「はぁ…ぜぇ…はぁ…」
ユイは、ぐったりと倒れこんだ。
周りにはもう動かなくなったゴミが山となっている。
やつらは光に寄せられてやってくる。懐中電灯のスイッチを消せば元通り、ただのゴミだ。
そんなシンプルな解決法に気づくまで随分かかった。おかげでかなり体力を消費してしまった。
「………」
コトワリさまははゴミの山の頂上に立ち、ガシャンッ、と、ブラウン管テレビの液晶に突き刺さった赤いハサミを引き抜いている。
力なく夜空を見上げているユイに気づくと、ふわりと降りて近づいてきた。
「…。」
すっ、と右手を差し出してくる。
「…?」
ユイはよく分からなかったので、とりあえずその手を握ってみる。
「……」
ちょっと不満そうな顔をされた。違うらしい。
まあ、今回は誰も「合図」を言っていなかったので、サービスとして見逃してくれるようだ。つくづく甘い神様である。
ちら、とそのまま山の方を顎で示す。
「…あそこにいくの?」
そうユイが聞くと、こくん、と頷いた。
ハルのことは心配だが、チャコがついている。また自分のことを追いかけて、巻き込まれたら心配だが…大人しくうちに帰ってくれることを願うしかない。
ハルはもう、この街の住人ではなくなる。
これ以上、巻き込むわけにはいかないのだ。
「いこう」
二人は歩き出した。
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…てっきり、最初に出会った場所に連れて行かれるのだと思っていたが。
そこはダムの底へ続く道だった。道中幾度かお化けに出くわしたが、コトワリさまがことごとくハサミを振るって追っ払ってくれた。
1人で歩いていた時より、ずいぶん楽だとユイは思った。先を行く背中はハルと同じくらいの大きさなのに、随分頼もしく見える。
あるものは、チラリとユイと目を合わせただけで逃げていく。ユイは不思議に思った。
加えてユイはお化けから逃げるのが上手かった。結局、人形のものが必要になる機会は一度も来ないまま、二人は目的地に着いたのだった。
…ザク、ザク、ザクと、辺りには二人分の草を踏み分ける足音だけが響いている。
しばらくの間続いたそれはふと止まった。
ユイは気づいた。足元がいつの間にか石畳に変わっていることに。
顔を上げると、そこは寂れた神社だった。
「…。」
てくてくと賽銭箱のほうへ歩いていき、ぴたりと止まった。
ここが目的地だと言っているようだった。
「じんじゃ?」
ユイは辺りをキョロキョロ見回す。すると、誰が捨てたのか、空き缶やゴミが目についた。
もう誰も参拝しに来ていないというのは、一目見てすぐにわかった。
そのままユイは辺りの探索を続ける。
「これ…」
それは、境内の端にちょこんと立っている石碑だった。
ところどころ難しい漢字があって読めなかったが、ここの神社が祀っている神様について書かれていた。
この神社では…リ様という神様を…りし…
「…り、さま…?」
…困っている人を助け…くれま…
「…ことわりさま?」
こくん、と、小さな影が頷いた。
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「───ぷはっ!」
ハルが目覚めると、そこは真っ暗な暗闇だった。
「どこ、ここ?」
おっかなびっくり、手探りで周囲の状況を確認する。
すぐに手が冷たい何かに触れた。壁のようだ。
恐る恐る立ち上がろうとすると…
「いたっ」
頭をぶつけた。どうやら相当狭い空間のようだ。
懐中電灯を取り出して辺りを照らす。空気中のほこりに光が触れて、白いライトの道筋が現れた。
ほどなくしてハルは出口を見つけた。頭をぶつけないようにそっと這い出す。
「…ここは…?」
そこは、大きな工場だった。
あちこち錆びついて、人の気配はない。ハルがさっきまで入れられていたのは、あちらこちらに積まれたコンテナのうちの一つだったようだ。
「…あのひとは…?」
背筋に触れた冷たい手。
袋に入れられた時の感触を思い出してハルは震えた。周りを見渡してみるとあの人はいない。
「…あのひとも、おばけだったのかな…」
あんな風に喋るお化けは初めてだ。すっごく怖いな、とハルは身震いした。
出くわさないように願いながらトコトコと歩く。辺り一面見覚えのない景色で、ずいぶん遠くまで連れて来られてしまったようだ。ただでさえ入り組んでいて迷いそうなのに。
帰れるのかな、ユイは大丈夫かな…とハルの心配は積もる。
そんな時に、チャカチャカと小気味良い足音が近づいてきた。
「…わんちゃん!」
チャコだ。
ハルを追いかけてきてくれたのだ。かなりの距離があっただろうに、ハルは嬉しくなる。
「よかったぁ…!ありがとう…!」
ふわふわの体をギュッと抱きしめると、耳元で荒い息遣いが聞こえる。頑張ったねと何度も褒めて頭を撫でた。
「ふたりなら、きっと大丈夫だよね!」
元気を取り戻したハルは、鉄骨とパイプの迷路を再び歩き出した。
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「…ことわりさま?」
こくん、と目に包帯を巻いた子供が頷く。
…通りで強いと思った。
思えば最初に出会った時からそうだった。まだ夜でもないのに出てきたし、あの強いやつを一時的とはいえ追っ払ってしまったし。頭ぱっかーんって割れてたし。
比較的、話も通じるし。
「神さまだったんだ…」
ユイがそういうと、ふい、と顔を背けてしまう。
…もう、神と呼べるほどの力も残っていないから。
言葉を発する代わりに、顔である方向を示す。
「…これは?」
そこには沢山の絵馬がかかっていた。ユイはそちらにてこてこと近づき、そっと絵馬の内容をのぞく。
そこにあったのは沢山の願いごと。
…悪意を含むものがよく目についた。
「うわぁ…」
思わず目を逸らし、再び境内を見回す。
荒れ果てた石畳。
捨てられたゴミ。
悪意のある願い。
「…ひどいな…」
命の恩人に対する散々な仕打ちに、ユイは怒りで顔を歪める。あの石碑の通りに、この神様は本当に慈悲深いのだろう。こんな仕打ちを受けてなお、私たちを助けようとしてくれるのだから。
たまらなくなってユイは、せめて目立つゴミだけでも退かそうと掃除を始めた。
コトワリさまはそれをじっと眺めている。
「…ふう!」
あらかた綺麗になったところで、ユイは一息つく。とりあえず歩く時に邪魔になりそうな石畳の上のゴミだけどかしておいた。
それを見て、コトワリさまはてこてこと近付く。もう一度辺りを見回して、うん、と満足そうに頷いた。
「………」
そして、赤いハサミを取り出すと…
「…………!」
ザクッ!と石畳に突き立てた。
同時に、石畳が淡く緑色に発光する。
「うわぁ!?」
ユイはびっくりして尻もちをついてしまった。
…コトワリさまは、動かない。
それでユイは気がついた。この石畳、変な形してると思ったら…人の形をしているんだ。今赤いハサミが突き立てられているのがちょうど、首の辺り…
「………」
どいてろ、と言わんばかりの視線が突き刺さる。
慌てて発光する石畳から距離を置くと、辺りの空気が一瞬にして変わった。
初めて見た時と近い…怖い感じだ。
「…!…!……!!」
ガキンッ!ガキンッ!!ガキィインッ!!という、固いもの同士がぶつかり合う音と共に赤い閃光が走る。手首。足首。首。すごい速さで移動しているようにも見えたが、辺りには気のようなものが満ちているせいでどうにもよく分からない。
「…。」
気づけば、コトワリさまは赤いハサミを手にもとの位置に戻っていた。
フォンッと石畳の光も消えた。すっくと前を向くコトワリさまはなんだか成し遂げたような表情で、心なしか立ち姿が堂々としているように見えた。
(…うれしいのかな?)
自分の領域が清められたことにより、パワーアップである。微々たるものだが、山の神と戦うにはできる準備はしておきたい、というところだろう。
「……」
気づいたら目の前にいた。音もなく近づいてくるのはやめてほしい。ユイはまたびっくりして、本日2度目の尻餅をつくところだった。
「…」
「…どうしたの?」
「…」
コトワリさまは少し俯き、拳を作ってユイの方を向いている。
ユイに何か頼みごとをしたくて、でも迷惑かもしれないと遠慮しているときのハルに似ているとユイは思った。
「………。」
「…いいんだよ」
「あなたはわたしとハルをたすけてくれた。それだけでじゅうぶんだよ」
いつもハルにそうしてあげていたように、ユイは言いたい事を察して先回りした。
クロのこと。
お父さんのこと。
お母さんのこと。
神格を切り落とし、存在ごと失うかもしれない賭けに出て、それで、失ったもの。助けられなかったもの。
圧倒的な力があれば、助けられたのだろうか。あの選択は、正しかったのだろうか。
「ありがとう」
「…やっぱり、あなたはハルにそっくりだ」
「あのこも、やさしいから、だから…」
「…もう、こわい目にあってほしくない」
ユイはすっと向き直り、こう続けた。
「また、ハルがこわい目にあってしまったら、たすけてあげて」
もし、わたしがいなくなっても。
神格ベリィしてもしなくても、どのみちお亡くなりになるユイ父とクロ…