-あらすじ-
1年ぶりに牢屋敷の島を訪れたエマは、それぞれの道を歩み始めた仲間たちと再会する。
みんなの成長を目の当たりにして焦りを感じる中、ヒロと二人きりで語り合い、後悔と想いを吐露する。
エマはまだ見えない未来を、ヒロと共に歩む道を選ぶことを決意した。
送迎用のヘリから降りた瞬間、身を縮ませる風が頬をなでた。
ボクは思わず手に息を吹きかけて、体温を取り戻す。
手袋、持ってくればよかったな。
手のひらをすり合わせながら牢屋敷のある方角を見ると、島を出たときとは違って彩度が落ちたように感じた。
あの時は草原に花が咲き誇っていたが、今は一輪たりとも咲いていない。
冬が、近い。
島を眺めながら感慨深く思っていると、後ろから扉の閉まる音が聞こえた。
「あ、ありがとうございます」
急いで振り返って、頭を下げる。
ヘリの運転手に窓越しに礼を言うと、軽く片手をあげて返された。
そのままヘリは上昇し、上空へと消えていく。
この島は未だに詳しい場所を知らせることができないという理由で、ヘリでの移動が義務付けられている。
一度ヘリを出すのにも馬鹿にならないお金がかかるということで、なかなか来る機会がなかった。
他の皆は自己負担じゃないからという理由でちょくちょく遊びに来ていたみたいだけど、ボクはなんとなく悪い気がして来られていなかった。
実際、皆と会うのは1年ぶりくらいになる。
「本当にひさしぶりだな。みんな、ボクのこと覚えててくれてるかな……」
一抹の不安を覚えながら、牢屋敷までの道を歩き出す。
風が吹くたびに枯れ草が足元にまとわりつき、踏みしめるたびにカサカサと音を鳴らした。
皆の顔を思い出しながら歩いていると、傾斜にさしかかる。
「はっ……はっ……もうすぐ……」
この丘を越えたら牢屋敷が見える……はず……
そう考えながら丘の上に達した瞬間、頭の上に疑問符が浮かび上がった。
「…………なにこれ」
視界の先に牢屋敷と思わしきものが見えた。
まず目に入ったのは、周りの淡白な景色とはミスマッチな極彩色。
牢屋敷の半分が虹色に染められている。
もう半分は元のままというわけではなく、黒一色に塗りつぶされておどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
そういえば、ヒロちゃんが最初に島から出ていったときにノアたちがそんな話をしていた気がする。
冗談だと思ってたけど、本当にやったんだ……
屋根まで綺麗に染められているけど、どうやって塗ったんだろう。
疑問に思いながら牢屋敷の前までたどり着く。
扉を開けると、顔全体がぽわりと暖かい空気に包まれた。
なんだかカビ臭いけど、どこか懐かしい香り。
帰ってきたんだ。
物思いにふけりながら玄関先にある椅子を見ると、そこには宝生マーゴが座っていた。
「あら、エマちゃん♡ いらっしゃい」
「……ただいま」
再会の挨拶は何を言うか迷ったが、ここはボクたちの第2の家ともいえる。
ただいまと言うべきだ。
「ヘリコプターの音が聞こえたから、そろそろ来る頃だと思ってたわ」
出迎えてくれたマーゴは、手に持っていたカップを置いて立ち上がる。
あの時とは服装が変わっていて、紫のロングスカートに白いニットを着て、淡い色のストールを羽織っていた。
前は艶やかな大人という印象が強かったが、今は大学生のお姉さんという感じだ。
服装の印象自体は若く見えるが、マーゴ本人はどこか大人っぽく感じる。
どうやら薄く化粧を施しているようだ。
「外は寒かったでしょう。コート、預かるわよ」
「ありがとう、マーゴちゃん」
促された通りに上着を脱ぐと、近寄ってきたマーゴに手渡す。
あの頃と変わりないマーゴの反応を見て、忘れられているんじゃないかという不安は霧散する。
杞憂で良かった。
安堵の表情を浮かべたボクとは裏腹に、目の前に来たマーゴはボクの顔を眺めると、目を大きく見開いた。
「あら、あら、あら♡ ちょっと見ない間に可愛らしくなっちゃって……食べちゃいたい位だわ♡」
セクハラ発言と共に、鼻息荒く迫ってくるマーゴ。
大人っぽくなったと思ったけど、やっぱり変わってないなあ。
「あはは。食べるなら、このお土産にしてよ。みんなが食べるかなと思って買ってきたんだ」
ボクはマーゴのセクハラを軽く受け流して、背負っていたリュックから菓子折りを出すと、マーゴは薄く微笑んだ。
「変わったわね、エマちゃん」
「え、そう?」
「さっきとは違う意味で変わったというか……大人っぽくなったのかしら。落ち着いて見えるわ」
「そう、なのかな」
大人っぽくなった。
ボクがマーゴに感じた印象と同じだけど、他人からもそう見えるのか。
少し嬉しく感じる。
「からかいがいが無くなった、とも言えるけど……ヒロちゃんのおかげかしら」
「そうだったらよかったんだけどね……ヒロちゃんとは、最近あんまり会ってないんだ」
「あら、そう。喧嘩でもしたの?」
「そういうわけじゃないよ! あんまり予定が合わなかったってだけ」
そう、ヒロちゃんはあの後も忙しなく活動をしていた。
牢屋敷に残った元なれはてたちの対応をするために政府や機関と交渉し、合間を見て他の元魔法少女の悩みを聞きに行ったりもしていたらしい。
それを学業の合間を縫って行っていたというのだから、頭が下がる。
そんなヒロちゃんを見たからだろうか。
やっぱり誰かに頼り切りになるんじゃなくて、ボクひとりでもなんとかできるようになる強さを身につけたくなった。
あのままだったら、ヒロちゃんに寄りかかったままになりそうだったから。
ヒロちゃんも、そんなボクの態度を見て察してくれたのか、あまり会おうとは言ってこなかった。
ボクの返答を聞いたマーゴは、一瞬何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに柔らかい笑みに変わった。
「ヒロちゃんも、もう着いてるわよ。あとで話していらっしゃい」
「うん、そうする」
ポリポリと頬をかきながら、返事をする。
見透かされたみたいで、少し恥ずかしい。
誤魔化すために、ほかの皆のことを聞いてみる。
「ヒロちゃんがいるってことは、他の皆ももう着いてるの? ノアちゃんとかアンアンちゃんの姿も見えないけど」
「一応エマちゃんが最後のはずだけど……あのふたりはまだ起きてきてないみたいね」
「え、もう昼過ぎくらいだよね。まだ寝てるの⁉」
驚きながら腕時計を見ると、時刻は13時を回っていた。
「あの子たちは夜行性だから……困った子たちだわ……」
マーゴは苦笑しながら肩をすくめた。
魔女裁判が終わってからも創作活動を続けていたのは牢屋敷の外観から見ても伺えたけど、夜通しやり続けるほどなんだ……
そうやって何かに没頭できるというのは、素直に羨ましく感じる。
「他の子たちは、そうね……食堂にいるんじゃないかしら。そろそろシェリーちゃんとハンナちゃんが喧嘩してる頃だと思うわよ」
「喧嘩してるのは確定なんだね……とりあえず行ってみるよ。ありがとね、マーゴちゃん!」
マーゴに手を振って、食堂へ向かう廊下へと歩きだす。
マーゴはというと、椅子に座り直してカップ片手にこちらに手を振り返していた。
***************
食堂までの道を早足で歩く。
久しぶりの牢屋敷は、やっぱり懐かしい。
さすがに床の絨毯や物騒な装飾は変えられてるみたいだが、壁の傷も、床のきしむ音も、全部覚えている。
ここで過ごした日々は、決して楽しいことばかりじゃなかったけど、それでも大切な場所だ。
「〜!!」
角を曲がった瞬間、何やら懐かしい金切り声が聞こえた。
食堂に近づくにつれて、声が大きくなっていく。
「こっちも相変わらずだなあ……」
苦笑しながら扉を開けると、まず目の前で怒り声を上げるハンナが目に入った。
「もう! あなたはいつもいつも!」
「あー! エマさん。お久しぶりです!」
そして、ハンナの奥にいるシェリーも見えた。
扉に背を向けているハンナより先に、シェリーがこちらに気づく。
シェリーは前とは髪型が変わっており、編んでいた髪を下ろして髪を伸ばし、後ろでまとめていた。
「ちょっと! 話をそらさないでくださいまし! もう……ごきげんうるわしゅうですわ、エマさん」
ハンナも同様に、頭の後ろで髪をまとめたポニーテールになっていた。
ふたりは、おそろいのロングコートとハンチング帽をかぶっている。
相変わらず喧嘩してばっかりのようだが、なんだか以前より息が合っている気がする。
「あっ、ふたりはペアルックしてるの? 探偵っぽくてカッコいいね!」
「ふっふっふ〜、よくぞ気づいてくださいました、エマさん!」
得意げな顔をしたシェリーは、腕を前に出してピースをし始める。
「なんと! このたび私たちは、ひと部屋物件を借りて、探偵事務所を開くことになったんです!」
「まあ、あたくしは無理やり巻き込まれたんですけどもね……」
「またまた〜、ハンナさんもノリノリだったじゃないですか〜」
「そ、そんな事ありませんわ! あなたの勘違いじゃありませんこと!?」
ハンナはうろたえながら、言い訳をする。
探偵事務所。
シェリー達らしい選択だと思った。
口ではこんな事を言っているハンナも、本当は嫌がってないんだろう。
仲がよいままの二人を見て、思わず頬が緩む。
「おひさー、エマっち〜。──ん、お嬢と……怪力ゴリラ女もいたんか」
そこに、パーカーにジーパンというラフな姿でココが登場する。
猫背のまま食堂の椅子に座ったココは、ぐったりとした様子で机に突っ伏す。
「ちょっと〜、なんで私だけ変な呼び方のままなんですか? 怒りますよ!」
「うっさいなー、ハエ女はハエ女っしょ〜? あー暇だ〜、早く推しに会いたいわ〜。配信もしてぇ〜」
ぐりぐりと机に頭を押しつけながら愚痴を言うココ。
「まだ一日しか滞在してないのにもう禁断症状が出たんですか〜? 我慢が足りませんね〜?」
「配信者にとっては死活問題なんだよ! てかなんでここWi-Fi通ってないん!? 今どきありえないっしょ!」
「まあ、場所が場所だからしょうがないよね……。あ、エマちゃん久しぶり。はい、お茶」
喧嘩を始めたシェリーとココを尻目に、キッチンから現れたミリアからお茶を受け取る。
ミリアは以前着ていたギャルっぽい服とは違って、白いブラウスの上に薄手のカーディガンを羽織るという、シンプルなパンツスタイルをしていた。
どこか落ち着いた雰囲気を感じる。
「ありがとう、ミリアちゃん! 久しぶりだね」
ミリアからカップを受け取ると、両手でカップを包み込む。
あったかい。
手のひらを温めたあとに息を吹きかけてからお茶を口にすると、外の寒さで冷え切っていた身体が、じんわりと解きほぐされていくのを感じた。
そうして、お茶をすすりながらミリアやハンナと雑談を始める。
最初は喧嘩をしていたふたりもだんだんと会話に参加し始めたことで、自然と全員の近況を語り合うことになった。
「あてぃし、ようやくチャンネル登録者数が1万人を突破したんよね〜。サブスクも順調に増えてきてっし、ウハウハだわ〜」
「1万人ってそんなすごいんですか?」
「ごめん……ボクもあんまり詳しくなくて……」
「ちょ……おま……1万人って上位5%くらいには入ってんだぞ!? あてぃし、結構すげーんだからな!?」
「確かにそうして聞くと結構すごく感じますわね。……ちなみにマージンってどれくらいになるんですこと?」
「ハンナちゃん……マージンって、今日びおじさんでも中々言わないよ……」
食堂に笑い声があふれる。
その後もココの自慢話やシェリーたちの仕事の話を聞いた後、自然とミリアの話になってきた。
「そういえばミリアさん! 例のおじさんとはどれだけ仲が進展したんですか?」
「な、仲⁉ おじさんの弁護士事務所でアルバイトをしてるって話が、なんでそんな変な噂になってるのかな⁉」
「ほっほぅ〜……それは聞き捨てなりませんわ!」
「ザコも恋愛をするような年になったか〜」
雑談に花を咲かせていたボクたちだが、自然と少女たちはコイバナで盛り上がり始めた。
あんまりそういうことに縁がなかったボクは話に入りそびれてしまい、横からその盛り上がりを眺めることになる。
女の子が3人いれば姦しいっていうけど、4人だったらなんていうんだろう……
シェリーたちを眺めながらそんなことを考えていたら、食堂の扉が勢いよく開かれた。
「やかましいぞ。わがはいの安眠を邪魔するでない」
寝ぐせで頭がボサボサになったアンアンが食堂に入ってくる。
着崩れたパジャマを直そうとはせずに、眠そうに目をこすっていた。
「アンアンちゃん、もう昼過ぎだよ」
「昼とか夜とか、そういった概念にわがはいは縛られておらん」
「夜行性な時点で縛られてますよね〜。いっつもこれくらいの時間に起きてるみたいですし!」
辛口なシェリーの意見を完全に受け流したアンアンは、あくびをしながら椅子に座り込む。
アンアンは口をもごもごと開きながら、ミリアに声をかけた。
「ミリア、飲み物」
「はいはい」
ミリアはアンアンの言葉に嫌味なくサッと立ち上がると、キッチンへと向かった。
やっぱりミリアちゃんは優しいなあ。
「はい、どうぞ」
ミリアはボクに出してくれたのと同じようにお茶を用意すると、アンアンにマグカップを差し出す。
ホカホカと湯気を上げるマグカップを見て、アンアンはぼそりと呟いた。
「熱くて飲めん」
「ん? アンアンちゃんの頭からこれをかけたら、寝言も言わなくなるかな〜?」
ミリアは目を細め、ニッコリと微笑む。
正直、目が笑ってなくて怖い。
「ん、いや。飲む」
ミリアの言葉に焦りながら身体を起こしたアンアンは、コップの表面が波打つほど息を吹きかけたかと思うと、チビリとお茶を口に含む。
やはりまだまだ熱かったのか、アンアンはお茶を飲み下したあとに舌を出して苦い顔をしている。
口の先から見える舌は真っ赤になっていた。
「冗談だよ。ゆっくり飲んで」
「うむ。ありがとう、ミリア」
身体の前にコップを持ってきてチビチビと飲み始めるアンアンを生暖かい目で眺めながら、ボクたちは雑談を続けた。
「レイアちゃんとナノカちゃんたちは来れてないんだっけ」
「そうだね、言うまでもないけどレイアちゃんは忙しいだろうし、ナノカちゃんたちは今年大学を受験するから、色々忙しいみたい」
「高認を受けたんだっけか。すげーよなあ……」
ミリアとココの会話を聞きながら、レイアとナノカの顔を思い浮かべる。
レイアは一時的な活動休止期間はあったものの、復帰後の躍進は凄まじいものだった。
まさしく大女優と言ってもいいほどの活躍ぶりで、この度紅白の司会も務めることになったらしい。
ボクたちの中でも、一番の出世っぷりだ。
ナノカもお姉ちゃんに付き添って、一度高校を中退までしたらしいけど、政府からお姉ちゃんの外出の許可が出たということで一緒に勉強を頑張り、ちょっと前に高認試験に合格することができたらしい。
大学受験の日ももうすぐだから、来られないのは当たり前だろう。
「大学生かぁ……」
来年は高校3年生。
そろそろ進路を考えないといけない時期だ。
大学に行くとしたら、この冬休みが明けたら本格的に勉強を始めないといけない。
「エマさんは、大学に行くんですの?」
「うーん、ちょっと考えてる途中。色んなとこを選べるように勉強は頑張ってるんだけどね」
「私も弁護士を目指してるんだけど……どの大学がいいかは悩んじゃうなあ……」
「はえー……大変ですねえ」
「あなた、他人事みたいに言ってますけど、あたくしたちも行こうと思えば行けるんですのよ?」
「確かに、現役大学生美少女探偵って響きも良いですね!」
「美少女はどっから出てきたんよ……」
皆とそんなことを話していると、食堂の扉が開き始める。
自然と皆が視線を向けると、そこに現れたのはヒロちゃんだった。
横にはマーゴとアリサが立っており……ヒロちゃんの右手にはノアが猫のように握られていた。
「皆、集まってたのね」
「お、桜羽。久しぶりだな」
「エマ……」
三人が思い思いの言葉を口にした。
久しぶりに会ったアリサとヒロちゃんは、どちらもこちらに目を向けている。
……アリサとも会話したい気持ちはある。
でも、ボクはやっぱりヒロちゃんと先に話したい。
伝えたいこと、語りたいことはたくさんある。
あるのだが……どうしても、ヒロちゃんの右手に持たれているものが気になる。
ここに来るまでなにを話そうか考えていたのだが、すべて吹き飛んでしまった。
「何というか、珍しい組み合わせですね」
「その……ノアちゃんはどうしたの?」
その光景にうろたえたまま言い淀んでいると、シェリーとミリアが先にヒロちゃんに向けて質問を投げかける。
ヒロちゃんは渋い顔をしながらノアを軽く持ち上げた。
「ああ、中々ノアが起きないのでな。多少荒療治をとらせてもらった」
「ねむいー。あといちじかん寝させてー」
「まだ言ってんのか」
アリサがノアの鼻をつまむ。
「んあー」
「おめーが個展を開くっつーから運び出しの手伝いに来たのによ。主役が寝てたら意味ねーじゃねーか」
「べつにのあが居なくても絵を持ってくことはできるじゃん……」
「その、どの絵を持ってくのかが分かんねーのが問題なんだよ……。アトリエにどんだけ絵があると思ってんだ」
アリサがガックリと頭を落としながら嘆く。
すごいなあ。
まだ1年ちょっとしか経ってないのに、もう個展を開けるようになるまで上手くなったんだ。
「個展かあ……もうそんな人気になったんだね」
「第2のバルーンって言われてるみたいだぞ? まあ、偽物のバルーンとも言われてっけどさ」
「そんなやつ言わせとけばいいもん。のあは、のあだし」
そう言いながらも、頬を膨らませて怒りをあらわにしているノアをみて、まわりに笑顔があふれる。
「よし、ノア。アトリエに行くぞ」
「んー……」
ヒロちゃんはノアの首根っこを掴んだまま、食堂の出口へと向かう。
ノアは抵抗する気力もないのか、だらんと力を抜いている。
本当に猫みたいだ。
「アリサちゃんは行かないの?」
「ああ、ウチはここに残る。とりあえず、絵の選定だけだったら二階堂だけで十分だろうしな」
アリサはそう言って、どっかりと椅子に座り込んだ。
ヒロちゃんとノアが食堂を出ていくのを見送ってから、ボクはアリサに声をかける。
「アリサちゃん。もしかして、ヒロちゃんのお手伝いしてるの?」
「ああ、二階堂と一緒にもろもろの後処理をやってるよ。二階堂の手が回らない部分の書類整理とか、連絡役とか……まあ、小間使いみたいなもんだな」
アリサは照れくさそうに頭をかいた。
「すごいね……大変でしょ?」
「まあな。でも、別に後悔はしてねえよ。世の中の役に立ってることを実感できるしな」
そう語るアリサの表情は、以前よりずっと明るかった。
何かに打ち込んでいる人の顔だ。
「私も、皆が出て行っちゃったからやることも少なくなってきちゃったし、一枚噛ませてもらおうかしら」
マーゴがそう言って微笑む。
「ああ、宝生なら引く手数多じゃねえか? 話通しとくぜ?」
「……マーゴが出ていったら、わがはいとノアの世話は誰がするのだ」
アリサの話に乗り気な姿勢を見せたマーゴを見て、アンアンが不安そうな声を口にした。
だが、マーゴはすぐ発言を撤回する。
「冗談よ。まあ、ここで出来るようなお手伝いをするくらいに留めとくわ」
「そっか、残念だな」
その言葉に、アリサは肩をすくめた。
そんな皆の話を聞いて、ボクは危機感を抱いてきた。
シェリーちゃんたちも、ノアちゃんも、アリサちゃんやマーゴちゃんもそうだ。
みんながみんな、ちゃんと前に進んでいる。
なんだか、ボクだけが取り残されているみたいだ。
みんなちゃんと将来のことを考えていて、それぞれの道を歩いている。
ボクは……何をしているんだろう。
「エマっち、どしたん? 顔が暗いぞ?」
将来への不安に心を悩ませていると、急に耳に入ってきたココの声で我に返った。
「あ、ううん。なんでもないよ」
「そう? なんかあったら言えよ?」
「うん、ありがとうココちゃん」
さりげないココの気遣いに、少し救われた気がした。
まだ時間はある。
将来については、これから考えればいいはずだ。
そう心に決めたところで、マーゴが口を開く。
「さっ、ヒロちゃんたちが戻ってくる前に、ご飯の準備を始めましょうか。ご馳走作っちゃうわよ」
「あっ、ボクも手伝うよ」
そう宣言したマーゴの声に、何か行動しないといけないという思いを感じて、立候補する。
動いていれば、何かいい考えが浮かぶかもしれない。
「みんなとのご飯、楽しみです! 私はこのまま座って待ってますね!」
「あなたも手伝うんですのよ!」
そんなシェリーとハンナと問答を皮切りに皆が立ち上がり、各々が夕食の準備をし始める。
次第にテーブルに料理が並び始めた。
マーゴの手作りのシチューにサラダ。ピザもある。
それに加えて、みんなが持ってきたお土産の品や、ボクが持ってきたお菓子も開けられて、皆で分け合う。
食事の準備が終わったタイミングでヒロちゃんとノアが戻ってきたので、席に座って食べ始めることにした。
マーゴが用意してくれた料理を食べながら、笑い合う。
前に牢屋敷にいた時とは違って、ほっぺが落ちるほど美味しい料理。
悲しさも恐怖もない皆の顔。
こういう時間が、どれだけ貴重か。
それを噛みしめながら、ボクはコップの表面に写る自分の顔を眺め、お茶を飲み干した。
***************
日が落ちてきて外が暗くなりはじめた頃、ボクは少し外の空気を吸いたくなって、食堂を出た。
廊下を進んで牢屋敷の外に出ると、空気はさらに冷たくなっていた。
吐く息が白く染まる。
牢屋敷の前から島を見渡すと、黄昏に染まった光が草原を照らしていた。
花は咲いていないけど、それでも美しい景色だった。
「こんなに寒いのに、どうしたんだ。エマ」
唐突に後ろから声が聞こえたので振り返ると、そこにはヒロちゃんが扉を開けて立っていた。
昼に見たときとは違って、私服の上からチェスターコートを着込んでいる。
急いで来てくれたのか、ヒロちゃんはしきりに白い息を弾ませていた。
「このままじゃ風邪ひくぞ。中に戻ろう」
「ちょっと待って」
ボクを連れ戻そうとするヒロちゃんの手を掴んで、引き止める。
「少しだけ、ふたりでお話しない?」
その言葉にヒロちゃんは少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「……しょうがないな」
「ちょっと、歩こうよ」
ヒロちゃんの手を握って、昼来た道を指し示して歩き始める。
牢屋敷にいるみんなに聞かれない位置で濡れていない地面を探して、ふたりで丘の上に座り込んだ。
草の冷たさが服越しに伝わってくるけど、ヒロちゃんといれば気にならなかった。
「それで、話ってなんだ?」
座り込んだ瞬間、ヒロちゃんから質問をされる。
目をこちらに向け、かすかに笑みを浮かべている。
表では嫌そうな態度を取っていながらも、まんざらではなさそうな雰囲気で聞いてくれる。
この顔を見ていたら、何でも相談したくなってしまう。
でも、ボクの中でも言いたいことが、まだまとまっていない。
思い浮かんできた言葉を、伝えてみることにする。
「うーん……上手く言葉にできないけど、みんなちゃんと将来のことを考えててすごいな、って思っちゃったんだ。ボクがあんまり成長していないように感じちゃって」
「フフ……君がそれを言うか?」
ヒロちゃんは笑いながら、ボクの方を見た。
その言葉にマーゴとの会話を思い出す。
ヒロちゃんも、ボクが大人になっていると思ってくれているのかな。
「ボク、そんなに変わったかな」
「まあ、な。あれから2年近く経ったし、変わるには十分だろう。それにしても……もうすぐ高校3年生だな」
「そうだね…… 時間が経つのって、早いね」
「ああ……」
その言葉を最後に、ヒロちゃんは遠くの景色を眺めながら、口を閉じた。
ボクも、言葉が出てこなくて黙る。
何を話そうか考えながらヒロちゃんと同じように景色を眺めていると、そこに一陣の風が吹いて、髪が揺れた。
髪を直すフリをしながら、さりげなくヒロちゃんの方向に顔を向ける。
ヒロちゃんの頬は寒さで赤くなり、髪は風に合わせてさらさらとなびいている。
おそらく、ボクと同じように。
「ねぇ、ヒロちゃんって、大学どこにするの?」
「どうしたんだ。藪から棒に」
「聞いておきたいんだ」
ボクの唐突な質問に、ヒロちゃんは少し考えてから、答えた。
「……都内で法律に強いところを、と以前までは思っていたんだがな。行政や機関との交渉を続けていくうちに、そちらの道にも興味が出てきて……正直迷ってる。とりあえずは、模試の結果次第といったところかな」
「ふーん……」
ヒロちゃんも、ちゃんと将来のことを考えている。
ボクは……ボクは、どうしたいんだろう。
暗くなるにつれて陰影を増し始めた景色を眺めながら、考える。
答えは、すぐには出なかった。
そこに──視界にちらちらと白いものが映った。
「あっ……雪……」
ふたりの間に流れる無言の時間を邪魔しないかのように、静かに舞い落ちる雪。
しんしんと降り注ぎ、肌に冷たさを感じさせた後に儚く消えていく。
そのありように、淡く、儚く、光と共に消えていった友人を思い出す。
ユキちゃん──
「……今でも、あれで良かったのかなって……思う」
降り注ぐ雪に消えてしまいそうなくらい、小さい言葉を口にする。
どこか、申し訳なくて。
はっきりと言葉にしてしまったら、後悔が押し寄せてくるような気がして。
誰にも吐露できていなかった思いを、ヒロちゃんなら受け止めてくれると思って口にする。
「……ユキのことか」
とりとめもなく口に出したことであるのに、ヒロちゃんは意図を読み取ってくれる。
ヒロちゃんも、同じことを考えていたのかな。
「うん」
ヒロちゃんの言葉に対して、ボクは膝を抱え込みながら言葉を返す。
「他に道はなかったのかなって、救えなかったのかなって、ふとした時に思いだしちゃう」
「……ああ、私も片時も忘れたことはない」
そう返事をするヒロちゃんの声は、いつもより低かった。
「泣くな、エマ」
「……うん」
知らず知らずのうちにボクの頬を流れていた涙を見て、ヒロちゃんが肩を抱き寄せてくる。
身体を寄せて、周りの寒さで下がっていた体温を取り戻すように、お互いの熱を交換しあって、温める。
溜まっていた感情を涙として出し、ぽっかりと空いた心の穴を熱で埋める。
その間も雪は静かに降り続けていたけど、ヒロちゃんのおかげで寒くはなかった。
***************
「なんか、こういうのって久しぶりだね」
「ああ、そうだな」
しばらくヒロちゃんに肩を抱かれながら涙を流していたが、慰められるうちに段々と心が落ち着いてきた。
涙をぬぐい、言葉を交わしあう。
こうやって面と面を合わせて話し合うのは、久しぶりだ。
ヒロちゃんが気を利かせてくれたのか、ユキちゃんのことには触れてこなかった。
ただ、この会えていなかった期間のことを、語り合う。
身体を寄せながら、手を握り合いながら。
何でもないような言葉を交わし合いながらも、ヒロちゃんの温もりがボクを包んでくれる。
この感覚、忘れていた気がするな。
「──それでね。高校でも新しく友達が出来たんだ」
「そうか……私以外にも友人が出来たのか」
「どうしたの? ボクに友達が出来て、嫉妬しちゃった?」
「そんなわけがないだろう」
口ではそう言いながらも、握りしめる手の強さを増したヒロちゃん。
相変わらず、嘘が下手だなあ。
虚勢を張りながらも、態度は隠しきれていない。
素直で、見栄っ張りで、何事にも一生懸命で。
そんなヒロちゃんだからこそ、ボクは一緒にいたいと思える。
「でもね、その子は大学にはいかないらしくて…… ボクは大学に行こうと思っていたから──」
──嘘。
「せっかく新しい友達が出来たのに離れ離れになっちゃうのが悲しくて……。でも、その子は思い直してくれなくて──」
──これも、嘘。
ボクは、ヒロちゃんと話しているうちに心に浮かんできた『ある想い』を伝えるために、話をでっちあげる。
本当はそんなことを友達と話したこともないし、さっきまでは大学に行くつもりもなかった。
でも、この感情だけは嘘ではない。
ボクは、ヒロちゃんと一緒にいたい。
「だから、ボクはヒロちゃんと今度こそ同じ学校に──同じ大学に行きたいと思ってるんだけど……どうかな?」
そう、想いを告げる。
その言葉に、ヒロちゃんは目を見開く。
握った手から感じる鼓動が力を増し、冷えて赤くなっていた顔はさらに赤みを増した。
露骨に狼狽しはじめたヒロちゃんは、口を開く。
「いや……別にこうやって、いつでも会って話すことが出来るんだから、無理して一緒の学校に通わなくてもいいんじゃないか?」
「でも、結局今日まであんまり一緒にいることもできなかったんだから、同じ大学に行ったほうが確実でしょ?」
「だがな……失礼かもしれないが、君の学力で入学できるかどうかは分からないぞ」
ヒロちゃんは嬉しそうな顔をしながらも、現実的な意見を伝えてくる。
でも、そこは問題ない。
「ふふん。実はひとりで勉強も頑張ってたから、そこそこの偏差値の大学でも大丈夫なんだ」
「それなら、私がいなくてもいいだろう」
「違うよ」
否定を続けるヒロちゃんを前に、ボクは言葉を強くする。
「ひとりでなんでもできるようになったからこそ、ヒロちゃんと一緒にいたいんだ」
そう断言する。
固まったヒロちゃんを前に、言葉を続ける。
「約束、したでしょ?」
約束。
そう、あの時確かに約束した。
ボクが泣いているときはそばにいると、これからもたくさん話すと。
「……君は相変わらずだな」
ボクの言葉に固まっていたヒロちゃんは、身体を弛緩させて大きくため息をついた。
ため息とともに握っていた手を放し、ボクの肩を抱いて身体を寄せる。
さっきと違うのは、ボクにくっつきそうなくらい顔を寄せていることだ。
ボクは、何となく恥ずかしくて顔を下に向ける。
そんなボクを意に介さず、ヒロちゃんは言葉を続けた。
「口では情けないことを言いながらも、心の中では芯が通っている」
ヒロちゃんの言葉に違和感を感じて顔を上げると、目が合った。
ヒロちゃんは何事も見逃してたまるかと言わんばかりの表情で、こちらの顔を覗き込んでいる。
「だというのに、いつもさりげなく失敗して気を引いて、心配をかけたりして……。食事の途中で抜け出してきたのもわざとなんだろう?」
急に強い態度で問い詰められて、顔が引きつる。
図星を突かれたからか、温まり切っていた背中にひやりとした汗が流れた。
やっぱり、ヒロちゃんはすごいなあ。
ボクのことはなんでも気づいてくれる。
「……あはは、やっぱり気づいてた?」
「そりゃそうだろう。あんなに露骨な態度を取られたら、誰でも気づくさ。……まあ、エマが出ていった直後にみんなに背中を押されたというのもあるんだがな……」
言葉と共に、ヒロちゃんは元の位置に身体を戻す。
何もかもバレていたのが気恥ずかしくて、耳まで熱くなる。
バレてたんならしょうがないや。
「もうヒロちゃんに甘えるのはやめなきゃって思ってたのに……ついつい頼っちゃうんだよね。あの時、もうやめようって誓ったのになあ……」
素直に思いを告げる。
ヒロちゃんは、それを聞いて口を開いた。
「別に、いいんじゃないか?」
「え?」
「私も悪い気はしないし、私はそんなエマが──」
そのまま言葉を続けようとしたところで、しまったという顔をして口を紡ぐヒロちゃん。
さりげなく目をそらすヒロちゃんを見て、ボクは笑顔が抑えきれない。
「ん? そんなボクがどうしたの?」
分かっていながらも、ヒロちゃんをからかうために質問をする。
ヒロちゃんは珍しく、顔全体を真っ赤にした。
「まったく……君は、魔性の女だな」
「ボクがこんな態度をとるのは、ヒロちゃんだけだよ」
クサいことを言ってしまったからか、ボクも顔が熱くなる。
ヒロちゃんも同じように、顔の赤みを増した。
周りは薄く雪が積もるほど寒くなっているのに、ふたりの間は温かいままだった。
「ほら、そろそろ帰るぞ。みんなが待ってる」
「そ、そうだね」
ヒロちゃんが、恥ずかしさをごまかすかのように唐突に口を開いて立ち上がる。
ボクも、つられて大きい声で返事をする。
立ち上がった後にお尻についた草を払っていると、ヒロちゃんはその場を動こうとしなかった。
疑問に思いながらヒロちゃんを見つめていると、ヒロちゃんは手を少しだけ動かす。
よく見ると、右手は体の横に添えているのに、左手は手のひらをこちらに向けていた。
さりげなく、ぎこちなく。
ボクはにんまりと笑いながら、その手を強く握る。
ヒロちゃんはボクに負けないくらいの強さで、握り返してくれた。
そして、一緒に歩き出す。
牢屋敷への道を歩いている間も、雪は降り続けていた。
ボクたちを包み込むように、静かに、優しく。
ボクとヒロちゃんは白く染まっていく世界をふたりで見つめながら、将来の話をした。
大学のこと、やりたい仕事のこと、いつかやってみたいこと。
話しているうちに、牢屋敷の扉の前に着いた。
その先にはみんなが待っている。
牢屋敷を眺める。
ボクは、この瞬間を忘れたくないし、忘れないと思う。
牢屋敷で起きたこと。
みんなと再会できたこと。
ヒロちゃんと、こうして一緒にいられること。
そして、ユキちゃんとのことも。
全部、大切な時間だ。
繋いだ手から伝わる温もりを感じながら、ボクはヒロちゃんの肩に寄りかかった。
ヒロちゃんは何も言わずに、ボクを受け止めてくれた。
この時間が、ずっと続くといいな。
そう願いながら、ボクは牢屋敷の扉を開けた。
Episode6:元魔法少女たちの未来へと続く
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-原罪・忌み嫌われるもの-
彼女は嫌悪されるべき存在だった。
誰よりも彼女を嫌悪していたのは、彼女自身であった。
原罪を暴かれた彼女は、自身を偽ることをやめる。
未来を見据え、独力で道を切り開く強さを身につけることを決意する。
先の道を行く、友人に並び立てるように。
他人を認め、自身を認められるようになったとき、彼女は愛情を一身に引き受けることができる存在になっていた。
彼女は、かつて嫌悪されるべき存在だった。
-原罪・正義の執行者-
彼女が歩んできた道には一点の汚れもなかった。
その独善という理想郷の中に、絞首台という異物は受け入れられなかった。
原罪を暴かれた彼女は、自責の念から他者を救うために身を粉にする。
泥をかぶり、澱をすすり、その身を汚し続ける。
友人を傷つけてしまった責を負うために、咎を双肩に担う。
その、汚れ切ってしまった手を見られないように、彼女は必死に真実を覆い隠す。
だが、友人は蓋をこじ開けて、嫌な顔一つせずにその手を取った。
彼女が歩んできた道には、かつては一点の汚れもなかった。
-原罪・怯える天使-
彼女が恐れたのは、信じる神に見捨てられることだった。
とっくに気付いていたのだけれど、目を背けることしかできなかった。
原罪を暴かれた彼女は、また怯えた。
神がいなくなってしまうこと、神がいない世界で生き続けること。
でも、一番怖かったのは神を見捨てることだった。
だから彼女は目を背けず、神と運命を共にした。
地獄で、ともに生きるために。
薄れゆく意識の中、彼女は神とまた会うことを願い、眠りについた。
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