疲れていたから
特殊タグはなしだ。
ユイは、また知らない場所で目を覚ました。
今度は土の匂いがした。リンリンと鈴虫の鳴く声も聞こえて、外だ、と少しだけ安心した。
ハルは、あの手紙を読んでくれただろうか?私を探して、あの危険な屋敷に足を踏み入れてしまってはいないだろうか?そんなことを考えながら、ユイは身を起こす。
…辺りを見渡せば、そこには一面のゴミの山。
「ここは…」
林のゴミ置き場だ。
ゴミ置き場、というわけではないのだが、不法投棄する人が後を絶たず、またゴミがゴミを呼んでもう収集のつかないことになってしまっているため、そう呼ばれている。ここはユイの見覚えのある場所なので、良かったと思う。
「そうとわかれば、っと!」
早く、怖がりな親友を迎えに行かないと。
ユイは軽快に走り出した。
『ギャオオオオオオオッ!!!』
しかし、その軽快な歩みは、ものの数メートルで止められた。
「うそ…こいつ…!」
狭い通路にお化けが陣取っていて、ユイはうっかり近づきすぎた。
白い体に、ボウリングの球みたいな頭をしたお化けだ。運の悪いことに、今のユイには手持ちがない。そこら辺の小石を拾えないだろうか…それか、隠れられる場所はないだろうか。
じりじりと後退しながら周囲に目を動かす。走るならあそこまで…あそこの冷蔵庫までだ!
覚悟を決めて、お化けに背中を向けようとしたその瞬間。
「─アンッ!アンアンッ!!」
お化けの背後から、けたたましい鳴き声が聞こえてきた。途端にボウリングお化けの影は薄くなり、空気に溶けて消えてしまう。
その向こうにふわふわの、小さな茶色い影が見えた。
「…チャコ!?」
────────────────────
ふらふらと、足取り怪しく倒壊した建物から離れる。
…そしてハルは、やっぱりあの屋敷はお化け屋敷だと確信した。お化けが沢山住み着いている屋敷、という意味ではない。文字通り、“お化け”の“屋敷”だったのだ。
チラリと背後を振り返る…背の高い木々の隙間に、あの赤い屋根が見えた。
ハルは背中がぞくっとして、見なかったことにして歩みを進めた。
「…どうしたの?」
ふと、コトワリさまからぱさりと何かを渡される。あの青いラクガキと同じタッチで描かれたスケッチだ…ハルが燃やしてしまったあの柱に似た、目玉の沢山ついたお化けの絵と、黒い人影が写った絵が2枚。あいつは絵の中でもやっぱり燃やされていた。
それと、もうひとつ…黒皮の手帳だ。
「息子と娘が……でしまった
やはり……のうわさは本当…
あれと目を…合わせては…」
ハルには読めない漢字がいっぱい含まれていたが、なんとなく内容は分かった。
過去にもあのお家に住んでいる人はいて、あの柱のお化けはそれよりもっと昔に住んでいた…
もしかすると、屋敷の中で出会ったお化けの中に、無念を残して死んでいったかつての屋敷の住人もいたのかもしれない。ハルはそっと心の中で手を合わせた。
…早くユイを探さなきゃ。
手書きの地図へ目を向ける。学校で配られた12色と3色のペンで可愛らしくデコレーションされていて、我ながら大作だと思う。
今埋まっていないのは、用水路を挟んで西側のエリア。
ユイは、そこにいるのかもしれない。
ハルはなんとなくそう思った。
「…いこう」
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「─アンッアンッ!!」
「…チャコ!?」
チャコ。ユイが飼っていた、二匹の犬のうちの一匹だ。
ふわふわの毛とクリクリの目、白いお腹が可愛い茶色のポメラニアン。ちょっと臆病で、親友のハルを紹介した時も怖がって逃げてしまった。
そんなチャコが、わたしのことを探しに来てくれた。お化けのことも、吠えて追っ払ってくれた。
「チャコ、チャコ…!よしよし、怖かったね…!わたしのこと、探しててくれたんだね…!」
ユイはうっすらと目に涙を浮かべて、愛おしそうに子犬を胸に抱く。ふわふわの手触りが、耳元で聞こえる息遣いが、ユイの心を満たしていく。
「…よかった…」
実を言うと、少しだけ心細かったのだ。
大切な仲間に出会えて、ユイは心の底から安堵していた。耳元でクゥンとチャコが鳴く。
「チャコ…」
ユイはそのまま、しばらくチャコの感触を堪能していた。
「…おねがいがあるの。」
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カァン、カァン、カァン!!!
けたたましいベルの音と、ガタタタタタン!!という車輪の音で、ハルの意識は現実へ戻される。
気づけば目の前には踏切があった。ハルはこんなに夜遅くまで起きて、こんなに長いこと彷徨い歩いたことは無かった。きっともう、気づかないうちに限界が来ていたのだろう。
頼もしい同行人がいるとはいえ、こんな状態でお化けに出くわさなくて良かった。
そんなことを考えながらしばらくぼけっとしていて、ハルは気づいた。
ここ、踏切なんて、ない。
そもそも電車が走っているような時間ではない。ハルはぼんやりした目で去った電車を追い続けた。
やがて、何かに誘われるようにレールの上を歩き出す。
元々、行く当ても無かったのだ。しらみつぶしに探すなら、目印があったほうが何かと都合が良い。
ハルは電車を追いかけて歩き始めた。
線路に沿って進んでいくと、だんだんと周りの景色が変わり始めた。田んぼと用水路から、背の高い草や木々、それから、林立するゴミ。
…まるで、ゴミの墓場だ。こんな不気味な場所にユイはいるのだろうか。
「うぇえ…こわいよぉ…」
チラチラと懐中電灯で周りを照らす。かさりと、視界の端で何かが動いた気がしてハルはビクッと肩を震わせる。しばらく繰り返して、やがて精神を擦り減らすだけだと気づいたハルは懐中電灯のスイッチを切った。足元のレールの感覚だけに集中し、無心で足を動かす。
木の葉が擦れる音が、茂みで何かが動く音がするたびに、それがユイではないかとハルは淡い期待を抱いた。
「ユイー?ユイー?」
だが、声を張り上げてみても、帰ってくるのは虫の声だけ。その度にハルはがっかりして、また歩みを進めるのだ。
探せど探せど、ユイは見つからず。
何度も「もういやだ」と弱音を吐きながら、ハルは暗い道を歩いた。
「…くらいね。」
ふと、ハルは後ろの人物がちゃんとついてきているのかどうか、心配になった。
くるりと後ろを向き、懐中電灯を向ける…
「…?」
いた。
まばゆい光に照らされて、少し眩しそうな素振りをとっている。
…そういえば、目を包帯で塞いでしまっているのに、どうして見えているのだろう。不思議だ。
この暗闇の中ではぐれてしまってはいけない。すっと片手を差し出したが、コトワリさまはこてんと首を傾げるだけ。前にもこんなことがあったなと、図書館を出た時の出来事が頭に蘇ってハルはくすりと笑った。同じ夜のことなのに、もう随分昔のような気がした。
「あのね、はぐれちゃうといけないから、手をつなぎたいの。こうするんだよ」
そっと手に触れる。
人間離れした真っ白い手は、冷たくもなければ温くもなかった。まるで空気に触れているような、不思議な感覚だった。
「ユイともよくやってたんだ。こうやってにぎると、いやなこととか、こわいこととか、ぜんぶとおくにいっちゃうんだ。」
ユイ。
ハルが手を握りたいとねだれば、すぐに手を差し出して、ハルが落ち着くまで力強くにぎって離さなかった、あの手。
運動会でも、学芸会でも、入学式でも、遠足でも。ハルが不安なとき、いつでも導いてくれた安心する手。
「ユイは…」
ユイ。
ハルとお揃いで、色違いのリボン。太陽みたいな赤がよく似合っていた。
元気なポニーテールに茶色の髪。よく日にやけた肌。ハルとは違って運動神経が良く、勇気もあって、同い年のはずなのにいつでも頼れるおねえさんみたいだったユイ。
だけど本当は、きっと甘えたかった。
ハルとおんなじように、怖いとか、辛いとか、そう思うこともあったはずだ。
そのことを思うたび、ハルは甘ったれな自分を恥じた。この夜、いかに自分がユイに頼りきりだったかを思い知らされた。
ユイ、ユイ、ユイ。
かっこいいユイ。
頼れるユイ。
やさしいユイ。
大好きなユイ。
どうして、今夜に限って、あの手を離してしまったのだろう。
はなれたくないよ。
もうちょっとでおわかれなんて、しんじたくないよ。
ずっとずっと、いっしょにいたかった。
「ユイっ、ユイぃ…あいたいよぉ…」
ユイの手とはかけ離れた、白いお化けの手を握って、ハルは泣いた。
星空は涙の奥で滲んで歪み、両目から止めどなく涙は溢れ、頬を伝って白いブラウスに吸い込まれた。
「うっ…ぐずっ、うえっ…うぇえええん…」
我慢していた涙が、一気に溢れ出した。
引っ越したくないという思い。
ユイと離れ離れになりたくないという思い。
ユイのためなら、ハルは暗い夜だってお化けだってへっちゃらだ。なのに。
「なんっ、で、いないのぉ…!」
見つからない。
どうしても見つからない。
このまま、サヨナラが言えないまま、ユイと二度と会えなかったらどうしよう。その不安が、強くハルの心を押しつぶす。
泣き虫ハル。早くユイを探さなきゃいけないんだよ。泣いてるヒマなんてないんだよ。自分を叱りつけても、一向に涙はおさまらない。
そのままわんわんと、しばらくハルは泣いていた。
────────────────────
「…おねがいがあるの。」
ふいに、ユイはチャコをその胸から離した。そのままチャコに向き合って、目と目を合わせて話す。
「ハルを見つけてきて、わたしはここにいるって伝えてほしいの。それでね、ハルに何かあったら、まもってほしい」
チャコはユイの目を見つめて、クゥンと鳴く。
ユイはどうするの?と言いたげだ。
「…わたしは、ひとりでもだいじょうぶ。」
チャコは悲しそうに目を伏せて、またクゥンと鳴いた。
そのまま、ユイのそばを離れようとしない。
「…おねがい。」
冷たい、夜の風が吹き抜けるゴミの山で、一人と一匹は見つめ合う。
キュウン…と絞り出すようにチャコは鳴いた。
そのままゆっくりとこちらに背を向けて、何回も振り返りながら去っていく。
ユイは、スカートが汚れるのも気にせずその場に蹲った。
疲労という名の根が体じゅうに張って、ユイはしばらく立ち上がれそうもなかった。
ただ、脚の間の何も無い空間を見つめることしか出来なかった。
「…ハル…」
うわごとのように、ユイはつぶやいた。
今、どうしているだろうか。
怖い目に遭っていないだろうか。
危ないことに巻き込まれてはいないだろうか。いや、むしろ巻き込んでしまっているのは自分か。
(…ひっこしたあと、ひとりでやっていけるかな)
おっちょこちょいなハルのことだ。クラスに馴染めなくって、いじめられでもしたらどうしよう。
いや、案外私が居なくても、ハルは新しい土地で、すぐに新しい友達を作ってしまうかもしれない。
なんでだろう、それはとても良いことのはずなのに、ユイは素直に喜べない。
むしろ、一人になって耐えられないのはユイのほうだ。
(…おとうさん)
優しかったお父さん。
頭が良く、難しい言葉が書き連ねられた手帳をいつも持ち歩いて、どこかの大学にレポートも出しているようだった。そんな父親は、ユイの自慢だった。
(おかあさん…)
優しかったお母さん。
いつもユイとお父さんの為に、暖かい料理を作ってくれていた。
…最後に会話したのはいつだっけ。頭の包帯を撫でて、ユイは思った。
(クロ…)
勇敢だったクロ。
チャコと違っておっとりしていて、二人は一緒のところに捨てられていたのもあって兄弟みたいだった。犬種が違うから、多分血のつながりはないけど。
ハルとユイを、あの一撃から守って。
(…ハル…)
ユイと一緒にいてくれるハル。
お弁当がコンビニのものに変わっても、辛そうに目を伏せたユイにそれ以上何も聞くことはせず、自分のお弁当を分けてくれたハル。
初めて会った時、ひっくり返ってしまったセミが可哀想で、でも怖くて触ることが出来ずに困っていた、怖がりだけど、とっても優しいハル。
私の、親友。
みんな、みんな、夏が終わればいなくなる。
どうして?
どうしてわたしを、ひとりぼっちにするの?
わたしはこれから、どうやっていきていけばいいの。
まん丸な月を見上げて、ユイは静かに涙を流した。
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「ぐす…ぐす…」
ようやく、涙は落ち着いてきた。
下半分がぼんやりした視界で、手を離すにも離せずにオロオロするコトワリさまが写った。それを見て、ハルはふっと表情を綻ばせた。
…もう、大丈夫だ。
す…と控えめに手が引き抜かれた。ごめんね、とハルは小さく言って、また歩き出す。
涙を拭いて、顔を上げた途端…ハルは線路脇の影に気がついた。
紺色のセーラー服。
真っ黒くて長い髪。
ハルは、今の一連のやり取りを見られていたと思うと急に恥ずかしくなった。
「あの…」
おずおずと声をかける。すると、女の人の影は雑木林の中に消えていってしまった。
「あっ!」
その人は、そこら辺のお化けとはどこか雰囲気が違った。少なくとも一目で人間では無いと分かる姿はしていなかったし、いきなり奇声を上げて襲いかかってくるということはしなかった。
だからハルは、人間かもしれないと、何かユイの情報がわかるかもしれないと期待したのに。
「ま、まって!まってください!」
深い影を作る木々の奥に、黒いシルエットは溶けて消えてゆく。
「まって!」
ハルはそれを追いかけて、暗い林とゴミの中を掻き分けていった。
次回。
コトワリさま、がんばる。