天使なデンジ   作:一般冒険者

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あと1、2話くらいでサムライソード編終わります。

原作で沢渡とアキが戦ったあの薄気味悪い場所は何なんだ……?


十六話 レザボア・デビルズ

春と夏の間に横たわる季節。

暖かな陽気が、厳しい熱気へと変わり始める季節の変わり目。

雨がよく降るようになったこの時期、風がアスファルトの匂いを運んでくる。

そんな街の一角では、穏やかな風を切り裂くような空気が張り詰めている。

普段であれば静かな練馬区のとあるビル前は、現在騒然としていた。

 

周囲を警察車両が取り囲み、厳重な警戒態勢が敷かれ、物々しい雰囲気が漂っている。

赤いランプが回り、ビルを取り囲むさまはいっそ祭りのようでもあり、コンクリートで出来たビルの壁に規則的な光の帯を走らせていた。

そんな中、居並ぶ警官隊の装備とは異なる黒いスーツに身を包んだ集団がいた。

ビルへの突入を控えているアキたちだ。

前回、飲み会に集まった顔ぶれはほぼ全員揃っている。

短髪の女性がコベニへ話しかけた。

 

「あれ?コベちゃん荒井君は?」

 

「あ、えと、荒井君はまだ入院してます……」

 

言葉がアスファルトに吸われて消える。

コベニの表情は暗く、声も尻すぼみだ。

背中を丸める彼女に伏が話しかけた。

 

「それは仕方がないですね。聞きましたよ、彼。身を挺して貴方を庇ったそうじゃないですか」

 

名誉の負傷ですよ、と言って伏は笑う。

 

「ああ、しょうもない死に方をするデビルハンターなんて腐るほどいるんだ。生き残れただけマシだな」

 

そう言って頷く大男の言葉には、実感が伴っている。

大男の言葉に、負傷といえば、と円が口を開いた。

 

「早川君はその目で大丈夫ですか?」

 

彼がそう言うと、全員の視線がアキへと向く。

視線が注がれる先はアキの左目。

より正確に言えば、左目があった場所を覆う黒い眼帯だ。

日の光が、うっすらと細やかな花模様を浮き上がらせている。

 

「ええ。まだ少し慣れていませんが、時間が許す限り訓練しましたので大丈夫です」

 

そう言って、アキは眼帯をそっと撫でた。

まだ慣れていないようで、先程からしきりに位置を調整している。

その後ろでは短髪の女性が姫野を肘で小突いていた。

姫野が振り返ると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

その表情を見た姫野も、にぃーっと口を三日月のように曲げた。

二人の間に言葉はなかったが、女同士で通じるものがあるようだ。

各々が好きに話をしていると、再編された特異課の隊長に任命された岸辺がやってきた。

 

「お前たち、時間だ」

 

「作戦は?」

 

「作戦は無い。特異4課に所属する全員をビルにぶち込む」

 

アキが問い返すと、岸辺からは単純明快な答えが返ってきた。

岸辺の言葉にそれぞれが頷くと、全員がビルの中へと突入していった。

彼らの背中は、建物の影からできる暗がりに沈み込んでいく。

 

岸辺が彼らの背中を見送っていると、しばらくして黒塗りのセダンが現れた。

静かに止まる公安仕様のその車から、冷えた車内の空気と共に一人の人物が姿を見せた。

 

「お前が現場に来るとはな」

 

「一歩間に合わなかったようですね。皆に激励の一言でもかけようと思ったのですが」

 

絶対違うだろ、と岸辺は喉元まで上がった言葉を安酒と共に飲み込んだ。

アルコールの熱が喉元を通り過ぎる。

岸辺はもうこの熱にも慣れてしまった。

腹から息を吐き出す。

淀んだ空気が抜けていくような感覚がした。

 

「あっちはもういいのか」

 

「はい、既に終わらせてきました」

 

マキマは先程までヤクザたちの組長と、交渉のために対面していた。

弱者を嬲ることしか知らず、自らを必要悪などと騙る滑稽な者たちだ。

少し、本物の必要悪というものを教えただけで怯えてしまうような、可愛らしいものだった。

すでにマキマの記憶では、ただの情報と化している。

彼女の意識は別の場所に注がれていた。

微笑を浮かべるマキマは岸辺の隣に並ぶと、ビルへと視線を向け、口を開く。

デンジと早く会いたいから来てるんじゃないかと内心疑っていた岸辺は、静かに彼女の言葉へと耳を傾けた。

 

「使用された拳銃の製造国がアメリカだったために、現在、日本はアメリカが銃の密輸に関与しているのではないかと疑心暗鬼になっているようです」

 

岸辺は一口酒を飲んで唇を潤す。

 

「それが原因で日米間に緊張が走っています」

 

「人間同士で争えるのは平和な証拠だな」

 

「事態の迅速な解決を上も望んでいます」

 

岸辺の軽口を無視してそう言うと、マキマは口を閉ざした。

要はパフォーマンスか、と察した岸辺はまた一口酒を飲む。

マキマは静かにビルを見上げている。

狭まる瞳孔の先に何を捉えているのかは、彼女にしか分からない。

 

 

 

 

 

ビル内の一室にて、襲撃犯である若頭と沢渡、そして取り巻きの手下たちが集まっていた。

既に警察に包囲されて数日、いつ踏み込まれてもいいように人員の配置も完了していた。

後は時が来るのを待つだけだ。

 

「組長は別荘に移動してもらってます。若も……」

 

手下の一人が若頭にそう話しかけた。

室内には、安煙草の煙が重く淀んでいる。

両腕を組んで壁によりかかっている沢渡が、手下の男の言葉に被せるように口を開いた。

 

「マキマが生きてる限り日本に逃げる場所はない。ここで迎え撃ち、突破する道しかない」

 

沢渡の言葉に一瞬で激昂した手下が怒鳴るも、彼女はどこ吹く風といった様子で、気にも留めていなかった。

契約の代償として持っていかれた爪のほうが気になっているようだ。

かさぶたになった部分が痒いのか、そっと撫で続けている。

 

「じいちゃんがいたら逃げるのは許さねぇぜ……それに奴ら、クソデンジを取り返しに来たんだ。むざむざ思い通りにさせるもんかよ……」

 

ふいに、若頭が口を開いた。

そう言うと組んだ両手に骨の輪郭が浮き出るほどに握りしめる。

若頭は深く眉間に皺を寄せ、どこか遠くを睨みつける。

その視線には憎悪が滲んでいた。

そんな彼の様子を横目に、今度は沢渡が口を開いた。

 

「お前たちの若は不死身だ。心配するなら自分たちの心配をしろ、噛まれないようにな……」

 

「噛まれ……?若、どういうことなんです?」

 

彼女の言葉に、今初めて聞いたといった様子の手下が尋ねた。

他の者も気になるのか耳を傾けている。

 

「……このビルにはじいちゃんの置き土産、借金を返せないクズ共で作ったゾンビを配置している」

 

「ゾンビに噛まれた者はゾンビになる。これで4課を終わらせ、外に混乱を広げる。その混乱に乗じて脱出する」

 

若頭の言葉を継いで沢渡がゾンビの特性を説明する。

若頭が両手を打ち合わせると、静寂を切り裂く銃声のような音が響いた。

その場にいる全員の意識が集中するのを感じた彼は、低く唸るような声を出した。

 

「お前たちは事前に決めておいた配置場所に行け。もうじき始まるぞ」

 

「はい!」

 

若頭の言葉に応えて手下たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。

扉が閉まると、彼らの騒がしい足音が遠ざかってゆく。

部屋には二人だけが残った。

空調機から出る音が、耳鳴りのように二人の鼓膜を震わせる。

 

「地下と一階入り口はすでに包囲されてる。ビル内に侵入した公安を殲滅した後に心臓を回収、蛇を使えば私とお前くらいは逃げられるだろう」

 

事前に打ち合わせていた手順を確認するように沢渡が口を開いた。

若頭は視線を組んだ両手に向けたままだ。

白むほどに強く握られている。

 

「ちゃんと奪い返されねぇようにしてるんだろうな」

 

また、低く唸るような声が聞こえた。

喉の奥で礫を転がすような、濁った声だった。

彼の視線は自身の拳に釘付けになったまま動かない。

先程の声と違うのは、濁った憎悪が込められていることだ。

もしも失敗したらどうなるか、わざわざ言葉にするまでもない。

 

「安心しろ、ちゃんと隠してある。今はそんなことより目の前のことに集中しろ」

 

それに対する沢渡の様子も揺るがない。

彼女は視線を窓の外へと、ビルの下に集まる警官隊へと向ける。

為すべきことを為すだけであるという強靭な意思のもとに、その肢体を動かしていた。

準備期間はあった。

ならばあとはもう、殺すか殺されるかだけだった。

 

 

 

 

地下駐車場側からビル内に突入したアキたちの向かう先から戦闘音が聞こえる。

デビルハンターたちの突入に先立ち、特異4課に所属している悪魔や魔人たちが投入されていた。

肉を潰す音、骨を砕く音、何かが飛び散る音が地下駐車場内に反響していて、まるで調理場のような喧騒を感じさせる。

暗く冷たい地下に、時折笑い声や呑気な声が反響している。

鉄錆の不愉快な匂いは、ここが活力みなぎる調理場とは真逆の場所であることを突きつけていた。

 

「皆さん、今回の最優先目標はデンジ君の奪還、次いでテロリストの無力化です。おそらくテロリストたちは迎撃体制を整えているはずです。十分気を付けてください」

 

歩きながら注意喚起する伏に、姫野は気になったことを尋ねた。

 

「伏さん、今回の作戦に投入されるのって特異課の人外全員?」

 

「ええ、鮫の魔人、暴力の魔人、蜘蛛の悪魔、天使の悪魔の四体が先んじて投入されていたはずです」

 

「パワーちゃんはこっちなんだ?」

 

「ワシはデンジの居場所が分かるからのぉ!オヌシたちの頼りの綱はワシだけということじゃな!」

 

そう言って胸を張るパワーを、特異課の面々はヨイショして持ち上げた。

大体パワーの取り扱い方が分かってきた皆は、彼女に積極的に動いてもらうためにも口々に囃し立てた。

煽てられたパワーは当然増長して厄介になっていくが、どうせアキが面倒を見ることになるのだからと、皆無責任にパワーを褒め称えた。

実にデビルハンター向きな性格である。

 

「パワーは普段からデンジの近くにいるのでアイツの匂いを覚えてますからね。俺たちで闇雲に探すより効率的です」

 

「それだけではない!ワシは特訓の時に散々デンジの中に血を入れておったからのぉ、どこに行こうとワシの血の気配を追えば見つかるという寸法じゃ!」

 

アキがそう言うと、実に気分が良いパワーは得意げな顔で補足した。

立てた人差し指をくるくる回しながら説明するパワー。

その可愛らしいルックスに、何かをくすぐられた姫野は可愛がろうと近づいた。

 

「パワーちゃんは偉いねぇ!」

 

「ギャア!ワシに触るなゲロ女!」

 

「ヒドい!」

 

頭を撫でようと近づいた姫野だったが、パワーは彼女を見るとビクリと震え飛び跳ねるようにして離れた。

以前のエンジェルフォールがトラウマになっているようだった。

横から二人のじゃれあいを微笑ましく眺めていた伏が口を開く。

 

「ここからは手分けをしましょう。私と円さんは普段通りのバディを組み、コベニちゃんは姫野先輩と、早川君はパワーちゃんと組むというのはどうですか?」

 

「はいはーい、アキ君はパワーちゃんとデンジ君を探しに行くわけでしょ?ってことはさ、多分戦闘が多くなるだろうし私たちも一緒に行ってもいい?」

 

姫野の提案に、伏は少し考える。

すぐに答えが出たのか考える時間は少なかった。

 

「そうですね……このビルは封鎖されていますし、時間制限があるわけでもない……構わないと思います。それでお願いします」

 

「よっしゃ、任せて!」

 

「それではまずは……ここを突破することからですね」

 

そう言ったアキの視線は、地下駐車場内で繰り広げられる戦闘に向けられた。

視界の中では、鮫の魔人がその巨大な口で次々とゾンビたちに喰らいつき、無造作に嚙み千切っていく。

時折楽しそうに笑っているのを見るに、先程聞こえていた笑い声は彼のもののようだった。

本能のままに暴れまわる彼に近づけば、ただでは済まないだろう。

 

それに比べると、暴力の魔人と蜘蛛の悪魔は随分と理性的な戦い方をしているのが分かる。

蜘蛛の悪魔は、女性的な上半身とは不釣り合いな大きさを持つ蜘蛛の足でゾンビ達を薙ぎ払ったかと思えば、飛び上がり身の丈ほどもある槍のような足で串刺しにしていく。

 

暴力の魔人の立ち振る舞いには明らかな武が感じられた。

足捌き、拳の打ち出し方、重心――その全てに余計な力みが無く、最高の力の通し方で効率的な破壊をもたらしている。

彼が拳を打ち出すたび、ゾンビの体は一瞬内側に歪み、次の瞬間には水風船のように肉が後ろへと弾けていった。

あのペストマスクのようなものから常に毒を吸わせることで、彼を弱体化させているとアキは聞いたが、それも納得できるものだった。

 

味方であれば心強いが、敵に回れば厄介なことこの上ないだろう。

駐車場の端のほうでは天使の悪魔がぼーっと佇んでいる。

何をしているのだろうかとアキは少し頭を傾げる。

彼らの姿を認めた伏が口を開いた。

 

「ああ、彼らですね。知っているとは思いますが、あそこの鮫の魔人には気を付けてください。会話も難しいうえに暴れん坊ですから」

 

「伏さんが前に言っていた魔人と言うのはアイツのことなんですか?」

 

「ええ、いつも手を焼いていますよ」

 

アキが尋ねると、苦笑いを浮かべた伏の表情には苦労が垣間見えた。

だがその苦笑いもすぐに消える。

緩んでいたネクタイを締め直し、感情を切り替えた。

 

「さて、それでは仕事を始めましょうか」

 

伏のその言葉を皮切りに、特異4課所属公安デビルハンターたちは一斉に動き出した。

最初に切り込んだのはアキを始めとしたデンジ救出班だ。

彼が失った目で見ることができるのは数秒先の未来。

ただし見るだけだ。

体が動くかは別の話。

今も深く切り込みすぎたアキはゾンビに囲まれ、背後から今まさに食らいつかんとするゾンビの牙が――彼に届くことは無い。

 

ゾンビの足が不可視の手に掴まれると、思い切り引かれ転倒した。

そのまま何もない空間に引きずり回され、他のゾンビを次々と巻き込んでいく。

まるで見えない獣に弄ばれる人形のように振り回されると、ゾンビたちはこれに足を取られ転倒させられていった。

姫野は前線を受け持つアキの援護を担っている。

アキも彼女に全幅の信頼を置いているからこそ、誰よりも深く切り込むことができていた。

 

そしてそんな彼女を守るように立ち回っているのはコベニだ。

小柄で非力だが俊敏な身のこなしは他の追随を許さず、次々とゾンビの首を切り落としていった。

ぴょんと飛び上がると、ゾンビたちの頭や肩を足場に重力を感じさせない軽やかさで跳び回り、空中で体を捻るたび次々と首が飛んでいく。

そうして跳び回っていたかと思えば、股座を潜り抜けるほどの低姿勢で地を駆け抜け、足の腱を切り裂いては立てなくしていった。

身軽なその様は、八艘跳びを行う義経が如し。

駆けるその姿は、首を狩る猿のようであった。

 

連携する三人に対してパワーは一人暴れまわっていた。

元より協調性の期待できない性格であったために、遊撃として暴れさせたほうがいいという判断からだ。

今も最強を自称する彼女の一撃がゾンビを縦に切り裂いている。

久々に暴れられるのが嬉しいのか、楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

八面六臂の活躍を見せるアキたちに負けじと、他のメンバーもゾンビたちを薙ぎ倒していく。

伏チームは、伏が大男の見た目に違わぬ膂力をサポートし、円チームは突出しがちなバディを円が支えるように動いていた。

お互いを補完しあって戦うさまは一つの群体生物のようでもあり、そこには積み重ねられた研鑽と、デビルハンターとして闘争の日々を過ごす彼らの日常が感じられた。

 

彼らデビルハンターたちの戦闘力は高かったが、それ以上にゾンビの数が多かった。

振ればゾンビが出る小槌でも持っているのかと疑うほどに、ゾンビが減らない。

倒しても倒しても、暗がりから新たな影が染み出すように湧いてくるそれは、個々の敵というよりもビルそのものが吐き出す腐肉の濁流のようだった。

アスファルトに広がる血と腐肉のカーペットが吐き気を催させる。

一体どれだけの人間を犠牲にしたのかと思うと、背筋にうすら寒いものが走る。

敵の狙いは足止めか消耗戦か、伏は一瞬考えたが、どちらにせよ解決策は一つだった。

 

「予想よりも数が多い!早川君!我々が道を開きます!」

 

「分かりました!行くぞパワー!」

 

伏の言葉にアキは少し離れた場所にいたパワーを呼び、すぐさま駆け出した。

姫野たちもそのすぐ後ろを走る。

彼らの向かう先にはゾンビの大群が犇めいていた。

 

「伏!合わせろ!」

 

「もちろん!」

 

伏のバディである大男がよく通る大声を上げると、伏も負けじと大声で返事をする。

二人は同時に片手を前方へと突き出すと、同時に叫んだ。

 

「「コン!!」」

 

すると、その声に呼応するかのようにして、風を裂く轟音を轟かせながら巨大な獣の手が現れる。

二人がそれぞれ呼び出した狐の悪魔の手がまっすぐ突き進むと、アキたちの行く手を塞いでいたゾンビたちを容易く薙ぎ払う。

狐の手が消えた際に吐き出された煙が晴れる頃には、彼らの行く道が血の轍と共に切り開かれていた。

 

「デンジ君によろしく言っておいてください!」

 

伏の言葉を背に受けアキたちは上階へと向かう。

まずはデンジの奪還。

リベンジマッチはその後だ。

デンジの気配を追うパワーについて行きながらアキは、静かに闘志を燃え上がらせていた。

 

 

 

 

 

「デンジ!どこじゃ!?ここか!?」

 

ここか!と言いながらまた扉を開けるパワーは、何も闇雲に開けているわけではない。

うっすらと残るデンジの残り香を辿っていた。

いくつもの扉を開けているのを見るに、デンジの残り香は点在しているようだった。

 

「ここか!」

 

一際強いニオイのする部屋を開けると、そこは何もない普通の部屋だった。

置かれているのはローテーブルとソファくらいのもので、応接間か何かのように見える。

しかし、パワーの持つ血の悪魔としての感覚が、ここだと訴えかけていた。

パワーが視線を巡らすと革張りのソファに目が留まる。

黒を基調としたラグジュアリーなソファだ。

そのソファめがけて血で作った刃物を躊躇なく振り下ろすと、中からスポンジの破片が血飛沫の代わりに宙へと舞う。

切り裂かれたソファの座面には、隠されるようにして銀色に光るアタッシュケースが横たわっていた。

ケースは厳重にロックされていたが、パワーが血の武器で錠を破壊して中身を覗き込むと、その目玉がこぼれ落ちそうなほど見開かれ、叫び声を上げた。

 

「デ、デンジィーッ!!」

 

「見つけたか!?」

 

「デ、デンジがちっちゃくなってしもうた!!」

 

アキがパワーの叫び声に反応してやってくると、パワーはその両手に乗せたものを見せた。

 

「心臓じゃねぇか!」

 

アキの言葉通り、それは紛れもなく心臓だった。

時間が経って瑞々しさはすでになくなり、表面は色褪せて乾いた肉の色をしていた。

心臓から繋がる見覚えのあるスターターロープが、デンジの心臓だということを主張している。

 

「うわ〜これデンジ君の心臓?なんか顔ついてない?」

 

「デンジィ〜」

 

「ひええぇ」

 

「クソ……!とにかく血を集めましょう!大量に!」

 

「オッケー!ゾンビの血でもいいのかな?」

 

思ってもいなかったデンジのなれの果てに、思わずアキは悪態をつく。

それでも何とか復活させようというアキの言葉に、パワーと興味深そうに心臓を眺めていた姫野、呻くコベニが頷いた。

三人は目につく死体を片っ端から集めると、首を切るなどして一か所に血が溜まるようにした。

遺体を外に運ぶ手間すら惜しかったために、死体は周囲に無造作に積み上げられる。

十人ほどの死体からかき集めた大量の血液の海の上に、心臓がぽつんと置かれていた。

周囲には死体が転がり、むせ返るほどに濃厚な血の臭いが部屋に充満している。

中心の血溜まりに心臓が置かれているそのさまは、まるで悍ましい邪教の儀式か忌々しい悪魔召喚のようであった。

 

「ねぇアキ君これ……」

 

「言わないでください……」

 

デビルハンターである自分たちが、悪魔崇拝者の真似事をしている現実にアキは頭を抱えた。

流石に彼らも思うところがあったが、背に腹は代えられない。

血溜まりに心臓を沈めたパワーがスターターを引くと、血が心臓へと取り込まれていった。

心臓から伸びた血管が触手のように血溜まりを啜り、パキパキと小さく爆ぜるような音を立てて虚空に脊椎の節々を編み上げていく。

筋肉の繊維が無数のミミズのように蠢き重なり、湿った音と共に皮膚が全身を覆い尽くした。

みるみると再生するそのさまは、まるで場末の劇場で放映されるエログロナンセンスなスプラッター映画を見ているかのようだった。

真菌の成長のようにも見えるその再生は、やがてつま先まで再生しきるとそこで停止する。

そうしてデンジは死から復活を果たした。

 

「心臓からでも生き返れるのか……」

 

「すごいね……」

 

「わっ、わっ」

 

純粋に驚愕するアキの横で、コベニは真っ赤になった顔を両手で覆い隠していた。

アキの呟きに姫野も相槌を返していたが、その視線は全裸のデンジのとある一点に注がれている。

無意識に生唾を飲み込んだ彼女もプロのデビルハンターだ。

作戦中に邪なことは考えない。

 

(私アレと……)

 

考えないのだ。

 

「とりあえず、俺とコベニはデンジの着る服を探しますので――あっ、馬鹿やめろパワー!そんなもん掴むな放せ!すみませんが姫野先輩は全員にデンジの報告をお願いします!」

 

途中、その伸縮率の高さに感動するパワーを注意しながらアキは姫野に報告を任せると、コベニと共にデンジに着せる服をヤクザたちから剥いでいった。

ヤクザの服はガラの悪いものばかりであったのだが、デンジが着ると妙に似合っていた。

 

(たまにこんなチンピラが街中を歩いてるな……)

 

適当に見繕った服を着せていたアキは、そんな感想をデンジに抱いていた。

服を着せるアキとコベニ、デンジで遊ぶパワーを眺めながら、姫野が奪還成功の連絡をしていると、しばらくしてデンジが目を覚ました。

 

「……んぇ?……どこ?ここ……」

 

「目が覚めたか」

 

「おはよ~デンジ君」

 

「お、おはようデンジ君……」

 

「デンジ!ワシはおぬしの命の恩人じゃ!お礼は一生ワシの下僕で良いぞ!」

 

実際デンジを見つけ出したパワーの功績は本物だったのだが、普段が普段だったので生き返ったデンジはスルーした。

パワーは激怒した。

 

「あれ……なんで早パイ眼帯してんの?」

 

「悪魔と契約してな……ほら、立て」

 

「……ん」

 

アキはぶっきらぼうにそう言うと、デンジに手を差し出した。

差し出された手を少し見つめたデンジは、その手を掴んで立ち上がる。

 

「よし、簡単に状況を説明するぞ。まずデンジ、お前はサムライソードに殺されたんだ」

 

そんな語り出しから始まったアキの説明を、デンジは話半分に聞いていた。

公安が大規模なテロによって大打撃を受けただの、特異4課に統合再編成されただの、あのモミアゲマンはサムライソードなんてカッコいい名前で呼ばれているだの。

アキの説明は、寝起きのデンジの耳を素通りしていく。

だが一つだけ聞き逃せない情報があった。

それは自分が殺されてから数日経っているということ。

おそらくその期間は心臓だけになっていて、元の体は処分されたのだろうとアキは言う。

デンジは自身の体なんてどうでもいいことよりも、自分が死んでいた日数に意識を奪われていた。

 

「デンジ、ここからは二手に分かれるぞ。サムライソードとヘビ女をそれぞれ手分けして探す。お前はサムライソードを探せ」

 

半ば意識が逸れていたデンジは、アキのその言葉に沈んでいた視線を戻した。

 

「おー良いぜ。あのモミアゲマンにリベンジマッチよ」

 

そう言って歯を見せ不敵に笑うデンジ。

借りは返さなければならないものだ。

デンジはその短い人生で、嫌というほどそれを知っていた。

 

 

 

 

 

ビル内を探索していたアキと姫野の二人は今、異質な通路の前に立っていた。

ここに来るまでに幾人ものヤクザが襲い掛かってきたが、二人の前では無力も同然であった。

数秒だけとはいえ未来を覗く力を手に入れたアキと、彼を支え続けた姫野の連携はさらに磨かれたものへと昇華されている。

唯一の欠点は、アキが片目に慣れておらず危うい場面もあったことだ。

だが、姫野のフォローによって事なきを得ており、その欠点も時間と共に埋められる程度のものであった。

 

改めて二人は目の前の通路に視線を向けた。

明らかにビル内にあるのがおかしなほどに暗く、狭く、それでいて最奥が見通せないほどに長い。

デビルハンターとしての嗅覚が、ここの臭さを訴えかけている。

どちらから何を言うでもなく、二人は足を踏み入れた。

二人の足音が、湿り気を帯びた空間に反響する。

 

ろくな照明もない通路は薄暗く、コンクリートの隅にはシミか汚れのようなものがこびりついている。

やたらと高い天井や壁には丸見えの配管が走り、それはまるで敷き詰められた臓物のようだった。

しばらく歩くと階段があり、その最上段にパーカーのポケットに両手を入れて立つ人影が見える。

アキたちを見下ろすように睥睨する沢渡だ。

 

「大人しく投降し――」

 

「蛇、尻尾」

 

投降を呼びかけるアキの言葉を遮るようにして沢渡が蛇の悪魔を呼ぶ。

音もなく唐突に現れた尾が、風を薙ぐ音と共にアキたちに向かって迫る。

 

「アキ君!」

 

「はい!」

 

向かってくる蛇の尻尾を姫野は横に転がるようにして避けると、アキの名を呼ぶ。

それだけで彼女の意図を察したアキは前へ飛び出す。

そのまま跳躍すると、姫野のゴーストがアキの腕を掴んで上へと引っ張り天井ギリギリへ運んだ。

上へと持ち上げられ、一瞬内臓が浮き上がる感覚に顔を顰めながらもアキは上空へと躍り出た。

 

「なっ!」

 

沢渡はこの動きに虚を突かれ驚くも、咄嗟に蛇の尻尾でそのまま天井に叩きつけようとする。

しかし失った視界に映る未来から、これを事前に知っていたアキに焦りはない。

極彩色に映る数秒後の未来が、失われた左目に映し出される。

壁を思い切り蹴りつけると、体は反発力により横へと跳ねた。

――だが、そこまでだ。

 

このまま自由落下に身を任せれば、着地の瞬間に蛇で押し潰される。

当然沢渡はその瞬間を狙っていた。

だがそれを許さない存在がいる。

姫野だ。

彼女は重力に従って落下するアキの腕をゴーストで掴むと、そのまま振り子のようにスイングさせた。

これにより下方向への慣性は、アキへの負担を最低限のものにしつつ、横方向の慣性へと変換される。

空中を滑空するように迫るアキに、沢渡は目を見開いた。

 

「蛇!押し出せ!」

 

迫りくるアキから距離を取るため、沢渡は必死に蛇へと指示を出す。

アキは何とか空中で身を捻ることで致命的な直撃を免れたが、蛇の巨体に掠っただけで木の葉のように数メートルも吹き飛ばされた。

 

「っが……っ!」

 

肺の空気が抜けるような衝撃と共に地面へと転がると、激しい目眩にふらつきながらも体勢を立て直す。

揺れる視界に、沢渡を捉え続ける。

 

本来、沢渡は蛇の特性もあって中遠距離を得意とするスタイルだ。

近距離の戦闘は何としてでも避けねばならない。

今ので三回目。

残る爪は七枚。

沢渡は脂汗を流しながらも目を細め、彼女の脳内では合理的な取捨選択が行われていく。

 

「蛇、尻尾」

 

再度駆け出すアキを見て、沢渡はまたも尻尾を繰り出す。

これで四回目。

残る爪は六枚。

アキを狙ったこの攻撃は、しかし、未来を見たアキには当たらず空振りとなる。

それで良い。

 

沢渡はパーカーのポケットに入れていたものを取り出すと、アキへと突き付ける。

冷たく、黒い光を発するそれは拳銃だった。

いくつもの殺意が放たれる。

反響する銃声と共に、マズルフラッシュの閃光が暗がりに慣れた目を焼くが、アキはこの全てを紙一重に避ける。

これで良い。

 

沢渡の狙いはアキではなかった。

二重のブラフを張った上での真の狙いは、彼をサポートし続ける姫野だった。

事実、未来が見えるだけのアキでは蛇の質量には勝てない。

姫野のサポートによってこの戦闘は成り立っていた。

これを見抜いた沢渡の銃口が数センチ横へズレる。

引き金が引かれ、数発の弾丸が放たれる。

 

重い肉が落ちる音がした。

 

自分に何が起きたのかが分からないという顔で、姫野が崩れ落ちる。

血が流れ出ている。

床へ広がるそれを、呆然と彼女は見つめていた。

 

「先輩!」

 

一瞬、アキの世界には反響する銃声だけが耳鳴りのように響く。

思わず振り返ったアキの目は、これまで姫野が見たことがないほどに大きく見開かれていた。

その目を見た瞬間、止まった姫野の思考が再度回り始める。

 

「行って!」

 

大声で叫ぶ。

その言葉にアキはこれ以上ないほど歯を食いしばると、後ろ髪惹かれる思いを断ち切って沢渡へと吶喊した。

これを沢渡は拳銃で迎え撃つが、掠りはすれども当たらない。

せめて道連れにと沢渡は再度姫野へと照準を向けるが、その瞬間飛来した刀が肩に突き刺さる。

アキが投擲した刀が吸い込まれるように突き刺さったのだ。

刀を失った時の予備として持ち込んでいたナイフを、腰から抜き放ったアキはそのまま沢渡へと向かう。

 

「蛇!し――」

 

その言葉が最後まで口から出ることはなかった。

アキの方が一歩早く、沢渡の喉元へとナイフが突きつけられていた。

 

「う……ぐっ……」

 

「お前を逮捕する。大人しくしなければ……分かるな」

 

そう宣告するアキの言葉に、沢渡は記憶を反芻していた。

 

これまで費やしてきた時間を。

これまで自分が差し出した代償を。

これまで犠牲にした人の数を。

 

答えは考えるまでもなかった。

 

「蛇……尻尾」

 

五回目。

至近距離での自爆じみた召喚。

激しい破砕音と共に、瓦礫の巻き上げた粉塵で視界が埋まる。

一瞬、攻撃と回避に迷ったアキの姿が煙に消えた。

 

「アキ君!」

 

姫野がそう叫んでからしばらくすると、煙の中から粉塵で真っ白になったアキが咳き込みながら出てくる。

しっかりとした足取りを見るに大きな怪我はないようだ。

その姿に姫野は安堵のため息を漏らした。

 

「姫野先輩!」

 

アキは姫野を視界に入れると、必死な形相で彼女に駆け寄る。

見れば左腕と左足から血を流している。

他に撃たれた場所はないかとアキが聞けば、その二カ所だけだと姫野は答えた。

内ポケットからハンカチを取り出すと、アキは撃たれた箇所に圧迫止血を施す。

滲みだす温かい血に濡れる彼の指先は、冷たく震えていた。

 

「逃がしちゃったね」

 

姫野の視線は先程まで沢渡がいた場所に向けられている。

そこには血に濡れたアキの刀が、瓦礫の中に残されていた。

 

「あんまり好きに未来を見れる感じじゃないっぽいね」

 

「そうですね……あくまで自分が見ようと意識しないと見れませんので、不意打ちなんかには弱いです」

 

「そっかそっか……あー、最後の最後にやられちゃったな~」

 

溜息と共に口に出た姫野の言葉に、アキはしばらく黙ると、やがて静かに口を開いた。

 

「……先輩が生きてくれてれば、それでいいですよ」

 

震えた声。

姫野の目には、小さな子供の姿が見えた気がした。

 

「……うん」

 

小さく頷く。

絞り出すようなアキの言葉を、姫野は静かに噛み締めた。




改めて見ると家族を銃に奪われて、姫野先輩も銃にやられて、自分も銃の魔人になるとかAKくんの人生業が深すぎ。

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