廃墟編後編。
特殊タグって難しいな…
…ギイィ、とドアが開く。ハルは中へ懐中電灯を照らした。至って普通の寝室だ。古ぼけた時計、黄ばんだベッド。窓際の机。
「…ユイ?いないの?」
返事はない。
ここにはいないかな、と、ドアを閉じかけた、その時。
バンッ!
ハルの背後からラップ音。思わず「ぴゃっ!」と飛び上がり、ハルは後ずさる。音のした方から、つまり、ハルの後ろから…部屋の中へと。
「…あ」
しまった、と思った時にはもう遅く、外開きの扉はハルが触れていないのにも関わらず勢いよく閉まった。
慌ててドアに駆け寄り、ノブにとりついてガチャガチャやってみるも鍵が閉まって開かない。
「うそ…うそ…なんで…」
思っている合間に、今度はバンッと電気が落ちた。
「ひいっ!」
ハルはびっくりして懐中電灯を取り落とし、その際にそれも消えてしまったらしい。部屋は完全なる暗闇になった。
「ゆっ、ユイ!」
ハルはいつもの癖で親友の名を口走った。今その親友を探している最中であることも半分忘れて、いつもの勇気づけられる、心強い体温を探してハルの手は空中を彷徨う。
「…ふぎゃっ!」
パニックになってハルは駆け出す。真っ暗闇の中でそんな事をすればどうなるか、もうお分かりだろう。ハルは何かを踏んづけてすっ転んだ。運悪くその先は壁であり、強かに頭を打ちつけた。文字通りの踏んだり蹴ったりである。
「いたた…」
起きあがろうとしたところで、ハルは違和感を覚える。
…この部屋、こんな近くに壁あったっけ。
しばらくの後、空間は姿を変えた。
ぱっと電気が戻った時には…そこは、脱衣所になっていた。
「なんなの…」
…とりあえず、懐中電灯を拾う。
それを左右に振れば、先ほどの自分と同じく地面に横たわっている影を見つけた。…もしかして、さっき踏んづけたのって。
「…!」
「わーっ、ごめんっ、ごめんって!」
コトワリさまは、起きるなりハルに猛抗議をかましてきた。夜闇に紛れ、踏んだり蹴ったりだったのはもう一人いたようだ。どこかぐんにゃりしてて、人の肌っぽいな…とは思っていた。
甘んじて抗議(ぺちぺち)を受けながらドアを開けると…扉の前の血溜まりが、ない。
「あれ…?」
おかしい。
さっきまで、ここにあったはずなのに。
「…」
そんな事を考えていると、後ろからくいくいと袖を引かれる。
「どうしたの?」
コトワリさまがすっと差し出してきたのは一枚の紙。どうやらさっきのバスルームに置かれていたもののようだ。
それを見た途端、ハルは思わずひゅっ!と息を呑んだ。
…青い四角に横たわる黒い影。棒人形のような姿をしたそれは頭と思しき場所に赤い丸が3つある。何本も引かれた短い水色の線はシャワーだろう…ドラマでしか見たことがないようなこれは、どう見ても殺人現場。
「………」
ハルは言葉を失った。
思わず心細くなって、涙目になりつつそばにあった腕をそっと掴む。ユイのものとは違い、体温が低い。まるで空気をそのまま固めたよう。
それでも、ちょっとだけハルは落ち着いた。せめて一人じゃなくて良かったと思えた。
…コトワリさまは、ちょっとだけ迷惑そうな顔をしていた。空気読んで、お願い。
その後もハルは探索を続ける。
たいていの部屋は鍵がかかっていた。そういうところは、ノックと声かけだけに留めるしかない。
「…なんで、カギがあいてるの…」
涙目になりながらハルは呟く。
そこは、先程まで鍵がかかっていたはずの部屋だった。しかし、変化はそれだけではない。ドアの前に出来た血溜まり…さっきまではなかったものだった。
これで鍵が閉まっていれば、遠ざかる理由も出来たものだが、ユイを探す為には開けなければならない。
「…ユイ、ユイ、いる…?」
そっとドアを押し開ける。
こつ、こつん、と足を踏み出す。
瞬間、バァン!という音とともにまた屋敷が暗くなった。
「いやぁ!」
二度目だというのにも関わらず、ハルは叫び声をあげてしまう。
即座に目の前に差し出された手で静止される。振り向くと、しーっ、と口の前で一本指を立てる見慣れたざんばらの黒髪が見えた。
…耳を澄ますと、何かの足音がする。
どくん、どくんと心臓の音が高まる。今までに何回もあったことだ…お化けが近づいてきている。懐中電灯を振っても、その姿は見えない。ならば隠れるしかない。確か、隠れられそうな場所があったはず。そろりそろりと足音を殺し、手探りでクロゼットを探す。
…かたん。
手が覚えのある突起に触れた。それを掴み、引いて、ハルはクロゼットを開けた。するりと体を滑り込ませて息を殺す。
…とくん、とくん、とくん
しばらくすると気配は消えた。
「ぷはぁあ…」
ずるりとほうほうの体でハルはクロゼットから這い出した。
…本当に、今夜はこんなことばかりで嫌になる。ユイを探す為でなければ今すぐ帰りたい。だけど、こんな夜にひとりぼっちの親友を思えば、やっぱり頑張らなきゃという気持ちが湧いてくる。
ハルはようやく立ち上がった。電気はなかなか点かず、危ないのでじっとしていた方が良いのではないかとも思ったが、ハルは急がなければならない。ユイを、今もどこかで一人蹲っているユイを探さなければならないのだ。
…ここは書斎のようだ。懐中電灯のわずかな光が、古ぼけた本の背表紙に触れている。
ふいに、チカリと何かが輝いた。小さなアンティークの鍵だ。
ハルはそれを手に取って、この部屋から出た。
ドシュッ!
「…わひゃあ!」
ぐい、と襟を引っ張られれば、先程ハルがいたあたりからジャキンと鋭いトゲが生える。
バリィイイン!!
「ひええっ!」
またぐい、と手を引かれれば、今度は天井から壺が落ちる。
バキャアアッ!!
「うひゃあ!」
ばきり、と床板を踏み抜く。今度は周りも一緒に腐っていたようで、ハル一人がすっぽり入るくらいの大穴ができてしまった。
コトワリさまに引っ張り出されて、救助。
ゴロゴロゴロッガンッ!!
「ひょええ!」
階段を上がろうとすると、上からタル。
ぎゃあぎゃあ言いながら、なんとか避ける。
「うひゃあ!ひぇえ!ひょわぁああ!!」
その後も、タンスが倒れる。柱が倒れる。天井から蜘蛛。ネズミ。梁が落ちる。刃物が落ちる。シャンデリアが、本が、壺が、その他もろもろが落ちる。テーブルが追いかけてくる。イスが以下同文。
部屋を出た先は長い廊下だった。もう部屋は全て探索し尽くしたので、後に残るのはこの長い廊下の先の大きな扉だけであった。
だけど、そこに近づこうとする度にこの家は明確な意思を持ってハル達を拒む。その度にハルは悲鳴を上げる。コトワリさまはハルのどこかしらを引っ掴み、少々雑に危険から遠ざけた。どうしても危ない時は鋏を振るい、脅威となるものを排除する。
これだけどったんばったん大騒ぎして、そこら辺のお化けに目をつけられなかったのは奇跡と言えるだろう。
…長い長い廊下をやっとの思いで通り抜け、屋敷の一番奥へと辿り着いた時には、二人ともすっかり息が上がっていた。
「あ、あとはここだけ、だよね?」
廊下の突き当たりの大きな扉の前で、ハルは荒い息を整える。
…扉の目の前には、不吉な赤い模様。
ここに来るまでに何度も見たものだ。
「…ここまできちゃったんだから…みてったほうがいいよね」
黒く、暗く、深いシミになってしまったそれが、どうか親友のものではないことを願って。
「ユイ、ユイ。いるならへんじして」
2回ノックの後も、返事はない。
それでもハルは扉を開けた。最後に残った砂粒ほどの期待を、希望を…潰すために。
ギイィ。
そこにあったのは、かつての温度。
べっこう飴のような色をしたテーブル。蜘蛛の巣が張ったシャンデリア。踏み心地が良さそうな絨毯には、今は埃が積もっている。冷え切った暖炉の上にある燭台の炎が、この部屋全体を暖かなオレンジ色に彩っていた。
「…いな、い…」
やっぱりか。そう思って、帰ろうとしたその時。
…ギィイイ…バタン!!
これまたやっぱりかと言わんばかりに、重い扉は閉じられた。
ざわりと、部屋の空気が変わる。
『ガタガタガタッ!!』
テーブルが、椅子が、シャンデリアが。
壁が、床が、天井が、柱が。
文字通り部屋が意思を持ち、また敵意を持ってこちらを襲ってきた。
…胃袋の中。
ビュンビュンとこちらへ向かってくるそれから逃げ続ける。多勢に無勢だ。囲まれていると意識すると、ハルはどうしても怖くなった。
「っ…!」
体育の時間を思い出す。
逆上がり。二重跳び。でんぐり返し。
周りはみんな出来ているのに、ハルだけいつもできなかった。
そういう時はいつも、みんなの目が居た堪れなくて見れなかった。どうしてできないの?と言われているような気がした。出来た子から片付けを始めるから、ハルは最後にポツンと一人ぼっちにされた。ハルは、体育の時間が嫌いだった。
ハルはどんくさい。
ハルは不器用だ。
(だいじょうぶ。わたしがハルのぶんまで、がんばってはしるから)
運動会の日、そう言ってくれたのもユイだった。
青空を背中に、赤いハチマキが揺れているのはかっこよかった。
結局、ユイはリレーでハルからバトンを受け取り、最下位から一気に巻き返して一番を取ってハルとの約束を守ってくれた。ハルは?
ユイとずっといっしょにいる。
その約束を、守れないままで、いいのだろうか。
「わ────────っっ!!」
ハルは突然叫びだし、家具達の注意を集めた。
「えい─────────っっっ!!!」
そしてポケットから小石を取り出し、当てずっぽうに投げ始めた。
絵画に当たる。テーブルに当たる。暖炉の上の壁に当たる。
(ユイは、ユイは、ユイはっ!いつもこんなわたしとなかよくしてくれた!なんかいだってたすけてくれた!わたしも、よわむしのまんまじゃだめだ!いままでたすけてもらってたぶん、こんどはわたしががんばるんだ!)
ハルは石をめちゃくちゃに投げまくる。あちらこちらからカツンコツンという音が響く。
そのうちのひとつが、跳ね返って。
グラリ。
燭台が、倒れた。
「あ…っ!」
地面に落ちる間際、最後の抵抗と言わんばかりに燭台は火の玉を飛ばしてくる。ハルは、スローモーションのようになった世界でそれを見ていた。
ボッ。
ハルはそれを、間一髪で避けた。
うしろ髪がちりちりと焦げる。普段のハルからは考えられない反応速度だった。
その渾身の力が込められた火の玉は…ハルの背後にある、太い柱へぶち当たった。
ゴオオオオオオオッ!!!
そいつは勢いよく燃え始めた。一瞬、黒いシルエットの中にたくさんの目玉が見えた気がしたが、落ちた燭台のほうが絨毯に積もったホコリへ引火して、それどころではなくなってしまった。あっという間に部屋は火の海になってしまうだろう。もしかすると、ハルも炎と木材の下敷きになって死んでしまうかもしれない。
「………!」
そうなる前に、コトワリはハルを小脇に抱えてジャンプした。ガラスが嵌った緑の窓枠に、開ける手間も惜しいと言わんばかりにばきりと一太刀入れてそのまま飛んだ。映画でしか見ない光景だ。
びゅううううっ!と火照った体に容赦なく夜の空気が当たって…ハルは衝撃に備えて目を瞑った。
…がくん!
幸いにして、空中で体は止まった。何が何だか分からないまま、ハルは地面に降ろされた。草のにおい。土の感触。さっき屋敷に入ったはずなのに、もう随分と懐かしい。
ハルは肺に詰まったカビ臭い空気を入れ替えるように深く息を吐く。
…そして、振り返ると。
「うわあ…」
…ひび割れた窓ガラスの中から、火柱が立っているのが見えた。ぱちぱちと、無数の火の粉が天を目指しているのが見えた。
だが、火の手が回るより、建物の寿命が先だったようだ。廃屋からは、燃える音ではない明らかにおかしな音がし始めた。
ミシ…ミシミシ…バキベキバキィッ!
ガラガラガラッ!
ズドォオオオン!!!!
…もうもうと土煙が立ち込めて、見上げるほどあった建物は、一瞬にして後ろの雑木林が見渡せるようになってしまった。
お化けも、火も、何もかもが瓦礫の下に埋まってしまった。
ハルは今なら心の底から言えるだろう。ここにユイはいないと。
「…あは」
立て続けにとんでもないことが起こると、人は、笑うことしかできなくなるんだなあ。
ハルはいらぬ学びを得て、ただ瓦礫の山を眺めていた。
この話の1番の被害者は、多分コトワリさま。(踏まれる、石投げられる、多分大声でびっくりしてる)
次点でチャコ。出番大幅に削っちゃってごめん。
忠犬チャコ公は次回で登場させます。