ヒーローになる。
そう決めたあの日から、僕の“新しい生活”が始まった。
とは言っても、周りから見れば特に変わったところはない。
学校へ行って、孤児院に帰って、ご飯を食べてその繰り返しだ。
違うのは、ひとつだけ。
(……個性の特訓を、前より本気でやってるってことくらいだな)
早朝から走ったり、初号機の姿でフォームを確認したり。
目標ができただけで、体の動きがぜんぜん違ってくるのが自分でも分かる。
だが特訓をしていたある日。
「福音くん、私も個性を強くしたいので……変身してみます!」
隣でいきなりそんなことを宣言したのは、もちろん被身子だ。
「うん。そうだよな、被身子も鍛え……え?今ここで?」
僕が慌てて周りを見渡すと、被身子は逆に“なんでそんなに驚くんですか? ”みたいな顔をしている。
「変身して体の強化を確かめるんですよね? だったら実践あるのみです!」
「いや、いやいや……。
服はどうするの!? なくなっちゃうんでしょ!?」
しかし被身子は胸を張って言った。
「大丈夫です!
裸になってから変身しますし、その間は目をつぶっててください!」
「被身子がいいなら。それで……、いいんだけど……」
僕はまだちょっと納得できないまま、目の部分を手で覆い、後ろを向く。
「じゃあ、いきますね!」
被身子が個性を使ったようだ、なにか変わっているのを感じる。
僕はてっきり──
(僕の血……飲んでるんだし。
きっとエヴァ素体の姿になるんだろうな……)
と思いながら俯いていた。
「終わりましたよ、福音くん!」
声を掛けられ振り返る。
「…………え?」
ひっくり返ったような声が自分の口から漏れた。
「えっ、ちょ、ちょっと待って……被身子、それ……!?」
僕の目の前に立っていたのは、
──エヴァの姿ではない。
──初号機でもない。
──量産機の姿でもない。
完全に “人間の姿” だった。
しかも。
(……えっ……これ……どう見ても……)
青い短髪。
白い肌。
中学生らしからぬ静かな佇まい。
「……綾波レイ……?」
口に出してしまった。
それほどまでに、目の前の被身子はそっくりだった。
「えっ!? え、ちょっと待って、私……今どうなってます!?」
被身子は慌ててカバンから手鏡を取り出し、自分の顔を映す。
そして、映った姿を見た瞬間──
「……えっ……えぇ……?えぇぇぇぇ……!?」
驚いたあと、被身子は「うーん……」と考え込む。
僕は完全に固まったまま、それを見ていた。
(なんで……?
なんで綾波レイになってるんだ……!?
僕の血を飲んだのに……エヴァじゃなくて……?)
頭が追いつかない。
けれど、ひとつだけわかる。
これはトンデモない方向に個性が進化している。
被身子は鏡を見つめたまま、ぽつりと言った。
「多分ですけど、私福音くんの姿にはなれないんだと思います。
だから、個性が“無理やり別の形に変身させて”、この姿になったんじゃないでしょうか?」
「そ、そうなのか……?」
思わず素で返してしまった。
(ちょ、ちょっと待てよ……
被身子の個性が、僕の血に含まれてる“情報”から綾波レイを抽出して、無理やりその姿に変身したってこと……?)
頭がフル回転するが、状況がぶっ飛びすぎて追いつかない。
僕はおそるおそる尋ねる。
「……ちなみに被身子、その姿に“心当たり”とか……ある?」
すると被身子は、鏡を持ったままきょとんとした顔でこちらを見た。
「心当たりは……ないです。ちなみに、体調に変化はありませんよ?」
被身子は鏡を覗き込みながら、真顔でそう言った。
「……そ、そうか。だったら……まぁ、いいんだけど」
正直よくはない。
よくはないけど、今の時点でツッコむ場所が多すぎる。
すると被身子は、綾波レイの顔のまま真剣に僕を見る。
「それに……なんかこの姿だと、ATフィールドが強くなった気がします。
なのでこれからは、バシバシこの姿でも訓練しましょうね!」
「……う、うん」
僕はただうなずくしかなかった。
(見た目は綾波レイで……
声も綾波レイなのに……
言葉遣いが完全に“被身子”なんだよな……)
混乱とツッコミが頭の中で渋滞していると──
胸の奥、コアがひときわ強く脈動した。
(なんだ? ……あれ? 僕はなんでこんなに悩んでいるんだ? )
理由はわからない。でも、どこか納得してる自分がいる。
僕はため息をついて、肩を落とす。
「……まあ、いいか」
細かいことを考えるのを、完全に放棄した。
◇◇◇◇
そんな日々を過ごしていた僕は気づけば、いつの間にか学年が変わっていた。
そして今日は 新一年生の入学式 だ。
中学生になって一年。
ついに僕にも“後輩”ができるのだと思うと、胸がそわそわして仕方がない。
(いやぁ……後輩かぁ……なんかいい響きだな)
そんな浮かれた気分の僕は、今、放送室にいた。
今日は 放送部の新入生勧誘用ゲリラ放送 を行うためだ。
「では本日は、新入生勧誘のための放送を行う」
部長が前に立って、部員を見渡す。
「事前に先生たちには許可を取ってある。放送内容は、各部活動の案内だな」
「語り担当はいつも通り新世、頼むぞ」
副部長が僕を指名する。
「了解です」
マイクテストしながら返事をすると、横で声田くんが手を挙げた。
「そういえば今日は語りのメンバー、誰で行くんです?」
それを聞いた被身子が、当然のように言う。
「オーソドックスにシンジくんとカヲルくんでいいんじゃないですか?」
「いや、それだとターゲット層が絞られる。もっと違うメンバーがいい」
副部長が眉を寄せて首を振る。
今何をしているのかというと
僕の声真似できる エヴァキャラクターのレパートリーが増えすぎた結果、部内でそれぞれに名前をつけて「どのキャラで放送するか」話し合っているのだ。
もはや放送部名物らしく、エヴァをよく知らない生徒たちまで話している。
「いや、今日は“ゲンドウ”のテンションの方がウケるんじゃ?」
「いやゲンドウナレーションはハマりすぎてな……」
みたいな会話が自然発生している。
エヴァを知らないくせに自然と“エヴァ談義”をしてしまう。
この学校の在校生には、もう当たり前の光景だった。
(……そう、これだよこれ)
僕はマイクを握りながら、自然と口元が緩んだ。
(これを待ってたんだ。
知らないうちにエヴァオタクになってしまう状況)
僕は笑いを抑えられず、ただ静かに笑っていた。
(僕の“シナリオ通り”に、ちゃんと進んでる……)
「そういえば部長、今日の語りって一人じゃなくて“複数人”でしたよね?」
僕がそう切り出すと、部長は首を縦に振った。
「ああ、そのつもりだ。去年も二人体制だったしな」
「なら──僕、ちょっといい考えがあります」
その言葉に、部長の眉が跳ね上がる。
「……なんだって? それは本当かい、新世!」
部長、めちゃくちゃ食いつく。
いやまぁ、放送部にとって“語りの組み合わせ”は命だから気持ちはわかるけど。
「今日から“語り”を一人増やしましょう」
僕がさらっと言うと、副部長が目を輝かせた。
「それはいい!
在校生には“新しい声”を楽しんでもらえて、新入生には放送部そのものの面白さを伝えられる!」
隣で声田くんが腕を組みながら言う。
「じゃあ……新世が話す声が増えるってことか?」
僕は静かに微笑んだ。
「いいや──今日は“僕以外”が話すんだよ」
「へぇ? で、それ誰だ?」
僕は指を横に向ける。
「被身子だよ」
「トガ君か」
「いいね、それ」
「たまには変化あってもいいよな」
「被身子さんの声……新鮮でいいと思いますよ」
部長、副部長、声田くん、そして被身子まで、みんなが自然に賛成していく。
──そして次の瞬間。
放送室に、“無音”が落ちた。
全員がゆっくりと被身子の方を見る。
当の本人は、目をまん丸にして固まっていた。
「…………」
「…………」
数秒の静寂。
「え゛っ!? わ、わたしですか!!??」
叫んだ。
僕は苦笑を隠しつつ、自信満々に言う。
「大丈夫だよ。……“あの姿”なら絶対いける」
被身子の顔が一瞬で真っ赤になる。
「な、な、な、なんであの姿の話になるんですか!!」
僕がそう言うと、被身子はまだ半信半疑の顔をしていた。
なので、僕は真正面からまっすぐ目を見て言った。
「大丈夫。……僕は、被身子を信じてる」
その言葉に、被身子は一瞬だけ息を呑んだ。
そして──
キッと顔を引き締めて拳を握る。
「……よしっ! やってやろうじゃないですか!!」
その気迫に、部室全体の空気が一気に明るくなる。
部長は勢いよく立ち上がり、両手を高く上げて叫んだ。
「よーし! それじゃあ気合い入れていくぞぉぉ!!
放送部、準備開始──!!」
「「「おおおおおおっ!!!」」」
部員全員が盛り上がる。
放送室が一気に戦場前のテンションになった。
被身子はまだ顔を赤くしながらも、
どこか誇らしげに、しっかりと胸を張った。
(……よかった。被身子は強いな)
僕はその姿を見ながら、自然と微笑んでいた。
◆◆◆◆
俺は今日、中学校の入学式に来ていた。
小学校の時からの知り合いも何人かは同じクラスになったけど……正直、仲がいいわけじゃない。
俺の“個性”のせいなのか、いつも一定の距離を置かれる。
(……まあ、慣れてるけどさ)
正直言ってこの個性のせいで周りからはいろいろ言われる。
便利だとか、犯罪向きだとか、ヴィラン向きだとか散々言われてきた。
(俺は、そんなつもりじゃねぇのにな)
俺はヒーローになりたい。
誰かを助けるために、この個性を使いたい。
だけど周りはどうしたって色眼鏡で見てくる。
だから部活も──
将来ヒーローになるために“何か生かせるもの”がいいと思っていた。
両親が先生に今後の説明を受けている間、俺は新入生たちに混ざって校内の部活案内を見て回っていた。
ふと、一枚のポスターの前で足が止まる。
「ヒーロー活動部……?」
口に出してつぶやいてしまった。
(体づくりとか、ヒーロー基礎のトレーニングができるのか……?
これ、良さそうだな)
そんなふうに思っていた、その時だった。
──校内に、放送のチャイムが鳴った。
「……ん?」
周りの新入生も、ざわざわと見上げる。
そして。
スピーカーから、すっと透明な声が流れた。
『──新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます』
(……っ)
胸の奥が、勝手に反応した。
静かで、透き通ってて……
でもどこか温度のある声。
(……すげぇ)
たった一言で空気が変わる声なんて、聞いたことがない。
俺は声に敏感だ。
この個性のせいで、声の抑揚、呼吸の混ぜ方、響き……自然と全部聞き取ってしまう。
その俺からしても、この声は異常だった。
『──放送部では、皆さんの学校生活を“情報”と“声”で支えています。
今日話すのは放送部2年、碇シンジです。』
静かだけど芯があって、人を落ち着かせる声。
(俺の声とは……全然違う)
そう思った、その直後だった。
『──それから、新入生の皆さん。今日はゲストがいるんだ』
さっきの落ち着いた少年の声……“語り役の彼”が言った。
続いて──
『……こんにちは』
今度は静かで、淡々としていて、まるで氷みたいに澄んだ声。
無機質なんだけど、不思議と耳が離れない。
(誰だ……? 同じ部の人だよな?)
『あ、えっと……綾波? 初めてなんだから、その……自己紹介とか欲しいんだけど』
男性が、慣れた感じで促す。
すると──
『……綾波レイ』
淡々と、落ち着きで言い切った。
『え? そ、それだけ? 他には……?』
『……ないわ。わからないもの』
『あー……』
会話が噛み合ってない。
放送部なのに、こんな感じで大丈夫なのか?
(おい……これ、放送事故じゃないか……?
せっかくいい声なのに)
俺が心の中でツッコんだとき、放送から続きが聞こえた。
『だったら……話し方を変えてみれば?
綾波、ほら……気持ちの切り替えだけで結構変わるから』
『……わかった。やってみる』
一拍の静寂。
そして──
『よーっし! じゃあここからは張り切って紹介するわよ、新入生のみんなっ!!』
さっきまで無感情だった冷たい声が嘘みたいに、
元気でハキハキしていて、勢いと自信に満ちている。
(……何だこれ!? 同じ人物とは思えねぇ……!!)
まるで役者。
いや、声優の切り替え芸を間近で聞いているみたいだった。
こんな声ひとつで場の空気を変えるようなやつ──
正直、ちょっと……羨ましい。
(放送部……すげぇな)
俺は、その放送に──完全に聴き入っていた。
勢いのある声が校内に響き渡る。
『お次は茶道部から〜……えーっと、なになに?
“君は抹茶のすべてを知る”ですって? 何が言いたいのかよくわかんないわねコレ』
『まあ、茶道部は行ってみたらわかるよ。雰囲気はいいし』
『それもそーよね〜。さっすがシンちゃん!』
(……シンちゃん? シンジだからか?)
女性はそのまま明るく続ける。
『はいっ、で、お次が最後。わ・れ・わ・れ放送部ってわけね!
なんか言うことあるかしら〜?』
『こういうの未経験でも全然大丈夫だよ。興味があれば、ぜひ来てみて』
『そそっ。放送室に来てくれればいいわよ〜?』
(……すげぇ。息ぴったりだ……)
声を聞いてるだけで、仲良しとかじゃなくて“プロ”みたいに呼吸が合ってる。
『じゃあ、部活案内も終わったし……そろそろ終わろっか、綾波』
『はいは〜い、わかったわシンちゃん。
じゃ、みんな──ばいばーいっ♪』
『じゃあ……今度のお昼の校内放送で』
これで終わり、かと思った瞬間だった。
『ちょっと待ちなさいよバカシンジ! あたしの出番ないじゃないの!』
(!?)
今度は全然違う、勝ち気な女の声だ。
『せやせや! ワシだっておったのになぁシンジ!』
(また声が変わった……!)
『……初号機パイロット、変われ』
(え、今の何!?)
『まあまあ、みんなはまた今度ってことで。ね?』
(優しい声……誰だこれ!?)
放送室が何人いるんだ!?
そう思った瞬間、最後に場をさらう声が響く。
『ちょっち締まらないけど……これからも放送部をよろしくね!
じゃ、次回もサービス! サービス!』
(…………)
俺は気づいたら拳を握りしめていた。
(あの声……あの表現力……)
胸の奥がざわつく。
(洗脳……俺の“個性”に、あれ……使えるんじゃないか?)
今まで散々、周りから“ヴィランみたいだ”とか言われてきた声。
けれど──
さっきの放送は違った。
“声”で人を惹きつけて、
“声”で雰囲気を作って、
“声”で空気すら変えていた。
(……俺にだって、できるのか?)
気づけば、俺の足は勝手に動いていた。
(いくつも声を使い分けて……あんな放送ができる部活なら……)
手が汗ばんでいる。
喉が、ひゅっと乾く。
だけど──止まらない。
(……行ってみる価値は、ある)
俺は、新入生用の案内図を握りしめたまま、放送室のある廊下へと足を向けていた。
◇◇◇◇
放送終了のスイッチを切った瞬間、
部屋の中にふっと静寂が落ちた。
ほんの数秒。
その沈黙を破ったのは、部長のぱぁっとした声だった。
「素晴らしい!! 最高だったよ!!」
勢いありすぎて椅子がガタッと鳴るレベルだ。
「……はぁ~~~……よ、良かった……」
隣の被身子は、さっきまでの堂々たる“綾波レイ”が嘘みたいに、肩を落として深いため息。
副部長が苦笑しながら背中をぽんと叩く。
「いや全然良かったよ、トガさん。
そんなにため息つかなくていいって」
「そ、そうですか……?」
まだ半信半疑って顔してる。
僕はというと──
「うん。すごく……話してて楽しかったよ」
正直に言った。
だって本当に、楽しかったんだ。
隣でコロコロ声を変えながらツッコんでくれる被身子。
ほかのメンバーが思わず吹き出してしまうような掛け合い。
そして放送室の空気が、いつも以上に明るかった。
被身子は僕の方を見て、少しだけ頬を赤くして笑った。
「……福音くんがそう言うなら……よかったです」
そのとき──
コン、コン。
放送室のドアが、控えめにノックされた。
「はーい、今開けまーす」
声田くんが立ち上がってドアの方へ向かう。
「誰でしょう……?」
被身子が小声で囁く。
「もしかして……今の放送を聞いた新入生かも」
僕がそう言うと、部長の目が一気に輝いた。
「それはいい!! 我が放送部に新たな風が……!」
そのテンションのまま、入口の方へ駆け寄ろうとした瞬間──
「部長ー!」
声田くんの声がドアの近くから飛んできた。
「今ので興味持ってくれたみたいで……新一年生が来てくれてますよ!」
部室の空気が一気に沸き立つ。
「おおおっ!! 本当に来たか!!」
僕と被身子、そして副部長は思わずそっちへ目を向けた。
そこに立っていたのは──
紫の髪で、どこか影のある雰囲気をまとった男子生徒だった。
「その……俺、さっきの校内放送聞いてて、ちょっと気になって」
その瞬間、部長の顔がぱぁっと明るくなる。
「そうなのかい!? いやぁ、それは嬉しいねぇ!」
副部長も柔らかく笑う。
「よかったら、気になったことなんでも聞いてくれていいよ」
「え、えっと……」
彼は一度言葉を飲み込んで、そして少しだけ勇気を振り絞るように続けた。
「俺……将来ヒーローになりたくて。
個性が“声”に関係してて……
で、さっきの放送聞いて……なんか、今後に生かせるかもって思って」
「おおっ!」
声田くんが思わず身を乗り出す。
「確かに! 声に関することなら放送部が一番だよな!」
被身子も頷きながら言う。
「それに、放送部だからって将来絶対に放送系の仕事に就かなきゃいけないってわけじゃないですし……興味があるなら全然いいと思いますよ」
僕も彼の言葉を聞いて、自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ……君は構成とか裏方より、“声を使う方”に興味があるのかな?」
「ええ……そうです」
彼は真剣な目で僕を見る。
「声の演技だけで……あそこまで人を魅せられるの、すごいって思って」
「えっ……あ、あぁ……その……照れるな……」
思わず視線をそらす僕。
隣で被身子も頬を赤くする。
「なんか……私まで照れますね……」
彼はその反応に少し首をかしげたあと──
「あ、じゃあ……最初の質問、いいですか?」と姿勢を正した。
「もちろんだとも!」
部長が胸を張って言う。
「さっきの校内放送の……最後のところです。
いろんな人がしゃべってましたけど……
この人数だと、足りない気がして。
なにより……“さっきの声の人たち”、いない気がして……」
「……ああ、そのことか!」
「なにを隠そう、今回の放送での“語り”はね部員の新世くんとトガくんだったのさ」
「……え?」
彼の頭上に、漫画みたいに大きな「?」が浮かんでいた。
副部長が、苦笑しながら言葉を補う。
「つまりね、二人が“個性”を使って演じ分けていたんだよ。
さっきのシンジくんも綾波さんも、ぜーんぶこの二人」
「……えっ? じゃあ……放送で“名乗ってた名前”は……?」
「そこは僕から話すよ」
一歩前に出て、軽く手を挙げた。
「新世 福音。2年生だよ、よろしく
僕の個性は“人造人間”。
いろんな姿に変えられて、姿ごとに“別々の声”が割り振られてるんだ」
「……!」
彼の目が、ほんの少し大きく開く。
続いて、被身子が前に出る。
「じゃあ次は私ですね。
私は福音くんと同じ2年の渡我 被身子です」
明るく答える。
「個性は“変身”で、今日は変身した状態で喋っていました。
だから、今と声が違うんです」
「じゃあ……今日の……あの演技が急に変わったのも……声を変えたから?」
彼が恐る恐る聞くと──
「それは違うよ!」
と、声田くんが元気よく割り込んだ。
「あれは“渡我本人の演技”だよ!
声そのものを変えたんじゃない、しゃべり方や、感情の乗せ方で演じ分けたんだ!」
「……すごい……」
彼は小さな声で、それでもはっきりと呟いた。
その呟きを聞いて、部長がにこっと笑う。
「渡我くんはね、前からこっそり練習してたみたいなんだ。
君も練習すれば──きっと、ここまで来られるかもしれないよ?」
「……」
彼はその言葉を受け、ほんの少しだけ眉を寄せた。
迷っている。
けれど、その奥に“希望”が見えた。
部長はそれに気づいたのか、優しく声をかける。
「よかったら、君の“個性”を聞いてもいいかい?
さっき“声に関すること”だって言ってただろう?
もしかしたら──僕らが助言できるかもしれない」
彼は一瞬、ためらうように目を伏せた。
でも、やがてゆっくりと口を開く。
「……俺の個性は……“洗脳”です」
静かに、しかしはっきりと。
「意識して話しかけて……相手が応答したらその相手を、洗脳できる個性です」
その言葉が部室に落ちた瞬間空気がすっと変わった。
「確かにその個性だったら、話すことに慣れるのはいいことかもね」
部長がそう言うと──
彼は一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。
“否定される”と身構えていたのかもしれない。
でも放送部は誰ひとり眉をひそめなかった。
だからこそ、彼の次の言葉は小さいけれど、しっかり届いた。
「……ありがとうございます」
副部長が優しく腕を組む。
「よかったら、これから何日か部活見学に来てみない?
その中で“声”を生かせそうな部分を一緒に探していこう」
彼はハッとし、そして深くお辞儀をした。
「……はい。そうしてみます」
そして扉の前まで歩くと、もう一度振り返る。
「今日は……ありがとうございました」
小さな声だった。
でも、そこには確かな“決意”が宿っていた。
扉が閉まったあと──
部室に、ふっと温かい空気が流れる。
「……期待の新人ですね」
僕がそう呟くと、部長がニヤッと笑った。
「うん。ああいう子は伸びるよ。
声は才能だけじゃなく“自分をどう使うか”だからね」
被身子も笑顔で頷く。
「彼、きっと頑張り屋さんですよね。
なんか、応援したくなる……!」
声田くんが腕を組んで、どこか誇らしげに言う。
「新世たちが盛り上げたおかげだな。
放送部、今年は一段と賑やかになりそうだ!」
僕はみんなの顔を見渡しながら、自然と口元がゆるんだ。
(ここから先……。
彼の未来も変わっていくのかもしれない)
そう思うと、胸が少しだけ熱くなった。
ここまで読んでくださってありがとうございます
今回、作中では名前がでていませんがあのキャラが登場しました。
またトガちゃんの出身地が調べてもわからなかったので、今回は思い切って彼と同じ中学校に通っていたという形にさせていただきました。
それでは、次回以降もお付き合いいただければと思います。