「本当にどうしてこんな事になっちゃったのよ!? ただ孤児院に寄ろうとしただけなのに!」
「ほらほらアヤメ!早く足を動かさないと捕まっちゃうよ〜」
「とりあえずヒナギクの家まで逃げよう」
入り組んだアッシュエリアの裏路地にて、白熱したチェイスが巻き起こっていた。
突然追われる身となったアヤメ達は必死に相手からの攻撃を避けながら走り続ける。
「こっちこっち!」
「おい!アイツらが逃げるぞ!」
「早くミネルバの姉御を呼んでこい!」
背後から聞こえてくる追っ手達の声....彼女達はこの辺りを知り尽くしているのか、逃げ出すアヤメ達を挟み撃ちしようと素早く回り込んでくる。
「おらっ!待ちやがれ!」
「くっ、前からも来たか...どうするんだ?」
「完全に相手の方が有利だな、何か突破口は....」
やがて正面の曲がり角から鉄パイプやチェーンを手にした数人の少女達が飛び出してきた。
青年と少女は顔を顰めてこの場を突破する方法を模索する、だがその時コハクが一番前へと走り出し素早く銃を構える。
「どいて」
そして彼女の声と共に魔力の銃弾が放たれると、目の前から迫ってきていたウィンドアッシュのメンバー達を正確に撃ち抜いた。
「うぐっ!?」
「ひるむんじゃねぇ!数はこっちの方が多いんだ、一気に押し潰せ!」
怒気を含んだ声と共に他のメンバー達が突進してくる、だがそこへ追いついてきたアヤメが魔道書を掲げると声を張り上げた。
「これ以上乱暴を働くなら容赦しません!」
アヤメの背後から水の塊が現れそれらが屋根の上にいた少女達にも飛んでいく。
それでもまだまだ増援がいるのか、倒した以上のメンバーが次々と押し寄せてきていた。
だがその時。
「皆様方、伏せてください」
走っていた青年と少女の前にチトセが音もなく滑り出ると、彼女の手が腰の刀の柄へかけられる。
──次の瞬間、まるで大気が軋むような異様な風切り音が路地裏に響いた。
「うわっ!?」
見えない斬撃は敵の頭上を掠め、彼女達の持つ武器が次々と切断されていく。
更には相手の足元の地面までもが地割れの様に崩れ始め、彼女達はその場に崩れ落ちる。
「な、なんだよこれ!?」
「バケモノか....!」
「へん!結構やるじゃん?」
今の一太刀で大半が戦意を喪失した中で、頭上からある声が聞こえてきた。
そこにたのはフォルモントが民家の屋根上をスケートボードで器用に疾走する姿、彼女はチトセの攻撃を笑いながら見つめるといつの間にか手にしていたスモークグレネードを器用に蹴り飛ばしてきた。
更に彼女の合図によって屋根から木箱の山がアヤメ達へと降り注ぎ、巨大な障害物として立ち塞がった。
「ふふん!私も活躍しないとねー!」
煙幕で見えなくなる中、背後から駆け出したセイナが大剣を振り上げると大量の木箱を粉々に打ち砕いていく。
「よーし!全員今の内にダッシュだよ!」
「まったく本当に無茶苦茶な突破方法ね...」
「このまま一気に駆け抜けよう」
煙幕て視界が塞がれながらも彼女達は勢いよく走り抜ける、不思議な事にそれ以上フォルモント達が何か仕掛けてくることは無くそのまま路地裏を抜けることが出来た。
「着いた!この橋を渡れば目的の建物の裏手に出られるよ!」
「....この景色、懐かしい」
「本当ね...私達帰ってきたのね」
不良達から逃げている最中でありながら、懐かしさにアヤメ達は思わず目を細める。
3人の脳内には昔の記憶が鮮明に流れ込んできていた。
「ふう...どうにか撒くことができたようだな」
青年は乱れた息を整えながら後ろを振り返る、だがやはりそこには誰1人としてウィンドアッシュのメンバーはいない。
「ああ...だが不思議だな、あれほど執拗に追いかけてきていた連中がこの橋の手前でピタリと追撃をやめるだなんて....」
その事に眉をひそめる少女...そしてその懸念は決して杞憂ではない事がすぐに証明されることとなった。
橋を渡り静まり返った広場へと足を踏み入れた直後、6人の足が自然と止まる。
目の前の広場の奥、そこには古びた壁に背をを預けるようにした1人の少女が佇んでいた。
「....あれが向こうのリーダーかな?」
「おそらく...」
その少女は肩に担いだ金属バットを地面に打ち鳴らすと、広場へ踏み入れたアヤメ達を僅かに睨みつけてくる。
「へぇ、あいつらを振り切ってここまで辿り着くとはな、やるじゃねーか」
謎の少女はそう言いバットを持ち上げると6人に向けながら言葉を続けた。
「どうだ?ここらであたしと一本勝負してみるってのは」
「なるほど....初めからこれが向こうの作戦でしたか。あの路地裏の追撃は私達をここへ追い込むための誘導だったというわけですね」
「話が早くて助かる。手練れの巡遊者サマだ、まとめてかかってきてくれてもいいんだぞ?」
不敵に笑う少女の挑発にセイナが口角を上げて一歩前に出る。
「ふーん?ずいぶん自信があるみたいだけど....そこまで言われて引くわけにはいかないよね!やるからにはこっちも手加減しないよ?」
「やむを得ませんね、ここで叩いて大人しくさせましょう。チトセさんはボス達をお願いします!」
「承知いたしました、主殿のお側はこのチトセが死守いたします」
「よし....行くよ2人とも!」
そしてセイナの号令と同時に3対1の戦闘の火蓋が切って落とされた。
先陣を切ったのはセイナだった。
彼女は地面を強く蹴りつけながら大剣を振り回し突進していく、そして佇む少女の真横から叩きつけられた一撃は手加減など無い程の威力だった。
だが少女は足元のスケボーを器用に蹴り上げるとセイナの攻撃をギリギリで避けて身を躱す。
「大振りなんだよ!」
そのまま少女は流れる様にバットを鋭く薙ぎ払った、セイナは慌ててそれを受け止めるが力負けした彼女は数メートル後方へと弾き飛ばされる。
後退したセイナを追撃すべく少女が踏み込んだ瞬間、それを妨害しようとコハクの攻撃が飛んでくる。
少女はそれを受けて一瞬怯むがすぐさま体勢を立て直すとバットでコハクの魔力弾を打ち返していった。
「良い弾だな」
「逃しません!」
セイナとコハクが攻撃を仕掛ける中、2人の後方で準備をしていたアヤメの魔法が炸裂した。
次々と飛んでいくアヤメの魔法を少女はスケボーで走り抜けながら回避し続ける、だがその時少女の足元に魔法陣が展開されほんの僅かに少女の動きが鈍った。
「今よ2人とも!」
「任せてーっ!」
「わかった」
アヤメが作り上げた隙を見逃さず、セイナとコハクは一気に少女へと攻撃を仕掛けていく。
流石に勝負あったかと思われた次の瞬間....ミネルバの口元が吊り上がった。
「ナメるんじゃねぇぞッ!」
ミネルバは咆哮と共に足を持ち上げると、魔法による減速を無理矢理抜け出しスケボーで加速していく。
「わわっ!嘘!?」
「くっ...!」
セイナの大剣の切っ先を紙一重で跳び越えコハクの銃口をバットの側面で叩き落とす、そのまま空中で体を捻った少女は地面に着地すると同時にバットをアヤメ目掛けて投げ飛ばした。
「きゃあ!?」
「アヤメ!」
バットに弾き飛ばされたアヤメの元へ走る少女は続けて彼女を投げ飛ばすと、地面へ落ちたバットを拾い上げ迫りくる2人へ再度向かい合った。
───それから暫くの間、熾烈な攻防が繰り広げられた。
3人が息の合った連携で幾度となく決定打を打ち込もうとするが、少女はその度に彼女達の攻撃を捌き、逆に強烈なカウンターを叩き込んでいく。
やがて砂塵が立ち込める広場に荒い呼吸の音だけが響くようになった頃、そこに立っていたのは少女だけだった。
「ハハッ!あたしにここまで食らいついてくるなんてやるじゃねーか!」
少女はバットを肩に担ぎ直し豪快に笑う、多少は息を切らしているがその立ち姿からは今だに十分な余裕が感じられた。
「そういうあなたこそね...まさか3対1でも勝ちきれないなんて思わなかったよ」
セイナが苦笑混じりに大剣を握り直す、2人も肩で大きく息をしつつも少女を見つめる目は逸さなかった。
少女はそんな彼女達を面白そうに見つめていたが、ふと戦いに加わらず静かに佇んでいた一行へと視線を向けると青年と少女の前に立ちはだかるチトセの姿を捉えた。
「おい、そこのあんたは戦わねーのか?」
「今のチトセは主殿をお守りするのが役目です、いかなる理由があろうともお側を離れるわけにはまいりません」
その迷いのない返答を聞き少女の好戦的な笑みがさらに深くなる。
「ならバトンタッチだ、そこの3人とお前が交代すりゃいい。安心しな、お前がこっちに来る間不意打ちして後ろの連中を狙うような卑怯な真似はしねーよ」
少女はバットの先をチトセへと向けながら明白な挑戦状を突きつけた。
チトセは静かに視線を巡らせ疲労の色が見えるアヤメ達の姿を見やる、そして小さく息を吸い込むとゆっくりと前へ足を踏み出した。
「....主殿、少しの間この身がお側を離れることをお許しください」
チトセが振り返り青年へ深々と頭を下げる。
「あ、ああ...気をつけてくれ」
「相手は随分手強そうだ、油断するな」
2人の言葉を受けチトセはわずかに表情を和らげた後、流れる様な足取りで少女の前へと歩み出ていった。
一歩、また一歩と距離が縮まるにつれ広場の空気が目に見えて変質していく。
少女の肩から自然と力みが消えた、彼女の肌に本能的な悪寒に似た鳥肌が立ち始める。
「.....すげぇ圧だ、あんた相当強いな?」
少女の口から冗談めかした色が消え、本物の緊張が混じり始めた。
「チトセはまだ未熟なる修行中の身、己の強さを語れるほどのものではありません....ですが」
チトセは静かに手を鞘に添えると僅かに腰を落とし、居合の構えを取りながら告げた。
「主殿の御前、全力でお相手させていただきます」
「へっそうかよ....あたしはミネルバだ、ウィンドアッシュのリーダーの力、舐めんなよ!」
チトセとミネルバ、2人の間に張り詰めた殺気が広場の空気を極限まで凍りつかせ....やがて弾ける様にして2人が一気に駆け出した。