 

一直線に間合いを詰めると、ドラキュラの顔面めがけて拳を振るう。

 

臨戦状態のドラキュラは今度こそ、その動きを捉えた。

 

迫りくる拳を利用するように斜め後ろへ受け流す。

そのまま受け流した勢いを殺さずに、自らの力を上乗せた手刀でキスショットの心臓を刺し貫く。

しかしキスショットも止まることなく、心臓を刺されたまま左手でドラキュラの頭蓋を殴り飛ばした。

 

心臓を貫かれたキスショット。

首から上を失ったドラキュラ。

 

本来ならば、両者ともに致命傷だった。

 

だが、キスショットの胸にはもう、傷は一つも無く。

ドラキュラの頭も時が巻き戻るように再生される。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。面倒極まりないわい」

「そうか?簡単なことだ。貴様が死ぬまで殺せばいいのだから」

 

ドラキュラの抜き手がキスショットを捉える。

キスショットの拳がドラキュラを捉える。

 

再び、致命傷。

 

しかし両者ともに再生し、何事も無かったかのように戦いが続く。

 

無数に飛び交う拳の応酬。

 

肉が潰れる音がした。

頭蓋が砕け、腑臓が飛び、骨が千切れ、全てが再生(なお)る。

 

――キリが無い。

 

目にもとまらぬ速さで駆け回るキスショットをドラキュラは目の端で追う。

 

直後、背後から急接近した気配を捉えて振り向いたドラキュラが見たのは、飛んでくるキスショットの右腕。

 

「どこを見ておる!囮じゃ、たわけ!」

 

己の右腕を千切って投げ飛ばしたキスショットはその隙に振り向いたドラキュラの背後へ回っていた。

 

(打撃だけじゃ()()が明かん。ならば、打撃以外で()()を明けてやれば良い!)

 

キスショットがドラキュラを睨む。

 

キスショットに意識を戻し、迎撃しようとしていたドラキュラは、キスショットが攻撃を仕掛けて来ないのを不審に思い、僅かに戸惑う。

 

ならばこちらからとばかりに地面を蹴った瞬間、ドラキュラの身体が跡形も残さず破裂した。

 

キスショットの特殊能力の一つ、睨みつけた対象を粉々に破壊する能力。

 

いくら上位の吸血鬼と言えど、全身跡形もなく吹き飛べば()()()()()()()()()()

 

血を失うことは死を意味する。

 

そう自分基準で考えてしまったキスショットは直後に目を疑った。

 

まるで闇が集まるように、血で形作られるように、得体のしれない物体でその場が赤黒く盛り上がり、中から無傷のドラキュラが姿を現す。

 

違和感はあった。

最初にこやつを消し飛ばした時も、どこからともなく無傷で現れた。

こやつは、、、不死身の化物だとでも言うのか!!

 

「クハッ、クハハハハハハ!!知らないようだから教えておこう。私は自らの中に命を取り込むことが出来る。今まで喰った命はおよそ百万。簡単な計算だろう?吸血鬼。あと百万回繰り返せば、私を殺せるぞ!!」

 

ドラキュラが吼える。

 

それに呼応するようにドラキュラの身体が形を失い、闇に溶ける。

 

その闇から現れたのは百足(ムカデ)に魔犬。

 

そして無数の目。

目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目

 

無数の目玉がキスショットをしかと捉える。

 

「貴様を強敵と認定しよう、吸血鬼。少しばかり本腰を入れて遊んでやる。醜く足掻け!犬のようにな!」

 

途端、全方位からありとあらゆる攻撃がキスショットに襲い掛かる。

 

前方から複数の魔犬がキスショットに迫り、牙を突き立てようとする。

それらを一撃のもとに粉砕したキスショットは、脚に鈍い痛みを感じて下に目を向けると、地面を埋め尽くすほどの百足がキスショットの脚に噛みついている。

さらに闇で形成された刃が途切れることなく、次々に飛んでくる。

 

「気持ち悪いのう!先程から儂を犬呼ばわりしておるが、うぬの方こそ悍ましい犬じゃの!」

 

言葉とは裏腹にキスショットは心の中で舌打ちした。

 

(チッ!細かなものに対応が追い付かん。こやつ、手数を膨大に増やしよった)

 

キスショットは冷静に捌こうとするが、今までは無かった針の穴ほどの僅かな()が生まれる。

 

それを見逃すドラキュラではなかった。

 

意識の空白を突いてキスショットに肉薄する。

 

「ああ!そうだ!私も貴様も汚らわしい犬だ!化物だ!人間でいることに耐えられず、吸血鬼に成り下がった醜い化物だ!人間の血でしか生きられぬ醜い畜生だ!!」

 

ドラキュラの手刀がキスショットの肩を捉える。

 

「きさ、貴様ァ!うぬに吸血鬼としての誇りは無いのか!?吸血鬼の王としてのプライドは無いのか!!」

「あるわけないだろう!そんなモノ!」

 

(コイツの命綱は恐らく血だ)

 

ドラキュラは既に当たりをつけていた。

 

(コイツもまた、吸血鬼としての弱点を克服している。だがコイツの中からはたった一ツの命しか感じない。私と違って命を取り込まないのならば、吸血鬼にとって最も重要な意味を持つ『血』こそが不死の生命線!)

 

故にドラキュラは致命傷ではなく、血の流れやすい傷をできるだけ多くキスショットに与える戦法に切り替えた。

 

ドラキュラの考えは正しい。

 

だから、今からキスショットの腕を切り落として大量の血を流れさせようとしているのも正解だ。

 

しかし、ドラキュラはキスショットと同じ過ちを犯した。

 

キスショットの再生能力を自分基準で考えてしまった。

 

手刀によってキスショットの右腕が飛ぶ。

 

すかさず左腕も切り落とそうとドラキュラが振り下ろした手刀は、手首を掴まれ止められる。

 

キスショットの右手に掴まれて止められる。

 

ドラキュラの余裕が初めて崩れた。

 

(馬鹿ッ馬鹿な!今切り落とした腕だぞ!?)

 

「うぬは知らぬようだから教えておこう」

 

ドラキュラの手首を掴んだまま腕を捻り上げて、キスショットは嗤う。

 

「儂は太陽を克服出来てなどいない。儂にとって太陽は身を焼き尽くす天敵じゃ。それでも昼に問題なく活動できる理由はのう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からじゃ。そして今は夜。太陽は昇っておらんのう?」

 

キスショットはまるで小枝のようにドラキュラを滅茶苦茶に振り回すと、渾身の力で地面に叩きつける。

 

大地が砕けた巨大なクレーターの中心でキスショットは凄惨に嗤った。

 

「今は血が出るより早く傷が塞がるのじゃ。夜はうぬだけの世界では無いわ」

 

地面に力なく倒れ伏すドラキュラを見下ろして、心からの軽蔑を込めてキスショットが言葉を続ける。

 

「吸血鬼としての誇りもプライドも無いような畜生に、儂が負ける訳ないじゃろう。うぬのような汚らわしい犬に殺される人間が可哀想じゃのう。ええ?うぬのような醜い化物を殺さねばならないヴァンパイアハンターも哀れじゃ。人間共はうぬに命を差し出すのに、うぬは代わりに畜生以下のモノを人間に差し出すのか?自らを無価値だと思ううぬには、人間を殺す資格も殺される価値も無いわ」

「黙れぇ!!!」

 

ドラキュラが幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。

 

「貴様に何が分かる!敵を殺し、味方を殺し、守るべき民も、治めるべき国も何もかも、自分さえも滅ぼしつくし、人であることを捨てて化物に成り果て、命を際限なく取り込み続ける私の何が分かる!!」

 

ドラキュラの影がさらに広がる。

闇が空を覆いつくす。

満月の光を埋め尽くすように、夜空に無数の眼が開いていく。

 

「私は人間に討ち斃されなければならない!人間に!人間だけに!!」

 

ドラキュラが自らの身体から何かを取り出す。

 

鈍い音を伴って地面に立てられたそれは、棺。

 

十字架が刻まれた、一般的な黒い棺。

 

ただ一つ違うのは、その中央に大きな眼が開いていること。

 

「これは私の領土、私の領地。ここは私が生まれ、私が死ぬ場所」

 

――棺の中に()()()がある。

得体の知れない、悍ましい、恐ろしい()()()が。

 

感じたことが無いほどの強烈な『死』の気配を感じ、キスショットは思わず後ずさる。

 

「キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。私の全身全霊、全歴史を以って貴様を殺そう」

 

キスショットの額を冷や汗が流れ落ちる。

即座に、全力で棺を破壊しようとしたが、遅かった。

 

 

 

地獄が謳う(ヘルシング)

 

 

 

「私の中に在る百万の命を。その全てからなる『河』を」

 

 

 

棺の蓋が開いた。

 

 

 

月は変わらず二人を見下ろしている。

 

今、夜は最も深い。

 

 

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