僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

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第弐拾話 青い海、赤い警報

 期末試験真っ最中の午後。

 テストの日は放課後が早く終わるので、被身子、声田くん、池帆さん、そして僕は、近所のファストフード店でテスト勉強をしていた。

 

 机の上にはノート、参考書、ポテトの空いた紙袋。

 勉強するはずなのに、どうしても話題は“あっち”に流れてしまう。

 

 そう、修学旅行だ。

 

「そーいえばさぁ……修学旅行ってどこ行くんだっけ?」

 

 声田くんが、ストローの氷をカラカラ鳴らしながら言った。

 

「確か……沖縄だったね」

 

 僕が答えると、彼は両手をバッと広げた。

 

「おお〜〜沖縄!! こっちは寒いけど、向こうってどうなんだ?」

 

「結構あったかいって聞くよ〜」

 

「でも……もう11月ですし、さすがに海はないですよね?」

 

 被身子が、ちゅっとシェイクを吸いながら言った。

 

「まあ、泳げなくてもさ。眺めが綺麗だったらいいよね」

 

 そう言うと、みんなが一斉にうなずいた。

 

「夕焼けとか絶対ヤバいよな〜」

 

「砂浜で写真撮りたい〜」

 

「……福音くんと一緒に見たい……」

 

(最後の小声……聞こえてるよ、被身子)

 

「でもさ、沖縄って……食べ物も美味しいらしいよ?」

 

 声田くんが唐突に目を輝かせた。

 

「ソーキそば! ゴーヤーチャンプルー! タコライス!」

 

「お、おいしそう……」

 

 と被身子。

 テスト期間のはずなのに、机の上から勉強の気配は完全に消えていた。

 

(……まあ、こういう時間も悪くないか)

 

 気づけば僕自身も、明るい未来を思い描いていた。

 

 沖縄旅行。

 眺め。

 食べ物。

 

(……楽しみだな)

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 期末試験が終わり、ほんの数日が過ぎたころ。

 学校の空気は、どこか浮き足立っていた。

 

 理由はもちろん──

 修学旅行が目前に迫っているからだ。

 

 そして今日、ついにその“運命の時間”がやってきた。

 

 班わけ。

 四人一組で、三日間を共にするメンバーが決まる重要イベントだ。

 先生が発表していく、教室のあちこちから「やば〜」「緊張する!」と声が飛び交った。

 

 3組:新世・渡我・声田・池帆

 

 聞いた瞬間、肩の力が一気に抜けた。

 

「やったぁぁぁ!!」

 

 声田くんが両手を突き上げる。

 

「よかった……」

 

 池帆さんは胸を押さえて崩れ落ちそうになっている。

 被身子は少し照れながら僕を見て、

 

「よかったです……福音くんと同じで……」

 

 と、いつもの控えめな笑顔を見せた。

 僕は思わず頬をかいてしまう。

 

「これで三日間、班行動一緒だな!」

 

 声田くんが背中を叩く。

 

「うん。幸先いいよね」

 

 本当に、そう思った。

 

 沖縄の空と海。

 潮風。

 四人で笑い合う時間。

 

(悪くない……いや、すごく良い)

 

 班わけが終わって、教室がざわざわとした高揚感に包まれているなか──

 先生が手を叩いた。

 

「はい、みんな落ち着けー。ここからが本題だからなー!」

 

 その声に、生徒たちは渋々席に戻る。

 修学旅行前の注意事項タイムだ。

 プリント、しおり、各種確認物が配られ、先生の長い説明が始まった。

 

「まず、お前たちは中学生だ。羽目を外しすぎるなよ。

 あと──今回は個性使用について厳重注意が出ている」

 

 教室が一瞬しん……と静まる。

 

 先生は眉を寄せたまま、僕らを見渡す。

 

「いいか。個性の無断使用が確認された場合、

 最悪、『注意』だけじゃなくて──

 その日のうちに家に帰ってもらうことになるからな」

 

 その言葉に一気に空気が重くなる。

 

(まあ……そりゃそうだよな、修学旅行で騒いだら大惨事だし)

 

 横を見ると、声田くんが「うわマジ?」と顔を歪め、

 被身子は「……気をつけなきゃ」と手をぎゅっとしていた。

 

 池帆さんはというと、

「帰らされたら……お土産買えない……」

 と真剣に打ちひしがれていた。

 

(そこかい……)

 

「それから、しおりの“緊急時対応”のページは必ず読んでおけ! 

 これは本当に大事だ。絶対に忘れるな」

 

 先生の声はいつもよりずっと重い。

 

「集合場所、時間割、体調不良のときの連絡先……

 “いざという時”に読んだんじゃ遅いぞ」

 

 僕はしおりを開きながら頷いた。

 

(まあ……確かに、これはちゃんと読んでおかないと)

 

 先生は最後に大きく息を吐き、

 

「そして──

 当日、忘れ物をしないように! 

 お前たちは今日からもう準備を始めろよ!」

 

 そう言ってプリントを机に置いた。

 

(準備か……)

 

 沖縄。飛行機。クラスの友達。

 そして──四人での時間。

 

 胸がひそかに高鳴った。

 

「……よし。今日から本気で準備しよう」

 

 修学旅行はもうすぐだ。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 修学旅行の当日。

 しっかり荷造りしたカバンを肩にかけ、僕は朝の校庭に立っていた。

 

 まだ少し肌寒いけれど、空は雲ひとつない青。

 

(……よかった、天気は味方してくれたみたいだ)

 

 スマホを片手に天気予報を確認する。

 

「良かった。今日から何日かは晴れだね」

 

 隣にいた被身子が安心したように微笑んだ。

 

「よかったです。せっかくの思い出作りですし……

 雨模様だったら、ちょっと寂しかったですから」

 

 彼女の目はキラキラしていた。

 この修学旅行を、心の底から楽しみにしているのがわかる。

 

(……うん、正直、僕も楽しみだ)

 

 二人で話し込んでいると──

 

 ぞろぞろと生徒たちが校庭に集まってきた。

 

 荷物を引きずる音。眠そうなあくび。

「なに持ってきた?」とか「起きるのつらかったー!」とか

 各々がワイワイ話しているのが聞こえる。

 

 やがて校庭の端に──

 白くて大きな観光バスが、ゆっくりと止まった。

 

「うわ、来た来た!」

 

 歓声が上がる。

 

 そのすぐ後、担任の先生が手を上げて叫んだ。

 

「はーい! 全員集合ー! 点呼を始めるぞー! 

 荷物忘れた奴いないだろうなー!? 

 これからバスで空港に向かうから、班ごとに乗れよー!」

 

(ついに……始まるんだ。修学旅行)

 

 胸がどくん、と高鳴る。

 

 被身子が小声でつぶやいた。

 

「……行きましょう、福音くん」

 

「うん。楽しもうね、被身子」

 

 バスのエンジン音が校庭に響く。

 

 ──僕たちの特別な三日間が、ここから始まる。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 空港に着いた瞬間──

 胸の奥がじわりと熱くなった。

 

(……なんだろう、この感じ)

 

 普段の学校とはまるで違う空気。

 人の流れ、アナウンスの声、天井の高いホール。

 非日常ってこういうことを言うんだろう。

 

 自然とテンションが上がってくる。

 

「うわぁ……すごいね、福音くん」

 

 隣で被身子がきょろきょろしている。

 声田くんと池帆さんも、テンションが高い。

 

「飛行機見るだけでテンション上がるな! 写真撮ろ!」

 

「ちょっと待って意好気、さっきから私の顔が全部ブレてる!」

 

 ……と、いつも通り賑やかだ。

 

(そういえば、僕……飛行機乗るの初めてなんだな)

 

 量産機の姿になってから、地上と空の感覚は

 なんとなく“慣れている”気がしていたけれど──

 実際に乗るのは初めてだ。

 

 けれど、不思議と恐怖感はなかった。

 

(……僕、空を飛ぶのは怖くないんだ)

 

 姿が姿だからだろうか。

 体の奥の“何か”が、むしろ空を喜んでいる気さえする。

 

 少しだけ笑ってしまう。

 

「はーい! ここから飛行機に乗るための検査に入るぞー! 

 異形型は専用レーンで探知機に並んでくださーい!」

 

 僕らのクラスにも異形型は数人いる。

 もちろん、僕もその一人だ。

 

 専用レーンに並ぶび待っていると、検査員の人が僕を見て眉を上げた。

 

「その……体は、金属製ですか?」

 

「えっと……よくわかってはいないんですけど。

 “特殊装甲”って呼んでます」

 

「特殊装甲……なるほど。

 金属探知機で反応する可能性もあります。

 一度、通ってみましょうか」

 

「はい」

 

 指示に従ってゲートに足を踏み入れ──

 そのまま、すっと通り抜けた。

 

 ──無音。

 

 検査員さんが首をかしげる。

 

「……反応なし? 不思議ですね」

 

「僕も、よくわかりません」

 

 検査員さんは苦笑した。

 

「まあ、問題がないなら大丈夫です。どうぞ通ってください」

 

(やっぱり……僕の体、金属とは違うんだな)

 

 空港のざわめきは、まだ胸をくすぐる。

 この先に“修学旅行”という大きなイベントがあると思うと──

 

 僕はどうしても、期待でコアが高鳴ってしまうのだった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 沖縄につき空港を出た瞬間、むっとした温かい空気が肌にまとわりついた。

 本州とはまったく違う匂いと湿度。

 それだけで「沖縄に来たんだ」と実感してしまう。

 

 そして僕たちは、クラスごとに分けられ大型バスへと乗り込んだ。

 

 エンジンの振動。座席の布の匂い。

 旅に出たときだけ味わえる、独特の“これから始まるぞ感”。

 

 そんな中で、担任の先生がマイクを手に振り返った。

 

「よーし、みんな静かにー! 今から今日の流れをもう一度確認するぞー!」

 

 バスの中が少し静まり返る。

 

「まずはこのまま水族館に向かう! 

 そこでクラスごとに見学したあとは、班別に自由行動だ。

 各班が事前に考えたルートで、歩きや路線バスを使ってホテルまで向かってもらう。

 いいなー? ホテルで点呼を取るから、必ず遅れずに来るように!」

 

 車内から「はーい!」という声がまばらに返った。

 

 先生が続ける。

 

「ルートや時間配分はちゃんと確認しておけよー。迷子になったら先生たちも困るからな!」

 

 僕は頷きながら、自分の座席に身体を預ける。

 

 隣では声田くんが窓にもたれながら、にやにやしていた。

 

「……そういえばさ、福音。

 水族館って来るの初めてなんだよな?」

 

「うん。テレビで見ることはあったけど、実際に行くのは初めてだよ」

 

「だよなー! 俺さ、久しぶりだから超楽しみなんだよ。

 イルカの声とか、近くで聞きたいなって思っててさ」

 

 イルカの声。

 そういえば、動物の声はなんだか不思議と心地いい。

 

「それ、いいね。僕も聞いてみたいよ」

 

「だろ!? あの、なんか『キュイー!』ってやつ!」

 

「ははっ……もしかしたら“ガギエル”なんかも一緒にいるかもね」

 

「ガギ……何それ?」

 

 声田くんが眉をひそめる。

 被身子と池帆さんは、そろって首をかしげている。

 

 僕は少しだけ悪戯っぽく笑って、

 

「うーん……頭が一番いいやつかな。

 デカくて、力も強いんだ」

 

 と、適当にぼかしつつ答えた。

 

 声田くんは一瞬で青ざめる。

 

「いやいやいや! 

 そんなのいるわけないだろ!? 怖すぎるぜ!! 

 魚じゃなくて怪獣じゃん!!」

 

「ははっ、それもそうだね」

 

 被身子はおかしそうに目を細める。

 

「福音くん、変な生き物の例え出すの好きですよね」

 

「いや……つい、ね」

 

 池帆さんは呆れながらも笑っていた。

 

「ガギエルなんて、絶対いないからね。

 いたらもう水族館じゃなくて“災害現場”でしょ、それ」

 

「確かに」

 

 バスに揺られながら、くだらない会話で盛り上がる。

 

(……こういう時間、すごく好きだな)

 

 窓の外では、沖縄の空が青く広がっていた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 水族館の中は、青い光が揺れていて──

 どこを見ても、まるで海の中にいるみたいだった。

 

 巨大水槽の前で立ち止まり、僕たちはしばらく幻想的な景色に見とれていた。

 

「うわ……綺麗……」

 

 被身子が息を漏らすように言い、

 ゆらゆら泳ぐエイの群れを見上げたその瞬間。

 

「……え?」

 

 不意に、被身子の声が小さく震えた。

 

 僕は顔を向ける。

 

「どうしたんだい? 何かいたのかい?」

 

 被身子は壁の一点を凝視したまま、

 何かを“聞いている”みたいに固まっていた。

 

 だけど──

 

「い、いえ! なんでもないんです! 

 気にしないでください!」

 

 急に笑顔を作ってごまかす。

 

 僕は首をかしげながらも、

 

「だったらいいんだけどね」

 

 とだけ返す。

 

 被身子はぎこちなく笑いながら、

 

「は、はは……」

 

 そして──

 僕には聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。

 

「……何が“来る”んですか、アルエちゃん……?」

 

 空気が、ほんの一瞬で張り詰める。

 

 でも僕は気づかず、横から声田くんに肩を叩かれた。

 

「おい! 新世! 見ろよウツボ!! 

 でっけぇのいるぜ!!」

 

「あ、本当だ」

 

 僕はそっちに向かって歩き出した。

 

 被身子はもう一度だけ水槽の奥を見つめて、小さく息を呑む。

 

 あの深い青の向こうで──

 “何か”が、確かにざわめいたように感じた気がした。

 

 

 

 水族館の見学を終えると、僕たちは大きなロビーへと案内された。

 

 館内とは違う、観光客のざわめきが広がる空間。

 先生たちが前に並び、マイクを片手に声を響かせる。

 

「──はい、ここでいったん見学は終了だ! 

 このあとは各班ごとに自由行動に移る! 

 くれぐれも“個性の無断使用は禁止”を忘れるなよー!」

 

 ロビーのあちこちで、

 

「いよっしゃ行くぞー!」

「うちの班どうするー?」

 

 と、それぞれのグループが盛り上がり始める。

 

 先生が手を振り下ろすようにして言う。

 

「では解散! 班行動、気をつけていけよー!」

 

 僕ら四人は自然と固まった。

 

 声田くんが手元のしおりをパラパラとめくりながら、

 

「えーっと、うちの班は……まずバスで街中に向かって、

 ちょっと散歩して、それからまたバスでホテルに直行──

 で、合ってたよな?」

 

「その流れで間違いなかったはずだよ」

 と僕。

 

「うん、そうだね」

 池帆さんも頷く。

 

 最後に被身子が、しっかりと確認しながら言う。

 

「間違いないです。……バス停の場所も合ってますね」

 

 よし、と僕は頷いて、みんなを見回す。

 

「じゃあ──移動しようか」

 

 僕らはバスを降りて、しばらくのんびりと街を歩いていた。

 観光地らしく、どこもかしこも人が多くて、南国らしい彩度の高い看板や、海風に混じった甘い匂いが広がっている。

 

 声田くんが「ここ寄ろうぜ!」と言えば、池帆さんが「次はあっちの雑貨屋さんに行きたい」と返し、僕はその少し後ろからついていく。

 特に行きたい場所があるわけじゃない。

 強いて言えば──孤児院のみんなにお土産を買えれば、それで十分だ。

 

 笑いながら、ああでもないこうでもないと話していると……僕の足がふっと止まった。

 

 その瞬間、三人も気づいたらしい。

 

「ん? どうしたんだ、福音?」

 

 僕は指先で店の前を示す。

 

「いや……あのお店。見慣れないもの、置いてるなと思って」

 

 店先には、黒ずんだ金属の箱や、古いレンズ、どこか得体の知れない“昔の機械”のようなものがずらりと並んでいた。

 

「ああ、骨董品屋さんだね。昔の機械とかを売ってるお店だよ」

 

 池帆さんが言う。

 

 被身子は目を輝かせながら

「わぁ……黒い機械がいっぱいですね……!」

 と楽しそうに店先を覗き込んでいた。

 

 僕はただ、無言でそれをじっと見つめていた。

 胸の奥に、小さな引っかかりのような感覚があった──理由はわからないけれど。

 

 そんな僕を見て、声田くんが肩を叩く。

 

「なんか気になるのか? 気になるならちょっと覗いてみようぜ」

 

「あ、いや……別にいいよ。みんなの行きたい所に──」

 

「だめです」

 

 被身子がぴしゃりと言った。

 

「福音くん、私たちの行きたいお店ばかりで……

 福音くん、自分の行きたい所、一回も言ってませんよ? 

 少しくらい寄っても大丈夫です」

 

 池帆さんも柔らかく頷いた。

 

「うん。せっかくの修学旅行だし、良かったら入ってみようよ」

 

 ……そう言われると、断る理由もない。

 

「……じゃあ、少し覗いてみようかな」

 

 暖簾をくぐると、店内にはひんやりとした空気が満ちていた。

 照明は少し暗く、棚には古びた金属やガラスでできた機械がずらりと並んでいる。

 どれもこれも、今の時代ではまず目にしないものばかりで──

 

 まるで “忘れ去られた機械たちの墓場” に迷い込んだようだった。

 

 三人も、思わず足を止める。

 

「……これ、昔のパソコンか?」

 

 声田くんが指をさす。

 分厚いフレームで、画面も小さい。

 

「画面……こんなに分厚いんですね……!」

 

 被身子が目を丸くする。

 いつもの天真爛漫とは違い、完全に“未知との遭遇”の顔だ。

 

 池帆さんは棚の奥を指さして、ぱっと顔を明るくした。

 

「わ、あれジュークボックスだよね!? 昔の映画で見たことあるよ。

 お金入れたら音楽流れるやつ!」

 

 色とりどりのライトがついた大きな箱──

 レトロの象徴みたいな“ジュークボックス”が鎮座していた。

 

 僕は、棚に並ぶ古い機械たちを眺めながら──

 胸の奥が、じんわりざわつくのを感じていた。

 

(……なんだろう、この感じ)

 

 懐かしい? 

 でも前世の僕はレトロ趣味なんてあったっけ? 

 思い出せないけど、心の奥のどこかが刺激されているような、そんな奇妙な感覚。

 

「こういうの、前にも見たことある気がする……」

 

 自分でも理由がわからなくて、僕はひとりで首をかしげた。

 

 そのまま“音楽プレイヤー”と書かれた棚に足を向ける。

 ウォークマン、カセットプレイヤー、巨大なスピーカー……

 今では見ないものばかりだ。

 

 そして──

 

 僕の視界が、ある一つの機械に釘付けになった。

 

 僕の視線は、棚の端にぽつんと置かれていた小さな黒い機械に吸い寄せられた。

 

 手に取ると、ずしりとした重量感。

 

 黒いボディには 「SDAT」 と白字で刻まれ、

 ボタン類はどこか武骨で、今の時代の製品とは明らかに違っていた。

 

 まるで──

 

「……これ、シンジくんがアニメで使ってたやつだ」

 

 思わず小さく呟く。

 胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、懐かしさと嬉しさがせめぎ合う感覚。

 

 新品ではなく、細かい傷のついたそのプレイヤーは、

 まるで“誰かがずっと握りしめていた”かのように、妙に温かかった。

 

 僕は無意識のうちに──

 SDATプレイヤーを握りしめていた。

 

 黒い筐体の感触が妙に馴染む。

 前世でも触ったことなんてないのに、懐かしい。

 そんな馬鹿みたいな感覚が胸をかすめた。

 

「福音くん、何か気になるのがあったんですか?」

 

 被身子が横から覗き込む。

 その目が チラッ とプレイヤーを見た瞬間、わずかに開いた。

 

「うん、これが気になって」

 

「これは……」

 

 被身子の顔に一瞬“何かを思い出したような”影が差す。

 でもすぐに笑顔でごまかした。

 

 声田が身を乗り出す。

 

「おお、なんかレトロでいいじゃん! 

 こういうの、音質とか逆に味あるよな!」

 

 池帆も興味津々で覗き込みながら言う。

 

「こういうので聴く音楽って、いつもと違う気分になりそうだよね。

 なんか映画の主人公みたいな感じ?」

 

 僕はふと値札を見る。

 

(……買えない値段じゃないな)

 

 買おうか迷っていると──

 カウンター奥から店員のおじさんが声をかけてきた。

 

「お客さん、それが気に入ったのかい?」

 

「はい。……でもこれ、動くんですか?」

 

 おじさんはにやりと笑い、肩をすくめた。

 

「動くとも。

 つい最近、棚を整理してたら久しぶりに電源が入ってねぇ。

 不思議なもんさ。まるで──

 “君が来るのを待って動いた” みたいだったよ」

 

「……そんなこと、あるんですか?」

 

「さぁね。けど機械ってのは、持ち主が見つかると息を吹き返すことがあるんだよ。

 ──なんてな、オヤジの戯言さ」

 

 でもその言葉に、僕の胸は妙にざわついた。

 

(……まるで前世で、中古ショップで“ずっと探してたもの”を見つけた時みたいだ)

 

 理由もなく、ただ手が離れない。

 

 店員が続ける。

 

「今買ってくれるなら、専用のテープもつけるよ。

 ほとんど出回ってねぇから、結構貴重だよ?」

 

 僕はプレイヤーを見つめ──

 自然に、頬が緩んでいた。

 

「……これ、ください」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 店を出て歩き始める。

 僕は、手に入れたばかりのSDATプレイヤーを大事そうに握りしめながら、

 つい頬がゆるんでしまい、笑みが全然消えなかった。

 

 そんな僕を見て、被身子がくすっと笑う。

 

「入ってよかったですね。

 福音くん、すごく嬉しそうです」

 

「……まぁね。なんか、こういうの好きみたい」

 

 本当に理由はわからないのに、胸の奥がじんわり温かい。

 すると池帆さんが、ふと思い出したように声田へ向き直る。

 

「そういえば、意好気は何買ってたの?」

 

「あぁこれ? “強強電波ポータブルラジオ(モバイルバッテリー付き)”」

 

 力強く商品を掲げる声田くん。

 

「災害時にも使える超強力なやつでさ! 

 こういうレトロなやつでラジオ聴くのもいいかなって思ってな!」

 

「おー、意好気らしい~」

 

 と池帆さんが微笑む。

 そんなみんなの会話を聞きながら歩いていると、僕は唐突に──

 

「……あっ!」

 

 変な声を出してしまった。

 

 被身子がびくっと肩を上げる。

 

「ど、どうしたんですか、福音くん?」

 

 僕は自分の顔を指差しながら、困ったように言う。

 

「そういえば僕……耳の穴なかったわ」

 

 被身子は僕の量産機フェイスをじ~っと見つめ、

 

「あぁ〜……確かに……?」

 

 声田くんと池帆さんも、ものすごく真剣な顔で僕の横顔を確認してくる。

 

「言われてみれば……ほんとにない……!」

 

「マジかよ……今までイヤホンしたことがない……?」

 

 僕は苦笑して、SDATを軽く揺らす。

 

「まぁ、このプレイヤーは“コレクション”として使うよ。

 ……人前で使えないけど、持ってるだけでなんか嬉しいから」

 

 被身子は優しく笑った。

 

「うん、福音くんらしいです」

 

 僕は照れながら前を向く。

 冬の沖縄の風が、少しだけやわらかく感じた。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 その後、ホテルに着いた僕たちはそれぞれの部屋に入り、荷物整理を済ませて夕食を食べ、自由時間になった。

 

 部屋に戻る前──

 被身子が、廊下で僕の袖をそっとつまんだ。

 

「福音くん……あの……」

 

「どうしたんだい?」

 

 被身子は少しだけ照れくさそうに目を伏せる。

 

「もしよかったら……昼間買ったあの機械、使ってもいいですか?」

 

「あぁ、SDATのこと? もちろんいいけど……たぶん入ってる曲は昔の知らないやつだと思うよ?」

 

「それでもいいです。

 ……福音くんがすごく嬉しそうにしてたから……その気持ちを、私も味わってみたくて」

 

 その言葉が妙にくすぐったかった。

 

 僕は鞄からSDATを取り出し、被身子へ手渡す。

 

「ここのボタンで蓋が開くよ。

 テープを入れて……再生ボタンを押せば流れるはず」

 

「はいっ、ありがとうございます」

 

 被身子は嬉しそうに受け取り、階層にある共有スペース──“リクライニングルーム”へ向かって歩いていった。

 僕はそのまま部屋へ戻る。

 

 ──そして。

 

 薄暗い照明の“リクライニングルーム”。

 

 壁一面のガラス窓から、沖縄の夜の海風がひんやりと漂ってくる。

 

 被身子は静かなその部屋の真ん中にあるソファに腰をおろし、

 SDATに入っていた古いテープのラベルを指でなぞった。

 

「えっと……“エヴ……オン……ンド……ラック”? 

 なんでしょう……読みにくい……」

 

(まあ、聞いてみたらわかりますよね……)

 

 カチリ、とテープをセットし、再生ボタンを押す。

 

 次の瞬間──

 

 イヤホンの奥から流れ出したのは、

 

 

 ♪ 残 酷 な 天 使 の よ う に ♪ 

 

 

 被身子は、体をびくっと震わせ、目を大きく見開いた。

 

「……え……?」

 

 理由もわからず、胸の奥を掴まれるような感覚が走る。

 

 知らない。

 知らないはずなのに。

 

 なのに──

 

 “知っていた気がする”

 

 心の奥で、静かに光が生まれるような感覚。

 

「……これ……なに……?」

 

 涙が出そうになるほど、胸が熱い。

 

 歌詞もメロディも、全部が何かを揺さぶってくる。

 

 “今の自分じゃない、どこか遠い場所で

 ずっと、ずっと前から聞いていた音”

 

 そんな感覚が押し寄せてくる。

 

 被身子は両手でイヤホンを包み込み、

 息を呑みながら呟いた。

 

「──すごい……

 福音くんが好きになる理由、わかります……」

 

 その瞳は、音楽の光に酔うように潤んでいた。

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日も、楽しい一日になる──

 誰もがそう信じて疑わなかった。

 

 だが。

 

 その静かな期待は、一つの“音”によって打ち砕かれる。

 

 耳を裂くような警報音が、街中に響き渡った。

 

 

 

 ドンッ!! 

 

 足元が突き上げられたような、重く鈍い“衝撃”が地面を走る。

 

 店先に吊るされた小物が一斉に落ちて砕け散る。

 

 悲鳴。

 走り出す人々。

 混乱が、あっという間に場を飲み込んだ。

 

 その中心で──

 

 白い装甲に包まれた少年が、反射的に振り返る。

 

 “コア”が胸の奥で鋭く光り、脳裏に危険の影が焼きつく。

 

 彼は叫んだ。

 

「──被身子!! 伏せるんだ!!」

 

 その叫びは空気を裂き、彼女へと伸ばされた“盾”のように響いた。

 

 平穏は、一瞬で崩れ去る。

 楽しい修学旅行のはずが──世界は、静かに“非日常”へ傾き始めていた。

 

 

 

 

 

 

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