マキマさんはたまたま寝れなくて散歩中にデンジ君と会いました。
マキマさんがデンジ君の過去を知っているようなのは職務上必要だったからです。
マキマさんは優しい人です。
いいですね?
「ここの2階と3階が私の家なの」
でけえ
それがデンジの抱いた感想だった。
マキマの住んでいる家は、荘厳でありながら洗練されたデザインの建物だった。
イオニア式の柱があるのも相まってどこか神殿のような雰囲気もあり、人によっては何か公的機関の庁舎か何かとでも思えてしまうほどの建造物だった。
「はあ……」
デンジは少し考え事をしていたため、生返事を返した。
なぜ二階と三階に家が?とかそんなに部屋いらなくねぇ?とか。
「あっそうだ、キミ犬大丈夫?」
マキマはふと思い出したようにデンジへと尋ねた。
それにデンジは大丈夫だと返す。
デンジはポチタを思い出せるから犬はむしろ好きだ。
ポチタを思い出してデンジはまたへこんだ。
「ただいま」
マキマが扉を開けると、けたたましい声と共に大量の犬が雪崩を打って押しかけてきた。
7匹のシベリアンハスキーがそれぞれ思い思いに鳴き声をあげながら押し掛けてきたのだ。
ハスキーたちは瞬く間にデンジとマキマを取り囲み、相当人懐っこいのか二人の顔をべろべろとなめまわし始める。
「にゅあ〜はいはいはいはいはい、ただいまただいま」
「ぎゃあぉあああああ」
マキマは慣れた様子で嬉しそうに、デンジは初めての熱烈な歓迎に驚きながらそれぞれ悲鳴を上げていた。
ハスキー達を撫でながら、普段とは全く違う口調で犬たちに話しかけるマキマにデンジは見惚れていた。
可愛い。
普段浮かべる微笑みとは違う笑い方、ハスキー達を撫でる優しい手つき、その一つ一つからデンジは目が離せなかった。
「知らない人来たね〜よかったね〜デンジ君だよ?こんばんはわんってしようね、こんばんわん」
「こんばんわん……」
玄関での出来事の後、デンジはマキマに連れられて部屋の中へと招待された。
ハスキー達は来客であるデンジに興味津々なようで、皆周りに集まって構って欲しそうにしている。
そんなハスキー達にデンジも悪い気はしないようで、目についた子を撫で回したりして遊んでいると、ハスキー達も気を許してくれたのか元から相当人懐っこいのか、お腹を見せてくれたのでデンジはワシャワシャと撫で繰り回していく。
リビングでハスキー達の相手をしていたデンジに台所からマキマが声をかける。
「紅茶と緑茶と玄米茶どれがいい?」
「一番……一番ウマいので……」
デンジは当然、どれも飲んだことがなかったのでお任せ注文をした。
するとマキマはマグカップとそれとは別に、黒と白が交互に重なった不思議なものを一緒に持ってきた。
「ティラミスも食べて、私が作ったの」
「ティラ……」
初めて聞く言葉、食べられるもののようだとデンジは理解する。
七匹いるハスキーのうち一匹の犬が元気よく吠えたかと思うと、マキマに飛びかかる。
「わーキミじゃないよ、キミを呼んだワケじゃない」
「ええ?」
「あ……この子名前がティラミスっていうの」
「はーいっ僕がティラミスです」
マキマはティラミスというらしい名前の白と黒の毛並みを持つハスキーを抱きしめ、前足を持ち上げフリフリと振りながら裏声で飼い犬の紹介をした。
可愛い。
「デンジ君に撫でられてるのはシュークリーム、はいはいお腹触ってくれてよかったね〜、ねえシューちゃんお腹いいもんねー」
マキマはデンジのすぐ隣に座り、一緒にシュークリームと呼ばれた白と茶色の毛並みを持つハスキーのお腹を撫でる。
しばらくシュークリームを撫でた後、マキマはどこからか袋を持ってきた。
「クッキー食べたい人」
マキマが袋を見せながら言うと、ハスキー達はこれでもかと言わんばかりに飛び上がり、アピールをした。
マキマは嬉しそうに笑いながら骨の形をしたクッキーを食べさせ、ハスキー達は皆嬉しそうにクッキーを食べていった。
可愛い。
デンジはそんなマキマの様子を眺めながら、出されたティラミスというものを食べる。
ほんの少しの苦みが程よいアクセントとなっているティラミスは、デンジが今まで食べたものの中で一番甘く、柔らかい口当たりは滑らかでふんわりと舌の上で溶け、するりと喉を下っていく。
マキマは犬たちとじゃれあっていて、周りにいるハスキー達を撫でていたが数匹の圧に押されて倒れこんでしまう。
だがそれすらも楽しいのか、今のマキマには普段の落ち着いた大人の雰囲気はそこになく、ただただ無邪気な少女のように笑っていた。
可愛い。
デンジはマグカップの中の液体を飲むことにした。
中に入っている液体は深い赤色をしていて、わずかな湯気が上がっている。
どんな味か想像もつかない……少しだけ口に含む。
まず感じたのは暖かさ、口、喉、腹へと温かいものが流れていく。
いままでまともなものを食べられなかったデンジにとって、この感覚はうどんを食べた時以来のものだ。
味は少しの苦みを感じたが、不快なほどのものではない。
むしろティラミスの甘味が洗い流されてすっきりした。
撫でてほしいのか、シュークリームが頭をこすり付けてきたのでデンジは頭を撫でてやる。
撫でながらもう一口飲む。
少女のように笑いながら犬と遊ぶ美人を眺めながら、その美人の手作りティラミスを食べ、紅茶を飲み、犬を撫でる。
(ここ……世界で一番いい場所じゃん……)
その通りである。
昨日までのデンジが今の光景を見ても信じられないだろう。
夢ですら見ることはできなかった夢のような光景。
そして今はそこに自分もいるという事が、いまだに信じられない。
今までの事全てが夢で、次の瞬間には目が覚めてしまうのではないかと思う程。
だが夢ではないことは、この手に触れる命の温かさが証明していた。
デンジの様子が落ち着いた様子を見たマキマは、気になっていたことを聞き出すことにした。
「デンジ君、何か悩みでもあるの?」
「え……なんか俺、そういう風に見えちゃいましたか?」
「うん、公園でデンジ君を見かけた時にね。そんな風に見えたから」
それだけで見破っちゃうなんてマキマさんスゲ〜!
と尊敬の念を募らせるデンジ、もはや目が物理的に輝いているのではないかと思えるくらいにキラキラした目でマキマを見つめる。
彼には誰から見ても、悩み事を抱えているように自身が見えていた自覚は一切なかった。
マキマはそんな視線を受けるも、変わらない微笑みの表情で正面からデンジを見つめる。
「良かったら聞かせてくれるかな、話すだけでも楽になれるかもしれないよ」
マキマの言葉にデンジは逡巡するも、ここまで良くしてくれたマキマに最早デンジは、自分の全てを預けても良いと思えるほどの信頼をマキマにおいていた。
犬になれと言われれば喜んでワンと吠え、8匹目に加わるだろう。
そんなデンジは自身の心境を何とか言葉にして吐露する。
「……今まで俺ん近くにはずっとポチタがいたのに、急に俺ん前からいなくなっちまったってのがいまだに信じらんなくて……今も急にどっかから出てきてくれんじゃねえかって……気付いたら探してるんです」
それはマキマ自身も気付いていたことだ。
デンジはふと気付くと視線を泳がせている時がある。
最初は慣れない土地、慣れない環境に移ったことで関心がアチラコチラに移っているのかと思っていたが……なるほどそういうことか、とマキマには得心がいった。
「分かってるんです……ポチタは俺ん心臓になってずっとそばにいてくれてるってことも、別に死んだわけじゃねえってことも、マキマさんが教えてくれたから……」
デンジは拙いながらも、必死に自分の思いを言葉にしていく。
自分の持てるものを使って何とか気持ちを絞り出そうとするデンジを、マキマは静かに見つめていた。
デンジは床に視線を落とし、ハスキーのシュークリームの毛をワシャワシャと撫でた。
その手つきは、かつてポチタにしていた時の名残だ。
マキマはただ静かにデンジの隣に座り、彼が言葉を紡ぎ終えるのを待った。
「ポチタが隣にいるのが、当たり前だったんすよ……飯を食う時も、寝る時も、いつも隣にいた」
言葉は途切れ途切れで、声は震えている。
デンジは胸元のスターターロープをぎゅっと握りしめた。
今確かに感じられるポチタとの繋がり。
「……ポチタをもう、抱きしめてやれねえ。それが…それが、こんなに寂しいもんなんだって、初めて知った」
ポチタが自分を助けるために心臓になったこと。
もう二度とその胸に抱きしめられないこと。
そこにいるのに、そばにいないのは、つらい。
マキマはそっとデンジの手に自身の手を重ねた。
「よかった。手、暖かくなった」
気づけばデンジはマキマに手を取られていた。
「生きていれば、たくさん辛いことはあるよ。デンジ君は今日初めてそれを知った」
「これからも辛くなる時が来るだろうね、そんな時は誰かを頼るのが一番だよ。手始めにこの子達に頼ってみるといいよ」
初めて女の人に手を触れられた。
デンジはなんだか気恥ずかしくなってしまう。
「はい……」
「手が冷たい時は生きてるものを触るのが一番だよ」
マキマはデンジの手を自身の手で包み込みながら言う。
その言葉にデンジはしばし考える。
家に招待してくれたのも、食べるものを出してくれたのも、今こうしているのは全部マキマがデンジのことを思いやってくれたからだ。
そのおかげで今この時だけは、ポチタのいない寂しさを忘れられた。
「マキマさんありがとうございます……」
「え?」
「マキマさんのおかげでダメージ少し回復しました……」
マキマはデンジからの言葉に暫し沈黙する。
デンジを自身の近くに寄せると、マキマはデンジの頭を撫でた。
徐にデンジの頭を撫でるマキマの行動に、デンジは不意を突かれて動けない。
「大変なこと……たくさんあったもん、よく生きたね……デンジ君はとってもいい子だよ」
「へへ……」
人から優しく頭を撫でられるなど初めての経験であるデンジは、どうすればいいのか分からず愛想笑いを浮かべる。
マキマは変わらずデンジの頭を優しく撫で続けている。
段々とデンジの視界がぼやけ始める。
前すらまともに見えなくなってくる。
何故か、自身にも訳が分からないが涙が流れて止まらない。
「…あれ……う、あれ!?これは違うくて!」
涙を流し始めたデンジを元気づけたいのか、ハスキー達がわっと群がって涙をペロペロと舐めとっていく。
七匹もの物量に圧倒されたデンジは涙が出るし舐め回されるしで滅茶苦茶になって悲鳴を上げた。
だがその顔は、今日一番の笑顔でもあった。
「ぎゃああああ!!ギャハハハハハハ!」
その様子をマキマは静かに微笑みながら眺めていた。
「デンジ君、今日はもう遅いからうちに泊まっていこうか」
デンジも犬達も落ち着いてきた頃、時計を見たマキマはデンジに首を傾げながらそう聞いた。
デンジはその言葉に一瞬自分の耳が馬鹿になったんじゃないかと疑ったが、マキマの様子を見るに自分の耳はまだまともだったことに安心した。
それと同時にマキマの言葉が徐々に脳みそへと浸透していく。
「え……え!?い、いいんすかマキマさん!」
「うん、こんな時間に君を一人外に出すなんて真似出来ないしね」
デンジは歓喜した。
今日だけで人生の運すべて使い果たしたかのような気分だ。
(これって……!これって……!今日もしかしたら、もしかするんじゃねえか!?)
デンジはマキマの顔をまじまじと見つめる。
均整の取れた顔立ちは精巧な彫刻のようで、その柔らかな微笑みは天使のような悪魔の微笑だ。
見ているこちらの心を溶かしつくしてしまうかのようで、デンジは知らず生唾を飲み込んだ。
「もういい時間だね……明日も早いし、もう寝ようか。こっちだよデンジ君」
デンジはマキマに手を引かれ歩き出す。
廊下を歩いている間、デンジの中では様々な言葉が飛び交い、心臓は早鐘を打っていた。
「デンジ君、うちにはベッドは一つしかなくてね……一緒に寝ようか」
「はい……一緒に寝ます……」
(ポチタ……俺、今日で夢全部叶っちまうかもしれねえー!)
今のデンジは期待、興奮、不安、幸福、それらが胸中でうねりとてもではないが眠れそうな心の状態ではなかった。
廊下の途中にある部屋の前につき、マキマは扉を開ける。
そこは寝室だった。
マキマが部屋の照明をつけると、間接照明によってぼんやりと部屋が明るく照らされた。
人二人は余裕で並んで寝られる大きなベッドが置かれているのがまずデンジの目に入った。
大きな窓にはレースカーテンが惹かれており、華美でありつつも落ち着いた雰囲気の刺繡が施されていた。
全体的に落ち着いた色調で統一されており、家具は整理整頓され計算された配置に置かれている。
「さ、ここが寝室だよ」
マキマに招かれてデンジは寝室へと足を踏み入れる。
手のひらが汗ばむのを感じている。
「デンジ君はここね、じゃ、寝よっか」
マキマはポンポンとベッドの片側を軽く叩いて、デンジを招いた。
この頃には最早デンジから言語能力は奪われ、蚊の鳴くような声で情けなくハイと答えるばかりであった。
デンジはそろそろとベッドに入り込むと、マキマに掛け布団をかけられる。
照明は落とされ、暗い部屋の中に差し込むのは淡い月の光だけ。
隣に感じるのは静かな息遣いと、温かさ、その存在感は確かな重みとしてベッドの上にあった。
デンジの頬にはいまだ朱が差しているが、幾分落ち着きが戻ってきた。
とはいえ隣にはマキマがいるため中々眠りつくことが出来ないデンジは、天井を眺めている。
シンプルで飾り気のない白い壁紙の貼られた天井を見上げながら、寝床につくなど初めてだ。
昨日まではトタン屋根だったのに。
今日は初めての経験ばかりだ。
良いことも、悪いことも。
隣を向けば、マキマがこちらを向いて眠っている。
(こーんな美人と一緒に寝てるっつーのに……俺ん中じゃずーっと……ポチタの事ばっかりだ……)
思い返すのはポチタとの日々、いつも一緒にいた最愛の家族で、最高の兄弟で、大切な相棒。
眠る時も一緒で、毎晩抱きしめて眠っていた。
ポチタを抱きしめずに眠らなかった夜など、一度としてなかった。
デンジは腕を伸ばし、隣で眠るマキマを抱きしめた。
デンジは暫くボーッとして目の前の状況を眺めていたが、徐々に自分が何をやっているのかを理解した途端、脳内はパニックになった。
(!?な、何やってんだ俺ええぇー!!な、何でえぇー!?)
完全に無意識での行動だったデンジは心底自分の行動が信じられなかった。
自分からマキマに触れるなど考えもしなかったというのに、なんで、どうして、どうしたら、なんて考えばかりがグルグルと頭の中を駆け巡る。
(ポチタのこと思い出してたらマキマさんを抱いてたとか、ありえねえぇだろ!俺えええぇ!!)
マキマさん良い匂いするなとか、結構細いんだなとか、離れたくないぃとか。
デンジの中でいくつもの声が浮かんでは消えていく。
無意識なものだったとしても、ポチタ以外で誰かを抱きしめたのは初めての経験だ。
それもマキマのような美女などなおさらである。
そっと、デンジはマキマの顔を覗き見た。
まつ毛を数える事が出来るほどにお互いの距離が近い。
だからこそ気付けたのかも知れない。
差し込む月の光に照らされて、マキマの目じりに浮かぶ涙の一滴の輝きに。
思いもしなかったものを見たデンジは一瞬固まる。
今流れた涙を見て、デンジの脳裏に一つの光景が思い浮かんだ。
まだ小さい子供だった頃の自分とポチタが、お互いを抱きしめあいながら眠り朝日を迎えたあの日の夜。
ポイ捨てされて汚れた布団の上で二人きり、涙を浮かべながら眠った記憶を何故か今、思い出した。
デンジは今まで搾取され続ける人生を送ってきた。
優しくされたのも、何かを与えられたのも、全部が初めてだった。
貰うだけでいいのか?少しでも何かを返せないのか?デンジは初めて誰かに何かを与えることを考えた。
今までポチタと分け合うことはしたが、何かを与えるということはしたことが無かった。
与える事が出来るほどの余裕が無かったというのもあるが。
マキマはたくさんの犬を飼っている。
あんなに飼っているのは、ただ犬が好きなだけが理由なのだろうか。
今の涙を見たデンジにはどうしても、それだけが理由ではないのではないかと思えた。
(間違ってんならそれでいい、勘違いだってんならそれでいいや)
スーッと静かに息を深く吸い込んで気合を入れる。
そしてデンジは、マキマを胸に抱きしめ静かに目を閉じる。
胸に空いた穴の痛みが、少しだけ和らいだ気がした。
別の悪魔を思いながら悪魔を抱く男、デンジ
涙ぐみながら抱き合って眠るポチタとデンジ君はOPで見れます。