映画デートのやつで、デンジ君の手にマキマさんが触れているものなんですがスゲー良いです。
これとデンジ君とレゼちゃんが横並びになって、首に手を当ててるやつも買いました。
買った時他のお客さんからマジかみたいな視線を向けられました。
え、ええやろどっちも好きなんや……!
初夏の爽やかな風が湿り気のある香りを運んでくる。
植物の葉は青々と茂り命の歓びに揺れ、白い雲に支えられた空は青くどこまでも広がっている。
アスファルトから立ち昇る陽炎が人々の輪郭を微かに揺らし、汗ばむような日も増えた。
人混みの中、足元の濃い影の上をデンジは歩いていた。
周りを行く人々は涼やかな服装をしていたが、デンジは普段通り公安の制服に身を包んでいる。
時刻は昼を少し過ぎた頃。
この日は休日であったが、早川家へ緊急で悪魔退治の任務が入っていた。
悪魔自体は弱く、パワー一人で圧勝したのだが本人は血塗れ。
自宅よりも公安本部が近かったため、アキが用事ついでにパワーを連れていった結果、デンジは一人帰路についていた。
途中、ふとある通りが視界を横切る。
「あそこって……」
そこは初めてデンジがデートを――マキマとデートをした通りだった。
デンジは吸い込まれるようにその通りへと足を踏み入れた。
キョロキョロと辺りを見回すと、多種多様な店があることに気付く。
当時は舞い上がっていたのもあって、マキマ以外の事はほとんど覚えていなかった。
しばらく歩いていると、デンジの足はとある店の前で止まった。
そこはアクセサリーショップのようで、店先には趣向を凝らした様々なデザインのものが置かれている。
デンジの目が留まったのは店内に置かれているネックレスだった。
黒を基調としたシンプルなもので、細い鎖を直接通しただけのトライアングルモチーフ。
マットな黒の質感が、スポットライトの光を一切反射せずに飲み込んでいる。
周囲の金銀のチェーンがスポットライトを受け、火花のような細かな光を散らす中、そのトライアングルだけが空間に開いた穴のようだった。
その装飾を削ぎ落とした形は、店先の他のジュエリーの中で一際モダンに映る。
視線を釘付けにされたデンジはフラフラと店内へと足を踏み入れた。
店へ足を踏み入れる際、沓摺に足元を僅かによろめかせるも、視線はネックレスに固定したまま。
彼の脳裏には、白い首にこのネックレスを身に着けたマキマの姿が浮かんでいた。
デンジの指先がガラスケースに軽く触れ、跡を白く残す。
店内に流れる静かなBGMと、屋外から微かに届く車の走行音。
デンジの鼻先数センチにあるガラスケースの向こうで、それは静かに誰かを待っていた。
「マキマさんに似合いそー、値段は……高ぇ……んー……」
デンジは少しだけ悩むと、店員へ声をかけたのだった。
無事ネックレスを購入できたデンジは帰る途中、コンビニへと寄り道をしていた。
毎週読んでいる週刊誌の新刊が入っているのに気付き、立ち読みするために入ったのだ。
以前であればほとんど絵を追いかけるだけで、あっという間に読み終えている。
しかしマキマに読み書きを教えてもらってからは物語そのものも楽しめるようになり、それと並行して読み終わるまでの時間も増えていた。
デンジが読み終える頃には一時間以上の時間が過ぎていた。
満足すると週刊誌を棚に戻し、買わずにそのままコンビニを出ようとするデンジだったが、運悪く雨が降り始めてしまう。
それもバケツをひっくり返したような土砂降りだった。
朝の予報では今日一日晴れだったのだが、酷いゲリラ豪雨だ。
いっそこの中を突っ切って帰ってしまおうかとデンジは考えるが、先程購入したネックレスを思い出す。
プレゼント用として丁寧に梱包され、紙袋に入れられたそれを濡らすわけにはいかないと考え、大人しく残りのお金で傘を購入して帰ることにした。
突然の豪雨の中、ビニール傘を差して帰るデンジはゴキゲンだ。
頭の中ではプレゼントを渡したマキマの喜ぶ顔が何百通りもシミュレートされている。
鼻歌を歌っているデンジは、雨さえ降っていなければスキップもしそうだ。
「あれ?デンジ君?」
「えっ!マキマさあ”っ!?」
突如聞こえてくるマキマの声。
ハッとしたデンジが声のした方へ振り向くと、そこには片手にコートを持ったマキマがいた。
彼女も突然の豪雨から逃げてきたのか軒先で雨宿りをしていたようだ。
ただし全身ずぶ濡れ。
彼女の長い髪は肌に張り付き、濡れたシャツからは淡い肌色と白い下着がうっすらと透けている。
健康優良スケベ男児のデンジは、思わずガン見したまま固まってしまった。
が、しかしすぐに再起動する。
こんなところにずぶ濡れのマキマがいるという妙な状況が、半ば強制的に再起動をかけたのだ。
「こ、こんなところでどうしたんですマキマさん、しかもずぶ濡れじゃないっすか!」
「朝早くから急に仕事が入ってね。終わらせて帰ってたんだけど、急に雨に降られちゃったんだ」
どうやら先程、デンジがコンビニを出ようとしたあのタイミングで彼女はやられてしまったようだった。
ついてないよね、とマキマはこぼしながら、水を吸ったコートを絞っている。
暑さが増してきているとはいえ早朝はまだ肌寒い。
彼女は相当早い時間から活動していたようだった。
「デンジ君、悪いんだけれど私も傘に入れてもらえないかな?」
「もちろんっすよ!どう……」
マキマとの相合傘を快諾したデンジだったが、突然静止してしまった。
動かなくなったデンジに、マキマは首を傾げ訝しげな視線を向ける。
「デンジ君?」
マキマがデンジを呼ぶも反応がない。
やがてデンジの視線は一度地面に落とされると、口が半開きになる。
それから緩慢で、酷くゆっくりした動作で視線が再びマキマへと向けられた。
デンジの意図が読み取れず、不思議そうなマキマの瞳とデンジの視線が絡み合う。
何を思ったのか、デンジは傘を手放した。
当然、豪雨に叩きつけられたデンジも頭からずぶ濡れだ。
髪は額に張り付き、目元を水の束が流れる。
口は半開きのまま、髪の間から覗くその視線はマキマを見据えて離さない。
マキマはそんなデンジの行動に、らしくもないポカンと口を開けた表情で驚いた。
彼女にはデンジの行動の理由が本当に分からなかった。
「デンジ君……どうしたの?」
マキマの問いに、デンジは静かな声音で応える。
「いや、なんていうか……マキマさんをそのまま傘に入れるのは……なんか違うような気がして……」
「?一緒の傘に入るのは嫌だった?」
「え!?違います!違います!ただ……」
デンジの言葉はマキマにとって要領を得ないものだった。
自分と一つの傘を共有するのが嫌だったのかと聞くも、そうではないと答えが返ってきて安堵する。
だが、それでは何故こんな事をしたのかが、余計に彼女には分からなかった。
「それじゃあ、マキマさんだけ濡れたままじゃないっすか……」
それが疑問への答えだった。
思ってもいなかったデンジの言葉に、マキマはきょとんとした表情を浮かべる。
彼女の視線の先では、デンジは言ってから恥ずかしくなったのか視線を足元へ泳がせていた。
デンジの行動に論理的な動機などない。
好きな人が濡れているのに、自分が濡れていないことがただ耐えられないだけ。
打算も意味も無い行動。
けれどそれは、これ以上ないほどの献身で。
喜びも苦しみも、共に分かち合おうとした彼の純粋な心だった。
マキマの内から何かが猛烈な熱を伴って湧き上がる。
堪えられないそれを抑えようと、思わず口元を手で塞ぐと体がくの字に曲がった。
体の内で何かが表に出ようと暴れ、体が小刻みに震える。
「……ふ……」
突然のマキマの様子に、デンジが困惑した視線を向ける先で、マキマの口からそれが漏れる。
漏れればもはや、それは抑えられるものではなかった。
「ふ……ふふっ……ふふふっ……あははっ!」
ついには堪えきれないとばかりに噴き出した。
笑い声は喉を震わせ、瞳からは涙がとめどなく流れる。
子供のように頬を染めて笑う彼女は、普段の様子からは考えられないほどに無邪気だった。
(え……エ〜ッ!笑ってくれた〜!笑ったマキマさん超カワイイ〜!)
デンジにはマキマがどうして笑っているのかが分からない。
だが、皆の前では微笑むだけの彼女が、その笑顔を見せてくれたのは嬉しかった。
ただただ、彼女がこんなにも笑ってくれたことが純粋に嬉しかった。
「あはは!……ふふふっ!……ふふ……ふぅ……あーあ、笑いすぎて涙まで出てきちゃった」
マキマはそう言って目元の涙を指で拭った。
朱に染まる頬。
優しげな瞳。
「おかしなデンジ君」
いまだ雨に打たれるデンジに、マキマは微笑みを向けた。
それは少女のような微笑みだった。
今まで見たことのない彼女の表情に、デンジの視線は縫い留められる。
「もう二人ともびしょびしょに濡れちゃったし、このまま行っちゃおう」
マキマはそう言い、デンジへ歩み寄る。
雨を防いでくれていた軒先から一歩足を踏み出せば、当然激しく雨に打たれた。
それが心地良かった。
雨に濡れれば体温が奪われ、熱くなった体が冷やされる。
マキマはデンジに温もりを求め、手を伸ばした。
頬に触れる。
拒まれない事への安心が、体温と共に流れ込んできた。
手が重なる。
マキマの手の甲へ、デンジが手を重ねていた。
言葉は無い。
雨が身を打つ音だけが世界にはあった。
今の二人にとって言葉はただのノイズでしかない。
お互いの体温が感じられれば、それだけで良かった。
「じゃあ、行こうか」
そう言って微笑むと、マキマはデンジの手を取り歩き始めた。
二人の手は指と指が絡み合うように組まれ、デンジとマキマの間で揺れている。
冷たい雨に濡れる肌とは対照的に、繋いだ手からは熱いくらいの体温を感じさせた。
マキマの足取りは軽やかだ。
彼女の内では熱とは違う、けれど熱としか呼べないものが心臓を焦がしている。
それは確かに痛いのに、嫌ではなかった。
「マキマさんなんか嬉しそうっすね」
「うん、なんだか晴れやかな気分だよ。歌いだしたくなっちゃうくらいにね」
弾むような声音。
今までデンジが見たことないくらい、今のマキマは上機嫌だ。
マキマの指が、デンジの指をなぞるように撫でる。
ふと思いついたように彼女は口を開いた。
「ねえデンジ君、雨に唄えばって映画を見たことはある?」
「ないっす」
そう返すと、マキマは繋いでいた手を放してデンジの前へと躍り出た。
デンジの手には彼女の体温が残り香となって残る。
跳ねて踊るステップを踏むような、そんな軽やかさを感じさせる歩調の彼女。
足元の水たまりから、水が跳ねて飛び散った。
「今の気分にぴったりな映画なんだ。どうかな、見てみない?」
「見ます!」
ノータイムでデンジは返事を返した。
最早、脊髄反射の域だ。
そんな彼にマキマは笑みを深める。
「じゃあ今夜、一緒に見よう。きっと面白いよ」
微笑むマキマの背後には、天使の梯子がかかっていた。
やがて雲間から射した光が満ち、弧を描く虹が光の柱を横断する。
キレイという言葉以上の言葉を持ち合わせないデンジには、眼前の美しさを言葉に出来なかった。
ただただ、立ち尽くして見惚れていることしか出来ない。
地面に転がったビニール傘が静かに二人を見送っている。
二人を打っていた雨はいつの間にか、やんでいた。
昼間の熱が嘘のように静まった夜。
蛍光灯の白い光は落とされ、間接照明の暖かな光が満たす室内。
デンジとマキマは、犬たちに囲まれながらソファに並んで座っている。
雨の中で交わした約束通り、二人は映画を観ていた。
あの豪雨の後、二人はそのままの足でマキマの自宅へと向かっていた。
濡れてしまった服を乾かさなければならなかったし、着替えが必要だった。
デンジの服もいくつかマキマの自宅に置かれている。
冷えた体を温めたデンジが浴室から出ると、すでに夕食が用意されていた。
ともに夕食を囲み、穏やかな時間を過ごした二人は現在へと至る。
画面の中では、一人の役者が降りしきる雨の中、心の赴くままに歌い踊っている。
マキマはデンジの手を握り、彼の肩に頭を預けていた。
これまでもデンジはマキマと映画を観てきたが、今夜の彼女は普段と雰囲気が違うように感じられた。
何が違うのかハッキリとは分からない。
だが今夜の彼女は、無性にデンジの胸を高鳴らせた。
「前に一度見た時は特に面白いと思わなかったんだ。このシーンだってああ、よくあるものの一つなんだな、としか思わなかった」
視線を画面に向けたままマキマが口を開いた。
彼女の言葉に意識を傾けたデンジの視線がマキマへと向く。
「でもどうしてだろうね、今は違うんだ」
そう言うと、マキマは目を細めデンジを見つめた。
「今は面白いんですか?」
「うん、夢中だよ」
「へ~……それは……いいっすねぇ……」
絡み合う視線に気恥ずかしさを感じたデンジは、言葉と共にゆっくりと画面へ目を戻した。
その頬は赤く染まっている。
微笑む彼女の瞳はデンジを捉えて離さない。
マキマはデンジの横顔に笑みを深めると、その頬へと手を伸ばしてさするように撫でた。
指先が頬を滑るたび、デンジの喉仏が大きく一度だけ上下し、彼は耐えるように膝の上のズボンをギュッと握りしめる。
「ふふふ」
彼女はそんな反応を楽しむように、満足げな笑みを浮かべていた。
(アレ……なんで俺こんな恥ずかしいんだろ……)
一方で撫でられているデンジの思考は深い所に沈んでいた。
普段彼女と視線を合わせる時も、撫でられる時も、ドキドキするし照れくささも感じる。
だが今夜は何故だか駄目だった。
目を逸らしてしまう。
頭が熱くてたまらない。
でも嫌なわけではない。
ただ、どうしようもないくらい恥ずかしかったのだ。
(そういやぁ昼間マキマさんが言ってたな……今の気分にぴったりの映画だって)
デンジは昼間の光景を思い出す。
雨の中、輝くようなマキマの笑顔を。
(さっきもこのシーンに夢中って……)
画面の中では男が高らかに愛を唄っている。
その時、デンジの背筋を貫くような電流が走った。
「あの、マキマさん……」
「どうしたの?」
「もしかしてぇ……なんすけど、そのぉ……マキマさんって俺の事、好きになってくれてたり、とかって……」
デンジの視線はマキマと床の間を意味も無く行き来し、ズボンを握る手は開いたり閉じたりを交互に行う。
言葉にするうちに恥ずかしさから体温が上がり、背中がチクチクし始める。
デンジの顔が真っ赤に染まり、首元まで桜色になっていく。
そんな彼のいじらしい姿は、マキマも見たことのないものだった。
彼女の心臓を甘美で、官能的な杭が貫いた。
「デンジ君は……どう思う?」
「う……」
首をかしげて問い返す彼女に、デンジは言葉に詰まる。
(え……好き……ってコトなんじゃないのか!?勘違い……?じゃねえよな……?)
戸惑うデンジの内心を無視してマキマは彼の頭をそっと支えると、耳元へと唇を近づけた。
デンジの心臓が強く、跳ねるようにして高鳴る。
彼女の鼻先が耳輪をくすぐると、その小さな唇をそっと開く。
「教えてあげない」
足元のエクレアが寝返りを打った。
テレビから流れる映画の音声が遠く聞こえる。
甘い囁きが脳髄へ流れ込み、麻痺毒のようにデンジの動きを止めた。
デンジをからかうようなその声音は、普段のマキマからは考えられない程に甘い声。
知って欲しい。
でも簡単には知られたくない。
複雑に揺れ動く心は、その心の持ち主すら惑わせる。
そんな彼女ですら持て余す熱が情動のまま、デンジを蕩かせた。
同じシャンプーを使っているはずなのに、甘く蠱惑的な香りに包まれる。
服越しに感じる彼女の柔らかな体温に、息が止まる。
ズボンを握るデンジの手に、マキマの白い手が重なる。
這うような彼女の指先が、ゆっくりと、味わうように、デンジの指の隙間に潜り込んでいく。
いやに敏感になったデンジの手を、その熱で犯す。
硬直する体の中で、心臓だけが激しさを増していく。
カチャリ、と再び寝返りを打ったエクレアの爪が床を叩いた音が聞こえる。
――そこから先、映画の内容をデンジは思い出せなかった。
「デンジ君、デンジ君」
「ハッ!?」
自身を呼ぶマキマの声にデンジの意識が覚醒する。
いや、覚醒こそしていたが、ある種の忘我の境地にあったというのが正しいだろうか。
デンジは途中からマキマの手の感触に全集中していたのだ。
「マキマさん……」
「大丈夫?もう寝ようか」
どこかぼんやりした様子のデンジ。
そんな彼の様子に微笑んだマキマは、寝る事を提案する。
デンジは彼女の言葉に頷きかけるも、昼間買ったプレゼントの事を急に思い出した。
「あ!そーいや俺マキマさんに渡したいものがあるんですよ!」
「渡したいもの?持ってた紙袋のかな?」
「そうですそれです!」
急に元気になったデンジはそう言うと、紙袋を取りに行く。
昼間の彼女との出来事で、すっかり意識の外へ追いやられていたそれ。
きっと似合うと奮発したプレゼント。
だがそれはあの時、傘を捨てたためにぐっしょり濡れてしまっていた。
デンジはしゃがみこんで落ち込んだ。
なぜ今の今まで忘れていたのかと後悔するも、もう手遅れだ。
雨に濡れてラッピングも台無しである。
「あーあ、折角キレイにやってもらったのに……」
「どうしたのデンジ君、それは何?」
デンジの様子が気になってやって来たマキマが、しょぼくれた顔のデンジに声をかけた。
「あー……その、マキマさんにプレゼント……って思ったんすけど……」
「見せて?」
「どうぞ」
「開けてもいいかな?」
「え……良いですけど……」
マキマの言葉にデンジは一瞬迷うが、了承するとマキマは丁寧に包装を解いていった。
ヨレヨレになったリボンをほどき、ふやけた包装紙が破れないように開かれていく。
中から出てきたのは少し高級感のある箱。
開くと、上品な光沢を見せる臙脂色のベルベットに包まれた黒いネックレスが姿を見せる。
マキマは中のネックレスを手に取ると、自身の首元で広げた。
「似合うかな?」
「似合いマス!」
そう言ってはにかむマキマ。
もちろんデンジは即答した。
彼女の白い首元で揺れる黒のトライアングル型のチャームは、シンプルだからこそ出る品の良さがあった。
デンジはそれを見て目を細める。
「……マキマさんには話しましたよね、俺が家族になった悪魔の話」
「うん、ポチタ……だったよね」
「そのネックレスを見た時、マキマさんに似合いそうって思ったのとは別に、ポチタの事も思い出したんです」
そう言って、デンジは心臓につながるスターターをマキマに見せた。
黒い、トライアングル型の持ち手。
「そっくりでしょ?お揃いですよ」
そう言って、デンジは無邪気な笑みを向けた。
マキマの内側に昼間と同じ熱が再び猛烈な勢いでせり上がってくる。
彼女はそれを、震えるため息と共に吐きだした。
そうしなければ、体が膨らんではちきれてしまうと感じたのだ。
「はあー……」
「あ、あれっ?マキマさん嫌でした……?」
喜ぶ顔は何百通りもシミュレートしたが、その反応はデンジにとっても予想外のものだった。
途端にデンジの心に不安が広がる。
表情から微笑みの消えたマキマがじっと視線を向けた。
その瞳には妙な圧迫感のような、あるいは飲み込まれるような引力のようなものを感じる。
何故だかマキマから向けられる視線に、デンジは背中がゾクゾクと震えるのを感じた。
「デンジ君は悪い子だね」
「エッ……?マキマさん、それってどういう……」
「おいで、もう寝よう」
マキマは有無を言わせずデンジの手を取ると、寝室へと向かって歩き出し始めた。
落ち着いた様子とは裏腹に、マキマの内心は穏やかではなかった。
これ以上この人間に喋らせたらなんかもうダメになりそうだ。
だから眠らせて黙らせてしまおう。
自身でも持て余すものをどうしたらいいのかが分からなくなった彼女は、その目を閉じてしまうことにしたのだ。
彼女に手を引かれるデンジはされるがままとなっている。
マキマの背を見つめるデンジは、急変した彼女の様子に困惑していた。
やがて寝室に入ると、繋いでいた手が離される。
「じゃあ寝ようか」
そう言って、向き直ったマキマの顔にはいつもの微笑が浮かんでいる。
彼女の微笑には、先程の妙な圧のようなものは感じられない。
さっきのは気のせいだったのかもしれない。
デンジは先程マキマの視線から感じたものを、そう結論付けることにした。
どちらから言うでもなく、いつも通りベッドに潜り込むと、二人は向き合うようにベッドに横たわった。
今夜も手を繋いで眠るのだと考えデンジは手を差し出すも、その手をマキマは眺めるだけで握り返してこない。
「デンジ君、このベッドで初めて一緒に寝た日を覚えてる?」
デンジの手を見つめたまま、マキマの口からそんな言葉が出る。
それはまるで夜風のような声で、簡単に聞き逃してしまいそうになるほど静かな声だった。
「もちろん覚えてますよ……」
「そっか……」
あの夜の事を忘れるはずがない。
マキマを抱きしめて眠ったあの夜の事は、昨日の事のように鮮明に思い出せる記憶だ。
デンジにとって、初めて見た彼女の涙は今も心に滲んでいる。
「デンジ君、お願いがあるの」
そう言って、横たわったマキマは視線を手からデンジの瞳に向けた。
自然と上目遣いになった彼女の視線とデンジの視線が交わる。
「あの夜と同じように、眠らせて」
そう言った彼女の瞳は震えているように見えた。
自分に都合の良いように見たかったから、そう見えたのかもしれない。
そう見えたのは錯覚で、何かの勘違いかもしれない。
だがデンジには全てどうでも良かった。
マキマに求められている喜びが全てに勝るのだ。
それに彼自身の欲もあった。
手を繋いで眠るのはそれはそれで良いものではあったのだが、デンジ自身抱きしめ合って眠りたかった。
そっちの方が、安らげた。
デンジの手がマキマに伸ばされる。
思えばこうやって、デンジから手を伸ばすのはいつぶりだろうか。
最近はマキマから手を伸ばすばかりで、自身はそれを受け入れるだけ。
これからはもっと、自分から手を伸ばしても良いんじゃないのか。
そんなことが頭をよぎる。
「これで良いですか、マキマさん」
そう言って、デンジはマキマを柔らかく抱きしめた。
彼女が息をするたびに上下する肩の動きが伝わってくる。
考え事をしているのか、半分閉じた瞳のまましばらくマキマは何も言わない。
もう寝たのだろうか。
マキマの表情が見えないデンジは自身も寝ようとしたその時、強い圧迫感と熱を感じた。
「マキマさん……!?」
閉じようとしていたデンジの瞼が大きく開かれ、彼の驚き戸惑う声が口をついて出た。
マキマがデンジを抱きしめていた。
マキマの柔らかな感触をデンジは余すことなく、正面から受け止める形になっている。
彼女から伝わる熱が、今までにないほどにデンジを包み込んだ。
デンジからは、ぴったりとくっつく形で抱きついてきた彼女のつむじだけが見える。
「デンジ君は温かいね」
デンジの胸板に額を付けたマキマが言う。
彼女の手はデンジの背に回されていた。
「そりゃまあ、生きてますからね」
「うん、ちゃんと生きてるね」
「よく眠れそうっスか?」
「うん、ぐっすり眠れそうだよ」
「……そりゃ良かったです」
「……うん」
「……」
「……」
お互いに言葉が少なくなっていく。
デンジはしばし手を迷わせると、静かにマキマを抱きしめた。
柔らかく抱きしめた先程とは違う、ぎゅっと包み込むような抱きしめ方。
デンジがそうやって抱きしめると、彼を抱きしめるマキマの腕に力がこもった。
ぐりぐりと、もっと深いところまで行こうとするように、マキマが額をこすり付けてくる。
デンジからはその表情も見えず、交わす言葉も無かったが、何故だか彼女が喜んでいるように感じられた。
「おやすみなさい、マキマさん」
「おやすみ、デンジ君」
二人は最後の挨拶を交わすと、静かに眠りについた。
意識が微睡みの泥にゆっくりと沈んでいく。
だが今しばらくこの微睡みの上に浮かんでいたかった。
この時間をもう少し。
どうか、ほんの少しだけ。
季節は夏に入る頃、初夏の少し前。
日の下は熱くなり始めているが、星空の下はまだ肌寒い。
部屋の中では静寂が窓から忍び込み、足元を冷やしている。
そんな季節。
柔らかい香りが肺を満たすと、体の内側が温まる気がする。
冷えた寝室の空気がお互いの体温を際立たせた。
相手の温もりが寂しさを埋めた夜を思い出す。
涙を流したあの夜を。
今夜は似たようでまるで違う夜だった。
心には名も知らぬ何かが満たされていて。
安心しきったような寝息だけが、部屋に聞こえていた。
抱きしめ合って眠る二人は微笑むように眠っている。
お互いの温もりが、穏やかな夜を優しく温めていた。
天使なデンジですが、実はこの話にある雨のシーンで傘を捨てるデンジ君が脳内に溢れ出したのがきっかけでした。
マキマさんがデンジ君に勉強を教えていたからこそ、デンジ君は立ち読みに時間がかかり、結果としてマキマさんと雨の中で出会います。
もし勉強してなかったら、早く読み終えていたので会うことは無かったでしょうね。
あとマキマさんは傘を差してくれる人より一緒に濡れてくれる人が好きそう(偏見)
心臓に頬ずりしてたしマキマさんは結構ボディタッチ好きなのかもしれない。(ド偏見)
悪女系キャラが計画立てて罠を張るも、純朴な男に絆されて好きになっちゃう展開が好きです。
サイバーパンクエッジランナーズとかモロにそれで大好物です。
白状すると天使なデンジも割と影響受けてます。
もしかしたらなんか違うな……となっている方もいるかも知れません。
そんな方は是非ご自身でも書いてみてください。
読みます。
というか読ませてくれ!こっちは供給少なくて飢えてるんだ!!
ひとまずここまで書けて最初の目標は達成……次の目標は完結まで!
読んでいただきありがとうございます!頑張ります!