特殊タグ全部つけた後に、データが吹っ飛んで心が折れかけた。
…ガシャアアアンッ!!!
いくつもの骨が、バラバラと音を立てて崩れ去ってゆく。
その目の前には、赤いハサミを片手にふわふわと浮くコトワリさま。
「…た、た、たおしたぁ…!」
ハルは、荒くなった息を整えて空を見上げた。
あの後、チャコとコトワリさまと一緒にユイと別れた場所まで戻ったのだが、そこにもうユイは居なかった。
コトワリさまとチャコの先導で、地下通路を通り、お化けをやり過ごしたりしながら(ゴミ袋を被っていると「ジャキン」という音が聞こえ、気づいたらお化けはいなくなっていた)、このダムの頂上までえっちらおっちら登ってきたのだ。
すると突然、遮るものの無いはずの頭上に影が差し、見上げてみればそこにあったのは超巨大なしゃれこうべ。
悲鳴を上げる間もなく、これまた巨大な骨の手が振り下ろされ、ハルは必死で逃げ惑った。
右へ左へ、周りを見る暇もなく一人で逃げ回った。
…そういえばチャコ!!コトワリさま!!と気づいた時には、チャコは端っこの方に避難し、コトワリさまはハルの頭上でハサミを構えて唸っていた。
ハルはこの時初めてコトワリさまの声を聞いた。なんだか獣のようだった。
するとがしゃどくろは恐れをなしたのか、バラバラと崩れ去って元のネズミの姿に戻ってしまい、冒頭に戻る。
「よかったぁ…!」
ハルは力なくへなへなと座り込む。もう足が限界だ。
…そういえば、あんな大きな相手から初めて一人で逃げ回ったな、とハルは思った。倒したのはハルの手柄ではないが、自分の力で生き残れた事は大きな喜びだ。
「えへへ…!」
ハルは思わず嬉しくなり、夜空に向かってピースサインをする。
すると宙に漂っていたコトワリさまが、チラとハルの方を向いた。
顔に“?”マークを浮かべながら、ハルの手の形を真似てみる。
…喜ばれた。何故だ。
そう言いたげな表情で、チャコに顔を舐められまくっているハルの元まで降りてきた。
よいしょとその手を取ってハルは立ち上がる。
積み上がったネズミの死体に、手を合わせてからそこを後にした。
「あれ?ここは?」
「…!」
案内されて着いたのは、寂れた神社だった。
ぱっと、コトワリさまは何かに弾かれたように走り出す。
「えっ、どうしたの?まって、まってって…!」
コトワリさまはそのまま境内を走り回り、時々キョロキョロと辺りを見まわした。
…もしかして、何かを探しているのだろうか。
ハルがそう思った次の瞬間、目の前に一匹のクモが降りてきた。
「…わひゃあっ!?」
ハルは思わず後ずさって尻もちをつく。
クモはまるで挑発するように、ハルの目の前をブラブラと左右に揺れた。それに合わせて、きらきらと赤色の糸が輝く。
「………!!」
こちらに気づいたコトワリさまが駆け寄ってくる。赤いクモの巣を見るやいなや、手に握りこぶしを作って歯を食いしばった。
…こんなコトワリさまは初めてだ。と、ハルは思う。
「…ガァアッ!!」
突然、さっきの獣のような声を出し、ハルの頭上の蜘蛛の巣をハサミで切りつけた。それにはハルもびっくりして、「ひゃーっ!?」と間抜けな声を上げた。
「グァゥゥウ"…!」
…悔しそうだ。とっても。
とりあえずコトワリさまをなだめすかして、なんとかハルはその場をおさめた。コトワリさまはしばらく唸り声を上げていたが、ハルがおたおたしていると矛を収めてくれた。
「…」
しかし、手は固く握ったままだ。
「…だいじょうぶ?」
「…」
「おこってるの…?」
「……」
俯いた顔を無理やり覗こうとする事を、ハルはしない。いつも悲しくて、自分の力不足が情けなくてそうするハルに、ユイはそうしなかったからだ。
「…いこう」
「ユイをさがしに、いこう!」
ハルが力強くそう言うと、コトワリさまはゆっくりと面を上げた。
その顔はもう、相変わらずの無表情に戻っていた。
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「…う…」
ユイは、暗い場所で目を覚ました。
足が地面についている感覚が、無い。
頭がぼんやりする…ここはどこだろうと、辺りを見回す気力すら起きない。ただ、じめっとした、洞窟みたいな空気が漂っている…
残った力を振り絞って、体を動かしてみる。ぎしり、と音がした。それでユイは、どうやら自分の体は何かで括り付けられているらしいということが分かった。
側で何かが這い回っている気配がする。たくさんの小さいものに紛れて、一際大きいものがいる。
…わかった、とユイはぼんやり思った。
わたしは生き餌だ。
ハルをここまでつれてくるための、エサなんだ…
遠い地面を見ながら、ユイはゆっくりと理解する。
(…ハル…)
(…こわいよ、さみしいよ…)
(たすけて、ハル…)
ハルはここに来るべきではないと、頭では分かっているのに、ユイはそんな事を考えてしまう。
いや、考えない方がおかしいのだ。
体が弱れば、心も弱る。まして小学生なら当然だった。
親友に危険な目にあって欲しくない。
一人になりたくない。安心できるその手を握りたい。助けに来て欲しい。
拮抗した思いを抱えて、ぶら下げられたユイは再び目を閉じた。
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「はぁ…ぜぇ…はぁ…」
ハルはふらふらと山道を登っていた。
トコトコと数歩先を行くのはチャコとコトワリさまだ。
正直、ハルはあまり体力のあるほうでは無い。お化けに追っかけられている時なんかは火事場の馬鹿力というやつでなんとかなっているが、そもそもの話、もう体力が尽きそうだった。
「ちょ…ちょっと…まって…」
そこらへんの木に手をつき、体重を預けるハル。
後ろからついてきていた足音が止んだことに気づいた二人(人…?)はぴたりと止まって振り返った。
「はぁあ…」
そのままハルはずるずると座り込み、ぼーっと目の前のアスファルトの道路を眺める。
…そういえばここ、今日ユイと花火を見に行ったところへ続く道だ、とハルは気づいた。今日の夕方のことなのに、もう随分昔のことのように感じる。
そういえば、花火大会の前日に、ユイに引っ越しのことを打ち明けたのもこの道路だった。疲れに身を任せていると、考えないようにしていた事も思い出されてしまう。
そのまま疲労に任せて、どんどんハルの記憶は遡っていった。
そうだ、ここでユイと別れて。
そのあと…
『もう…いやだ…』
引っ越しのこと。
ユイと、お別れしなきゃならないこと。
もう、全部嫌になってしまって、それで…
…ジャリッ。
…ふいに月光が遮られる。
気づけば目の前に物言わぬ影が立っていた。
なかなか動かないハルを心配しているのかは分からないが、様子を見に来てくれたようだ。赤い包帯に覆われた顔をこちらに向けて、さらさらと、夜風にざんばらの黒髪が揺れている。
そのとたん、ハルの記憶は鮮やかに蘇った。
そうだ、あの日もこんなふうに、ハルがつぶやいた途端目の前に現れたんだ。
『…』
『…わあっ!?』
ハルはいつのまにか目の前に立っていたそれにびっくりして、少しだけ声を上げてしまった。それはハルと同じくらいの背丈の小さな影で、真っ赤な夕日を背に、真っ黒な顔をしてアスファルトに長い影を落としていたのをよく覚えている。
『…』
『…?』
『…えっと、どうしたの?』
ハルは、クラスでも見ない顔だな、目どうしちゃったんだろう、ケガしちゃったのかな…なんて考えながら言葉を絞り出した。
そんなハルの前で、真っ赤なウエストポーチの少年は不可思議そうに首を傾げた。今思えば、ハルの脅威となるものを探していたのだろう。それが見当たらなかったので、何も出来ずただぼーっと立っていた。
『…あの、じゃあわたし、おうちにかえらないと…』
ハルはなんだか気まずくなって、そのまま走って家に帰った。
「あなただったんだ…」
ああ、今となっては本当に懐かしい。感慨深い顔でハルは目の前の影を見上げる。まさかあの時、ハルの目の前にいたのはお化けで、それと一緒に夜を廻ることになろうとは。
「どうしてわすれちゃってたんだろう…」
言いつつ、ハルは気づく。
…そうだ、初めて会った時に思い出すはずだ。
会ったといったって昨日のことだし、そもそもこの赤い包帯が巻かれた頭を、そう簡単に忘れられるはずがない。
それなのに、ハルは今の今まで完全に忘れていた。
何か変だ。何かおかしい。
昨日、何があった?
(あのあとわたしは…うちにかえって…)
帰って。
そのあとは?
「…あ…」
玄関のドアを開けた。
そこまでは覚えている。
その後が、頭の中に濃いもやがかかったようにさっぱり思い出せない。
玄関で眠ってしまったのだろうか?
違う。
何かもっと、重大な事が起こった気がする。
『ハル…』
ああそうだ、わたしは。
『ごめんね、ハル…』
ユイを守れなかったんだった。