僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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トガちゃんをどう救うか考えていたら、だいぶ独自設定が増えてしまいました。
温かい目で見ていただけたら嬉しいです。


第拾壱話 普通の選択を

 いつものように、森の奥の広場でトガちゃんと特訓をしていた。

 木々の間を風が抜け、鳥の声が静かに響く。

 

 その穏やかな空気の中で、僕は話した。

 

「……ねぇ、トガちゃん。今日の午後、空いてる?」

 

「え? 空いてますよ。どうしてですか?」

 

 トガちゃんは不思議そうに首を傾げた。

 

 僕は一度、息を整えてから言った。

 

「その前に、僕は君に謝らないといけないことがある」

 

「……?」

 

「この前、診察に行ったときに……君のことを、勝手に相談してしまったんだ」

 

 その瞬間、トガちゃんの瞳がわずかに揺れた。

 

「え……?」

 

「ごめん」

 

 僕は深く頭を下げた。

 

「君には特訓を手伝ってもらってるし、そのおかげでここまで来られた。

 だから、何かお返しがしたくて、それで、勝手に君の秘密を話してしまった。」

 

「本当にごめん」

 

 しばらくの間、トガちゃんは黙っていた。

 風の音だけが、二人の間を通り抜ける。

 

 やがて、彼女は小さく息を吸って──ふわりと笑った。

 

「謝らないでください」

 

 顔を上げた彼女の瞳は、まっすぐ僕を見ていた。

 

「ふくいん君が、わたしのことを思ってやってくれたのはわかってます。

 だから、うれしかったです」

 

 そう言って少し微笑んだあと、彼女は言葉を続けた。

 

「でも……これからは、事前に相談してほしいです。

 ふくいん君、なんでも1人で背負い込んじゃうから。

 わたしにも、ちゃんと話してほしい」

 

 その声はやさしかったけれど、少しだけ寂しそうでもあった。

 僕はその表情を見て、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 

 僕は静かに頷くと、改めて言った。

 

「……ありがとう、トガちゃん。

 それで、そのことなんだけど今度、そこの先生が君に話をしたいそうなんだ」

 

 トガちゃんは瞬きを一つして、少しだけ驚いたように言った。

 

「わたしに?」

 

「うん。君の個性と血のことについて。

 もしよければ、今日の午後行かないかい?」

 

 トガちゃんは一瞬だけ考えて──そして、いつもの明るい笑顔で答えた。

 

「はいっ! わかりました!」

 

 その笑顔を見た瞬間、

 胸の奥の不安が、少しだけ軽くなった気がした。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 午後、わたしはふくいん君と一緒に診療所へ向かっていた。

 外は少し曇っていて、風が冷たかったけど、ふくいん君の隣を歩いていると、それだけで少し安心できた。

 

 ドアを開けて診察室に入ると、白衣の先生が椅子に座っていた。

 金色の髪を後ろで束ねて、眼鏡の奥の瞳はやさしくて──でも少しだけ、見透かされそうな鋭さがあった。

 

「初めまして、トガヒミコさん。私は赤木理久、このクリニックの担当医よ」

 

 低くて落ち着いた声。だけど不思議とあたたかい。

 わたしはちょっと緊張して、背筋を伸ばした。

 

「あ、初めまして……!」

 

 先生は微笑んでうなずくと、隣にいるふくいん君へ一瞬だけ視線を向けた。

 それから、またわたしの方へ。

 

「今日はあなたのことについて、少しお話をしたいの。

 心のことも関係するから──できれば、彼には廊下で待っていてもらってもいいかしら?」

 

 え、と一瞬戸惑ったけど……なんだか、ちょっと恥ずかしい話をするのかもって思った。

 わたしはふくいん君の方を見て、小さく笑う。

 

「……ふくいん君、ちょっとだけ待っててくださいね」

 

 ふくいん君は少し心配そうにしながらも、頷いて部屋を出ていった。

 カチリとドアが閉まる音がして、部屋の空気が少し静かになる。

 

 先生は、少しだけ間を置いてから口を開いた。

 

「ねえ、ヒミコさん。緊張しないでいいのよ。

 あなたに安心してもらうために、まずは私のことを話しておくわ」

 

 そう言って、先生は少しだけ笑った。

 その笑顔はどこか“作りものじゃない”感じがして、少しだけほっとした。

 

「私はね、本当は“男”なの」

 

 わたしは思わず目を丸くした。

 先生はそんな反応を見て、やさしく続ける。

 

「私の“個性”で、こうして姿を変えているの。

 子どもたちを怖がらせないように、安心して話してもらえるようにね」

 

 先生の声はとても穏やかで、少しだけ笑いながら言った。

 

「男でもあり、女でもある──これが“私の普通”なの。

 だから、ヒミコさん。あなたの“普通”を私は否定しないわ」

 

 その言葉は、まるでわたしの心の奥に静かに触れるようだった。

 胸の奥がじんわりとあたたかくなって、思わず言葉がこぼれそうになった。

 

 先生は、わたしが落ち着くのを待ってから、ゆっくりと説明を続けた。

 

「今日はね、あなたの体のことを少し聞きたいの。

 あなたの“個性”は血液に関係している。

 だから、もし医療的に安全だと確認できれば──

 あなたも“補給”という形で、きちんと血を摂取することができるようになるかもしれないの」

 

「……ほんとうに?」

 

「ええ。病院で正式に“血液ドナー”として登録された人の血なら、

 安全に扱うことができるの。

 あなたが無理に隠さなくてもいいように──その道を探したいの」

 

 わたしは言葉を失った。

 そんなこと、考えたこともなかった。

 “血が好き”だって言ったら、怒られるのが当たり前だと思ってた。

 でもこの人は、それを“治す”んじゃなくて“受け入れてくれる”んだ。

 

「……先生……でも……」

 

 声が震えた。

 

「パパとママには、言えないんです。言ったら、また“普通じゃない”って怒られます」

 

 その言葉に、先生はしばらく黙ってわたしを見つめていた。

 やさしいけれど、まっすぐな目。

 わたしの心の奥をちゃんと見ようとしてくれているのがわかった。

 

「そうね……きっと、ご両親は“怖い”のよ」

 

 先生は静かに言った。

 

「あなたが“違う”ということを、どう受け止めたらいいのか分からないのかもしれない。

 だからこそ、医師である私から説明すれば、話を聞いてもらえるかもしれないわ」

 

 わたしは顔を上げた。

 

「……本当ですか?」

 

「ええ。あなたが“病気”ではなく、“個性”による生理的な現象だと分かれば、

 きっとご両親も少しは安心すると思うの。

 もちろん、無理にとは言わないわ。

 でも、あなたが“普通に生きていい”とご両親に伝えるためにも、

 一度、きちんと話す機会を作りたいの」

 

 先生の言葉を聞いていると、胸の奥が少しだけ軽くなっていく気がした。

 ──もしかしたら、本当に“普通でいていい”のかもしれない。

 

 わたしは少し考えて、でも──と首をかしげた。

 

「……それでも、やっぱり“きっかけ”がないと……言えません。

 わたし、パパとママの前だと、どうしても怖くなっちゃうんです」

 

 先生は少しの間、静かに目を閉じてから、小さくうなずいた。

 

「そうね。それなら──こういうのはどうかしら?」

 ゆっくりとわたしの目を見ながら言葉を続ける。

 

「たとえば、街の中であなたが体調を崩して倒れていたとする。

 それをたまたま通りかかった私が介抱して、

 そのときに“血に関わる個性のある子”としてあなたの話を聞いた──。

 それをきっかけに、正式に医師としてご両親に連絡を取る。

 そういう“自然な流れ”なら、ご両親も構えずに話を聞いてくれるかもしれないわ」

 

 その提案に、わたしは目を丸くした。

 

「……そんなこと、してくれるんですか?」

 

「もちろん。あなたをだますようなことはしないわ。

 でも、どうしても“きっかけ”が必要なら、

 それを私が作るお手伝いをしてもいいと思っているの。

 あなたが“自分で話せる勇気”を持てるようにね」

 

 先生の声はとても穏やかで、あたたかかった。

 わたしは胸の中が少しだけ軽くなるのを感じて、

 小さく息を吸い、こくりとうなずいた。

 

「……ありがとうございます。

 わたし、ちゃんと話してみたいです。パパとママに」

 

 先生は微笑んで、「ええ、立派よ」と言った。

 その笑顔を見て、わたしの中にほんの少しだけ──

 “希望”という言葉が浮かんだ気がした。

 

 ◇◇◇◇

 

 

 診察室の前の廊下。

 僕は硬い椅子に腰を下ろし、両手を組んで俯いていた。

 

(……僕がしたことは、正しかったんだろうか?)

 

 トガちゃんの秘密を勝手に話した。

 いくら善意でも、彼女の気持ちを無視したことに変わりはない。

 もし嫌われたらどうしよう──そんな不安が、胸の奥でぐるぐると渦を巻いていた。

 

 カチリ、とドアノブが回る音がして、反射的に顔を上げる。

 診察室の扉が開き、中からトガちゃんが出てきた。

 

「トガちゃん!」

 

 僕は立ち上がって駆け寄る。

 

「どうだった?」

 

 彼女は少し考えるようにまばたきをして、それから後ろを振り向いた。

 続いて赤木先生が現れる。

 白衣の裾を軽く整えながら、穏やかな口調で言った。

 

「親御さんとは、今ちょうど電話で話したところよ。

 後日、直接こちらにいらっしゃって、正式にお話をすることになったわ。

 その結果によっては、トガさんに検査を受けてもらう予定よ」

 

 僕は大きく息を吐いた。

 

「……そうですか。よかった」

 

 心の奥から、ようやく張り詰めていた糸がほどけていくのを感じた。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 次の日。

 わたしはパパとママと一緒に、昨日来た診療所に来ていた。

 

 朝から胸がずっとドキドキしていた。

 昨日は帰ってから、パパともママともあまり話をしていない。

 目が合っても、気まずくてすぐにそらしてしまった。

 怒られるんじゃないか、また「普通じゃない」と言われるんじゃないか──

 そんな不安がずっと頭の中でぐるぐるしていた。

 

 待合室で順番を待っていると、名前が呼ばれた。

 パパとママの後ろをついて診察室に入ると、

 昨日の先生──赤木先生が椅子に座って待っていた。

 

「こんにちは。昨日ぶりね」

 

 赤木先生は優しく微笑んで、パパとママに頭を下げた。

 パパとママも軽く会釈をして、ぎこちなく椅子に座る。

 

「まずは昨日、トガさんと少しお話をさせていただきました。

 そのうえで、今日はご両親に“血”のことをお話ししたいと思っています」

 

 先生がそう言うと、パパの眉がピクリと動いた。

 

「先生、この子は……普通じゃないんです」

「血を吸うんですよ。自分の口で。

 最初は、鳥を殺して血を……!」

 

 ママの声は震えていた。

 

「そんなの、どう考えてもおかしいです!」

 

 わたしはびっくりした。

 ──パパとママは、あのときのことをずっと“わたしが自分で鳥を殺した”と思っていたんだ。

 だからあんなに怒ったんだ……。

 そのことに、ようやく気づいた。

 

 赤木先生は静かに話を聞いて、うなずいた。

 それから、落ち着いた声で言葉を返した。

 

「……あなたたちの気持ちは理解できます。

 けれど、“普通”という言葉はとても曖昧なんです。

 たとえば、私は──男性でもあり、女性でもあります」

 

 パパとママが驚いたように目を見開く。

 先生は微笑んで、胸に手を当てた。

 

「私の“個性”は、性別を変えること。

 子どもたちを安心させるために、今は女性の姿をしています。

 これも、できない人から見れば“普通じゃない”でしょうね。

 でも私にとっては、これが“普通”なんです」

 

 パパとママは、何も言えずに黙っていた。

 先生は続ける。

 

「この社会には、個性によってたくさんの“普通”が存在します。

 空を飛べる人もいれば、氷を生み出せる人もいる。

 血に惹かれる子がいても、不思議ではありません。

 大切なのは、それを“どう使うか”です」

 

 優しい声で、静かに言葉を置いた。

「どうか、すぐに否定するのではなく、少しずつ理解してあげてください。

 あなたたちの娘は、確かに“特別”かもしれません。

 でも、それは決して“間違い”ではないんです」

 

 赤木先生は、静かに言葉を続けた。

 

「そして──昨日お話ししたとおり、彼女の“血への衝動”は、

 おそらく“個性”そのものが関係していると思います」

 

 パパとママが、驚いたように顔を見合わせた。

 先生は二人を落ち着かせるように、穏やかに説明を続けた。

 

「彼女の個性は変身、“好きなものに姿を変える”という能力です。

 そして、その変化のために“血を媒介”としている。

 つまり──血を吸うという行為は、彼女がその個性を発動するための自然なプロセスなのです」

 

 先生の声は静かで、どこか優しさを含んでいた。

 

「個性というのは、本人の心と深くつながっています。

 ですから、その個性を“異常だ”“間違っている”と否定することは、

 彼女自身を否定するのと同じことなんです」

 

 パパが小さく息をのんだ。

 ママは膝の上で手を握りしめている。

 

「──だから、道を閉ざすのではなく、別の道を示してあげてください」

 

 先生は優しく微笑み、まっすぐに二人を見つめた。

 

「血を欲することを無理にやめさせるのではなく、

 安全な方法でその欲求を満たしてあげること。

 それが、親として彼女を“守る”ということなんです」

 

 その言葉は、まるでゆっくりと心に染み込むようだった。

 

「個性によって“血を摂取しなければいけない人”は、実は少なからずいるのです。

 彼らと同じように、お子さんも“医師の判断による血の摂取”という形を取ればいい。

 そうすれば、周囲からも“個性に伴う医療行為”として受け入れられるでしょう」

 

 パパとママは、少し戸惑ったように顔を見合わせた。

 そしてパパが、おそるおそる尋ねた。

 

「……ですが、血をもらうといっても、いったい誰から貰えばいいんです?」

 

 赤木先生は静かに微笑んだ。

 

「その点については、すでに候補が一人います」

 

「え?」とママが目を丸くする。

 

「彼は正式に医療検査を受けており、血液の性質が非常に特殊ですが、

 あなたのお嬢さんとは“相性が良い”可能性があります。

 もちろん、個人情報のため名前はお伝えできませんが──

 必要であれば、正式な血液ドナーとして手続きを進めることができます」

 

 パパとママは沈黙したまま、その言葉を聞いていた。

 その沈黙の中で、わたしの胸はドクンドクンと早く鳴っていた。

 ──きっと、その“ひとり”って、ふくいん君のことだ。

 でも、先生は何も言わない。

 わたしのために、秘密にしてくれている。

 

 赤木先生は、優しい声で続けた。

 

「どうか、恐れないであげてください。

 この子は、ただ“自分のあり方”を理解してほしいだけなんです」

 

 その言葉に、わたしは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 その後、パパとママは少し黙ったあと、赤木先生に向かって言った。

 

「……すみません、少し時間をください」

 

 それだけを残して、わたしたちは診療所をあとにした。

 

 家に着くと、玄関を入ってすぐにパパとママはリビングへ向かった。

 わたしはそのまま自分の部屋に行こうとしたけど、

「ヒミコ、ちょっと待ってなさい」とママに言われ、立ち止まった。

 

 ふたりはリビングのテーブルを挟んで座り、

 低い声で話しはじめた。

 声は聞こえるのに、何を言っているのかよくわからなかった。

 わたしはソファの端に座り、テレビをつけたけど、

 画面の中の音は遠く、心臓の音ばかりが響いていた。

 

 どれくらい時間が経ったのかわからない。

 ようやく話し声が止まり、パパが重い足取りでこちらへ向かってきた。

 

「……ヒミコ、こっちにおいで」

 

 わたしは立ち上がり、テーブルの前に座った。

 パパとママの顔は硬くて、どこかこわばっていた。

 

「私たち……」とママが言葉を選ぶようにして話し始めた。

 

「やっぱり、怖いのよ。

 “血を飲みたい”なんて気持ち、わたしたちには一度もなかった。

 だから、それを理解できないの。

 だから……あなたのことも、どうしていいかわからなくて」

 

 パパも眉を寄せ、低い声で続けた。

 

「もしお前が誰かの前でそんなことをして、何か言われたら……。

 “渡我家の娘は人の血を吸う”なんて噂が広がったらと思うと、

 正直、耐えられないんだ」

 

 ママがうつむいた。

 

「それでも、先生の言葉を聞いて……少し考えたの。

 たしかに、個性って“普通じゃないこと”ばかりなのよね。

 でも、それが悪いことだとは言い切れない。

 ……わかってるつもりでも、心のどこかで拒絶してたのかもしれない」

 

 パパは腕を組んだまま、わたしを見た。

 

「正直、まだ完全には受け入れられない。

 でも……先生が言ってた“血液ドナー”っていう方法なら、

 人に迷惑をかけずに済むのかもしれない。

 まずは、それを試してみようと思う」

 

「……ほんとに?」

 

 わたしの声が少し震えた。

 ママはすぐには答えず、少しの間を置いてから言った。

 

「ヒミコ。

 正直まだ、あなたのことをどう理解したらいいのかわからない。

 でも、あなたが困ってるのに何もしないのは……なにか嫌なの」

 

 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 たぶん、まだ完全に信じてはもらえていない。

 それでも──わたしのために“考えようとしてくれている”。

 その事実だけが、心を少し軽くした。

 

 ママが、ためらいながらもわたしの手を取った。

 

「……時間がかかってもいい? ちゃんと、受け入れていくから」

 

 わたしは小さくうなずいた。

 

「うん……ありがと、ママ。パパも」

 

 その夜、リビングの灯りはずっと点いたままだった。

 まだ不安は残っている。

 でも、あの“扉”は──たしかに少しだけ、開いた気がした。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 その日の夕方。

 孤児院の食堂で皿を片付けていると、先生が顔を出した。

 

「福音くん、電話よ。……“赤木先生”から」

 

 僕は思わず手を止めた。

 コアが一瞬だけ跳ねる。

 急いで手を拭き、受話器の前に立つ。

 

「……はい、新世です」

 

『あら、出てくれてよかったわ。赤木です』

 受話器の向こうの声は、あいかわらず落ち着いていて、

 それでいてどこか柔らかい。

 

「先生……! もしかして、トガちゃんのことで?」

 

『ええ。トガさんのご両親から正式に連絡があったわ。

 “血液補給を受けたい”という意向を示されたの。

 そのために、まずは彼女の体で安全かどうかを検査したい、とのことよ』

 

「……本当、ですか?」

 

『ええ。あなたのおかげね。

 あの子も、ご両親も、きっと少しずつ歩き出せると思うわ』

 

 胸の奥が熱くなって、息を呑んだ。

 電話の向こうで赤木先生が、少しだけ笑った気がした。

 

『よかったわね、福音くん』

 

「……はい、本当に……よかったです」

 

 言葉を絞り出すように答えると、

 赤木先生は短く「また連絡するわ」と言い残して電話を切った。

 

 受話器を置いた瞬間、力が抜けた。

 膝が勝手に折れ、その場にしゃがみ込む。

 

「……よかった……本当によかった……」

 

 胸の奥に絡まっていた不安の糸が、ゆっくりと解けていく。

 

 あの子の“普通”が、ようやく認められたんだ。

 その事実だけで、今はもう、十分すぎるほどだった。

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