コンビの片方を闇堕ちさせないと生きていけない魔神系TS転生者   作:鐘楼

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温かい、あの

 ──姉様の手は、いつも温かかった。

 

 孤児院で目が覚めた、一番古い記憶。見知らぬ天井に怯えて泣いていたあたしの手を、姉様が握ってくれた。

 

『大丈夫よ。ここにあなたをいじめる人はいないわ』

 

 その声と、その温もり。それだけで、怖くなくなった。それからずっと、姉様は私の隣にいてくれた。ご飯を食べるときも、眠るときも、遊ぶときも。姉様がいれば、あたしは何も怖くなかった。

 

 

「っ……!」

 

 目が覚めると、あたしは見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。身体中が痛い。動かそうとすると、あちこちから鈍い痛みが走る。あの魔族との戦いで負った傷が、まだ癒えきっていないようだった。

 

「気がついたか」

 

 声がして、あたしは反射的に身構えた。だが、声の主は見知った顔であることに気づいて、思わず脱力する。

 

「先輩……」

「ああ……間に合わなくて済まなかった」

 

 ベッドの側に座っていたのは、聖騎士の先輩だった。厳つい顔立ちをしているが、面倒見が良くて後輩思いの人だ。今も、あたしの手当てをしてくれていたらしい。包帯や薬の匂いが、部屋に漂っている。

 

「俺がもっと速けりゃ、カトルは……」

 

 ……その言葉に、その名前に、あたしはすべてを思い出した。

 

「っ! 姉様……ッ!」

 

 飛び起きようとして、身体が悲鳴を上げる。でも構わない。姉様は、姉様はどこに。

 

「おいおい、無茶するな! まだ動ける状態じゃ……」

「離してください! 姉様を探さなきゃ……!」

 

 先輩の制止を振り切ろうともがいても、傷ついた身体では思うように力が入らない。あたしは為す術なく先輩によってベッドに戻されてしまった。

 

「なんだなんだ! 落ち着け!」

「姉様は生きてる! 連れ去られたの!」

「連れ去られた……? 何を言って……」

「本当です! あたし、見たんです! あの……あの白い少女が!」

 

 必死に訴えるあたしを、先輩は困惑した顔で見つめている。

 

「白い少女……?」

「奴は……魔神スティーアって名乗ってました! 桁違いの実力を持った、得体の知れない……」

 

 思い出すだけで、身体が震える。あの圧倒的な力。あたしの攻撃を子供のようにあしらい、姉様を……姉様を奪っていった。

 

「あのな……あいつは、カトルは『炉』を限界超えて使っただろ。反応が出てたから分かる。なら……もう」

 

 先輩の声が、途中で途切れる。言葉にはしなかったが、その先は分かる。助からない、と。そう言いたいのだろう。思わず、やり場のない怒りをぶつけたくなってくる。

 

「そうだけど……でも! あいつが、魔神スティーアが姉様にキ、キ、キッ……キスをして! それで、姉様が苦しみだして……!」

「はぁ? まじん? キス?」

 

 先輩の顔が、さらに困惑に染まる。無理もないのかもしれない。あたしだって、立場が逆なら嘘だと思ったっておかしくない。でも、事実だ。

 

「別に先輩に信じてもらわなくても良いです。あたしはすぐに姉様を探さなきゃいけないので!」

 

 説得を諦めて、あたしはベッドから降りようとする。だが、先輩の手があたしの肩を押さえた。

 

「いや待て待て!」

「なんですか! 姉様が、姉様が……!」

「はぁ……」

 

 深く溜息をつく先輩を睨みつける。急いでいるのに。早く、一刻も早く姉様を……!

 

「分かった分かった。おまえの言うことが本当だとしても、だ」

 

 先輩の真剣な目が、あたしを捉える。

 

「もう『炉』の中が空っぽだろ? 一度本部に戻って『祈り』を補給してもらえ。じゃなきゃ犬死にだ」

「…………」

 

 ……受け入れたくないけど、正論だった。あの戦いで、あたしは『炉』の力をほとんど使い果たしていた。今のあたしは、まともに戦う余力が残っていない。あいつを探すどころか、途中で魔族にでも遭遇したら対応できない。

 

 今のあたしは……一人なんだから。

 

「っ……」

 

 姉様がいない。いつぶりなのか分からない、その感覚。孤児院を出てから、あたしはずっと姉様と一緒だった。任務も、食事も、眠る時も。すべて姉様と共に。

 

 それが、今はいない。

 

 あたしの心は、凍えそうだった。

 

 

 教会本部に戻り、あたしは『祈り』を補給するための眠りについた。目が覚めた時、あたしの『炉』は再び満たされていたけれど、それだけだ。以前のような万能感がまるでない。姉様がいないだけで、あたしはこんなに弱くなってしまう。

 

 嫌な考えから逃げるように、あたしは本部のある一室へと向かった。上司のいる部屋に行って、改めて報告をしなければならない。そして、姉様の捜索許可をもらうために。

 

「だから! 姉様は死んでません!」

 

 だけど、あたしの訴えは届かなかった。

 

「そうは言ってもね……トリア」

 

 聖騎士のトップ……ハイネス団長は、困惑した顔であたしを見ていた。歴戦の聖騎士であるこの人は、公正で柔軟な方だと思う。だが、そんな彼ですらあたしの報告を本気で信じてはくれなかった。

 

「報告は既に聞いているよ。カトルは殉職した。それが教会の公式見解だ」

「違います! 姉様は連れ去られたんです! だから、捜索を……」

「トリア……」

 

 団長は渋る表情を浮かべた。どう宥めようか、そんなことを考えている顔だ。気に食わない。

 

「その、もう一度報告を聞こうか」

「だから、魔族を撃退した後に魔神スティーアを名乗る得体の知れない女の子が現れて、それで……!」

 

 あたしは必死に説明する。あの時のことを、できる限り正確に。だが、団長の表情は曇るばかりだった。

 

「……すまないが、やはり要領を得ないな。カトルは既に限界を超えていたのだろう? それで一命を取り留めた例はないし、その……まじん? というのも聞いたことがない」

 

 団長は言葉を選ぶように、ゆっくりと話す。

 

「考えたくはないが、新手の魔族にサンプルとして遺体を持って行かれたと考えた方が……」

「違います!」

 

 私は叫んだ。

 

「あんなに強い魔族なんて聞いたことがありません! それに、それならあたしにとどめを刺さない理由がない!」

「むぅ……たしかに」

 

 団長の表情が、少しだけ揺らいだ。もしかしたら、信じてもらえるかもしれない。そう思った、その時だった。

 

「魔神、ですか」

 

 怜悧な声が、部屋に響いた。

 

「っ! 教皇様!」

「!?」

 

 団長も私も、同時に声を上げた。扉の前に、いつの間にか立っていた人影。顔をベールで覆い隠した、長身の女性。

 

 この教会を統べる、教皇。

 

 あたしも、まともに言葉を交わしたことがない。遠くから姿を見たことがあるだけだ。そんな雲の上の存在が、なぜここに。でも、そんな遠慮をしている場合ではなかった。

 

「きょっ、教皇様は……魔神を知っているのですか!?」

 

 あたしは藁にもすがる思いで尋ねる。

 

「えぇ……ですが」

 

 教皇様は、静かに頷いた。知っている。そう言ってくれた。ならば、あたしの話も信じてくれる。きっと、姉様のことも……。

 

 だが、次の言葉で、私の希望は打ち砕かれた。

 

「ハイネス。聖騎士カトルは殉職したと正式に記録しなさい」

「なっ……!?」

 

 教皇様の言葉が、信じられなかった。魔神を知っているのに。姉様が連れ去られたことを理解しているはずなのに。

 

「……良いのですか? 教皇様」

 

 団長も、戸惑いの声を上げる。

 

「魔神というのは尽くが気まぐれにして埒外。敵でないことはあり得るが味方にはなり得ない、その上排除は事実上不可能。傍迷惑な天災のような存在です」

 

 教皇様の声は、冷たく無感情だった。

 

「カトルの安否に魔神が関わっているというのなら、不運なことだったと忘れるのが最良。貴方がたはただ魔族との戦いに集中すること、良いですね?」

「よくありません!」

 

 教皇様の決定を受け入れられるはずもなく、あたしは叫んでいた。

 

「姉様が生きているのかもしれないのに……! それを見捨てろと……!」

「ちょ、待った! 待つんだトリア! 相手は教皇様だぞ!」

 

 団長が慌ててあたしを止める。不敬として処断されてもおかしくはない。でも、そんなことはどうでもよかった。それでも構わないと思えるくらい、あたしの頭には血が上っていた。

 教皇様は、そんなあたしを一瞥する。罰するでもなく。注意するでもなく。ただ、無感情に。

 

 そして、何も言わずに部屋を出て行った。

 

 




先輩→知らない
団長→知ってる

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