コンビの片方を闇堕ちさせないと生きていけない魔神系TS転生者   作:鐘楼

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足りないのは、きっと

 その時は、すぐにやってきた。

 

 約束したパターンの信号。来たのだ。先輩のところに、姉様が。

 

「っ……!」

 

 謹慎場所から、先輩の持ち場まですぐに駆けつけられる距離じゃない。それでも、一刻も早くと、『祈り』を使って加速する。

 

 もう一度話せば。スティーアに邪魔されなければ。事情が分かるはず。あの時は何かの間違いだったって分かるはず。姉様が戻ってくるはず。そんな思いを胸に、駆ける。

 

「──────」

「──~~~ッ!」

 

 ……見えた。先輩と……変わってしまった、姉様。さらに加速し急接近し、間に割って入る。

 

「姉様ッ!」

「……」

「トリ、ア……」

 

 何も言わずに視線を動かさない姉様と、あたしの名を呟く先輩。そんな状況に、猛烈な違和感を覚えた。

 

 先輩。怪我はそこまで酷くないように見えるのに、見たことがないくらいに顔を青くして蹲っている。

 

 姉様。いや、姉様……? 本当に?

 

 こんな、姉様のこんな冷たい視線は見たことがない。姉様がそんな目であたしを見たことなんかない。嫌な汗が噴き出るのを感じながら、震える口を開く。

 

「姉様、だよね……? あいつは、あの魔神は……いないの?」

「スティーア様なら、ここにはいないわ」

「そ、そっか。なら、今度こそ話を……」

 

 待って。

 

 ……スティーア()? 今、姉様はそう言ったの?

 

 何か、強烈なズレを感じる。あたしの世界の根底を揺るがすような、ズレに寒気がした。

 

 改めて、姉様の全体像が目に入る。角があって、髪が白くて、紅い瞳。それだけで胸が締め付けられそうなのに、今の姉様はもう一段、前とは違っていた。あの時は変わらず聖騎士の制服を着ていたのに……今は、この場とはあまりにそぐわない、露出の多いドレスのような装いに変わっていた。違う。姉様はそんな格好しないのに。

 

「あっ、あの時の! 嘘だよね……? 姉様があんな奴を庇ったのも、何かの間違いなんだよね……? あたしに『炉』の力を使うなって言ったのも、何か事情が……」

「嘘じゃないわ」

「え……」

 

バッサリと、あたしの希望を打ち砕く否定の言葉があまりにも明確に放たれて、頭が真っ白になる。なのに、そんなあたしの内心を、絶望は考慮なんてしてくれない。

 

「身を挺して主人のことを守るのが下僕の役目。そんなことも分からないの?」

「何を……言ってるの……?」

 

 ありえない言葉が、姉様の口から、姉様の声で紡がれる。姉様が、下僕? 誰の? まさか、スティーアの? ありえない。

 

「あの光を使うなと言ったのも、汚らわしい力を得意になって振るうあなたの姿があまりにみっともなかったから一言言いたくなった、それだけの話よ」

 

 あたしのことを、そして誰より誇りを持っていた聖騎士というものを冷たく吐き捨てる姉様が信じられなくて、信じたくなくて、平衡感覚が失われ、視界が回るような感覚に陥る。

 

「っ……おかしいよ! 姉様はあの時言ってくれたもん! あたしならもっと凄い聖騎士になれるって! 独りでも……やっていけるって!」

 

 スティーアが現れる前に、姉様が言ってくれた言葉だ。あたしはそれを受け入れられなくて……いや、今も受け入れられていないけど、姉様の真心が籠もった言葉だったはずだ。今の姉様が言っている言葉は、それを真っ向から否定している。

 

「そうだったわね。なら撤回するわ。あなたは聖騎士なんて向いてないし、一人でやっていくこともできない」

「っ……そ、そうだよ。だから姉様が……」

 

 呆気なく、姉様はあの時の言葉を撤回した。そのことに心が痛むけれど、それはあたしも思っていたことでもある。だから、だから姉様が必要なんだと言おうとして。

 

「ふざけないで」

 

 強い、強い拒絶と嫌悪の言葉に阻まれた。

 

「私はスティーア様の所有物。私の側にいられるのはスティーア様ただ一人。あなたの居場所なんてどこにもないわ」

「うぇ……ひぐっ……」

 

 気づけば、涙が溢れていた。姉様が、あの魔神のモノ? そんなわけない。姉様は、あたしだけの姉様のはずなのに。それを、それを姉様自身が否定するなんて……やだ。やめて。やめてやめてやめてやめてやめて。

 

「だから、トリア。さっさと私の視界から消えて、聖騎士も辞めて、戦いとは無縁な場所で大人しく、優しい彼氏でも作りなさい。それがあなたの身の丈よ」

 

 そんなの無理だ。姉様がいない場所に、あたしの幸せがあるはずない。なんでそれを分かってくれないの? 姉様なら分かってくれるでしょ……? どうして……あぁ、そっか。

 

「ぐすっ……そっか、そうなんだ……姉様は洗脳されてるんだ……解放してあげなきゃ……あいつを、魔神スティーアを殺し……っ!?」

 

 何かが頬を掠めた感触。気づけば、殺気を放つ姉様が掌をあたしに向けていた。……攻撃だ。攻撃されたんだ。あたしは、姉様に。

 

「私の前でそんなことを言うなんて、度胸だけはあるのね。スティーア様を殺す? させるわけがないでしょう。必ず、その前に私があなたを殺すわ」

「ふぇ……うぇぇぇぇん!」

 

 生まれて初めて、想像もしたことがなかった体験に、感情のままに泣きわめく。でも。そんなあたしを優しく慰めてくれる姉様は、もういないみたいだった。目の前にいるのは、敵を見る目で一歩一歩近づいてくる魔族。

 

「気が変わったわ。二度とスティーア様に手を出そうだなんて考えないように、ここであなたを折ってあげる」

「や……やだ。やめてよ。あたし、姉様と戦うなんて……ぐっ!?」

 

 腹部に衝撃。蹴りだ。一瞬で眼前に現れた姉様があたしを蹴ったんだ。無防備だったあたしはそのまま地面に転がされ、身体の痛みが心の痛みと共鳴するようにあたしを塗りつぶしていく。

 

「……そう。ならそこで蹲っているといいわ。もう二度と会うことはないでしょうけど」

 

 そう言って、あたしを見下ろす姉様は踵を返した。滲む視界の真ん中で、その背が遠ざかっていく。

 

 行かないで。焦りが、あたしの脳を支配する。このまま姉様がいなくなったら、二度と会えなくなるんじゃないか。そんな恐れに背中を押されて。

 

「う、うわぁぁぁぁぁっ!」

 

 訳も分からないまま、あたしは『炉』を解放して姉様に襲いかかる。

 

「……馬鹿ね」

「ぇ……」

 

 ……結果は、惨敗だった。あたしは姉様にゴミのように斬り捨てられて、殺されることもなく放置された。手も足も出ないあたしに、姉様は完全に興味を失った目をして去って行った。

 

 本当に、姉様はあたしの手の届かない場所に行ってしまったの? なんで?

 

 決まってる。魔神スティーアのせいだ。絶対に許さない。

 

 だけど、変わってしまった姉様はスティーアを守ると言う。どうして?

 

 あたしはどうすれば良かったの? 言葉さえ……あたしの言葉さえ届けば、姉様はきっと……じゃあ、なんで姉様はあたしの言葉を聞いてくれなかったの?

 

 ……あの時の、姉様の目がフラッシュバックする。失望。冷めた瞳。

 

 そうだ。

 

 力だ。

 

 力があれば、姉様はまたあたしを見てくれるんだ。

 

 力がなかったから、あたしは姉様を奪われたんだ。

 

 力さえあれば、姉様は戻ってくるんだ。

 

 力さえ。

 

 力さえあれば……!

 

 

 




・姉様
生真面目、演技派、加減が苦手
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