爆発。爆発。爆発。爆発。その内のひとつは四足の魔獣、
赤橙色の
ナコルのリボルバーから放たれた弾丸の雨は、標的である猟狼種を逸れて地面に着弾し、爆発した。猟狼種は連続で爆風を受けて体をよじりながら吹っ飛んだ。ナコルは変わらず適当に銃口を向けて追撃した。弾丸の大半は地面を爆発させたが、その内二発は猟狼種に命中した。直撃を受けた二体の猟狼種は爆散して塵となった。
一体の猟狼種が尋常でない速さで駆け、ナコルへ迫った。ナコルは銃を乱射した。しかし猟狼種は爆発をすり抜けてなおも疾走した。ナコルまで十数メートルほどの距離まで近付いたところで、猟狼種の頭の上半分が千切れ飛んだ。斬空剣。放ったのは藍色の聖装、槐だった。
ナイス~、とナコルは槐に明るく声をかけた。槐は鼻を鳴らして答えた。
先行するナコルと槐の背を眺めるふたりの人物がいた。冬矢と隊長のドーリスだ。冬矢は白磁色の聖装。ドーリスは聖装を纏っていなかった。ふたりはナコルと槐の戦いを眺めながら、その背を追いかけるようにゆっくりと歩を進めていた。
(あれがナコルの
ナコルの戦い方を見ていて、冬矢は違和感を覚えた。ナコルの神器であるリボルバー二丁拳銃。それをナコルは、これまで一度も
「いいえ、無限よ」
冬矢の内心の疑問に答えたのは、冬矢と並んで歩いていたドーリスだった。
「え?」、と言って冬矢はドーリスの方を見た。
「ナコルの神器の弾丸は
〈霊力〉については、冬矢は事前の基礎学習で学んでいたため、ドーリスの説明を受けて記憶から引っ張り出すことができた。霊力とは人間の体に内在する生命力由来のエネルギーのことで、能力を行使することで消耗し、体力がそうであるのと同じように、休息を取れば回復する。また、しばしば精神力と同一視される。
なるほど、と冬矢はひとまず納得して頷いた。しかし、既に冬矢の頭の中ではそれとは別の疑問が生じていた。冬矢が頭の中で思い浮かべていた疑問にドーリスが回答を寄越したことについて、薄気味悪さを感じていた。
「……
それを聞いてドーリスは口の端を僅かに歪め、「顔に出やすいみたいよ、あなたは」と返した。ドーリスは相変わらず前を向いたままだった。
冬矢は以前、ふたりの幼馴染にも似たようなことを言われたのを思い出した。出会って間もないドーリスはともかく、ふたりの幼馴染の評価は無視できない。冬矢は(そんなに分かりやすいのか、俺は)と納得しかけて、しかし思い直して「いや。見えないでしょう、顔は」と言った。
ドーリスは素顔を晒している。しかし冬矢は
「そっち! 一匹行ったわよ!」とナコルが声を張り上げて、ふたりの会話を遮った。
猟狼種が単騎、攻撃をすり抜けて冬矢とドーリスの方へ向かって駆けた。冬矢は息を整えて、大剣型の神器を虚空から出現させて構えた。
それを制止するようにドーリスが前に歩み出た。ドーリスが長い前髪に隠れていない方の視線を猟狼種に向けると、猟狼種は透明で巨大なプレス機にかけられたかのように上から
冬矢は消えた猟狼種をじっと見つめ、それからドーリスの横顔を見た。顔の左半分を覆う長い前髪に遮られて、表情は見えなかった。
「狙いが甘いな、ナコル」と、槐は聖装を解きながら言った。猟狼種を取りこぼしたナコルに向けた苦言だった。
ナコルも聖装を解いた。それから槐に対して、「当たり前じゃない。狙ってないんだから」と呆れた顔をして応答した。何を当たり前のことを、とでも言いたげな様子だった。ナコルはそれぞれ銃を持った両手を胸の前で交差させて、槐に見せびらかすように構えた。「そもそも、二丁拳銃でまともに照準できる訳ないでしょ? 爆風でも威力充分なんだから、別に狙う必要ないのよ」
ぬ、と槐は唸った。事も無げに言うナコルに、槐は言葉に困。逡巡した様子で口を開いたが、思いつかなかったようで口を閉じた。
ドーリスが手を叩いて、「そこまでよ。ふたりとも、気を抜かないで」と言った。
「はーい」とナコルが返事をした。ナコルは不思議そうにドーリスを見て、「でも、危険なのってもう
「いいえ。被害の規模から考えて、標的は
ナコルと槐が体をこわばらせた。そのふたりの反応を見て、冬矢はつばを飲み込んだ。
「変種。とは、なんでしょうか?」と冬矢が尋ねた。「すみません、不勉強で」
「無理も無いわ。最近できた言葉だもの」とドーリスは答えた。「あなたの指導教官すら言葉としては馴染みが無いと思うわ。存在自体は知っているかもしれないけれど」
「そうなんですか?」、と冬矢が聞いた。
ええ、とドーリスが答えた。「変種と言うのは、同じ種ながらも通常の個体とは異なり、独自に変異して進化した魔獣のことよ。ごく少数の目撃例が確認されているわ」
「独自の?」と冬矢は眉をひそめた。要領を得ず困惑する冬矢だったが、横から助け舟が出た。
「つまりね」と言いつつナコルが冬矢に迫って、人差し指を鼻先に突きつけた。「普通の猩狒種よりずーっと強い猩狒種かもしれないってコトよ! あんた、本当に気を付けなさいよね!」
ナコルの剣幕に、冬矢はごくりと唾を飲み込んで、頷いた。
「あくまでも予測で、確証はないわ。けれど、猩狒種や猟狼種程度の魔獣が暴れただけにしては、被害の規模が大きすぎる」と言って、ドーリスは僅かに肩を竦めた。
ナコルは大きくため息を吐いた。「隊長のそういう勘、よく当たるのよね」と言ってナコルは、げんなりとした様子で顔をしかめ、おおげさに肩を落とした。
それを尻目に、冬矢は別のことを考えていた。通常とは異なる魔獣について心当たりがあったためだ。
冬矢はおずおずと口を開いた。「以前、自分が戦った猟狼種は角があって、色も違って、普通の猟狼種の倍以上はある巨体でした。あれも変種でしょうか?」
「は?」と間の抜けた声を上げ、槐とナコルは目を丸くして冬矢の方を見た。
「角付きの猟狼種! 貴様、そんなものと
「あんた、嘘でしょ? 変種に出くわして? 生き残った?」と言って、ナコルが疑り深い視線を冬矢に浴びせた。
冬矢はふたりの剣幕にぐっとひるんで、視線をドーリスへと向けた。ドーリスには既に当時の状況を詳しく報告していた。あるいは当事者である自分よりも詳しいかもしれないと冬矢が思うほど、ドーリスは当時の状況を把握している。
「あなたたちも聞いてるはずよ」とドーリスが問いかけた。槐とナコルは揃ってドーリスの方へ振り返った。「猟狼種の変種・
「いつもの、プロパガンダかと……」、とナコルは眉根を寄せて呟くように言った。
「事実よ」とドーリスが肯定した。「第三分隊・隊長のアザクラ・マキナ一級特佐を
槐は唸った。ナコルは絶句した。変種と遭遇して生存しているだけでも奇跡だというのに、それを成り立ての聖痕所有者が単独で討伐したという。ふたりの基準では、それは不可能なことだった。
冬矢が未だに困惑の色を隠せずにいる中で、ナコルは恐ろしいものを見るような目で冬矢を見つめた。
一方の槐は、呆けた表情で冬矢の顔を見て、ゆっくりと何度か頷いた。
*
槐からの冬矢への評価は、この話を聞く以前から高い。それというのも、槐は冬矢の姿を観察していて、想定より遥かに腕が立つというのがわかっていたからだ。
槐の抜刀術は聖痕所有者の身体能力に加えて本人の研鑽もあり、神速の域に達している。聖痕所有者の動体視力をもってしても、槐が魔獣に対して何をどうして倒したのか理解できる者は多くない。それほどに槐の太刀筋は速い。見えない。ところが、冬矢は初見にもかかわらずその太刀筋を目で追った。
そこで槐は試しにと、一体の魔獣をわざと見逃して冬矢に当ててみれば、冬矢は油断なく猟狼種を仕留めた。槐の期待以上だった。猟狼種の体を縦に真っ二つに叩き割るほどの、剛腕。槐の斬撃にはそれほどの威力はない。瞬間の攻撃力において冬矢は槐のそれを大幅に上回っていた。
*
「おぬしのような者を、麒麟児と呼ぶのだろうな」と、槐は冬矢を褒め称えた。
冬矢は指の腹で頬を掻いた。
ぱん、とドーリスが胸の前で手を叩いた。三人ははっとして音の鳴った方に意識を向けた。ドーリスは自分を囲む三人の顔を見回して、一拍置いてから口を開いた。
「撤退するわよ。体勢を立て直しましょう」とドーリスが言った。
あーあ、と言ってナコルはうなだれた。「そう言うと思ったわ」
「まあ、やむを得まい」と、槐はドーリスに賛同した。
「待ってください!」と異議を唱えたのは冬矢。「魔獣を放置するんですか!?」
冬矢にとって魔獣とは発見次第、必ず討伐しならければならない怨敵であった。それをこの場に置いて帰るというのは到底、容認できることではなかった。
「ただちに討伐して、住民の安穏を取り戻すべきではないでしょうか?」と冬矢はドーリスを睨みつけるように食ってかかった。
返答したのはドーリスではなく槐だった。「放っておく訳ではない。出直すだけだ」と槐は眉を八の字にして、冬矢を諭すように声をかけた。「支援班による再調査の上、作戦の練り直しだ。貴様は猩狒種とすら相対したことはなかろう。その上で変種ともなれば、尚更危険だ」
猩狒種について、単純な戦闘力でいうならば、隊長であるドーリスは単独でもその討伐が可能である。しかし、ナコルや槐の場合は、可能であっても簡単ではない。猩狒種は魔獣の中でも危険度が高く、その変種ともなれば脅威は計り知れない。
「初見殺しなんて、御免だしね」とナコルが言った。「いくらあんたが強いからって、ろくに戦闘経験もない新人を連れて? なんの情報も無い敵と戦うなんて、絶対にイヤよ」と、ナコルは心底嫌そうに言い放った。
冬矢は拳を固く握りしめて俯いた。ナコルの意見に反論するための言葉を探したが、思いつかなかった。
その時だった。悲鳴が聞こえたのは。魔獣の発する音ではない。人間の声だった。少なくとも冬矢にはそう聞こえた。冬矢は咄嗟に、悲鳴が聞こえた方角へと振り返った。
「今のは?」と冬矢は反射的に、誰に尋ねるでもなく疑問を口にした。
「民間人かな? 多分? 逃げ遅れたのかも」と、ナコルが回答した。
え、と冬矢は声を漏らした。「そんな!? 助けに行かないと! 今すぐに!」と冬矢は捲し立てて、三人の顔を順に見た。それぞれ冷たい視線が帰ってきた。
ナコルも、ドーリスも、槐も、動く気配は無かった。冬矢はそれを見て、いっそう苛立って顔を震わせた。(埒が明かない!)と、冬矢が走り出そうと強く大地を踏みしめたところを、ドーリスが腕を掴んで強引に引き寄せた。
ドーリスは首を横に振った。「駄目よ」
「何故ですか!? 我々には
「マシロ特尉補」、と冬矢に呼びかけたドーリスの声は、冬矢の背筋が凍るほど冷たかった。「落ち着きなさい」と、ドーリスは更に力を込めて、冬矢を自分の前に引き寄せた。鼻先が触れ合う寸前。ドーリスの大きな右目が冬矢の視界いっぱいに広がった。
「確証は無いんですよね?」と冬矢は言った。「変種というのはあくまで予測に過ぎないんですよね? 通常の猩狒種なら、この戦力でも問題ないはずです」
「駄目よ。諦めて」とドーリスは断じて、真っ直ぐに冬矢の方を見た。冬矢もまたじっとドーリスを見据えた。暫しの間睨み合いが続いたが、やがて冬矢が力を抜いて、頭を垂れた。冬矢は兜の中で視線を逸らした。
「了解です」と、冬矢が言った。そもそもドーリスは冬矢の上官なのであって、その命令は絶対であった。納得いかずとも、冬矢が呑まざるを得ない。
ひとまずは承服した冬矢を見て、ドーリスは手を離した、
「……すみません、隊長」と言って、冬矢は頭を下げた。
ドーリスは「構わないわ」と、答えた。
槐が「やはり理解していなかったか」と、不服の色を隠そうともしない冬矢に向かって言った。
「……どういう意味ですか?」、と冬矢が訝しげな視線を槐に向けた。
「要救助者がいないというのは、我々が救うべき人はいないということだ」と言って槐は胸の前で腕を組んだ。「逃げ遅れた住民がいたとしても、それを救うのは我々の役目ではない。管轄外だ」
槐の言葉を聞いて、冬矢の頭は真っ白になった。つまりこの人たちは、逃げ遅れた人がいるかもしれないというのを承知の上で。
「まったく……」、槐は呆れた様子で言った。 「そも、あれがまことに人の声かも知らぬだろう?」と言って槐は首を傾げた。そうだろうか。あれは確かに、人の声ではなかっただろうか? と、冬矢は疑った。
「あんたたち、それぐらいにして」とナコルが声を高く張って割り込んだ。「帰るんなら、とっとと帰りましょう?」とナコルはドーリスの方を見て言った。
「ええ、そうしましょう」とドーリスが応え、帰路に視線を向けたのと同時に、冬矢が地を強く蹴って飛んだ。冬矢は悲鳴の聞こえた方角へ真っ直ぐに、全速力で駆け出していた。
見殺しにして良い人間がいて良いはずが無い。と、冬矢の腸は煮えくり返っていた。
*
全員がいっぺんに冬矢の方を振り返った。三人の位置から、既に冬矢の背は遥か遠くに見えた。
一瞬早く我に返った槐が「あ、の阿呆めっ!!」、と怒気を帯びた声を上げた。槐は冬矢のあとを追って駆け出そうと前傾姿勢になる。
「待ちなさい」とドーリスが待ったをかけた。「貴女まで孤立するわ」
「はっ、しかし……」と言う槐の言葉は尻すぼみになった。
ナコルは黙り込んだ槐を見て息を吐いた。「で、どうすんの? 隊長」と、ナコルはドーリスに向けて言った。
ドーリスもため息を吐いて、「変種と出会わないのを祈るしかないわね」と言った。
もう冬矢の姿は見えない。三人は冬矢が駆け出した先を見て表情を曇らせるばかりだった。