コンビの片方を闇堕ちさせないと生きていけない魔神系TS転生者 作:鐘楼
学術都市リユニには、有名人が多い。なんとか魔法の権威だとか、なんとか理論の提唱者だとか、そういう人物には枚挙に暇がない。
そういう偉いタイプの有名人とは少し異なるんだけど、リユニにはちょっとした有名人もいる。それが、『リユニの妖精』。曰く、困っているところに現れて親切を施し去って行く背丈の低い美少女なんだと。
「それが……知り合いの魔神、ということかい?」
これから紹介してくれるという魔神についてのヒサナの説明を聞いて、俺はそう確認する。話を聞く限り、ただの良い子としか言っていないように聞こえる。
「うん。あの子、会おうとすると逃げちゃうところがあるけど、わたしなら平気だから。それじゃあ、行こっか」
そうして、俺はヒサナに連れられ街へ出るのだった。
☆
都市の大通りで、母娘が歩いていた。だがしかし、急に駆けだした小さな娘は母親の手を離れ、そのまま転んで膝を擦りむいてしまった。
「いたっ……う、うぇぇぇぇん!」
「だ、大丈夫!?」
泣き出す娘に、母親は狼狽える。こういう場合、水属性の魔法で清潔な水を生み出し傷を洗うのが都市での常識だ。しかし当然、その行為は傷に沁み、痛みを伴う。怪我をした娘にとってそれは追い打ちのようなもので、娘はさらに機嫌を損ねてしまうだろう。
その可能性に逡巡した母親だったが、すぐに冷静な判断を下して魔法を使おうとしたところで……彼女は現れた。
「──大丈夫? すぐに治してあげる、ね」
『リユニの妖精』。まるで今その瞬間に現れたかのような異質な雰囲気を纏ったその少女こそが、噂のあの人物なのだと、母親は理解した。
『リユニの妖精』は、泣きじゃくる娘の傷に手をかざすと、迷いなく魔法を発動する。
「ち、治癒魔法!?」
人間の身体を修復するというのは、想像以上に複雑なプロセスが必要だ。母親のような一般人が簡単に使える魔法ではない。それを、その少女は簡単にやってのけた。
「うぇぇぇ……ぇ? いたく、ない?」
「もう、大丈夫」
「あ……ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか……」
素性の気になる相手ではあったものの、人としての常識を優先した母親はまず真っ先に少女に礼を述べる。しかし少女は、そんな母親を手で制した。
「感謝は、不要」
「で、ですが……」
「その代わり」
少女の瞳が、まっすぐに母親を見つめる。
「今度、困っている人がいたら、その人を助けてあげてほしい。私への、恩返しだと思って」
「っ……は、はい! ありがとうございます!」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
母親は、少女の心意気に感動し、もっと他人に優しくなろうという小さな決意を心に決めた。娘は、自分を助けてくれた少女の姿に少しの憧れを抱いた。
そうして、『リユニの妖精』の評判がまた良くなっていくのだった。
☆
……という一部始終を見て、俺は感動した。
ヒサナが「見てて」と言ったのだから、彼女が目的の魔神なのだろう。
え、めっちゃ良い子じゃん……いるじゃん、素敵な魔神。
俺は、杞憂していたのだ。人を食い物にしなきゃ生きていけない魔神だろうと、生き方でいくらでも挽回できるんだ……! ……いや、やっぱ俺の『目的』じゃ厳しくね?
……けど、魔神がみんな悪い奴じゃないってのも知れたから……ヒサナだけじゃなくて良かったのは本当だから……。
「めぐるちゃーん!」
「あっ……」
少女の善行を見届けた後、ヒサナは気軽そうに少女に駆け寄った。仲も悪くなさそうだな、なんて考えながらヒサナの後に続く。
「……ヒサナ、六年ぶり」
「うん、久しぶりだね!」
「そっちは?」
少女の目線が、俺の方へ向く。
「この子は『愛憎』の魔神、スティーアちゃん! 今日は、スティーアちゃんにめぐるちゃんを紹介したくて来たんだ」
「……スティーアだ。よろしくね」
ヒサナに促されるまま、俺は名前を名乗る。めぐる、と言うらしいその魔神の反応は……よく分からない。間近で見た彼女の印象は……すごく……クールロリだった。うん、なんて頭の悪そうな感想なんだ。
「こっちは、『循環』の魔神のめぐるちゃんだよ」
「ん、よろしく」
「循環……」
めぐるは、『循環』の魔神らしい。正直言って、あまりピンとこないが……。
「そう、循環。さっきみたいに、めぐるちゃんが人助けをしていたのは……」
「親切、好き。巡るから」
「……!」
無表情のままそう言っためぐるの言葉に、俺はようやく合点がいった。循環。繰り返し巡り戻ってくること。彼女の『目的』や嗜好もそれに準ずるものならば、巡り巡っていく親切というのがそれらを満たすものであってもおかしくはない。
……え、羨ましい。どうして俺はこうなんだ……?
☆
俺たちはあの後、ヒサナの提案で喫茶店に入って話すことになった。店に入ってみて、そういえば俺は今まで何も口にしていないことを思い出した。魔神は腹も空かなければ、喉も渇かないのだから、今まで忘れていた。
それはヒサナもめぐるも同じだからなのか、二人はまるで最低限の義務のように何の変哲もないお茶を注文していた。俺はというと……この世界の食に少し、興味があった。
「すまないが、二人とも。別のものを注文してみても良いかな?」
「……!?」
「いいよ~。ちゃんとわたしたち魔神にも味覚自体はあるから、食べられると思う」
俺の言葉を聞いたヒサナは笑って答え、めぐるはなぜだか目を見開いた。……初めて、表情が崩れるとこ見たな。
「そうか、ありがとう」
ともかく、注文だ。メニューの文字はまだちょっとしか分からないが、幸い見本のイラストが描かれていた。お、このケーキとか……あ、でも書いている数字が大きい。値段がちょっとな……。という俺の懸念を見透かしたかのように、ヒサナが口を開く。
「スティーアちゃん、値段は気にしなくて大丈夫だよ~。ここはめぐるちゃんが奢ってくれるから、ね?」
「え……そうなのかい?」
「めぐるちゃん、稼ぎが良くて気前も良いから」
先ほどまで何やら困惑していたらしいめぐるだったが、話題が自分に向いたことで慌てて……いるようには見えなかったものの、とにかく元の無表情を取り戻した。そして、ヒサナの言葉に迷わず頷く。
「……お金、好き。回ってるから」
「なるほど……?」
アレか。金は天下の回りもの的なことか。消費も循環のプロセスだから、羽振りが良い……と。
なんにせよ、無一文の俺は甘えるしかない。俺は直感でケーキを注文して。
……後悔した。
「それでね、めぐるちゃんになら話しても良いかなって思ったんだけど……スティーアちゃん、別の世界で人間として生きた記憶があるんだって。それに、魔神としての知識も自覚もあいまいで……めぐるちゃん、何か知らない?」
「……聞いたことがない。力には、なれない」
「そっかぁ」
そんな会話を聞きながら、俺はもそもそとケーキをお茶で流し込む。はっきり言って、味は微妙だった。この店がダメ、という話ではないと思う。俺の舌が現代日本基準に慣れきっている上に、空腹というスパイスも乗らないのであれば……仕方なし、ということか。
「……納得。魔神らしくないとは、思った」
めぐるの視線が、俺に向く。俺が料理を注文すると聞いて驚いてたっぽいのは、魔神らしくないから、ってことなのだろう。
ともかく、彼女は俺の助けにはなれないらしいが……それなら、俺はめぐるの話をもっと聞いてみたいと思った。
「ところで。これはマナー違反になるのかもしれないが……めぐる。キミの『目的』は人に親切をする、ということで良いのかな?」
「違う」
……あれ、違うの?
「……あのね、スティーアちゃん。めぐるちゃんはわたしたちと違って、自分が何かしなくても、世界に循環するものがあればそれで『目的』が達成されるタイプだから……」
「……は?」
「親切は、趣味。『目的』のために何かしようと思ったことはない」
いや……は?
なんだそれ……ズルじゃん……格差じゃん。今すぐ交換してほしい。ていうかなんで俺だけこんなカスみたいな『目的』なんだ……理不尽だ、世界が憎い……!
「落ち着いてスティーアちゃん! これはそういうものだから! 納得するしかないんだよ!」
「……何か、失言をしてしまった?」
「ほら、わたしたちは自分の『目的』に疑問を持ったりしないけど、スティーアちゃんは違うから……」
……ヒサナの頑張りによって、俺が落ち着きを取り戻すまで十数分かかるのだった。
ふぅ……そうだ、ヒサナの言うとおりだ。無い物ねだりというか、自分の体質を恨んでも前に進めない。
「……めぐる。親切するのが趣味なら……他にも好きなものなどあるのかな?」
「歴史とか。繰り返してる」
おお……うん。急になんか深いっぽいこと言うじゃん……。
「うむ……他には?」
「血。巡ってる。うらやましい」
「ああ……たしかに」
そりゃ、血は身体を巡っていますが……ていうか羨ましいって、魔神には流れてないのか? 俺がそんなことを考えていると、今度はめぐるの方が口を動かす。
「……あと、復讐、とか」
「っ……復讐……?」
「ん。悪意、恨み……親切よりずっと、返ってくる。繰り返す。みんないなくなるまで、終わらない……好き」
「……」
身体の芯が、急速に冷えていく……俺は、そんな錯覚に陥った。
「だから、私が戦うときは……一人が相手なら、消えない傷を残して生かす。複数なら、半分殺す。そしたら、返ってくるから」
「っ……!」
先ほどまでとまったく変わらない調子で、そう口にするめぐる。そんな彼女を見て、俺は理解した。
これが、魔神だ。ただただ、自分の命題に従う存在。めぐるや……そうは思いたくないがヒサナも、偶然その命題が人間にとって無害だった。それだけのことなのだと。
……俺の反応に首を傾げるめぐると、悲しそうに俺から目を逸らすヒサナの姿が、印象的だった。