じょきん。
赤いハサミの音が響き渡る。
じょきん、じょきん。
重々しい音が響いている。
縁を切った。
何度も、何度も、何度も。
不幸にしてくれと願われた縁を。二度と顔を合わせたくないと願われた縁を。しね、しねと殺意を込められた縁を。
そして。
悪意が込められた縁を切るうちに、いつしか自分もそういったものに塗れていた。
もう、なんのために、何を切っているのかすら分からなくなった。
だから。
─────ジョキンッ。
最後に、この身体を切り落とした。
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じゃきんっ。
重い金属が擦り合わせられる音で、首が締まりくらくらしていた頭が一気に現実に戻される。
どちゃっ!と、割と高さがある場所から地面に落とされ、手と足と膝にじんじん痛みが走る。だんだん黒の縁取りが外れてきた視界に広がったのは、夕焼け空に照らされてオレンジ味を帯びた地面だった。
「…った…」
ゆっくりと、記憶が戻ってくる。
私は未だ朦朧とした頭の中で、どうしてこうなったのか思い出していた。
「…そう、だ。リード…」
動かなくなってしまったクロを抱えて、チャコと一緒に最後のお散歩をしてクロをお墓に埋めたあと。
ここで日記を書いて。
そのあと、頭の中に声が響いて。
それに従ったら。
リードを、木の枝にかけて。それを。私。
首にかけて。箱に乗って。蹴って。それで。
『もう…いやだ…』
…首を吊ろうとしたんだ。
今考えても、何でそんなことをしようとしたのは分からない。あれは私の意思じゃなかった。どうして?わからない…
…分からないまま、私は目線を少し上げる。
すると二つの足が見えた。
「…きみが、たすけてくれたの…?」
そういって、さらに目線を上げると。
「ひっ!!」
けして、恩人に向けるべきではない声をあげてしまった。
でもしょうがないと思う。「それ」はかろうじて頭の下は人の形を保っていたものの、手は力が抜けてだらりとし、首の上はまるでキャンプファイヤーの煙が固まったような、赤黒いもやもやとした姿をしていた。
そして、そこから手が生えている。何本も何本も生えている。体の方についている手とは比べ物にならないくらいの大きな手が、そのもやもやとした形を後ろから掴んでいる。
腕には大振りのハサミ…さっきの音の正体だろう…赤いタチバサミを持っている。
そうして、こちらを睨んでいる。目はないけど、明らかに敵意を持っているのが分かる。でもそれはこちらに向けられたものじゃない…私の、斜め上に向かっている…?
不思議に思って、そちらを振り返ると…
「ひっっ!!」
さっきのより数段大きい声を出してしまった。
それと同時に、ずざっと後ろにずり下がる。
でも、これもしょうがない。
『カワイソカウイワソウ、オイデ、オイデオイデオオオイデ』
そこにいたのは、明らかに大きい「もの」。
蜃気楼のようにゆらめくそれは宙に浮かび、半透明で実体はないのだろうがそれでもすごい圧だ。姿は蜘蛛のような、人間のような、わからないけど何か引っかかる…
…そうだ、クロを殺したのもこいつ。姿が薄ぼんやりしていたから気づくのに遅れた。それをわかった瞬間、電気ケトルみたいに私のうちから怒りが湧き上がる。けど、さっきから感じていた違和感の正体はそれじゃない…
「っあの声…!」
そうだ、さっき私に首を吊らせようとしたあの声!
この声と同じだ!!
「私に…わたしに、あんなことをさせようとしていたのは、あなた!?」
許せない。
恐怖と怒りがないまぜになって、心臓がめちゃくちゃになる…
なにが「かわいそう」だ。
あのまま私が首を吊っていれば、二度とハルとは会えなくなっているところだった。たしかにもうすぐハルは引っ越す。今まで通りに遊ぶことはできない。でも、生きていれば手紙だって出せたんだ。死んでしまったらそれも出来ない。きっと目の前のこいつは、そんな「ハルと離れたくない」という私の心の弱い部分につけ込んだ…クロだけじゃなく、ハルから私まで奪おうとした!
「ぜったいに、ゆるさないから!!」
自分よりも何倍も大きい相手に啖呵をきる。
すごく怖かった。だけど、それ以上に私は怒っていた。視界の端に、訳も分からず涙が浮かぶ。がたがたと全身が震えるのは恐怖からか、怒りからか?
…ふと、震える肩から赤い糸が伸びているのに気づく。
私の背中から。肩から。腕から。土で汚れた手のひらから。小石がめり込んだ膝から。首から。足から。
「…なに、これ」
ジャキンッッ!!
背後からそいつに睨みをきかせていたあの子がひらり私の前に躍り出て、赤いタチバサミを一閃。断ち切る前に、あいつの姿はゆらめいて消えてしまった。
…さっきまでの赤い糸はあいつと繋がっていた。なにあれ。どういうこと?
「…なんか…いやなかんじがする…」
あんな怖い存在との繋がり、正直すっごくいらない。今すぐ断ち切ってしまいたい。
「…いやだ…こわい…」
もう…
言いかけ、はっとする。
弱気になっちゃ、駄目だ。怖がりなハルをあいつから守るためにも、私はあいつに負けちゃ駄目だ…!
ぱしん!と膝を叩き、自分に喝を入れる。
「あの!たすけてくれて、ありがとうございました!」
きりりと前を向き、とりあえずさっきの人にお礼を言う。お礼は大事だと、学校で先生も言っていた。
いつのまにかその人…人と呼べるかは分からないが…の顔は普通に戻っている。背はハルと同じくらい。多分、男の子。ざんばらの黒髪に、包帯で目を覆っている。
たすき掛けにした赤いショルダーバッグに、左手に持った大きなハサミ…うん、やっぱり、あのハサミの音はこの人だ!
今でこそ普通の人に見えるけれど、さっきのあれは幻覚じゃない。きっとあれが本当の姿なのだろう…それでも助けてくれたことには変わりないので、一応悲鳴を上げてしまったことにもお詫びを言うべきか?
「…あの!」
言い終わる前に、その人は消えていた。
まるで風にかき消されたように、瞬きのうちに一瞬で。
…人間業じゃない、とても。
「悪い人じゃないと、いいんだけどなぁ…」
どう考えても悪霊としか思えないさっきの姿を思い出し、私はげんなりとする。いや、さっきは助けてくれた…本人にそう言う意図があったのかは分からないが…結果的にはそうなったのだ。きっと、いい人だと信じよう。
ハルの引っ越しまで、あと少ししかない。
あと少し、ある。
だから私は、この町でハルが作る最後の思い出を悪いものにしないように、あの子を守ってあげなくちゃならない。あと少し、ハルが引っ越したらきっとあいつらも手を出せない。
ハルが、ひっこし、たら。
私は…
…今は考えるのをやめよう。
今日はハルとの花火大会だ。もうすでに日は傾き始めている。早く、迎えにいってあげないと。
疲れて痛む足を無理矢理動かして、私はハルのもとへ走った。
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やれば出来るものなんだな。神格を切り落とす…今まで考えも付かなかったこと、側からみれば気狂いとでも言われそうなことを実行してみた感想だった。体は力を失い、浮遊霊のようになってしばらくあちらこちらを彷徨った。
感覚は以前より明瞭になったのか、少なくとも悪意に塗れて何もかも分からないまま、呼び声に応え目につく人の形をしたものを切っていたあの時よりかは意識がはっきりとしていた。
だが、前も後ろも分からない、見えるのは只々闇ばかりのこの場所ではそれはあまり意味を為さなかった。目が見えなくなっているのか、それともただ暗いからなのか、それすら分からない。
体が重い。移動することすらままならない。ずるずると実態のあやふやな体を引きずるようにして動く。
やっぱり、恐ろしい程に、弱い。
それでも、あのまま完全に自我を失い、無差別に人を襲う荒御魂になるよりはましだった。
やがて神社から少し外れた場所に行き着いたそれは、少しずつ、少しずつ、像を結んで。
そして、新たな形を得た。
地に足をつく。
細い腕が見える。
手をつき、立ち上がる。
「…」
木々の隙間から月を見上げる、その目は真っ赤な布に覆われて。
月光は小さなシルエットを映し出した。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。