僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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No,18 トガヒミコ:オリジン

 福音くんの血を飲むようになって、もう数年が経ちました。

 今では毎日、合法的に飲んでいます。

 だから私は今日もとっても健康で、精神的にも安定していて、

 つまり──大変満足しているトガヒミコです。

 

 さて、ここ最近の一番大きな出来事といえば──

 中学校に入学したことです。

 制服も新しいし、クラスメイトも新しいし、

 福音くんと同じクラスに通えるし、

 なんと新しいお友達もできました。

 声田さんと池帆さん。

 2人ともちょっと変わってますけど、いい人たちです。

 そして私たちは部活にも入りました。

 放送部です。

 

 でも──今日のは、さすがに想定外でした。

 まさか、入部初日からいきなり 校内放送デビュー だなんて。

 いや、私はまだマシでした。

 私はあくまでサポート役ですから。

 しゃべるのは福音くん。

 ……というか、彼に「話し方の指導」なんて要るんでしょうか? 

 普段から誰よりも“語り”をしてる気がします。

 

(声だけならプロヒーローでも勝てないと思います)

 

 でも、わかりました。

 今日の福音くんは相当まいっていました。

 姿勢こそいつも通り静かだったけど、声が少し固くて、

 台本を持つ手がほんの少し震えてて──

 そのくせ、途中でなぜか小さく独り言まで言っていて。

 

「僕は渚カヲル……」「最後の使徒……」とか。

 その言葉を聞いた瞬間──

 

 私の体に、“個性を発動したときの感覚”が走りました。

 でも、体は変わっていません。

 なのに私の「どこか一部」だけが、

 別の姿に変身したような感覚がしたんです。

 

 知らない単語のはずなのに。

 初めて聞いた言葉のはずなのに。

 ──なにか、知っている気がする。

 

 訳がわかりませんでした。

 心臓がどくん、と跳ねて。

 でも意味が追いつきませんでした。

 

 そのあと、福音くんが質問していました。

 

「誰に向けて話すつもりでやればいいですか?」

 

 いつもなら、私は静かに横で見ているだけだったはずです。

 でも──口が勝手に動きました。

 

「碇くんはどう?」

 

 その言葉は、完全に“無意識”でした。

 碇くん? 

 誰、それ? 

 私は、知らない名前を言いました。

 どうして? なんで? 

 福音くんだって、困るはずです。

「誰それ?」って聞かれるのが普通です。

 

 だけど。

 

「シンジくんか。確かに、その方がしっくりくる」

 

 彼は──

 まるで 最初からそう決まっていたかのように、自然に受け入れました。

 戸惑う様子なんて、少しもありませんでした。

 

 そして一呼吸置いて──

 彼の雰囲気が変わりました。

 私の目には、ほんの一瞬だけど、確かにそう見えました。

 ──白くて細長い装甲の顔じゃない。

 ──昔の包帯姿でもない。

 銀髪の、知らない少年。

 

 でも。

 私は、彼を“知らない”はずなのに。

 

「知ってる」気がしたんです。

 

 胸の奥に、出口のない迷路が広がったような。

 どこかで何かを忘れているような──

 そんな感覚だけが、ずっと残りました。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

「今日はなんか疲れたな……」

 

 服を着替えて、ベッドに倒れ込む。

 ぼんやり天井を見つめながら、私はひとりごちた。

 

 ──今日のお昼。

 放送室で起きた“あれ”はいったい何だったんだろう。

 私は知らない人の名前を口にして、

 福音くんはそれを疑問に思わず受け入れて──

 何もかもが、ふわふわしたまま。

 

 考えても答えは出ない。

 もやもやした思考を抱えたまま、まばたきをした次の瞬間──

 

 私は眠っていた。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 ──意識が、浮き上がった。

 体が動くより先に、夢だと気づいた。

 

 私は、見知らぬ場所に立っていた。

 膝まで浸かった、オレンジ色の液体。

 温かいようで、冷たいようで、でも不思議と怖くはない。

 地面も壁も存在しない。

 どこまでも広がるのは、波紋だけがゆらめくオレンジ色の海。

 見上げれば──空は真っ赤だった。

 

 そして。

 鼻をくすぐるのは、嗅ぎ慣れた──血の匂い。

 

 私は、ほんの一瞬だけ安心してしまった。

 こんなに濃い血の匂いに包まれているのに、

 怖くないどころか、落ち着くなんて。

 

 ぽちゃん、と小さな音がして振り返る。

 

 そこにいた。

 

 白いヒーロースーツのような服。

 そして──青い髪の女の子。

 

 私は、息を飲んだ。

 知っている。知っている。知っている!! 

 “私が変身した姿”の彼女だ。

 鏡越しに何度も見た、でも“私じゃない誰か”の姿。

 

 だから私は聞いてしまった。

 

「あなたは……誰?」

 

 問いは震えていた。

 夢なのに、現実みたいに緊張していた。

 

 少女はゆっくりと顔を上げて、私を見た。

 静かで、澄んだ瞳。

 そして──

 

「──私はあなた」

 

「え……?」

 

 喉の奥が勝手に震える。

 意味がわからない。

 でも、わかりたくないという気持ちもある。

 

 少女は、ゆっくりと言葉を継ぐ。

 

「正確には、“あなたと”」

 

「わたしと……?」

 

「“あなた”であり、“あなたではないもの”」

 

 淡々としているのに、

 なぜだかその声には“嘘がひとつもない”気がした。

 

 ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。

 この子は、冗談を言っているわけじゃない。

 

「彼からこぼれ落ちたものが……あなたに溶け合ったの」

 

「……彼?」

 

「新世くんのこと」

 

 その名を聞いた瞬間、

 福音くんの横顔が“映像みたいに”脳裏に浮かぶ。

 

「……どういうことなの?」

 

 問いかける私の声は震えていた。

 少女は、それを肯定するように静かに頷く。

 

「あなたが彼の血を飲んだことで──私は“生まれた”」

 

「えっ……まって。変身できるのはわかるの。

 でも……どうして“あなた”が生まれるの?」

 

 問い詰めるように言ったわけじゃない。

 ただ、怖い。

 知りたくて、でも知りたくない。

 そんな、自分でも抑えられない気持ちがぶつかっていた。

 

 少女は、感情を持たない天使みたいに答える。

 

「元の私と、あなたの“個性”が似ていたから」

 

「……似てた?」

 

 光のない赤空に、少女の髪が揺れた。

 

「私は──侵蝕し、溶け、融合するもの」

 あなたは──飲み、混ざり、変身するもの」

 

「……」

 

「だから私は落ちた。

 彼の血と共に、

 あなたという容れ物の中へ」

 

 その言い方があまりに“自然”で、

 私は息を呑むことしかできなかった。

 

 少女は、私の目をまっすぐ見て言う。

 

「あなたが私を“姿”として使うたび、私は形を持ち始めた」

 

「……それで、あなたは今ここにいるの?」

 

 少女は、ほんの少しだけ──微笑んだように見えた。

 

「そう。

 私はあなたと彼の“混ざり物”。

 名前のない、新しい存在」

 

 赤い海の波が、さらりと揺れる。

 

 少女の言葉が落ちた瞬間──

 私の頭の奥で、何かが弾けた。

 “映像”が、勝手に流れ込んでくる。

 

 空の上に浮かぶ、光の円。

 白い光で、二重らせんみたいにねじれながら

 ずっと輪になって回っている。

 それはまるで──

 巨大なDNAが空に浮いているみたいで。

 私は思わず息を呑んだ。

 

「……これ……あなた?」

 

 思わず口が動く。

 少女はゆっくりと目を閉じて、淡々と言った。

 

「──それは、“前の私”」

 

「……じゃあ今のその姿は?」

 

 気づけば、私はそう口にしていた。

 目の前の青い少女──

 私が何度も変身してきた“誰かの姿”。

 だけど彼女は、“私の個性が作った幻”じゃない。

 私の中で“生まれた存在”そのもの。

 だからこそ、聞かずにはいられなかった。

 

「あなたは……誰の姿なの?」

 

 少女は、一瞬だけ目を伏せて。

 それから、静かに答えた。

 

「──私が“いっしょになろう”とした子」

 

「……なろうとした?」

 

 思わず聞き返す。

 “いっしょになる”。

 言葉の意味が、普通じゃないと本能で理解する。

 少女は、赤い空を見上げながら続けた。

 

「そう。私は……彼女と“ひとつになりたい”と思った」

 

 彼女。

 まるで懐かしむように、その言葉を口にしている。

 

 私は息をのむ。

 

「それって……」

 

 少女は少しだけ、切なげな顔をした。

 

「私は、彼女の“碇くん”と一緒になりたいと思った心を知った」

 

 ──碇くん。

 私の知らない名前。

 けれど、耳に入った瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。

 

「“いっしょになりたい”って……」

 

「あなたと同じ」

 

 少女は私を見る。

 まるで鏡みたいに、同じ感情を映す瞳で。

 

「好きな人と、ひとつになりたいと思う気持ち」

 

「……っ」

 

 心臓を掴まれたみたいに、息が詰まった。

 だってそれは──

 私がずっと抱えていた“どうしようもない願い”と同じだから。

 

 福音くんが好き。

 彼と“混ざりたい”。

 

 それは私だけの欲望だと思っていた。

 けど──

 

「私は“彼女”になりたかった」

 

 少女は手を胸に当てた。

 

「知りたかったの」

 

 静かな声だった。

 けれど、その“願い”は確かに私の胸を撃ち抜いた。

 

 ああ──

 この子は、私と同じなんだ。

 欲望も、救いも、渇望も。

 全部、私と同じ“形”をしている。

 

「……どうして、“知りたい”と思ったの?」

 

 思わず問いかける。

 少女は一瞬だけ目を伏せ、静かに答えた。

 

「──寂しい」

 

「え……?」

 

「ひとりは寂しいから」

 

 心臓を握られたような感覚が走る。

 その言葉は、私の奥の奥にある何かを鋭く突いてきた。

 誰にも理解されない

 誰にも“普通”じゃないと言ってもらえない

 だから、混ざりたかった

 溶けたかった

 愛されたかった

 少女は続ける。

 

「でも──今は、少し違う」

 

「……違う?」

 

 少女は、私の目を見て微笑んだ。

 

「あなたの中で“彼”を見た」

 

「福音くんを……?」

 

 少女はこくりと頷いた。

 

「あなたと彼の生活を見て……私、すこし考えが変わったの」

 

「……どう、変わったの?」

 

「“ひとりは寂しい”──でも、“ふたりでいること”は、ただ溶けることじゃない。形が違っても、ちゃんと繋がれる。あなたたちを見て、初めてそう思えた」

 

 胸が熱くなる。

 気づけば呼吸まで止めていた。

 

「だから私はあなたの中で、あなたと“並んで”彼を支えたい。もう、すべてを同化させる必要はない。だってあなたが……」

 

 いったん言葉を切り、少し照れたように言った。

 

「……ちゃんと彼と“繋がってる”から」

 

 私の頬が熱くなる。

 少女はそれを見て、安心したように目を細めた。

 

「だから私は──“あなたの味方”でいるよ」

 

 そこで、世界が波のように揺れた。

 胸の奥がじんわりと熱くなる。

 

「……ありがとう」

 

 気づけば、自然に声が漏れていた。

 けど、どうしても気になってしまって、思わず続ける。

 

「ねえ、どうして……今日、こうして話せたの? 今までずっと、ただ姿が変わるだけだったのに」

 

 少女は、一瞬だけ静かに目を閉じる。

 そして──迷いのない声で答えた。

 

「彼の力が強まったから」

 

「……福音くんの?」

 

「ええ。彼が“覚醒”に近づいている。それに連鎖するように、私という存在も力を増しているの」

 

 私は息を呑んだ。

 

「じゃあ……あなたは、福音くんの力の一部、ってこと?」

 

「そう。そして同時に──あなたの中にいる“もう一人のあなた”でもある」

 

 少女は、赤い空を見上げる。

 

「彼の力が強くなればなるほど、私も“形”を持てるようになる。きっと……これからもっと深く関わるようになると思う」

 

「……関わる?」

 

「そう。あなたと、彼と。私はその両方を“内側”から繋げる存在になる」

 

「ねえ……あなた、名前は?」

 

 気づけば、私はそう問いかけていた。

 少女は一瞬だけ瞬きし──そして静かに答える。

 

「私は“名前”を持っていない。彼らは……“私たち”を〈使徒〉と呼んでいた」

 

「……使徒?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸にいやな冷たさが走る。

 でも──私はすぐに首を振った。

 

「そんなの、カァイくないです!」

 

 思わず語気が強くなる。

 少女はきょとんとした顔で私を見つめた。

 

「かわいく……ない?」

 

「ないです!」

 

 即答した私に、少女はほんの少しだけ目を丸くした。

 

「初めて言われた……そんなふうに」

 

 私はしばらく考える。

 ──名前がない。

 ──存在として“使徒”と呼ばれてきた。

 それって、あまりに味気ない。

 私がトガヒミコとして“名前”を呼んでもらえるのが嬉しかったように──

 

「……なら」

 

 私は一歩近づき、笑顔を向けた。

 

「私が名前をつけてもいいですか?」

 

 少女の瞳が揺れる。

 その反応は、驚きでも警戒でもなく──ただ、純粋な戸惑い。

 そして、かすかに……憧れのような色があった。

 

「……私に?」

 

「はい!」

 

 少女は、ほんの一瞬、言葉を失ったように見えた。

 そして──

 

「……人から何かを“もらう”のは初めて」

 

 かすかに、震える声。

 でもその表情は──はっきりと“嬉しそう”だった。

 

「……お願い。あなたに任せる」

 

 私は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

 

「任せてください。ぜったい、カァイイ名前にしますから!」

 

 少女は小さく頷いた。

 その仕草が、なんだかとても愛おしく思えた。

 

 ……名前。

 彼女の名前。

 考え始めた瞬間、頭の奥にさっきの映像がよみがえる。

 

 ──空いっぱいに広がっていた、光の輪。

 二重らせんみたいにねじれた、白い光の鎖。

 ぐるぐる回りながら、あの空に浮かんでいたもの。

 

(あれ……何だったんだろう。まるで……)

 

 そこで、私はハッと息を呑んだ。

 

「……アルエ……」

 思わず声が漏れる。

 少女がまばたきしながら、少し困ったようにこちらを見る。

 

「アルエ……?」

 

「そうです!」

 

 私はぱっと笑顔になって、

「アルエちゃん!」

 と、両手を胸の前で組んだ。

 

「あなたの名前、“アルちゃん”です!」

 

 少女はぽかんと口を開けたあと──

 ほんの、ほんの少しだけ。

 表情のない顔に、じわりと温度が灯った。

 

「……アルエ、ちゃん」

 

 その声は、小さくて不慣れで、

 それでも──

 なんだか、とても嬉しそうだった。

 

「ふふっ。カァイイです。ぴったりだと思います!」

 

 少女──いや、“アルエちゃん”は

 胸に手を当てながら、ゆっくりとつぶやいた。

 

「ありがとう」

 

 アルエちゃんは、不慣れな笑顔をほんの一瞬だけ浮かべた。

 だけど次の瞬間、表情から色がふっと抜け落ちる。

 

「あなたには──新世くんを助けてあげてほしいの」

 

「……助ける?」

 

 私は首をかしげる。

 だって、私はいつだって福音くんを助けたいと思ってる。

 けど、アルエちゃんの声はそれよりずっと切迫していて

 

「どうして今、それを言うの?」

 

 問いかけると、アルちゃんはゆっくり瞬きをした。

 

「いま彼は、“境界線”の上に立ってる」

 

「境界線……?」

 

「ほんの少し踏み外せば、もう戻れない場所よ」

 

 背筋が、ぞくりと震えた。

 

「そして今の彼は、自分自身を“さらに覆い隠そう”としている」

 

「覆い隠す……?」

 

「あなたも感じたはず。マイクの前で話す練習をしていたとき」

 

 私は息を呑む。

 そうだ──あの瞬間。

 福音くんの雰囲気、別人のように変わっていた。

 “知らない誰か”が喋っているみたいで

 

「彼は、自分が“人間”であることを信じるために」

 

 アルエちゃんは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「別の“形”を、心の手すりみたいに掴んでいるの」

 

「形……?」

 

「そうすることで、何とかバランスを取ってる」

 

 私は思わず奥歯を噛みしめた。

 無意識のうちに、そんなことを──? 

 

「もし彼が、“誰かそのもの”になろうとしてしまったら」

 

「……!」

 

「もう、自分の場所に戻って来られなくなる」

 

 言葉の意味は、全部は理解できない。

 けど、胸の奥がぎゅっと縮む。

 私──あの瞬間。

 確かに福音くんのことを、“知らない銀髪の誰か”のように感じた。

 

「あれは……危ないこと、だったんですか?」

 

「危険というより──“消える”ことに近いわ」

 

 アルエちゃんは、まっすぐに私を見つめる。

 

「だからお願い」

 

「彼が迷って、誰かになろうとしたら」

 

「“あなたはあなたのままでいい”って」

 

「“私は、それが好きだから”って」

 

「──あなたの言葉で、強く引き止めて」

 

 私の息が詰まった。

 胸の奥が熱くなる。

 

「…………わかりました」

 

 気づけば、私は頷いていた。

 

「絶対に言います。

 彼が誰かの真似をしても、私は“福音くんがいい”って言う」

 

 アルエちゃんは、ふっと目を細めた。

 その笑顔は──これまでで一番、人間らしかった。

 

「あなたがそう言ってくれるなら──私は安心していられる」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 目が覚めた。

 ぼんやりした頭がゆっくり現実に沈んでいく。

 天井の模様を眺めながら、私はさっきまで見ていた夢を思い返した。

 

 ──アルエちゃん。

 

 小さく呼ぶと、不思議と胸の奥があたたかくなる。

 体の中を流れる何かが、昨日より“濃く”なっている気がした。

 あの夢の中で聞いた言葉が浮かぶ。

 

『彼を助けてあげて』

 

 私は布団を握りしめ、静かに息を吸い込んだ。

 

「……うん。私の意思で守る。絶対に」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 放課後。部活が終わり、福音くんと並んで帰っていた。

 

「今日は昨日みたいに突発の放送がなくてよかったよ」

 

 福音くんが胸をなで下ろすように笑う。

 

「はい。部活内容も、全体的な説明だけでしたし……助かりました」

 

 歩きながら話す声が心地いい。

 でも──私は途中で決心して、足を止めた。

 

「……福音くん」

 

「ん? どうしたの、ヒミコ」

 

 振り返る福音くん。

 私はぎゅっと拳をにぎって、覚悟を決めた。

 

「……昨日のことで、相談があります」

 

「昨日のこと?」

 

 福音くんが首を傾げる。

 私はぎゅっと制服の端を握りしめて、言葉を続けた。

 

「昨日、放送室で……福音くん、マイクの前に立ったとき。

 ──まるで“別人”みたいになってました。

 雰囲気というか……声の色というか……全部、いつもの福音くんじゃなくて」

 

 福音くんの片目がわずかに伏せられる。

 

「……そうだったのか」

 

 私は強く頷く。

 

「福音くん、最初に出会ったとき言いましたよね。

 “仮面の君”じゃなくて、“本当の君”と話すのがいいって」

 

「……ああ、言ったね」

 

「だから、昨日の福音くんを見て……すごく、胸がざわざわして。

 福音くんが“福音くんじゃなくなっちゃう”みたいで、怖かったんです」

 

 彼は何も言わず、ただ静かに聞いてくれている。

 その優しさが逆に胸に刺さる。

 だから、私は真正面から言った。

 

「──だから。

 私は、福音くんには“福音くんのままで”いてほしいんです」

 

 声が震えた。

 でも、気持ちは揺れていなかった。

 

「誰かになりきるんじゃなくて。

 そのままの福音くんが……私は、一番好きですから」

 

 夕焼けのオレンジが、福音くんの包帯越しに揺れる。

 しばらく沈黙したあと、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「……そうか。

 ……確かに、そうだね」

 

 福音くんが柔らかく答えてくれる。

 安心したような、どこか照れたみたいな声だった。

 私は胸を撫で下ろし──でもすぐに、申し訳なさがこみ上げてきてしまった。

 

「まあ……昨日は、その……私が変なことを言っちゃったのが原因なんですけどね」

 

「え? そうだっけ?」

 

 福音くんは本当に心当たりがないらしく、首をかしげた。

 

 ──覚えていない?

 

 その瞬間、胸の奥がひやりとした。

 昨日の、あの“雰囲気の変化”。

 

(……これが、“境界線の上に立ってる”ってことなんですね)

 

 アルエちゃんが言っていた言葉が、頭の中で静かに繋がる。

 福音くんが、どちらへ傾くかで決まってしまう“なにか”がある。

 私はそっと息を整えて、悟られないように笑った。

 

「本当に、福音くんって……そのままが一番なんですよ」

 

 彼が少し照れたように目を逸らす。

 

「……そう言ってもらえると、なんだか安心するよ」

 

(……守らなきゃ。絶対に)

 

 私は心の中で改めて強く決意した。

 




昨日投稿しようと思ったら、サーバーエラーで投稿できませんでした

その空いた時間で気分転換に画像を作っていたので、せっかくだしここに載せておきます。

※挿絵はNovelAIにて自作生成したものです。


【挿絵表示】
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