期末試験真っ最中の午後。
テストの日は放課後が早く終わるので、被身子、声田くん、池帆さん、そして僕は、近所のファストフード店でテスト勉強をしていた。
机の上にはノート、参考書、ポテトの空いた紙袋。
勉強するはずなのに、どうしても話題は“あっち”に流れてしまう。
そう、修学旅行だ。
「そーいえばさぁ……修学旅行ってどこ行くんだっけ?」
声田くんが、ストローの氷をカラカラ鳴らしながら言った。
「確か……沖縄だったね」
僕が答えると、彼は両手をバッと広げた。
「おお〜〜沖縄!! こっちは寒いけど、向こうってどうなんだ?」
「結構あったかいって聞くよ〜」
「でも……もう11月ですし、さすがに海はないですよね?」
被身子が、ちゅっとシェイクを吸いながら言った。
「まあ、泳げなくてもさ。眺めが綺麗だったらいいよね」
そう言うと、みんなが一斉にうなずいた。
「夕焼けとか絶対ヤバいよな〜」
「砂浜で写真撮りたい〜」
「……福音くんと一緒に見たい……」
(最後の小声……聞こえてるよ、被身子)
「でもさ、沖縄って……食べ物も美味しいらしいよ?」
声田くんが唐突に目を輝かせた。
「ソーキそば! ゴーヤーチャンプルー! タコライス!」
「お、おいしそう……」
と被身子。
テスト期間のはずなのに、机の上から勉強の気配は完全に消えていた。
(……まあ、こういう時間も悪くないか)
気づけば僕自身も、明るい未来を思い描いていた。
沖縄旅行。
眺め。
食べ物。
(……楽しみだな)
◇◇◇◇
期末試験が終わり、ほんの数日が過ぎたころ。
学校の空気は、どこか浮き足立っていた。
理由はもちろん──
修学旅行が目前に迫っているからだ。
そして今日、ついにその“運命の時間”がやってきた。
班わけ。
四人一組で、三日間を共にするメンバーが決まる重要イベントだ。
先生が発表していく、教室のあちこちから「やば〜」「緊張する!」と声が飛び交った。
3組:新世・渡我・声田・池帆
聞いた瞬間、肩の力が一気に抜けた。
「やったぁぁぁ!!」
声田くんが両手を突き上げる。
「よかった……」
池帆さんは胸を押さえて崩れ落ちそうになっている。
被身子は少し照れながら僕を見て、
「よかったです……福音くんと同じで……」
と、いつもの控えめな笑顔を見せた。
僕は思わず頬をかいてしまう。
「これで三日間、班行動一緒だな!」
声田くんが背中を叩く。
「うん。幸先いいよね」
本当に、そう思った。
沖縄の空と海。
潮風。
四人で笑い合う時間。
(悪くない……いや、すごく良い)
班わけが終わって、教室がざわざわとした高揚感に包まれているなか──
先生が手を叩いた。
「はい、みんな落ち着けー。ここからが本題だからなー!」
その声に、生徒たちは渋々席に戻る。
修学旅行前の注意事項タイムだ。
プリント、しおり、各種確認物が配られ、先生の長い説明が始まった。
「まず、お前たちは中学生だ。羽目を外しすぎるなよ。
あと──今回は個性使用について厳重注意が出ている」
教室が一瞬しん……と静まる。
先生は眉を寄せたまま、僕らを見渡す。
「いいか。個性の無断使用が確認された場合、
最悪、『注意』だけじゃなくて──
その日のうちに家に帰ってもらうことになるからな」
その言葉に一気に空気が重くなる。
(まあ……そりゃそうだよな、修学旅行で騒いだら大惨事だし)
横を見ると、声田くんが「うわマジ?」と顔を歪め、
被身子は「……気をつけなきゃ」と手をぎゅっとしていた。
池帆さんはというと、
「帰らされたら……お土産買えない……」
と真剣に打ちひしがれていた。
(そこかい……)
「それから、しおりの“緊急時対応”のページは必ず読んでおけ!
これは本当に大事だ。絶対に忘れるな」
先生の声はいつもよりずっと重い。
「集合場所、時間割、体調不良のときの連絡先……
“いざという時”に読んだんじゃ遅いぞ」
僕はしおりを開きながら頷いた。
(まあ……確かに、これはちゃんと読んでおかないと)
先生は最後に大きく息を吐き、
「そして──
当日、忘れ物をしないように!
お前たちは今日からもう準備を始めろよ!」
そう言ってプリントを机に置いた。
(準備か……)
沖縄。飛行機。クラスの友達。
そして──四人での時間。
胸がひそかに高鳴った。
「……よし。今日から本気で準備しよう」
修学旅行はもうすぐだ。
◇◇◇◇
修学旅行の当日。
しっかり荷造りしたカバンを肩にかけ、僕は朝の校庭に立っていた。
まだ少し肌寒いけれど、空は雲ひとつない青。
(……よかった、天気は味方してくれたみたいだ)
スマホを片手に天気予報を確認する。
「良かった。今日から何日かは晴れだね」
隣にいた被身子が安心したように微笑んだ。
「よかったです。せっかくの思い出作りですし……
雨模様だったら、ちょっと寂しかったですから」
彼女の目はキラキラしていた。
この修学旅行を、心の底から楽しみにしているのがわかる。
(……うん、正直、僕も楽しみだ)
二人で話し込んでいると──
ぞろぞろと生徒たちが校庭に集まってきた。
荷物を引きずる音。眠そうなあくび。
「なに持ってきた?」とか「起きるのつらかったー!」とか
各々がワイワイ話しているのが聞こえる。
やがて校庭の端に──
白くて大きな観光バスが、ゆっくりと止まった。
「うわ、来た来た!」
歓声が上がる。
そのすぐ後、担任の先生が手を上げて叫んだ。
「はーい! 全員集合ー! 点呼を始めるぞー!
荷物忘れた奴いないだろうなー!?
これからバスで空港に向かうから、班ごとに乗れよー!」
(ついに……始まるんだ。修学旅行)
胸がどくん、と高鳴る。
被身子が小声でつぶやいた。
「……行きましょう、福音くん」
「うん。楽しもうね、被身子」
バスのエンジン音が校庭に響く。
──僕たちの特別な三日間が、ここから始まる。
◇◇◇◇
空港に着いた瞬間──
胸の奥がじわりと熱くなった。
(……なんだろう、この感じ)
普段の学校とはまるで違う空気。
人の流れ、アナウンスの声、天井の高いホール。
非日常ってこういうことを言うんだろう。
自然とテンションが上がってくる。
「うわぁ……すごいね、福音くん」
隣で被身子がきょろきょろしている。
声田くんと池帆さんも、テンションが高い。
「飛行機見るだけでテンション上がるな! 写真撮ろ!」
「ちょっと待って意好気、さっきから私の顔が全部ブレてる!」
……と、いつも通り賑やかだ。
(そういえば、僕……飛行機乗るの初めてなんだな)
量産機の姿になってから、地上と空の感覚は
なんとなく“慣れている”気がしていたけれど──
実際に乗るのは初めてだ。
けれど、不思議と恐怖感はなかった。
(……僕、空を飛ぶのは怖くないんだ)
姿が姿だからだろうか。
体の奥の“何か”が、むしろ空を喜んでいる気さえする。
少しだけ笑ってしまう。
「はーい! ここから飛行機に乗るための検査に入るぞー!
異形型は専用レーンで探知機に並んでくださーい!」
僕らのクラスにも異形型は数人いる。
もちろん、僕もその一人だ。
専用レーンに並ぶび待っていると、検査員の人が僕を見て眉を上げた。
「その……体は、金属製ですか?」
「えっと……よくわかってはいないんですけど。
“特殊装甲”って呼んでます」
「特殊装甲……なるほど。
金属探知機で反応する可能性もあります。
一度、通ってみましょうか」
「はい」
指示に従ってゲートに足を踏み入れ──
そのまま、すっと通り抜けた。
──無音。
検査員さんが首をかしげる。
「……反応なし? 不思議ですね」
「僕も、よくわかりません」
検査員さんは苦笑した。
「まあ、問題がないなら大丈夫です。どうぞ通ってください」
(やっぱり……僕の体、金属とは違うんだな)
空港のざわめきは、まだ胸をくすぐる。
この先に“修学旅行”という大きなイベントがあると思うと──
僕はどうしても、期待でコアが高鳴ってしまうのだった。
◇◇◇◇
沖縄につき空港を出た瞬間、むっとした温かい空気が肌にまとわりついた。
本州とはまったく違う匂いと湿度。
それだけで「沖縄に来たんだ」と実感してしまう。
そして僕たちは、クラスごとに分けられ大型バスへと乗り込んだ。
エンジンの振動。座席の布の匂い。
旅に出たときだけ味わえる、独特の“これから始まるぞ感”。
そんな中で、担任の先生がマイクを手に振り返った。
「よーし、みんな静かにー! 今から今日の流れをもう一度確認するぞー!」
バスの中が少し静まり返る。
「まずはこのまま水族館に向かう!
そこでクラスごとに見学したあとは、班別に自由行動だ。
各班が事前に考えたルートで、歩きや路線バスを使ってホテルまで向かってもらう。
いいなー? ホテルで点呼を取るから、必ず遅れずに来るように!」
車内から「はーい!」という声がまばらに返った。
先生が続ける。
「ルートや時間配分はちゃんと確認しておけよー。迷子になったら先生たちも困るからな!」
僕は頷きながら、自分の座席に身体を預ける。
隣では声田くんが窓にもたれながら、にやにやしていた。
「……そういえばさ、福音。
水族館って来るの初めてなんだよな?」
「うん。テレビで見ることはあったけど、実際に行くのは初めてだよ」
「だよなー! 俺さ、久しぶりだから超楽しみなんだよ。
イルカの声とか、近くで聞きたいなって思っててさ」
イルカの声。
そういえば、動物の声はなんだか不思議と心地いい。
「それ、いいね。僕も聞いてみたいよ」
「だろ!? あの、なんか『キュイー!』ってやつ!」
「ははっ……もしかしたら“ガギエル”なんかも一緒にいるかもね」
「ガギ……何それ?」
声田くんが眉をひそめる。
被身子と池帆さんは、そろって首をかしげている。
僕は少しだけ悪戯っぽく笑って、
「うーん……頭が一番いいやつかな。
デカくて、力も強いんだ」
と、適当にぼかしつつ答えた。
声田くんは一瞬で青ざめる。
「いやいやいや!
そんなのいるわけないだろ!? 怖すぎるぜ!!
魚じゃなくて怪獣じゃん!!」
「ははっ、それもそうだね」
被身子はおかしそうに目を細める。
「福音くん、変な生き物の例え出すの好きですよね」
「いや……つい、ね」
池帆さんは呆れながらも笑っていた。
「ガギエルなんて、絶対いないからね。
いたらもう水族館じゃなくて“災害現場”でしょ、それ」
「確かに」
バスに揺られながら、くだらない会話で盛り上がる。
(……こういう時間、すごく好きだな)
窓の外では、沖縄の空が青く広がっていた。
◇◇◇◇
水族館の中は、青い光が揺れていて──
どこを見ても、まるで海の中にいるみたいだった。
巨大水槽の前で立ち止まり、僕たちはしばらく幻想的な景色に見とれていた。
「うわ……綺麗……」
被身子が息を漏らすように言い、
ゆらゆら泳ぐエイの群れを見上げたその瞬間。
「……え?」
不意に、被身子の声が小さく震えた。
僕は顔を向ける。
「どうしたんだい? 何かいたのかい?」
被身子は壁の一点を凝視したまま、
何かを“聞いている”みたいに固まっていた。
だけど──
「い、いえ! なんでもないんです!
気にしないでください!」
急に笑顔を作ってごまかす。
僕は首をかしげながらも、
「だったらいいんだけどね」
とだけ返す。
被身子はぎこちなく笑いながら、
「は、はは……」
そして──
僕には聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。
「……何が“来る”んですか、アルエちゃん……?」
空気が、ほんの一瞬で張り詰める。
でも僕は気づかず、横から声田くんに肩を叩かれた。
「おい! 新世! 見ろよウツボ!!
でっけぇのいるぜ!!」
「あ、本当だ」
僕はそっちに向かって歩き出した。
被身子はもう一度だけ水槽の奥を見つめて、小さく息を呑む。
あの深い青の向こうで──
“何か”が、確かにざわめいたように感じた気がした。
水族館の見学を終えると、僕たちは大きなロビーへと案内された。
館内とは違う、観光客のざわめきが広がる空間。
先生たちが前に並び、マイクを片手に声を響かせる。
「──はい、ここでいったん見学は終了だ!
このあとは各班ごとに自由行動に移る!
くれぐれも“個性の無断使用は禁止”を忘れるなよー!」
ロビーのあちこちで、
「いよっしゃ行くぞー!」
「うちの班どうするー?」
と、それぞれのグループが盛り上がり始める。
先生が手を振り下ろすようにして言う。
「では解散! 班行動、気をつけていけよー!」
僕ら四人は自然と固まった。
声田くんが手元のしおりをパラパラとめくりながら、
「えーっと、うちの班は……まずバスで街中に向かって、
ちょっと散歩して、それからまたバスでホテルに直行──
で、合ってたよな?」
「その流れで間違いなかったはずだよ」
と僕。
「うん、そうだね」
池帆さんも頷く。
最後に被身子が、しっかりと確認しながら言う。
「間違いないです。……バス停の場所も合ってますね」
よし、と僕は頷いて、みんなを見回す。
「じゃあ──移動しようか」
僕らはバスを降りて、しばらくのんびりと街を歩いていた。
観光地らしく、どこもかしこも人が多くて、南国らしい彩度の高い看板や、海風に混じった甘い匂いが広がっている。
声田くんが「ここ寄ろうぜ!」と言えば、池帆さんが「次はあっちの雑貨屋さんに行きたい」と返し、僕はその少し後ろからついていく。
特に行きたい場所があるわけじゃない。
強いて言えば──孤児院のみんなにお土産を買えれば、それで十分だ。
笑いながら、ああでもないこうでもないと話していると……僕の足がふっと止まった。
その瞬間、三人も気づいたらしい。
「ん? どうしたんだ、福音?」
僕は指先で店の前を示す。
「いや……あのお店。見慣れないもの、置いてるなと思って」
店先には、黒ずんだ金属の箱や、古いレンズ、どこか得体の知れない“昔の機械”のようなものがずらりと並んでいた。
「ああ、骨董品屋さんだね。昔の機械とかを売ってるお店だよ」
池帆さんが言う。
被身子は目を輝かせながら
「わぁ……黒い機械がいっぱいですね……!」
と楽しそうに店先を覗き込んでいた。
僕はただ、無言でそれをじっと見つめていた。
胸の奥に、小さな引っかかりのような感覚があった──理由はわからないけれど。
そんな僕を見て、声田くんが肩を叩く。
「なんか気になるのか? 気になるならちょっと覗いてみようぜ」
「あ、いや……別にいいよ。みんなの行きたい所に──」
「だめです」
被身子がぴしゃりと言った。
「福音くん、私たちの行きたいお店ばかりで……
福音くん、自分の行きたい所、一回も言ってませんよ?
少しくらい寄っても大丈夫です」
池帆さんも柔らかく頷いた。
「うん。せっかくの修学旅行だし、良かったら入ってみようよ」
……そう言われると、断る理由もない。
「……じゃあ、少し覗いてみようかな」
暖簾をくぐると、店内にはひんやりとした空気が満ちていた。
照明は少し暗く、棚には古びた金属やガラスでできた機械がずらりと並んでいる。
どれもこれも、今の時代ではまず目にしないものばかりで──
まるで “忘れ去られた機械たちの墓場” に迷い込んだようだった。
三人も、思わず足を止める。
「……これ、昔のパソコンか?」
声田くんが指をさす。
分厚いフレームで、画面も小さい。
「画面……こんなに分厚いんですね……!」
被身子が目を丸くする。
いつもの天真爛漫とは違い、完全に“未知との遭遇”の顔だ。
池帆さんは棚の奥を指さして、ぱっと顔を明るくした。
「わ、あれジュークボックスだよね!? 昔の映画で見たことあるよ。
お金入れたら音楽流れるやつ!」
色とりどりのライトがついた大きな箱──
レトロの象徴みたいな“ジュークボックス”が鎮座していた。
僕は、棚に並ぶ古い機械たちを眺めながら──
胸の奥が、じんわりざわつくのを感じていた。
(……なんだろう、この感じ)
懐かしい?
でも前世の僕はレトロ趣味なんてあったっけ?
思い出せないけど、心の奥のどこかが刺激されているような、そんな奇妙な感覚。
「こういうの、前にも見たことある気がする……」
自分でも理由がわからなくて、僕はひとりで首をかしげた。
そのまま“音楽プレイヤー”と書かれた棚に足を向ける。
ウォークマン、カセットプレイヤー、巨大なスピーカー……
今では見ないものばかりだ。
そして──
僕の視界が、ある一つの機械に釘付けになった。
僕の視線は、棚の端にぽつんと置かれていた小さな黒い機械に吸い寄せられた。
手に取ると、ずしりとした重量感。
黒いボディには 「SDAT」 と白字で刻まれ、
ボタン類はどこか武骨で、今の時代の製品とは明らかに違っていた。
まるで──
「……これ、シンジくんがアニメで使ってたやつだ」
思わず小さく呟く。
胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、懐かしさと嬉しさがせめぎ合う感覚。
新品ではなく、細かい傷のついたそのプレイヤーは、
まるで“誰かがずっと握りしめていた”かのように、妙に温かかった。
僕は無意識のうちに──
SDATプレイヤーを握りしめていた。
黒い筐体の感触が妙に馴染む。
前世でも触ったことなんてないのに、懐かしい。
そんな馬鹿みたいな感覚が胸をかすめた。
「福音くん、何か気になるのがあったんですか?」
被身子が横から覗き込む。
その目が チラッ とプレイヤーを見た瞬間、わずかに開いた。
「うん、これが気になって」
「これは……」
被身子の顔に一瞬“何かを思い出したような”影が差す。
でもすぐに笑顔でごまかした。
声田が身を乗り出す。
「おお、なんかレトロでいいじゃん!
こういうの、音質とか逆に味あるよな!」
池帆も興味津々で覗き込みながら言う。
「こういうので聴く音楽って、いつもと違う気分になりそうだよね。
なんか映画の主人公みたいな感じ?」
僕はふと値札を見る。
(……買えない値段じゃないな)
買おうか迷っていると──
カウンター奥から店員のおじさんが声をかけてきた。
「お客さん、それが気に入ったのかい?」
「はい。……でもこれ、動くんですか?」
おじさんはにやりと笑い、肩をすくめた。
「動くとも。
つい最近、棚を整理してたら久しぶりに電源が入ってねぇ。
不思議なもんさ。まるで──
“君が来るのを待って動いた” みたいだったよ」
「……そんなこと、あるんですか?」
「さぁね。けど機械ってのは、持ち主が見つかると息を吹き返すことがあるんだよ。
──なんてな、オヤジの戯言さ」
でもその言葉に、僕の胸は妙にざわついた。
(……まるで前世で、中古ショップで“ずっと探してたもの”を見つけた時みたいだ)
理由もなく、ただ手が離れない。
店員が続ける。
「今買ってくれるなら、専用のテープもつけるよ。
ほとんど出回ってねぇから、結構貴重だよ?」
僕はプレイヤーを見つめ──
自然に、頬が緩んでいた。
「……これ、ください」
◇◇◇◇
店を出て歩き始める。
僕は、手に入れたばかりのSDATプレイヤーを大事そうに握りしめながら、
つい頬がゆるんでしまい、笑みが全然消えなかった。
そんな僕を見て、被身子がくすっと笑う。
「入ってよかったですね。
福音くん、すごく嬉しそうです」
「……まぁね。なんか、こういうの好きみたい」
本当に理由はわからないのに、胸の奥がじんわり温かい。
すると池帆さんが、ふと思い出したように声田へ向き直る。
「そういえば、意好気は何買ってたの?」
「あぁこれ? “強強電波ポータブルラジオ(モバイルバッテリー付き)”」
力強く商品を掲げる声田くん。
「災害時にも使える超強力なやつでさ!
こういうレトロなやつでラジオ聴くのもいいかなって思ってな!」
「おー、意好気らしい~」
と池帆さんが微笑む。
そんなみんなの会話を聞きながら歩いていると、僕は唐突に──
「……あっ!」
変な声を出してしまった。
被身子がびくっと肩を上げる。
「ど、どうしたんですか、福音くん?」
僕は自分の顔を指差しながら、困ったように言う。
「そういえば僕……耳の穴なかったわ」
被身子は僕の量産機フェイスをじ~っと見つめ、
「あぁ〜……確かに……?」
声田くんと池帆さんも、ものすごく真剣な顔で僕の横顔を確認してくる。
「言われてみれば……ほんとにない……!」
「マジかよ……今までイヤホンしたことがない……?」
僕は苦笑して、SDATを軽く揺らす。
「まぁ、このプレイヤーは“コレクション”として使うよ。
……人前で使えないけど、持ってるだけでなんか嬉しいから」
被身子は優しく笑った。
「うん、福音くんらしいです」
僕は照れながら前を向く。
冬の沖縄の風が、少しだけやわらかく感じた。
◇◇◇◇
その後、ホテルに着いた僕たちはそれぞれの部屋に入り、荷物整理を済ませて夕食を食べ、自由時間になった。
部屋に戻る前──
被身子が、廊下で僕の袖をそっとつまんだ。
「福音くん……あの……」
「どうしたんだい?」
被身子は少しだけ照れくさそうに目を伏せる。
「もしよかったら……昼間買ったあの機械、使ってもいいですか?」
「あぁ、SDATのこと? もちろんいいけど……たぶん入ってる曲は昔の知らないやつだと思うよ?」
「それでもいいです。
……福音くんがすごく嬉しそうにしてたから……その気持ちを、私も味わってみたくて」
その言葉が妙にくすぐったかった。
僕は鞄からSDATを取り出し、被身子へ手渡す。
「ここのボタンで蓋が開くよ。
テープを入れて……再生ボタンを押せば流れるはず」
「はいっ、ありがとうございます」
被身子は嬉しそうに受け取り、階層にある共有スペース──“リクライニングルーム”へ向かって歩いていった。
僕はそのまま部屋へ戻る。
──そして。
薄暗い照明の“リクライニングルーム”。
壁一面のガラス窓から、沖縄の夜の海風がひんやりと漂ってくる。
被身子は静かなその部屋の真ん中にあるソファに腰をおろし、
SDATに入っていた古いテープのラベルを指でなぞった。
「えっと……“エヴ……オン……ンド……ラック”?
なんでしょう……読みにくい……」
(まあ、聞いてみたらわかりますよね……)
カチリ、とテープをセットし、再生ボタンを押す。
次の瞬間──
イヤホンの奥から流れ出したのは、
♪ 残 酷 な 天 使 の よ う に ♪
被身子は、体をびくっと震わせ、目を大きく見開いた。
「……え……?」
理由もわからず、胸の奥を掴まれるような感覚が走る。
知らない。
知らないはずなのに。
なのに──
“知っていた気がする”
心の奥で、静かに光が生まれるような感覚。
「……これ……なに……?」
涙が出そうになるほど、胸が熱い。
歌詞もメロディも、全部が何かを揺さぶってくる。
“今の自分じゃない、どこか遠い場所で
ずっと、ずっと前から聞いていた音”
そんな感覚が押し寄せてくる。
被身子は両手でイヤホンを包み込み、
息を呑みながら呟いた。
「──すごい……
福音くんが好きになる理由、わかります……」
その瞳は、音楽の光に酔うように潤んでいた。
◆◆◆◆
翌日も、楽しい一日になる──
誰もがそう信じて疑わなかった。
だが。
その静かな期待は、一つの“音”によって打ち砕かれる。
耳を裂くような警報音が、街中に響き渡った。
ドンッ!!
足元が突き上げられたような、重く鈍い“衝撃”が地面を走る。
店先に吊るされた小物が一斉に落ちて砕け散る。
悲鳴。
走り出す人々。
混乱が、あっという間に場を飲み込んだ。
その中心で──
白い装甲に包まれた少年が、反射的に振り返る。
“コア”が胸の奥で鋭く光り、脳裏に危険の影が焼きつく。
彼は叫んだ。
「──被身子!! 伏せるんだ!!」
その叫びは空気を裂き、彼女へと伸ばされた“盾”のように響いた。
平穏は、一瞬で崩れ去る。
楽しい修学旅行のはずが──世界は、静かに“非日常”へ傾き始めていた。