僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第拾六話 夢の海、現の影

 ──気がつくと、俺は“海”の中にいた。

 

 血のように赤い海。

 暗い空には星が瞬き、白い砂浜が果てしなく続いている。

 その中心で、俺は量産機の姿のまま、無言で立っていた。

 

 胸の奥がふっと軽くなる。

「ああ……また、ここか」と、すぐに理解した。

 

 これは昔に一度だけ見た“夢”。

 いや、きっと夢なんかじゃなく……俺の内側の、もっと深いどこか。

 

 ゆっくりと海から上がり、砂浜を歩き出す。

 足跡は残らない。音もない。

 ただ、白と赤と黒だけの世界が、俺を静かに包む。

 

(どうして……今なんだ?)

 

 心に浮かぶ疑問に答える者はいない。

 ただ、歩く。理由もなく。ただ前へ。

 

 すると──背後から柔らかな声が響いた。

 

「……やぁ、久しぶりだね」

 

 振り返る。

 

 そこには“渚カヲル”がいた。

 

 けれど本物ではない。

 俺の“心”が形にした、カヲルの姿をした何か──“偽カヲル”。

 

 彼はいつも通りの微笑みを浮かべ、俺を見つめた。

 

「元気そうで、何よりだよ」

 

「……お前か。どうして俺はまたここにいる?」

 

 俺は問いかける。

 前にここへ来てから、ずいぶん時間が経っている。

 夢としてはやけに生々しく、でも現実よりも曖昧だ。

 

 偽カヲルは、まるで待っていたように答えた。

 

「君が、“殻”をひとつ破ったからさ」

 

「殻……?」

 

「そう。

 トガちゃんや孤児院の人たちだけじゃなく、

 “新しい人たち”に心を開こうとしただろう?」

 

 声田くん、愛さん、そしてジェントルとの出会い。

 

 中学という新しい環境で、俺はまた一歩前に進んだ。

 

「君の心が揺れて、広がって、震えた。

 だからこうして──“ここ”が呼応したんだよ」

 

「……そんな大げさなもんじゃない」

 

「君にとっては“大げさじゃない”。

 でも心ってね、ほんの一歩で大きく変わるものなんだ」

 

 偽カヲルは穏やかに微笑みながら言った。

 

「だから、君はここに来た。

 自分の“これから”と向き合うために、ね」

 

 偽カヲルは、遠くの赤い水平線を眺めながら、ふっと小さくつぶやいた。

 

「……まあ、それだけじゃないんだけどね」

 

 あまりに小さな声だった。

 けれど、この世界では些細な揺らぎすら鮮明に響く。

 

「……ん? いま何か言ったか?」

 

 俺が問い返すと、偽カヲルはすぐに柔らかい笑みを浮かべた。

 

「なんでもないよ。気にしなくていい」

 

 どこか“含み”のある否定。

 その裏に何かが隠れているような気がしたが、問い詰める前に、彼は話題を変えた。

 

「それにしても……君は“今はその姿”なんだね」

 

 偽カヲルの視線が、俺の全身──量産機の姿へと注がれる。

 

「ずっと苦手だと思っていたけれど?」

 

「……まあ、昔はな」

 

 俺は、赤い海の波打ち際を見ながら言う。

 

「この姿が怖かった。映画での姿を思い出すと嫌な気持ちになったし」

 

 だが──

 

「でも、この姿で過ごして……特訓して……飯を食べて……

 ヒミコは“カァイイ”って笑ってくれてさ」

 

 口元が自然と緩む。

 

「だから、今は好きだよ。

 これが俺だって思えるようになった」

 

 偽カヲルは、静かに、嬉しそうに目を細めた。

 

「……よかった。

 君がようやく“自分自身”を受け入れることができて」

 

 赤い海風がゆるく吹き抜ける。

 偽カヲルの声は、心の奥にそっと触れてくるようだった。

 

「どんな形であっても、それは君なんだ。

 誰かの言葉でも、過去の痛みでもなく……

 君自身が選んだ“好き”を、大切にしてほしい」

 

 偽カヲルは、波の音に紛れるような静かな声で、ふいに問いかけてきた。

 

「ねえ。少し聞きたいことがあるんだ」

 

「……なんだよ、急に」

 

 彼は手を組んだまま、白い砂浜に腰を下ろし、空を見上げる。

 

「もし──君を理不尽に殺そうとした人がいるとして」

 

 俺の足が、赤い波打ち際で止まった。

 

「君には、その人の生殺与奪の権利が“ある”としたら……どうしたい?」

 

「……は?」

 

 唐突すぎて、言葉が追いつかない。

 

「なんでそんなこと聞くんだよ」

 

 偽カヲルは困ったように微笑んだ。

 

「ただの話題作りだよ。

 君が夢から覚めるまでの、ね」

 

「……はぁ?」

 

 さらりと言ってくるものだから、ますます訳がわからなくなる。

 本当に“ただ話題を振っただけ”みたいな顔をしていた。

 

 けれど──その瞳の奥には、何か“試すようなもの”が見えた。

 

 俺はしばらく黙り、赤い海を見つめる。

 すぐに答えなんて出るはずもない。

 

 けれど、やがて小さく息を吐いて口を開いた。

 

「……できれば、殺したくはない」

 

 偽カヲルがまぶたを閉じ、静かに続きを促す。

 

「どうしてだい? 

 君を殺そうとした相手だよ?」

 

 俺は胸の奥を探るように、ゆっくり言葉を紡いだ。

 

「……もし、いっときの感情で“命を奪った”なんてことになったら……

 きっと俺は、そのあとも“殺す”って選択肢を許しちまう気がするんだ」

 

 赤い波がさらさらと足元を洗う。

 

「一度やれば、きっと慣れる。

 簡単に、やってしまえるようになる。

 それが……すごく、嫌なんだ」

 

 言いながら、自分でも胸がざわつく。

 

「そんなふうになった俺を……ヒミコは好きでいてくれるのかな。

 孤児院のみんなも……受け入れてくれるのかなって思うと、さ」

 

 俺は自嘲気味に笑う。

 

「要するに……嫌われたくないんだよ。

 それだけ」

 

 偽カヲルは目を開けた。

 優しいのに、どこか寂しげな色を含んだ瞳。

 

「……なるほど。

 君らしいね」

 

 そう言って、彼は柔らかく微笑んだ。

 

「……だったら、僕たちもそうするよ」

 

 偽カヲルは、まるで当たり前のことを言うみたいにやさしく微笑んだ。

 

「……ん? どういう──」

 

 問い返そうとした瞬間だった。

 

 視界が、ぐらりと揺れた。

 

 赤い空が波打ち、白い砂浜が遠ざかるように歪む。

 

「そろそろ、目覚めの時間みたいだね」

 

 偽カヲルの声だけが、はっきりと聞こえた。

 けれど、身体は急に“深い水”へ引きずり込まれるように重くなる。

 

「ま、待てよ……今のどういう──」

 

 言葉が最後まで続かない。

 眠気とも違う、強制的な“遮断”のような何かに意識を引き裂かれる。

 

「また会おう、僕」

 

 その声を最後に、世界が暗転した。

 

 ◇

 

 白い砂浜には、もう俺の姿は無かった。

 

 そこに残った偽カヲルは、しばらく“立ち去った場所”を見つめていた。

 

 穏やかな微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと海辺へ歩いていく。

 

 赤い海は、静かな呼吸をするように波を打っている。

 

 偽カヲルは、海の向こう──水面の下に沈む“何か”へ語りかけた。

 

「……聞いていただろう?」

 

 赤い水面が、ゆらりと揺れる。

 

「彼が“望んだこと”を。

 なら、僕たちはそれに沿って動こう。

 ──彼が人を殺さなくて済むように」

 

 波が静かに応えたように見えた。

 

「だってそれが、僕たちの“役目”だからね」

 

 遠くの空で、星のように光が瞬く。

 その光は、まるで“眼”が瞬いたようでもあった。

 

 そして、白い砂浜の夢は静かに溶けるように消えていく──。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 ──ぱちん。

 

 意識がゆっくりと覚醒する。

 

 天井の白い木目が、薄い朝の光に照らされて静かに浮かび上がる。

 

「……夢、か?」

 

 布団を押しのけて身体を起こす。

 まだほんの少しだけ耳の奥に、波のような気配が残っている気がした。

 

「……何か、夢を見てた気がするんだけどな」

 

 思い出せそうで思い出せない。

 大事なことのような気もするし、ただの夢のようでもあった。

 

 胸の奥に、ぽつりと水滴が落ちたような不思議な感覚だけが残っている。

 

「……まあ、いっか」

 

 軽く息を吐き、布団から降りる。

 今日は学校だ。

 目覚めの余韻に浸っている暇はない。

 

 ふと、机の上のスマホに視線がいった。

 

「……あれ?」

 

 画面には──ヒミコの写真。

 昨日、2人で撮った他愛ないツーショットが大きく表示されている。

 

「僕……画面つけっぱなしで寝たっけ?」

 

 首を傾げながらスマホを手に取り、指でスワイプする。

 写真はそのまま固定されたように表示され続ける。

 

 ヒミコの笑顔を見ていると、ふと気づく。

 

「あ、そうだ……今日も待ち合わせしてたんだっけ」

 

 完全に寝ぼけて忘れていた。

 慌てて制服に着替え、支度を始める。

 

 スマホは机の上に置きっぱなしになった。

 ヒミコの写真が映ったまま、無言で光を反射している。

 

 ──しばらくして。

 

 画面がふっと暗転し、次の瞬間、いつものMAGIシステム画面へ戻った。

 

 だがそのUIの一部が、心臓のように赤く脈打つように発光する。

 

 まるで──

 夢の内容を思い出させないように、ヒミコの写真を“意図的に”表示させていたかのように。

 

 そんな“誘導”に、僕は最後まで気づかないまま、鞄を肩にかけて部屋を出た。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 あのあと準備を終え、ヒミコと合流した僕は、並んで通学路を歩き、いつものように学校へと向かった。

 教室に入ると、まだ半分ほどの席しか埋まっていない。新学期の匂いが、少しだけ緊張を混ぜながら漂っている。

 

 席につき、カバンから時間割を取り出す。

 

「ええと……今日は国語、数学、理科……忘れ物は無いね」

 

 教科書を机の中に収めていると、

 

「おはよう、福音!」

 

 明るい声が背後から飛んできた。

 声田くんだ。寝癖を直し損ねた髪を指で整えながら、元気よく手を振ってくる。

 

「おはよう、声田くん」

 

「いや〜……今日から本格的に授業かぁ。寝ない自信ないわ」

 

「眠気は敵だね。僕は先生の声を聞きながら耐えるよ」

 

「それ、地味にキツいじゃん!」

 

 他愛もない朝の雑談をしばらく続けていると、声田くんが「あっ」と指を鳴らした。

 

「そうだ福音! 今日の放課後、どんな部活があるのか見学しに行かない?」

 

「部活見学か……いいね。ヒミコも一緒でいいかな?」

 

「もちろんウェルカム! むしろ来てほしいくらい!」

 

「じゃあ、放課後に一緒に回ろう」

 

「よっしゃ、決まりだな!」

 

 声田くんはやる気満々で席に戻り、僕は微笑みながら時間割の続きを確認した。

 

 ──こうして、僕の“新しい日常”が、静かに始まっていく。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 お昼休み。

 僕と声田くんは机をくっつけて、一つの大きな机にして昼食を取っていた。

 そして両脇には、椅子だけ持ってきたヒミコと愛さんが座り、まるで四人用テーブルのようになっている。

 

「そういえばヒミコ」

 

 給食を口に運びながら、僕は思い出したように声をかけた。

 

「今日、放課後に声田くんと部活の見学に行くんだけど……よかったら一緒に行かない?」

 

 ヒミコはぱっと顔を明るくして、大きく頷く。

 

「ぜひ行きたいです! 一緒に回りましょう、福音くん!」

 

「うん、決まり。じゃあ三人で行こう」

 

 そのやり取りを聞いていた声田くんが、隣の愛さんに視線を向ける。

 

「なぁ愛。お前はどうする? 一緒に見て回る?」

 

 愛さんはにっこり微笑んで首を振った。

 

「私は吹奏楽部にほぼ決めちゃってるの。

 だから入部届もらいに行く予定で、見学には行けないかな」

 

「そっか。おう、わかった」

 

 声田くんは少し残念そうにしながらも、すぐに笑顔に戻る。

 

 僕はそんな彼に尋ねた。

 

「そういえば声田くん、何かやってみたい部活ってあるのかい? 

 僕は特に希望がないから、参考までに聞きたくて」

 

 ヒミコも、ワクワクした様子で身を乗り出す。

 

「私も聞きたいです!」

 

「うーん……そうだなぁ……」

 

 声田くんは箸を持つ手を止め、天井を見ながら考え込む。

 

「ヒーロー研究会とかは楽しそうだけど……あそこってヒーローの個性とか戦闘とか語る場だろ? 

 俺みたいな“声専”だと、ちょっと話しづらいんだよな」

 

 肩をすくめながら苦笑いする。

 

「ヒーロー活動部も、なんかなー……。

 特に将来ヒーローになりたいわけじゃないしさ」

 

「ヒーロー活動部?」

 

 思わず聞き返してしまう。

 

「ああ、学校パンフレットに載ってたんだけどさ」

 

 声田くんは手をひらひらさせながら説明した。

 

「なんでも、“将来ヒーローになりたい生徒”向けらしくて。

 体育の先生のもと、個性を使わない体づくりをするんだってよ」

 

「そんな部活動まであるのか……」

 

 僕は素直に驚いた。

 ヒーローを目指すための部活動が、中学校にあるなんて。

 

「やっぱり、そういう系が一番人気なんですかね?」

 

 ヒミコが箸を置き、少し興味深そうに問いかける。

 

「まぁな」

 

 声田くんは苦笑しつつ頷く。

 

「今のヒーロー社会だと、そっち系は人気だよ。

 ヒーローはかっこいいし、人気になれば給料もいいし、注目もされるしな」

 

「なるほど……」

 

 そんな会話をしながら、ヒミコは食べ終えるて片付けると、鞄を出した。

 

「それじゃあ……声田さん、池帆さん。

 ちょっと血、飲みますね」

 

 そう言って鞄から医療用の血液パウチを取り出し、器用に飲み始める。

 クラスでもすでに説明済みとはいえ、堂々としている姿はどこか誇らしげだった。

 

「お、おう。どうぞどうぞ」

「気にしないでくださいね、トガさん」

 

 声田くんと愛さんは慣れた様子で微笑む。

 

 僕はお昼ご飯を咀嚼しながら、ふと校内の部活動表のことを思い出す。

 

(……どんな部活があるんだろう)

 

 ヒミコや声田くんと一緒に動く初めての放課後を思うと、胸の奥が少しだけ高鳴った。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 放課後のチャイムが鳴り、校舎内にゆっくりと人の流れが広がる。

 

 僕とヒミコ、そして声田くんは下駄箱へ向かう途中、自然と横並びになっていた。

 

「さて……まずはどこから見る?」

 

 声田くんが校舎マップを片手に、楽しそうに問いかけてくる。

 

「僕は……そうだな。いろんな部活を見たいけど、

 まずは文化部系が気になるかな」

 

「いいぞ。……って、どうして文化部?」

 

 声田くんが首をかしげる。

 

「僕、どっちかっていうと……運動よりも部屋の中にいる方が好きなんだ」

 

「確かに」

 

 ヒミコが笑う。

 

「福音くん、休み時間いつも本読んでますよね」

 

「ホォーん。なるほどなぁ」

 

 声田くんは納得したように腕を組む。

 

「じゃあまずは中から回るか!」

 

 

 ◇美術室(美術部)

 

 最初に覗いたのは、美術部の活動場所だった。

 

 部屋にはスケッチブックや油絵のキャンバスが並び、先輩たちが思い思いの題材に集中している。

 

「へぇ……みんな、絵うまいなぁ」

 

 声田くんが感心したように言う。

 

「絵か……僕は絵心がなくてね」

 

 正直に言うと、ヒミコがぽつり。

 

「血の色とか、私は好きですね……」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 声田くんは苦笑しつつ肩をすくめる。

 

「俺は描くより“見る専”だからな。次、行こうぜ」

 

 

 ◇音楽室(合唱部)

 

 続いて合唱部。

 新入生勧誘のためか、廊下まで響く綺麗なハーモニーが流れていた。

 

「わぁ〜……いいですねぇ」

 

 ヒミコは感嘆の声を漏らし、胸の前で両手を組んでいる。

 

「推しの歌はいいぞ……心に染みる」

 

 声田くんもうっとりした顔で聞き入っていた。

 

「歌、か……」

 

 僕は扉越しに聴きながら、自分の胸に手を置いた。

 

(どうしてだろう……歌おうとすると、

 心より先に、“声”に拒絶される感覚がある)

 

 理由はわからない。

 でも、ずっと昔からそうだった。

 

 魂ごと、歌う事に対して響かないように蓋をされている——

 そんな不思議な違和感だけが、胸の中にぼんやり残る。

 

 

 ◇茶道部

 

 次に廊下の奥へ進み、静かな和室から落ち着いた気配が漂ってくる。

 畳の香りと抹茶の匂いがふわりと混じった空気が鼻をかすめた。

 

「なんか……格式が高く感じますね……」

 

 ヒミコは扉の前でちょこんと立ち止まり、緊張している様子。

 

「俺、正座が辛いんだよなー……」

 

 声田くんはすでに膝を押さえている。

 

「抹茶だけって……すごく苦いよね」

 

 僕はぼそりと言う。

 

「福音くん、それは……ちょっとわかります」

 

 ヒミコが小さく笑った。

 

 

 ◇調理部

 

 次に訪れたのは家庭科室。

 甘い香りが漂い、先輩たちがクッキーらしきものを焼いていた。

 

「料理だったら、福音くん得意ですね!」

 

 ヒミコが誇らしげに言う。

 

「いや、僕はあくまで……家庭料理専門だけどね」

 

「いやいや、それだけでもできるのがすごいんだって!」

 

 声田くんくんが即ツッコミしてくる。

 

 ふたりに褒められ、少しだけ胸がくすぐったい。

 

 

 ◇パソコン部

 

 カタカタとキーボード音が響く部屋。

 パソコン部の先輩たちは黙々と作業している。

 

「……俺、ここ入ったら部活そっちのけで推しの声ばっか聞きそうで、マジでやばい」

 

 声田くんくんが本気で悩んでいる。

 

「私はパソコンより、スマホの方が楽でいいですね〜」

 

 ヒミコがスマホをひらひら。

 

「プログラミングとか……未知の世界、だよ」

 

 僕は正直に言う。

 

「お、福音も苦手分野あるんだな」

 

 声田くんくんが意外そうに笑った。

 

 

 ◇文芸部

 

 本棚がぎっしり並ぶ文芸部の部室。

 

「俺はよく推しの配信に台本送りつけてるぞ」

 

 声田くんが胸を張る。

 

「夢小説……いいですよねぇ……」

 

 ヒミコは遠い目をして幸せそうに呟く。

 

「僕は……頭の中で考えるのはできるんだけど……」

 

 そこで言い淀む僕を、ヒミコが優しく見る。

 

「福音くんの書く話、読んでみたいですね」

 

 声田くんも「お、いいなそれ」と言ってニヤリ。

 

 僕はうまく返せず、少しだけ目をそらした。

 

 

 〈放送室〉

 

「ここが放送部か……どんな部活なんだろう?」

 

 僕はプレートを見上げながら呟く。

 

「気になるなら聞いてみようぜ、福音」

 

 声田くんがノリノリで扉をコンコンと叩き、そのまま開ける。

 

 中には、机に突っ伏すような姿勢の先輩がひとり。

 その隣には先輩がもうひとり。

 

「あっ! やっと新入生が来たよーっ!」

 

 突っ伏していた先輩がガバァッと起き上がり、両手を広げて喜ぶ。

 

「部長。……はしゃぎすぎです。けど、ほんとに……やっと来ましたね」

 

 隣にいた先輩が淡々と続ける。

 ヒミコが小声でぽつりと呟く。

 

「……人気ないんですかね?」

 

「そうなんだよ!!」

 

 部長らしき人が食い気味に叫ぶ。

 

「……こほん、失礼。私は部長の 放送 ラジオ(ほうそう らじお) だ!」

 

 もうひとりも軽く手を挙げる。

 

「副部長、天知 無線(あまち むせん)だ」

 

 肩まである髪に中性的な顔立ちのその人は、静かに微笑んだ。

 

「放送部って……人気がないんですか?」

 

 僕が率直に尋ねる。

 ラジオ部長は大げさに肩を落とした。

 

「今の子たちは校内放送より スマホ だからね……! 

 お昼の放送も“ながら聞き”だし感想を聞いても覚えてないだし!」

 

「嘆かわしい……本来、声は“生”が最も価値があるというのに」

 

 無線先輩は静かにため息をついた。

 

「確かに……言われてみればそうだよな」

 

 声田くんは素直に納得したように頷く。

 

 僕とヒミコも、部室に漂う“いい意味で古い空気”を感じて思わず見回した。

 

「放送部って、普段どんな活動をしているんですか?」

 

 僕は素朴な疑問をそのまま口にした。

 

「基本は お昼の校内放送 だね!」

 

 ラジオ部長が胸を張る。

 

「給食の時間に流す“ランチトーク”はうちの名物なんだよ。

 ……まあ、聞いてる子は少ないんだけどね!」

 

 最後の一言でまた肩がしゅんと落ちる。

 無線先輩が、静かに補足した。

 

「放課後は、翌日の放送内容を話し合う時間だ。

 ニュースをまとめたり、原稿を書いたり、誰が読むかを決めたりする」

 

「へぇ……ちょっとしたラジオ番組みたいなんですね」

 

「そうだとも!」

 

 ラジオ部長は元気よく頷いたが、すぐに苦笑いへ変わる。

 

「……ただね、今は僕と無線くんの二人きり なんだ」

 

 無線先輩も小さく肩をすくめる。

 

「人数が増えれば役割分担もできるが、現状では……原稿も放送も、ほとんど二人で回している。

 正直、内容作りがキツい」

 

「特に部長は話したいことがいっぱいあるからね。

 僕が“それは長いです”って止めないと、昼休みが終わってしまう」

 

「無線くん! そこは言わないでほしい!」

 

 部長が机に突っ伏す。

 

 ラジオ部長が机に突っ伏したまま、うめくように肩を震わせていると──

 

「え? でもさ」

 

 声田くんが首をかしげた。

 

「今日、昼メシ食ってる時って放送流れてたか? 俺、聞かなかったぞ?」

 

「言われてみれば……」

 

 ヒミコも不思議そうに眉を寄せる。

 

「福音くんと食べてる時、音楽もアナウンスも流れてませんでしたよね?」

 

 すると、部長はガバッと顔を上げた。

 

「それだよ!! それなんだよ!!」

 

「え、え?」

 

「部長、落ち着いてください」

 

 無線先輩が苦笑しながら肩を押さえるが、部長は止まらない。

 

「今はな! 部員が少なすぎて! お昼の放送は一時停止させられているんだ! 

 このままでは……廃部も、あり得る!!」

 

「そんな……!」

 

 ヒミコが目を丸くした。

 無線先輩も拳を握りしめる。

 

「どうすればいいんだ……! 僕たちは、あの“プレゼントマイク”のような、素晴らしい放送をしたいだけなのに!」

 

「プレゼントマイク?」

 

 僕が問い返す。

 すると声田くんが元気よく説明した。

 

「深夜ラジオやってるプロヒーローだよ! 

 俺は眠くてリアタイできないから、翌日の文字起こし動画で追っかけてるけど!」

 

「おお……!」

 

 部長が感動したように両手を取ってくる勢いで声田くんに近づく。

 

「今年の新入生にも、我々と 志を同じくする者 がいるとは!!」

 

「まあ、俺は“聞く専”なんですけど!」

 

 声田くんは照れながら頭をかいた。

 無線先輩はニヤリと笑う。

 

「ならばどうだい、君。

 ──放送部に入ってみないか? 

 “作る側”を知れば、聞く楽しさももっと広がるはずだよ」

 

「うっ……!」

 

 声田くんの目が、まるで推しの生配信を見つけた時みたいにきらきらしてきた。

 

「いや……でも……」

 

 声田くんは頬をかきながら、視線をそらした。

 

「俺、聞くのが好きで……話すのはちょっと苦手なんだよな……」

 

 すると、部長が胸を張る。

 

「おや、誤解だよ!」

「えっ?」

 

「放送部だからといって、喋るのが専門 ってわけじゃないさ」

 

 部長は指を一本立てて説明する。

 

「台本を作ったり、番組の構成を組んだり、

 その日の尺に合わせて流れをリアルタイムで調整したり……」

 

 無線先輩もうなずきながら続ける。

 

「裏方の仕事も、放送には欠かせないんだ。

 二人しかいない今、その作業が本当に大変でね」

 

「裏作業……」

 

 声田くんはゆっくりとその言葉を噛み締めた。

 

「ヒーローでも、表舞台に立つ人だけじゃなく、裏で支える人がいるだろう?」

 

 部長が優しく言う。

 

「お前の“聞く”センスは、絶対に役に立つよ」

 

 無線先輩もフォローを入れる。

 

 すると──

 

「……なんか……」

 

 声田くんは照れたように頭をかく。

 

「いい気がしてきた」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

「ところで……」

 

 ヒミコが手を挙げ、部室の空気が少しだけ整う。

 

「もし放送が再開できたら、喋るのは誰がするんですか?」

 

 部長は胸を張って答えた。

 

「もちろん、いるメンバーの誰かだよ!」

 

 だが次の瞬間、無線先輩が苦笑しながら付け加える。

 

「……ただ、僕も部長も“語り”があまり得意じゃなくてね。

 それもあって、先生たちから放送を一時停止されてるんだ」

 

「なるほど……」

 

 ヒミコは腕を組んで、うんうんと頷く。

 

 そして──ほんの一瞬だけ、なにかを計算するように視線を泳がせた後。

 

「──私、ひとついい考えがあります」

 

 その言葉に、部長は目を細めた。

 

「ほう……聞こうじゃないか」

 

 ヒミコは真剣な顔で言う。

 

「お昼の校内放送とはいえ、喋る人はすごく大事ですよね?」

 

「もちろんだよ」

 

 無線先輩が即答する。

 

「でしたら……適任が一人います」

 

 部長は食いつくように前のめりになる。

 

「どこに!? 誰だい!?」

 

 ヒミコはすっと横を指差した。

 

「ここに。──福音くん です」

 

「「……え?」」

 

 部長と無線先輩が同時に主人公の方を見る。

 

 僕はというと──しばらく固まったまま、微動だにしないでいる。

 

 そして、ワンテンポ遅れて。

 

「……え、僕!?」

 

「先輩方……福音くんの声、聞いて何か感じませんか?」

 

 ヒミコが胸を張って言い放つ。

 

「ちょ、ちょっとヒミコ、やめてくれよ……何を言っているんだい?」

 

 僕は慌ててヒミコの袖を引くが、ヒミコはにっこり笑うだけだった。

 その直後だった。

 

「……っ!? き、君……その声は……!」

 

 部長のラジオ先輩が、目を見開いた。

 

「新入生が来てくれて舞い上がってて……完全に聞き落としてた!」

 

 無線先輩もガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。

 

「なんて……なんて“響き”なんだい、君の声は……!」

 

「えっ? な、何を……?」

 

 僕が困惑する中、ヒミコは腕を組んでドヤ顔をした。

 

「ふふ……気づいてしまったようですね、先輩たち。

 福音くんの声の“凄さ”に」

 

 部長は両手を震わせながら僕の方へ一歩近づく。

 

「こ、これは……! 

 まるで有名アニメの声優ががそのまま現れたような……!」

 

 無線先輩も頷きながら言葉を重ねる。

 

「落ち着いたトーンなのに、耳に残る。

 それでいて……どこか包み込むような優しさがある……!」

 

 僕は顔を伏せ気味にして、戸惑うしかなかった。

 

「いや……僕はただ、普通に話してるだけなんだけど……」

 

 だがヒミコは自信満々な声で宣言する。

 

「普通じゃありませんよ? 

 これは才能です。

 福音くんは“声の天才”なんです!」

 

 先輩たちが騒ぎ始めたのを見ながら、僕はそっと心の中でつぶやく。

 

(……これは僕じゃなくて、“石田彰”のおかげなんだけどな)

 

 そんな本音を胸の奥にしまったまま、事態はどんどん進んでいく。

 

「しかし……この優しい声……落ち着いた話し方……」

 

 部長は腕を組み、真剣に頷いた。

 

「これなら先生を説得できるかもしれない……!」

 

「まちがいないですね、部長」

 

 無線先輩も目をきらきらさせる。

 

「足りない経験値は、僕と部長、それに新入生が入れば補えますよ!」

 

 その言葉に、一番反応したのは声田くんだった。

 

「なにっ!? 福音が校内放送!? 

 それは……それはめっちゃ興味あるな!!」

 

 目が完全に“推しを見るオタク”の光になっていた。

 

「私もお手伝いしたいです!」

 

 ヒミコも負けじと手をあげる。

 

「いや、二人までだからね!? 

 僕の話を勝手に盛らないでほしいんだけど……!」

 

 僕が慌ててツッコむと、部長が深く頭を下げてくる。

 

「急な話ですまないが……君をスカウトしたい! 

 できれば、そこの二人も一緒に!」

 

 副部長も勢いよく続ける。

 

「君の力が必要だ! 

 一方的なのは承知だけど……どうか検討してくれ!」

 

 僕は、部長たちの真剣な眼差しと、ヒミコのキラキラした期待の目、そして声田くんの“推しを見つけたオタク”みたいな輝き……その全部を見渡した。

 

(……こ、これは断りづらい……!)

 

 焦りながらも必死に考える。

 しばらく沈黙して──いや、長い沈黙のあと、ついに根負けしたように口を開いた。

 

「……わかりました」

 

 部長と副部長が息を呑む。

 

「もし先生の許可が出て、放送が再開できるのなら……」

 

 僕はゆっくりと続けた。

 

「僕も協力したいです」

 

 その瞬間、部長の目がキラーンと光った。

 

「本当かい!? ありがとう!!」

 

「助かるよ……! 本当に助かる!」

 

 副部長の声まで震えている。

 

 だけど僕は、すぐに付け加えた。

 

「……ただし。

 ヒミコと声田くんが入るのは……強制だからね?」

 

 言った瞬間、声田くんの背筋がビシッと伸びた。

 

「お、おう! 任せろ! 

 裏方は得意だし、誰より聞く専として力になってやる!」

 

「私もいいですよ!」

 

 ヒミコは嬉しそうに胸に手を当てる。

 

「福音くんのためなら、なんでもお手伝いします!」

 

 部長と副部長は互いに目を合わせ、同時にガッツポーズ。

 

「これで……放送部は救われる!!」

 

「新入生三人加入なんて……奇跡だ!!」

 

 僕は少し照れながら、けれど──

 胸の奥がほんの少しだけ温かくなっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 男は、耳を押さえて震えていた。

 

 ──水の音がする。

 ぽたり、ぽたり……そんな静かな音が、やけに大きく響いている。

 

 周囲を取り囲むのは、巨大な水槽のような透明の壁。

 その中に人が浮いていた。

 

 老人。

 主婦。

 学生。

 幼い子供まで──。

 

 男は息を呑む。

 知っている顔だった。

 

 そう、全部──自分が殺してきた者たち。

 

 彼らは目を開いたまま、瞬きをせず、

 まるで“笑っている”ような顔でこちらを見ている。

 

 そして、苦しげに喉を鳴らす。

 

「……ぐ……か……ぁ……っ」

「……は……っ……あ……」

 

 首を掴まれているわけでもないのに、

 その声は“絞め殺された直前”のものと同じだった。

 

 男の鼓膜をじわじわと侵し、

 脳の奥にまで染み込んでいく。

 

 耐えられず、両耳を塞ぐ。

 だが──音は止まらない。

 

 ここには、“肉体の遮断”という概念がない。

 

「……やめ、やめろ……」

「なんだよ……なんなんだよ……っ!」

 

 叫んでも反響しない。

 声は空間に飲み込まれ、黒い水に吸い込まれるように消えていく。

 

 気づけば、足元が黒い液体のように揺れていた。

 

 底がない。

 終わりがない。

 時間もない。

 

 男はこの場所で、

 何日も──あるいは何週間も

 同じ光景を見せられている気がした。

 

 時計がない。

 太陽も月もない。

 “外”という概念すら消えていく。

 

 ただ、殺した者たちだけがこちらを見ている。

 

 笑顔で。

 壊れた録音テープのように、

 途切れ途切れで、永遠に、苦しむ声をあげながら。

 

「ひ……っ……ヒーロー誰かっ……っ!」

「助け……て……」

 

 だが声は止まらない。

 

 この空間に、

 救済という言葉は存在しない。

 

 あるのは──反転した罪の残響だけだ。

 

 男はついに膝から崩れ落ち、

 黒い“海”へと声を上げ絶叫する。

 

「もうやめてくれ!!!」

 

 その叫びすらも、

 彼自身の耳に届く前に吸い込まれて消えていった。

 

 男はそこで、眠ることすらできなかった。

 

 まぶたを閉じようとしても閉じない。

 意識だけが削れ続け、

 身体は存在しているのかも曖昧になる。

 

 自分がやってきた“罪”と、

 その犠牲者たちの声と、

 一瞬たりとも離してもらえない。

 

 精神がゆっくりと壊れていくその最中だった。

 

 ──ふ、と。

 

 空気が変わり、

 背中に人の気配が落ちる。

 

「ねえ」

 

 柔らかく、

 けれど氷のように冷たい少年の声。

 

 男は恐る恐る振り向いた。

 

 銀髪の少年が立っていた。

 

 揺れる影の上に、

 まるで重力の存在しないように、静かに。

 

「君の好きな死の瞬間だろう?」

 

「楽しめたかい?」

 

 少年はそう言って、微笑んだ。

 

 だが男の喉は恐怖で塞がり、言葉が出ない。

 

 少年は続ける。

 

「返事がないね。まあいい。

 ──彼は君の死を望んでいない」

 

 “彼”。

 誰を指すのか、男にはわからないまま。

 

「だから君を解放するよ」

 

 少年は、海の底のように静かな声で告げた。

 

「もし君に、ほんのすこしでも“罪の意識”があるのなら──」

 

「現実で償うといい。

 君に殺された人たちの家族はね……」

 

 言葉が少しだけ陰る。

 

「愛する人がどうして死んだのか、その理由すら知らないままでいるんだよ」

 

 その瞬間、影が音もなく広がった。

 

 男の足元が黒く沈む。

 男は何が起こるのかわからず抵抗する。

 逃げようとした腕も肩も、次々に影の“液体”に溶けていく。

 

 叫ぶ声は最後まで届かず、

 ただ影の暗部へ吸い込まれるだけだった。

 

 そして──男は床の影へと完全に飲み込まれた。

 

 その空間には銀髪の少年の足音だけが、小さく、小さく、残っていた。

 




本作ではディラックの海から物や人を出し入れできるようにしました。
ゲームだと四号機を出し入れしていた気がしので。
好き勝手に独自設定してますが楽しんで頂ければと思います。
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