どうか温かい目で読んでいただけると嬉しいです。
「……お腹、すいた……」
誰かの弱々しい声が、密閉された展示スペースにぽつりと落ちた。
その瞬間、別の場所で控えめに ぐぅ と腹の鳴る音が響き、続いて何人もの息が詰まる。
——もう、限界なんだ。
ここに閉じ込められて、二日間くらい経つ。
暖房と灯りは僕が繋いでいるけど、それだけじゃ命は繋げない。
体力は落ち、精神もすり減っている。
最初は皆が自分の荷物から水を出し合っていたけど、それらも昨日昼には底をついた。
特に子どもたちは、もう座っているだけでもつらいはずだ。
「……がんばってね。あの紫色のお兄ちゃん、みんなのためにお水も飲まないで……あそこでずっと立ってて、寝てもいないんだよ。
だからね……お兄ちゃんのためにも、もう少しだけがんばろ?」
小学生の引率の先生が優しく声をかけると、子どもたちは、はっとしたように僕を見つめた。
動かず、ただ電力を送り続ける僕を。
「……ヒーローががんばってるなら……ぼくも、がんばる……!」
震える声。
それに続くように、何人かの子が同じように背筋を伸ばす。
その言葉を聞いた瞬間——胸の奥が熱くなる。
ヒーローなんて、僕はそんな大層な存在じゃない。
けれど、この瞬間だけは、この子たちの“ヒーロー”でいたい。
——だが。
もしここに本物のヒーローがいたなら、今の状況もどうにかなったのだろうか。
苦しそうにうずくまる子供たちや、生徒たち、大人たち。
その顔を見ながら、僕はどうしても考えずにはいられなかった。
時間は容赦なく過ぎていく。
もう、何時間経ったのか数えるのも嫌になるほどだ。
今この瞬間ほど、自分の身体が“エヴァ”でよかったと思ったことはない。
空腹も眠気も、僕にはほとんどこない。
どれだけ長時間でも、体力と精神が保つ限り電力を供給できる。
——小学生の頃からやっていた、“何かあった時のための特訓”。
あれが、今になってようやく役に立っている。
そんなことを思っていた時だった。
隣で、くぅ……と小さな音がした。
「……っ」
被身子が、恥ずかしそうにお腹に手を当てた。
「……お、お腹、なっちゃいました……。恥ずかしいです……」
そう言って小さく笑う彼女に、僕も苦笑した。
「今の僕はただの“電力バッテリー”だから。何も聞いてないよ」
「……ふふ、ならよかったです……」
それでも、被身子の笑顔は弱々しくて。
その表情を見るたび胸が締め付けられる。
——どうにかしなくては。
僕は係員の方を見る。
もしかしたら、何か他に方法があるのかもしれない。
係員は先生と何度も小声で話し合っていた。
「……何か、ありませんか……?」
先生の声は、疲れと焦りに揺れている。
「……災害用のカンパンが少しありますが……せいぜい数人分です。とてもこの人数には……」
係員の声にも苦しさが滲む。
「取り合いになれば、状況を悪化させる恐れもあります。
食べ物系の個性を持つ人は……」
昨日と同じように、大人たちが静かに首を横に振る。
食べ物を作る個性も、増やす個性もいない。
希望は、限りなく薄い。
空腹と渇きで泣きそうな人たち。
声も出せなくなって、ただ震えている子供。
その光景を前に、僕は歯を食いしばった。
(……何か、あるだろ……
どうにか、できるはずなんだ)
胸の奥で、強烈な熱がふつふつと生まれ始める。
絶望を前に、僕は感情を高鳴らせることしかできなかった。
自分の不甲斐なさから、無意識に拳に力が入り、装甲がみしりと軋む音を立てる。
(落ち着け……)
はっとして、強制的に呼吸を整える。
今は焦っても仕方がない。
頭ではわかっている。理解もできる。
だけど──認めたくなかった。
特訓のおかげで電力の供給を続けられた。
この個性のおかげで状況を打破することもできた。
ならば今のこの状況だって、何か方法があるはずだ。
「僕なら、何かできるはずだ」と思わずにはいられなかった。
僕はゆっくりと目を閉じた。
思考をクリアにすれば、新しい突破口が浮かぶかもしれない。
……だが。
何も思い浮かばない。
意識だけがゆっくりと、水の底へ沈むように落ちていく。
気がつけば、僕は暗い水底に立っていた。
何も動かない。
体も、思考も、ただ沈んでいた。
すると──“それ”が聞こえた。
どくん……
どくん……
何かが脈打つ音。
それは、鼓動というより“呼ぶ声”に近かった。
(……コアだ)
僕に語りかけるように、深い闇の底で光を瞬かせていた。
あの日──「話したい」と願った時も、
初めて“声”を得たときも、
この光は同じように僕を包んでくれた。
(……頼む。今もう一度──)
僕は静かに手を伸ばし、心の底から願った。
「頼む……僕に力を貸してくれ」
◇◇◇◇
静かな砂浜だった。
どこまでも続く赤い海。
空は曇り、水平線は滲むように揺れている。
その砂浜に、ひとりの少年が腰を下ろしていた。
白髪、赤い瞳──
しかし、本物ではない。
“偽カヲル”と主人に呼ばれる存在。
けれどその横顔は、本物の彼と同じように穏やかで、
まるで世界の終わりの中で微笑む天使のようだった。
波が寄せては返す音の中に、
突然──何かが届く。
偽カヲルは微かに目を伏せ、
胸に染み入るような声に耳を傾ける。
「……福音くん。君の願いは確かに届いたよ」
彼は立ち上がらず、
切なそうに視線だけを赤い海へ向けた。
「だけど……すまない。
僕たちには、その願いに応じる力がない」
彼の声には苦しさと悔しさがにじんでいた。
「僕たちは“電力”を与えることはできても、食べ物を作る力を持っていない。
今の君が求めるのは、僕らの領域を超えているんだ」
静かにそう呟くと、
偽カヲルはゆっくりと立ち上がった。
赤い海を背にしながら歩き出す。
主人公の声を振り切るように──しかし、足取りは重かった。
その瞬間だった。
世界が、揺れた。
砂浜が、海が、空が。
精神世界全体が大地震のように大きく震えだす。
赤い海は荒れ狂い、
巨大な波が砂浜を叩きつける。
どくん──
どくん──
世界の中心が脈動する。
それはまるで、心臓の鼓動のような、
しかしもっと巨大で原始的な“意思”の鼓動だった。
偽カヲルは驚愕した表情で振り返る。
「……あり得ない。
この反応……僕たちじゃない……これは──」
言葉が揺れに飲まれて消える。
足元の砂が波のようにめくり上がり、
空には裂け目のような光が走った。
偽カヲルの顔が強く強く歪む。
「誰だ……誰が応えている……?」
偽カヲルがつぶやいた瞬間だった。
赤い海の中央が──
爆ぜた。
まるで海そのものが怒り狂うように、
巨大な水柱が天へ向かって突き刺さる。
ドォォォォォン!
海面が裂け、
巨大な柱状に盛り上がった赤い海水が
まるで意思を持っているかのように渦を巻きながら上昇していく。
偽カヲルは思わず後ずさった。
「……な、何だこれは……!?」
水柱の中心──
そこから“何か”がせり上がってくる。
光。
脈動。
形を持たないエネルギーの塊が、
人型へとゆっくり輪郭を形成していく。
赤い海を割って姿を現したのは──
光る巨人。
その形状はまだ曖昧で、
光と線の集合体のようにゆらめいている。
しかし偽カヲルは、そのシルエットを見て震えた。
「エヴァンゲリオン……?
そんな……新しいエヴァはもう作られないはずだ……!」
光は凝縮する。
骨格のようなラインが浮かび上がり、
肩や胸部の形状、脚のフォルムが確かな“エヴァのそれ”になっていく。
しかし同時に、偽カヲルは首を振った。
「“エヴァンゲリオンイマジナリー”……? いやそんなはず……」
巨人の中枢が、脈打つ。
どくん。
その波動が世界全体に響き渡る。
偽カヲルの表情が強張った。
「……彼が引き寄せたのか……!?
彼の“願い”に応じた存在……!」
光の巨人は完全に姿を作り終えると、
ゆっくりと天を仰いだ。
そして──
ウォォォォォォォォォォォォォン!!
空間を引き裂くような咆哮を放った。
それはまるで、世界の外側に向かって
自らの存在を宣言するような雄叫びだった。
赤い海が揺れ、砂浜が震え、
精神世界そのものが“震撼”する。
偽カヲルは目を見開く。
「これは……“誕生”だ……
彼が呼んだ、可能性のエヴァンゲリオン……!」
巨大な光の巨人は、
まるで主人の願いに応えるかのように、
その身体を形作っていく。
◇◇◇◇
お腹が盛大に鳴って恥ずかしい渡我被身子です。
楽しい修学旅行のはずでした。
いいえ、一日目は確かに楽しかったです。
みんなで水族館に行って、街を歩いて、福音くんが嬉しそうに機械を手に取って……
あの時の笑顔は、少し胸が温かくなるほど綺麗でした。
でも二日目、全部が壊れてしまいました。
大雨で予定が変わって、私たちのクラスは博物館に行き……
そこで、ヴィラン事故に巻き込まれたんです。
閉じ込められた私たちは、真っ暗な地下で震え続けました。
冷たい消火スプリンクラーの水で濡れた服が肌に張り付いて、みんなの体温が落ちていくのがわかりました。
大人たちは誰も状況を変えられなくて、
子供たちは泣き出してしまって……
私も不安で、怖くて……それでも泣けなくて。
そんな中で──
福音くんが、突破口を開いてくれた。
暖房がついて、ライトが戻って……
あの瞬間、どれほど救われたかわかりません。
だけど同時に、胸がぎゅっと痛くなりました。
また──また私は、彼に頼ってしまったのだと。
私は、福音くんの隣にいると決めたのに。
彼の“重荷”になりたくないと思っていたのに。
……悔しかった。
でも、彼のおかげで、私たちは寒さと暗闇から解放されました。
そして次にやってきたのは──“食べ物”の問題でした。
もう飲み物だけでは限界でした。
空腹で震える声が、あちこちから聞こえはじめました。
その声を聞くたびに、
福音くんはまるで胸を刺されているような、
苦しそうな顔をするんです。
彼は……自分のせいじゃないのに。
誰も悪くないのに。
それでも福音くんは、みんなの痛みを背負ったみたいに、
つらそうで、悔しそうで……
なのに、何もできない私は──
……不甲斐なさで、胸が押しつぶされそうでした。
そして、ふと横を見ると、
福音くんは俯いていました。
暗く沈んだ表情……じゃない。
まるで何かを深く考え込んでいるように、ぐっと目を細めていました。
「……福音くん?」
名前を呼んでも、彼は反応しません。
ただ静かに、自分の内側を見つめているようでした。
私は思わず、彼の顔を覗き込みます。
その瞬間──
(……ヒミコ、聞こえる?)
「っ……アルエちゃん!?」
頭の中に、澄んだ声が響きました。
(何かがくるわ!
“彼の中”で、何かが生まれている!)
「な、何が? 一体どうなるの……?」
心臓が急に早くなる。
でも聞き返す間もなく──
福音くんが、先生へ顔を上げました。
「先生……お願いがあります」
その声は、決意に満ちていて。
迷いも不安もなくて。
先生は緊張したように問う。
「……本当に、やれるんだな?」
「やります」
短く、はっきりと──
福音くんはそう言い切った。
了承が下された瞬間、
彼の身体が──光に包まれた。
「あ……!」
それは、見慣れた“変身”の光。
だけど……感じる熱が違う。
圧が違う。
何かが、根本から“変わろう”としている。
(私の知らない、エヴァンゲリオン!?
彼の願いに応えたの!?)
「形に……なる?」
光が収まっていく。
私は息をのみました。
そこにいたのは──
赤と黄色で彩られた“初めて見る姿”。
肩はポテトのような形状に変わり、
胸のハンバーガーのペイント。
そして極めつけは──
店員帽子のようなヘッドパーツ。
口元には、
まるで笑っているような──
スマイルマークの造形。
「……ふ、福音くん……?」
それは確かに“エヴァ”の姿。
でも、今までのどれとも違う。
(……新形態。
彼の“みんなを救いたい”って願いが、
飢えた人を助けたいって気持ちが、あの姿を呼び起こしたの!?)
アルエちゃんの声が震える。
「……これが、福音くんの……!」
光るエヴァは、静かに、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
その口元の“笑み”は、
どこか優しく──どこか頼もしかった。
◇◇◇◇
──意識が、浮上した。
深い水底から急に引き上げられたように、
胸の奥で“コア”が脈打つ。
ドクン、ドクン──
今までより……強く。
まるで背中を押されているみたいに。
(……ああ、わかる)
僕は息をのみながら確信した。
できる。
この状況を……変えられる。
ゆっくりと立ち上がり、先生を振り返る。
「先生……すみません。ひとつ、いいですか?」
先生は驚いた顔で僕を見る。
「どうした、新世?」
「多分……なんですが。
僕、今“新しい形態”が増えたみたいです」
「今、だと? どうしてわかる?」
僕は胸に手を当て、強く脈打つコアを感じた。
「確信めいた……何かがあります。
この新しい姿なら、今のこの状況を“変えられる気がする”んです」
先生は息をのみ、すぐに係員へ目を向けた。
「……本当なのか?」
係員の人も驚いている。
先生は僕の方へ向き直り、「新世……」と言った。
「……すまない。
一度、試してみてくれないか?」
「はい」
僕は深呼吸し、ゆっくりと意識を集中させる。
身体の奥から──熱が走る。
装甲がわずかに軋み、
光が胸から背中へ、そして全身へ広がっていく。
“変わる”
そんな感覚が、全身を包む。
光がおさまり、そっと自分の手を見た。
赤と黄色のカラーリング。
初めて見る色。
初めて見るパーツ。
でも──僕の体だ。
エヴァンゲリオンM号機だ
ふと頭の中で声がした気がする。
そして周りで声が上がる。
「な、なんだあれ……!?」
「白くない……紫でもない……!」
僕は一歩前へ出て、先生に向き直り、はっきり言った。
「……先生。
この姿なら、“食べ物”が出せる気がします」
先生と係員は、同時に息を呑んだ。
「……た、食べ物だと……?」
「本当なのか、新世!?」
「ええ。
みんなを飢えから救える“力”が今の僕にはある気がするんです」
その言葉に、周囲の大人たちも、子供も、クラスメイトも僕へ視線を向けていた。
「……ただ、一つだけ問題があります」
皆が僕を見る。
「初めての形態なので……“何が出るか”わからないんです。
それに、本当に食べられるものかどうかも……」
その言葉に、先生の顔が苦しげに歪む。
「……そうか。それは……確かに大事だな。
もし何かあったら、この状況では対処が」
そこで。
「──私が毒味します!」
被身子が僕のすぐそばで、迷いなく声を上げた。
「渡我!? だめだ、そんなこと──」
先生が慌てて止める。
だが被身子はまっすぐに僕を見ながら言う。
「福音くんばかりに負担をかけるわけにはいきません。
それに……私の個性、吸血による変身。
そのおかげで“摂取したものへの耐性”があります。
食べ物でも効果があるはずです」
先生が言葉を失い、眉を寄せる。
「……だが、それでも危険だ」
被身子は一歩前へ出た。
涙を我慢する時みたいに、強い瞳で。
「誰かが“最初”をやらないと、誰も救われません。
……なら、私がやります」
その言葉に胸が締めつけられた。
すると──
「オレも手伝うぞ!」
声田が拳を握って立ち上がる。
「新世や渡我だけに背負わせられるかってんだ!」
さらに池帆も手を挙げる。
「私もやるよ。
……クラスメイトで、友達で。
それに、今ここで誰かが一歩踏み出さなきゃ本当に終わっちゃう」
次に、周囲の大人たちまでがざわつき始めた。
「私たちも……分担できるものなら……」
「若い子にだけ危険を負わせるのは違う……」
気づけば小さな輪ができていた。
僕の周りに立つ、
震えながらも、
それでも前へ進もうとする人たちの輪。
僕は言葉を失い、ただ胸を熱くしながら呟く。
「……みんな……」
その時だった。
被身子が僕の手をそっと握った。
「福音くん。
……まずは、私に食べさせて。
あなたが“出してくれたもの”なんだから」
そして先生は僕に頭を下げ頼むと一言。
僕は深く息を吸い、意識を一点に集中させた。
どうやればいいのか厳密には分からない。
けれどコアの奥から、“こうすればいい”という感覚だけが、静かに、しかし確かな形で流れてくる。
(……いける)
自分でも理由は説明できないまま、僕はそっと両手を前に出した。
すると──
ぱああっ……!
手のひらが、柔らかい光に包まれた。
光は脈打つように膨らみ、
熱くもなく、重くもなく、
ただ“生まれる”ように形を作っていき──
やがて光がすっと消える。
僕の手の中には、
包み紙に包まれた出来立てのハンバーガーがあった。
包み紙の隙間から、
とろんと甘いチーズの香り、
カリッと焼けたチキンの香ばしい匂いがふわっと広がる。
その匂いは瞬く間に展示スペースに満ち、
何人かの人が無意識に喉を鳴らした。
ごくり。
(……成功した)
僕は、その温かさを指で確かめながら、
そっと被身子へ差し出した。
「……被身子。お願い、食べてみてほしい」
彼女は震える手でそれを受け取る。
「……いただきます」
その目は不安と期待で揺れながらそれでも一度僕を見上げ、小さく、でもしっかり言ってくれた。
包み紙を開く。
ふわりとチーズの香りが立ち上り、黄金色のチキンが顔をのぞかせる。
被身子は、そっと──
ゆっくり──
そのハンバーガーを口に運び──
もぐっ。
一秒。
二秒。
そして──
「……っ、う……!」
「ひ、被身子!? 大丈夫? 毒……!? まさか──」
焦る僕に、
彼女は──
ぽろっ
涙をこぼしながら、勢いよく首を振った。
「ち、違います……っ!
美味しすぎるんです……!!」
涙を流しながら、頬ばる。
必死に食べるというより──
生き返るように、喜びの表情で。
「お……美味しい……!
こんな……美味しくて……っ」
その姿に、周りの人たちが息を呑む。
不安と絶望に沈んでいた空気が、ほんの一瞬で香ばしい希望みたいに変わっていく。
子供たちは目を輝かせ、
大人たちの喉がまた鳴り、
先生が思わず胸を押さえた。
被身子は食べ終わると、
まるで夢心地のような表情で、ふぅ……と長い息を吐いた。
その顔があまりにも幸せそうで、僕は胸の奥がじんと熱くなる。
先生が近づいてきて、
「どうだった? 本当に……大丈夫か?」
と慎重に尋ねる。
被身子はハッとしたように手を合わせ、
「ご、ごめんなさい! 忘れてました!
全然大丈夫です! むしろ……すっごく美味しかったです!」
それを聞いた周囲の人々は、
どっと肩の力を抜き、安堵の声を漏らした。
「よかった……!」
「本当に食べられるんだな……」
「助かった……!」
その空気の変化に合わせるように、
係員の一人が咳払いをしてこちらへ向き直る。
「……新世くん。
すまないが──人数分、そのバーガーを作れるかい?」
僕は力強く頷いた。
「大丈夫です。
みんなに行き渡るくらいなら……やれます」
係員は大きく息を吐き、そして皆に向けて声を張る。
「ではっ!
彼の負担にならないよう、落ち着いて一列に並んでください!
一人ずつ、順番に食べ物を受け取ります!」
ざわめきが起こり、
人々は涙をこらえながら列を作り始める。
そして──
僕は一人、また一人へと、
光の中からハンバーガーを生成して手渡していった。
受け取った人は、
必ずと言っていいほど涙ぐんで、
「ありがとう……」
「助かった……本当に……」
「すごいな君……」
そう言って頭を下げてくれる。
年配の人は震える手で受け取り、小学生はキラキラした目で「ハンバーガーマン!」と叫び、
クラスメイトは信じられないという顔で僕を見上げる。
やがてみんなに行き渡り係員が声を張った。
「では……いただきますの合図で!」
みんなの期待と渇望が混ざった空気を感じながら、
僕はそっと息を飲む。
係員の声が響く。
「いただきます!」
瞬間──
展示スペースの中に、
歓喜の声がはじけた。
「んんっ……!
う、うま……っ!」
「美味しい……! ほんとに美味しい……!」
「夢みたい……あったかい……」
「俺、生きてる……! まだ大丈夫だ……!」
「あはは……こんなの久しぶり……!」
涙を流しながら頬張る人、
ゆっくり噛みしめる人、
感動して動けなくなる人。
その全てを見ているうちに──
僕の胸の奥で、
静かに、しかし確かに何かが灯った。
(……よかった。
少しでも……希望を取り戻してもらえたなら……)
被身子は二個目のバーガーを頬張っていた。
頬をふくらませながら、目をうるませて──
まるで世界でいちばん幸せな表情をしている。
その姿を見ているだけで、
僕の胸の奥も、じんわりと温かく満たされていく。
「……美味しいんですけど……っ」
もぐもぐしながら被身子が言う。
「味が濃くて……飲み物が……欲しいというか……」
あぁ、なるほど。
僕はまったく考える前に、自然に手が動いていた。
「どうぞ」
気づけば僕の手には、氷入りのドリンクカップが握られていた。
被身子は目を丸くし、
「ありがとうございます……!」
と言いながらストローを刺し、ゴクッ……と飲む。
「ぷはぁ……生き返る……」
その隣で見ていた声田くんが、
目をひんむいて叫んだ。
「えぇぇぇ!? うっそだろ!!
飲み物も出せるのか!?」
僕は自分でも驚きを隠せず、
「あ……うん。そうだね」
と、妙に素直な返事をしてしまった。
周りからどよめきが起こる。
「すげぇ……!!」
「店と同じじゃない……!」
「神か……!? いや、天使……?」
「ありがとう……本当にありがとう……!」
僕は飲み物を生成して渡していく。
涙を浮かべながら飲み物を抱える小学生、
その子を見て肩を揺らしながら泣き笑いする引率の先生、
感動で震える手でハンバーガーを支える一般人。
その光景を見て──
僕は思う。
(……よかった。
食べ物があるだけで、
人はこんなにも笑えるんだな……)
小学生の引率の先生が、食べ終わった子どもたちに優しく声をかけていた。
「美味しいのは分かるけど、食べすぎないようにね。
トイレも簡単にはできないんだから」
子どもたちは「はーい……」と名残惜しそうに返事をする。
その口元には、さっきまで泣いていたとは思えないほどの笑顔があった。
僕は、そろそろと思い、
赤と黄色の“新しい姿”を解いた。
光が収まり、いつもの初号機の姿に戻る。
そして背中のアンビリカルケーブルがつながったまま、再び電源ボックスの前に膝をついた。
(……赤い姿。いったい何だったんだろう)
でも、考えるのは後でいい。
今は──
顔を上げる。
そこには、
人々の笑顔。
温かい息づかい。
生きる力そのもの。
あぁ……やっぱり僕は、この方がいい。
誰かが泣き、誰かが怯える場所じゃなくて、
誰かが笑って、誰かが安心して、
その中心に自分がいられるなら。
(……僕は、ヒーローじゃないけど)
それでも今だけは、そう思える。
◇◇◇◇
空腹が収まり暖かな空気の中
──ザザッ。
突如ラジオのスピーカーが寝返りを打つようにノイズを生んで声を紡ぐ。
『こちら災害対策本部……繰り返します……』
周囲の空気が、一瞬静まった。
『雨が弱まりつつあり、暴れていたヴィラングループは全員確保。
これより救助活動を、段階的に開始します』
息を呑む音。
顔が上を向く音。
目が潤む音。
そして──
「……たすかる……」
「助かるんだ……!!」
「やった……!」
「よかったぁ!!!!」
希望の声が爆発した。
涙を流す人。
手を取り合う人。
その場に座り込んで泣き笑いする人。
僕は背中のケーブルをそっと揺らしながら、静かに胸の奥で思った。
(……間に合って、よかった)
どれだけ時間がかかっても、
どれだけ苦しくても、
絶対にみんなを“ここまで”連れてきたかった。
そして
僕たちに、ようやく夜明けが来る。
◇◇◇◇
そして待つこと数時間後。
天井の向こう側から、金属を叩くような音が響き始めた。
ガン……ガンガン……!!
みんなが一斉に顔を上げる。
息を呑む音、誰かの小さな「……え?」という声。
その直後、
「こちら救助隊! 応答できる人はいますかーッ!!」
この地下フロア中に響き渡る、大人の力強い声。
「こ、ここだ──!!」
「助けて!! ここにいます!!」
「こっち!! こっちです!!」
叫び声が爆発する。
子どもたちも泣きながら手を振り、
一般客のおじさんたちも喉が張り裂けそうなほどの大声を出していた。
天井の向こうからも声が返ってくる。
『声を確認! 向こうの空間は……瓦礫で完全に埋もれているようです!』
そしてリーダーらしき太い声が続けた。
『そちらの状況を教えてください! 怪我人は!?』
係員の人がすぐに前に出て、天井の方へ向かって叫んだ。
「こちら、スタッフ二名の個性により、展示室の構造が維持されています!
内部に崩落はありません!」
ざわめきが一瞬止まる。
続けて係員は震える声で叫んだ。
「怪我人も、ひとりも出ていません!!
学校の生徒も一般のお客様も、全員無事です!!」
その瞬間、上からの救助隊の声が、ほんの少し震えて聞こえた。
『……よかった。本当によかった……!
こちら、すぐに瓦礫を撤去します! もう少しだけ耐えてください!』
続けてヒーローと思しき凛とした声が重なる。
『大丈夫だ! 必ず開ける!
そこにいる全員、絶対に助け出す!!』
その力強い声に、僕の視界が少しだけ滲んだ。
ここまで……来た。
ここまで……みんなで耐えたんだ。
天井の向こう側で激しい金属音が続き、
やがて──
ガコンッ……!
大きな瓦礫がひとつ、外へ押しのけられた。
そこから差し込んでくるのは、
久しぶりに見る“ライトの光”。
そして穴の向こうに、ヘルメットにゴーグルを付けた救助専門ヒーローが顔を出した。
「みんな、無事か!? 今すぐ助ける!」
周りの子どもたちが一斉に歓声を上げる。
ヒーローは係員の人に向かって確認する。
「この部分だけ、個性の維持を解除できますか?
ここから順番に、地上へ引き上げます!」
個室維持の係員さんは緊張しながらも頷き、
ヒーローが示した部分だけをゆっくりと解除する。
すると、天井の穴が少しずつ広げられ、
向こうから救助隊員たちがロープや担架を慎重に降ろしてくる。
「まずは小さい子から! 順番にいくぞ!」
小学生たちが名前を呼ばれ、
ひとり、またひとりとロープに固定されて引き上げられていく。
泣き腫らした目をした子もいたけれど、
皆、救助隊のヘルメットが見えると安心したように笑った。
そして──
引き上げられる前に、子どもたちが必ず僕の方を見る。
小さな靴をキュッと鳴らして、
震えながらも笑顔になって──
「電気ありがとう!」
「ヒーローさん、かっこよかった!」
「ハンバーガー、ほんとに美味しかったよ!」
突然飛んでくる言葉が、胸の奥にぐっと刺さった。
僕は片膝の姿勢のまま、
背中のケーブルをつないで動けないままだけど、
精一杯、手を振って応えた。
「気をつけてね……!
上で、ちゃんと休んで……!」
次にお年寄りや、一般のお客さんたち。
みんな、救助される直前に必ず僕の前へ来て──
「ありがとうね、本当に……助かったよ」
「あなたが電気を供給してくれたおかげで、ここは生き残れた」
「あなたのおかげだ。あと、ハンバーガーは若返る味だったよ!」
と涙まじりに笑いかけてくる。
その度に胸の奥が熱くなって、
僕はただ、黙って頭を下げて返した。
天井が開けられ、救助が始まってしばらくしたころ。
次に呼ばれた一般人の中年男性が、ロープへ向かう前に ふと立ち止まった。
暗がりの中で、彼の視線がまっすぐ僕に向く。
ほんの少し震えた声で、男はぎゅっと唇を結び、そして絞り出すように言葉を続けた。
「俺……今まで、異形型の人たちを、ずっと“一方的に”避けて生きてきたんだ。
ニュースで見た怖い事件のせいで……勝手に怖がって、勝手に距離を置いて……」
薄暗い展示スペースの中で、彼の言葉だけがはっきり響く。
「正直、あんたの姿を最初に見た時も……“怖い”と思った。
あんたに助けられる資格なんて、本当はないんだ」
僕は何も言えず、ただ静かに見つめるしかなかった。
男はゆっくりと頭を下げた。
「……なのに」
顔を上げた彼の目には、涙が薄く滲んでいた。
「なのにあんたは……俺たちに“怖がられるのも厭わずに”、ずっと個性を使い続けてくれた。
寒さも暗闇も……そして飢えまで救ってくれた」
「……本当に、ありがとう」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
僕の姿を見て泣く人なんて初めてだった。
まして“異形型を避けていた”という人がこんな顔で感謝してくれるなんて。
僕は片膝の姿勢のまま、小さく頭を下げた。
「……いえ。僕は、できることをしただけです」
男は涙を拭い、ロープへ向かう。
救助隊に掴まりながら、最後にもう一度こちらを見る。
「……ありがとう」
その言葉が胸の奥に深く、強く響いた。
どんどんと救助が進んでいく。
ロープに掴まって上へ運ばれていくたび、
展示スペースの空気は少しずつ軽く、明るくなっていった。
被身子も最後のグループで呼ばれた。
上へ運ばれながら、僕の方を振り返って笑って言った。
「……上で待ってますから」
僕は小さく頷く。
彼女が見えなくなると、胸の奥にあった緊張が、じわりと強くなる。
次に救助されたのは一般人と小学生グループ。
続いて先生と数名の大人たち。
気づけば、
展示スペースに残されていたのは——
先生と、係員の2人、そして僕だけだった。
その時、上から声が落ちてきた。
「下降します! スペース内に入ります!」
救助専門のヒーローがロープを伝って降りてくる。
着地した瞬間、彼の目が大きく見開かれた。
初号機の姿で、ケーブルに繋がれたままの僕を見て一瞬、息を呑んだようだった。
「……これは、一体?」
係員の1人が前に出て説明する。
「この展示スペースが無事だったのは、私の個性“個室維持”のおかげですが……
ここに電力を供給できるバッテリーも必要でして。
彼が……ずっと繋がってくれました」
ヒーローは驚きから、静かな感嘆に変わり僕へ向き直った。
「……ありがとう。
君の行動で、どれだけの命が救われたか……想像もできない」
僕は少しだけ視線をそらした。
褒められるのは、あまり慣れていない。
ヒーローは係員の方へ向き直る。
「個室維持のあなたが最後です。
あなたが移動した瞬間、個性の効果が消えれば、この空間が崩落する可能性があります。
そこで——」
僕は、言葉を遮るように前へ出た。
「僕が、最後まで残ります」
ヒーローの目が丸くなる。
「……君が? どうしてだ」
僕は答える。
「光源は多い方がいいです。
暗闇になれば、救助作業の妨げになります。
それに……」
ゆっくりと、胸に手を当てた。
「僕には“シールド”があります。
もし崩落が起きても、僕だけなら防げる。
だから——僕が最後でいい」
係員も、先生も、ヒーローも。
一瞬だけ言葉を失った。
だが誰も、反対はしなかった。
先生は最後の最後まで、何度も頭を下げてきた。
「……すまない。本当に……すまない、福音」
僕は首を振って、逆に先生へ言い返す。
「先生こそ……そろそろ限界でしょう。
クラスのみんなの命を背負って、ここまで気を張ってたんですから。
だから早く上で休んでください」
先生は何かを堪えるように唇を噛み——
「……ありがとう。すまない」
その言葉には
“教師としての責任”と
“生徒への信頼”が混ざっていた。
そして、僕が提案した通りの順番で救助は進むことになった。
係員の1人が救助ロープに掴まり、ゆっくりと引き上げられていく。
その距離が伸び——
一定のラインを超えた瞬間。
パキン、と硬質な音が響いた。
「っ個性が維持できません!」
次の瞬間、展示スペースを支えていた“個室維持”の光がふっと消える。
同時に、周囲の壁と天井が不気味な軋みを上げた。
ミシッ……バキバキバキッ!!
誰かが悲鳴を上げた気がするが、もう聞いている余裕はない。
僕は叫んだ。
「ATフィールド──全開ッ!! 」
ドンッ!!
光が爆ぜ、巨大な壁のような力が周囲を覆う。
崩落しかけた天井は、フィールドに阻まれ、かろうじて形を保った。
ヒーローが上から慌てた声で叫ぶ。
「ロープを下ろす! 今いくぞ!
フィールドを保ったまま、つかまれるか!?」
「いけます!」
僕はATフィールドを維持しながら、その一部だけを狭く溶かすように解除する。
そこから伸びてきた救助ロープを、しっかりと掴んだ。
「引き上げるぞ!!」
「お願いしますッ!!」
ロープが強く引かれ、僕の体が浮き上がる。
足元では、押し返される瓦礫がATフィールドに弾かれて火花のように散った。
それでも僕は上を向き、ただ一心にロープを握りしめた。
——地上への帰還。
ようやく、みんなのもとへ戻れる。
胸の奥で、静かに、強く思った。
(……被身子、もうすぐ行くから)
やっとエヴァM号機を登場させることができました。
この小説の構想を練っていたときにどのエヴァをだそうかな?と考えていた候補の中で、2番目に思い浮かんだのがM号機でした。
もしM号機を知らない方のために、軽く説明します。
M号機は、マクドナルドとエヴァのコラボに登場したすべてが謎に包まれた存在です。
CM内ではゲンドウが名前を呼んでいるので、一応ゲンドウのシナリオに登場するのでしょう。
そんなM号機を今回ようやく出せました。
楽しんで頂ければ幸いです。