-あらすじ-
魔女裁判が終わり、平穏な生活を送る魔法少女たち。
牢屋敷に残り創作を続けるアンアンとノアだったが、各々が悩みを抱えていた。
ノアに対して愚痴をこぼすアンアンだったが、それをきっかけに彼女から思わぬ本音を聞くことになる。
評価、感想ありがとうございます。
励みになります。
魔女裁判が終わった。
囚われていた少女たちは、検査も兼ねて拘束されていたが、先にヘリで連れられて行った二階堂ヒロの尽力もあって、ものの一週間ほどで解放された。
大半の少女は元の生活に戻っていったが、自分の意思でここに残るものもいる。
わがはい、夏目アンアンも例外ではない。元の世界に未練もないということで、ここ牢屋敷で以前と変わらない生活を送っていた。
以前といっても、実際に牢屋敷で過ごした時間は拘束されていた時間とそう変わりはないのだが、わがはいたちには佐伯ミリアの魔法で共有された記憶がある。
別世界の自身が過ごした記憶だけであるならまだしも、全員分の記憶が強制的に共有されたのだから質が悪い。見覚えがあるのに、実際に体験した感覚がないというのは実に不可解な気分だ。
まあ、悪いことばかりではない。ほぼ初対面であるはずのわがはいたちだが、別の世界線では寝食を共にした仲であり、親友ともいえる存在でもあったわけだ。
前の生活では、ろくすっぽ友人がいなかったわけだから、図らずもそのような関係性を持つことができたのは、素直にうれしく感じる。面とむかっては言えないが。
だが、光あるところには影がある。共有された記憶の大半は、お世辞にも良いとは言えないものばかりだった。
刺されるような殺意に、身を震わせるような恐怖。築き上げた信頼を破壊する詐称に、自己保身で固められた虚飾。
それらが原因で起こる殺人。
ここ、「ノアのアトリエ」と名付けられた部屋でも御多分に漏れず、殺人が行われた。
何なら、被害者はわがはいで、加害者はそこにいる城ケ崎ノアだというのではないか。
実際に殺人を犯したのはあくまで別世界線のノアであり、さらに言えば魔女因子のせいで正常な思考ができていなかったわけであるから、目の前にいるノアには罪はない。
罪はないのだが――やはり、消化しきれない感情はある。
当の本人は、キャンバスを前にして鼻歌交じりに絵筆を滑らせている。あちらにも記憶はあるだろうに、豪胆なやつだ。
描いているのは何らかの動物だろうか。魔法があった時とは違い、今のノアが描く絵はお世辞にもうまいとは言えない。
「それは、何を書いているのだ?」
「ん~?これはおひつじさんだよ」
なるほど。確かに描かれているのは四足動物であり、全身に毛が生えている。正直なところ、けむくじゃらな犬か猫の二択だと思っていたのだが、わざわざ言及することもあるまい。
それにしても、ヒツジか。ここ最近は庭園の風景を描いていることが多かったが、どういう風の吹き回しだろうかと考えていると、環境も相まってか描かれた生物が実体化して暴走したことを思い出し、背筋が凍った。
「アンアンちゃん、どうしたの?気分わるい?」
顔に出ていたのか、ノアが心配そうにこちらを見ている。
「いや、大丈夫。体調は問題ない」
今のノアには魔法が使えない。そう自分に言い聞かせて、呼吸を落ち着かせる。
「今書いているものの進捗が芳しくない。どうしたものかと思ってな」
「この前いってた、えんげきのこと?」
そう、実は別世界線で結局演じずじまいとなった劇を改めて開催することとなったのだ。
かつて、「なれはて」となった過去の魔女裁判の被害者たち。
魔女裁判が終わったことで、晴れて元の人間に戻ることができ、ここ牢屋敷で療養を続けている。氷漬けにされていたことで一時は危うい場面もあったが、無事全員一命をとりとめることができ、この度容体も安定してきたということで、リフレッシュもかねて娯楽を提供することとなったのだ。
「ナノカやマーゴも出演してくれることになったのでな。脚本を調整しているのだ」
「ナノカちゃん、あかるくなったよね」
「うむ、まるで別人だ」
ゴクチョーの傍に控えていた、異形の看守。あれがナノカの身代わりになって牢屋敷に連れ去られた姉と知った時は驚いた。記憶の中では冷徹な印象が強かったナノカだが、今は態度も軟化し、人当たりもよくなっている。ダメ元で出演依頼をしてみたが、承諾を得られたときは逆に驚いてしまった。
そういった事情で脚本を書いているのだが、どうも調子がよくない。
悩んで、書いて、消す。幾たびか同じことを繰り返し、どうにか一ページ書き終えるも、内容に納得がいかなくて、原稿をゴミ箱に投げ捨てる。
「ごめんね、のあも手伝えたら良かったんだけど」
ノアは申し訳なさそうにうつむいている。
「脚本のことか?端からノアに頼もうと思ってはいない。適材適所というやつだ」
「いや、のあ絵が下手になっちゃったから。前みたいにてつだえないなって」
「ノア……」
そんなことを考えていたのか。魔法を失ってからも気にせず絵を描いているようだから、そういったほの暗い感情を持っていることが意外だった。
「ノアは、魔法があった時の方が良かったか?」
意外だったからこそ、つい口を滑らせてしまった。
今までよどみなく動いていたノアの絵筆が止まったことで、残酷なことを言ってしまったことに気づく。
ノアの弱音に対して寄り添わなかったこと。
ノアの絵が下手になってしまったことを否定しないこと。
何より、あの忌々しい過去を肯定しようとする発言をしてしまったことを後悔した。
「いや、すまない。忘れてくれ」
一番つらいのは魔法を失ったノアであるのに、なんてことを言ってしまったのだ。
「わがはいも、決して文章がうまいというわけではない」
取り繕うように口を紡ぐ。依然、ノアは口を閉じたままだ。
「それは、わがはいが文章を書くことが好きだからだ。ノアもそうだろう?」
返答がない。
「絵が下手だなんていうやつは放っておけばよい。所詮なにも作り出せない凡人のたわごとで――」
言葉が出てこない。次第に、場は静寂で包まれていった。
実際には数分程度だったのであろうが、わがはいには永遠にも感じるほど長かった。
「――のあね、もどかしいんだ」
唐突に静寂が破られた。怒っていたわけでもないみたいで安堵の息を漏らす。知らず知らずのうちに下がっていた頭を上げて、ノアに視線を向けた。
「もどかしい?」
「うん、以前はもっとうまく描けてたのにって。のあが見えてる世界は、こんなのじゃないのにって」
そう、世界的アーティスト、【バルーン】と呼ばれていたほどだ。その差は激しいだろう。
「それは……わかるな。わがはいももっと上手く書けるはずなのにっていつも思う。」
「そうだよね。さっきも紙、ぐしゃぐしゃにして投げてたし」
「うるさいな、黙れ」
互いに笑いあう。
「でも、魔法が使えていたときのほうが良かったとは思わない、かな」
「え?」
意外な言葉が返ってきたことで、間抜けな声が漏れる。
「なぜだ、あんなにうまい絵だったのに。世界的にも賞賛されていたんだろう?」
素直な気持ちをぶつける。
「そっか、あのときはアンアンちゃんいなかったもんね」
――いなかったから記憶がない?ああ、そうか。自分が死んでいた時の。
そう思い至り、記憶を探る。共有された記憶だが、違う理の出来事だからか、それとも違う自分の出来事だからか。だんだんと薄れてきているのを感じる。
だが、口に出されたことで共有された記憶の引き出しが開いた。
「おもいだした?のあね、魔法が使えてた時も、たまに今みたいな絵を描いてたんだ」
そうか、あの時の絵。わがはいが殺されたきっかけになった出来事。
「実はね、のあの魔法はいつも言うことを聞いてくれたわけじゃなかった。のあの絵を勝手に塗りつぶしちゃうし、血もちょうちょうに変わっちゃうし」
「そうだったな」
ノアは初めての犠牲者だった。魔女裁判が始まるきっかけとなってしまった光景を思い出す。
「のあの絵はへたくそだから、見られるのが恥ずかしいって気持ちはあるよ?でも、そんな風にきもちに蓋をしていたからこそ、――あんなことになったんだと思う」
あんなこと、とは魔法が言うことを聞かないことだろうか。それとも――。
いつのまにかノアはキャンバスに背を向けて、足をぷらぷらと不規則に揺らしていた。
「のあの魔法はね、アンアンちゃんが言ってくれた通り、たしかに上手いとおもう。けど、上手いだけ。のあの本当の絵じゃなかった」
ノアは数秒間をおいて、意を決したようにつぶやく。
「……だからこそ、アンアンちゃんがのあの絵を見て好きだって言ってくれたとき、ほんとうにうれしかったんだ」
そうだ。いつもとは違う雰囲気の絵だったから始めは大層驚いたが、好きだと思ったことに嘘偽りはなかった。心を見透かされたようでなんとなく照れ臭くなり、顔をそむける。
「でも、あのときはなぜか恥ずかしい感情のほうがつよくて、どうしようもなくて。ごめんね……ごめんなさい」
声の異変に気が付いて顔を上げると、ノアの両目から大粒の涙があふれだしていた。
「ノア!」
思わず、近寄って抱きしめる。
「ノア、わがはいは怒ってなどいない。あれはノアが悪いんじゃない。悪いのは魔女因子のせいじゃないか」
精一杯声を落ち着かせて、ノアに語り掛ける。だが、ノアは顔をうずめたまま一向に泣き止もうとしなかった。
「ほんとうは、ずっと謝りたかった。でも、嫌われるのが怖くて、言いだせなくて――」
そうだったのか。豪胆で無神経だと思っていたことを恥じる。本当に何も思っていないのなら、わざわざ近くにいようと思わないだろうに。ノアは申し訳ないと思っていたからこそ、ずっとわがはいのそばを離れなかったのだ。
「……ノア」
ノアの両頬に手を当て、視線を合わせる。
「言っただろう?わがはいはノアの絵が好きだ。魔法で描いた絵も、手で描いた絵もな」
言葉が届いたようで、次第に泣き声がしゃくりあげるようなものに変わっていく。
「そもそも、魔法で描いた絵と手で描いた絵には変わりはないだろう?」
「え?」
ノアはきょとんとした顔をし、ただこちらを見つめ返していた。
「ノアは
「うん」
「であるならば、違いは描く技術の差しかないわけだ。いずれ手で描く絵も魔法で描いた絵に追いつける。魔法が使えなくなっても関係ない。どちらも
ノアは瞬きを忘れたかのように目を輝かせ、ぽかんと口を開けていた。
「それに、ほら見てみろ」
近くにあったノアの絵をいくつか手元に集める。
「これも、これも、最初よりずっと上手くなってる。自分じゃ小さい変化だから気づけないかもしれないが、ノアは一歩ずつ目標に近づけているぞ」
「アンアンちゃん!」
「んぐぇ」
予想もしていなかったタイミングでお腹に向けて突進されたせいで、つぶれたカエルのような声が漏れ出た。
「なんか、なんかわかんないけど、すっごいうれしい!」
ノアがまるで動物のように胸に縋り付き、顔をこすりつけている。
「ノア、やめろ!服に鼻水が、ん……?のわぁっ⁉」
気づかないうちに、部屋の入口に宝生マーゴと黒部ナノカが立っていた。
「あらあら、おませさんね」
「まるでしっぽを振った犬みたい」
落ち着いた様子で、それぞれの反応を見せている。
「大きな泣き声が聞こえたから急いで様子を見に来たのだけど、心配いらなかったみたいね」
「傍観してないで、助けろ!」
「あらあら~。洗脳されて身体が勝手に動いちゃうわ~」
宝生マーゴは冗談をきかせたような声で近寄り、ノアを引きはがす。
「いったい何をやってたの?」
「ノアと一緒に劇の脚本を書いていただけなのだが――」
「え……?マーゴちゃんとナノカちゃん?だ、ダメ!」
ノアは急いで立ち上がると、キャンバスに描いていた絵の前に立ち、大きく手を広げる。
「これは、見ちゃダメ!」
「あら、 なんでなの?」
「これは、アンアンちゃんとのあの大切な思い出だから、見せたくない……」
ノアの顔がだんだんと赤くなっていく。それと連動するかのように、わがはいの顔も熱くなっていくのを感じた。
「相思相愛ね」
「ナノカ!ふざけたことをいうな!」
「でも、嬉しそうじゃない」
「だ、黙れ!」
マーゴとナノカは、ニヤニヤと口角を上げながらこちらを見つめていた。いずれ恥をかかせてやることを胸に誓いながら、よろよろと立ち上がる。
「ノアちゃん、私どんな絵を描いたかだけでも知りたいわ~」
「え~、やだ」
頬を膨らませながら、マーゴとナノカをにらみつけている。
さきほどまで泣き散らかしていたからか、目が赤くなっており、さながら動物が威嚇しているかのように見えた。
何気なくキャンバスに描かれていた絵を眺めると、ヒツジの隣に一人の人間が描き足されていた。
「それは、だれだ?」
「えっと……、アンアンちゃん」
ノアは、顔を赤らめながら、もじもじとした様子で髪をいじくっていた。
「…………一つ聞いてもいいか?」
「うん!」
「わがはいは、こんなに鼻がでかいか?」
マーゴとナノカは耐え切れなかったかのように、同時に噴き出す。
「う~ん?のあはなかなか上手く描けたと思ったんだけどなあ」
「全然違うわ、痴れ者め!わがはいは、もっと、もっと……」
「けむくじゃら?」
「まだいうか!」
ノアの両頬を指でつねる。
「そもそも、なぜヒツジが描かれているのだ!」
「え~?アンアンちゃんが魔女化したとき、生えてた角がそれっぽいなって─―」
無言で両頬を上下にゆする。
「いひゃい、いひゃい!」
ノアのアトリエに笑顔があふれた。かつて、血なまぐさかったこの場所に。
別の世界線で人を殺め、命を落としたわがはいは、このような光景を見ることはなかったのだろう。
いずれ、記憶も薄れて思い出すこともなくなっていくと思う。
だが、今は奇妙な縁で結ばれた友がいる。
そうだ。牢屋敷を改装するのにはおどろおどろしい雰囲気が似合うと思っていたが、どうせなら暗い雰囲気は吹き飛ばせた方がいいだろう。
ノアが言っていた虹色に染める案も良いかもしれないな。
何だか癪だから、当分は許してやらないが。
Episode1:〈嘘つき〉と〈偽物〉の本音
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-原罪・虚言の眠り姫-
彼女は今日も独りで眠る。
誰も傷つけないようにすることは、自分も傷つけないで済むことだから。
原罪を暴かれた彼女は、それからも独りで眠り続けた。
眠って、夢を見て、目覚め、現を生きる。
真贋を見分ける目を身につけるために、現実を直視し続けた。
虚実の区別がついて、空事を創り出すことができるようになった時、周りには人があふれていた。
もう、独りで眠っても、涙を流しながら孤独に悲しむことはなかった。
彼女は今日も独りで眠り、華胥の国に遊ぶ。
-原罪・偽りの芸術家-
彼女はもがき苦しみ続ける。
自身を縛っている鎖は自らの尾だと気付かぬままに。
原罪を暴かれた彼女は、それからももがき苦しみ続ける。
鎖につながれ、鎖を引きずり、呪縛に囚われながら、もがく。
鎖に縛り付けられた重い腕を必死に動かしながら、今日も筆を運ぶ。
長い時間が経ち、その鎖が断ち切れたときには、自らを縛っていた尾を屏風に捕らえることができるようになっていた。
だが、満足はしない。
彼女は、今日ももがきながら、筆を取る。
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