誰か……誰か、労働の悪魔を倒してくれ……
サムライソード編あるいは公安襲撃編と呼ばれるエピソードですが、ここでは公安襲撃編の方が合ってるかも知れません……
_( :3 」∠ )_... ズリ... ズリ...
とある港の埠頭にある倉庫群。
そのうちの一棟に、五人の男女が集まっていた。
四人の男が木箱を囲むように立っており、対峙するように一人の女が佇んでいた。
男達は皆屈強な体格をしており、暴力の気配を漂わせている。
なによりも目を引くのは男達の容貌だ。
全員が彫りの深い、コーカソイド系の異邦人だった。
四人のうち二人は常に周囲を警戒しており、二人が女と向かい合っている。
残る二人のうち片方は無言で女をジロジロと見ているが、その目には色気など微塵もなく、あるのは警戒心と殺意だ。
妙な真似をすればただでは済まさないと、その目は雄弁に語っていた。
そんな彼らと向かい合っている女だが、こちらも特徴的だ。
アジア系の若い女だ。
髪を金髪に染めており、挑発的なほどに短いホットパンツから、健康的な脚を惜しげもなく晒している。
そして何よりも特徴的だったのは、その蛇のような赤い目だった。
普通なら気後れするような圧を放つ男たちに動じないその女は、やはり普通ではないのだろう。
彼女と向かい合う男が口を開いた。
「注文の品は持ってきた。今回の作戦、失敗は許されないぞ」
「言われなくても分かってる。それよりも中身を確認したい」
男の言葉を軽く受け流した女は、中身の確認を求めた。
それに対して彼女を見張っていた男が目を細め、身じろぎするも、彼女と話していた男が片手をあげるとピタリとその動きを止めた。
「良いだろう、好きなだけ見ろ。何なら使ってみても良いぞ?」
明らかな挑発だったが、それも仕方がないのかもしれない。
木箱の蓋が、軋みをあげながら開かれる。
女の視線に映るのは、今なお世界を蝕むもの――銃だった。
災厄の象徴であるそれが――生産も使用も一部を除き禁止されているはずの禁忌が、箱に詰められていた。
今の日本ではまともな手段で手に入らないような代物であるそれを、日本人がまともに使えるものではないと男達は知っていたからだ。
無論女は拳銃程度なら使えるし、それは男も知っている。
彼なりの軽口だった。
女もそれを知っていたのか、それともハナからまともに取り合うつもりもなかったのか、男の軽口を無視する。
無視された男はもう一人の男に向かって軽く肩をすくめるが、そちらにも無視されていた。
女は木箱から拳銃を一丁手に取るとマガジンを引き抜き、弾が込められていないことを確認して元に戻す。
続いてスライドを引けば、精密に組まれた鋼鉄同士が擦れ合う音が響く。
スライドストップを親指で押し下げると、女の手首を僅かに揺らす程の衝撃で、金属同士がぶつかる荒々しく重い音を立てて元に戻る。
それから女は壁に銃口を向け、照準を覗き込む。
そのままトリガーを引けば、カチリと乾いた音が倉庫の静けさの中に深く沈んでいく。
軽口をたたいた男が口笛を吹いた。
「銃の扱いが上手じゃないか、お嬢ちゃん」
無論、本気で褒めているわけではない。
この男は単にお調子者の類なだけだろうと、女はまたも男の言葉を無視した。
「数は?」
「指定通りの数を」
「そうか……こいつは指定の場所へ」
女はそう言うと、銃を箱へ戻し踵を返した。
そのまま一度も振り返らずに、出口へと向かっていく。
そんな女の背中を眺めながら、護衛としての役割に徹していた男が口を開いた。
「おい、あのスーカは本当に使えるのか?」
「さぁね、上が使えると判断したんだから使えるんだろうよ。なんにしても、そこは俺たちが考えるようなことじゃないさ」
そう言うと男は肩をすくめる。
彼らの母国語で交わされる言葉を聞くのは、木箱の中の銃と倉庫に住み着いたネズミ位のものだった。
密輸された銃の確認を終えた女は、埠頭の倉庫群を歩いていた。
日当たりが悪く、往来する車も人の目もない。
女の視線は何もない空を睨みつけている。
錆びついたクレーンは項垂れた骸骨のように並び、鈍色の空は彼女の過去の色のよう。
雨が降りそうな空だ。
彼女がここまで来るのには長い――長い時間がかかった。
埠頭の湿った潮風が、彼女の鼻腔を突く。
死んだ生き物の匂いを運ぶその風は、あの日、すべてを奪われたあの時の嫌な臭いに似ていた。
全ての始まりは銃の悪魔だった。
かつては普通の少女だった彼女の人生を、家族を、幸福な当たり前をある日突然、彼女は奪われた。
どれほど涙を流しても、涙が枯れることなど無かった。
朝、流れた涙で癒着した瞼を開く時の痛みに、ただ慣れただけ。
そしていつからか心には、消えない消し炭が自身を焦がし続けるような、そんな不快な熱が灯った。
飲み込むことも吐き出すことも出来ず、熱い煙が肺に溜まるような息苦しい毎日。
思い返せば、最初は公安のデビルハンターを志した事もあったが、それで本当に自身の復讐は果たされるのかという疑問が常について回っていた。
銃の悪魔、そして悪魔そのものへと憎悪を燃やす彼女は冷静だった。
冷静に情報を集め、調べ上げ、冷徹に判断を下した。
日本の公安では、自身の復讐が果たされることは無いだろうという結論に至る。
それから彼女は、どうすれば自身の望みが叶うのかを考え続けた。
辿り着いた答えは大国に身を寄せ、政府とパイプをつなぐこと。
銃の悪魔との戦闘が可能と考えられる国として、ソ連とアメリカで悩んだ彼女が選んだのはソ連だった。
アメリカは遠く、民主主義というシステムが万が一銃の悪魔との戦闘に反対と意見を翻せば、彼女は時間を無駄にすることとなる。
それは許し難いリスクだった。
対してソ連は地理的に近く、強力な独裁制を敷く国家だ。
悪魔を兵器化しているという噂も、彼女の背中を押した。
自身の契約悪魔を交渉に使えば、目的は達成できると彼女は踏んでいた。
若さゆえの考えだった。
それから彼女は様々なつてを伝い、共産系の活動家を通してソ連と繋がりがあると噂の反政府組織へ潜り込むことに成功した。
組織に潜り込んだ彼女は、とある男に目を付けることとなる。
その男は自身と同じように隠れ潜むような動きをしていて、手慣れたような様子を見せていた。
その男の言動が彼女の直感に引っ掛かったのだ。
彼女の方が先にその男を見つけられたのは本当に偶然で、僥倖だった。
そうして彼女は息を潜め、機を伺い続け、ようやくやってきた
あの時の事は今でも覚えている。
緊張と興奮で胸が張り裂けそうで、男に向けた凶器は震えていた。
――あの時、私の声も震えていたのだろうか?
そんな益体もないことを考える。
男はソ連の工作員だった。
冷戦の最中にある米ソ間で日本は、地政学的に重要な場所だったため、水面下にて米ソ間の激しい暗闘が繰り広げられていた。
この工作員も任務の一環として、この組織へと潜り込んでいたのを彼女に見つかった形だ。
スパイとして厳しい鍛錬を積み、これでもかと自身を磨いたというのに偶然見つけたと彼女に言われた彼は、自身の運の無さを呪った。
それから、この工作員を通してソ連本国と渡りをつけた彼女は、自身の全てをチップに冷たい交渉のテーブルへと着いた。
積み上げたチップを全てテーブルの中央へと押し出し、オールインを宣言する。
運命のホイールが回った。
放たれた球は吸い込まれるように
この時の興奮と高揚は、今でも鮮烈に覚えている。
見事、
上層部は彼女の能力を有用と認め、迎え入れることを約束した。
彼女は確実に目的へ近づいたことを確信し、勝利へ胸が高鳴った。
しかし再び、運命のホイールが回った。
学生服を着た少女が現れた。
風変わりなイヤリングを着け、どこか浮世離れした空気を纏った美少女だった。
その少女が告げた。
悪魔を食らうことで、その概念を消し去るというチェンソーマンと呼ばれる悪魔の存在とその心臓。
これを公安対魔特異4課が確保したという情報、そして特異4課のリーダーにして内閣官房長官直属のデビルハンター、マキマの正体が悪魔であるということ。
そして考えうる最悪のシナリオを。
当然、突如として告げられたそんな話を、彼女は信じなかった。
だが彼女のからっぽの腹を見せられては真実と断じられずとも、この話を容易に切り捨てることは出来なかった。
何故このことを自分にと問えば、誰よりも精力的に動いていたことを知っていた、という言葉が返ってきた。
続けて、自身の今の暮らしを奪われたくないからという言葉も。
この少女は悪魔だろう。
だがその言葉に彼女は、目の前の少女にかつての自身を、全てを奪われる前の自身を重ねてしまった。
たとえ、憎くてたまらない悪魔であろうとも。
少女の姿をした悪魔に、幸せだった自分を重ねてしまった。
そんなことを考えてしまった自分への苛立ちを隠すように、知るかと吐き捨てて背を向ける。
足早に去る自分の靴音が情けなくて、涙が出そうになるから奥歯を噛み締めた。
脳裏には少女の姿が残り続けていた。
赤い、同心円状の瞳をした少女が。
それから彼女は工作員を通したソ連側との幾度かのやり取りで、マキマが悪魔である事実の確証を得ることとなった。
工作員との話では、以前までは日本中を移動し続けていたマキマがここ最近、東京から動かなくなったという情報もあった。
あの少女の情報通りならチェンソーの心臓は、強力なカードになると彼女は確信した。
同時にマキマの手が王手にかかっているという現実も。
唾棄すべき最悪のシナリオが着実に進んでいるなどと。
それは悪魔を憎悪する沢渡にとって、許されざる事実だった。
彼女は自身の知る一連の情報を伝えると、ソ連側はこの概念攻撃兵器ともいえる存在に食いついた。
しかし日米間は友好的な関係を築いており、ソ連が動けばアメリカも動くだろうことが予想され、彼らは二の足を踏んだ。
そこで沢渡は、自身が外部の人間としてチェンソーの心臓を強奪することを提案し、ソ連側もこの提案を受け入れる。
「チェンソーの心臓を、ソ連への片道切符にする」
高待遇、亡命、安全圏。
彼女はソ連からのそんな言葉に興味が無かった。
ただ、殺すための力が欲しかった。
ただ、この熱を消したかった。
たったそれだけ。
当初は最小限の犠牲で済ませるつもりだった。
騒ぎが小さければ、それだけ相手は異変に気付きにくく、亡命までの時間を稼げると考えたのだ。
そのための作戦を考えていた彼女の前に、再びあの少女が現れた。
相変わらずの無表情と妙な角度に首を傾けた彼女は、その作戦にピッタリの悪魔がいると言った。
彼女にとって悪魔は憎悪の対象であったが、それと同時に便利な道具でもあった。
どれ程鍛えたとしても人体に限界がある以上、悪魔と契約しないなんてことはこれ以上ない程に愚かな選択だろう。
特に、銃の悪魔などという超常の化け物を殺すのなら尚更だ。
故に彼女は躊躇いも葛藤もなく、悪魔との契約を望んだ。
こうして彼女はソ連に要請した銃の悪魔の肉片を対価に、永遠の悪魔と契約を交わした。
しかし銃の悪魔の肉片を与え、能力の底上げを行ったにも関わらず、永遠の悪魔による密室殺人は失敗に終わる。
当初予定していたホテルでの一件は、彼女に計画の修正と焦りを生んだ。
自身の有能さを見せつけるつもりが、初手から躓いてしまったが故。
焦燥に駆られながらも彼女は改めて入念に調査を行い、デンジと因縁のある相手を見つけることに成功する。
それがヤクザの若頭だった。
彼が率いるヤクザを上手く使えれば作戦はより確実になるだろうが、二度の失敗が許されるような相手ではないのもあり、慎重になった彼女はより確実な策を練ることにした。
様々な角度から作戦を練る彼女だったが、確実と思われたホテルの作戦を破られた今、どの案も上手くいく自信が無かった。
焦燥が思考を狭める中、彼女に閃きが走る。
チェンソーの悪魔の心臓で生き、悪魔の姿に変身して戦えるターゲット。
悪魔を兵器化していると噂の流れるソ連。
彼女の脳内で、この二点が線でつながる。
早速ソ連側と連絡を取った彼女は、悪魔人間について自身の作戦と合わせて交渉を行い見事成立。
ソ連側としても有用な心臓を一つ失うのは安くはない出費だったが、概念攻撃兵器たるチェンソーの心臓と保有する刀の心臓を天秤にかけての判断だった。
こうして新たなカードを手に入れた彼女は、若頭へ復讐の機会を与えることを条件に取引を成立。
同時にソ連へ、今回の作戦に必要な銃器の密輸を依頼した。
いつの間にか足を止めていた女は──沢渡アカネは、自身の手のひらを見つめた。
過去を思い返していたのは何故だろうか。
深く息を吸うと、嫌な潮の匂いが胸を満たす。
作戦を決行すれば、関係のない人間が大勢死ぬ。
だが、今回の作戦にはそれだけの価値があると自分に言い聞かせる。
それと同時に間違いなく、自分は地獄に落ちるだろうとも。
(人間用の地獄、なんてものがあればの話だけどな……)
見つめていた手のひらをぎゅっと握りしめると、止めていた足を再び前へと歩み始める。
最早引き返せない、引き返すつもりもない。
許せないのだ。
自身の全てを奪った悪魔を、人を、世界を支配しようとする悪魔を。
拳が白むほどに、痛いほどにその手に力がこもる。
思わずこみ上げそうになった謝罪の言葉を、その痛みと共に握りつぶす。
彼女は復讐のために、人類の自由を守るために、他人に犠牲を強いる。
覚悟も決めている。
後は歩みを止めないだけ。
避けては通れない茨の道。
血の轍。
彼女にとってこれは──。
「──これは、必要悪だ」
潮風に消えた言葉は覚悟の表れか、それとも別の何かだったのだろうか。
鈍色の空は彼女の未来の色のようだった。
雨が降りそうな空だ。
なんか世間ではバッタの悪魔登場あたりから色々言われてたみたいですが、最新刊が出たことも知らず一気読みした私に隙はありませんでした。
ヨルデンアサうおおおおお!!
_( :3 」∠ )_... ズリ... ズリ...