-あらすじ-
魔女裁判が終わり、日常に戻ったシェリーとハンナ。
とある時、シェリーが猫を探しに行こうと彼女を誘うことにした。
猫探しを通じてハンナへの想いを再確認したシェリーは、あることを告げる。
『猫探しに行きましょう!』
ハンナに向けてチャットを飛ばす。なかなか遅い時間ではあったが、すぐに既読がついた。
『唐突にどうしたんですの?』
既読表示からさほど間を置かずに返事が来た。こちらも負けじと即座に返信する。
『猫探しと浮気調査は、探偵の醍醐味とも言えますよね!』
『答えになっていないですわ!なんで急に猫探しをすることになったんですの?』
ハンナは納得していないようだ。猫探しに不満でもあるのだろうか?
『浮気調査の方が良かったですか?あいにく、そちらはまだ依頼がないんですよね!』
『こいつ、話を聞いてやがらないですわっ⁉』
ハンナは何に怒っているのだろうか。
弁明しようと思ったところで、スマホから着信音が鳴り始める。疑問に思いながら通話ボタンを押すと、声を潜ませながらも、明らかに怒りを隠しきれていないハンナが電話に出た。
「あなた、何がしてーんですの⁉」
「ハンナさん。こんな時間に電話をかけてくるなんて、非常識ではありませんか?」
「あなたに常識を説く権利はありませんわっ!」
夜であるにも関わらず、ハンナは電話の向こうで大声でわめきだした。
やはりハンナは怒っているみたいだ。ここは素直に謝るとする。
「すいません。実は近所で猫探しのビラが貼られているのを見まして、色々とひとりで頑張っていたんですが、なかなかうまくいかないんです。まさしく猫の手も借りたい状況でして!」
「……そのギャグ、つまんねーですわよ」
電話の向こうからは冷ややかな声がした。
「あらら、上手く言えたと思ったんですけど」
「まぁ、事情は分かりましたわ。明日はちょうど暇ですから、手伝えますわよ」
「おぉ、ありがたいです!渡りに船ですね!では、明日は十時集合としましょう!」
「分かりましたわ。場所はどう――」
「それでは!」
了承したようなので、電話を切る。
十時に集合するとなると、早めに寝ないと身体が持たないだろう。猫探しは体力勝負だ。
スマホの通知を切り、アラームを設定する。
ベッドに寝転がりながら明日の手順について考えていると、段々と思考がぼやけ始め、いつの間にか意識を手放していた。
*******
「お待たせしました!」
自分の家の近くの駅前にて集合する。
起きた後にスマホを確認してみると、ハンナから数十件ほど通知が入っていて、待ち合わせ場所はハンナが決めてくれていた。
「あなた、ぶち殺されて―みたいですわね」
足先で床を小刻みに叩くハンナの目の下には、薄く隈ができていた。
「えぇ?殺し殺されるは魔女裁判でお腹いっぱいですよー」
「そ・れ・は!禁句ですわ⁉あんなトラウマ思い出させないでくださいまし!」
金切声を上げながら、両手を上げて殴りかかってくる。
怪我をさせてしまうかも、といった思考が頭をよぎったが、もう魔法はないので問題はないのだった。
甘んじて怒りを受け止めていると、次第に勢いが弱くなってくる。
「失言しちゃいましたね!気は済みましたか?」
「…………すでに疲れましたわ」
私の胸元に拳を当てながら頭を垂れている。体力の少ないハンナに無理をさせるのはよくなかったかもしれない。
「はぁ……それで?猫がどこにいるか検討はついていますですの?」
息を整えたハンナが質問してくる。
「うーん、貼りだされていたビラによると、それなりにご高齢の猫なので、それほど遠くには行かないはずなんですよね」
ハンナにビラを手渡す、ハンナはビラを薄目で眺めながらつぶやく。
「自分の死期を悟った猫は、飼い主の元から離れると聞いたことがありますわ」
「ハンナさん、物知りですね!」
「フン、一般常識ですわ!」
ハンナは得意げそうに胸を張っている。
「まあ、私もそれを知っていたので飼い主さんに連絡してみたんですが、老衰になるほど身体が弱っていたわけじゃないみたいです!今回は、年の割に元気すぎて逃げてしまったと仮定しましょう!」
「ぬか喜びさせるんじゃねーですわ!」
ハンナはまたもや金切声をあげて地団駄を踏みはじめた。
「ともかく、近辺を探し回って痕跡を探してみましょうか!人海戦術です!」
「人海って言っても、ふたりしかいないですわ」
「腕が鳴りますね!」
「……そうですわね」
私はハンナと別れ、街の中を見回ることにした。
*********
「なかなか見つかりませんね!」
「はぁ、はぁ……そうです……わね……」
捜索を始めて一時間ほどが経過したが、ハンナは既に息が絶え絶えになっている。
集合と休憩もかねて、森林公園に来た。
近くにあったベンチに座って周りを観察していると、キッチンカーがあることに気づいた。
「あ、ここクレープが売られているんですね。食べたいです!」
「今は食欲がないですわ……あぁ、風が気持ちいいですわね……」
ハンナはベンチにぐったりと座り込んでいる。
「なら、飲み物を買ってきましょうか。ちょっと待っててください!」
「いやいや、わたくしも行きますわ」
ハンナはふらつきながらも、急いで立ち上がる。
一緒にキッチンカーの前に向かうと、ハンナは興味深そうに息を漏らした。
「へぇ……クレープって結構高いんですわね」
「私もあんまり食べたことないのですが、そうみたいですね。今お金持ってますか?」
「まあ、魔女裁判の口止め料と援助金があるので、多少余裕はありますわ」
「わー、お金持ちですね。うらやましいです!」
「あなたも貰ってるはずですわよね⁉」
「冗談ですよー、ハンナさん」
「もう使い切ったのかと思いましたわ」
軽口を叩きあいながら飲み物を買うと、元々座っていたベンチに戻る。
なんとなく無言の空気が流れたので、ハンナの様子をうかがうと、遠くの方で遊んでいる家族を眺めているようだった。
「シェリーさんは、元のお家に戻ったのでしたっけ?」
唐突にハンナが質問をしてきた。特に嘘をつく理由もないので、事実を話す。
「そうですね。家に帰った瞬間抱きしめられちゃってびっくりしました。甘えるつもりが先に甘えられちゃいましたね!」
「そう……ですの。良かったですわね」
ハンナは目を伏せ、飲み物を持っていない方の指先を握った。言葉では嬉しそうにしているが、ハンナの身体は同じようには見えない。
どうやら、ハンナが期待していた返答ができなかったみたいだ。
友人の家族が帰宅を喜んでくれたことを素直に嬉しがれないということは――ハンナの家族は帰宅を喜んでくれなかったということだろうか。
「ハンナさんは、どうだったんですか?」
とはいえ、あくまで推測でしかないので、何があったのかを聞く。
ハンナは、寂しそうに微笑んだ。
「わたくしは元々施設にいた身ですので、元の鞘に納まっただけですわ」
「え、そうだったんですか?」
予想もしていなかった返答が来たので、素直に驚く。
「ハンナさんが大家族だったのは知っていましたが、施設にいたってことは初耳です」
「そういえば言ってませんでしたわね」
ハンナは、続けて話しだす。
「妹が亡くなった時、行政の指導が入ったとかで児童養護施設に送られましたの。家族とはそれ以来会っていませんわ」
話し終えたハンナは、持っている飲み物のストローを吸って喉を潤す。
自身が施設にいることを告白するのはハンナにとって勇気のいることだったのだろう。
その証拠に、ハンナが口を離したストローの先は歯形でぐしゃぐしゃにつぶれていた。
「すいません、配慮ができていませんでしたね」
「構わないですわ。どちらかというと、わたくしが誘導したみたいなものですしね」
「えっと、どういうことですか?」
言葉の真意が掴めずに疑問を返すと、ハンナは顔を赤くしながら返事をする。
「……お友達には嘘をつきたくなかったというだけですわ」
「ハンナさん……」
ハンナからも友人だと思われていると知り、胸が温かくなる。これが嬉しいという感情だろう。
「嬉しいです。ハンナさんがお友達だと思っていてくれて!」
「抱き着くんじゃありませんわ!このゴリラ女!」
「もうゴリラ女じゃありませーん」
ハンナはうっとおしそうにしながらも、私を引きはがそうとはしなかった。先ほどまで歩き回っていたからか、温かくなっているハンナの体温を感じる。
ハンナに抱き着いたことで、義父母から抱きしめられたことを思い出した。
私は急に抱きしめられたことで居心地の悪さを感じたが、ハンナが同じことをされても離れないということは、この温もりをもっと感じていたいということだろうか。
「ハンナさんは、家族のもとに戻りたいですか?」
疑問をぶつけると、ハンナは動きを止めた。
「……そうですわね。あちらがどのように思っているかは知りませんが、私はもとの家族に戻りたいと思っていますわ」
ハンナは、少しだけこちらを抱きしめ返す力を増した。
よりハンナとの距離が近くなったことで、ハンナの鼓動が速く、強く打っているのを感じる。
「気になるなら聞いてみてはどうでしょう?政府と交渉しているヒロさんに連絡してみたら何とかなるかもしれません!」
スマホを取り出そうとすると、ハンナが慌てて手をつかむ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいですわ」
「どうしたんですか?」
「ただでさえ忙しいヒロさんにお手を煩わせるわけにはいきませんわ。それに――」
ハンナは、公園で遊んでいる家族を眺めながらつぶやく。
「そもそも、
「ハンナさん……」
ハンナはそれっきり、口をつぐんでしまった。
ハンナは家族を求めているが、もとの家族には期待ができない。
この矛盾を解決することはできないだろうか。
何とかしたいと思って考え事をしながら、ふと上を見上げると、あることに気が付いた。
「ハンナさん」
「なんですの?」
「あの木の上にいるの、もしかして探している猫じゃありませんか?」
「え?――そうですわ!間違いありませんわ‼」
ハンナはビラと猫を見比べて、見間違えではないことを証明してくれた。
急いで猫がいる木の下に近寄る。それほど全長が高くない木だが、足場が少ないせいで降りられなくなっているようだ。
「ねこちゃ~ん、降りてきなさいですわー。ちゅちゅちゅ~」
「なんで投げキッスしてるんですか?」
「ただの舌打ちですわ!舌打ちすると反応することがあるんですわ!」
「でもその舌打ちで猫ちゃんは怖がってますよ?」
「あなたが人のことを怒らせるからですわよ⁉」
猫は姿勢を低くし、背中の毛を立たせている。興奮していて捕獲するには難儀しそうだ。
「こんな時には秘密の探偵グッズの出番ですね!」
背負っているリュックを地面に下ろし、中身を取り出す。
「ずっと何かを背負っていると思ってましたけど、そんなの用意してたんですわね……」
「はい、ずっと素手で捕まえようとしてたんですが、全然上手くいかなかったので対策を考えておいたんです!」
ロープの先を木に引っ掛けやすいように輪状にし、捕まえた時用のケージを組み立てた。
「じゃあ助けに行きますね!」
ネットを片手に持ちながら意気揚々と登ろうとしたところで、ハンナから突っ込みが入った。
「待ちなさいですわ。あなたじゃ猫ちゃんを馬鹿力でつぶしちゃいますわ」
「もう魔法はないですよ?」
「言葉の綾ですわ。わたくしは元々木登りが得意ですので、ここは任せてくださいまし」
ハンナはロープを奪って木に引っ掛けると、するすると登りだす。体重の軽いハンナにはお手の物なのかもしれない。
「ネットをよこしてですの。ここからだと、ギリギリ届くかもしれませんわ」
「はい、ハンナさん」
ネット、もとい虫取り網を木の上にいるハンナに渡す。
「ちょーっと、おとなしくしててくださいですわ~」
恐る恐るネットを近づけると、猫は少しずつ後ずさり、終いには木から勢いよくジャンプしてしまった。
「あ!」
猫は宙を舞い、衝撃を抑えようと空中で反転して足を地面に向けた――ところで、下で構えていたネットの中に上手く入り込んだ。
「ほっ……ナイスキャッチですわ」
「下で待機していて良かったです!」
暴れている猫をなだめすかしながら、ケージの中に入れる。
「よし、ハンナさん!もう降りてきてもいいですよ!」
木の上にいるハンナに呼びかけるが、返事がない。
「ハンナさん?」
「…………魔法がないことを忘れていましたわ。降りられませんわ」
顔面を蒼白にさせながら、身体を震わせている。
「木登りは得意なんじゃなかったんですか?」
「今まで降りるときは魔法に頼ってたから、気にしていなかったんですわ!」
「ミイラ取りがミイラですね!取ったのは猫ですけど!」
「うまいこと言ってる場合じゃないですわ!」
「しょうがないですね……」
友人であるならば見捨てるわけにはいかない。軍手を身に着け、ロープを伝ってハンナの元へと向かう。数回ロープを引っ張って強度に問題がないことを確認すると、右手をハンナに向けた。
「私がロープとハンナさんの手をつかんでますから、ハンナさんは安心して降りてください!大丈夫です。絶対に放しませんから!」
「そうはいっても、あなたも魔法はないでしょうに……」
ハンナは口ではしぶしぶといった雰囲気を出しているが、嬉しそうな気持ちは隠しきれていなかった。ハンナは手をとろうとすると、一度乗っている枝に体重をかける。
その瞬間、枝が折れた。
ハンナの身体が、先ほどの猫と同じように宙を舞う。ひとつ違う点は、ハンナは猫ではなく人間であり、この高さから落下したらただでは済まない。
「ハンナさん!」
とっさにロープを握っていた手を緩め、右手でハンナの手をつかむ。
掴んだことを確認した瞬間に左手でロープを強く握ると、摩擦で軍手が焼けて、左肩からは体の芯まで響く嫌な音がした。
木の上から数十センチほど滑り落ちたが、ハンナが地面に落下するギリギリの高さで止めることができた。
「大丈夫ですか?」
宙づりになったままのハンナに向けて問いかけると、放心したようにこちらを見つめている。
次第に目の焦点が合うと、慌てたように口を開いた。
「こっちのセリフですわ!あなたは大丈夫ですの⁉」
「問題ないです――けど、そろそろ握力が無くなりそうなので、先に降りていただけたら助かります」
魔法があったころであれば余裕な状況ではあるが、今はか弱い女子高生程度の力しかない。限界が近づいてきていることを素直に告げる。
「わ、分かりましたわ!」
ハンナは慌てて手を離すと、地面に向けて落下した。
それほど高さがあったわけでもないが、地面に足をつけた瞬間にバランスを崩して尻もちをついてしまった。とはいえ、足が小鹿のように震えているだけで、怪我をしたわけではないようだ。
ハンナが無事降りたことを確認すると、両手でロープを持ち直し、ラぺリングの要領で地面に降り立つ。
「し、シェリーさん!、肩、肩がヤバいことになっていますですわよ⁉」
ヤバいのは慌てすぎて口調がおかしいことになっているハンナの方だが、指摘されたので見てみると、先ほどの衝撃で左肩が外れたのか、力が抜けたかのようにだらりと垂れ下っていた。自覚したことでズキズキと痛みを感じ始める。
だが、問題はない。
「ハンナさん、肩が外れてしまったのなら、嵌めなおせばいいんですよ?」
右手で左腕を持ち上げて、肘を外側に向けてひねった。カコリと音が鳴ったことで、上手く嵌ったことを実感する。
「ヒィっ、そんなこと出来ませんわ!」
「すいません。私、人間離れしているみたいで」
外れた肩を嵌めなおしたおかげで、多少痛みが引いてきた。
常人であれば悶絶するのが普通であると思うが、わざわざ心配をかけさせる必要もないだろう。
「そんなわけないですわ!あなた、汗がすごいことになっていますわよ⁉」
「身体は正直みたいですね~」
「馬鹿な事を言ってないで、診せなさいですわ!救急箱とかは持っていないんですの⁉」
「一応リュックの中に入ってますよ?」
ハンナは急いでリュックの中を漁ると、消毒液と包帯、湿布を取り出す。手早く左手から軍手を取って消毒液を振りかけると、包帯を巻きつけた。
「今はただの応急処置ですけど、すぐに帰って病院に行くんですのよ?」
「えー?まだ依頼人に猫を届けてないですし、クレープも食べていないですよ?」
「い・い・か・ら、行きなさいですわ!」
「――友達と、クレープ食べてみたかったんですけどね」
今まで交友関係が狭かったのもあって、友人と買い食いをしたという経験がない。
残念がっていると、ハンナの声紋に変化があった。
「はぁ……このままじゃ、イタチごっこにしかならないですわね。用事が終わったらすぐに病院に行くんですのよ?」
肩に湿布を貼りながら、あきらめたようにぼやく。
諭すような口ぶりではあったが、それとは対照的に笑みが隠しきれていなかった。
「やったー!なら、すぐに依頼を終わらせましょう!」
スマホを取り出すと、メモしておいた電話番号を入力して通話ボタンを押した。
*********
依頼人は最後まで何回も頭を下げながら、感謝を告げていた。
「やっぱり、世の中の役に立つのは気分がいいですね!」
クレープを片手に感想を述べる。
「利己的なのか利他的なのかわかりづらい表現で同意を求めないでほしいですわ……」
「む、じゃあハンナさんはどんな事を思ったんですか?」
反論されたハンナは、依頼人が去っていった方向を見つめながら呟いた。
「猫を飼うのもいいかもって思ったのですわ。あそこだと飼えないと思いますけど」
あそこという他人行儀な表現をしたことで、ハンナが施設のことをよく思っていないことを感じ取る。
つられて、自身が施設にいた時のことを思い出した。
私が人間離れしたきっかけの場所。そして、ひとつの命を奪った時の出来事。
心を殺したのも、反撃して人を殺したのも、防衛反応であると認識はしている。
正当化するつもりはないが、仕方のなかった出来事だと思っている。
あれをしなければ、死体となっていたのは私だったはずだ。
ただ、ハンナはどうだろうか?
優しく、友達思いで笑顔が似合う感情豊かな少女。
私の場合は物心がつくかどうかといった年だったから、心が壊れるだけで済んだのかもしれない。だが、今のハンナが同じ状況になったとしたら、果たして耐えきれるのだろうか。
友人であるハンナが犠牲になってしまうのは忍びない。
二階堂ヒロであれば、
顔を照らしていた太陽は傾き始め、園内で遊んでいた家族は数を減らしていた。
帰路につき始める家族を見て、ハンナは呟く。
「シェリーさんも、そろそろ帰った方がいいんじゃないですの?家族が心配していると思いますわ」
顔を遠くにいる家族の方向に向けたまま、話す。
表情を読み取れないが、声には悲しみが含まれているように感じた。
確か、ハンナにとっては置いて行かれることがトラウマだったはずだ。
もう魔法はないが、だからと言って心に影響が出ないわけではない。
このまま私が帰ってしまったら、ハンナは――。
そう考えたところで、ひとつの解決策が思い浮かんだ。
「そうです‼」
立ち上がり叫ぶ。ハンナは座ったまま飛び上がり、こちらを見つめて目を丸くする。
目じりや鼻は赤くなり、目には涙が浮かんでいた。
私は、ハンナと目と目を合わせて宣言する。
「ハンナさん!私と家族になりましょう‼」
公園内に私の声が響き渡った。
「な、な、なな、何を言っているんですの⁉」
ハンナの顔は、目と鼻の赤色を打ち消し、全体がイチゴのように赤くなっていた。
「わ、わたくしとシェリーさんが家族になる、なんて。そんな、女性同士で結婚なんて。それに未成年で結婚なんて破廉恥で――」
「私の里親に頼んで、ハンナさんも養子にしてもらいましょう!」
「はえ?」
「私が姉で、ハンナさんが妹になるんです!」
「ちょ、シェリーさん?」
「毎日楽しいと思いますよ!美少女探偵姉妹として、世に名を馳せましょう!」
「き・き・な・さ・い・ですわ!」
耳を引っ張られる。
「痛いですよ、ハンナさん!」
「人の話を聞かないからですわ!なんで急にそんな話になったんですの⁉」
「簡単です!私はハンナさんといるときが、一番楽しいんです!」
そう断言した瞬間、ハンナは息をのんだ。
「学校のように取り繕うこともなく、本音で過ごせる。どんな無茶を言っても、一緒に楽しんでくれる。それに、ハンナさんなら今はぎこちない義父母との関係も取り持ってくれるかもしれません!」
ハンナはこちらを見つめたまま、黙っている。
「だから、もう一度言います。ハンナさん!私と家族になりましょう!」
「ふふ……」
ハンナは口から声を漏らすと、大きく笑い出した。
「くくっ、自分のことしか考えていないじゃないですの、ふふふ……」
「えー?ハンナさんにもメリットはあると思いますよ?」
「ふふ……、あははっ」
ひとしきり笑った後、ハンナは呟いた。
「はぁ……、それも、いいかもしれないですわね」
すがすがしいような、憑き物が落ちたような表情で、こちらを見ていた。
「ですが、あなたの義父母の養子になったとしても、あなたと家族になったとは言えないんじゃありませんこと?」
「それは、言葉の綾ってやつですよ!」
「ふっ、言い返されちゃいましたわね」
ハンナは、クレープを一口かじる。つられて、私もクレープをかじる。
気のせいかもしれないが、先ほどよりもおいしく感じられたような気がした。
「そういえば、なんで私が妹なんですの?」
「えー?ハンナさんが後から家族になったのなら、妹になりませんか?」
「わたくしの方が誕生日は早いですわ!なら、わたくしが姉ということになりませんこと?」
「確かにそうですね!なら、お姉ちゃん!クレープ一口ください!」
「あー!ちょっと、一口が大きすぎるですわ!」
ハンナは不満げにしながらも、満面の笑みでいる。
私も、笑顔になっているだろう。
いつの間にか、公園には人けが無くなっていた。
だが、もうここには先ほどまであった寂しげな雰囲気は欠片もない。
義父母を説得できるかどうかといった不安はあるが、まあどうにかなるだろう。
今まで
それに、反抗期というものがあった方が、本当の家族らしくなるだろう。
私とハンナは、新しい家族になるべく二人で帰路に就くことにした。
Episode2:友人に対する《重み》と《想い》
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-原罪・破壊探偵-
彼女は全てを破壊した。
事件も、人も、自らの心さえも。
原罪を暴かれた彼女は、もう壊すことができない。
壊すことができないからこそ、これからは直す道を歩むことを決めた。
まずは、世直しからだ。
架空の真似事に過ぎなかった探偵像を実像とするために。
空っぽだった自分を隠す手段に過ぎなかった探偵像を真実にするために。
彼女は、真相を明らかにするために奔走する。
彼女は今日も、全ての真否を確かめ続ける。
-原罪・空想令嬢-
彼女は現実を見捨て、空想に逃げ込んだ。
二度と誰かを置き去りにすることはない。
原罪を暴かれた彼女は、逃げることをやめた。
逃げるなんて行いは、彼女があこがれていた理想の姿ではない。
彼女は理想を現実にするため、ただ生きる。
地に足が付いた生活を取り戻した彼女は、かつて夢見ていた空想上の姿とは遠くかけ離れていた。
だが、後悔はしていない。
彼女は友人と共に、現実を歩く。
彼女は空想を空想として見据え、現実を生きることができるようになった。
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