…きっと、解放してくれたのだ。
あのセーラー服の人を、あの場所に縛り付けていた何かから…
女の安らかな表情を思い出し、ハルはぼうっと放心していた。きっと行くべき場所へ帰れたのだと、なぜだかそんな確信があった。
ハルは鉛のように重くなった身体を上げて、目の前にある顔をよく見た。どこからどう見ても、自分と同じ子供のようだ。
さっきの頭は怖かったけど、やっぱりコトワリさまはいいお化けだ。
あのセーラー服の人を解放してあげた時の雰囲気から、むしろ神様のようなものなのではないか…とすらハルは思った。
気づけば訝しそうな顔でコトワリさまがこちらを見つめている。
「…うん、大丈夫。あの人を助けてくれて、ありがとう」
いこっか。ユイを探しに。
そう言ってまたハルは歩き始めた。
「…どうしたのコトワリさま?って、ああああっ!?」
歩き始めたはいいものの、背後からついてくる足音がないと気づき振り返ったハルは、しまった、と大声を上げる。
…空になったクッキーの箱を手に、ものすごーくうなだれているコトワリさまがそこにいた。
「ごごごごめんねごめんねごめんねぇっ!!えーとえーと、なんかないかなんか…てと、あしと、あたまのついた…」
その背中は、先程の威厳ある姿はどこへやら、めちゃくちゃ哀愁を漂わせていて、見るに絶えずにハルはあわててうさぎのナップサックをさぐる。まあ、せっかく一仕事終えたのに何も対価がないとなればさもありなん。だが、現実は非情。ナップサックの中には、ここまでくる時にいくつか拾った小石やら紙飛行機やらゴミ袋しかない。
しょんぼりしてる姿があまりにも可哀想なので、ハルは慌てて周囲を見渡す。
「えーっと、えー…あっ!」
これだけゴミの山があるのだから、ひとつぐらい捧げものになりそうなものがあるはずだ。探したのちに、ハルはそれを見つけた。
多分、何かの合体ロボの空き箱だ。
「もしかしたら…!」
ハルは急いでゴミの山を漁った。
「…あった!」
思った通り、合体ロボの頭部が出てきた。
ハルはそんな調子で、金網の扉に挟まっていたロボの四肢を引き抜き、落ちていた胴体を拾い、見事合体ロボを完成させた。
「これっ!」
それを急いで、縮こまっているコトワリさまの元へ持っていく…慌ただしく近づいてくる足音に、くるりと振り返ればその手に持っているものを見つけて不服そうな顔は一転、ぱっと期待の気配をさせた。かなり感情豊かになったなぁ…とハルはしみじみ思う。
「……!……?…!」
ハルの手から合体ロボを受け取って、空中でバラバラにする。ロボはすぐに形を保たなくなって、ハルが見つけた時よりさらに小さな姿で地面に転がった。
「あー…」
もしかしたら、ちょっと遊んでくれるかもなーとか思ったのに。無惨な姿となった合体ロボを見下ろす。
「…お?」
そこに、チカリと月光を反射して光る一つのパーツがあった。
「…」
あのロボの胸に付いていた、金メッキの施されたエンブレムだ。
コトワリさまはそれを拾い上げ、手の内で輝くそれをじっと見つめている。
…やがて、何を思ったのかそのまますっと懐にしまった。
(…気に入ったのかな?)
実のところ、ハルも道端で目が合った小石や、ビー玉や、おもちゃの指輪…ほとんどゴミとしか思えないようなものまで、何でも拾ってしまう癖があった。
もしかして、自分の真似をしたのかもしれない…なんて考えると、ハルは自然と笑みがこぼれた。
ふと、ハルは足を止める。
キャンキャンという、お化けのものとは違う…とても可愛らしい声が聞こえてきたからだ。
つづいてガサガサと、草を踏み分ける音がどんどん近付いてくる。ぴょこり、と緑の隙間から見えたのは…
ふわふわの、茶色の毛並みだった。
「わんちゃん!?」
ハルはこの子犬を知っている。
このまえ、ユイに空き地で見せてもらった子犬だ。黒いのと、茶色いの。
確かこの子は警戒心が強くて、二人で一緒に逃げたところを探したっけ…
「…ユイのところ、しってるの?」
子犬は、そうだと言わんばかりにひとつ鳴く。それからついてこいと尻尾を振って駆け出した。
「あっ、待って!!」
ハルは、どうしようもなく期待に胸を膨らませていた。
わんちゃんなら、ユイの居場所を知ってるかも知れない。
ユイにとうとう会えるかも知れない。
ハルは夢中で子犬を追いかける。
「まって…!」
ユイ!
…がさり、と広い場所に出た。
ぴょこんと揺れる、お揃いの赤いリボン。
「…ハル?」
ユイは、ハルのほうへ振り返った。
聞き慣れた声だった。
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「ユイ!ユイっ!!夢じゃないよね、おばけじゃないよね!!」
「ハルっ!!…大丈夫、わたしは生きてるよ、ここにいるよ…!」
二人は小さな体を寄せ合って再会を喜んだ。二つのリボンがウサギの耳のようにぴょんぴょん揺れている。
「よかった…ほんとうに、よかった…!」
「わたしも…ありがとう、ハル、おいかけてきてくれたんだね…こわがりなのに…」
「ううん、ユイに会えないほうが、ずっとずっとこわいから…それに…」
ハルはちらっと後ろを振り返る。
…目的を果たしたから、何も言わずに消えてしまうなんてことはなかったようだ。コトワリさまはそこにいた。
木の影に佇んで、再会を見守ってくれている。
「…きみは…」
「ユイ、しってるの?」
こくり、と頷いた。ユイは今日の夕方、山であったことを話した。
「…ハル、わたしもう行かなきゃいけない」
「えっ…ユイ、どうして?せっかく会えたのに…」
「…あのときみたおばけ、赤い糸は多分まだつながってる。このままじゃ、かえれないよ
ハルはさきにおうちにかえってて」
それからユイは、くるりとコトワリさまの方へ向き直って言った。
「…ハルを、ありがとうございます。わたし、あのおばけをやっつけにいきます
…力を、かしてくれませんか」
コトワリさまは相変わらず無表情のままだったが、すっと一歩前に出た。おそらくOKということだろう。
「まってユイ!わたしもいっしょにいく!」
「ダメだよハル、あいつたぶん、すっごくつよいしこわいよ、ハルになにかあったら、わたし…」
「そんなのユイだっていっしょだよ!!」
幼い声で口論が飛び交っている。どちらも相手を大切に思うからこそのやり取りだった。
足元ではチャコがキャンキャンと鳴きながらくるくる回っている。
それは二人がまだ気づいていない、脅威を知らせる声だった。
「おや、どうしたんだいこんな夜中に。」
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3人は、ばっ!!と一斉に警戒体制をとる。
ユイはハルを庇うように立ち、ハルは何が何だか分からないなりに身を守ろうとし、コトワリさまはすっとナップサックからハサミの刀身を覗かせた。
「ひい…ふう…みい。3人も。駄目じゃないか、こんな夜中に」
目の前に現れたのは、身長の高い男だった。てらてらとしたよく分からない素材の服を着、サンタクロースしか持つことを許されていないような大きな袋を担いでいる。
そしてユイとハルは気づいていないが…白いつるりとしたお面をつけていた。今は暗いし、身長がかなり高いから見上げないと分からないのだ。
その情報が無かったところで、不審な人物であることに変わりはないが。
「おいで。お兄さんがお家へ送ってあげる」
余らせた袖口から、すっと白い手が覗いた。
それを見た瞬間、ユイは「あ、駄目だ」と思った。正直なところハルを送ってくれるのならありがたいと一瞬思ってしまったが、この男は駄目だ。
まだ何の力も持たない少女の、勘。
「ッ……」
ユイはじゃり…と慎重に一歩下がる。
コトワリさまはチャキ、とハサミを構え、一歩前に出る。きらり、と赤い刀身が月光に反射してきらめいた。
「ん?」
ふっ、と怪しい男はそれに気付き、何かに気づいたようにそれを見つめる。
…兎にも角にも、気は逸れた。
「…ハルっ!!」
その一瞬のうちに、ユイはハルの手を引き駆け出した。
だが。
《ーーーーー!!ーーーーー!!》
急にゴミの山から何かが飛び出してきた。
それは壊れたテレビ、折れた傘、ゴミ袋等々。
まるで意思を持つように、二人の進路に立ちはだかる。
「あっこら。駄目」
二人の足が止まったその隙に、ハルを掠め取られた。
「ハル!!」
「ユイ!!」
「騒がないの騒がないの」
すぐにズボッと袋の中に入れられて、声が届かなくなる。
男は一歩も動いていない。さっき袖が伸びてきたように見えたのは気のせいだろうか?
今ユイの右手には飛びかかってくるゴミの山。左手には連れ去られようとする親友。
コンマ一秒、ユイは思考を叩き出した。
「…チャコ!!ハルを追って!!」
アンッ!と力強い返事と共に、足音が遠ざかってゆく。
ユイは目の前の敵に集中した。
────ジャキンッ!!
赤い一閃が顔の横を突っ切り、今にもユイに飛びかかろうとしていたテレビの液晶を貫いた。
二人は示し合わせたように頷き、辺り一帯のゴミの“お片付け”を始めた。
この二人戦闘力高そう(私見)