フィキン達に車を持って行かれてしまった5人は薄暗い水道橋の下にて雨宿りをしていた。
「ひゃあ〜結構降るねー、みんな大丈夫?濡れてない?」
「ああ、僕達は特には...ただ....」
「...アヤメのアレは大丈夫なのか?」
セイナの言葉に答える青年と少女だが、2人の視線はセイナを通り過ぎその横へと向かっていた。
「49999...50000...50001...」
そこにいるのは柱を背に座り込み魔法で凍らせた雨粒を一粒一粒数えているアヤメ、その様子はそろそろ心配を通り越して恐怖すら覚えるほどだ。
「まあ折角久しぶりに戻ってきたアモールなのに孤児院が潰れてて、エリーさんも行方不明、私達のミドリちゃんもとられちゃって、おまけに借金まで背負わされちゃったら仕方ないかなぁ」
「いつもの絶望モード」
「まあそれもそうか....だが2人は平気なのか?見たところそんなに深刻そうじゃない様な気がするんだが」
「うーん、勿論悲しいし悔しいけど...」
「落ち込んでるだけじゃなにも変わらないから」
「そうそう!それに私達まで暗くなってたらもっと空気が沈んじゃうでしょ?」
そう明るく告げたセイナの姿に青年と少女は自然と笑みを溢す。
そんな2人を見ながらセイナは笑いながら言葉を続けた。
「確かに失くしたものは大きいけど、その代わりに新しい仲間も増えたっていう別の良いこともあったから!」
「新しい仲間...それは私達のことか?」
「もっちろん!さっきはお礼も言いそびれちゃったけどさ、私達についてきてくれてありがとうね。フィキンに立ち向かってくれた時もすごく嬉しかった!」
「別に大したことはしていないさ、僕達もセイナ達と行動できなければ今頃どうなっていたかわからないからな」
「ああ、自分なりに助けてくれたお礼をしたいだけだ」
「ふふ、そっか!じゃあこれからのことでも話そっか、とりあえずキミ達の考えを聞かせてくれない?」
セイナは嬉しそうに笑い、それから切り替える様に手を叩くとそう切り出した。
「僕達の考え?...自分で言うのもなんだが記憶喪失なんだぞ?正直あまり役には立たないと思うが...」
「記憶喪失とか関係ないって!フィキンを追い詰めたあの名推理、あれはキミ達だからできたことだし!」
「それは買いかぶりすぎの気もするが、そうだな....」
そうして2人は同時に黙り込むと、静かに考えを巡らせ始める。
(フィキンは借金のカタとしてあの車を持って行きたがっていた、だが彼女の態度は明らかに普通ではなかった)
(私達が矛盾を指摘した時も最後には無理矢理押し通して持って行った...あそこまで執拗になる必要があるのか?)
(何か理由があってあの車を狙ったのか...それとも更に別に孤児院を手に入れたい理由が?)
「へへ...えへへ....やっと50200ドーラ貯まったわ....このペースでお金が貯まれば833万ドーラなんてあっという間に...」
「....なあセイナ、コハク、本当にあのままでいいのか?」
「大丈夫、そろそろ戻る頃」
「それかアヤメの好きなもので気を引いてみる?」
「そうだな、ちなみにアヤメが好きなものは?」
「んー、お勉強?」
「うん勉強、計算とか」
それを聞き2人は未だに独り言を呟き続けるアヤメの元へ近づいていく。
「アヤメ?」
「50263....50264...」
「えっと、どうしてアヤメは雨粒を数えているんだ?」
「雨粒を833万3333個集めれば、状況が変わるかもしれないので....ア、ハハ....」
「...かなりの重症だな」
「完全に自分の世界に引きこもってしまっている...」
2人は彼女の様子に溜息をつきながら、先程セイナ達から聞いたことを参考に問いかけた。
「じゃあアヤメに問題だ、1分間に集まる雨粒が800個だと仮定したとき、833万3333個集めるのに必要なのは何時間何分だ?」
「ちなみに集めた雨粒は、1時間ごとに10個蒸発するものとする」
「はい!17時間22分です!」
「これくらいめちゃくちゃな問題を出せば少しは気が...って早いな!?」
「も、もう答えたのか!?」
2人からすれば問題を考えさせて少しでも変化を与えようと考えていたのだが、予想を遥かに上回るアヤメの計算能力に思わずツッコんでしまった。
「次の問題は何ですか!」
「い、いや、もう問題は無いんだが...ひとまず正気に戻ってくれて良かったよ」
「ああ、こっちが見ていて心配に成る程だったからな...とにかく起こってしまったことは仕方ない。私が言えた事ではないかもしれないが、ずっと悩んでいるより時間に身を任せてみるのもいいんじゃないか?」
「時間に...そうですね、一理あるかもしれません....孤児院が潰れてエリーさんも行方不明、オアシス号はとられてしまって途方もない額の借金だけが残って...直面する問題の多さに思わず焦ってしまいましたが....」
「時間をかけて冷静に考えれば、解けない問題はない──そういうことですよね?」
「え、あ、ああそうだな」
(とりあえず良かったという事でいいんだろうか?)
(おそらくは...)
どうやら解決できたのか、アヤメは頬を軽くパチンと叩くと立ち上がってセイナ達の元へと歩き始めた。
そんな彼女の後ろ姿を小声で話しながら見ていた2人も彼女達の傍へ向かう。
「じゃあせっかくの雨なんだから今のうちに水を溜めておかないと」
「あ、空になった缶使う?」
「鍋もあるよ」
「それじゃ鍋に水の粒を移すから、コハクは火で沸かしてくれる?セイナはろ過をお願い」
「はーい!」
「わかった」
その後は完全に調子を取り戻したアヤメの指示に従いテキパキと食事の準備が進められていく。
「手際がいいな、普段からこうしてみんなで過ごしているのか?」
「まあそうですね、巡遊者なのでいつどこで休めるかわかりませんから」
「だが水ならアヤメの水魔法を使えばいいんじゃないか?わざわざ手間をかける必要は無いと思うんだが」
「それもそうだな、水に関しては困ることはなさそうだが...」
「言いたいことはわかりますよ?ですが私の水魔法は、自然に存在する水や空気中の水分を使っているんです、なので無から水を無限に作り出すなんてことは出来ないんです」
「まあ理論的に考えれば人の体もほとんどが水分で構成されていますから、一応水を生み出すことは出来ますが...」
なるほど、人の体から作る水...アヤメの体から出た水....アヤメ水か。
あ、あんまり変な言い方はしないで欲しいんですが...というかみんなの方こそ私の体から作った水を飲んだり料理に使うのって抵抗があるものじゃないの?
私は特に気にしないな。
僕もだ、結局は飲める水なんだろう?
「私もアヤメ水でいいよ!」
「アヤメ水でいい」
「私が全然よくないんだけど!?というかちょっとは気にして!」
──それから暫くして、集めた水も無事に沸きようやく調理の準備が整い始めていた。
「お昼だけど、そこに生えてたキノコと、コハクが獲ってくれた魚でいい?」
「じゃあ主食を用意するわ」
アヤメはそう言って帽子中に手を入れるとそこから2枚のお札を取り出した。
「あ、100ドーラだ!まだお金残ってたの!?」
「アヤメはヨタカブレッドを食べる時いつも1枚持参して食費を切り詰めてたから、それの残り?」
「そう、まあこれが今の私たちの全財産だけどね....」
「資金がピンチの時いつもどこからお金を持ってくるのかなーって不思議だったけど、そうやってコツコツ貯めてたんだね」
「頼りになる」
「とはいっても節約にも限度があるし、このお金だって本当に最後の100ドーラだから...まずはこれでヨタカブレッドを買いましょう、5人分だから本当にカツカツだけど...」
「いや、4人分で構わない」
溜息を溢しながらアヤメが100ドーラを使おうとした所で青年が止めに入る。
「え、でもご飯は...」
「塔の中でもそうだったが、どういうわけか僕と彼女は色々と共有してしまう体質らしい。だから彼女が食べれば僕の空腹も満たされる...と思う」
「そういえばあの時は着ぐるみになっちゃった方の気持ちも共有されてたんだっけ?何か不思議な力だねー」
「でも空腹感のことを考えたら、もし私達3人がそれを共有出来たら食費がかなり浮くんじゃ....」
「いけない、アヤメが怖いこと考えてる」
「私はお腹いっぱい食べられた方がいいなー」
そんな3人のやり取りを聞きながら少女は青年の方を向き口を開く。
「でも本当にいいのか?それこそ私が我慢してキミが食べても問題無いと思うのだが...」
「こういう時は兄(仮)が妹(仮)のために我慢するのが当たり前だからな」
「...まだ最初の時のことを持ち出してくるのか、もうそれは気にしなくていいだろう?まあそういうことならありがたく受け取っておこう」
「僕は少し辺りを見てくるよ、何かあったらケータイに...いや、1つしか無いんだったな。とりあえず頃合いを見計らって戻ってこよう」
「わかった.....ちなみに私が姉だと思うぞ」
「君も気にしてるじゃないか....」
食事をするセイナ達4人と一時的に別れた青年は、1人水道橋の下を歩いていた。
(雨も少しずつ止んできたな...これならすぐに移動出来そうだ)
柱の隙間から覗く空を見上げながらそんな事を考えていた瞬間、"それ"は唐突に彼の耳元へ届いた。
「──スー...スー...」
「ぬ?何だ?」
どこか規則的な小さい呼吸音、初めは風が吹いているのかとも思ったがよく聞いてみるとどうやら自然の音では無いようだ。
その音に導かれるかのようにそちらへ向かう青年....
「...女の子?」
そうして彼が目にしたのは1人の少女だった。
ご丁寧に布団を敷きそこで気持ちよさそうに眠る1人の少女、全く警戒心もない寝顔はこちらが呆気に取られてしまうほど。
(どうしてこんな場所に?まさか僕達をつけてきた白亜商会の監視役?...いや、それだったらこんな風に堂々と寝ていないか)
ぐっすりと眠り続ける少女にどうしようかと悩む青年、もしかすると彼女も何か事情があって自分達のようにここにいるのかもしれない。
「一度セイナ達の所へ戻ろうか」
そう1人呟きながら彼女達の所へ帰ろうとしたが、その際不意に足元にあった小石をカツンと蹴飛ばしてしまった──次の瞬間。
「っ!」
「ぬおっ!?」
眠っていた筈の少女が勢いよく飛び起き手元の剣を掴みながら青年へと詰め寄ってくる。
突然の事に反応出来なかった青年はそのまま少女によって壁へと押しつけられた。
「何者ですか」
「ま、待ってくれ!誤解だ!別に僕は怪しい奴じゃない!」
「間合いに入られるまで気づかなかったとは、完全にチトセの不覚...ですがもう油断はしません」
「た、頼むから話を聞いてくれー!」
青年は刀に手をかけようとする少女を落ち着かせようと必死に彼女の手を掴んで抵抗しながら訴える。
だがそれから少しして、目を細め警戒していた少女の顔が徐々に驚いたものへと変わっていった。
「...斬れていない?」
「...?」
「どうして...チトセが近づけば傷ついてしまう筈なのに....」
「い、いったい何を言っているんだ?」
先程までとは明らかに違う少女の態度に困惑する青年、だがそんな彼の元に複数の足音が聞こえてきた。
「どうかしましたか!?」
「何か凄い大きな声だったけど...ってあれ、その子は?」
駆け寄ってきたのはアヤメ達4人、どうやら青年の声を聞いた彼女達が心配で様子を見にきたらしい。
青年を押さえつけていた少女はそんなアヤメ達の姿と彼を見比べるように視線を動かすと、やがて青年から離れ地面に座り込み...
「.....申し訳ございません、ここは我が身を叩き折ってお詫びを!」
「いや、何しようとしてるんだ!?ストップ、ストップ!」
自身の剣を手にそう声を上げる少女を5人は慌てて止めるのだった。