コンビの片方を闇堕ちさせないと生きていけない魔神系TS転生者 作:鐘楼
資料を、探さなければ。
砕かれた意思の代わりに目的を当てはめ、無理にでも身体を動かす。ここで悲しんでいる場合ではない。本当は、二人を……いや、ここにいる全員を弔ってあげたい。だけど、事実として今の私は魔族。ここは敵地だと思わなくてはならない。
泣き叫ぶ心を殺して、無心で資料を探す。自分でも、この行動がスティーアとの取引の為なのか、自分が真実を知るためのものなのか分からない。
ただ無心になって捜索を続け、やがて私はいつの間にかある資料を手に取っていた。
『換光炉心の基礎概論と運用実績について』
換光炉心。聖騎士が戦う力の源、『炉』。私もトリアも、叙任式……ちょうど今日のような日にそれを埋め込まれ、聖騎士になった。式典の後、教会の本部で眠らされて、目が覚めたら超人になっていた。先ほど地上で見た叙任式で祝福されていた子も、これから私たちと同じように──
──吐き気を催すほどの、猛烈に嫌な予感。
この地下で行われている惨状が、『炉』に関係していたら。今日叙任式が行われていることと、今現在地下にこの光景が広がっていることが無関係でないのなら。目を背ける選択肢は、ない。これを見ずにただ持ち帰ってスティーアに渡すだけで終わってはダメだということだけは確かだった。
手が、震える。
資料の表紙を見つめたまま、私は動けなくなっていた。この先のページを捲れば、取り返しのつかない何かを知ってしまう気がする。知らなければ……知らないままこれをスティーアに渡せば、私は人間に戻れて、トリアの元に帰れるのに。
「エリーゼ……」
不意に、名前が口をついて出た。
あの優しい笑顔。みんなに気を配ることができて、私にもトリアにも本当の妹のように懐いてくれた。トリアが私にべったりなのを少し羨ましそうにしながらも、「お姉ちゃんたちが幸せならそれでいい」と笑ってくれた。
私の服の綻びを見つけると、黙って直してくれたこと。「いつか素敵なお嫁さんになるの」と頬を赤らめながら話してくれたこと。私が聖騎士になると決まった時、「お姉ちゃんなら絶対に立派な聖騎士になれます」と、涙ぐみながら抱きついてきてくれたこと。
「ユリウス……」
無鉄砲で、でも誰よりも勇気があった男の子。事あるごとに「今度は俺がみんなを守る」と宣言し、よく転んで帰ってきては「これくらい平気だ」と強がって、でも手当てをしてあげると嬉しそうに笑った。
私とトリアが聖騎士に選ばれた時、悔しさで拳を握りしめながらも、「……必ず追いつく。俺だって聖騎士になる!」と宣言してくれた。あの真っ直ぐな瞳。あの、まっすぐな……。
「っ……」
涙が溢れて、視界が滲む。もう、会えない。二度と、その笑顔を見ることができない。気付かぬうちに、温もりも、声も、すべてがこの世界から失われてしまった。
二人だけじゃない。あの冷たい台の上には、何人もの子供たちが並んでいた。みんな、エリーゼやユリウスと同じように。教会は、王国領で他にいくつも孤児院を運用している。彼らも、そこで育った子たちなのだろうか。
いずれにせよ、誰かの家族だった。誰かにとって大切な存在だった。それが、こんな場所で、こんな風に。
「なんで……なんでこんなことに……」
理由を知らなければ。せめて、せめて理由だけでも。震える手で、ページを捲る。一行、また一行と、文字を追っていく。
『魔族の弱点とされる希少属性、光。換光炉心とは人工的に光での攻撃を可能とする、対魔族の切り札となり得る強力な人造臓器である』
ここまでは、既知のことだ。聖騎士は光の力を用いて戦い、だからこそ対魔族のエキスパートとして活躍できている。……臓器、という言葉選びには、得体の知れない冷たさを感じるけれど。
次のページ。その次のページ。言葉が、目に飛び込んでくる。
『炉心の構造上、定期的なエネルギー補給が必要となる』
『最も効率的な燃料は、人間の心臓組織である』
『叙任の際、適合者には炉心と共に初期燃料として──』
「あ……」
資料が、手から滑り落ちる。
違う。そんなはずがない。私たちは、祈りの力で戦っているはずだった。数多の信者の祈りを受けることで力を貯蓄し、聖騎士は戦うのだと。そう説明されていたはずだ。だから定期的に教会本部を訪れて、祈りを受け取るために眠りにつくのだと。
「……嘘」
落ちた資料を拾い上げる。もう一度読む。何度も、何度も。
『定期的な燃料補給は、聖騎士を本部に招集して行う。本部にて休眠処置を施した際に──』
『炉心の不適合者は心臓を燃料として再利用することで、無駄を最小限に──』
『一つの炉心につき、平均して年間三個から五個の心臓が──』
「やめて……」
読むのを止めたい。でも、止めるわけにはいかない。
私やトリアが「祈りを受け取りに行く」と言って教会本部を訪れるたびに。あの時、私たちの身体の中で、誰かの心臓が……誰かの命が……。
「守る、はずだったのに……」
聖騎士というものは、みんなを守るものだと思っていた。孤児院の家族を、罪のない人々を、魔族の脅威から。
なのに。
「殺してた……私たちが……ずっと、殺してた……」
何も知らずに。誇らしげに。正義を語って。
エリーゼは。ユリウスは。この子たちはみんな、私たちのために。私たちが戦うために。
ちがう。こんな、こんなものが、正義であるはずがない。
「人殺し、だ……私は……」
膝が崩れる。資料を抱きしめたまま、床に倒れ込む。
頭の中で、記憶が蘇る。孤児院での日々。叙任式。初めての任務。トリアとの旅。戦い。勝利。称賛。すべて、すべてが。
「全部……嘘、だったんだ」
私は何のために戦ってきたのか。私が守ってきたものは、本当に守る価値があったのか。私が信じてきたものは、何だったのか。答えは、出ない。出るはずがない。
……一つだけ確かなことがあるとすれば。
私は、もう聖騎士には戻れない。人間に戻ったとしても、あの誇りを取り戻すことは……いや、こんな事実を知りながら正義のような顔をするなんて、できそうもない。
……そもそも、人間に戻る意味があるのだろうか。こんな真実を知ってしまって。こんな、こんな──
「っ!?」
辺りに甲高い音が響き渡る。警報だ。気づけば、資料に手を伸ばした時にトラップを発動させていたようだ。完全に、油断していた。
逃げなければ。今すぐに、ここから。
そう思うのに、身体が動かない。なんで……いや、動かないんじゃない。動こうとする意志が、とうに枯れ果ててしまっているんだ。だって……もう、どうでもいいと思ってしまっている自分がいる。捕まっても、それで殺されても、それは当然の報いなのではないかと。
「……でも、せめて」
エリーゼとユリウスを。この子たちを。ちゃんと、弔ってあげなきゃ。それだけは。それだけでも。
そうして立ち上がろうとして……足音が聞こえた。そして勢いよく扉が開かれる音がして、私はゆっくりと顔を上げた。
「……誰だ!?」
「えっ……?」
ただぼんやりと声の主の方を見て、その顔に衝撃が走る。見覚えのある顔。とても、よく知っている顔。
「魔族!? こんな深部まで侵入を……いや、待て」
「……なんで」
初老の男……その人は、私をじっと見つめた。そして、信じられないものを見るような表情になる。
「まさか……カトル、ですか?」
「……神父、様」
そう。この人は、私が育った孤児院の神父様だった。