天使なデンジ   作:一般冒険者

17 / 24
タツキ待て!待ってくれ頼む!駄目だ!!許可しない!!大好きだ!タツキの夢を私に見せてくれ!でもタツキはね、やる事全部がめちゃくちゃでなきゃいけないの

情緒が……!
俺はチェンソーマンがチェンソーマンを食べたから、タイトルのチェンソーマンが消えて実質3部の新連載が始まるに花京院の魂を賭けるぜ!

本当に終わるのか、コレも仕込みなのか、ドキドキしながら更新を待つの心臓に悪すぎ……隔週の悪魔にこれほど恐怖したのは初めてだぜ……


十二話 あと1センチの唇

「「「「かんぱーい!」」」」

 

温かみのある暖色系の明かりの下、ガラス同士が打ち合わさる音が響き渡ると、ごくごくと喉を鳴らす音が続いた。

 

「ップハー!しみるー!」

 

「ちょっとそこのお皿取ってもらえる?」

 

「んだコレうまそ~」

 

「パフェ三つ……あと白玉お膳……三つで」

 

「はぁ……うまい……」

 

「取るな盗人!全部ワシのじゃ!」

 

「おら!若いんだからもっと頼め!もっと食え!」

 

各々が騒ぐ中、マキマから勉強を教えてもらっていたデンジは、メニューに書かれているお品書きを穴が開くほどに熱心に見つめていた。

見たことがあるもの、聞いたことがあるもの、見たことも聞いたこともないもの。

 

「読める……!読めるぜ……!マキマさんに漢字を教えてもらった今の俺なら……!」

 

どれを選ぼうか悩む喜びに浸っていたデンジの視界へ入ったのは、キスの文字。

瞬間デンジの脳内で、スパークが散らす火花のように記憶が蘇る。

自然と視線は、隣でビールを飲む姫野へ向けられた。

ビールに濡れるその瑞々しい唇へと。

 

「あの……キスの件は……」

 

「ん?あ~……シラフじゃ恥ずかしいからさ~、もっと酔ったらしたげる。濃いやつかましてやるからさ~デンジ君をみんなで殺そうとしたこと、許してね?」

 

思わずキスについて聞いたデンジに、姫野からあざとい仕草と共にそんな言葉が返ってくる。

そんな美人に上目遣いで見つめられたデンジの答えは、当然たった一つだった。

 

「ああ!もう超許すよ!超!」

 

キス、それも濃いやつに比べれば、殺されそうになった事など些事なのである。

欲を前にした時の割り切りの良さは、デンジの美点だ。

そんなやり取りをしていると、デンジの肩が後ろから掴まれる。

 

「新人歓迎会なんだから、新人は立って自己紹介!名前と年齢と、契約している悪魔言え」

 

そう話すのはデンジの隣に座っていた大男だ。

立派な体格をしていて、見た目だけなら体育会系、その言動も外見に違わぬものだった。

大男の言葉にアキが口を挟む。

 

「公共の場で契約している悪魔の事は言うな、手の内は信用した人間だけにしか見せちゃいけないぞ」

 

そう言ったアキのすぐ隣の男は大きく首を縦に何度も頷いた。

どうやら彼も同じ意見のようだった。

 

「まあ大丈夫!大丈夫でしょ~!」

 

姫野はそう言いつつ、デンジの頭を手繰り寄せて抱きしめた。

酒と煙草、それに香水の入り混じった大人の女の香りがする腕の中へ、彼女はデンジを引き込んだのだ。

デンジは姫野の腕の中で、彼女の隣に座れたことを天に感謝した。

 

「私は趣味聞きたいなぁ、趣味で人間分かるでしょ?」

 

髪の短い女性がそう言うと、デンジは自己紹介を始めた。

 

「俺デンジ~、年は確か16!趣味は……食うのと寝るの」

 

デンジの言葉に元々知っていたアキと姫野、興味のないパワー以外のその場にいた面々は皆一様に驚いた。

部活などを除き、通常どれだけ早くても高校くらいは皆卒業してからデビルハンターになる。

コベニですら高校は卒業出来たのだというのに、16でデビルハンターとして働いているデンジは、下手をすれば中卒で働き始めていることになる。

コベニは、自身よりも悲惨なデンジの境遇を想像して憐れんでいた。

実際は想像よりもっと悲惨だが。

 

「私は荒井ヒロカズです!22歳、契約している悪魔はキツネです!趣味は俳句です!」

 

立ち上がった荒井は緊張しているのか、顔を赤くしながらそう自己紹介を行った。

先程アキが、公共の場で契約している悪魔を言うなと言ったばかりなのに契約している悪魔まで言ってしまったのは、彼の素直で真面目な性分の表れかもしれない。

彼の様子を見るに、単に緊張から口走ってしまっただけの可能性だろうが。

 

酔った姫野に絡まれていたデンジは、アキと同じ悪魔と契約している荒井の言葉に反応した。

デンジの疑問に対して、狐の悪魔は友好的であるが故に大勢のデビルハンターと契約しているとアキが説明すると、姫野がイケメンしか狐の頭は使えないと補足する。

もし自分が契約したらどうなるのだろうと、デンジはちょっと興味が湧いた。

 

「東山コベニです、二十歳です。契約している悪魔は……秘密で、趣味はおいしいものを食べることです」

 

「へぇ~、なあ!うまいモン食うのが好きならよぉ、ここのメニューどれがうまいのか教えてくれよ」

 

奇しくも食べるのが趣味と言ったデンジと似たような事を趣味と言ったコベニに、どれを注文するか悩んでいたデンジは軽い気持ちで聞いてみた。

 

「えっと、私はこの梅水晶とか好きだけど、デンジ君は男の子だからこっちの生姜焼きとか、みそ串カツとかが良いかも」

 

「え~?生姜なんて焼いたもんがウマいのかよ~?」

 

「あっ、えっとね、生姜焼きっていうのは生姜をそのまま焼いたものじゃなくて、お肉に生姜の風味をきかせて焼いたものなんだよ」

 

「えっマジ?肉なの?じゃあ俺これにしよーっと」

 

肉と聞いた途端に、ぱっとデンジは笑顔を浮かべる。

ホテルの一件で迷ったとはいえ、殺すことを考えていたデンジに対して気後れしていたコベニだったが、当のデンジが気にしていないかのように振舞っている事にひっそりと安堵した。

自身のオススメを聞き、子供のように喜びながら注文するデンジの姿に自然と口角が上がる。

 

二人のやりとりの横で、姫野が伏さんと呼ぶ男の所にいるはずの新人がいないことに気付いた。

そのことを彼に聞くと、伏は新人が昨日亡くなったことを明かした。

一瞬、場が静まり返る。

店内の笑い声や、食器の音が遠くに聞こえるような気がするほどの、冷たい静けさだった。

 

「南無阿弥陀仏!ほうれん……ほうげん……げきょ~?」

 

「先輩もう酔ってるな……」

 

場の空気を吹き飛ばすような大声で、酔った姫野が南無阿弥陀仏と唱える声が響いた。

そんな彼女の様子にアキが呆れた様子を見せるが、彼にとっては見慣れたものなのだろう。

その声に棘は無く、どこか穏やかでさえあった。

二人の様子に毒気を抜かれ、場に温かさと喧騒が戻ってくる。

しかし荒井とコベニには聞き捨てならない言葉だった。

内心の動揺を隠すように荒井がそんなに簡単に死ぬのかと聞けば、デンジの隣に座る大男が民間では手に負えない相手が公安に回されるのだと答えた。

 

「まあバンバン死んでいくよね、私の同期ももう公安にいないし」

 

男の言葉を受けて短髪の女性がそう口にした。

もう公安にいないという意味がどういう意味かは、話の流れから荒井にもコベニにも分かっている。

突然、現実を突きつけられた二人は知らず、生唾を飲み込んだ。

 

「デンジ君は私とキスしたいから死なないもんね~!」

 

「ヘェッ!」

 

不穏な空気が流れ始める中、酔った姫野がそう言いながらデンジに抱き着いた。

女性からこんな風に抱き着かれた経験のないデンジは、当然避けずにされるがまま姫野のハグを甘受する。

むしろウェルカムだった。

暗くなりかけた場の雰囲気が、彼女のおかげで明るさを取り戻していく。

 

「姫野は酔えばキス魔になるんだ」

 

「え!?」

 

「ここにいる新人以外みんな姫野にキスされてるよ、逃げられねえからな」

 

(確定キスじゃん……)

 

二人の会話を聞いた隣の大男の言葉に、デンジの期待値が急激に高まっていく。

この時なぜ、この男が同情するような視線でこのようなことを言ったのか、なぜその言葉を不審に思わなかったのかと、後になってデンジは悔やむこととなる。

しかし今のデンジの脳内はベロキスで埋め尽くされていて、そんな事には気付きようもない。

もはや姫野の唇しか眼中にないのだ。

 

「俺……今日、ファーストキスしちゃうんだ……」

 

「キス?」

 

「へえぁ!?」

 

デンジがポツリとそう呟くとほぼ同時に顔のすぐ横、少し身じろぎすれば頬がくっついてしまうほどに近い距離で、マキマが囁く声が聞こえた。

それまで一切気配を感じなかったデンジは、口から心臓が出てしまうのではないかと思うほどに心底驚いた。

まるでデンジを驚かせる悪戯をしたかのように現れた彼女は、上着を脱ぎながら先程デンジが口走った言葉を追及する。

 

「デンジ君、誰かとキスしちゃうの?」

 

「しませェん!」

 

デンジ、即座に男らしく否定。

 

「えぇ~?デンジ君私とキスしないのおぉ?」

 

「しまァす!」

 

デンジ、即座に男らしく肯定。

最早あっぱれである。

 

「デンジ君、姫野ちゃんとキスするんだ」

 

「しません!しません!」

 

唇を少し尖らせ、拗ねるように言うマキマ。

普段の彼女が見せないような表情でそんなことを言ったために、デンジは焦りから必死に首を横に振る。

ろれつが回らなくなってきた姫野がじっとデンジを見つめた。

 

「ちぅしないのぉ?」

 

「します!します!」

 

潤んだ瞳でデンジを見つめる姫野の言葉の引力は、あまりにも強すぎてデンジの首が重力に負ける。

何故か姫野も拗ねているようで、デンジは突然の窮地に混乱していた。

残像が残る速さで首を横にブンブン、縦にブンブン。

デンジの頭は飛んでどこかに行ってしまいそうだ。

 

(マキマさんにキスするとこ見られたくねえけど、同じくらい強い気持ちでベロキスしたい……!それにこのままだとなんだかヤベェ気がする……!とにかく今は話をずらすしかねえ!)

 

窮地に陥ったデンジは、話の方向を横へずらすことに決めた。

逃げたともいう。

 

「そっ、そういえばマキマさん!俺銃の悪魔の肉片拾いましたよ!」

 

「うん、聞いたよ。デンジ君はすごいね、それでキスのこと詳しく聞かせてくれるかな」

 

マキマからは逃げられない!

じっと見つめてくるマキマと姫野。

美女二人に迫られるデンジだったが、ここで救世主が現れる。

 

「マキマさん、前までこんな速いペースで肉片を持つ悪魔は現れませんでした。この間のデンジを狙った悪魔といい、最近少し悪魔の動きが怪しいですよ」

 

デンジは今この瞬間、アキに対する尊敬度が急上昇した。

今なら何の迷いも躊躇もなく、心から早川先輩と素直に呼べるだろう。

なんなら後光がさしているようにも見える。

望めばタバコも食ってやろうと思えた。

吸い終わった後の短いシケモクぐらいなら。

 

「ああ、うん、それなんだけれどね。刑事部にいる友達から聞いたんだけど、どうやら大規模な銃器の密輸が行われていたらしいんだ」

 

デンジに意識が向いていたマキマは、視線をアキに向けるとそう返した。

大規模な銃器の密輸、その言葉を聞いて酔いの冷めないデビルハンターなどいない。

一名を除いて。

 

「調査の途中らしいんだけど、銃は東京に運ばれてるんじゃないかって話だよ。銃の悪魔が関わっているんだろうね。皆、これからは一層パトロールに気を付けてね」

 

マキマの言葉にデビルハンターの皆が黙り込む。

最初に口を開いたのは、やはりアキだった。

 

「それもデンジを狙っての事ですか?」

 

「そうかも知れないね」

 

否定しなかったマキマに、アキはさらに踏み込む。

 

「肉片を持つ悪魔がデンジを狙ったかと思えば、今度は銃……マキマさんはデンジの事、何か知ってるんじゃないですか……?」

 

アキの言葉にマキマは何かを考える様に暫し沈黙する。

それから中身が半分以上残っているジョッキに口をつけ、スーッと一気飲みする。

琥珀色の液体が吸い込まれていくのを、一同は固唾を吞んで見守った。

 

「私に勝ったらデンジ君の事、教えてあげる」

 

ジョッキを静かに置くと、マキマはそう言ってアキに飲み対決を仕掛けた。

欲しい物は勝って手に入れろ。飲みの場であればその方法も、飲みでの勝負なのだと言外に彼女は言っていた。

 

「……すいません、生二つ」

 

「アハハ!私もソレやるぅ~!生もう一つ~!」

 

マキマからの挑発に乗ったアキを見て、姫野もこの勝負に参加する。

これで実質二対一の構図となったが、マキマは変わらず余裕の笑みを浮かべている。

一瞬緊迫した空気が流れたが、マキマの一言によって再び弛緩した空気が満ち始める。

酒が進めば話も盛り上がる。

マキマたちの勝負をよそに、デンジ達も各々が好きなものを注文しては会話に花を咲かせていた。

 

 

 

 

 

「デンジ君、おいしい?」

 

「めっちゃうまいです!知らないもんばっかですけど、どれもうまいですし!刺身とか俺初めて食べましたよ!」

 

「そっか、良かったね」

 

アキと姫野の二人は酔いつぶれていたが、この二人よりも明らかに多く飲んでいたマキマは、全く酔った様子を見せていなかった。

先程も顔色一つ変えずに追加でビールを頼み、店員は若干引いた顔で注文を受けていた。

二人を酔い潰したためか、今のマキマは気分が良さそうに見える。

 

「デンジ君はどれが美味しかった?」

 

「みそ串カツってヤツがうまかったっすね!さっきコベニに教えてもらって初めて食ったんすけど、めっちゃうまいです!」

 

「美味しいよね串カツ、私も好きだよ」

 

デンジとマキマの二人は、机に並んだ料理の話に花を咲かせていた。

自分が好きになったものと同じものが好きだという彼女に、デンジはシンパシーを感じて嬉しくなる。

マキマさんと相性良いのかも、なんて思ったり。

 

「そういやぁマキマさんって酒好きなんです?こないだもうちで結構飲んでましたよね」

 

「私はどちらかというと人とお酒を飲むのが好きって感じかな。だからデンジ君ともいつかお酒を一緒に飲むのが楽しみなんだ」

 

自分と何かをするのを楽しみにしてくれる美人がいて、嬉しくならない人間などいるだろうか?

いや、いない。

マキマの言葉にデンジはテンションが上がった。

 

「待っててくださいよマキマさん!俺ぁすぐに大人になりますから!」

 

「うん、楽しみにしてるね」

 

デンジの言葉に、マキマは微笑みと共にそう返した。

マキマの顔を眺めながら、デンジは酒を飲む自分を夢想する。

昔、成人祝いだと酒を飲みかわす人たちを遠目に見たことがあり、自身の姿をその時見た光景と重ねた。

 

(前に姫野さんが成人祝いン時にまた集まろうって言ってたけど……俺ぁやっぱ初めて酒飲む時はマキマさんとが良いな~!)

 

初めての飲酒を二人で楽しむ妄想をデンジがしていると、マキマは変わらぬ微笑みのままデンジに声をかけた。

 

「それでデンジ君」

 

「はい?」

 

「本当に姫野ちゃんとキスするの?」

 

「ぐ……」

 

思わず顔をしかめるデンジ。

彼は悩んだ。

悩んでいるのがバレバレなくらい悩み悩んで、悩んだ末に答えを出した。

 

「……しませんッ!」

 

(正直、姫野さんとベロキスは滅茶苦茶したい……!……けど、やっぱり……初めてのキスは俺ぁマキマさんが良い!!)

 

デンジはベロキスさえ出来ればそれで良かった。

そもそもデンジには、初めての相手に対する特別な思いというものが薄い。

特に性的な部分ではそれが顕著だ。

したいことをさせてくれるのであれば、それで良かった。

しかし彼は以前マキマとデートした際に、マキマと色んな初めてを知りたいと言った。

その気持ちも嘘ではないのだ。

ただちょっと欲望にまみれてるだけで。

 

正直今でもデンジは姫野とのベロキスを物凄く、マキマの目前で懊悩するくらい惜しんでいるが、結局最後にはマキマとのベロキスを選んだ。

もちろん出来るかも分からないが。

だがデンジは、目の前の得よりもマキマを優先したのだ。

それはデンジの成長と呼べるもので、誠意と人が呼ぶものだった。

もちろんマキマにはデンジが悩んでいたことも、最後に誰を選んだのかも全てお見通しだ。

証拠に彼女の口の端が僅かに持ち上がっていた。

 

「マキマさん!俺!その、初めてはマキマさんが――」

 

瞬間、デンジの視界が塗りつぶされる。

突然の奇襲。姫野のダイナミックエントリーだ。

何かを言いかけていたデンジは、マキマの目の前で姫野とキスをすることとなった。

それも姫野の宣言通り、ベロを入れたキッスだった。

 

「あっ」

 

マキマの口からそんな声が漏れた。

デンジは突然の出来事に思考停止していたが、やがて状況が読み込めて来ると次は混乱に陥った。

マキマにキスしてるところを見られてしまった事と、柔らかくて気持ちのいい唇の感触、目前の美人の顔。

色んな気持ちと思考が入り乱れたデンジの脳みそは、今やドーパミンとアドレナリンのカクテルとなっていた。

 

(なんだこれ……口の中でとろけてるぞ……これが舌……?)

 

キスはまだ続く。

一秒二秒で終わらない舌で口内を掻き回すようなキスは、普段マキマが頭を撫でる手つきと違う姫野の愛撫と相まって、デンジの理性をも掻き回して溶かしていく。

しかしいつだって後悔というものは、理性が溶けて消えた後にやってくるものだ。

あたたかくて、柔らかくて、幸せなそれは突如としてあたたかくて、柔らかくて、不幸なそれへと変貌した。

 

(舌……じゃない!ゲロだ!)

 

気付いた時にはすでに遅かった。

先程までマキマに話していたものの残骸が、デンジの喉を焼いていく。

口内に並々と注がれるそれは、先程とは別の意味でデンジの理性を刈り取ろうとする。

哀れデンジ、安らかに眠れ。

 

「うっ」

 

「ぷっ、アハハハ!」

 

「トラウマだな、こりゃ……」

 

「……すみません、何か拭くものを」

 

吐き気を催す者、爆笑する者、ドン引きする者。

阿鼻叫喚の地獄絵図を目の当たりにした者達の反応は様々だったが、そんな中で人一倍大声で笑うパワーの哄笑が響き渡る。

 

「ガッハハハハ!まずいのぉ!これはまずいぞ!あ~あ!あ~あ~!」

 

パワーは口ではまずいまずいと言いながらも、その声音や表情には嬉しさが溢れている。

密かに姫野の隣の席を狙っていたが、隣に座れなくて良かったと考えていた荒井は、隣で騒ぐそんなパワーの様子が気になった。

 

「デンジは口に入れた栄養のある物を飲み込む癖があるんじゃ!グハハハハ!」

 

そんなパワーの言葉通りに、デンジはそれを必死に飲み込んでしまった。

以前、姫野にナイアガラの滝を浴びせられたところをデンジに笑われたパワーは、デンジを指差し涙が出る程爆笑している。

その目にはかつて己の屈辱を笑ったデンジが、自分以上の屈辱を文字通り飲み込んでいることへの悦びが宿っていた。

荒井は、ゲロを飲み込んだデンジに戦慄していた。

 

「荒井君、デンジ君をお手洗いに連れて行ってくれるかな」

 

「は、はい!おい、立てるか?向こうでちゃんと吐かせてやるから……」

 

ドン引きしていた荒井に、マキマはそう声をかけると彼はデンジを連れていく。

デンジは口元を押さえて、今にも出そうなものを必死に抑えながら大人しく連れていかれた。

 

「ほら姫野、これで口元とか拭いとけ」

 

「んんぅ~」

 

大男がそう言いながら店員が持ってきた手拭いを姫野に渡そうとするが、泥酔した姫野は子供のようにぐずった。

そんな彼女の様子に溜息をつくと、大男は姫野の口元を拭ってから床の汚れも綺麗にしていく。

男は意外と面倒見がいいようだった。

姫野はある程度綺麗になると、そのまま倒れ込んでしまう。

大男は少し心配になって顔を覗き込むと、寝息が聞こえてきた。

どうやら眠ったようだった。

 

「ったく、散々暴れたら気持ち良く寝やがって」

 

大男は呆れたようにそう言って立ち上がると、手に持った布を店員へ謝罪と共に渡しに行く。

嵐のような事件を巻き起こした加害者が寝落ちして、被害者がその場から姿を消すと、騒然としていた空気も急速に落ち着きを取り戻していった。

人間誰しも大失敗をした人間を見れば、我が身を振り返るものなのだ。

 

マキマとの勝負に負けたアキと姫野は、仲良く揃ってダウンしていた。

普段の刺々しさも騒々しさもなく、眠る二人の姿は無防備であどけない。

眠る姫野をマキマは見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

口に入った悪夢を吐き出していたデンジが荒井と共に戻ると、皆もうすっかりお開きモードになっていた。

デンジにも元気がない。

シュンとしている。

悪魔と殺し合っている時の方がよっぽど元気なのだから、デンジにとって姫野は悪魔よりもはるかに厄介だった。

 

「今日はもうお開きにしようか」

 

皆の様子を見たマキマがそう言うと、皆からは賛成の返事が返ってきた。

マキマが会計を済ませる間に、それぞれが帰り支度をしていく。

テーブルの上にある食べかけや、空になったジョッキがお祭りの後のような熱を残している。

少し気怠くて、それでいて冷たい空気が彼らの背中を追い越していった。

 

「早川君は魔人ちゃんが肩を貸してあげてもらえますか?」

 

「はぁ?何でワシが」

 

伏はダウンしているアキを見て、パワーにそうお願いした。

当然パワーは傲慢な悪魔なので断ろうとしたが、続く伏の言葉にパワーは口をつぐんだ。

 

「お願いしますよ。君だけが頼りなんです」

 

「……はぁ~仕方がないのぉ、チョンマゲはワシがいないと何も出来んからのぉ!」

 

そう言うパワーの表情には、どこか得意げな色が浮かんでいた。

彼はこの短い時間でパワーとの接し方を学習したようだ。

流石はIQ134の男である。

 

 

 

 

 

「早川家は私が送っていくよ、荒井君は姫野ちゃんをお願いね」

 

マキマが会計を終わらせて外に出ると、火照った体を冷ますような心地の良い夜風が吹いた。

すでに皆は店外で彼女を待っていて、各々好きに雑談を交わしている。

唯一自分の足で立てないほどにグロッキーなのはアキだけだ。

マキマは荒井に姫野の事を頼むと、デンジの姿を探したがどこにも見えない。

 

「あれ?デンジ君は?」

 

「デンジ君ならさっき、姫野先輩が背負って連れていきましたよ」

 

キョロキョロとデンジを探していたマキマに、伏がそう言いながら二人が姿を消した道を指さす。

そちらに目を向けると、道行く人々が見えた。

だが伏が指さした道にはもう、二人の後ろ姿は見えない。

 

「………………ふぅん」

 

彼女の口から零れ落ちた産声は、喧騒の影でひっそりと死んだ。




デンジ君のんだコレうまそ~と、パワーちゃんがデンジの癖を知ってるとこが好き。
漫画だとゲロ吐いてるだけの姫野先輩、アニメだと鼻水も出て汚さに拍車かけてて笑っちゃうんすよねぇ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。