僕のヒーローアカデミア 偽りの福音   作:ペプシ飲みたいマン

24 / 39
みなさん、たくさんの感想、本当にありがとうございました。
特に前回のM号機の登場は予想外だった方が多かったのか、いつも以上にたくさんの反応をいただけて嬉しかったです。

感想の中でもありました、エヴァにはたくさんのコラボがあります。
今後はM号機以外のコラボ系をすぐに登場する予定はありませんが、いずれ物語に合う形で出せたらなと思っています。

それでは、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


第弐拾参話 新世 福音:原点

 ヴィラン災害から救助されたあと、僕はそのまま病院に搬送されていた。

 念のためらしい。

 この体に異常がないかどうかを調べるためだ。

 加えて僕限定だが、普段使っていなかった“個性”を長時間使ったという理由も含まれていた。

 

 診察室の白い天井をぼんやり見上げながら、

(……みんな、無事だったよな)

 そんなことばかり考えていた。

 

 その後、検査結果が出るまでは別室で警察による事情聴取を受けることになった。

 

 僕は質問に一通り答えたあと、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を口にする。

 

「……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

 

「ん? どうしたんだい?」

 

「今回の事故……その、影響って……どれくらい、ひどかったんですか? 

 僕たちのいた階は無事でしたけど……他の階の人たちは……」

 

 警察の人は、一瞬だけ目を伏せた。

 それから苦い顔をして、ゆっくりと答えた。

 

「……被害はかなり大きかった。

 ケガ人も多いし……残念ながら亡くなった方もいる」

 

「……そう、だったんですか」

 

 胸がぎゅっと締めつけられた。

 僕の声は自然とトーンが落ちる。

 

 そんな僕の顔を見て、警察の人は穏やかに言った。

 

「……でもな、新世くん。

 あの三日間のあいだ閉じ込められていた人たちが、全員無事だったのは──君のおかげでもあるんだ。

 そこは、胸を張っていい」

 

「僕、のおかげ……」

 

「ああ。電源を維持して、暖房を動かして、食べ物まで出したんだろう? 

 普通の中学生にできることじゃない。

 君の“個性”と、君自身の意思がなきゃ、もっと悲惨なことになってたはずだ」

 

 僕は目を伏せながら、小さく息を吐く。

 

「……ありがとうございます」

 

 胸の痛みは消えなかった。

 けれど、その言葉に少しだけ救われた気がした。

 

 あの三日間、泣いていた子供たち、震えていた人たち、

 その顔が脳裏に浮かぶ。

 

(守れてよかった……本当に)

 

 警察の事情聴取も終わり、僕は先生に連れられてホテルへ戻ってきた。

 

 ロビーに入った瞬間、まだ残っていたクラスメイトたちがざわっとこちらを振り向く。

 

 そして──

 

「福音くん!!」

 

 最初に飛んできたのは被身子だった。

 その声に気づいたのか、ほかのクラスメイトも一斉に僕の方へ駆け寄ってくる。

 

「うわ、ちょ、みんな……!?」

「大丈夫だった!?」

「怪我とかしてない!?」

「個性、ずっと使いっぱなしだったんだろ!?」

「倒れたりしなかったか!?」

 

 口々に質問が飛んでくる。

 ロビーの空気が一気にざわついた。

 

「あ、ああ……大丈夫だったよ。医者にも特に問題なしって言われたし。

 それにしても……みんなして、どうしたの?」

 

 そう聞くと、周囲からすぐに返ってきた。

 

「どうしたって……お前が一番やばかったに決まってんだろ!」

「ずっと電気供給してたし、あんなの普通じゃねーよ」

「倒れててもおかしくなかったんだぞ!?」

「正直……途中で不安で泣きそうだったし」

 

 みんなの言葉に、僕は一瞬だけ胸の奥が温かくなる。

 

「……そっか。心配してくれて、ありがとう」

 

 そう言うと、被身子がさらに一歩近づいてきた。

 その表情は、いつもよりずっと柔らかくて──でも、どこか泣きそうで。

 

「本当に……心配したんですよ……!」

 

「あ、あはは……ごめん」

 

 僕は苦笑いしながら頭を掻く。

 

 そして、ふと思い出して質問する。

 

「そういえば……この後ってどうするんだっけ? 

 ほら、僕ずっと病院にいたから」

 

 すると声田が前に出て、肩をすくめながら答えた。

 

「数人だけど、精神的にキツかったやつらがそのまま入院するらしい。

 で、無事な生徒は先に帰るんだと。

 他のクラスは昨日帰ったらしいぜ」

 

「ああ……そうなんだ」

 

 声田は続ける。

 

「本当はお前も休息扱いで残す予定だったらしいけど……“問題なし”って判断されちまったからな」

 

「……それは、どうなんだろう。ありがたいのかな……?」

 

 僕が苦笑すると、周りがふっと笑った。

 

 怖かったけど、苦しかったけど──

 こうして、笑えるみんなとまた話せている。

 

 それだけで、救われる気がした。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 孤児院に戻ると、玄関を開けた瞬間だった。

 

「福音くん!!」

「無事だったの!?」

「ニュースで見たんだよ!?」

「怖かったでしょ!? ほんとに大丈夫だったの!?」

 

 子どもたちが、わぁっと雪崩のように僕の体に抱きついてきた。

 

「わ、わっ……ちょ、みんな……!」

 

 僕はなるべく安心させようと、

 わざと大げさに胸を張って、元気いっぱいの声を出した。

 

「見ての通りだよ! ピンピンしてるし、怪我なんて全然なし!」

 

「ほんとに〜〜?」

「ほんとにピンピンしてるの?」

「隠してるだけじゃないよね?」

 

 子どもたちはまだ不安げで、納得してくれない。

 

 でもその反応が、妙にくすぐったくて。

 

(……ああ、僕は本当に、この場所に愛されてるんだな)

 

 胸の奥がふわっと温かくなった。

 

 そして翌日。

 

 本来なら学校だったが、クラス全体は二日間の特別休みになった。

 

 僕自身は体調も精神も問題なし。

 むしろ、部屋のベッドに丸一日いる方が落ち着かない。

 

「先生、散歩してきます」

 

「ちょっと福音くん!? 昨日帰ってきたばっかりなんだから、遠くまで行っちゃダメだからね!」

 

「大丈夫ですよ。近くをぶらぶらするだけですから」

 

 そう言って部屋を出ると、僕は当てもなく街を歩いた。

 

 気づけば──

 足は自然と、近くにある自然公園の湖まで来ていた。

 

 公園の個室トイレに入り、誰もいないのを確認してから服を脱ぎ、M号機へ変身。

 

 手元が光り、すぐに“ハンバーガー”が生成される。

 今日はなぜか、ちゃんと紙袋まで現れた。

 

「……便利なもんだな」

 

 呆れ半分、感心半分でつぶやきながら、量産機の姿へ戻る。

 

 湖のほとりのベンチに腰かけ、ハンバーガーを頬張る。

 太陽の光が湖面に反射して、きらきらと揺れていた。

 

 ──しばらくして。

 

 ベンチのすぐ隣に、ふっと人の気配が座った。

 

「……なにか悩みごとかい?」

 

 静かで、どこか哀しげで、それでいて優しい声。

 

 僕はゆっくりと顔を向ける。

 

 そこには、夢の中で会った少年、偽カヲルが座っていた。

 

 現実世界に、当たり前みたいな顔して。

 

 僕は思わず目を見開いた。

 

「……君、どうして──」

 

 偽カヲルは湖面を見つめながら、ゆるく微笑んだ。

 

「その話し方……まだ続ける気なのかい? 

 ここには君と僕しかいない。元の“君”に戻ってもいいと思うけれど」

 

「僕……いや、俺は……」

 

 そこまで言って、話し方を変える。

 

「どうして今、こうして話せるんだ? 

 いつもは……夢の中でしか出てこなかったじゃないか」

 

 偽カヲルは少しだけ目を伏せる。

 

「それは──君がまた前へ進んだからだよ」

 

「……またそれか」

 

 あきれたように言うが、俺はその意味を完全に理解してはいない。

 

「で、お前は……俺にしか見えてないのか?」

 

「もちろん。僕の姿も声も、君だけが認識できる。

 “外側の人たち”には届かないよ」

 

「……そうか」

 

 俺はバーガーをひとかじりした。

 ほのかな油の香りと味が広がるのに、どこか味がしない気がした。

 

「出てこれる理由はわかった。

 じゃあ……なんで出てきたんだよ」

 

 偽カヲルは、風の中に溶けるような声で言った。

 

「君が、なにか悩んでいるように見えたから。

 誰にも言えないことを抱えている顔だった」

 

「……」

 

「話してみたらどうだい? 

 言葉にすると、形が変わっていくものだよ」

 

(……自分で自分に相談って、なんだよそれ)

 

 心の中で毒づくと、偽カヲルがクスッと笑った。

 

「それも一つの手なんじゃないかな。

 “自分自身にだけは嘘をつけない”って、君なら分かってるはずだよ」

 

 俺は思わず、手の中の紙袋を強く握りしめた。

 

 考えを読まれたようで、心臓がひゅっと縮む。

 僕は思わず偽カヲルの顔を見る。

 

 からかうような、でも温度のある微笑み。

 

 やれやれと言っているのが、声に出さずとも分かった。

 

「……はぁ」

 

 俺はため息をひとつ落として、かすかに肩をすくめた。

 

「それも、そうか」

 

 そう呟いて、湖の光をぼんやり見つめたまま口を開く。

 

「修学旅行でさ……いろんなことがあったんだよ。

 それで、いろいろ思うところがあって……なんか全部まとまらなくてさ」

 

 偽カヲルは穏やかに頷く。

 

「じゃあ、一つずつ解いていこう。

 焦らなくていいよ。君のペースで話してごらん」

 

 その言葉に押されるように、俺はゆっくりと言葉を探した。

 

「……SDAT。あれを見つけた瞬間、驚くくらいテンション上がったんだよ。

 手に持った瞬間“うわっ、これ! ”って……自分でもビックリした。

 今思うと……生前はああいうの集めるの好きだったのかなって」

 

 偽カヲルはにこりともせず、ただ黙って聞いてくれている。

 

「あと……あの事故で変わった姿。

 エヴァンゲリオンM号機。

 俺の知らないエヴァ……名前だけは知ってた。

 意味わかんないだろ?」

 

 偽カヲルは細く息を吐き、湖の揺らぎに視線を落とした。

 

「あれか……。

 あれは、僕たちでも知らない姿だよ」

 

「……そうなのか?」

 

「ああ。

 あれは“君が願い、呼んだもの”だと僕は思ってる」

 

 俺は少しだけ息を吸った。

 

「……まぁ、便利だったしな。

 あのエヴァのおかげでみんな無事だった。

 今はそこだけ考えればいいか」

 

 そう言ったあと、また言葉が続かなくなる。

 

 胸の奥で、まだ引っかかっているものがある。

 でも形にならない。

 心の中だけで渦を巻いている感じだ。

 

 俺は視線を落とし、沈黙に包まれた。

 

「……あと、あの顔、さ」

 

 言いながら、胸がきゅっと締め付けられる。

 

「電気をつけて……暖房がついて……

 それでさ、俺が作ったハンバーガー食べて……」

 

 記憶の中の“あの光景”が、はっきりと浮かび上がる。

 

 泣きそうだった子が笑って。

 震えていた人が呼吸を取り戻して。

 “助かった”って、その表情で分かる瞬間。

 

「……あの顔が、忘れられないんだ」

 

 手をぎゅっと握る。

 

「みんな……嬉しそうに笑ってた。

 あの瞬間だけは……“ああ、これで良かった”って思えた。

 ただ、助けられたことが嬉しかったんだと思う」

 

 自分でも驚くほど静かな声だった。

 

「……俺、あの形が……いいと思ったんだよ」

 

「誰も怖がらなくて、泣かなくて……

 ただ、“ありがとう”って言ってくれた」

 

 喉の奥が少しだけ熱い。

 

「……ああいうふうに、

 みんなが笑ってくれるなら……

 俺、あれでいいのかなって、一瞬思った」

 

 言葉にした瞬間、心がざわつく。

 

「……あとさ」

 

 湖面に反射する光をぼんやり見つめながら、ぽつりと続ける。

 

「あのおじさんの言葉……ずっと、頭に残ってるんだ」

 

 救助される直前──

 あの一般人の男性が、震える声で言ってくれた言葉。

 

『俺、今まで異形型を避けてた。

 でも君が命を張ってくれたおかげで……異形型に対する考え、変わったよ。

 本当にありがとう』

 

「あれが……なんかさ。すごく、嬉しくて」

 

 胸の奥が熱くなるのを、思い出す。

 

「俺はただ、やれることをやっただけなんだけど……」

 

 それでも。

 

「“そう思ってくれたんだ”って……なんとなく、思ったんだよ」

 

 自分の存在が、誰かの考えを変えた。

 誰かの心を動かした。

 

 その事実が、じんわりと胸に染みていく。

 

「……そうやってさ。嬉しいことも、いっぱいあったんだけど」

 

 言葉を続けようとした瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

 

「その裏では、亡くなった人もいるって……聞かされて」

 

 湖に映る自分の姿が、一瞬だけ別人みたいに見えた。

 

「あくまで俺たちは……運が良かっただけなんだって思うとさ。

 なんか、やるせないっていうか」

 

 言葉を選ぶほど、喉がつまる。

 

「もし……その人たちの近くに俺がいたら。

 助けられたのかなとか……変に考えちゃって」

 

 答えなんて出ない。

 出るはずもない。

 

 それでも“考えてしまう”自分がいる。

 

「俺、“守る”って格好つけてたのに……

 守れなかった人がいるって思うと……どうしても、さ」

 

 声が少しだけ震える。

 

「……そういうふうに考えるとさ」

 

 言いながら、自分でも言葉がどこへ向かっているのかわからなくなっていく。

 

「考えようとするほど、頭が真っ白になって……何も考えられなくて」

 

 本音だった。

 

 守れなかった誰かの顔も、助けられた誰かの笑顔も、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざって、

 

 自分が今、どっちに向かって立ってるのかすらわからなくなる。

 

「……なんか、わからなくなっちゃったんだよ」

 

 言った瞬間、心の奥に沈んでいた泥みたいなものがふっと浮いた気がした。

 

 胸の奥がぐちゃぐちゃで、踏み出す足の向きさえ見失いそうだ。

 

「……自分が何を考えてて、何をしたかったのか……わかんなくなったんだよ」

 

 そう口にした瞬間、胸の内側に溜まっていたものが一気に空気に触れていくような気がした。

 

 偽カヲルは驚かない。

 責めもしない。ただ静かに、優しく僕を見つめてゆっくりと確認するように言った。

 

「じゃあ、整理していこうか。

 一つずつ、順番にね」

 

 湖面に反射する光のような柔らかい声で、彼は続ける。

 

「──M号機。

 あの姿を、君は好意的に受け止めていたよね。

 “便利だ”とか“みんなを救えた”とか、“悪くない”って感じた」

 

 俺は、小さく頷いた。

 

「助けた人たちの笑顔──あれを見て、君は嬉しかった。

 胸の中が温かくなった。

 ……そうだろう?」

 

 また頷く。

 あの光景は、今でも瞼の裏に焼きついている。

 

 偽カヲルは微笑む。

 

「そして……あのおじさんの言葉。

 それが──何より嬉しかった」

 

 胸がチクリとする。

 あれほど嬉しかった言葉は、人生でもそう多くない。

 

「でもその裏で……助かった人たちの影に“亡くなった人たちがいた”と知って、君は自分が守れなかったことに苛立ちを覚えた。

 “もし自分が近くにいたら助けられたんじゃないか”ってね」

 

 まるで心を覗き込まれているようだ。

 偽カヲルの言葉は、一つひとつ僕の胸の痛いところを優しく撫でる。

 

「福音くん」

 

 偽カヲルの瞳が、少しだけ真剣な色を帯びる。

 

「君が“どうしたいか”なんて、本当はもう決まっている」

 

 呼吸が止まった。

 

「君は救いたいんだ。

 “守れた命だけでなく、守れなかった命を減らしたい”と、

 心の奥でずっと願ってる」

 

 風が吹き抜ける。

 湖面が揺れる。

 僕の胸の奥も、揺れた。

 

 偽カヲルは、まるで俺の決断を見守るように、静かに続ける。

 

「それが君の“向かう先”だよ、福音くん」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 偽カヲルとの会話のあと、僕は孤児院へと戻った。

 玄関をくぐると、いつもは賑やかな先生たちが、小さな声で深刻そうに話しているのが見えた。

 

 何かあったのかと思い、そっと近づく。

 

「……先生、何かあったんですか?」

 

 僕の声に気づいた職員のひとりが、驚いた表情で振り返る。

 

「ああ、福音くん……ごめんね、ちょっと話し込んでたの。

 実はねまた新しい子が入ることになって」

 

「この時期にですか? 急ですね」

 

 僕がそう言うと、先生は苦しそうに息を吸った。

 

「……後天的な“異形型個性”で、最近になって体に大きな変化があったみたいなの」

 

 胸の奥がぎゅっと凍ったような気がした。

 

「そんな……個性が発動するまでは、一緒に過ごしてたんですよね?」

 

 先生は静かに頷く。

 

「ええ。でも……突然姿が変わってしまって、ご家族では手に負えなくて。

 “専門の施設が必要だろう”って、うちに連れてこられたの」

 

「…………」

 

 “異形型”──その文字が、まるで胸に石を落とすみたいに響く。

 先生は続けた。

 

「……少しだけでもいいから。

 “異形型”の子に対する考えが、世間の中で変わればいいんだけど」

 

 その言葉は、まるで自分に向けられたものみたいで。

 僕は、何も言えなくなり、ただ黙るしかなかった。

 

 その後、自室に戻った僕は、椅子に座ったままぼんやりとスマホの画面を見つめていた。

 

 ニュース、SNS、通知。

 どれを開く気にもなれない。

 ただ反射する光の中に、量産機のぼんやりした顔が映るだけだった。

 

「……はぁ」

 

 胸の奥の靄は、晴れるどころか濃くなっていくばかりだった。

 

 ふと、話したい相手が浮かんだ。

 

 意を決して、通話ボタンを押す。

 

 コール音。

 そして、すぐに繋がった。

 

『……福音くん?』

 

「ヒミコ。もし良かったら……明日、会えない?」

 

 少し間を置いて、続ける。

 

「場所は……そうだね。自然公園の湖のところとか、どうだい?」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 次の日の昼。

 僕は紙袋を二つ抱えながら、昨日と同じベンチに座っていた。

 

 空はよく晴れていて、水面がゆらゆら揺れながら光を反射している。

 なのに胸の奥だけは、まだ少しざわついていた。

 

 ほどなくして、軽い足音が近づく。

 

「福音くん」

 

 被身子が、小さく手を振りながらやってきた。

 

「……急にごめん。ちょっと、話したくなっちゃって」

 

 僕が言うと、被身子は首を横に振る。

 

「いいですよ。呼んでくれたの、嬉しいですから」

 

 柔らかい笑顔。

 その表情を見ただけで、少しだけ心が軽くなる。

 

「それより、ほら。お昼まだだろ? 

 良かったら、一緒にどう?」

 

 僕は紙袋を持ち上げて見せる。

 

 被身子は目を丸くし、「ありがとうございます。でも……頂くだけじゃ悪いので、お金出しますね」と鞄を探り始める。

 

「いや、お金はかかってないから大丈夫だよ」

 

 そう言うと、被身子はハッと目を見開いた。

 

「……あっ! 

 もしかして、これ……あの姿で?」

 

「うん。来る前に部屋でM号機になって作ったんだ」

 

 そう言って僕が紙袋を差し出すと、被身子は丁寧に「いただきます」と頭を下げてから袋を開いた。

 

 僕たちは湖を眺めながら、ベンチに腰かけて並んでハンバーガーを食べ始めた。

 今日はちょっと奮発して、サイドメニューも一緒に生成してきた。

 

「……これ、やっぱり美味しいですね」

 

「だろ? まだ慣れてないけど、味は安定してきた気がする」

 

 2人で「美味しいね」と笑い合いながら食べ終わる。

 しばらく湖の音だけが静かに流れた。

 

 そして、被身子が少し緊張した声で僕を見る。

 

「そういえば……話したいことって、なんですか?」

 

 僕はハッとし、紙袋を足元に置く。

 

「……被身子。あの事故のニュース、見た?」

 

 被身子は一瞬だけ目を伏せ、苦い表情を浮かべる。

 

「……はい。見ました。

 他の階の人たちの中には……亡くなった方もいるって……」

 

「……ああ。僕も、それを見て……思ったんだ。

 “僕たちは運が良かっただけなんだ”ってさ」

 

 湖に映る空が揺れる。

 それを見つめながら、被身子はゆっくりと頷く。

 

「……そうですね。私たちは、運が良かっただけ、なんですよね」

 

 僕は深く息をつき、胸の奥に溜め込んでいた言葉をゆっくりこぼす。

 

「それを知ってから、なんか……変に考え込んじゃってさ。

 急にいろんなことが起きすぎて……頭の整理が追いついてないんだよ」

 

 被身子は少しだけ顔を上げる。

 

「……私もですよ。

 怖かったし、不安だったし……。

 今もまだ、全部を飲み込めてるわけじゃありません」

 

「……そうだよね」

 

 僕は小さく呟き、少しだけ姿勢を正した。

 

「話は変わるんだけどさ……」

 

「はい?」

 

「孤児院に、新しい子が入ることになったんだ」

 

「えっ……!」

 

 被身子は驚いたように目を丸くする。

 

「この時期に? 急ですね……」

 

「うん。なんか……後天的な“個性”の影響で、最近体に変化があったらしくてさ。

 家族とうまくいかなくなったんだって」

 

 その説明を聞いた被身子の表情が、ゆっくりと曇っていく。

 

 彼女の手が、すこしだけ膝の上で震えていた。

 

 僕はその顔を見て、続ける。

 

「その時……先生が言ったんだ」

 

 僕は湖面を見つめながら、その言葉を思い返す。

 

『異形型の子に対する考えが……少しだけでも、世間で変わればいいんだけどね』

 

「……って。

 それを聞いたとき……僕は……何も言えなかったんだ」

 

 風が吹き、湖が小さく波を立てる。

 2人の沈黙が、そこに落ちた。

 

「その時からずっと頭の中で響いていた言葉があるんだ」

 

 ──“君のおかげで、異形型に対する偏見がなくなった”

 

「あの日、救助されたおじさんが言ってくれた言葉。

 それを思い出してから僕はずっと考えてた」

 

「もしあのおじさんみたいに、同じ考えを持ってくれる人が増えたら……

 僕や、孤児院の子どもたちみたいに親に捨てられたり、いじめられたりする人が、少しでも減るんじゃないかなって」

 

 被身子は息を呑み、真剣な眼差しで僕を見つめる。

 

「福音くん……」

 

「でも同時に思ったんだ。

 それを“どうやったら”できるんだろう……って」

 

 僕は手の中の紙袋をぎゅっと握りしめる。

 

「なんで、おじさんの考えは変わったんだろうって。

 なんで、僕に“怖い”じゃなくて、“ありがとう”って言ってくれたんだろうって」

 

 湖を向いていた顔を、ゆっくりと被身子に向ける。

 

「で、思い返してみたんだ。

 僕が“歩み寄った”ところから、全部が始まってたんだって」

 

 言葉を切ると、被身子は胸に手を当てるようにうつむき、小さくつぶやいた。

 

「……歩み寄り、ですか」

 

 僕は静かに頷く。

 

「だから──決めたんだ」

 

「異形型に対する偏見を、少しでもいい。

 一人でもいいから変えていく。

 あの事故みたいに、助けられる人がいるなら“ちゃんと手を伸ばせる”自分でいたい」

 

 湖面を揺らす風の音の中で、僕は静かに息を吸う。

 

「だからさ、被身子──」

 

 彼女がこちらを見た瞬間、胸の奥から言葉が溢れた。

 

「僕は……いや、“俺は”ヒーローになるよ。

 困ってる人がいたら手を伸ばして助けて、

 そして……俺みたいに孤独だったり、苦しんでる子を少しでも少なくする。

 そんなヒーローに、俺はなる」

 

 最後の言葉を口にした時、胸の奥の重しがスッとほどけるようだった。

 

 被身子は、俺の言葉をしっかり受け止めて——

 それから、まるで「やっぱりね」とでも言いたげに、少し呆れたように笑った。

 

「……なら、私も決めました。

 いえ、前から決めてました。

 私もヒーローになります」

 

「えっ?」

 

 あまりにも自然に言われて、思わず間の抜けた声が漏れた。

 

「ちょ、ちょっと待って被身子。

 そんなすぐに決めることじゃないし……ヒーローは危ない仕事なんだ。

 下手したら、その……死ぬことだって——」

 

「そんなこと、わかってますよ」

 

 被身子は俺の言葉を遮るように、まっすぐ言った。

 揺れもしない、強くて優しい声だった。

 

「私は……“あなたを守るヒーロー”になるんです」

 

「……え?」

 

 コアが一瞬止まった気がした。

 彼女は続ける。

 

「なんとなく、わかってました。

 福音くんが、きっとヒーローになるんだって」

 

「どうして……?」

 

 被身子は、俺の方へほんの少しだけ体を寄せて、斜め下から見上げるように言った。

 

「だって福音くん……いつも自分が後回しなんですもん。

 困ってる人を見たら絶対助けるし、辛そうにしてる人を見たら“なんとかできないかな”って考えてそのまま突っ走っちゃうし」

 

 その言葉は、まるで俺の心の奥まで見透かしているみたいだった。

 

 一瞬、被身子は言葉を飲み込んで……

 それから、少し照れながらも、柔らかい“本当の笑顔”を向けてくる。

 

「……なにより。

 “笑顔の練習”してた名前も知らない女の子を、孤独から救ってくれた人なんですから」

 

 胸がぎゅっと締め付けられる。

 俺は、思わず名前を呼んでいた。

 

「……被身子……」

 

 被身子は、湖面に映る光を背にしながら、そっと俺の手の近くに自分の手を置いた。

 触れそうで、触れない距離。

 でも、その温度は確かに届くようで。

 

 そして

 少しだけ頬を赤くして、けれど迷いのない瞳で言った。

 

「だから……一緒に頑張りましょう」

 

 風が静かな湖面を撫でていく。

 被身子の髪がふわりと揺れる。

 

「私のヒーロー?」

 

 一瞬、心臓が跳ねた。

 問いかけているのに、まるで答えをわかっているような優しい声だった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。