天使なデンジ   作:一般冒険者

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祝!チェンソーマン刺客編製作決定!!
クァンシさんのニャンボちゃんが増えますよこれは!
個人的にはコベニカー、岸部VSクァンシ、吉田VSクァンシ、そして闇の悪魔が楽しみ……!

第7弾特典、アキ君とマキマさんに対してのコメントが最高にタツキ先生してましたね!
デンジ君とレゼちゃん離れ離れにしてよかったです!とかすごくいい笑顔で言ってそうな感じで……助けてチェンソーマン!


デンジにラブソングを4

早川アキの朝は早い。

起床してから身支度を整えたら、三人分の朝食の準備をしなくてはならない。

でなければ腹をすかせた同居人が暴れだしかねない。

顔を洗って眠気を飛ばしたアキは、キッチンへと急いだ。

だがアキが向かったキッチンからは、既にカチャカチャと調理の音が聞こえていた。

アキは眉をひそめてキッチンを覗くと、そこに立っていたのはデンジだった。

 

「なんだ、珍しいな」

 

「ん、おー……まあ、料理教えてもらったり、マッサージの練習に付き合ってもらったからな」

 

エプロン姿でそう言うデンジの手元には、フライパンが握られている。

デンジの返事はぶっきらぼうだったが、その手つきは何度か料理を教えた甲斐があったのか、手慣れている。

どうやら今はスクランブルエッグを作っているようだった。

視線を移すと、三人分の皿が並んでいる。

焼きたてのソーセージと、こんがりと焼き色のついたトーストが乗せられていた。

 

「……俺は朝は米派だ」

 

「エェ〜!?もう作っちまったよ!それに俺作れねぇし!」

 

アキの言葉にデンジはオーバーリアクション気味に返した。

 

「なら作り方を教えてやる」

 

「あ?」

 

アキからの言葉に意表を突かれたように、デンジはぽかんとした表情を見せる。

デンジの横に立ち、カトラリーの引き出しを開けて中からフォークを三人分取り出しながらアキは、何でもないことのように言う。

 

「味噌汁くらいは作れるようになっとけ、教えてやるから」

 

「……おう」

 

アキからのそんな言葉にデンジは視線を手元へと戻し、僅かに俯きながらそう答える。

デンジが朝食を作り終えるのを見たアキは、パワーを起こしに行く。

しょぼしょぼした目をして髪をボサボサにした彼女に顔を洗ってくるようアキは伝え、テーブルに朝食を用意した。

 

「なんじゃ、今日のはいつものと違うのお」

 

「デンジが作ったからな」

 

「お代わり欲しかったら作ってやるからメシ奪うんじゃねえぞ」

 

「は?ワシはメシなど奪ったことなどないが?デンジは卑しいのう」

 

「コワ~……」

 

デンジからそう言われたパワーは、まるで本気でそう思っているとしか思えない表情でデンジを蔑んだ。

デンジは本気で引いた。

 

「朝飯食ったら買い出しに行くぞ、お前たちも荷物持ちに来い」

 

そんなやりとりを見ていたアキは、そっと自分の分の朝食を守りながらそう言った。

 

 

 

 

 

「プニプニしとるの~」

 

「パワー、やたらと店のものをつつくな」

 

朝食を終えたアキたちは現在、食材の買い出しにスーパーへ来ていた。

デンジが勝手にマキマと約束してきたお疲れ様会に、当初アキは難色を示していたが、デンジはアキよりも先に姫野に話を通していた。

せっかくアキの家で飲める機会を姫野が易々と逃がすはずもなく、最終的に駄々をこねた彼女にアキが折れた形となった。

いつの間にこんな知恵を身につけたのかとアキは呆れていたが、外堀を埋めたデンジの作戦勝ちであった。

 

ラップ越しにパックに入った肉の感触を、指先でつんつんと物珍しそうにつついていたパワーを注意したアキは、明日の夜に行われるお疲れ様会で用意する料理の食材を探す。

デンジとパワーは好き放題店内を見て回っていた。

 

「おいパワー!こっち見てみろ!」

 

呼ばれたパワーがデンジのもとへ行くと、そこには通路を挟んだ両隣の棚いっぱいに積まれたお菓子の山があった。

色とりどりのパッケージが、二人の目に映る世界を瞬時に甘い夢の国へと変える。

はしゃぐデンジをよそに、パワーはきらきらと目を輝かせて菓子のコーナーに見入っていた。

 

「全部ワシのじゃ……」

 

「お前のじゃないし、買わないぞ」

 

思わず口に出したパワーにアキは後ろから声をかけた。

目線は手元の特売チラシに向けたままだ。

 

「何でじゃ!」

 

「お疲れ様会の主役は俺達なんだから良いじゃねえか!」

 

「余計なもの買うほど金を持ってきてないんだよ」

 

「かーっ!甲斐性のない男じゃのお!」

 

騒ぐ二人を前に、アキは大きなため息を一つ吐き、片腕を突き出した。

指が三本立っている。

 

「三つだ。三つまでなら買っていい」

 

「少ない!」

 

「もう一声!」

 

「ダメだ。文句あるなら買わないぞ」

 

アキの言葉に唸るパワーだったが、彼女の視線はアキの手元のチラシへと移った。

射幸心を煽るようなデザインのチラシに惹かれたようだ。

 

「なんじゃそれは!どれ!ワシに見せてみろ!」

 

「あっ、おい!」

 

ひったくるようにアキからチラシを奪ったパワーの手を見たデンジは、彼女の指から血が出ていることに気付いた。

どうやらチラシをひったくる際に紙で指を切ってしまったようだった。

 

「あ?おいパワー血ィ出てんぞ」

 

「む?これくらい舐めれば治るわ」

 

「見せてみろ」

 

パワーの傷を見たアキは、ショルダーバッグからポーチを取り出すと、その中から絆創膏を取り出した。

怪我をした指にくるくると巻かれていったそれは、キャラクターのプリントされた可愛らしいものだった。

 

「次からは気をつけろ」

 

ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、アキは丁寧に絆創膏を巻いた。

 

「おお……おお……!」

 

アキの言葉を気に留めず、パワーは指に巻かれた絆創膏に夢中だった。

くるくると手を回し、いろんな角度から眺めている。

どうやら彼女は気に入ったようだった。

 

「へー、良かったじゃねえかいいもんつけてもらえてよ」

 

「ふふん、まぁニャーコはワシが怪我すると心配するからのお!これくらいの傷なんでもないんじゃが、つけてやらんでもない!」

 

指を振りながら言う彼女はご満悦の様子だ。

そんなパワーの言葉を聞いたデンジは、昔のことを思い出した。

借金を少しでも返すために体を切り売りしていた時、ポチタはデンジの体が少なくなって帰ってくるたびに心配そうに寄り添ってくれていた。

 

「おー、そういや俺も内臓とか目ん玉売った時はポチタが心配したなー」

 

二人のそんな会話を聞き流しながら、アキはパワーから取り返したチラシを見て、今日の夕飯と明日のお祝いで使う食材を次々とカゴに入れていく。

帰るころには、大きな袋を三人でそれぞれ一つずつ持たなければならないほどの量を買い込んでいた。

 

家に着けば、アキは翌日の分まで含めた料理の仕込みで時間を取られるが、その分デンジが掃除をはじめ、他の家事をしてくれる。

共同生活を始めた頃と比べれば、デンジは大きく成長していた。

パワーは遊ぶのが仕事だ。

下手に手伝わせるとかえって仕事が増えるので、遊ばせた方が良いのだ。

 

今晩の食事はカレーのようで、いい匂いが家のどこにいても漂ってくる。

アキがテーブルまで持ってきた皿によそられたカレーを見た二人は、驚きと喜びに顔を輝かせた。

 

「あれ!?このカレー、オムレツとカツ乗ってんだけど!」

 

「ワシのカレーは野菜が入っておらんぞ!どういうつもりじゃチョンマゲ!」

 

「今日はそういう気分なだけだ。黙って食え」

 

オムレツの黄色とカツの濃い茶色がカレー皿の中で目を引き、明らかに普段よりも豪華な上に、パワーの分は最初から野菜を除き肉が多めに入れられていた。

二人は最初こそ何かあるのかと疑ったが、デンジとパワーにとって大事なのは目の前のカレーであり、なぜアキがこれを用意したのかはすぐにどうでもよくなった。

口いっぱいにカレーをかきこむ二人を見たアキも、自分のカレーに手を付ける。

アキの分はオムレツもカツも乗っていない、ごく普通のカレーだった。

 

 

 

 

 

翌日の夕刻。

早川家ではお疲れ様会に向けて準備が進められていた。

出汁と揚げ物の香ばしい匂いが立ち込め、食欲をそそる匂いが部屋に広がっている。

ニャーコと遊ぶパワーをよそに、アキとデンジの二人は手際よく食卓を整えていった。

 

「そういやマキマさんたちは何時に来るんだっけ?」

 

「確か六時頃って言ってたな」

 

「はあ!?マキマも来るのか!?ワシ聞いとらんが!」

 

時計を見たデンジがアキに聞くと、二人の会話が耳に入ったパワーが反応した。

ガバリと勢いよく立ち上がってそう言ったパワーを見た二人は、お互いに視線を向けあう。

 

「早パイ言ってねえのか?」

 

「お前が言ったのかと思った」

 

「何じゃ!ワシだけのけものにしおって!」

 

仲間外れにされたとでも思ったのか、パワーはそ言うとデンジに突っかかった。

当然デンジもパワーを押しのけようとするので、二人は揉み合いになりジタバタと暴れることとなる。

せっかく用意した料理がテーブルごとひっくり返されそうになり、アキは必死に二人を止めようと間に割り込んだ。

 

「こら!暴れるな!」

 

「たまたまだっつぅの!」

 

「んぎぃぃぃ」

 

ピンポーン。

ピンポーン。

ピンポーン。

ピンポーン。

 

三人がお互いを押し合っていると、家のチャイムが連続で鳴った。

それまで喧嘩をしていた三人は、チャイム音に気付くとぴたりと動きが止まる。

 

「む、誰か来たの」

 

「多分姫野先輩だ。デンジ、お前が出てこい」

 

「え~、なんで俺なんだよ」

 

「俺が行くとお前達、喧嘩の続きするだろ」

 

アキの言葉に言い返しそうになるデンジだったが、アキの言う通りでもあったため渋々玄関へ向かう。

玄関の扉を開くとそこには笑顔の姫野がいた。

デニムジャケットの下には、胸元を大胆に覗かせた紺のタンクトップ、長い脚のラインを強調するタイトなジーンズが彼女のスタイルの良さを際立たせている。

全体を黒でまとめたラフな装いは、背の高い彼女が着れば都会的でクールな雰囲気を漂わせる。

 

「やっほーデンジ君、ちょっと早く来ちゃった」

 

「まー準備出来てるんで大丈夫っすよ」

 

お邪魔しまーすと言って家に上がった姫野は、デンジの横を通ると勝手知ったる我が家と言わんばかりにガラス戸の側に陣取った。

 

「アキ君これお土産~」

 

姫野はそう言って、手に持っていた紙袋をアキに向けて掲げた。

礼を言いながら受け取ったアキが袋を覗くと、中には桐箱が入っていた。

包装の凝ったもので、中身は日本酒のようだ。

よく見れば袋の方も少し高級感がある。

 

「いいんですか?これ高いんじゃ」

 

「いーのいーの!折角のお祝いなんだから!みんなでパーッと飲みましょ!」

 

「デンジはまだ16だから飲めませんけどね」

 

「え!?そうなの!?」

 

アキの言葉を聞いた姫野は、目が丸くなるほど見開き驚いてデンジを見つめた。

姫野に視線を向けられたデンジは黙ってピースサインを向ける。

 

「なんだ~……じゃーしょうがないからこれは私たちで飲もっか!」

 

残念そうに口ではそう言いつつも、内心飲める酒の量が増えたと喜んでいるのが傍目から見てわかる位には、嬉しそうな様子で姫野はアキに向かって言った。

彼女の目は酒を開けるよう視線で訴えてきていたが、アキはマキマが来てから開けると言って取り合わない。

アキに文句を言う姫野だったが、そんな彼女にニャーコが近づく。

 

「ありゃ?かわいい子だねぇ~」

 

そう言いながら姫野が撫でると、ニャーコは気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 

「ほお、ニャーコが見知らぬ人間に懐くとはのぉ」

 

ニャーコを撫でていた姫野にパワーが声をかけた。

撫でられて気持ちよさそうにしているニャーコを見て、パワーは珍しく思ったようだ。

 

「ニャーコっていうの?この子」

 

「うむ!ワシが名付けた!」

 

「へえー、良い名前を貰えて良かったねぇニャーコちゃん」

 

姫野の言葉に返事をするようにニャーコは鳴くと、ごろりと転がって甘えるような鳴き声を出した。

可愛らしいニャーコの反応に、胸をときめかせた姫野はワシワシとニャーコを撫でる。

その後、パワーと姫野の二人は一緒にニャーコを撫でたり、おもちゃで遊んだりと構い倒していた。

しばらく、食器がカチャカチャと鳴る生活音の中に、女二人の楽しげな笑い声が混ざる。

デンジはその光景を、どこか非日常を見るような心地でぼんやりと眺めていた。

ピンポーン

不意にチャイムの音が鳴る。

 

「マキマさんだ!」

 

ぱっと顔を輝かせたデンジが弾かれたように駆け出し、玄関の扉を開けるとそこにはやはりマキマが立っていた。

彼女は黒のベルテッドタックワイドパンツと白いシャツを着ており、その上にグレーのカーディガンを羽織った清潔感が漂ってくる私服姿をしていた。

飾り気のないゆったりとした装いだったが、彼女がいるだけでデンジには玄関先が特別な場所のように感じられていた。

 

「こんばんは、デンジ君。遅れちゃったかな?」

 

「全然!丁度いいタイミングっすよ!入ってください!」

 

嬉しそうな笑顔を見せるデンジにそう言われたマキマは微笑みを浮かべ、お邪魔しますと言いながら家へと足を踏み入れる。

デンジの鼻腔にマキマの香りがふわりと漂ってくる。

先程まで空腹を刺激していた料理の匂いを塗り替えるような、静かで冷たく、心を満たす香り。

 

「良い匂いがするね」

 

「はい……いい匂いがします……」

 

「お腹が減ってきちゃうくらいおいしそうな匂い。早川君が作ったの?」

 

「あえ?あ、あぁ……俺も少し手伝いましたけど大体アキが作りましたね」

 

一瞬、マキマの香りに気を取られたデンジだったが、すぐに気を取り直してマキマからの質問に答えた。

廊下を歩きながら二人が会話をしていると、部屋の中からドタドタと足を踏み鳴らすような音が聞こえてくる。

マキマとデンジは怪訝に思い、お互い顔を見合わせてから部屋をのぞくと、そこには姫野にしがみつかれるパワーの姿があった。

 

「ぎゃあ!来た!」

 

「あっマキマさーん!ほらパワーちゃん、マキマさん来たんだし諦めなー?」

 

「パワーちゃん、どうかしたの?」

 

「マキマさんが来たから逃げようとしたんです」

 

不思議そうな顔で軽く首をかしげながら聞いたマキマに答えたのは、キッチンにいたアキだった。

エプロンで濡れた手を拭いながら近づいたアキに、マキマは視線を向ける。

 

「早川君、今日はわがままを聞いてもらってありがとう。これどうぞ」

 

その言葉と共に、マキマは手に持っていた袋をアキへと手渡した。

半透明の袋の中には白い箱が入っている。

 

「中身はケーキだよ。後でみんなで食べよう」

 

「わざわざすみません、ありがとうございます」

 

「ケーキ!俺食べたことないです!」

 

恐縮しつつも礼を述べるアキと嬉しそうなデンジ、二人の姿にマキマは微笑を浮かべた。

アキは受け取ったケーキを冷蔵庫へしまうと、マキマを上座側へと案内した。

丁度姫野の向かいに座る形となり、姫野に捕まったパワーはその左隣に座っている。

参加者が集まったのを見てデンジは食器をそれぞれに配り、アキは最後の料理を持ってくる。

 

「私も何か手伝おうか?」

 

「いえ、マキマさんは座って待っていてください。料理もほとんど出てますから」

 

手伝いを申し出たマキマに、アキは客だからと丁寧に断りを入れると、キッチンへと引っ込んでいった。

代わりにキッチンからデンジが、皿に盛りつけられた料理を運んでくる。

 

「ほんとどれもおいしそう」

 

テーブルの上に置かれた皿に並ぶ料理を見てマキマがそう言うと、それを聞いた姫野が嬉しそうに笑う。

 

「アキ君の料理は絶品なんですよマキマさん、特にツマミがイケてるんですよ~」

 

「へえ、そんな話を聞くとお酒が欲しくなっちゃうね」

 

「姫野さんが良い酒持ってきてくれたみたいなんでそれが飲めますよ、マキマさん」

 

姫野の言葉に興味をひかれたようでマキマがそう言うと、デンジは先程姫野が持ってきた酒を思い出しマキマにそう伝え、彼女のすぐ近く、キッチン側に座った。

丁度パワーとマキマの間に収まる形だ。

 

「アキ君!みんな揃ったからお酒入れちゃおうよ!」

 

「姫野先輩、自分が飲みたいだけでしょう」

 

姫野からの言葉にアキは口ではそう返すが、人数分のコップを盆に乗せて持ってきてくれている。

そんなアキを見た姫野はにぃーっと口元に笑みを浮かべた。

空いていた窓側の席、マキマと姫野の間に座ったアキは、デンジとパワーにジュースを注いだコップを渡し、大人組には姫野が土産として持ってきた日本酒をコップへと注いでいく。

華美なラベルが貼られている黒い酒瓶から、清く澄んだ液体がとくとくと音を立てながらコップを満たす。

 

「華やかでいい香り……」

 

渡されたコップを両手で受け取ったマキマは、漂ってくる甘い香気に浸るかのように薄く目を瞑り、ゆっくりと楽しんでいる。

コップの中で歪んだ灯りが彼女のほんの少しだけ開かれた瞳にきらきらと写される。

まるでマキマの周りだけ、時間がゆっくりと流れているかのようにデンジは感じた。

デンジがそんな彼女に見惚れていると、姫野はコップを片手に突然立ち上がった。

 

「え~それでは!デンジ君とパワーちゃんの合格祝いアンドお疲れ様会ということで、デンジ君もパワーちゃんも良く頑張りました!乾杯!」

 

「姫野先輩が音頭をとるんですか」

 

「いいじゃ~ん!はい!乾杯!」

 

アキからの言葉を笑い飛ばした姫野は、そのままの勢いでコップを突き出しながらそう言った。

彼女の言葉を皮切りに、それぞれが乾杯の言葉と共にコップを合わせる。

仁王立ちしたままの体勢で、まるで風呂上りにコーヒー牛乳を飲むような豪快さで姫野は日本酒を一息に呷った。

 

「くーっ!うまい!もう一本!」

 

「マジですか先輩……ビールじゃないんですよ……」

 

そんな姫野の飲みっぷりに呆れるアキの横では、マキマも小さく喉を鳴らして酒を味わっている。

 

「うん、おいしいね」

 

「酒ってそんなにうまいんすか?」

 

日本酒を美味そうに飲む彼らを見て、不思議そうに尋ねて来るデンジにマキマは微笑を向ける。

 

「おいしいよ。デンジ君にはまだ早いから……大人になったら、一緒に飲もうね」

 

「はい!」

 

マキマの言葉に、デンジは自分が大人になる日を待ち遠しく思う。

二人の会話を聞いていた姫野が、デンジへ身を乗り出しながら話しかけてきた。

 

「いいね~!じゃあデンジ君が大人になったら、成人祝いでまた集まってお酒飲もうよ!アキ君の手料理を肴にでもしてさ!」

 

「また俺が作るんですか……」

 

「え~いいじゃん!アキ君のがいっちばん美味しいんだからさ~」

 

溜息でも付きそうなアキの反応に、姫野はそう言いながら馴れ馴れしく肩へ腕を回した。

アキはそれに困ったような顔をするが、拒むことは無かった。

 

それからは各々が好きな料理を食べながら、酒を交えて談笑をしていった。

パワーがデンジの唐揚げを奪えばアキが叱り、姫野の笑い声が響く。

デンジは自分好みの料理をマキマに勧め、マキマはそれを美味しいと言って食べる。

皿が触れ合うカチャカチャという硬質な音、大皿に盛られた料理の匂い、同じ卓を囲む人たちの体温。

場に満ちる無秩序な温かさは、デンジにとっては生まれて初めての経験で、デンジの心はいつもよりもふわふわと浮いているような心地だった。

 

先程から、唐揚げをはじめとした肉類ばかり食べているパワーにマキマが声をかけた。

別の皿に野菜だけをよけて、先ほどからデンジに食べさせているのが気になった様子だった。

 

「パワーちゃん野菜を残すの?ダメだよ、ちゃんと食べないと」

 

声をかけられたパワーは、一瞬びくりと震えるとチラリとマキマに視線を向けた。

その視線にマキマはまっすぐ正面から見つめ返す。

その視線から逃げるように、パワーはすぐさま視線を逸らした。

 

「だっ、だってワシ野菜嫌いじゃし……」

 

「パワーちゃん」

 

「はい!食べます!」

 

マキマからの一言に、パワーはビシッと背を伸ばすとハキハキとした口調で返事をした。

そんなパワーの様子を見たマキマは、取り皿に野菜を取ると箸でつまみ上げ、パワーへと差し出した。

 

「はい、あーん」

 

「ヒュッ」

 

「あーん」

 

自分の目の前で、マキマに食べさせてもらえるパワーを羨ましく思っていたデンジの耳に一瞬、空気を呑み込むような鋭い音が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

パワーは口を大きく開けて野菜を口に入れると、虫か何かを食べたように表情を歪ませる。

 

「うえぇまじゅい……だいちのあじがしゅる……」

 

「ちゃんと食べれて偉いね、パワーちゃん」

 

マキマはそう言うと、パワーの頭を撫でた。

撫でられているパワーは、もちょもちょと食べている口の中の野菜とあわせて最悪な気分になっていた。

 

「お前は野菜を残しすぎだ。大人しく食え」

 

「そうだぞーパワーちゃん、野菜も食べないと病気になっちゃうぞー?」

 

アキの言葉に続くように姫野はそう言うと、パワーの頬を指先で突いた。

しばらく楽しそうに頬を突き続けていた姫野の目が、段々と据わった目へと変わってくる。

じっと見つめたかと思えば、突然、姫野はパワーの頬に情熱的なキスを浴びせ始めた。

 

「んんいいぃ~やめるのじゃぁ~!」

 

「姫野先輩だいぶ酔いが回ってきたな……」

 

姫野の様子を見たアキがそう言っている間にも、ブレーキの壊れた姫野はエスカレートしていく。

パワーも抵抗するが、姫野にのしかかられて床に押し倒されてしまった。

やがて姫野のパワーの頬へのキスは、可愛らしいリップ音から掃除機の吸引音のようなものへと変わっていった。

 

「んぎゃああああ!吸われとる!吸い殺される!!」

 

ヤツメウナギのごとく姫野に吸い付かれたパワーは、本気で抵抗するが力の入りにくい体勢でマウントを取られているために押し返せない。

しばらくパワーはもがいていたが、不意に姫野からのキスが止まる

視線を上げたパワーが見たのは、自身の上で何かをこらえるような表情をしてピクリとも動かない姫野の姿。

 

「あ」

 

誰の声だったのかは分からない。

だが、その時姫野以外の全員が確かにその声を聴いた。

 

「おげえええええええええ!」

 

「ぎゃああああああああ!!」

 

哀れパワー。

顔面に姫野からのゲロが滝のごとく降り注いだ。

彼女は一体、どんな悪行を積めばこんな目にあってしまうのだろうか?

本人以外のこの場にいる全員には、心当たりしかないだろう。

 

「げろおおおおおおおお!」

 

直前に野菜を食べて吐きそうになってた所に、ゲロのシャワーを浴びせられたパワーは、連鎖的にもらいゲロを炸裂させてしまった。

数秒前までの幸せな食卓は、二人がゲロを撒き散らすことで一瞬で地獄と化した。

 

「ぎゃはははははは!!」

 

「あらら、早川君。拭くものある?」

 

「……あります、今持ってきます……」

 

指をさして爆笑するデンジと、落ち着いてアキに尋ねるマキマ。

悲惨な状況を前に、アキは深く、本当に深く、肺の中の空気全部を吐き出すほど深くため息をつくと彼は、換気のために窓を開けてから雑巾を取りに向かった。

 

春の少し冷たさを感じる風が入り込んで、部屋の熱を心地よく冷ましていく。

自身の家でゲロを吐かれたアキが一番の被害者だろう。

片付けに向かう彼の背中には哀愁が漂っていた。

騒がしくも宴は続いていく。

 

 

 

 

 

その後、べろんべろんに酔っぱらった姫野はアキに介抱され、そのまま気持ちよく眠ってしまった。

パワーは姫野に汚された体を綺麗にするために、今はシャワーを浴びている。

パーティも落ち着きを見せ始めたため、マキマも帰ろうとしていた。

今は玄関までアキが見送りに来ており、汚れを掃除するデンジの文句と姫野のいびき、シャワーの音がかすかに聞こえている。

 

「ほんとにいいの?私が姫野ちゃんを送っていこうか?」

 

「いえ、気にしないでください。姫野先輩もウチで飲むのは半年ぶりだったんで羽目を外しすぎたんでしょう。危ないですし、今日はウチに泊めていきますよ」

 

「そう?それじゃ早川君、姫野ちゃんをお願いね」

 

マキマはそう言うと、早川家を後にした。

先程までのパーティの熱が、首筋に吹き付けた春のまだ冷たい風に、さらさらと心地よくさらわれていく。

夜空を見上げれば澄んだ空気が星空をきらきらと輝かせていて、まるで暗い水底に散りばめられたガラスの破片のよう。

雲の輪郭が浮かぶほどに地上を照らしているその白々しいまでの輝きが、かえってマキマの歩く夜道の暗さを際立たせる。

 

等間隔に並んだ街灯。

羽虫を誘う白く無機質に照らされた光の列の中、夜に溶けるパンプスの硬い足音。

夜の静寂が耳に痛いほどだったのは、先程まであの場所にいたからか。

 

「楽しかったな」

 

彼女の口からこぼれて消える言葉があった。

今でもその脳裏に鮮明に、先程までの光景が浮かび上がるのは何故だろうかと一人考えに耽る。

それと同時に、その記憶に浸っている彼女もいた。

考えがうまくまとまらない、思考がその先へ進まない、思い出がリフレインする。

何度も何度も、まるでお気に入りのシーンを見るため、ビデオを巻き戻すように。

 

「マキマさん!」

 

「デンジ君?」

 

不意に、後ろから聞きなれた声。

振り返ったマキマの視線の先には、少し息を切らせたデンジの姿。

デンジは息を軽く整えると、ごくりと喉を鳴らして意を決したように話を切り出した。

 

「あの、今度俺と、その、……デート、行きませんか?」

 

気恥ずかしそうに、首の後ろを掻きながらそう言ったデンジだが、その視線はしっかりとマキマを見つめていた。

 

「その、ずっと考えてて、それでこないだようやく決まったんで、どうかなーって思うんすけど……どうすか?」

 

少し驚いたように、小さく開かれたマキマの唇。

しかし、すぐにいつものような微笑みを彼女は取り戻した。

降り注ぐ街灯の白い光は夜との間に柔らかな境界を引き、二人の輪郭を優しく掬い上げていた。

まるで舞台の上の二人を明るく照らしだす、一筋のスポットライト。

 

「うん、良いよ」

 

マキマから自身が申し出たデートの誘いを受けてもらえたデンジは、顔を輝かせた。

頬を染め、まさしく天にも昇るような喜びが全身から滲み出ている。

そんなデンジの様子を見たマキマは何か考える仕草を見せると、デンジを家に誘う。

 

「今日もウチくる?」

 

「行きます!あ、でも俺後片付けしないと……」

 

当然、デンジは即答でその誘いに乗った。

だが家ではまだ彼の仕事が残っていることを思い出す。

以前の彼なら、その様な事は気にせずそのままマキマの家へ向かっただろう。

しかし、共同生活を送る中で今の彼は、責任というものを覚え始めていた。

 

「やってきなよ。私は家で待ってるからさ」

 

「はい!ソッコーで終わらせてきます!」

 

デンジにマキマがそう言うと、デンジは急いで来た道を戻っていった。

マキマはその後ろ姿を微笑みと共に見送る。

やがてデンジの姿が見えなくなった頃、マキマは再び一人の夜道を歩き始めた。

 

再び見上げた夜空は、誰かがこぼした砂糖菓子のよう。

あるいは、ゆらゆらと揺れる誰かが灯した蠟燭の光のようにも見えた。

心地よいリズムを刻む足音は、先程よりもずっと軽やかでどこか優しい。

 

冷たい風が吹き抜ける。

今度の熱は、風にさらわれることはなかった。




朗報!デンジ君ゲロキスを回避!
悲報!パワーちゃんゲロをかけられ貰いゲロ!
死霊のはらわた並みのゲロかまされました。

ヒロインズの私服姿を想像するの楽しくて、妙にレディースファッションに詳しくなりました。
普段出てくるのが制服とかの漫画ってこういう想像の幅が広がって良いですよね。
逆にレッドガーデンみたいなのも見てて楽しい。
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