「まずは騙す様な形になってしまった事をお詫びします。」
喫茶店で、マッチングアプリを使いやっとの事で会えることになった女の子を待っていると、黒いスーツを着た厳つい顔の中年男が俺に謝ってきた。
「ヤバい、美人局だ…」
と身構えたが、それにしては相手がやたらと低姿勢なのが変だ。
「いきなり頭下げられても、こちらには何のことだか分かりません。とりあえず、どうぞ、どうぞ。」
と席を薦める。
男は
「それでは失礼」
と勧められた席に座る。座るや否や、もう我慢ができないといった様子で、
「早速本題に入りたいのですが、マッチングアプリで貴方を拝見してから、是非ともお力をお貸しいただきたく、今日はこちらにお呼びだてしました」
男は言葉こそは丁寧だったが、有無を言わさない迫力があった為、色々聞きたいこともあったが、とりあえず話を聞くことにした。
「実は私は無類の女好きなのですが、この面相ではなかなか女性と親しくなる機会が無く、この度マッチングアプリというものを始めたのですが、いやこれがなかなか難しい。全然会えない。そもそも会うまでの会話が続かない。他の男性たちはいったいどんな風に女性を誘っているのかと気になり、勉強の為にと思い、今度は女性のフリをして登録したところ貴方に出会ったわけです。いやあ、感心しました。女性が自然と話したくなる様な話題のチョイス、相手の悩みを見抜いて的確かつ押し付けがましくないようそれと無く助け舟を出すテクニック、相手を待たせないスピード、つい笑ってしまう様なユーモア。どれも一級品です。私も何度か登録し直して、貴方とのやり取りを体験させていただきましたが、毎回思わず『会いましょう』ってところまで持っていってしまう。本当に感服いたしました」
男はそこまでを一気に一呼吸を置いて、店員さんがテーブルに置いた水を飲んだ。
先ほど聞き流すことの出来ない事を言っていたので、こちらから聞いて見ることにする。
「すいません。先ほど何度か登録し直して、私とやり取りをしたとおっしゃいましたが、もしかして最近アプリでやっと会えるってなっても毎回ドタキャンされたのって、あんたのせい?」
言っていただんだん腹が立ってきたので、最後の方は怒気が混じってしまう。
それを聞いて男は
「はい。自分のせいですね。申し訳ない」
と再度頭を下げる。
「近くの大学に通ってる美紗子ちゃんも?」
「はい、自分です。申し訳ない」
「化粧品会社の受付やってる麗美さんも?」
「自分です」
「保育士の佐奈江さんも?」
「はい、申し訳ない」
「高校教師の春奈さんもか!」
「もうし、…あ、それは自分ではないですね」
「それはガチでダメだったんだ…」
散々時間かけて口説いてたのが目の前のこのおっさんだったとは、と不毛に終わったあのやり取りの時間を嘆き、ついでにやっぱ女の子にも普通にドタキャンされたという事実も加わり、なんなら結局会えなかった女の子達、全員このおっさんだった方が良かったのでは?とか考えて、頭の中はぐちゃぐちゃしてオーバーヒート。完全にグロッキーな状態になってしまう。
男は申し訳ないと再度言った後、居住まいを正し、真剣な顔でこちらを見ながら、
「そこでお願いしたいのが、自分のフリをして代わりに女性とやり取りしていただいて、自分と女性と会う約束を取り付けて貰いたいです!」
ショックの為、上の空だったが、あまりに予想外のことにさらに呆然としていると、
「もちろんタダとは言いません。もし待ち合わせの場所に女の子が来てくれたら、一人当たり5万円の成功報酬をお出ししましょう!」
男は破格の条件を出してくる。
あきらかに普通じゃない。むしろ危険な香りがする。
念の為により詳しく聞いてみる。
「一人当たりと言うことは何人か呼び出しに成功すれば人数分報酬くれるってこと?」
「もちろん」
男は間髪入れずに答える。
「何人でも?」
「多ければ多いほど有難いです。」
ここまで聞いて流石に怖くなる。やはり怪し過ぎるだろ。
更に念押しをしようと、
「そんなに沢山の女性を呼んでどうするんですか」
おどけた口調で言ったつもりが、やはり声が震えてしまう。
「自分は無類の女好きなので」
男は口に人差し指を当てて、これ以上は聞かない方がいいぞと言わんばかりにキッパリとした口調で、それでいて女好きなおっさんの頼みと言う方にしておけと目で無言の圧力を掛けてくる。
すでに恐怖を感じながらも、これは美味しい話なのかもしれないぞと思い直す。
1人当たり5万円。
呼び出すだけならば、よりやり易くなる。
「よし!やりましょう!これもまあ人助けって事で」
人助け云々はもちろん言い訳だ。完全に金に目が眩んだ。
やると決まったら、アプリにプロフィールを登録する必要がある。
まずは登録する内容について確認する。
「じゃあ登録に必要なので、身長とか出身校だとか、年収などを教えて欲しいんですが。」
聞いて見ると、既に登録済みのスマホを用意してくれていた。
「基本このプロフィールの範囲でお願いしたいのですが、やり取りの過程で変更が必要なら貴方の判断で変えてもらって大丈夫です。こちらのスマホは自分のスマホとも連携してますので、変更箇所があってもリアルタイムでこっちで対応しますので。流石にそれは難しいって内容の場合は再度修正をお願いしますが、まあ、極力こっちもそれに合わせるので、ガンガン攻めちゃって下さい。」
と、プロフィールの登録内容すら委ねてくれるらしい。
用意されたプロフィールを見ると、
職業は医師(開業医)
年収2800万円
身長184㎝
などなど女性が放っておかないだろう内容だった。
年齢欄に29歳と書いてあるので、流石にこれは嘘でしょうという目で目の前の中年男性を見たが、男はこの内容で大丈夫ですと全く動じない。
これは完全に怪しい。
と思いつつも、これだけ豪華なプロフィールなら、いくらでも女の子呼べる!こんなに楽な仕事はないぞと頭の中で金勘定が始まっていた。
男はすっかりやる気になっている私の様子を見て、満足げな顔をした。そして、連絡用にラインが登録されているのを見せられ、
「女性と会う約束が出来ましたら、そちらに会う日時と場所を別途お知らせ下さい。流石に四六時中マッチングアプリをチェックしているわけではないので。あと、会う日時は12時間程度猶予を戴ければ必ずこちらで調整します。」
と言って喫茶店を出ていった。
色々おかしな点も怪しい事もあったけど、兎に角、やってみようとアプリで沢山の女性に声を掛けてみた。自分が付き合うわけではない為、普段ならマッチング条件で弾いていた女性にも構わず声を掛けた。プロフィールが盛り過ぎの為、逆に怪しまれて誰も引っかからないのではと懸念したが、思った以上に女性の反応は良かった。何日もしないうちに一度お会いしましょうという女性が現れた。
30代後半の事務員との事だ。
早速、例の男に待ち合わせの日時と場所を連絡し、その女性のプロフィールとその女性とのやり取りの一部始終を送る。
これでこちらの仕事は終わりだ。
しかし、ここで好奇心が止められなくなる。
本当にあの男は待ち合わせ場所に来るのか、その時、男は女性にどんな話をするんだろうと気になった。
待ち合わせの喫茶店へ約束の時間より30分以上前に入り、入り口から見えない場所であの男が現れるのを待った。
例の男は早めに来らだろうという予想を裏切り男も女もなかなか来ない。ついに待ち合わせの時間になり、マズいドタキャンか…と焦り始めたその時、女性が入ってくる。プロフィールでは30代後半となっていたが、どう見ても40代の小太りの女性だった。しかし、目印の帽子を被っているので間違いないだろう。
女性はキョロキョロとしていたが、店員に案内されて席に着く。
席に着いたのをまるで見計らったかの様に喫茶店のドアがカランコロンと開き、客が入ってくる。かなりのイケメンだ。あまりにも整った顔立ちに一瞬目を奪われるが、例の男では無かった為、すぐに興味を失う。でも目の端にチラッと赤いものが映る。よく見ると目印の赤いハンカチを胸のポケットに入れているのだ。偶然か?とも思ったが、こんな偶然がそうそうある訳無い。
などと考えている間にもイケメンは先ほどの女性の席へ真っ直ぐ歩いてゆき、女性に声を掛けている。イケメンは出会えた事を喜ぶ様に満面の笑みを浮かべた後、何か謝罪している。恐らく待ち合わせ時間に遅れたことへの詫びだろう。その間、女性はというと、あまりのイケメンっぷりにキョトンとしている。何を話すのか気になったので、聞き耳を立てるが距離が遠くてよく聞こえない。
しかし、イケメンが全身で女性への好意を示しながらグイグイ押しているのは見ていても分かった。女性も徐々にその気になっている様で最終的にはトロンとした目つきでイケメンを見つめていた。店を出る時も、イケメンの差し出した手を握り、2人仲良く手を繋いで出ていった。
そんな二人を離れた席から一人呆然としながら見送る。
いやいやおかし過ぎるだろ。あんなイケメンに突然言い寄られてなんでそんなにすぐ受け入れられるんだよ。と心の中で盛大にツッコミを入れていた。そう言えば、男なら突然美人に言い寄られたら、裏があるなと警戒するが、女性は自己評価が高いからそういう事もあるって思うらしいと聞いた事があったけど、この事かと変に納得して一先ず喫茶店を出た。
家に帰り考える。
何はともあれ、例の男の考えはだいたい読めた。
これはいわゆるロマンス詐欺というやつだ。
俺が会う所までを設定し、イケメンが完全に惚れさせ夢心地にした上で女性から金を引き出す。
そういう仕組みなんだろう。
悪事の片棒を担がされたという事なんだろうけど、罪悪感はあまり無かった。俺自身はこの仕組みを一切知らないことになってるし、やってる事はマッチングアプリの替え玉だけだから犯罪では無い。警察に問い詰められてもモテないおっさんの為に一肌脱いでやっただけだと言い逃れも出来る。
それに私怨もある。
今までマッチングして会ってきた女性達。
はじめて顔合わせした時のガッカリした顔を思い出す。
次にさっきの女性のデレデレした顔を思い出す。
イケメンってだけであれだけ反応が違うのかと今更ながらに腹が立ってきた。仕返ししてやりたい気持ちも湧いてきた。
そんな事を考えていると、例の男から、
「いやあお陰様で女性と会い、楽しい時間過ごせました!これからもじゃんじゃんお願いします。」
とお礼の電話がある。そして、翌日には報酬がちゃんと振り込まれていた。約束は守ってくれる様だ。
振り込まれた50,000円という通帳の数字を見ながら、俺なんかに50,000円払っても問題ないほど、さっきの女性はこれから金を引き出されるんだろう。同情する気持ちは全く無い。むしろ、
「いい気味だ」
と一人呟く。
そして次なる獲物を求めてマッチングアプリを起動させた。
20年以上に渡り、ロマンス詐欺を働き続け、被害者数数千人、被害総額数十億円。たった一人で日本の犯罪史に名を刻んだ通称「ロマンス詐欺の神様」。極刑の判決に減刑の嘆願が被害者から殺到し、判決を覆したという伝説すら持つ男を陰からサポートし続ける人生の始まりであった。