コンビの片方を闇堕ちさせないと生きていけない魔神系TS転生者 作:鐘楼
「おぉ……!」
ヒサナに連れられ、俺たちは魔法が盛んな学術都市に来ていた。
この世界の魔法は魔力と才能とイメージでなんとかなるタイプのものではなく、ちゃんとした理論が必要なタイプのそれであった。まぁ、学術都市=魔法の最先端って時点でね?
ともかく、魔法ってのは心躍る。自分が魔神だということを一旦忘れられるくらいにはテンションが上がっている俺を、ヒサナは楽しそうに案内してくれた。
その一つがここ、魔法に関する本が売ってある書店。もちろん、読むだけで習得なんて代物ではなく完全に見た目も中身もほとんど参考書で文字も読めないけれど、それでも俺は興味津々だった。
俺は前世でも勉強が好きな方ではなかったけども、考えてみてほしい。「この教科頑張ったら空飛べるようになるで」と言われたらさすがにモチベが湧くんじゃないだろうか。俺は湧く。魔神がどうのは置いておいて、俺は魔法の道を探求する気でいっぱいだった。
問題は、俺が一文無しなところか。
「……」
ちらりと、隣のヒサナに目をやる。目が合った。ヒサナはずっと俺の顔を覗き込んでいたらしい。……彼女がどれくらいお金を持っているのかは知らないけども、買ってほしい。あまりに直球に頼……もうとすると、この身体の補正によって感じの悪い言葉が出てきそうだ。かといっておねだりするような顔をしようとしてもそういう風には表情筋が動いてくれない。わがままかよ。
「ふふ、買ってあげよっか?」
「! ……いいのかい?」
ヒサナは俺の考えを見透かしたのか、クスリと笑ってそう提案してくれた。女神か? ……俺たち(魔)神だったわ。
「いいよ~。でも、この本は応用編で最初の一冊には難しいと思うんだけど、大丈夫そう?」
「……頑張ってみるさ」
応用だったのか……文字読めないから分からんかった。でも挿絵が強そうだったし、なんかビビッと来たのでこれがいい。毎日頑張るから! 買ってお母さん! ちゃんとお世話するから!
「あはは、心配しなくても、わたしが教えてあげる。宿を見つけたら、一緒にお勉強しよっか」
「ヒサナ……!」
や、優しい……好き……! ヒサナは俺の手から本を受け取ると、そのまま会計を済ませてくれた。書店を出てからも、この世界やこの街についての知識を織り交ぜながら、ヒサナは完璧なエスコートで俺を楽しませてくれた。危ない、男のままだったら初恋奪われてたぜ……。
「ところで……魔法のことを教えてくれると言ってくれたけど、ヒサナは魔法にも詳しいのかな?」
「え~? 専門家とは言わないけど、結構自信あるよ!」
「魔神は、それくらい知っていて当然……なのかな?」
雑談の折、俺はそんなことをヒサナに尋ねた。
「いやぁ、長生きしていればどこかでかじることもあるだろうけど、ちゃんと学んでる魔神はあんまりいないんじゃないかなぁ。みんな自分の『目的』が最優先だし、魔神なら魔法がなくたって戦いも生活もなんとかなっちゃうしね」
「なるほど……」
つまり、魔法を使いこなす魔神というだけでアドバンテージだと。別に争いとかする予定はないけれども、さらにやる気が出てくるというものだ。現実逃避? 黙れ。
……あれでも、じゃあなんでヒサナは魔法に詳しいんだろうか。その疑問を直接ヒサナにぶつけてみると、彼女はあっさり答えてくれた。
「わたし、魔法を勉強する学校に通ってたことあるからね~」
「ほう、学校……」
たしかに、今日案内してもらった場所の中には魔法を教えている学校もあった。ヒサナは魔神でありながらそこに通っていた……ということになるのだろうか。
「うん。五回くらい通ったことあるから、基礎はばっちり。教えるのにも自信あるよ~」
「なる……うん? 五回?」
それだけ通っているなら確かに教える側も十全にこなせそうだ……と納得しかけるのも束の間、五回通ったという情報が遅れて引っかかり聞き返す。
「そうだよ? なんと言っても、学校は年頃の男女が集まる場所! 同時多発的に色んな恋が巻き起こって、一回通うくらいじゃ足りないよ~」
「あぁ、そういう……」
まぁたしかに、この世界の学校がどれだけ俺の知るそれに近いかは分からないが、若者が集まる場が色恋に発展しやすいというのは想像に難くない。その分だけ失恋の数も多くなるだろう。つまり、そこで得た魔法の知見というのは完全におまけ、ついでというわけか。……いや、俺はありがたいけどね!
「にしても、それはそれで気になるね。この世界の学校生活というのは」
「その口ぶりだと……スティーアちゃん、学校に通ったことあるの?」
「あぁ。ボクの世界……というか国では、義務教育と言って、誰でも必ず学校に通うことになるんだ」
「え、誰でもって……?」
「なにせ、国民の義務だから──」
「スティーアちゃん、それなのに恋愛しなかったの……?」
「…………………………もうボクの話はやめようか」
全く俺の功績ではない現代日本自慢をしようとしたバチが当たったのか、大やけどを食らったでござる。この身体の涙腺はぴくりともしていないが、中身の俺はちゃんと泣きそうだった。
「ボクよりも、ヒサナの話が聞きたいかな。キミの学生時代、というのを」
「えー、そうだなぁ……大体、女の子に混じってたくさん恋バナを聞くようにしてたよ。最初の頃は失敗も多かったけど……」
「失敗?」
「わたしの方が告白されちゃったり……とか。それはそれでその相手が好きだった子が失恋したり、わたしが振れば相手も失恋したりでお腹は膨れるんだけど……わたしは人のを見ていたいから……」
……まぁ、そりゃモテるわな。気立ても顔も良ければ知識も豊富。正体が魔神なので当然だが、同世代と比べてあまりに成熟した中身には色気もある。
ふと、気になった。
「キミは……自分で恋をすることはないのかい?」
「……えー?」
ヒサナは笑った。普段の彼女の、心温まる笑顔ではない。
「スティーアちゃん……人間と魔神
その瞳は微塵も笑っておらず、俺は初めて彼女を怖いと思った。
「だから、万が一わたしが好かれちゃったら、ちゃんと失恋させるようにしてるんだ~」
そう言った次の瞬間にはいつもの朗らかなヒサナに戻っていて……俺はこれ以上、追及することはできないのだった。