天使なデンジ   作:一般冒険者

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好きな人のためなら世界を敵に回してもいいどころか、好きな人のために世界をめっちゃメチャクチャにしちゃうってなるの、すっごいデンジ君らしいですよねぇ
来年の更新時に何が消えて何が残ってるのか、全く想像できなくて楽しみですな!


デンジにラブソングを5

とある休日の朝、デンジは一人マキマとのデートの待ち合わせ場所にいた。

彼は来たるこの日のために、そう多くはない手持ちを切り崩し、本屋で買った様々な雑誌を読み漁っていた。

その結果、彼が導き出した答えは動物園デートだった。

 

なんでも最近新しいエリアが出来たらしく、雑誌にはそこを巡るのが鉄板だと書かれていた。

デンジはひとまずこの鉄板を信じて行ってみることにした。

生まれて初めてデートプランを練ったデンジは、失敗だけはしたくなかったのだ。

それに、パンダも見てみたかったという気持ちもあった。

 

「あれ、デンジ君もう来てたの?」

 

「マキマさん!」

 

予定していた集合時間は午前九時。

マキマが腕時計を見ると時間は、八時になる少し前だった。

 

「まだ約束の時間まで一時間以上あるのに」

 

「楽しみで寝れなくて、朝五時に来てました!」

 

マキマと会えて嬉しいのが見てわかる様子のデンジの背後に、マキマは千切れんばかりに振られる尻尾を幻視した。

 

「そっか、じゃあだいぶ待たせちゃったね」

 

「全然!気にしないでください!……えと、それじゃあ行きましょうか?」

 

「デンジ君、開園まではまだ時間があるよ」

 

「あっ……すいません……俺、舞い上がっちゃってて」

 

そう言うと、デンジは少ししょんぼりしてしまった。

そんな様子のデンジに、マキマは微笑みながら提案した。

 

「大丈夫。この近くにカフェがあるからそこで時間まで待とうか」

 

マキマのその提案にデンジは乗ることにした。

彼女に付いて行くと、落ち着いた雰囲気の喫茶店へと着いた。

以前、アキに連れられて初めてコーヒーを飲んだ場所と、雰囲気が似ているな、とデンジはぼんやり考えた。

窓際の席へと案内された二人は、席に腰を下ろした。

 

「デンジ君朝ご飯は食べた?」

 

「パン食ってきました!」

 

「パンだけ?デンジ君くらいの年だともっと食べるものじゃないのかな」

 

デンジの言葉に、マキマは少し首を傾けた。

そんな彼女からの言葉に、デンジは視線を左上に向けながら答える。

 

「んー、いままで何も食えない日とかありましたから、食えるだけましっすよ」

 

「なら、今はもっと食べないとね。ここで少し食べていきなよ」

 

そう言うとマキマは、自分にはコーヒーを。デンジにはクロワッサンとカフェオレを注文した。

クロワッサンは焼きたてのようで、こんがりと焼かれた黄金色の表面が、いかにもサクサクしていそうな音を想像させる。

 

「カフェオレに浸して食べてごらん。美味しいよ」

 

マキマに教わった通りの食べ方でクロワッサンを食べたデンジの口内に、じゅわりとクロワッサンのバターの優しい甘味と、カフェオレの引き締めるような苦みが広がった。

 

「ウマ!」

 

デンジの好物が、また一つ増えた。

彼の好きなものは大抵、マキマが関わっているものだった。

彼女といる時間が増えれば増えるほどに、デンジの好きは増えていく。

それはマキマとの思い出の数と共に増えていくようで、デンジにはそれが嬉しかった。

 

「デンジ君、その服は私が選んだものかな」

 

「俺の持ってる服の中じゃ、マキマさんに選んでもらったものが一番いい奴ですからね」

 

「似合ってるよ、デンジ君」

 

マキマからの言葉に、デンジはそう返した。

普段は動きやすい服を好む彼だったが、以前マキマに選んでもらった服を着ていた。

ネイビーのハリントンジャケットと、白のボタンダウンシャツにベージュのチノパンで固めたデンジは、少しだけ背伸びをした大人っぽい雰囲気を纏っていた。

慣れない服装に少しだけ窮屈さを感じていたデンジは、マキマの言葉に舞い上がりそうになる。

 

「マキマさんも!似合っててメッチャ可愛いです!」

 

「うん、ありがとう」

 

そう言われたマキマは、アイボリーのステンカラーコートの下に、ペールピンクのシフォンワンピースを着ている。

春らしい淡い色合いの着こなしで、甘すぎない膝下丈のワンピースは彼女に魅力的な少女性を与えている。

普段の制服姿とのギャップに、デンジの心は見事に射抜かれていた。

 

それから二人は何気ない会話をして時間をつぶした。

パワーやアキとの家でのこと。

マキマは食べるのが好きなこと。

この間二人で見た映画の話。

いろいろ話をしているといつの間にか時間は過ぎ去り、開園の時刻となっていた。

 

「デンジ君、もう時間も良いみたいだから行こうか」

 

「あれ、もうそんなに経ってました?」

 

楽しい時間はあっという間だ。

デンジはマキマと別れる時に、もっと一緒にいたいと、時間が足りないといつも思う。

きっと今日という一日も、デンジは満足できないまま終わるだろう。

 

 

 

 

 

デンジがマキマを誘った動物園の目玉はパンダだ。

他にも定番のゾウやライオンにキリンも人気で、デンジの読んだ雑誌にも書かれていた通り、ゴリラやトラがメインの最近オープンしたエリアも注目の的だ。

休日ということもあり、どこも家族連れやカップルで賑わっていた。

入園した二人は、事前にデンジが調べていた通りの順番で動物たちを巡ってみることにした。

 

「マキマさん見てくださいよ、ゾウってあんなデカいんですね」

 

「デンジ君知ってた?ゾウの赤ちゃんって生まれた時から100キロ以上あるんだって」

 

「重えェ!」

 

「トラって結構でかいんすね」

 

「トラって意外と狩りの成功率が低くて、10%くらいなんだって。一週間に一度狩りが成功できればいいみたい」

 

「マジすか、俺より食えてねえ……」

 

「おっ、マキマさん。あそこにゴリラがいますよ」

 

「デンジ君知ってる?ゴリラってポール・デュ・シャイユっていう探検家が見つけるまではUMAとして扱われてたんだよ」

 

「? UMAってなんすか?」

 

デンジが指をさして動物の名前を言えば、マキマはその動物についての豆知識を披露していった。

彼女の言葉に驚いたり、笑ったりところころ表情を変えるデンジ。

そんなデンジを見るマキマも、微笑みを絶やすことはなかった。

打てば響くようなそのやり取りに、自然と二人の会話は盛り上がる。

会話が途切れる事は無く、二人は仲睦まじく並んで歩いていた。

 

この動物園には東園と西園があり、今までデンジ達がいたのは東園だ。

園一番の目玉であるパンダは西園にいる。

東西の行き来には、二つの方法があり、一つは橋を渡る方法。

 

「マキマさん!どうせならあれ乗りましょうよ!」

 

デンジがそう言って指さす先には、レールにぶら下がる電車、モノレールがあった。

この懸垂式モノレールこそが、もう一つの方法だ。

デンジは電車には乗ったことがあるが、変わった形の乗り物に興味を惹かれたらしい。

 

動き出す車内。

宙に浮いて進むモノレールは、ふわふわと浮いているような錯覚をデンジに覚えさせた。

 

「私も初めてこのタイプのモノレールに乗ったけど、こんな感じなんだね」

 

普通の電車とは違う窓の外に流れる景色を、奇妙な気分で見下ろしていたデンジに、横で同じように見下ろしているマキマが声をかける。

マキマからの意外な言葉に、デンジはついと体を彼女に向けた。

 

「へ~、マキマさんにも初めての経験とかあるんすね」

 

「うん、たくさんあるよ。知らないことも、やってみたいことも」

 

そう言ったマキマは、窓の外に向けていた視線をデンジへと向ける。

 

「でもね、最近私が体験したたくさんの初めては、どれもデンジ君がくれたものなんだよ。だからね」

 

そう言って彼女は一歩近づく。

その白い手をデンジの胸へと静かに置くと、マキマは囁くような声をデンジにかける。

 

「デンジ君の事、もっと教えて」

 

至近距離から見つめるマキマの瞳にデンジはうっすらと頬を染め、その三白眼が大きく開く。

トク、トク、と胸が高鳴り熱を帯びる。

デンジは自身の胸に置かれたマキマの左手へ、そっと自身の右手を重ねた。

 

「俺……俺も、マキマさんに初めてをたくさん貰いました。たくさんの知らないことを、教えてもらいました。だから、その、これからもマキマさんと一緒に、初めての事をたくさんやれたら良いな……って思います」

 

まっすぐマキマと目を合わせ、デンジはそう言った。

二人の視線が確かな熱をもって絡み合ったような気がした。

やがてモノレールが制動音を鳴らして静止すると同時に、マキマの手がするりとデンジの手からすり抜ける。

デンジの胸に、彼女の証を残していったまま。

 

「着いたね。いい時間だしまずはお昼を食べに行こう。それから……」

 

開くドアの向こうへと足を踏み出すと、そう言いながら振り返る彼女は下から覗き込むようにデンジへ首を傾け、微笑む。

 

「デンジ君が初めて誘ってくれた大切なデートだから、デンジ君にエスコートしてほしいな」

 

それは、マキマからデンジへの初めての我儘だった。

女性とのデートでエスコートなどした経験は、当然デンジには無い。

だがデンジに戸惑いなどなく、むしろマキマが自分に求めてくれた事実がデンジにこれ以上ないほどの喜びを与える。

元気にマキマへ返事をしたデンジは一歩、ドアの外へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

「俺はオムライスで……マキマさんはどうします?」

 

「私もデンジ君と同じものでいいかな」

 

「すんません!オムライス二つで!」

 

昼食のために二人が入ったのは、園内にある小ぢんまりとしたレストランだった。

森の中に立つ小屋をイメージしているのか木材が多く使われていて、温かな雰囲気を感じさせる造りになっている。

運ばれてきた熱々のオムライスを頬張りながら、二人は会話を弾ませる。

 

「いろんな動物がいたね」

 

「見てて飽きませんでした!それにマキマさんのする動物の話もすげえ面白かったですし」

 

「ほんと?良かった。デンジ君が楽しんでくれるかなって思って、少し勉強してきたんだ」

 

「えっ!本当ですか!めちゃくちゃ楽しかったです!」

 

デンジはスプーンを握ったまま、顔を輝かせる。

事実、マキマの話をデンジは楽しそうに聞いていた。

不思議に思ったことや、疑問に思ったことを尋ねれば、彼女はそれらの疑問に答えていった。

その光景は傍目から見れば、まるで理知的な教師と純朴な生徒のようにも、あるいは慈愛に満ちた母親とその愛を疑わない子供のようにも見えていたかも知れない。

 

「次はどこに行こうか」

 

頬杖をついたマキマは、微笑みと共に透き通るようなその瞳でデンジを見つめていた。

窓際から差す柔らかな春の光が彼女を横から照らし、その輪郭に淡い光を纏わせる。

デンジにはその何気ない、何でもないような一瞬が、何故だか記憶に焼き付いた。

 

 

 

 

 

それからは、デンジが事前に覚えてきた鉄板コースを彼なりに、マキマをエスコートしながら一緒に回っていった。

キリンにサイ、カバ。そして目玉のパンダなども見ていく中で、何とかマキマをリードしようとするデンジに、マキマは微笑ましいものを見るような笑みを向けていた。

 

ようやくたどり着いたパンダのエリア。

本音を言えば直に触ってみたかったデンジは、離れたところからしか見られなかったことを残念に思っていたが、パンダを見るマキマが可愛かったので良しとした。

 

「デンジ君、お土産何か買っていく?」

 

「お土産ですか?」

 

午後も動物園を巡れば、いつの間にか閉園の時間が迫っていた。

そろそろ帰ろうかと二人で話していたところにマキマがデンジに尋ねた。

 

「うん、早川君とパワーちゃんに。それにパンダのぬいぐるみとかも売ってるみたいだよ」

 

「行きます!」

 

そもそもどこかに出かけるなんてことをしたことが無かったデンジに、お土産という概念すらなかったが、マキマからパンダのぬいぐるみを買えると聞いたところで目の色を変えた。

普段のデンジならぬいぐるみなどに興味は薄く、買う選択肢もなかっただろう。

だが今回は特別だ。

これは、デンジにとってこのぬいぐるみは、形あるマキマとの思い出なのだ。

 

アキとパワ-へのお土産は適当に菓子箱で済ませ、それとは対照的にぬいぐるみを真剣に吟味していたデンジ。

現在はアキたちへのお土産を入れた袋を片手に持ち、もう片方の手で一抱えはあるパンダのぬいぐるみを二つ、抱きしめるように持っていた。

一つは自分用、もう一つはマキマ用としておそろいのものを購入していた。

 

「ごめんね、荷物を全部持たせちゃって」

 

「気にしないでくださいよ!こんくらい幾らでも持ちます!」

 

そう言ってデンジは、抱えているぬいぐるみをぐっと上に持ち上げた。

そんなデンジの様子を見たマキマは、パンダを見た時のデンジの様子を思い出し、くすりと微笑む。

 

「ウサギとか羊はふれあいコーナーで触れたけど、パンダは触れなかったもんね」

 

「パンダ、触れなかったのは残念でしたね」

 

への字に口を歪めたデンジは、抱え込んだぬいぐるみの頭に顎を乗せ、マキマからの言葉に残念そうに返した。

 

「パンダもクマの仲間だからね。動物園側も、お客さんを危ない目に合わせるようなことはしたくないんだろうね」

 

ため息をついたデンジにマキマはそう言って慰める。

最後にもう一度見に行こうと、マキマの提案で二人がパンダのエリアに向かう途中、園内のスピーカーから男性の緊迫した声がハウリング音と共に突如として聞こえてきた。

 

『ご来園の皆様へお知らせです!現在園内にて悪魔が現れました!係員の指示に従い、落ち着いて避難をお願いいたします!』

 

「えぇ~?」

 

「悪魔が出ちゃったんだ。ここも今日はもう閉まっちゃうかな」

 

「パンダ……」

 

「仕方ないよデンジ君、また見に来よう」

 

「えっ……はい!」

 

最後にパンダが見れなくてしょんぼりしたデンジは、また来ようと言ったマキマの言葉にあっさり元気を取り戻す。

民間のデビルハンターに対処を任せ、避難しようと二人は出口へと向かった。

 

太陽は傾き、赤い夕日へと変わり影が長く伸びる時間。

世界が曖昧になる逢魔が時。

出口へと向かう二人の行く手を遮るように、巨大な壁が現れる。

それは壁ではなく、巨躯を誇る獣のような姿の悪魔だった。

 

「うーん、ホントはダメだけど、これは不可抗力かな」

 

マキマは少し困ったようにそう言うと、デンジに振り返る。

お土産とぬいぐるみをデンジから預かると、マキマはデンジにお願いをした。

 

「デンジ君、あの悪魔を倒してくれる?」

 

「ワン!」

 

マキマからのお願いに吠えて応えたデンジは、胸のスターターを勢いよく引く。

そうすれば彼は、血を撒き散らしながらチェンソーの姿へと変身した。

低く唸るエンジン音を轟かし、背中にマキマを庇うように悪魔の前に立ちはだかる。

 

「パンダ」

 

「ああ~?パンダァ?なんだよ、お前もパンダ見てえのかよ?」

 

視線をデンジに向けた悪魔は一言、そう言った。

もしかしてパンダ見たかっただけか?

そう思ったデンジが聞くと、獣のような悪魔はブルブルと首を鞭のようにしならせ、頭をめちゃくちゃに振り回し始める。

 

「たべたいいいぃぃぃ!!」

 

「食うなよ!かわいいのに!」

 

悪魔の言葉にそう返したデンジは、高く跳ぶと悪魔の上に乗りチェンソーを思い切り突き刺す。

丁度刺したところに太い血管でもあったのか、赤黒い血が噴水のように飛び出して辺りを血で染めた。

当然その原因であるデンジは、その血をまともに受けてしまう。

 

「チキショー!俺の一張羅が!!」

 

「ぎぎぎいいいぃぃぃぃ!!」

 

耐え難い激痛に悪魔は体を振り回し、何とかデンジを振り落とそうとするが、深く突き立てられたチェンソーが杭となってデンジを固定させていたために振り落とせない。

その間にも刃の回転数はどんどんと加速していき、徐々に深く悪魔の体内へ入り込んでくる。

半狂乱となった悪魔は、痛みから逃げるように走り始めてしまう。

 

「あっオイ!動くな!止まれ!」

 

デンジがそう悪魔に呼びかけるも、その声は届かない。

悪魔を殺そうにも、デンジが今いる場所は巨体ゆえに急所から離れていて手が届かず、疾走中の背中から飛び降りるわけにもいかない。

しかも最悪なことに、悪魔が向かう先はパンダの展示エリアだった。

 

「ああ~っ!!パンダは駄目だって!言ってんだろ!!」

 

焦ったデンジはチェンソーの回転を最大にまで上げ、そのままチェーンを伸ばす。

すると回転の勢いそのままに伸ばされた鎖刃が、悪魔の体を内側から容赦なく薙ぎ払う。

断末魔を上げる間もなかった。

殺意によって研ぎ澄まされた刃は筋肉も骨も内臓も等しく蹂躙し、紙きれのように内側から切り裂かれバラバラになった体から臓物が勢いよく溢れて飛び散る。

 

全力疾走の慣性を乗せたまま残骸と化した悪魔と背に乗っていたデンジは、物理法則に従い前方へと勢いのまま投げ飛ばされてしまった。

血の轍が描かれる先にはパンダのエリア。

いかに頑丈なアクリル板といえど、大質量を伴った悪魔の巨体からの衝撃には耐えられなかったようで、容易く粉砕される。

飛び散った破片が夕日の光を反射しながら、キラキラと悪魔の死骸へと降り注いだ。

 

「デンジ君大丈夫?」

 

離れた場所から一部始終を見ていたマキマがデンジのもとへ近寄ると、そこにはパンダと自身の両手を繋ぐようにして戯れている変身の解けたデンジの姿があった。

 

「マキマさ~ん!パンダかわいいっすよ!今なら触れます!」

 

くしゃりとした屈託のない笑みと共に、返り血を浴びて真っ赤になったデンジに誘われたマキマはふっと微笑むと、園のデビルハンターや従業員がやってくるまでの間、二人でパンダを可愛がり続けていた。

 

 

 

 

 

「パンダ可愛かったな~」

 

あれから事情説明を終えた二人は、園内にある大きな池を望むベンチに腰を下ろした。

池の中島では、水鳥たちがそれぞれ思い思いに憩いの時間を過ごしている。

来園者は全員逃げ出したために、今ここにはデンジとマキマの二人だけしかいない。

 

「デンジ君血まみれだね」

 

悪魔自体はたいして強くもなかったために瞬殺だったが、全身に返り血を浴びてしまったデンジの姿は酷いものだった。

マキマの言葉に改めて自身の惨状を思い出したデンジは、ばつの悪そうな表情で首をすくめた。

 

「すんません。これ、マキマさんに選んでもらった服なのに」

 

閉園を知らせるクラシック音楽が流れている。

叱られるのを待つ子供のような様子のデンジを見て、マキマはやんわりと微笑んだ。

すっと立ち上がった彼女は、デンジに向き直ると手を差し出した。

 

「ねえデンジ君、少し踊らない?」

 

「え……?」

 

マキマからの言葉に、戸惑うデンジはぽかんとした表情を浮かべた。

 

「デンジ君。デートの最後はね、楽しい思い出で終わるのが良いと私は思うんだ」

 

「でも俺血まみれですし、踊り方も知らないですよ」

 

「そんなの気にしなくて良いんだよ。踊り方も私が教えてあげる」

 

マキマはデンジの手を取り立ち上がらせ、手と手を握り合うように包み込む。

血で汚れるのにも構わずぐっとデンジの体を引き寄せると、マキマとデンジは抱き合うような姿勢となった。

彼女の淡い色合いのワンピースとコートに、どろりと赤黒いシミが広がる。

マキマの綺麗な服が自分のせいで汚れてしまうのを見たデンジは離れたかったが、彼女と手を繋いでいる今、縫い留められたように動けなくなってしまっていた。

 

「まずはゆっくり、私の動きに合わせて」

 

そう言うとマキマは足を引く、それに合わせてデンジも足を出した。

それから二人は、ゆっくりとお互いの動きを合わせてくるくると踊り始めた。

マキマの足を踏まないよう、彼女の動きに付いて行くのに必死なデンジはある日のことを思い出していた。

彼女に指を噛まれ、胸を揉み、初めて家に招かれたあの時も今と同じ夕暮れだった。

デンジはあの時のマキマの言葉を思い出す。

相手の心を理解するのは難しいことだと、彼女は言っていた。

 

(今のマキマさんはどんな気持ちなんだろう)

 

自身を見つめるマキマの瞳が彼女の心へ通じる窓のように思えて、デンジはその窓を覗き込むように見つめる。

重なるように触れ合う胸の鼓動は、彼女の声。

繋いだ手の平からは、動き続ける脚からは、何が伝わるのだろう。

 

スピーカーから流れるノイズ交じりのどこか寂しいクラシック音楽。

誰もいなくなった夕暮れの湖畔で、二人は手を取り合って踊っている。

マキマが軽やかにリードをして、デンジが必死に追いすがる不格好なダンス。

アスファルトを擦る靴の音。

重なり合う二人の不揃いな呼吸の音。

ベンチに置かれた二つのパンダのぬいぐるみ。

遠くには、踊る二人を見守る水鳥達。

 

(マキマさん、俺以外とこんな風に踊ったことがあるのかな)

 

マキマの手慣れたような動きに、デンジはそんなことを思う。

意識のそれたデンジは危うくバランスを崩しそうになる。

だがすぐさまマキマが支え、元の姿勢へと戻る。

 

「デンジ君、私を見て」

 

その言葉に含意は無かったのかも知れない。

ただダンスから意識の外れたデンジの集中を、元に戻すだけの言葉だったのかもしれない。

だがデンジにはその言葉に、どこか懇願のような響きが聞こえたような気がした。

 

水鳥の羽音も、動物の鳴き声も、スピーカーから流れる音楽も。

いつの間にか聞こえなくなる。

二人にはお互いの息遣いだけが聞こえて、お互いの瞳しか目に入らない。

沈みゆく夕日が二人を照らし、伸びた影は重なっている。

夕日が完全に沈むまでのわずかな黄昏、まるで世界に二人しかいないような錯覚の中、二人はお互いを見つめ合いながら踊り続けていた。

 

やがて日が落ち、残光が薄明の世界を去るまでのわずかな時間、スピーカーから流れる曲が終わるとともに二人の踊りも終わる。

寂寥感が広がるほどの静けさが聞こえる。

 

はっきりと見えるのは手の届く先だけの世界で、マキマはおもむろにデンジの耳へと顔を近づけた。

低く甘い、それでいて透き通るような声で彼女は、そっと囁いた。

 

「……いいデートだったね、デンジ君」




年内の更新はこれが最後になります。
正直、レゼ編をやっているこのタイミングで、この作品がここまで高評価を貰えるとは思っていませんでした。
しかし、感想やここすきなどが励みになり、ここまで続ける事が出来ました。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます!
来年もデンマキをよろしくお願いいたします!
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