僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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前話で主人公の出番がほとんど無かったので、焦りの連続投稿です。


第拾弐話 拒絶と共鳴のはざまで

 トガちゃんが両親と一緒に診療所へ行ってから、もう数週間が経った。

 あの時の不安そうな表情が嘘のように、今日は朝から嬉しそうに笑っていた。

 

「ふくいん君! 血の提供、許可が出ました!」

 

 その言葉に僕は一瞬、思考を止めた。

 

「ほんとに? よかったね」

 

 彼女はコクンとうなずき、続けて言う。

 

「しかも、最初の検査の時に──どっかの人造人間さんが多めに献血してくれてたおかげで、今日から始められるんですって!」

 

「へぇ~……今日から、か……」

 

 そこまで聞いて、僕はようやく気づいた。

 

「……ちょっと待って。いつ気づいたんだい? “ドナー”が僕だって」

 

 トガちゃんは少し得意げに微笑んで言った。

 

「わたしのことを知っていて、無償で血をくれる人なんて──ふくいん君しかいませんから」

 

 その言葉に、僕は言葉を失った。

 そしてトガちゃんは、どこか誇らしげに胸を張って言った。

 

「そして──これが、その血液なんです!」

 

 手の中に握られていたのは、透明なパウチのような容器。

 中には淡い赤色の液体が入っていて、見た目はまるで市販のゼリー飲料みたいだった。

 

「……見た目、ずいぶんと親しみやすくなってるね」

 

「えへへ。血液パックのままだとちょっと怖いですから、赤木先生が“心理的負担を減らす仕様”にしてくれたんですって」

 

「なるほど……たしかに、これなら飲み物っぽいな」

 

 僕は苦笑しながらそれを見つめた。

 ──自分の血なんて、まじまじと見ることはなかった。

 なんだか変な感じだ。これ、僕の中を流れてたやつなんだよな……。

 

「じゃあ、今から飲みますね」

 

 そう言って、トガちゃんはパウチの封を切ろうとした。

 

「え、今ここで!?」

 

「はい。だって、ふくいん君の目の前で飲まないと意味がないですから」

 

「意味?」

 

 彼女は真っ直ぐな瞳で僕を見上げる。

 

「本人の前で飲んで、“安全だ”って証明したいんです」

 

 その瞳の真剣さに、僕は思わず息を呑んだ。

 トガちゃんは僕の返事を待たずに、パウチの蓋をあけた。

 そして、ためらいもなく口をつける。

 

 ──んぐ、んぐ。

 

 小さな喉が上下に動き、空気を含んだ音が静に響く。

 その表情はまるで、世界でいちばん幸せそうだった。

 

 やがて、最後の一滴まで飲み干したトガちゃんは、ふぅっと息を吐いて──

 

「くぁ~……最高の一杯です!」

 

「いやいや……お酒じゃないんだから」

 

 僕は思わず苦笑した。

 するとトガちゃんは目を輝かせ、まるでグルメ漫画の食レポみたいに語り出す。

 

「香りはほんのり鉄のようでいて、でも後味が優しくて、舌に残る温かさがすごく落ち着くんです! 

 体の中にじんわりと広がって、全身がぽかぽかして……あぁ、これがふくいん君味ですね!」

 

「……つまり?」

 

「最高です!」

 

 満面の笑みで答える彼女に、僕は頭をかきながらうねるように言った。

 

「ん~……まぁ、よかったよ……」

 

 そう言いながら、胸の奥に少しだけくすぐったい温もりを感じていた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 トガちゃんが人前で血を飲むようになって、数日が経った。

 彼女の笑顔が、前よりもずっと増えたのがわかる。

 

 両親との関係はまだ複雑ではあるけれど、以前のように“腫れ物扱い”されることはなくなったらしい。

 学校でも、医師からの正式な許可を受けていることもあり、クラスの一部には血を飲むことを伝えたそうだ。

 もちろん全員がすぐに理解できるわけではないけれど、「個性の一種」という言葉が、周囲の偏見を和らげている。

 

 彼女がようやく“息をするように生きられる”ようになったその姿を見て、僕は心から「よかった」と小さく呟いた。

 

 放課後、二人並んで帰る道。

 沈みかけた太陽が長い影を伸ばす中で、ふと僕は口を開いた。

 

「そういえば、血を飲んだあとって……個性を使って変身したりするのかい?」

 

 トガちゃんは首を横に振る。

 

「いいえ。あくまで血は“吸血衝動を抑える”ためのものなんです。

 個性を使う許可出てないので、変身はしてません」

 

「そうだったのか……」

 

 僕は頷き、少し考え込む。

 

「もし、君が僕に変身したらどうなるんだろうって、ちょっと気になったんだ」

 

 その瞬間、トガちゃんの表情がほんの一瞬だけ曇った。

 けれど、すぐにいつもの笑顔を浮かべて、明るく言う。

 

「きっと、ふくいん君みたいに──“カァイく”なりますよ!」

 

「ははっ……だったらいいんだけどね」

 

 夕焼けに照らされた彼女の笑顔は、どこか切なくて、眩しかった。

 その笑顔の裏に、小さな翳りがあることに、僕はまだ気づいていなかった。

 

 ──だが、ある日。

 彼女と日課の特訓をしていた時のことだった。

 

 その日、僕たちはいつものように森の中で特訓をしていた。

 いざという時、ヒーローのように動けるようになるために──。

 僕は近接攻撃を避ける訓練を、トガちゃんには攻撃役をお願いしていた。

 

 今日の課題は、“防御”だ。

 僕は深く息を吸い込む。

 

(……体の外側に、一枚の“膜”を張るイメージ……)

 

 僕の周囲に薄く光が走る。

 A.T.フィールド。使徒たちが持っていた、絶対的な拒絶の壁。

 今までは目の前に壁を貼り付けるようにしかしてなかった。

 それを体に纏わりつかせるように展開できないか、ずっと試していた。

 

「いきますよ!」

 

 トガちゃんの声と同時に、風を切る音。

 小石がひとつ、勢いよく飛んでくる。

 

 僕は一歩も動かない。

 避けるのではなく、正面から受けるつもりだった。

 ……A.T.フィールドで。

 

 しかし──

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、小石は何の抵抗もなく僕の頬を打った。

 軽い衝撃。けれど、その“ありえなさ”に思考が止まる。

 

 膝がわずかに落ちる。

 トガちゃんが驚いた声を上げた。

 

「ふくいん君!? 大丈夫ですか!? いつもなら避けると思って……」

 

 僕は頬を押さえながら、あ、ああ……と曖昧に返す。

 でも頭の中では、別のことを考えていた。

 

(……どうして、フィールドが発生しなかった?)

 

 確かに“張っている感覚”はあった。

 膜のような圧力も、集中の手応えも。

 だが結果は──ゼロ。

 

(小石が貫けるほど弱い? いや、そんなはずはない……)

 

 考えれば考えるほど、答えが見えなくなる。

 アニメでいうなら、A.T.フィールドの中和が起こった時くらいしか、こんな現象はない。

 

(……中和? まさか、この場にもう一体の“フィールド持ち”が?)

 

 僕は反射的に視線を上げる。

 けれど、そこにいるのはトガちゃんだけだった。

 

 笑顔でこちらを心配そうに覗き込む、小さな少女。

 その姿を見て──ぞくり、と背中を冷たいものが走った。

 

(……まさか、君が……?)

 

 僕は、ぞっとした思考を振り払うように頭を振った。

 

(そんなはずはない。彼女の個性は変身だ。姿を変えるだけで、その人の“個性”までは再現できないはずだ。それに、この訓練は前から何度もやっていた。前はこんなこと、一度だって起きなかった)

 

 そこで、ふと胸の奥に引っかかるものがあった。

 

(……前? 前とは、なにが違う?)

 

 脳裏をたどる。環境も同じ。

 違うのは──

 

(僕の血を、飲んだ)

 

 はっとして息を呑む。

 

(まさか……それでA.T.フィールドを張れるようになった?)

 

 頭の中で、点と点が繋がっていく。

 A.T.フィールドは“心の壁”。心を持つ者なら誰でも持つ、魂の現象。

 

 僕はトガちゃんに向き直り、静かに言った。

 

「トガちゃん、ちょっと試したいことがあるんだ」

 

「はい?」

 

「僕の上着を投げるから、キャッチしてみてくれ」

 

「どうしてですか?」

 

「……確かめたいことがあるんだ」

 

 彼女は不思議そうに首をかしげながらも、素直に頷いた。

 僕は少し距離を取り、軽く上着を丸める。

 

「いいかい? 投げるから……今度は“拒絶するイメージ”をしてみて」

 

「拒絶……ですか?」

 

「うん。僕のときみたいに、目の前に“盾”を出す感じで」

 

「なるほど!」

 

 トガちゃんは楽しそうに構えた。

 

「じゃあ、いくよ」

 

 僕は上着をまるめて軽く投げる。

 

 衝突の瞬間──

 

「フィールド展開っ!」

 

 トガちゃんが無邪気に叫んだ。

 

 ──パシィンッ! 

 

 空気を叩くような、乾いた音。

 上着が見えない壁に弾かれ、地面に落ちた。

 

 風が止む。

 時間も、止まったようだった。

 

 僕は言葉を失った。

 目の前のトガちゃんは、驚いたように自分の両手を見つめていた。

 

「……いま、のは?」

 

 そのとき──彼女の瞳が、赤く染まっていたことに、僕は気づかなかった。

 

 ◇◇◇◇

 

 

 その後、少し休憩を取ることにした。

 森の木陰、風が心地よく吹き抜ける場所に腰を下ろす。

 

 トガちゃんは医師にもらった血液パックとサンドイッチを、頬をふくらませながら交互に食べていた。

 僕はといえば、最近ハマっている肉厚ハンバーガーにかぶりつく。

 香ばしい肉の匂いが鼻をくすぐり、二人して「おいしいね」と笑い合った。

 

 そんな穏やかな時間の中で、ふと僕は切り出した。

 

「さっきの、A.T.フィールドのことなんだけど」

 

 トガちゃんはパンを飲み込み、目を輝かせる。

 

「はいっ! 張れました、ふくいん君みたいな“バリア”!」

 

「そう、それ」

 

 僕はうなずく。

 

「あれを僕は“A.T.フィールド”と呼んでる」

 

「えーてぃー……?」

 

 トガちゃんが首を傾げる。

 僕は少しだけ笑って、ハンバーガーの紙を整えながら説明した。

 

「略さないと“Absolute Terror Field”。日本語にすると“絶対不可侵領域”だったかな。

 簡単に言えば──心が作る、壁だよ」

 

「心が……バリアを?」

 

「うん。簡単に言うと“心と体を守る力”なんだ。

 怖いとか、守りたいっていう気持ちが形になって、僕のまわりに広がる。

 まあ、バリアみたいなものだと思ってくれればいいよ」

 

 トガちゃんの目がきらきらと輝く。

 

「おおっ……なんか、かっこいいです!」

 

 僕は少し照れくさく笑って、続けた。

 

「でもね、あれは便利だけど、万能じゃない。

 強烈な衝撃を完全に殺すことはできない。だから、大きな一撃を受けると、体までは耐えられないんだ」

 

「それでも、すごい能力ですよ!」

 

「ああ」

 

 僕は頷く。

 

「けど、一つだけ──“攻略法”がある」

 

「攻略法?」

 

「うん。A.T.フィールドは、同じA.T.フィールドで“中和”できるんだ」

 

 トガちゃんは驚いたように目を丸くする。

 

「中和……って、つまり?」

 

「二つの“心の壁”がぶつかると、互いを打ち消し合うんだ。

 つまり、同じ力を持つ者同士なら、互いのバリアを壊せる」

 

 トガちゃんは考えるように指を唇に当てた。

 

「……じゃあ、さっき私がふくいん君のバリアを“破った”のって……」

 

 僕は静かに頷く。

 

「たぶん、そういうことだよ」

 

 僕は少し間をおいてから、言葉を続けた。

 

「……練習を重ねれば、僕みたいにフィールドの“強度”を上げられるようになるかもしれない。

 自分を守る手段が増えるのは、悪いことじゃないはずだ」

 

 トガちゃんは嬉しそうに目を細めて、こくんと頷いた。

 

「はいっ! なんか、ふくいん君みたいに強くなれた気がします!」

 

 僕は少し笑って、もう一つ確認をする。

 

「ちなみに、フィールドを展開するときに……体調に変化とかはないかい?」

 

 トガちゃんはサンドイッチをもぐもぐと噛みながら、首を傾げた。

 

「うーん……特にないですよ? ちょっと温かくなる感じはありますけど、痛くはないです」

 

「そうか。なら安心だね」

 

 彼女の無邪気な返答に、僕は少しだけ胸をなで下ろした。

 それからハンバーガーの包み紙を丸めながら、穏やかに言う。

 

「これからは、A.T.フィールドの特訓も少しずつ取り入れていこう。

 身体を鍛えるのも大事だけど、心の力を使いこなすのも、同じくらい大事だからね」

 

 トガちゃんは目を輝かせて笑った。

 

「はいっ! ふくいん君のバリア練習ですね! やってみたいです!」

 

 その笑顔を見て、僕も自然と口元がゆるんだ。

 

(……この子の中で、何が起きているのか。まだわからない。

 けれど、少なくとも彼女自身が“自分の力”を怖がっていないのは、いいことだ)

 

 森の風が、やさしく二人の髪を揺らした。

 昼下がりの光の中で、A.T.フィールドをめぐる新しい日々が静かに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 

 トガちゃんの“血が好き”という気持ちが周囲に受け入れられてから、いくつもの季節が過ぎた。

 彼女が堂々と笑い、僕がそれを隣で見守る──そんな穏やかな時間が、ゆっくりと日常になっていった。

 A.T.フィールドの特訓も続けていたが、危険なことは起きず、平穏な日々が流れていた。

 

 そして、気づけば僕は十二歳。

 小学校六年生になっていた。

 

 トガちゃんも、クラスのみんなも、ここ数年で驚くほど大きくなった。

 背丈も、声も、表情も、子どもというより“若者”に近くなっている。

 その変化を眺めながら、僕はいつのまにか物思いにふけっていた。

 

(……こんなに変わるものなんだな)

 

 けれど僕自身は、あまり変わっていなかった。

 身体的な成長は止まり、見た目も以前のままだ。

 かつてはこれ以上大きくなったらどうしようと思っていたが──どうやら今が“限界”だったらしい。

 このサイズが、僕にとっての“ちょうどいい”のだろう。

 

 来年には小学校を卒業し、中学生になる。

 大人に少し近づくということ。

 エヴァのチルドレンたちに年齢が追いつくのだと思うと、胸の奥に不思議な感覚が広がった。

 

(もう、あの画面の中の“彼ら”と同じ歳になるのか……)

 

 そう思うと、時の流れの早さに少しだけ息をのんだ。

 この世界に来てから、どれだけの時間が経ったのだろう。

 過去を振り返るように天井を見上げた、その日のことだった。

 

 ──そんなある日。

 

 その日の午前中、担任の根府川先生が教室に入ってくると、黒板に「特別授業」と大きく書いた。

 ざわつくクラスを見回しながら、先生は眼鏡を押し上げて言った。

 

「今日は、みんなに“将来の夢”について考えてもらおうと思う」

 

 教室の空気が、一瞬だけ静かになる。

 けれど次の瞬間には、あちこちから小さな声が上がりはじめた。

 

「ヒーローになる!」

「サポートアイテムを作りたい!」

「ヒーロー事務所で働くんだ!」

 

 子どもたちの声はどれも明るくて、未来に向かってまっすぐだった。

 みんなの顔がきらきらと輝いていて──その眩しさに、僕は少しだけ目を細めた。

 

 根府川先生は、そんな生徒たちの様子を見ながら穏やかに頷いた。

 

「いい夢だな。けど、ヒーローになるってことは、ただ強くなるだけじゃない。

 人を助けるには“知識”や“判断力”が必要だ。

 だからこそ、今のうちから勉強も大事にしてほしい」

 

 そう言って、先生は机の上から束になったプリントを持ち上げる。

「今から配るプリントに、自分の“将来の夢”を書いて提出するように。

 将来の自分を想像して、しっかり考えてみなさい」

 

 クラスの空気がふわりと弾んだ。

 友達同士で顔を見合わせながら、「何書こう?」と笑い合う声。

 ペンの音、窓の外から聞こえる風の音──どこまでも穏やかで、平和な時間だった。

 

 僕も手元のプリントを見つめる。

 白い紙の上に、大きな文字で書かれた「将来の夢」という見出し。

 その下には、ただ一行。

 

 ──『あなたの夢は何ですか?』

 

 僕はペンを握り、少しだけ迷った。

 

 僕は考えた。

 僕の“夢”はなんだろう、と。

 

 今、毎日のように特訓をしているのも──結局は、誰かを守るため。

 災害や、事件のときに、身近な人を護れるように。

 ヒーローになるために、ではない。

 

(僕は……どうしたいんだろう)

 

 ペンの先が紙の上で止まる。

 やりたいこと、なりたいもの。

 そう言われても、何も浮かばない。

 ただ、穏やかで、幸せな日々が続けばいい。

 それだけで、十分な気がしていた。

 

 僕は“エヴァ”だ。

 けれど、この世界には“使徒”はいない。

 戦う理由も、戦う相手も存在しない。

 

 だから──僕が戦う意味も、ない。

 

 それでも、心の奥底で引っかかるものがある。

 クラスのみんなが語る「ヒーローになる」という夢。

 それを羨ましいとは思わなかったけれど、どこか遠い世界の話のように感じた。

 

(僕にとってのヒーローは……前の世界で見た、あの特撮のヒーローたちだ)

 

 泥だらけになっても、倒れても、

 それでも立ち上がって──人を救う者たち。

 

 彼らのように戦場に立つことは、今の僕にはできない。

 その事実が、ほんの少しだけ胸に重くのしかかった。

 

 窓の外から、夕方のチャイムが鳴り響く。

 教室のざわめきが遠ざかる中、僕は静かにペンを置いた。

 

 ──何も書けないまま、白紙のプリントだけが机の上に残った。

 

 その日、僕の胸の中には、

 言葉にならないモヤモヤだけが、ゆっくりと沈んでいった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 学校の帰り道。

 ハンバーガー屋で買ったセットメニューの入った紙袋を片手に、僕はいつもの公園へ立ち寄っていた。

 夕方の風が頬を撫で、紙袋の隙間からポテトの香ばしい匂いがふわりと漏れる。

 ベンチには、放課後の子どもたちの笑い声と、ゆるやかに回るブランコの軋む音。

 僕は空いていたベンチに腰を下ろし、紙袋をそっと膝の上に置いた。

 

「……悩んでいる時は、美味しいものを食べるに限る、か」

 

 ポテトを口に放り込みながら、僕は苦笑した。

 こういう時、つくづく思う。──量産機の姿で良かったって。

 この姿は、一見すると“動物系の異形型個性”のように見えるらしい。

 だから、食事をしていても誰も奇異な目を向けない。

 人間の形をしたまま、安心して食事ができる。

 そんな当たり前のことが、少しだけ嬉しかった。

 

 ハンバーガーを頬張りながら、僕はふと空を見上げる。

 淡い夕暮れが広がる空の下で、ぽつりと呟いた。

 

「夢か……」

 

 その時だった。

 公園を、一人の紳士がゆっくりと横切った。

 

「さて……次の動画は、もう少し情緒的にいこうか。

 “真の紳士とは何か”──うむ、世間に問う価値はある」

 

 柔らかくも低く響く声。

 その瞬間、僕の口が無意識に動いた。

 

「……リョウちゃん?」

 




※挿絵はNovelAIにて自作生成したものです。


【挿絵表示】


公園でハンバーガーを食べる主人公のイメージです。
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