魔法少女ノ後日談   作:柏葉 鶏

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-あらすじ-
魔女裁判からひと月が経ったが、依然アリサは夜の街を彷徨ったままだった。
彼女の荒んだ姿に違和感を覚えたミリアは、アリサを喫茶店へと誘う。
そこで語られたのは、裁かれなかった罪についての苦悩であった。
ミリアはヒロを交えて、アリサの告白に耳を傾けることにした。



”自罰中毒”と”高校デビューギャル”のコクハク

 都内某所。繁華街のカフェで、佐伯ミリアと柴藤アリサはひざを突き合わせて語り合っていた。

 

「わざわざダチとの約束をボイコットしてまで、何がしたいんだよ?」

「別にボイコットしたってわけじゃないけど、……嫌だった?」

「……そんなことはねえけどさ」

 

 友人と会う約束をしていたが、ふらふらと所在なさげに街をぶらついているアリサを偶然見つけてしまい、思わず声をかけてしまった。なんだかんだ言いながらも付き合ってくれるあたりが憎めない。

 

「あれ以来久しぶりに会ったっていうのもあるけど、なんだか放っとけなくて」

「おい、ウチは捨てられた猫か?――って思ったけど、似たようなもんか」

 

 アリサは、自嘲気味に口角をゆがめて笑っていた。魔女裁判が終わったことで過去を清算したものが多くいるが、どうやらアリサは上手くいっていないみたいだ。

 スマホの通知音が鳴ったので画面を見ると、『もうすぐ着く』と連絡が入っていた。

 

「ダチからか?別に帰ってもいいんだぜ。特にやることもねーしな」

 窓の外を眺めながら、気だるそうにつぶやいた。人を遠ざけるような口調だが、寂しそうな様子は隠しきれていなかった。

 

「ううん、また別の人。誰と連絡してたかどうかは――もうすぐ分かるんじゃないかな」

 入店音のベルが鳴ったので、アリサの後ろに視線を向ける。どうやら間に合ったみたいだ。

 

「んだよ?ウチらの知り合いか?」

 アリサが振り向こうとしたが、それよりも前に二階堂ヒロが声をかけた。

 

「アリサ、久しぶりだな」

「に、二階堂!なんでここにいる⁉」

 アリサが猫のように飛び上がり、テーブル席の窓際まで後ずさる。

 

「ごめん、おじさんが呼んじゃった。元々別件で会ってて、さっき別れたばっかりだったんだ」

「ここ、座るぞ」

 ヒロが、アリサが飛びのいたことで空いたスペースに座り込む。

 

 何か言いたげなアリサだったが、どこか後ろめたさがあるのか、言い出せずに頭を抱え込んだ。

「お前らは何がしたいんだよ……」

「ひと月ぶりにあった友人と親交を深めたいというだけだ。何かおかしいところがあるか?」

「大ありだ!ウチとお前らはダチじゃねえ!」

「えぇ⁉ひどいなぁ。おじさんは友達だと思ってたんだけど……」

「そうだ、あの時言ったじゃないか。友人として一緒に罪を償うと。私たちは友人だ」

 

 二階堂ヒロが、まっすぐとアリサの眼を見つめながら断言する。私自身も本心ではあるが、あそこまで真正面から軸をぶらさずに言い切れる自信はない。アリサも、その眼差しを受け止めきれずに目をそらしている。  

 

「か、仮にダチだとして、何しに来たんだよ。仲良くお茶でもしようってのか?」

「そういうわけでもないが、確かに茶店に来て何も注文しないのは正しい行いではないな」

 ヒロは呼び出しボタンを押すと、ブラックコーヒーを注文した。私も紅茶のお替わりを頼む。

 

「アリサは何も頼まないのか?」

「……いらねえ」

「では、ロイヤルミルクティーをひとつお願いします」

 ヒロがアリサの前に置かれたカップを一瞥して、店員に注文した。

 

「オイ、いらねえって言っただろうが!」

「私がただ飲みたいだけだ。気にするな」

「チッ……金は払わねえからな」

「もちろんだ」

 ヒロがすました顔で返事をし、注文が以上であることを店員に告げる。

 

「ウチは茶ぁ飲んだらすぐに帰るからな」

 アリサは頬杖を突き、ふてくされたようにつぶやく。ヒロはその発言を聞き逃さなかった。

 

「どこに帰るんだ?自宅にか?それとも、また夜の街をぶらつくのか?」

「……家に決まってんだろ」

「嘘だな」

 ヒロがきっぱりと言い切る。

 

 アリサは依然誰とも目線を合わせないままだ。素人目にも嘘をついているのは明白だった。

「なんで分かんだよ?」

「今日は日曜日だというのに、くたびれた制服姿なのはおかしいだろう。また家に帰っていないんじゃないか?」

「ただ部活とか補習に行ってただけかもしれねぇだろうが」

「ふむ、確かにな。ここが君が通う学校から遠く離れた都心で、今が真昼間でなければ納得しただろうな。」

「……ケッ」

 

 ヒロとアリサの間で舌戦が続く。まだ雰囲気はそれほど悪くはないが、これが続いたら喧嘩になってしまいそうだ。見かねて、助け舟を出すとする。

 

「実はね、アリサちゃんのご両親からお願いされたんだ。復帰した学校で上手くいってないみたいだから話し相手になってくれないかって。おうちにもあんまり帰ってこないから心配してるみたいだよ」

「んだよ、もう知ってたのかよ」

「まあ、制服を着てるってことは学校には通っているということだからな。そこは安心した」

「そうじゃなければもっと大事になっていたよね」

 私とヒロは微笑み、言葉を交わしあう。だが、それとは対照的にアリサは不満げだった。

 

「それで?二人で仲良くカウンセリングでもしてくれるってのか?ただの素人が。本業のやつでもさじを投げたってのになあ?」

 アリサはけんか腰になりながら睨んでくる。だが、そんな威圧をものともせず、ヒロはすました表情で返事をした。

 

「いや、カウンセリングではない。ただ話をしに来ただけだ」

「あぁん?話?」

「ああ、そうだ」

 ヒロは姿勢を正し、アリサを見つめながら話し出す。

 

「私たちはあの牢屋敷で自分自身と向き合うことで、前を向くことができるようになった。だが、アリサは以前と変わっていないように見える。両親と話してもなお、過去を清算しきれていないと感じているんじゃないか?」

 アリサは黙ってヒロの話を聞いている。否定しないということは、ヒロが話しているということはおおむね事実であるのだろう。

 

「アリサが昔、他人の命を奪ってしまったことは知っている。何をしたところで、すでに失った命を戻すこともかなわないだろう。それに、そもそも私たちは当事者ではない。だが、私たちは理解者となることができる」

 ――理解者。その言葉を出した瞬間、ヒロとアリサの視線が交差する。

 

「そして、何より私たちはあの出来事を共有したかけがえのない存在だ。話をするなら、縁のゆかりもない第三者よりよっぽど役に立つだろう。ただ、私たちは君のことを客観的事実でしか知らない。判断を下すには客観的事実だけではなく、主観的事実も必要だろう。だから――アリサ、君の話を聞かせてくれ」

 ヒロは一息で言い切り、アリサの反応を待つ。

 

 アリサは窓の外を見つめて何かを考えているようだったが、こちらに視線を戻して話し出した。

「……二階堂の言い分は分かったけど、佐伯まで出向いてくる必要はあったのか?」

 急にこちらに矛先が向いた。

 

「うん、ひとりで出来ることには限界があるからね」

 魔女裁判でのことを思い出しながら返事をする。あの出来事は、十三人のうちの誰かが欠けただけで成立しなかったはずだ。一人だけでは解決するはずもない。

 

「私は口調が強いみたいだからな。緩衝役として、ミリアに協力を依頼したんだ」

 ヒロも同様のことを思ったのか、自虐しながらも協力者が必要であることに賛同してくれる。

 堅物だったころからは考えられないくらい、ヒロは変わったと言える。

 

「ハッ、良い警官と悪い警官ってことか?まるで尋問だな」

 だが、アリサは自罰的な態度を崩さないまま、皮肉を言い続けていた。

 自身は許されてはいけないものだと再認識させるように、一貫して態度を変えようとはしなかった。

 

「うーん、警官ってより、弁護人かな?多少は法律の勉強をしているから、役に立てるとは思うよ」

「おっと、それなら私は検察官か?」

 ヒロが小気味よく冗談を挟んでくる。ヒロなりに張り詰めた空気を弛緩させようとしているようだ。

 

 アリサはこちらの返答に対して絶えず皮肉や愚痴を言い続けてきたが、そういった行動が功を奏してか、次第に態度が軟化してきた。

 もしかしたら、アリサは本心では自身の言うことをただ聞いて、否定してくれる存在を求めていたのかもしれない。

 今更、自分自身のことを話したいから聞いてくれ、とは言いづらいはずだ。

 

「……ハァ、佐伯が弁護人だっていうなら、隣に座ってないと締まらねえだろうが。席変わるから一回立ってくれ」

「アリサ……」

 ヒロが心配そうにアリサを見つめる。

 

「大丈夫、今更逃げやしねえよ」

 私とヒロが席を立つと、アリサは私の前を通り抜けて窓際の席に座った。私とヒロが元の席に戻ったところで、タイミングよく注文した飲み物が届いた。

 

 ヒロが飲み物を受け取り、それぞれの目の前に配る。

 アリサは差し出されたミルクティーをほんの少しの間見つめていたが、観念したように手に取り、ひとくちぶん口に含んだ。

 ほう、と一息つくと、アリサはぼつりぼつりと胸の内を絞り出すかのように話し出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 自傷行為をし始めたのはいつからだっただろう。

 

 はじめは、ただ両親の気を引きたいだけだった。

 平穏な日常。喧嘩もいさかいもない学校生活。文句もつけようがないくらい良い両親。

 それゆえ、毎日がただ退屈だった。

 

 その形容しがたい何かに反抗したくて、自分の身体を傷つけた。

 両親は驚いて、すぐ病院に連れて行ってくれた。

 子供が転んで鋭利なもので――。医者にそう説明をしていたが、なぜそんな傷をつけたのか、という理由についてはウチには聞こうとしなかった。

 両親はただ、次からは気をつけなさい、というだけだった。

 

 そうか、こんなに小さい傷じゃ心配なんかしてくれないんだ。

 そう結論づけて、日に日に自傷行為が悪化していった。

 

 傷の大小では変わらないと気づいてからは、夜に街を徘徊して親に心配をかけるようになっていった。流れで悪い奴らとつるむようになったけど、あいつらと同じように軽犯罪には手を染めるような気にはなれなかった。

 

 でも、仲間外れになるのは怖くて、へらへらしながらのらりくらりと話を合わせて駄弁っていた。

 そんな時に教えてもらったのが、クスリだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「クスリ、だと?」

 ヒロの目が光る。

 

「アリサは違法薬物にも手を染めていたのか?」

 落ち着いた口調だが、怒りを隠せてはいない。一触即発の状況ではあるが、アリサは軽い調子で言葉を返した。

 

「クスリって言っても、コーラとかアイスみたいな洒落た名前がついたやつじゃないさ。風邪薬とかを大量に飲んだら、なんか頭が酩酊するんだよ。だから良いってわけじゃないけどな」

「その風邪薬は一般的に販売されているものなのか?」

「ああ、普通に薬局に売ってる薬だな。さすがに大量に買ったら怪しまれるから、いろんなところで少しずつ買ってたよ」

「…………まあ、いいだろう」

 ヒロは腕を組み、しばしの間うつむいていたが、ギリギリセーフだったようだ。

 

「続けていいか?」

「うん、お願い」

 何やら考え事をしているヒロに変わって返事をする。

 

 アリサはミルクティーで喉を潤すと、また語りだした。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 たまに補導されて警察にしょっ引かれた時も、両親は叱ろうとしなかった。

 ただ、ウチに謝るだけだった。

 相手してあげられなくて、気づいてあげられなくて、そんな枕詞をつけて、ひたすら謝っていた。

 

 そんな時に一言違うと、ただ叱ってほしいだけだと言ってやれば良かったけど、素直になれなくて言い出せなかった。

 ただ、その謝罪に反抗するように、自傷行為をするだけだった。

 

 そして、その日がやってきた。

 

 天気の良い日だったと思う。太陽がまぶしかったからカーテンを閉めて、自分の部屋にこもっていたのは覚えてる。

 そんな時に親が部屋を訪ねてきて、来客があるから挨拶してくれないか、と聞かれたけど、恥ずかしくて無視していた。

 そんな素直になれない自分が何よりも恥ずかしくて、逃げるようにクスリを服用した。

 

 ほどなくして頭が働かなくなって、ただ思い浮かんだことに思考を巡らせていた。

 

 がっこうのこと。みらいのこと。かぞくのこと。

 なんでこんなことになったんだろう。

 

 こんな現状になってしまった起源を探し出したくて、過去のことを振り返り始めた。

 

 小さいころは両親とのかんけいも悪くなかったと思う。毎年うみやお祭りにもつれていってくれたし、たんじょうびも祝ってくれていた。ああ、わたあめおいしかったな。りんご飴はびみょうだったけど、おこらせるのも嫌で我慢して食べきった。

 

 おまつりのあとには花火もした。花火きれいだったな。せんこう花火が一番のおきにいりだった。ばちばちとした火花が心を落ち着かせてくれて、だからこそ簡単に火が消えてしまうのがかなしかった。

 

 ばちばちとした火花。

 それが幻覚ではなく、現実であることに気が付くのにそう時間はかからなかった。

 今思えば、それが魔法が発現したきっかけだったんだと思う。

 

 始めはぼんやりと火を眺めながら心を落ち着かせていたけど、ふとした考えが頭をよぎった。

 

 この火でやけどをしたら、しかってくれるかな?

 

 自制心はなかった。

 流れるままに自分に火をつけようとしたけど、なかなか火が付かなくて、近くにあったカーテンに火を向けた。そうして気が付いたときには部屋が火の海になっていた。

 

 この後、どうなったのかは知らない。

 いつの間にかウチは救急車の中にいて、招いていた客が死んだと後から聞かされた。

 

 そのことを聞かせてくれた両親は、ただ、ウチに謝るだけだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「あとのことは知ってるだろ?魔女因子を持ってることが健康診断でバレて、牢屋敷に送られて今に至るってわけだ」

 アリサはしゃべり続けたことで喉が渇いたのか、ミルクティーを一気に飲み干した。

 

「ハッ、ミルクティーってぬるくなると、めちゃくちゃ不味くなるのな」

 カップから口を離してそう言ったアリサの目じりには、涙が浮かんでいた。

 

「ウチは自分勝手な理由で人を殺した罪人だ。だから許されちゃいけないんだよ」

 アリサはそう締めくくり、黙りこくった。

 

 いつの間にか日は傾き、人が少なくなったカフェの中は沈黙が支配していた。

 アリサの独白の内容の一部を知ってはいたが、やはり気分の落ちる話だ。人が死んでしまったのであれば、何の罪もないと言い切ってしまうことは難しいだろう。

 だが、減刑の可能性は残っている。少なくとも今の話にはつけ入る隙はあった。

 

「ちょっと……いいかな」

 おずおずと手を上げながら、アリサに質問を始める。

 

「アリサは『火傷をしたくて、自分に火をつけた』って言ったよね?それで実際に火傷はしていたの?」

「いや、多少服が焦げていただけで、火傷まではしていなかったな。自分の魔法では自分自身を傷つけることが出来ないってそん時に知った」

「部屋が火の海になってもなお、何も影響がなかったってこと?」

「ああ、そうだな。ちょっとした擦り傷とかがあっただけで、大怪我はしなかった」

 やっぱりそうか。アリサが発火源であるのに、アリサに影響がなくて第三者のみが死亡しているということに違和感があった。

 

「じゃあ、もう一つ質問。ご両親は怪我をしていたの?」

「…………あまり覚えていないけど、入院するほどの怪我はしていなかったと思う。ウチは救急車で運ばれた後は検査入院していたけど、親は毎日見舞いに来てたみたいだしな」

「なるほど……」

 

 アリサも、ご両親も死んでいないのに、招いていた客のみが死亡した。

 両親のさらにどちらかが死亡したのであれば話は違ったが、この結果はひとつの結論を示している。

 

 ――招いていた客は、自分から火の海に飛び込んだのではないか?

 

 天気が良くまぶしいと言っていたので、時間は昼だろう。夜でないのであれば、両親だけが発火に気が付いて、客を置いて逃げるとは考えづらい。

 おそらく、全員が一度家の外に逃げた時に、アリサが逃げ遅れたことに気が付いたのだろう。

 結果的に父親が死亡していないということは、父親に比べて年が若く、正義感が強い客が助けに行ったと考えられる。

 

 いくら自分では魔法が効かないといっても、自然鎮火するまで火の海の中にいたら、一酸化炭素中毒になりうる。

 客は無理してアリサを助けに行った結果、火傷を負って死に至ったのだろう。

 自身を助けるために命を犠牲にした人がいたとなれば、両親は伝えづらいはずだ。

 問題は、この推測をアリサに伝えるかどうかといったところだが――

 

 ヒロの様子をうかがうと、同じく考え事をしているようで、顎に手を当てながら目を細めている。やがてこちらの視線に気が付くと、アリサの方に視線を向けて、こちらに視線を戻した後にただうなずいた。

 どうやら同じ結論に至ったようで、ヒロは伝えるべきだと思っているようだ。

 

 アリサには酷な話だが、先延ばしにしてもいずれ知ることになるだろう。こうして過去を振り返ったことで、一人でいるときにふと気づいてしまうかもしれない。そうなれば、勢いで自死を選びかねないだろう。

 限りなく真実に近い推測を伝えるなら、今が一番良いタイミングのはずだ。

 

「アリサちゃん、今の話を聞いたうえでの推測なんだけど――」

 アリサに向けて語りだす。アリサの、原罪の起源を。

 

****************

 

「これが、当時起こった事実だと思う」

 先ほどの推測を語り終えると、アリサは目を伏せてどこか宙を見つめていた。

 

「……たぶん、そういうことなんじゃねえかって、どこかで思ってた。」

 アリサは小さく口を開く。唇はカサカサに乾いていて、今にもひび割れそうになっていた。

 

「いや、必死で気が付かない振りをしてたってのが正しいかもな。状況証拠から言ったら、すぐに思い浮かぶはずなのにな」

「もしかしたら刑は軽くなるかもしれないのに、重い刑を受けることを望んでいたってこと?」

「刑が軽くなったところで、人を殺してんだ。罪は罪だろ。なら重い方がいいだろうが」

「でも、その助けに行った人は自分の意思で火の中に入っただけで、アリサちゃんに責任は――」

「あるに決まってるだろ!」

 アリサは大きく叫ぶ。

 

「罪のない人を気づかないうちに焼き殺すより、自分のことを助けようとした人が死んだ方がマシだって言いたいのか⁉そうした結果、罪が軽くなって、贖罪する機会も失われて、ウチは何をすればいい⁉」

 今までせき止めていたものがあふれだすように、アリサの慟哭は止まらない。

 

「はじめは、ただ大事になってしまったって思ってた。両親があんなに大事にしていた家を燃やしてしまって、ごめんなさいって。ただ叱ってほしかっただけだって告白するはずだった。でも、人が死んでしまったのなら、そんなこと言えるはずもないだろ!」

 いつの間にか、アリサの両頬には涙が流れていた。

 

「ただのいたずらが結果として他人の命を奪ったと知って、絶望した。柄にもなく、戸惑ったさ!それで気が付いたら、ただの事故で済まされてた。罪を償う機会を一生失ったんだ!」

 アリサが強く握りしめた拳からは血が滴り落ちていた。牢屋敷にいた時とは違って蝶にはならず、机の上には血だまりができていった。

 

「ウチが放った火で自分ひとりが死ぬんならまだ良かった!でも、一度火から逃げて助かった命が、何の価値もないヤツを助けて失われるなんて、そんなことがあっていいはずがないだろ!罪を償えない、助けられたからには自分で命を捨てるなんて真似もできない!ウチはどうすればよかったんだ‼重い罪を受けた方が良いって思っていた方がいいに決まってんだろうが!」

 アリサは血で染まった手を眺めながら、顔を落とす。

 

「こんなことになるなら、もっと早いうちに――――死んでおくべきだったんだ」

 気が付いたときには、アリサの頬を叩いていた。

 

「そんなこと、二度と言わせないよ」

 振りぬいた手のひらがジンジンと痛む。ここまで感情的になったのは初めてだ。

 

「あ、ああ、すぐに自分の命を捨てようとするのが君の悪い癖だぞ、アリサ」

 急に暴力に打って出た私を見て目を丸くしていたヒロだが、すぐに表情を落ち着かせて私の発言に賛同する。

 当のアリサは頬を赤く腫らしながら、こちらを見つめていた。

 

「おじさんが今アリサちゃんの話を聞いているのは、心を整理させて罪に向き合ってほしいだけで、希死念慮を持ってほしいわけじゃないよ」

「でも、調べたんだ。本来なら、放火で人を死なせた時点で死刑か懲役にならないといけない。ウチが野放しになってるのはおかしいんだよ!」

 

「法律ってのは、人を罰するための道具じゃないよ。起きた事実を正しく見つめて、罪と向き合わせるためにあるんだ。放火でいうなら、薬の過剰摂取によって心神喪失状態になっていたから、責任能力はないと見ても良いと思う。発火した原因もあくまで自傷が目的みたいだし、保護観察処分が妥当だと思う。今も罰を受けていると見てもいいんじゃないかな」

「いや、それでも……」

 

「ヒロちゃんじゃないけど、おじさんも、法律もアリサちゃんを許すよ。その結果を受けて生きて償うこと。それが贖罪になるんじゃないかな」

「――ウチは、どう償えばいいんだ?」

「うーん、もう十分罰せられてる気がするけど……。その手、見てて痛々しいよ……」

 机の上の血だまりがじわじわと広がってきている。致死量というわけではないが、さすがに心配になってきた。

 

「――ウチは、もう赦されていいのか?」

「そうだね、ゆる――」

 

「それは、どうだろうか?」

 

「ん?」

「え?」

 二階堂ヒロが、異議を申し立てていた。

 

「ちょ、ヒロちゃん?」

「ミリアが言ったのは、あくまで推測に過ぎない。事実であると断定するには早計だろう」

「今、話がまとまりかけていたよね!なんで蒸し返すの⁉」

「言ったじゃないか、私は検察官だと。なら役目を全うするのは当たり前のことだ」

 ヒロは当然だと言わんばかりに自信満々の声で言い切った。

 ヒロは変わったといったが、あれは嘘だ。堅物のままだった。

 

「ヒロちゃんがアリサちゃんを許すって言っていたのは何だったの……」

「友人であるなら許すさ。だが法律が許すかどうかは別の話だ。先ほどは放火罪の話に焦点を当てていたが、重要なのは過失致死の方だろう。責任能力がないとしても無罪放免というのは難しいな」

「法律、詳しいんだね……」

「逆になぜ私が法律に詳しくないと思ったんだ」

 そうだった。二階堂ヒロは心底検察向きの性格をしていたのだった。

 この場に連れてきたのは間違いだったかもしれない。

 

「ちょっと、アリサちゃんの顔色がすごいことになってるじゃん!どうするの、この状況⁉」

 アリサの顔面が青色を通り越して真っ白になっており、目はうつろになっている。アリサは元々肌の色素が薄い方だが、今は血の気がまったく無くなってしまっていた。

 

「そうだな。一つ言えるのは、私の意見も推測に過ぎないという点だ」

「えっ?――あ、そうか」

 一拍遅れて、ヒロの意図を理解する。

 

「今、主観的事実と客観的事実がそろったが、事実を裏付けるには情報が足りない。なら、アリサはご両親に真実を聞いて真偽を確かめるべきだ」

 アリサは緩慢な動きでヒロの方に視線を向ける。

 

「今のアリサであるなら、真実を受け止めることが出来るだろう。これから一生罪を償っていく覚悟も持てたことだしな」

「…………そういうことかよ、クソが。分かったよ!やってやる!やりゃいいんだろ⁉」

「叱責は足りたか?」

「ああ、十分だ。ありがとな。二階堂、佐伯」

 いつの間にかアリサの顔面には生気が戻り、すっきりした顔立ちになっていた。

 

「どういたしまして」

 私は、素直に謙遜の言葉を述べた。ヒロは、感謝など不要だと言わんばかりに無言でコーヒーをすすっている。素直じゃない人だ。

 

「はあ……もう裁判はこりごりだぜ」

 アリサは、テーブルの上の血を紙ナプキンで拭きながら、独りごちる。

 

「私も疲れたとかじゃないけど、――あんまり弁論とかは向いてないって思ったかな……」

「いや、佐伯は弁護士には向いてると思うぜ。手を出す癖は早く直した方がいいけどな」

「そうだな。ミリアは人に寄り添うことが出来る人間だから向いていると思うぞ。感情的になるのはよくないがな」

「もう……二人していじらないでよ」

 

 恥ずかしさで顔が火照っているのを感じる。鏡を見るまでもない。

 あの時は頭に血が上った、というわけではないが、「死」に対して言いようのないような嫌悪を感じた。自死に向かおうとしているアリサを救おうと思ったがゆえに、思わず手が出てしまった。

 

 あの、おじさんであるなら、こうはならなかっただろう。

 自死に向かおうとしている人に対しても落ち着いて対応し、解決に導いたはずだ。

 私を、救ってくれた時のように。

 

 改めておじさんの手腕に脱帽し、より一層の憧憬の念を感じた。

 

****************

 

 あの後、ぬるくなったミルクティーを不味いと言ってしまったこと、店の中で大声をあげてしまったこと、机の上を血で汚してしまったことを店員に謝罪した。

 

 店員は快く許してくれたが、飲食店にとっては死活問題であることに変わりはない。

 何とか謝罪の意を示したくて、多めに料金を払おうとしたが、そのような気遣いはいらないと断られてしまった。

 とっさにレジ横にあったクッキーの袋をいくつか手に取って購入を申し出た時は、店員は苦笑いしていたが、そのまま応じてくれた。

 

「この世の中って、優しい人ばかりだね。まだまだ捨てたもんじゃないよ」

 帰路の途中、ミリアが語りかけてくる。

 

「ああ、ウチは恵まれてる」

 手当をしてもなお、ズキズキと痛む手でクッキーを手に取り、口に運ぶ。

 卵の風味が口の中に広がり、主張しすぎない素朴な甘さが心を落ち着かせてくれる。すさんでいた感情がじんわりと解きほぐされていくのを感じた。

 

「ちゃんと家に帰って、傷口は清潔にしておくんだぞ。また野宿でもしたら悪化するからな」

「わかってるよ。おめーはウチのオカンかよ」

 二階堂は苦笑したまま、肯定も否定もしなかった。

 こちらの心配をしつつも、心に踏み込みすぎないこの距離を心地よく感じる。

 そのように佐伯や二階堂と何でもないような雑談を続けていたら、いつの間にか駅に着いていた。

 

「それじゃあ、またね。アリサちゃん。ヒロちゃん」

「ああ、またな。アリサ。ミリア」

 そのまま、駅のホームで互いに声を掛け合う。

 じゃあね、ではなく、またね。何気なくその言葉が出てくることに敬意を覚えた。

 

「――また、な。佐伯。二階堂」

 その言葉を発する意味を理解しつつも、それに乗ってしまったのが気恥ずかしくて、二人に背を向けて走り出す。

 

 かつて、何十、何百と繰り返した帰路。

 あれからかなりの時間が経っていたが、迷うことなく家の前までたどり着くことができた。

 実家の、インターホンの前に立つ。

 

 玄関に明かりはついていないが、リビングの部分からは光が漏れ出ているのが見えた。

 落ち着いた感情で外観を眺めていると、とあることに気が付いた。

 一度全焼したにも関わらず、実家は燃える前の様相を残したままだった。

 

「ウチは、何にも見えていなかったんだな……」

 あの裁判の後、一度帰宅した時には全然気が付かなかった。

 

 昔の外観のまま、家を建て直した理由。

 少し前の自分であれば、過去を忘れさせないための嫌がらせ、と邪推して、家に寄り付こうとしなかったかもしれない。

 だが、今はこう思える。

 

 娘である自分が、昔のまま迷いなく家に帰れるように、両親が画策したのではないだろうか?

 

 そう思ってインターホンに手を伸ばすが、真実を知るのが怖くて、手が震える。

 あの火災の真実。家の外観を昔のままにした理由。

 果たして、両親は本当に私を愛してくれているのだろうか?

 心の中で葛藤していると、ふと、佐伯ミリアの言葉を思い出した。

 

「この世の中捨てたもんじゃない……か」

 悲観的になってもしょうがない。仮に愛されていなかったとしても、その時はその時だ。

 そう考えたら、震えが止まって、そのままインターホンを押すことが出来た。

 

「――」

 インターホンの奥から、懐かしい親の声が聞こえる。

 

「…………あの、……アリサだけど」

 そう告げた瞬間、インターホンの奥があわただしくなったのを感じる。

 

 唐突にインターホンからの声が途切れたかと思うと、玄関の明かりが付き、扉が勢いよく開かれる。

 既に日が落ちて周りは暗くなっていたが、扉が開かれたことで視界に光が満ちた。

 

「……ただいま」

 

 数年間口に出せていなかった言葉を、今ようやく言うことが出来た。

 

****************

 

 頭の中にアラーム音が鳴り響く。

 まどろんでいた意識が次第に形を成していくのを感じた。

 

「ん……、んあぁぁ……」

 無理やり声を出しながら伸びをし、頭と身体を覚醒させた。

 

 アラームを止め、力の入らない足を叱咤して、洗面所で顔を洗う。化粧水と乳液を肌にしみこませてから、今となっては慣れてしまったギャル風メイクを施した。

 パウダーをはたいて口紅を引き、鏡から一歩引いて全体のチェックをする。

 

「うん、ばっちり」

 ドライヤーで髪を整えて、制服に着替える。

 

 スマホで時間を確認したが、今日は手際よく起きられたからまだ時間に余裕がある。

 待ち合わせの時間にはまだ早いが、たまには早めに行ってもいいだろう。

 ローファーを履いて、最後に玄関の鏡で前髪のチェックをする。問題なし。

 

「行ってきます!」

 玄関の扉を開け、住宅街に出た。

 

 いつもの景色、変わらない登校風景。

 こんな当たり前のことが、今はかけがえのないものに感じる。

 通学路を歩いているうちに、線路に差し掛かった。

 あの、おじさんと初めて出会った場所。

 

「――」

 感慨深く思いながら電車が通り過ぎるのを待っていると、後ろから声をかけられた。

 

「……おじさん」

 振り向くと、かつて私を助けてくれた、おじさんが立っていた。

 まさか頭の中で考えていた人が、急に目の前に現れるとは思っていなかったので、上手く言葉が出てこない。

 

「あの、あのね。わたし、おじさんのおかげで友達を救うことができたんだ」

 おじさんは目を丸くして、私の言葉を聞いている。

 

「あれから、おじさんを見習って法律の勉強をしていたおかげで、友達の相談をちゃんと聞くことが出来たんだ。途中で手が出ちゃったんだけどね……。――やっぱりおじさんみたいにはいかなかったなあ。あはは……」

 手をプラプラと振って、笑いながら話す。

 おじさんは、私のつたない言葉に対して何も言うことなく、温かい目をしながら聞いてくれていた。

 

「でも、最後には友達を救うことが出来た。あの時おじさんに命を救われたからこそ、今の私があって、その私が他人を救うことで、この連鎖はつながっていくんだって思った。だから、私は――おじさんみたいな弁護士になりたいって、その想いを再認識することができたんだ」

 私の言葉を聞いて、おじさんの目に涙が浮かんできた。私もその涙につられてか、目が潤んできた。

 

「だから、改めて言わせて。あのとき、私を救ってくれて、ありがとう」

 

 目頭を指で押さえているおじさんと、ハンカチで目元を抑える女子高生。

 そんな光景を不思議に思ったのか、通行人がこちらをじろじろと見てくる。

 待ち合わせしていた友達も同様に、頭に疑問符を浮かべながら声をかけてきた。

 

「わっ、待たせてごめん。もうこんな時間だ!」

 スマホを見ると、登校時間がギリギリまで迫っていた。

 おじさんも腕時計を見て、慌てている。

 

「ごめんなさい!時間をとらせちゃって。じゃあおじさん、またね!」

 友人を連れたって、おじさんに向けて手を振る。友達も私に倣って、おじさんに手を振っていた。

 

「行ってきます!」

 

 私は、友達と一緒に学校に向けて走り出した。

 

 

Episode3:〈罪〉の告白と〈想い〉の告白

 

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-原罪・高校デビューギャル-

 

彼女は巻き込まれ暴かれた。

すべてを失った彼女に、もう何も背負うことはできない。

原罪を暴かれた彼女は、変わらず化粧を続ける。

自らを偽り取り繕うわけではなく、自らを飾り立てるために。

これからも戦い続けるために。

暴かれた私も、裁く私も、私だ。

全てを背負ったまま、前に立つ。

彼女は巻き込まれて暴かれた人を救うために、虚偽を見抜いて審判を続ける。

 

 

-原罪・自罰中毒-

 

彼女は許されてしまった。

甘い罰を求め、永遠に自らへと鞭を振るい続ける。

原罪を暴かれた彼女は、鞭を振るう手を止める。

許してもらうがために自身の傷に向けていた目を、罪に向ける。

もう、目をそらさない。

苦い罪を受け入れ、甘い罰を受け入れ、飲み込む。

そうして彼女は、同じように罪に苦しむ少女たちの力になることを決める。

彼女は許されてしまったが故、経験を活かして他者を救う道を歩むことを決めた。

 

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