そこで、AIに力を借りてついに挑戦してみました
楽しんでもらえたら嬉しいです。感想なんかももらえたらうれしいです。
……暗い。
けれど、冷たくはない。
ぬるいものが全身を包み、ゆっくり揺れている。
浮いているのか、沈んでいるのか、その区別すらあいまいだ。
最初にあるのは、意識だった。
目は見えない。耳も、たぶん開いていない。
けれど、**俺が“ここにいる”**ことだけははっきりしていた。
考えようとすると、考えそのものが丸く転がって、
膜の向こうへ逃げていく。
掴もうと伸ばした何かは、手だったのかどうかも怪しい。
輪郭が溶けて、再び戻ってくる。
大きな、規則正しい“波”がある。
ドクン、と脈のような揺れが伝わり、
間を置いて、またドクンと戻ってくる。
それが近い時も、遠い時もある。
ただ、その波に合わせて、俺の中の小さな拍動も密かに応えている。
ここは狭い。
しかし、狭さは不安ではない。
ゆっくり押され、ゆっくり戻され、
丸い器の内側を指先――らしきもの――で確かめる。
滑る。すべてが滑る。
俺は、前に一度、生きていた……気がする。
誰だったのか、何をしていたのかは白い霧の向こうだ。
ただ、確かに“人間だった”という感触だけが残っている。
人の歩き方、人の重さ、人の呼吸。
断片が、泡のように浮かんでは弾ける。
そのどれにも、今の俺はうまく重ならない。
手足を動かすたび、すこし形が違う。
骨の置き場所が、前と違う。
皮膚という言葉に近いものが、今は見当たらない。
体の中を流れるのは、ぬるい液ではなく、
もっと――力に近いものの、ゆっくりした往復だ。
おかしい、とは思う。
だが“おかしい”と断ずるための基準も、ここにはない。
ここでは、すべてが当然だ。
暗いことも、揺れることも、やわらかく押し返されることも。
ときどき、考えはほどける。
ほどけた糸は丸まり、眠りに似た底へ落ちていく。
そこからまた浮かび上がると、
俺は再び「俺」であり、同時に「まだ、俺ではない」。
前の人生の名前は思い出せない。
ただ、**今の俺が“普通の人間ではない”**ことだけは、
この小さな世界の触感が教えてくれる。
指を曲げる。
曲がり方が、記憶と違う。
顔――らしき面に触れる。
目の位置が、少し違う気がする。
目を閉じているのに、暗さの濃淡がわかる。
光ではない、密度の違いだ。
揺れの合間、遠いところで“ざわめき”に似た震えが走る。
意味はない。ただの変化だ。
ここから外を見る術は、俺にはない。
だから、俺は“外”を知らない。
知らないまま、ここの波に身をゆだねる。
時間という線もない。
あるのは、満ちては引く“押し”と“戻り”。
その周期が、少しずつ短くなっていく気がする。
丸い器が、わずかに狭まる。
周りのやわらかさが、ほんの少し強くなり、
俺の小さな拍動が、それに合わせて急く。
眠る。
目覚める。
また眠る。
目覚めた時、俺は一つだけ確かめる。
――ここにいる。
――まだ、ここにいる。
考えがまたほどけかける。
ほどける直前、泡のなかで一つだけ固まった。
俺は新しく始まろうとしている。
始まりの形が、どんな姿かはまだ知らない。
知らないまま、揺れの数だけ、俺は俺を確かめる。
ドクン。
ドクン。
波は近い。
世界は狭い。
それでも、温度はたしかにここにある。
――俺は、ここにいる
押しが強くなる。
戻りが短くなる。
丸い器が、ゆっくりと俺を追い出そうとしていた。
ぬるいものが渦を巻き、世界の密度が変わる。
狭さが痛みに変わる前に、俺はただ流れに身を任せた。
暗さの濃淡が一度きりの形に収束し――
光。
眩しさという言葉より先に、冷たさが肌を奪った。
空気が鋭い。
肺に似た袋が初めて膨らみ、世界の匂いが薄く差し込む。
声は出ない。泣き方も知らない。
ただ、震えを覚えた体の輪郭が、初めて“外側”に触れた。
「……生まれた? 生まれたのね?」
かすれた声に、安堵が混ざる。
まだ目を開けない人の温度が、そこに確かにあった。
その温度は、俺の小さな拍動よりも大きく、やさしい波で包み込もうとしていた。
だが、次の瞬間。
温度の輪郭が、ふっと遠のく。
「――どうして、泣き声が聞こえないの……?」
息を呑む気配。布の擦れる音。
母の問いは空気に溶け、返事は来ない。
その代わりに、別の手が俺の体を持ち上げる。
手袋の冷たさ。指の強さ。
俺は、抱えられる。
足音。
床に響く固い音が近づいて、止まる。
視界の端で、影が揺れた。
「……俺の子、だよな?」
震えた低い声。
次の言葉は、喉に刺さってほどけない。
俺の眼だけが、かすかな反射で世界を捉える。
光が白い。天井が白い。
その間に、濁った何かが揺れている。
――目、だ。
俺を見ている目。
近い。
そして、目と目が合う、固まった。
「……っ」
息を飲む音は、刃物よりも冷たかった。
影が一歩、退く。
布が開かれ、金属の触れる音。
俺の体表を拭う手が忙しく動く。
柔らかさはない。
確かめる手つきだった。
「なぜ」と「どうして」が、言葉にならないまま空気に溜まっていく。
俺は、自分の姿を知らない。
ただ、触れられる感覚で輪郭を推し量る。
角度の違う骨、薄い膜、滑る表面。
“前”と違う。
“人間”の形と、どこかでズレている。
俺の内側を巡るものは、まだ熱さを知らない。
白く、静かだ。
それは血ではなく、光のゆっくりした往復のようで、
心臓の代わりに、中心が淡く明滅しているのを――俺は感じる。
「見せて……赤ちゃんを……」
掠れ声が近づく。
布の向こうで、複数の気配が交錯する。
だが、俺の体は誰かの腕の内で止められ、そして布がすこしだけずれた。
瞬間、空気が凍る。
目と目が合った、と俺は思った。
けれど、次の鼓動の前に、その温度は崩れ落ちる。
「――――」
音にならない声。
柔らかいものが床に落ちる気配。
温度が遠のく。
世界から一つ、灯りが消える。
「……先生、頼む。妻に…あいつにはあの子をもう見せないでくれ」
乾いた声が、どこかに縫い止められる。
近くで、布が強く握られ、しわが増える音がした。
「この子は……俺たちとは違う。
……育てられない」
言葉は真っ直ぐで、壊れやすかった。
俺には意味の輪郭がわかる。
それが、決壊の前に置かれる“堤”のように見えた。
見つめられる。
見つめ返すことしか、俺にはできない。
泣き方も、笑い方も、求め方も知らない。
ただ、目の前の人々の揺れだけがわかる。
怯えの揺れ。
戸惑いの揺れ。
痛みの揺れ。
哀れみの揺れ。
それらがまっすぐ俺に向かって、触れる前に折れていく。
触れないための透明な壁が、間に立っている。
誰が立てたのかはわからない。
たぶん、今の俺と世界が自然に作ってしまった境界だ。
――そうか。
この目は、拒絶の目だ。
俺は、理解する。
言葉より先に、理解が落ちる。
深く、音もなく。
やっぱり、俺は“人ではなかった”。
それでも、ここにいる。
それでも、ここから始まる。
冷たい手袋が俺を包む。
柔らかい布が間に差し込まれる。
世界は俺を別の場所へ運ぼうとしている。
俺は、目を閉じない。
閉じ方を知らない。
ただ、見つめる。
終わらずに、始まったばかりの世界を。
そして、静かに受け入れる。
――俺は、捨てられた。
それでも、終わりではない。
ただ一つだけ確かなことが、胸の中心で淡く明滅している。
生きる。
形がどうであれ、名がなくても。
祝福がなく、抱擁がなくても。
俺は、ここから生きていく。
白い天井の光が、少し滲んだ。
それが涙というものかどうかも、俺にはわからない。