コンビの片方を闇堕ちさせないと生きていけない魔神系TS転生者 作:鐘楼
目が覚めて、すぐに違和感に気づいた。
この身体は、呼吸をしていない。それがひどく気持ち悪くて、喉から空気を出し入れしてみる。
身体は自分の意思に従い、呼吸の真似事を始めたが、それは言うなればただの換気で、生命活動でないことは明らかだった。
ならば、俺はもう死んでいるのか。
記憶を探って……身震いした。同時に、その通りだと納得する。
俺には確かに、一般男子大学生(偏差値53)として死んだ記憶がある。……思い出したくもない記憶だ。人生全体についてはともかく、その死の瞬間の記憶は。まるで今までの幸福がすべて帳消しになったんじゃないかと思ってしまうほどの、冷たく苦しい感覚。
死にたくない。もう、あんなのは御免だ。
……と、一通り悲嘆にくれて落ち着きを取り戻した俺の意識は自然と前へと向き始める。つまり、現状の確認へと。
「
今、俺はなんと口にした……?
「
言葉が、思い通りに出力されない。
口調が矯正される感覚。気味が悪い。
だが、直感的に納得する自分もいた。
この身体は俺のものじゃないのだと。
今の俺は、死んだ人間が身体を間借りしているだけのあやふやな存在でしかないのだと、理解させられたのだ。
ならば、再びこの意識が消える時、またあの
……嫌だ。嫌だからといって、対策も何も思いつかないが。
暗い気分を誤魔化すように、当てもなく歩き始める。口調意外の部分では何か強制力が働く感覚はなく、身体は大人しく言うことを聞いた。
森の中。生い茂る草花の中へ踏み込む綺麗な足が俺の意思で動いていることを認識して、初めて俺が転生……いや憑依した身体が女性のようなものであることに気づいた。そういえば、先の自分の声も綺麗ではあったし。
だが、あくまで
この身体は、俺の知る生物のそれではない。脈も鼓動も感じないのだ。現に、見た目は繊細な柔肌にしか見えない素足は、易々と荒れ地を踏みしめて傷一つつかない。
「……」
備わった美しい声だって、言葉が矯正されるあの感覚を思うと試しに発声する気もなくなってくる。
そのまま適当に歩いて行くと、そこには水場があった。思えば水も飲まずに歩いているが、喉が渇いた感覚もない。近くで目にすれば身体が水を欲するかもしれないと水面へと進んでみる。
「……!」
喉が渇いた感覚はないが、水面は初めてこの身体の全貌を俺に見せてくれた。
美しい。魔性の美しさだ。化け物だけど。うーん……化け物だけど、やっぱりビジュは良いな……うん、俺は美少女になったらしい。こうなって初めて良いことを見つけた。
そうしてちょっとだけ前向きになった俺は、気を取り直して森を歩き、一向に森を脱出できずに一日が経った。
☆
「………………」
どうしよ……。
身体の方は不眠不休でも全く問題がなさそうなのだが、如何せん行動指針が定まらない。まだここが異世界なのか死後の世界なのか、普通に外国の森なのかも分かっていないのだ。
ちなみになぜ日本の可能性が排除できるのかと言うと、途中で見たことのない動物に襲われたからである。死が頭によぎって焦ったが、いざ抵抗しようと決めた途端獣の動きがスローに見えて、思うままパンチをかましたら一発で絶命させてしまった。食べもしないのに無駄な殺生をしてしまったのは後悔したけども、この身体がやたら強いというのは良いこと二つ目だろう。
で、その動物というのが変な色した熊みたいな奴だったので、さすがに日本じゃないし、十中八九外国でもないだろうというのが俺の考えだ。
さて、これからどうするかだが、結局は人の痕跡を求めて森を脱出するしか道はない。ないのだが、想像よりずっと森が広くて嫌になった俺は心が疲れてしまい、大木によりかかって黄昏れていた。
星が綺麗だなー、分からんけど多分地球の星空とは違うよなー、自分で星座とか作っちゃおうかなーとか、一周回って暢気なことを考えて夜を過ごす。ぶっちゃけつまらんのでスマホを弄りたかったが、手元にそんなものはなかった。
そんなこんなで、やがて夜が明けようとしたその時だった。
「なにしてるの~?」
声をかけられた。
初めてなのになぜか懐かしさを感じさせるような、窓から差し込む朝日を思わせるような、というか毎日俺を起こしに来てくれる幼馴染み(妄想)のような声。
「キミは……」
そこには、居るだけで周囲を和ませる陽だまりのような雰囲気を纏う少女が朝焼けに照らされていた。
俺の不完全な問いかけに、少女は柔和な笑みを浮かべて答えてくれる。
「わたしは『失恋』の魔神、ヒサナ。よろしくね。あなたはなんの魔神なの?」
「魔神──」
その言葉を復唱した途端、心当たりのない情報が脳裏を駆け巡った。『俺』ではない、この身体に眠る何かの持っている情報が流れ込んできて、彼女の問いに対する答えが自然と口から漏れた。
「……『愛憎』の魔神、スティーア……」
「じゃあスティーアちゃんだね! 『愛憎』かぁ……わたしと相性良さそう、よろしくね!」
屈託のない笑みを浮かべ、こちらに手を差し伸べるヒサナと名乗った少女。俺は思わずその手を取ってしまいそうになって……我に返って伸ばしかけた手を引っ込めた。
「……違う! ボクは、魔神ではなく……人間だ……」
「え……?」
ヒサナの表情が困惑に染まる。当然だ。言った俺ですら、言葉が尻すぼみになってしまった。この身体が人間のそれではないことなど、自分でもう分かっているから。ヒサナだって、この身が魔神とやらであることに何か確信を持っているはずで、俺は完全に自分を人間だと思い込んだ変な奴にしか見えていないだろう。
「でも、あなたは……」
「分かっているさ! だが……目覚めたらこうなっていただけで、ボクは確かに人として……!」
俺は冷静さを失っていた。一度は前向きになれたのに、またも現状を受け入れられなくなっていた。
なぜならば、魔神についての情報が『俺』に流れ込んできて、理解してしまったから。
人間を食い物にする寄生虫。それが自分であると認めたくなくて、よりにもよって他の魔神の前で駄々をこねているのだ。ヒサナからすれば、俺の癇癪は失礼そのものだっただろう。けれど。
「落ち着いて」
ヒサナは俺の手を握って、正面から目を合わせる。そして、心安らぐ笑みを浮かべた。
「一から、順番に話してみて。最後まで、わたしが聞いてあげるから」
「あ……」
『失恋』ちゃんこと、ヒサナ。その優しさに、この時の俺は確かに救われた。魔神の生態とは関係なく、優しくなることもできるんだと思えたし、良い魔神もたくさんいるんだと希望を持てたのだ。まぁ外れ値だったんですけど。