魔法少女ノ後日談   作:柏葉 鶏

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-あらすじ-
魔女裁判を終えて日常を取り戻してから、今まで通り配信活動を続ける沢渡ココ。
しかし、魔法を失ってから徐々に人気が落ちていくのを、数字で実感していた。
そんな折、蓮見レイアからコラボ配信の誘いが届く。
これはチャンスだと思い、ココは大々的に告知を打ち、配信を開始した。
しかし、レイアが配信冒頭で告げたのは、突然の『引退宣言』だった。



"孤独な配信者"と"舞台上の偶像"のハイシン

『──あ、行けたかな……どもども〜ココたんだよ〜!』

 

▶きた

▶こんにちは〜

▶初見です

 

 

『お、初見マジ!? 今日はチャンネル史上初のコラボ配信だから、最後まで見てってな〜』

 

▶わくわく

▶く、くる

▶初って……ぼっちじゃん

 

 

『ぼっちって言うなし! もうぼっちじゃないからいいんだよ! ……んで、コラボ相手だけど──なんと、あの! 有名芸能人、蓮見レイアだ〜!』

『こんばんは。蓮見レイア……です』

 

▶マジ!?

▶レイア様〜!!

▶本物じゃん!?

▶いつものビッグマウスだと思ってた

▶いくら金積んだの?

 

 

『はっはっはー、もう弱小配信者とは言わせないぞ〜。……ってオイ! いつものビッグマウスってなんだよ!? 賄賂とかも渡してねーし!! そーだよね、レイアっち?』

『そうだね、今日は私からお願いして配信に出演させてもらうことになったんだ。憶測で物事を語るのは良くないよ』

 

▶すいません

▶レイア様から? なんでわざわざこんな配信に?

 

 

『レイアっちのマジレスきたー。……んで、今日の配信だけど──』

『その前に、ちょっと良いかな』

『ん、どした?』

 

▶ん?

▶なんだなんだ

 

 

『初めに言っておかなければならないことがある──私、蓮見レイアは……本日を持って芸能活動を引退しようと思う』

『はぁ!?』

 

▶え

▶マジ!?

▶急にどうした

▶嘘でしょ?

 

 

『あ、あははー、レイアっち冗談キツイって〜』

『冗談ではない、私は本気だよ』

『ちょ、ま、り、リスナーの皆、始まったばかりだけど、一旦休憩に入るぞ〜!また後でな!!』

 

▶終わるのはやくね?

▶いま来たけどなんかあったの?

▶切り抜き確定じゃん

▶やめないで

▶どういうこと?

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……レイアっち、突然どうした?」

 

 配信の一時停止ボタンを押したポーズのまま、蓮見レイアに目を向ける。

 レイアは神妙な顔をしながら、つぶやいた。

 

「すまない……でも、決めてたことなんだ。どうか止めないでほしい」

「ちげーわ! なんでわざわざコラボ配信で言うんだよ!? 色々考えてたスケジュールがパァだっての!」

「え、あ……そ、そうだね。申し訳ない」

 

 想像していたこととは違う返事がきたので思わず文句を言うと、レイアは慌てたように頭を下げた。

 嘘くさい。信じらんない。正気を疑う。

 そういった感情が頭をよぎる。

 待ち望んでいたレイアとのコラボ配信がようやく実現できると思っていたのに、レイア本人にぶち壊された。

 期待を裏切られたことで、どうにも怒りを抑えきれない。

 

「なんなん? 最初っからそれ目的でコラボしよ~って言ったん? 楽しみにしてたあてぃしがバカみたいじゃん!」

「──そういうわけではないんだが……こういうことは隠さずに初めに言っておくべきことかなと思ったんだ」

 レイアは、頭をポリポリと掻きながら目線を下げる。

 レイアの表情がよく見えないので嘘であるかどうか断言はできないが、どうやら後ろめたくは思っているみたいだ。

 

「はぁ……これでチャンネル登録者数が減ったらどーすんの? 責任取ってくれんの?」

「へ、減る? そういうものなのか?」

 レイアはあてぃしの言葉を聞いて下げていた頭を上げると、露骨に慌てだして顔を青くさせている。

 そんなことも分からずに、こんな引退騒動をしでかしたのか。

 とぼけた顔と頭をしているレイアに、重ねて怒りを覚える。

 

「そりゃそうっしょ! レイアっちがほんとに辞めようとしてるんだったらいいけど、これでなんだかんだ理由をつけて復帰とかしたら完全にヤラセじゃん! あてぃし、完全に片棒担がされる感じになるんだけど! ──ってか、そもそもレイアっちが辞めんのも良くねーよ!? ホントに辞めようとしてんの!?」

 いつものようにノリ突っ込みをしながら、レイアに質問をする。

 登録者数が減る話でうろたえていたレイアだったが、こちらが質問をしたことで平静を取り戻したようだ。

 先ほどまで視線を逸らしていたレイアだったが、今度は目と目が合う。

 

「うん、辞めようと思っているのは本当だよ」

 レイアは、悲し気な表情をしながら、断言した。

 そう語るレイアの瞳にブレはない。

 引退の意思は固いらしい。

 

「じゃあ、なんでなん?」

 素直に理由を聞く。

 

 だって、当たり前だ。

 レイアと言えば芸能人だ、と言えるくらい、そのアイデンティティは大きい。

 そんなに簡単に捨てられるほどの名声じゃないはずだ。

 

「そうだね…… ひとつ言えるとしたら ──魔法、のことかな」

 レイアは、一呼吸おいて語りだす。

 

「ココくんも知っているよね。私は、舞台で演技をしているときに魔法を使っていたんだ」

「ん〜。そーいや、そんなこと言ってたっけ」

 記憶をさかのぼる。

 そういえば、魔女裁判の時にレイアが魔法を悪用していたことを暴露されてた気がする。

 

「魔女裁判が終わって、無事に芸能生活に戻れたのはよかったんだけどね。前と同じ仕事をしているうちに、今まで魔法を使って卑怯な真似をしていたのが、無性に恥ずかしく思えてきたんだ」

 レイアは大げさに首を振り、頭を落としながら語った。

 

 その言葉で、初回の魔女裁判での出来事を思い出す。

 レイアは、舞台上で視線誘導の魔法を使って、実力以上の人気を集めていたそうだ。

 曰く、病床の母親に見てもらうためだったみたいだから、責めるに責められない。

 

「まあ、いいんじゃね? あてぃしもそんなことやってなくはなかったし」

 あてぃし自身も千里眼の魔法を使って、暇そうにしている視聴者がいたら慌てて話題を切り替えたりしていたから、その気持ちもわからないでもない。

 まあ、あてぃしの時は露骨にやりすぎたからか、気味悪がられて視聴者が減っちゃったので、あんまりやらなくなったけど。

 レイアの言葉に対して、賛同する意見を言ったが、レイアはそれに言及することなく、独白を続けている。

 

「でも、私は私を許せなかったんだ。こんな卑怯者が、これ以上舞台に立っていいわけがないってね。だから引退を決意したわけなんだが……どこでそれを宣言しようか迷っててね。そんな時に思い浮かんだのが、ココくんというわけさ!」

「あてぃし?」

「ああ!」

 

 レイアは大げさな身振り手振りをしながら、説明をしている。

 それはまるで舞台上の偶像のようだったが、どこかぎこちなく見えた。

 それに、なんだかいつも見ているレイアの舞台とは全然違うように感じる。

 

「ココくん自身も言っていたけど、君は以前から私とのコラボを熱望していただろう? これはいい機会だと思って、便乗させてもらうことにしたのさ」

 レイアは髪をかき上げながら、あてぃしに手を向けている。

 

「まあ・・・・・確かに言ったけど──」

 そのレイアの動きを見て、さらに違和感が強まった。

 

 なんだろ。

 なんか無性にイライラする。

 さっきまでの、スケジュールをぶち壊された腹立たしさとは違う。

 例えるなら、皮膚の上をなぞられているような不快感というか。

 どうにも、レイアの語りには言葉で言い表せられない何かを感じる。

 

「だというのに、こんな形で炎上してしまって、ココくんには本当に申し訳ないと思っているよ。どうか、謝らせてほしい……」

 レイアはスマホを眺めながら、物憂げな表情で顔に手を当てている。

 その口元を見ると、一瞬だけ口角が上がったように見えた。

 それを見て確信する。

 

 レイアは嘘をついている。

 

「ねぇねぇ、レイアっち〜」

「ん?どうしたんだい、ココくん?」

「嘘、ついてんでしょ」

「え……」

 

 鎌をかけた瞬間、レイアの動きが止まった。

 先ほどまでもどこか動きがぎこちなかったが、今はロボットのようなぎこちなさで、こちらに顔を向けた。

 

「レイアっちさ〜、普段から目立ちたい目立ちたいって言ってんじゃん? なのに、急に引退宣言すんのっておかしくね?」

「な、なにを言っているんだい、ココくん。人とは、日々変化していく生き物だよ。主張が変わることなんて、そうおかしいことではないだろう」

「ふ〜ん」

 

 額に汗をかきながら釈明しているレイアを尻目に、左手を顔に当てて中指と薬指の間からレイアを見つめる。

 わざとらしい様子で虚勢を張るレイアの顔は、嘘と虚飾で塗り固められていた。

 

「テセウスの船という言葉があってね……人の身体というのは───」

「あと、さっきさりげなく顔を隠してたけど、スマホを見て……安心した表情してたよな?」

「っ……!?」

 

 レイアはビクリと身体を震わせて、手に持っていたスマホを落としてしまう。

 落ちたスマホの画面を見ると、そこにはSNSの検索画面が煌々と照らされており、レイアが配信の反応を見ていたことが明白だった。

 そして、思わずスマホを落としたことで、それが図星であったと確信できる。

 

「SNSはテレビより規模が大きいもんな~。それで炎上でもしたら、いろんなところで話題になって、今よりもっと見られるようになって、もしかしたら──」

「わ、分かった! ちゃんと話すから、それ以上言うのは辞めてくれ! 本当にすまなかった!」

 レイアは、その場で勢いよく土下座を始める。

 先ほどとは違って、その行いには嘘は感じられなかった。

 

「食べ物とSNSの恨みは恐ろしいんだぞ? ミリアの件、忘れたん?」

「うっ、いや……本当に申し訳ない」

 レイアはしなびたほうれん草のような顔をしながら、ひたすら平謝りしている。

 その消沈具合を見て、どこかかわいそうだという気持ちが芽生えるが、ここで折れても意味がない。

 心を鬼にして詰め寄ることにする。

 

「んで? なんでこんなことしたんよ?」

「あー、その……えっと………………………」

 レイアは答えづらそうにしていたが、落ちていたスマホを拾って画面を見せつけると、諦めたかのようにため息をこぼす。

 レイアは観念したかのように話し始めた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 私は、人気が欲しかった。

 

 一時的な失踪騒動があってからは少しだけ話題になったが、それまでだった。

 すぐにいつもの光景に戻った。

 

 与えられた仕事をこなし続け、実感のないまま過ごす毎日。

 私の人気が落ちて行っているのを、肌で感じていた。

 

 このままでは、一番にはなれない。

 これから、母に見てもらうこともなくなってしまう。

 でも、魔法が無くなってしまった今、私に注目させることが出来る手段もない。

 

 このまま人気が落ちていけば、いつか私はテレビから消える。

 母の目に、映らなくなる。

 それだけは、嫌だった。

 

 だから──

 

 一番人気がある今なら、まだ注目される。

 引退を発表すれば、もっと話題になる。

 見て、もらえる。

 

 それが、私の最後の手段だった。

 

 卑怯だと思った。

 ココくんには悪いと思った。

 

 でも、他に方法が思いつかなかった。

 

 母に見られなくなるくらいだったら──

 枯れ行く前に、花火のように華々しく散る。

 そうするしかなかったんだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はぁ………… なぁーに、バカなこと言ってんの?」

 

 レイアが悩みを告白し終えた瞬間、思わず言葉が出た。

 呆れかえりながら、レイアに向けて吐き捨てる。

 

「ば、バカとはなんだ! 私は、私なりに悩んで──」

 レイアが反論してくるが、聞く気にならない。

 

「あーあー、バカバカし~。聞いて損したわ…… バカ! この…… おバカ!!」

「バカではない! それを言うなら、先にバカと言ったココくんの方がバカだろう!!」

「なんだって!?」

 レイアが、椅子から立ち上がってこちらに詰め寄ってくるので、あてぃしも負けじと立ち上がる。

 

「ココくんに何がわかるんだ! 私は──」

「わかるよ! だって、レイアっちは逃げてるだけじゃん!」

「逃げてない!」

「逃げてる!」

「逃げてない!」

 小学生のような語彙で罵倒を飛ばしあい、子供のように取っ組み合う。

 

 レイアの手首をつかんで引き倒そうとするが、それよりも先にあてぃしの肩を掴まれる。

 思わず手を引きはがそうとするが、レイアの方が上背があるからか、なかなかうまくいかない。

 レイアからちょっと力を加えられただけで、あてぃしの身体が弾き飛ばされてしまった。

 

 急だったので足元に踏ん張りがきかず、たたらを踏んだかと思うと、配信机にぶつかってしまう。

 その勢いで、配信道具が床に散乱してしまった。

 

「あーっ! ちょっと、何すんの!」

 

 なけなしの金で買いそろえた配信道具がめちゃくちゃにされたことに怒りを覚えて、レイアの腰に向けて突進する。

 レイアは咄嗟に身体を守ろうとするが、勢いを止めきれず、身体同士がこんがらがって壁に激突した。

 気がつくと、あてぃしがレイアの上に馬乗りになった体勢になっていた。

 レイアの胸倉をつかんで、啖呵を切る。

 

「わかってんよ! なんかグダグダ言い訳してるけど、結局人気が落ちて行ってるのに耐え切れなかったんでしょ!? 逃げんなし!」

「なっ…… わ、私は逃げてるわけではない! 今取れる最良の策を実行するというだけだ!」

 レイアが反論するが、そんな言い訳は聞きたくない。

 

「嘘いうなし! あてぃしが知ってるレイアっちは、そんなダサい逃げ方しないんだよ! 」

 感情が高ぶってきて、涙が溢れてくる。

 

「レイアっちは、いつだってあてぃしたちを引っ張ってくれてた! みんなが嫌がることも率先してやってくれてた。空気が最悪だった時も、劇を提案して雰囲気を和らげてくれたりしてたじゃん! なのに、ちょっと人気が落ちたからって、あきらめてんじゃねえよ! いつものバカみたいな能天気っぷりはどこに行ったんだよ!」

 

 叫び終えると、胸倉をつかんだまま、うなだれる。

 部屋には、あてぃしたちの荒い息遣いだけが聞こえた

 

「……レイアっちは、あてぃしの目標だった」

 小さくつぶやく。

 しん、と静まった部屋に、私の言葉が染みとおる。

 

「え?」

 レイアが、驚いたような声を出す。

 

「悔しいけど、レイアっちの方が人気あんじゃん。だから最初はムカついてさ~、アラ探ししてやろ~と思って作品見始めたわけ」

 声が震える。

 

「でも、そこにいたのはいつものレイアっちで。いつも通り、みんなを笑顔にしてて。……ズルいなって思った。嫉妬もしたし、憧れもした」

 胸元を握る指が痙攣するみたいに震える。

 

「ジャンルは違うけどさ、人前に出るもん同士、勝手に戦友だと思ってた。あてぃしだって、誰も見てくれてないんじゃないかってずっと不安だったのに、レイアっちが頑張ってんの見て、あてぃしも頑張ってこれたんだよ? それなのに勝手にやめるとか言って──あてぃし、どうすりゃいいの? 置いてくなよ……」

 

 あふれた涙が頬を流れ、レイアの胸元にはぽたぽたとシミができていった。

 しばらく、沈黙が続いた。

 息が切れる音だけが部屋に残る。

 目の端では、散らかった機材のLEDが、床でちかちかと点滅していた。

 ──そんな時

 

「──うか……」

 レイアの声が静かに響く。

 

 顔を上げると、レイアがこちらを見つめていた。

 その目には、涙が浮かんでいる。

 

「そうか……同じだったんだ」

「……?」

 よくわからないことを言うレイアに対して、疑問が浮かぶ。

 それに気を取られて、高ぶっていた感情が落ち着いてきた。

 

「同じって……どゆこと?」

 質問をすると、レイアは一度目を閉じ、大きく息を吸った。

 

「──私も、ココくんに救われていた……のかもしれない」

「え?」

「牢屋敷から帰ってきてから、私は仕事が怖かった」

 

 真剣な目でこちらを見つめながら、語り始めるレイア。

 その唇は震え、瞳は涙で濡れている。

 その雰囲気に圧倒されて、あてぃしは黙ってレイアの言葉を聞く。

 

「前まで出来ていたこと《視線の誘導》ができなくて、私が本当にみんなに見られているかどうかが分からなくなった。周りの目をうかがうように、自分を偽っていた。次第に、変なところが目に付くようになってきたんだ」

 レイアが、ゆっくりと語り続ける。

 

「初めは、私を見ていない視線に気づいた。次に席の空き状況、グッズの売れ行き……。──皮肉だよね。見てもらえることを気にしていたら、今まで見えていなかったものが見えてくるようになるなんてさ」

 レイアの言葉が、胸に刺さる。

 あてぃしも、チャンネル登録者数を増やそうとして、躍起になった結果が裏目に出たことがある。

 あがいてもあがいても抜け出せない泥沼。

 あの時はどうやって折り合いをつけたんだったか。

 

「その状況をどうにかしたくて、色々と手を尽くしたんだけど、どうにもならなかった。でも、誰にも相談できなかった。だんだんと一人で霧の中を歩いている感覚になってきたんだ。やっていることの実感が全然わかなくて、踏み出すたびに不安が増えた。どうにかなりそうだったよ。……そんなときかな、ふとココくんの配信を見てみたんだ」

「え……」

 思わず、声が漏れる。

 

「そこでは、一人でも生き生きと配信をする様子のココくんがいた。それを見て、なんというか……まぶしく感じたよ」

「おい。それは、あてぃしがぼっちでやってることを馬鹿にしてんのか?」

 真正面から褒められたのが気恥ずかしくて、思わず皮肉を言ってしまう。

 逃げるように顔を背けて、頬が熱くなるのを感じる。

 

「フフ……そういう風に聞こえてしまったかな?」

 レイアが、小さく笑う。

 

「もやの中に光が差し込んできて、これしかないって思ったんだ。無意識に、君に助けを求めていたのかもしれないね」

 レイアの言葉を聞いて、胸が熱くなる。

 

 レイアも、あてぃしと同じだったんだ。

 互いに、相手を見ていた。

 互いに、相手に救われていた。

 

「……だから、同じってこと?」

 小さく、笑う。

 

「ああ……同じ、だ」

 レイアも、微笑み返す。

 

 二人で、目を見つめ合う。

 涙で濡れた瞳が、互いを映していた。

 

 しばらく、そのままの姿勢で見つめ合う。

 何も言わなくても、わかる気がした。

 

 あてぃしたちは一人じゃない。

 

「……それにしても、そちらの領分を考えずに考えなしに行動を起こしてしまったな。言葉も過ぎた、申し訳ない」

 そのようなことを考えていると、レイアが謝罪をしてきた。

 眉を下げ、申し訳なさそうに頭を下げている。

 

「ふん……別にいいし……」

 口をすぼませて、虚勢を張る。

 先ほどまで考えていたものがものなだけに、恥ずかしさを感じる。

 

「こっちこそ……ごめん。掴みかかっちゃったりして……」

「いや、それは私が先に突き飛ばしてしまったのが発端だからね。……もし壊れていたら弁償するよ」

「本当に〜? 最上位モデルでもいいのか?」

「うっ……。お手柔らかに頼むよ」

 いつものように軽口をたたくと、レイアは苦笑いで返した。

 

 よかった。

 いつも通りのレイアだ。

 互いに、微笑み合う。

 和やかな雰囲気が、部屋を包んだ。

 お互いに手を貸しあい、立ち上がる。

 

「実際、どうだい?壊してしまったかな」

 二人で、散らばった配信機材を見る。

 

「ん~、でもちゃんとライトも光ってるし、大丈夫かも? ほら、ここ── あれ?」

 配信器具には赤いランプのLEDが点灯しており、ちかちかと点滅していた。

 これは、配信が始まった時によく見る光景で──

 

 ぼやけていた思考と思考が結びつき、一つの結論に至る。

 恐る恐るとパソコンのモニターを見ると、そこには、配信されていることを示す「LIVE」という文字が表示されていた。

 

 

▶あれ、また始まった

▶なんか喧嘩してね?

▶炎上不可避

▶おい、レイア様が怪我したらどうすんだ

▶見えない

▶そんな人気落ちてたか?

▶あー、スランプか

▶ガチ泣きしてるやん

▶ココも個人にしては人気がある方だぞ、元気出せ

▶ろうやしき?ってなんだ

▶復帰してからのレイアの演技変だったけど、そういうことだったのか

▶両想いじゃん

▶レイココ尊い……

▶いや、ココレイだろ

▶でも引退するんでしょ?

▶いい話だったな

▶ここまで台本?

▶引退しないで

▶どうせヤラセ

▶ヤラセじゃないだろこれ

 

 

「っ~~~~~~~!?」

 

 声にならない叫びが喉から漏れ、慌てて机に駆け寄る。

 コメントの流れる勢いはかつてないほどだった。

 

「なんで!? いつから!?」

 

▶取っ組み合いしてたあたりから?

▶結構前からだよ

▶全部聞いてた

▶配信切り忘れてたんじゃね

 

 質問をしたけど、コメントの流れが早すぎて答えが追いきれない。

 

 パッと見た感じ、応援のコメントもある。

 でも、批判のコメントもある。

 茶番だと疑うコメントもある。

 一つ言えるのは、あてぃしたちの本音が、ネット上にさらけ出されてしまったということだ。

 

「は、配信を止めなきゃ……」

 これ以上炎上する前に止めないと。

 震える手で、停止ボタンに手を伸ばす。

 だが、ボタンに手が届く前にレイアから手首をつかまれた。

 振り返ると、レイアは真っ青な顔でこちらを見つめている。

 

「いや、いいんだ」

「レイアっち?」

「聞かれてしまってはしょうがない。包み隠さず、話そう」

「……それでもいいん?」

「……ああ」

レイアとあてぃしは、カメラの前に座りなおす。

 

「みんな……見苦しいところを見せてしまったね」

 

▶面白かったよ

▶ココが言ってたことってほんとなの?人気が~ってやつ

 

 

「そうだね。私は、人気が落ちて行ってるのが怖かったのかもしれない」

 

▶気のせいだろ、そんな変わらんかったぞ

▶レイア様、引退撤回しますよね!?

 

 

「いや、引退は撤回しない」

「え」

 思わず声が漏れる。

 

「ほんとにやめんの? ちゃんと見られてるじゃん。視聴者にも……あてぃしにも……」

「人気があることが分かったから引退をとりやめます、なんて面の皮の厚い真似は、私にはできないよ」

 

 レイアは苦笑しながら、思いをこぼす。

 確かに、その言い訳はダサい。

 でも、このまま逃げる方がずっとダサいはずだ。

 なんとか引退を撤回させようと思って口を出そうとした瞬間、先にレイアが口を開く。

 

「でも引退じゃなくて、活動休止にする。その期間で、一度自分を見つめなおしてみるよ。そして、必ずなんらかの形で答えを出す。……必ず、戻ってくるよ」

 レイアはこちらを見ながら、言う。

 

「このままじゃ、『逃げ』になってしまうからね」

 そう言って、いつもの自信満々な顔で断言した。

 

「やるじゃん、レイアっち~」

 人差し指を伸ばして、レイアの肩を突っつく。

 それでこそレイアだ。

 

 コメント欄に、大量のコメントが流れる。

 

 応援されている。

 でも、批判もある。

 疑いもある。

 でも、それでいい。

 これが、現実だ。

 

 あてぃしたちは、これから、この現実の中で生きていく。

 見られながら。

 応援されながら。

 批判されながら。

 

 それでも、前に進む。

 

「よし! じゃあ、これで配信は終わりにするぞ! また告知するから、次も見てくれよな~。おつココ~」

「おつコ……、そんな掛け声今まで言ってたっけ……?」

 

▶おつ

▶応援してる

▶次も見る

▶頑張れ

▶レイア様……ずっと待ってます

 

≪この配信は、終了しました≫

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 あの後、ココの家から出て、その足で病院に向かった。

 受付で面会の手続きをして、母の病室へと向かう。

 

 面会時間が終わる直前であるからか、入院しているであろう患者以外に人が見当たらない。

 静かな廊下に、コツコツと私の足音が響き渡る。

 消毒液とリネンの匂い。

 静かだけど、どこか漂う緊張感。

 私は、この空間があまり好きではない。

 

 病院というものに感じる負のイメージか、私にとって良い思い出が無いからか。

 足を運ばない理由はいくつもあるが、ここは私の原点でもある。

 

「お母さんに見てもらえるために芸能人になる、か」

 

 あれから、がむしゃらに人気を増やすことに固執してきた。

 目立つことを大義名分にして、卑怯な真似をしてきた。

 ヒロにはああ言ったが、自分でもわかっている。

 オーディションだろうと本番の舞台であろうと、個人的な目的のために魔法を使ってきたことは揺るぎもない事実だ。

 

 母に見てもらわなければ、生きていく意味なんて無い。

 今まで、そんな刹那的な考え方をして生きてきた。

 でも、今回の騒動でその生き方に疑問が浮かんだ。

 ココや視聴者に依存するという良くない形で納得しかけた。

 甘い『逃げ』に走った。

 

 だから──改めて、原点に向き合う必要がある。

 現実を、見る必要がある。

 

 

 母の病室の前にたどり着く。

 病室の扉を開けると、母がベッドに横たわっていた。

 目は閉じられており、規則的な呼吸音だけが聞こえる。

 

「お母さん……」

 ベッドの横に座り、顔を眺める。

 顔色が青白く、頬に赤みがない。

 今となっては見慣れてしまった、母の顔。

 芸能人を志したあの頃から変わらない。

 

 傍らに置かれた点滴台を見るとまだまだ液が残っているので、先ほど看護師が見回りに来たばかりのようだ。

 だからだろうか、母の細い腕だけが毛布から出ているので毛布をかけ直し、そのまま手を握る。

 そうした瞬間、母の目がうっすらと開き始めた。

 

 母がゆっくりと視線をこちらに向ける。

 だが、焦点が合っていない。

 私が目の前にいるにも関わらず、どこか宙を眺めている母。

 私を、見ていない。

 

「……お母さん」

 そんな母に向けて語りかける。

 

「私、ずっとお母さんに見てもらうために頑張ってきた。例えどれだけ可能性が低かろうと、一番になればお母さんの病気が良くなるんじゃないかって思って、努力してきた」

 母を握る手を強める。

 

「でも、駄目だった。いくら卑怯な手を使って名声を得ても、変わらなかった。正直、何度も諦めようと思ったよ……」

 深く息を吸う。

 

「そんな時……牢屋敷に連れ去られたとき、かな。ふと思ったんだ。私は劇が好きなんだって。お母さんに見てもらえなくても、演技をすることが楽しいんだって気づいた。ひとつの目標に向けて皆で努力すること、それをお客さんに見てもらって喜んでもらえること。それが一番だって」

 母は、何も答えない。

 

「だから、これからはお母さんを理由にするのをやめる。そして、芸能活動を続ける。お母さんのためじゃなく、私のために」

 母の手を優しく握りしめる。

 

 

「ありがとう、お母さん。私にきっかけをくれて」

 最後にそう締めくくり、母を見つめる。

 母は、依然として視線をこちらに向けているが、何も反応を示さなかった。

 

「……そろそろ面会時間が終わっちゃうね。…………また来るよ」

 最後に強く手を握りしめたあとに別れを告げて、病室を出る。

 

 

 廊下には、夕日が差し込んでいた。

 その光はまぶしく、ひどく目に染みた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 レイアを見送った後に家に帰ると、おじいちゃんがリビングでテレビをつけながら新聞を読んでいた。

 

「じいちゃん、ただいま〜」

 おじいちゃんは顔を上げて、にっこりと笑った。

 その笑顔は、いつもと変わらない。

 

 リビングに入ると、テレビでは何かのバラエティ番組が流れていた。

 おじいちゃんの隣に座ろうとしたが、ふと思いついて背後に回る。

 

「じいちゃん、肩揉んであげよっか?」

 おじいちゃんは、少し驚いたように振り返ったが、すぐに嬉しそうに頷いた。

 おじいちゃんの肩に手を置く。

 思ったより、硬くなっている。

 

「じいちゃん、肩凝ってるね」

 ゆっくりと揉みほぐしていく。

 おじいちゃんは、気持ちよさそうに目を細めた。

 

 しばらく無言の時間が続く。

 テレビから流れる笑い声だけが、部屋に響いていた。

 

 ふと、テーブルの上に置かれたタブレットに目が行く。

 画面は暗転しているが、おそらくあてぃしの配信を見ていたんだろう。

 恥ずかしいから見ないでほしいと一度怒ったせいか、おじいちゃんは表立ってはあてぃしの配信を見なくなった。

 だが当時、魔法を持っていたあてぃしには、その後も見てくれていたことがバレバレだった。

 今となっては確かめる術もないが──

 

「新聞にテレビにタブレットね…… 贅沢じゃん。さっきまで何見てたん?」

 

 ニヤニヤと笑いながらおじいちゃんに質問する。

 おじいちゃんは照れくさそうに頭を掻き、新聞だ、と言った。

 でも、私には分かる。

 これは嘘だ。

 孫を思う、優しい嘘。

 

 だからこそ、それを認めてはいけない。

 あてぃしは、『推し』の。じいちゃんのために配信をしていた。

 少しでも利益を得て、じいちゃんが楽になればと思って、視聴者数を伸ばそうと思っていた。

 レイアに対してあんなに怒っていたけど、あてぃしも同じだった。

 だから、それを認めてしまっては、レイアと同じになる。

 

 

「……じいちゃん」

 あてぃしは、おじいちゃんの肩を揉む手を止める。

 

「あてぃし、配信が好きだ。最初はお金目的だったけど、みんなに見てもらうのが、みんなに喜んでもらえるのが楽しくなった」

 言葉にすると、改めて実感する。

 一呼吸置いて、続ける。

 

「じいちゃんには長生きしてほしいから、コラボとかして頑張ってお金稼ごうとしてたけど、やめた。……今回の炎上で、あてぃしにはあてぃしなりのやり方があるって分かった。だから、あてぃし、これからも配信続けるよ。じいちゃんのためじゃなくて──あてぃしが楽しいから」

 おじいちゃんは、何も言わずに頷いた。

 でも、その背中が、少し震えたように見えた。

 再び、肩を揉み始める。

 

「あてぃしさ、ずっとじいちゃんのために、一人でやってるつもりだった。でも──」

 手を動かしながら、続ける。

 

「じいちゃんも、レイアっちも、リスナーのみんなも。あてぃしを見ていてくれる人がいるんだって、やっと気づけたんだ」

 おじいちゃんは、何も言わない。

 でも、肩をふっと力を抜いたのが分かった。

 視線を落としながら、最後の言葉を紡ぐ。

 

「……ありがとな、じいちゃん」

 おじいちゃんは振り返って、またにっこりと笑った。

 何も言わなくても、伝わっている気がした。

 

「あ、でもじいちゃんが『推し』なのは変わんないかんな!」

 おじいちゃんは笑顔を崩さないまま、肩を揉まれるがままになっている。

 

「よし、終わり!」

 気恥ずかしくなって、パシンとおじいちゃんの肩をはたいてから、隣に座る。

 テレビでは、相変わらずバラエティ番組が流れていた。

 

 二人で、しばらくテレビを見る。

 何も喋らなくても、居心地が良かった。

 

 あてぃしは一人じゃない。

 ここに、帰る場所がある。

 

 

「……じゃ、部屋戻るね」

 立ち上がろうとすると、おじいちゃんが手を伸ばして、あてぃしの頭をぽんぽんと叩いた。

 

「……んへへ」

 照れくさくて、顔を背けて歩き出す。

 

 部屋を出て、自分の部屋に向かう途中、振り返るとおじいちゃんはまたテレビを見ていた。

 その背中が、なんだか小さく見えた。

 

 でも、今確かにそこにいる。

 それだけで、十分だった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 おじいちゃんとの会話を終えて、自分の部屋に戻る。

 

 何気なく部屋を眺めると、配信用の機材が机の上で静かに佇んでいるのが目に入った。

 先ほどまで光っていた配信機材のランプは、今は光っていない。

 だが、カメラのレンズがこちらを向いていた。

 

 

 ふと魔女裁判の時のことを思い出す。

 あの時感じた、無数の視線。

 『別の世界』から、あてぃしたちを観ていた『誰か』。

 

 あれは、本当だったんだろうか。

 

 あてぃしは、カメラに近づく。

 レンズの奥を覗き込むと、自分の顔が映っていた。

 

 でも、その奥に──

 

 

 「……」

 

 

 カメラから目を離す。

 

 わからない。

 わからないけど、それでいいと思った。

 

 見られているかもしれないし、見られていないかもしれない。

 どっちでもいい。

 

 あてぃしは、あてぃしのために配信をする。

 

 そう結論づけて、あてぃしは配信機材の電源を入れた。

 

 

Episode5:視聴者に対する〈配信〉と〈背信〉

 

══════════════════════

 

-原罪・孤独な配信者-

 

彼女は見つかる恐怖におびえ続ける。

だから今日も独り、声を上げる。

誰にも探されないように。

原罪を暴かれた彼女は、今日も独りで声を上げ続ける。

存在証明ではなく、生きるために。

彼女は、これからも見てもらえない恐怖と向き合い続ける。

だが、独りではない。

彼女を見ていてくれる人がいる。

それを信じて、今日も声を上げる。

 

 

-原罪・舞台上の偶像-

 

彼女が求められた姿はいつしか、寄りかかるための支柱となっていた。

とっくに腐り落ちたその柱は、今日も彼女を支えている。

原罪を暴かれた彼女は、寄りかかっていた支柱を見据える。

彼女を長い間支えてくれた支柱を、穴が開くほど見つめる。

今にも朽ちかけそうなくらい心細り、木片に擬態するかのような虫も巣くっている。

彼女は一つ一つ虫を摘み取り、今や頼りなくなってしまった支柱を磨く。

捨てはしない。

一心不乱に磨き続けた後、そこに反射した彼女の姿はまさに大黒柱というべきものだった。

彼女はいつしか、他者に求められ、寄りかかってもらえる支柱となっていた。

 

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