森の木々がゆっくりと揺れていた。
あれから──半年。
トガちゃんと特訓を始めてから、もうそんなに経ったのか。
時間の流れは、本当に早い。
この半年で、僕の“個性”は確実に進化した。
量産機の姿でいるとき、以前のように体力が急激に減ることはもうない。
代わりに、動きや反応速度が少し落ちた──まるで基礎スペックを抑えて、安定性を優先したような感覚。
でもそれでいい。
この形態は、戦うためじゃなく、“生きるため”の姿だから。
僕は長い間、“包帯の少年”として過ごしてきた。
けれど今では、それも必要なくなった。
皮膚を隠さなくても、人を怖がらせない。
顔を上げて笑えるようになった。
「ふくいん君、今日も調子良さそうですね!」
振り向くと、トガちゃんが木の影から走ってくる。
その笑顔を見ると、自然と頬が緩む。
「うん。たぶん、もう完全に慣れたよ」
「じゃあ……包帯、もういらないんですね?」
トガちゃんの瞳が、きらきらと輝く。
僕はうなずいた。
「そう。君のおかげで、ここまでこれたよ」
「……え?」
トガちゃんが瞬きをする。
僕は少し照れながら、続けた。
「たぶん、一人だったら、もっと時間がかかってたと思う。
もしかしたら途中で、諦めてたかもしれない。
でも、君がいたから──続けられたんだ」
トガちゃんの頬がふわりと赤く染まる。
うつむきながら、でも嬉しそうに笑った。
「よかった……ふくいん君がそう言ってくれて、すごく嬉しいです」
「ありがとう。これで、みんなの前でもこの姿でいられるよ」
「やったーっ!」
トガちゃんが両手を上げて飛び跳ねる。
「ほんとに嬉しいです! ずっと我慢してたんですよ!
みんなに“ふくいん君のカァイイ姿”を自慢したかったんですから!」
その言葉に、思わず苦笑する。
「……いや、カァイイって、それはどうだろう」
「カァイイんです!」
「はいはい……わかったよ」
僕は笑いながら、少し空を見上げた。
風が気持ちいい。
(今日、先生に報告しよう。
“量産機の姿”が僕の“普段の姿”として扱えるようになったって)
長かった“包帯の少年”としての日々は、ようやく終わる。
──そして、ここから新しい日常が始まるのだ。
◇◇◇◇
次の休みの日。
僕は、赤木クリニックの前に立っていた。
ガラス張りの建物の向こうで、看板の白い文字がやわらかく光っている。
半年ぶり──あの夜、装甲を解除した時以来だ。
孤児院の先生に報告した時、こう言われた。
『その姿が“普段の状態”なら、きちんと診察して登録した方が安全よ』
たしかにその通りだと思った。
そしてせっかくなら、あの人──赤木先生に見てもらおう。
先生に予約を取ってもらい、今日こうしてここに来た。
受付で名前を告げ、少しのあいだ待合室で座っていると、
スピーカーから電子音が鳴った。
「新世福音さん、診察室へどうぞ」
深呼吸を一つして立ち上がる。
扉をノックし、ゆっくりと開いた。
「失礼します」
白い蛍光灯の光が、機械のパネルを淡く照らす。
診察台の前に座っていたのは──あの時と同じ姿の赤木先生。
「お久しぶりです、赤木先生」
僕は軽く頭を下げた。
先生は端末から顔を上げ、薄く笑う。
「あら、半年ぶりね。元気そうで何よりだわ」
「はい。本日も、その姿なんですね」
「ええ。今日は子どもの予約が多いから、こっちの姿の方が落ち着くのよ」
彼女──いや、彼は、どこか楽しそうに微笑んだ。
「それで、今日はどんな用件かしら? その新しい“外見”が理由?」
「はい。実は……また、進化したんです」
そう言って、僕は一歩前に出た。
白衣の光を受けるように、量産機の姿へと変わっていく。
赤木先生は一瞬だけ目を細め、興味深そうに僕を見つめた。
まるで研究者が、未知の現象を観察する時のような目で。
指先が軽やかにタブレットを滑る。
その視線は穏やかだが、どこまでも鋭い。
「……その姿。以前の“紫色の形態”と構造が似ているように見えるけれど、関係性は?」
僕は少し考えてから答える。
「感覚的には、“別形態”といったところです。
大きな違いは、以前の形態には“口”があっても拘束具で動かせませんでした。
ですが今の姿では、ちゃんと口を動かせますし……ごはんも食べられます」
先生は興味深そうにうなずく。
「なるほど。拘束の解除による自由度の上昇ね。他には?」
「肩のウェポンラックも、もうありません」
「ふむ……構造の簡略化による安定化、ということね」
赤木先生は手元の画面を操作しながら、質問を続ける。
「身体能力に違いは?」
「紫色の時より、少し落ちています。
ですが、その代わりに“体力の低下”がなくなりました。
この姿なら、日常生活を送っても問題ありません。
今はこの形態を“デフォルト”として過ごしています」
「安定化している、というわけね。……興味深いわ」
先生は端末を傾け、別角度から僕の姿を見やる。
「以前の“紫色の姿”には、今でも変身できる?」
「たぶん、できます。
試してはいませんが、意識すれば形を変えられると思います
ただし…」
「ただし?」
「……はい。以前と同じで、“服は消滅する”と思います」
僕は少し苦笑しながら言った。
「なので、今着ている服は“装甲の上に着られるように”サイズを上げて着ています。」
赤木先生は思わず吹き出しそうになり、口元を押さえた。
「……現実的な工夫ね。立派な適応能力だわ」
端末に記録を残しながら、彼女は静かにまとめる。
「つまり──新世くんの個性人造人間は、今の姿が安定状態であり、以前の形態は戦闘時における“拡張形態”と考えてよさそうね」
彼女の分析を聞きながら、僕はうなずいた。
赤木先生はタブレットに記録を残し、最後にスタイラスペンを置いた。
「──よし。正式に“普段の姿”として登録しておくわ」
僕は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
先生は軽く笑う。
「今の方が、以前より表情が見えていいわね」
「僕も、そう思います」
ようやく笑って話せるようになったことが、少し誇らしかった。
「今日はもう帰っていいわ」
そう言われたが、僕は椅子から立ち上がれなかった。
指先が膝の上でぎゅっと握られる。
先生は、僕の沈黙に気づいたようだった。
「……もし、何か聞きたいことがあるなら、言ってごらんなさい」
僕は小さく息を吸った。
「ありがとうございます。……少し、相談があって」
赤木先生はうなずき、腕を組んで聞く姿勢を見せる。
その静かな目が、続きを促した。
「僕の友達に、“血”が好きな子がいます」
先生は何も言わず、ただ目を細めて頷いた。
僕は言葉を選びながら続ける。
「彼女は……自分の気持ちと個性が混じって、時々血を飲みたいという衝動があるみたいです。
でも、そのことを両親から“普通じゃない”って言われて……ずっと我慢してるんです」
言葉に詰まる僕を、赤木先生は遮らなかった。
ただ静かに聞いてくれていた。
「……僕には、それがどうしても辛そうに見えるんです」
僕は目を伏せながら、続けた。
「孤児院の中には、個性の関係で医師の許可を得て血をもらっている子もいます。
でも、彼女のご両親は“血を摂取すること自体がおかしい”と思っていて……本人も、相談できないって言ってました」
沈黙が流れた。
僕は自嘲気味に笑って、言葉を落とす。
「……お節介なのは、わかっています。
でも、見てるだけっていうのが、どうしても耐えられなくて」
赤木先生はしばらく目を閉じていた。
やがて、ゆっくりと息を吐き、机の上のカルテを閉じる。
「──優しいのね、あなたは」
その言葉に、僕は小さく首を振った。
「優しいだけで……僕は、何にもできません」
指先が膝の上でぎゅっと力を込める。
「これ以上、勝手なことをして…もし彼女のご両親からもう会うななんて言われたらって思うと、行動に移せなくて。
なにより、僕は彼女の親戚でもなんでもないんです。
ただの他人が、いきなり家庭の事情に首を突っ込むなんて──」
息をのむ。胸の奥が、少し痛んだ。
「……僕の血だったら、いくらでもあげられると思ってるんです。
でも……もし僕の血が原因で、彼女が病気にでもなったらと思うと、怖くて。
だから、勝手にあげることもできませんでした」
赤木先生は、黙って僕の言葉を受け止めていた。
沈黙のあと、赤木先生はゆっくりと口を開いた。
「あなたの判断は正しいわ」
その声は穏やかで、少し微笑んでいるようにも聞こえた。
「でも──何もできないわけではないの」
僕は顔を上げた。
「……え?」
先生は椅子の背にもたれながら、静かに言った。
「あなた、血液ドナーになるつもりはある?」
「ドナー……?」
聞き慣れない単語に、思わず聞き返してしまう。
赤木先生は、少しだけ口元を緩めた。
「そう。いまの時代、“個性”が関係する血液型の分類は非常に複雑なの。
あなたが言っていたように──“個性の性質上、血液を必要とする人”は少なからず存在するわ。
医療機関では、そうした人たちのために“適合するドナー”を常に探しているの」
僕は思わず身を乗り出す。
「そんな制度があるんですか?」
「ええ。けれど当然、あなたが危惧していた通り、“すべての血”が誰にでも合うわけじゃない。
個性の組み合わせによっては、毒にもなり得るし、拒絶反応を起こすこともある。
だから──事前に採取して、相性を検査することができるのよ」
僕は目を見開いた。
「そんなことが……できるんですか」
「できるわ。個性医療の進歩って、案外すごいのよ」
赤木先生は軽く肩をすくめて微笑んだ。
そして、少し表情を引き締める。
「ちなみに──その彼女に、実際に血を“あげた”ことはあるの?」
「……あります」
僕は少し視線を落とした。
「以前、僕が怪我をしたときに……彼女が、咄嗟に舐めてしまって」
「そう。……その後、彼女に変化は?」
「後日、大丈夫かと聞きましたが、体調に変化はなかったそうです」
赤木先生は静かに頷いた。
「……なるほどね。
事故的とはいえ、すでに“試されて”いたのね。
それで副作用も出ていないとなると──もしかしたら、その子の個性には、血に対する“耐性”があるのかもしれないわ」
彼女は手元の端末にメモを残しながら、柔らかく言葉を続けた。
「つまり、条件さえ整えれば──安全な形で“支え合う”方法はあるかもしれない、ということよ」
僕はその言葉に、ほんの少しだけ息をのんだ。
赤木先生は、端末から視線を上げて僕を見た。
「……もし本当にその子を助けたいなら、正式に医療検査を受けてみて」
優しくも、確かな響きを持つ声だった。
「結果によっては──その子専属のドナーとして登録することもできるわ」
僕は思わず顔を上げた。
「……彼女の、専属ドナーに?」
「そう。もちろん、法的な手続きと適性検査が必要になるけど、医療機関を通せば安全に管理できる。
あなたの善意を“制度”として形にできるわ」
赤木先生は微笑んで言葉を添えた。
「──ちなみに、あなた。血を抜くのは平気なの?」
「え?」
「人によっては、貧血を起こしたり、血が少なくなることで体調を崩す場合もあるの。
あなたのように“特殊な個性”を持つ子は、そこも慎重に確認する必要があるわ」
僕は少し考えてから、首を振った。
「大丈夫だと思います。
この姿になってから、回復力が上がったみたいで……血の生成も、早いみたいなんです」
赤木先生は目を細め、口元を緩める。
「それは──いいわね」
軽く頷きながら、先生は記録を閉じた。
その後、血液の採取を終えると、赤木先生は穏やかに言った。
「結果が分かり次第、こちらから連絡するわ」
僕は深く頭を下げ、クリニックを後にした。
帰り道──夕暮れの街並みを歩きながら、胸の奥が重たく沈む。
これで、もしうまくいけば……トガちゃんを救えるかもしれない。
だけど同時に、彼女の“秘密”を勝手に話してしまったという罪悪感が、
胸のどこかをチクリと刺していた。
──ごめんね、トガちゃん。
そんな複雑な思いを抱えたまま、僕は夜の孤児院へと帰っていった。
◇◇◇◇
赤木クリニックから孤児院に戻った夜、僕はすぐに学校へ連絡を入れた。
電話口の向こうで、低く穏やかな声が返ってくる。
『──新世か。どうしたんだい?』
「夜遅くすみません、根府川先生。
個性の影響で見た目が変わりまして……診療所で正式に登録してもらいました。
正式な診断書類もあります」
『……そうか。それは大事な報告だな』
少しの沈黙のあと、先生はゆっくりと言葉を継いだ。
『明日、登校前に職員室に来なさい。急に姿が変わったまま教室に入ると、みんな驚くだろうからね。
私も一度確認しておきたい』
「わかりました。明日伺います」
『うむ。気をつけておいで』
通話を切ると、胸の奥が少しだけ重くなった。
“普段の姿”として登録はされたが、他人にどう見られるかという不安は、まだ残っていた。
◇◇◇◇
翌朝、鏡の前で服を整える。
白い装甲、目がない顔──新しい自分の姿。
昨日よりも、少しだけ馴染んで見えた。
学校へ着くと、まずは職員室の扉をノックした。
「失礼します」
中から、ゆったりとした声が返る。
「おお……新世か」
根府川先生が顔を上げ、眼鏡の奥の目を見開いた。
「……ほう、これはまた。ずいぶん変わったな」
「はい。自分でも驚いています」
先生は立ち上がり、僕の周囲を一回りして観察する。
「包帯が取れてよかったな。あれは……まあ、配慮だとわかっていたが、
怖がっていた子もいたんだ」
「そうだったんですか……」
「うむ。だが、あれは君なりの優しさでもあった。
少し、人を避けているように見えるときもあったが…こうして顔が見えるようになって何よりだ」
先生の言葉に、僕は小さく笑って答えた。
「これからは、自分の表情で話せますから」
「そうか。なら、なお良しだ」
根府川先生は腕を組み、少し考え込むように顎を撫でた。
「教室に入る前に廊下で待っていなさい。
一旦私からクラスの皆へ説明をする」
「ありがとうございます」
先生が他の教師へ連絡を取る声を背に、
僕は廊下のベンチに腰を下ろした。
窓から差し込む朝の光が、白い装甲に反射して淡くきらめく。
「えーと、みんな静かに」
先生の低い声が響く。
「先日、クラスの新世くんに個性の影響が出て、見た目に変化がありました。
驚くかもしれませんが、変わったのは“見た目だけ”です。
中身はこれまで通りの新世くんだから、これまで通り仲良くしてあげてください」
ざわっ、と教室に小さな波が走る。
その空気を確認してから、先生は扉を開けて僕を呼んだ。
「入ってきなさい、新世」
静まり返った教室の中を、僕はゆっくりと歩く。
廊下の光が装甲に反射して白く光った。
教室の中央に立った瞬間、息をのむ音がいくつも重なった。
「……新世くん?」
「わぁ……本当に変わってる……」
「なんか、すごい……」
みんなの視線が一斉に集まる。
でも、恐怖や拒絶ではなく、純粋な驚きと好奇心だった。
そのことに胸が少しあたたかくなる。
「見た目は変わりましたが、僕は僕です。
……これからも、仲良くしてもらえると嬉しいです」
教室のあちこちから、ぱらぱらと拍手が起こった。
その中で、女子の数人が小声で話しているのが聞こえた。
「え、新世くんの声初めて聞いたかも……」
「声、いい……!」
「なんか……えっち……」
──なるほど、これが石田彰ボイスの破壊力か。
僕は心の中で小さくつぶやきながら、静かに席へと向かった。
隣の席の女の子がちらりとこちらを見て、頬を赤くしながらそっぽを向く。
僕は少しだけ笑って、「改めて、よろしくね」と声をかけた。
「……声が……」
彼女はそれだけ言って、また顔を背けた。
思わず小さく吹き出す。
──新しい姿で迎える、新しい日常。
どこかくすぐったくて、少しだけドキドキする朝だった。
◇◇◇◇
放課後のチャイムが鳴り終わり、教室の喧騒が少しずつ薄れていく。
窓の外には夕陽が傾き、下駄箱へ向かう廊下には長い影が伸びていた。
靴を履き替えようと腰をかがめたそのとき、背後から軽い声が聞こえた。
「──ふくいん君!」
振り向くと、トガちゃんが立っていた。
ランドセルを抱えたまま、いつもの笑顔を浮かべている。
「やぁ、トガちゃん」
「今日のふくいん君、すごかったですよ! わたしのクラスでも話題でした!」
僕は苦笑しながら肩をすくめる。
「いいのかい? 学校で僕に話しかけても」
「わたしは気にしません」
トガちゃんは胸を張って言った。
「なにより、こんなにカァイイんだから! みんな変なこと言うはずがないですよ!」
思わず吹き出してしまう。
「それは……君だけだよ」
「えへへ~、そうかもしれません!」
トガちゃんは楽しそうに笑った。
そのまま二人並んで下校する。
夕陽に照らされた道を歩く足音が、穏やかに重なった。
──だが僕の胸の奥には、少しだけ引っかかるものがあった。
赤木先生に相談したあの日のこと。
そして、あの“血”のこと。
「……そういえば」
僕は少し声を落とした。
「トガちゃん、この前……僕の血を舐めたけど、大丈夫だったかい? 何回も聞くけど、気になってね」
トガちゃんはきょとんとしてから、あっけらかんと笑った。
「え? 大丈夫ですよ! あのあとも何もなかったです!」
「そう……それならいいんだけど」
胸の奥で、小さな安堵が広がる。
けれどその一方で、どこか不安も残る。
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「いや、ちょっとね」
僕はぼかして答えた。
「えぇ~、そんな風に言われたら気になりますよ?」
トガちゃんはぷくっと頬を膨らませ、子どもらしい表情を見せる。
僕はその顔を見て、少しだけ笑った
「そのうち、ちゃんと話すよ」
オレンジ色の光の中、二人の影が長く伸びていく。
◇◇◇◇
ある日の夕方──。
「新世くん、電話だよー」
食堂で片付けをしていた僕に、職員の一人が声をかけた。
孤児院の廊下を抜け、事務室にある黒電話の前に立つ。
受話器を取ると、懐かしい声が耳に届いた。
『もしもし。──新世くん?』
聞き慣れた落ち着いた声だった。
「赤木先生。お電話、ありがとうございます。
結果……どうでしたか?」
受話器を握る手に、自然と力が入る。
『あなたの血液、やはり“特殊”だと分かったわ』
「……特殊?」
『通常の人間の血液構造とは違う。
血液中に、未知の生体エネルギー反応が確認されたの。
──簡単に言うと、“普通の人”には強すぎる血なのよ』
僕は息をのんだ。
「じゃあ……ダメ、なんですか?」
思わず声が震えた。
電話の向こうで、赤木先生が静かに息をつく音がした。
『諦めるのは早いわ、新世くん』
「……え?」
『以前、彼女──その子があなたの血を舐めたとき、体に異常は出なかったでしょう?』
「はい。まったく……」
『なら、彼女だけは例外かもしれない。
もしかすると、彼女の“個性”があなたの血に適応している可能性がある』
先生の声に、ほんの少し希望が混じる。
『だから──一度、彼女本人と話をしたいの。
直接、医師として確認したいのよ』
僕は受話器を見つめたまま、息をのむ。
その提案が、これからの“何か”を大きく変える予感を孕んでいた。