僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第壱話 箱の中の胎動

――生まれてから、もう一年ほど経ったと思う。

 正確に数えたわけじゃない。

 けれど、光が満ち、闇が訪れ、また光が戻る――

 

 その繰り返しが幾度も続いた今、

 “時間”というものを前の世界の感覚で測るなら、それくらいになる。

 この世界に生まれた瞬間の記憶を、俺ははっきりと覚えている。

 それが、俺にとっての最初の拒絶だった。

 光の中で、誰かが叫んだ。

 母の悲鳴。

 それに続く、父の沈黙。

 俺を取り上げた医師の手が、震えていた。

 そして――あの言葉。

 「この子は……人じゃない」

 その瞬間の空気の冷たさを、今でも覚えている。

 祝福のはずの光は、拒絶の色に変わり、

 世界が、俺という存在をそっと遠ざけた。

 ……それでも、俺は泣けなかった。

 声を出す器官がなかったからだ。

 息もできず、呼吸の意味も知らなかった。

 ただ、胸の奥で何かが“灯った”のを感じた。

 それが――俺の心臓だった。

 正確には、そう“思った”。

 鼓動の音はない。

 熱もない。

 けれど、確かにそこには小さな光がある。

 明滅しているわけでも、輝いているわけでもない。

 ただ、“在る”。

 暗闇の中で、静かに漂う灯のように。

 俺はそれを、心臓だと信じることにした。

 血が流れなくても、息をしなくても、

 この光が消えない限り、俺は“生きている”。

 そう思えば、少しだけ世界に繋がっていられる気がした。

 ――それが、俺の唯一の救いだった。

 俺は白い布に包まれたまま、この世界で生きている。

 それは服ではなく、繭のようなものだ。

 体を覆い、守るための殻。

 俺の姿に合う服は、この世界にはないらしい。

 呼吸をしない俺に、酸素は必要ない。

 食べることも、眠ることも、命を維持するための行為は何一つしていない。

 それでも、光だけは胸の奥で消えずにいた。

 きっと、それが俺の“心臓”であり、

 それが在る限り、俺はこの世界のどこかに属している。

 ……俺が今いる場所は、孤児院だという。

 俺を育ててくれている人たちは、奇妙なほど優しい。

 俺のような姿を前にしても、逃げない。

 最初こそ、恐怖の気配があった。

 けれど時間が経つにつれ、その目には穏やかさが宿るようになった。

 

 「おはよう」

 

 「今日も眠れた?」

 

 「静かな子だね」

 

 布越しに聞こえる声は、まるで祈りのようだった。

 彼らは俺の返事を期待していない。

 ただ、言葉をかけてくれる。

 それだけで、胸の光がほんの少し温かく感じるのだ。

 親に捨てられたあの日、

 俺は世界というものが、どれほど冷たく残酷かを知った。

 けれど、この小さな部屋の中で、

 誰かが俺に向けて話してくれるたびに、

 ほんの少しだけ、“人間でありたい”と思ってしまう。

 

 ――不思議だ。

 

 俺を生んだ人たちは俺を見て恐れた。

 けれど、今、俺の周りにいる人たちは、

 目をそらさずに、俺を見てくれる。

 同じ“人”でありながら、どうしてこうも違うのだろう。

 それを考えるたびに、胸の光が脈を打つような感覚がする。

 

 実際には点滅などしていないはずなのに――

 

 まるで、そこに心の形が芽生えたように。

 俺はまだ、人のように笑うこともできない。

 けれど、もしもこの光が心臓なら、

 そのうち“心”というものも宿るのだろうか。

 そんなことを思いながら、

 俺は今日も静かに天井を見つめている。

 外の世界のことは何も知らない。

 けれど、この小さな空間の中で、

 人の声を聞きながら“生きている”という感覚を育てていく。

 それが、今の俺にできる唯一の生き方だった。

 

 ――ある日、“子供たち”が俺の部屋にやって来た。

 この部屋の扉は、いつも大人たちだけが通る場所だった。

 彼らは穏やかで、やさしい声で話しかけてくれる。

 けれどその声音の奥には、

 どこか「観察するような」静けさがあった。

 

 俺の体が、どんな“存在”なのか分からないから――

 

 それが理由だと、ずっと前から分かっていた。

 そして子供たちがここに来るまで、

 一年以上もの時間がかかったのも、同じ理由だった。

 俺の“個性”が何なのか、誰にも分からなかったからだ。

 ……“個性”という言葉。

 それが何を意味しているのか、俺にはよく分からなかった。

 この世界の人間たちは、それをまるで生まれつきの“力”のように扱う。

 もしその力が危険なものなら、

 近づく者を傷つけてしまうかもしれない――

 だからなのか、彼らは慎重だった。

 俺が“安全”かどうかが分かるまで、子供たちは遠ざけられていた。

 けれどその日、扉の向こうから小さな笑い声が聞こえた。

 いつもの大人の声ではない。

 明るく、無邪気な音。

 そして――扉が開いた。

 差し込む光の中、複数の小さな影が揺れた。

 その影は、俺を取り囲むようにして止まった。

 

 「ねぇ……これが“動かない子”?」

 

 「ほんとに目が開いてる!」

 

 「ちょっと怖いけど……なんかキレイ」

 

 恐怖よりも、興味の方が勝っていた。

彼らは俺を「見たい」と思って近づいてきた。

その事実が、ほんの少しだけ、胸の光を温かくした。

 子供たちは、それぞれが不思議な姿をしていた。

 片耳が獣のように尖った少女。

 皮膚が石のように硬質化した少年。

 そして――腰から巨大な毛虫が生えている子供。

 毛虫は彼の背中から顔を出し、ゆっくりとうねりながらこちらを見ていた。

 

 「わぁ……白い。人形みたい」

 

 「でも、目がこっち向いた!」

 

 俺は彼らを見つめ返した。

 “恐怖”よりも先に、“共鳴”があった。

 彼らも俺も、“人”という形の中で生きられない存在。

 それでも、こうしてここにいる。

 

 「ねぇ、しゃべれる?」

 

 毛虫の子が、恐る恐る言った。

 俺は答えられない。ただ目を動かすだけだ。

 それでも、獣耳の少女が小さく笑った。

 

 「ううん、わかるよ。聞こえてるんだよね」

 

 その瞬間、胸の光がわずかに脈を打った。

 心臓のような音ではない。

 けれど、“誰かに受け入れられた”感覚が確かにあった。

 それから、子供たちは何度もこの部屋に来るようになった。

 ある日、彼らの会話の中で、俺はまた“個性”という言葉を耳にした。

 

 「ねぇ、“個性”って知ってる?」

 

 俺は、目を向けた。

 “個性”――その言葉の意味が、まだ分からない。

 でも、それがこの世界の鍵である気がした。

 

 「ボクの個性はね、虫を出すことなんだ。ほら」

 

 毛虫の子が笑って背中を見せた。

 

 「でもね、これが気持ち悪いって言われて……

  お母さん、泣いて……それでここに来たの」

 

 「わたしは皮が石になっちゃう個性。

  お父さんの手を切っちゃって、怖いって言われた」

 

 「ボクは耳がよくて、音が大きいから……

  うるさいって怒られてばっかり」

 

 その会話を聞いて、俺は少しずつ理解した。

 “個性”とは、この世界で生まれ持つ力――

 そして、その形が“普通”から外れている者たちが、ここに集められているのだ。

 つまり、俺もその一人。

 俺の体も、姿も、“個性”という名の枠の中にある。

 この世界は、生まれ持った違いを“異形”と呼ぶ。

 そして“異”は、いつだって恐れられる。

 俺は親に捨てられた。

 けれど今なら分かる。

 あれは憎しみではなかった。

 理解できなかっただけなんだ――“個性”というものを。

 胸の光が、強く輝いた気がした。

 光は点滅していないはずなのに、

 まるで世界が息を吸い込むように、空気が震えた。

 俺は確信する。

 この光は、やはり“心臓”だ。

 血を流すためではなく、“心”を動かすための器官。

 人間が持つ心のかたちを、俺はこの中に宿している。

 子供たちは笑っていた。

 化け物のような姿をしていても、誰も拒まない。

 彼らの笑顔を見ていると、

 胸の奥が少しずつあたたかくなっていく。

 

 ――話してみたい。

 

 言葉を、伝えてみたい。

 ありがとう、と。君たちの声が僕をあたためた、と。

 その願いが、体の奥に響いた。

 胸の光が震え、空気が波紋のように揺れる。

 静かな部屋に、わずかな“音”が生まれた。

 音にはならない。

 けれど確かに世界がそれを受け止め、

 胸の光が呼吸するように膨らんだ。

 その夜、俺は思った。

 もしこの光が本当に心臓なら――

 “話す”ということこそ、俺の次の鼓動になるのかもしれない。

 そう思った瞬間、

 胸の奥で、かすかな音がした。

 それは、肉体が進化を始める“胎動”の音だった。

 

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